たのしいラジコン日記

現在飛ばしているラジコンとその他の日記

津波の怖さ!

2011年03月21日 | ラジコン
 東日本大震災につきましては、亡くなられた方々のご冥福を
お祈り申し上げますとともに、被災された皆さま、そのご家族の方々に
心よりお見舞い申し上げます。

幸いにも私の実家(和歌山県湯浅町)も津波の影響がなく安堵しました。

しかし、過去2回の大津波にあって多くの被災者を出しています。

宝永の地震・津波(1707年)と安政の地震・津波(1854年11月5日)の南海地震です。


実家の近くの深専寺にある
この「大地震津波の心え之記碑」は、安政の地震・津波(1854年11月5日)の大地震津波
の概要を記して、後人を戒めた記碑で、当時の状況を詳しく記しています。

 記碑の最後には、(市街地ガイドマップ碑文の現代語訳より)

 「昔から言い伝えによる、井戸の水が減ったり、濁ったりすると津波が起こる
  
 前兆であるというが、今回の地震の時は、井戸の水は減りも濁りもしなかった。

  井戸水の増減などに関らず、今後万一、地震が起これば、火の用心をして
 
 その上、津波が押し寄せてくるものと考え、絶対に川筋に逃げず、この深専寺
 
 の門前を通って東と向かい、天神山の方へ逃げること」

 の文で終っています。

  当時の被害状況
 流失破損の家・蔵数 四百四十件
 死者        二十八名
 
 当時はまだ村であった為、村の大半が流失し
 多くの小さな漁村は消滅したと思われます。
 
 町には当時の津波記録があるのはこの碑だけです。 


 
  現代の様に情報網が発達していない当時は、
 私の先祖も、村に住んでいた人も恐らく大変な思いをしたことでしょう。
 今は、当時を詳しく知るよしもありません。
 

 今回の東日本大震災では、津波が町をのみこんで行くありさまを見て
 あまりにも文明の力のはかなさを改めて思い知りました。

 しかし、これだけ情報網が発達しているこの世の中、もっとなんとか
 ならなかったのでしょうかね。

 

 
 

 



 


戸惑った初飛行!パート2

2011年03月08日 | ka-8

 はじめてのグライダーの為、U氏に手投げを手伝って
 もらいました.


  各舵の確認。 ドキドキ 


 緊張の一瞬! もう後戻りは出来ません。

 そらっ! いけ~! 高度をとる為、ひたすら上昇します。

 なんとかトリムタブを調整、良い感じです。
 しかし、エンジン機に慣れている私にとっては

 操縦方法に戸惑! ふ~、こんなものか・・・。
 なんか舵の効きが非常に悪い感じ。(クライダーはこんなものとの事)


 周りからアドバイスをもらい、操縦にも慣れてきて
 なんとかサーマルをとらえました。

 なかなか降りてきません。 

 いい感じ。



 優雅に飛行します。

 しかし、この後、着陸体勢に入って悪かった、
 機速の落とし過ぎで・・・。

 早々に修理し再トライです。
 

戸惑った初飛行!

2011年03月06日 | ka-8
 本日、初飛行です。
 偶然にも、I氏と同じカーエイトの初飛行に鉢合せ。

 I氏と揃って記念撮影です。

 I氏の方は1/5サイズ、
 私よりも一回り大きいサイズです。




 スパン3mと2.5m、迫力があります。

 両機とも初飛行は成功しましたが、

 私の方は操縦をミスってしまい
 機体を損傷させトホホです・・・!

 幸いにも大した破損ではない為
 修理して改めて再トライです。

 やはり、エンジン機とは飛ばし方が
 違いますね~。

 エンジン機を飛ばしなれている私にとって
 戸惑った1日でした。