2010年7月30日-3
予防原則、地球温暖化対策に関わる対抗リスク、地球寒冷化被害
桜井林太郎氏による、「予防原則の教訓忘れるな」(えこ事記 四大公害 5)という記事が、朝日新聞(北海道版?)2010年7月30日の20面にある(東京近辺では、7/29夕刊に掲載されたらしい)。そこに、
「地球温暖化問題でも、同じことがいえる。
温暖化対策に反対する人たちから、本当に温暖化しているのかという懐疑論がたびたび浮上する。確かに科学に百%はない。だが、それを理由に対策を遅らせれば、公害と同様に、取り返しのつかない被害となりかねない。」
とある。しかし、水俣病といった公害(むろん、私企業活動による公衆への害のこと)問題と地球温暖化問題とは、同じことが言えるとは言えない。大きく異なる点がある。
水俣病にしろ四日市集団喘息にしろ、被害が現実に生じた。そして被害とは、たとえば集中豪雨のように、局所的である。(だから、コンピュータ上での数値模倣も格子を小さくして日本ではどうなのかを計算するようになったのであろう(研究費も請求できることだし))。南北に長い日本では、地方によって、気候温暖化による利益と不利益は異なる。江守正多『地球温暖化の予測は「正しい」か?:不確かな未来に科学が挑む』での、摂氏2度上昇というのは粗雑である。また、マスコミは東京中心的である。
一方、地球温暖化による被害は明白ではない。ここが大きな違いである。地球が温暖化していることが事実だとしても(主に全球平均気温の変動で地球環境をうんぬんすることが、そもそも問題があると思う。このことは科学交達論 science communicationとも関わる。)
そして地球温暖化しないように対策を取った場合の危険性(対抗リスク)は、かなり大きいと思う。対策というのは現実に関わるものであるから、たとえば排出権取引といった(構築された)経済的システムを利用した詐欺も出るわけである(詐欺の生起は、市場主義経済からほぼ帰結する系corollaryであろう)。
寒冷化による被害のほうが大変だと思うが、そうだとすると、温暖化効果気体を地球全体に溜めて、きたるべき寒冷化に備えるといった、いわば保険をかけておくというのも、正当なリスク対策ではなかろうか。
つまり、地球が温暖化しているとしても、その程度とそれによる脅威がどれだけかについての、科学的根拠が薄弱である。計算結果が当たるかどうかは、(変数の選択の妥当性とパラメータ値推定も含めた)モデルに依存する(専門家以外にとっては、モデルは黒箱 black boxである。しかも、英国科学者は都合良くデータ操作した疑惑がある)。第一、50年後とか100年後の脅威を言われても、ね。ましてや、IPCC第4次報告書に使われた気象データ自体に疑惑がある。朝日新聞は、気候ゲート事件や氷河ゲート事件について触れた記事は、おそらく掲載していないのではないか。あいかわらず、温暖化の脅威が自明のように扱っているように見える。(ついでに言えば、署名入り記事で、韓国軍の船の沈没原因は北朝鮮によると、事実のように書いた文があって、驚いた。米韓当局発表によるのではなく、独自の根拠があるのなら明示すべきである。さすがに、同日掲載だったと思う社説では、事実のようには書いていなかったが。)
なお、以上のおおよそは、いわゆる地球温暖化懐疑論の人たちが言っていることである。
なおなお、ここでの立論とは直接関係しないかもしれないが、市村(2008)は一読の価値ありのようである(要吟味)。
市村正也.2008.リスク論批判:なぜリスク論はリスク対策に対し過度に否定的な結論を導くか.名古屋工業大学技術倫理研究会編「技術倫理研究」 (5): 15-32. [http://araiweb.elcom.nitech.ac.jp/~ichimura/risk.htmlから入手できる。未読。]
予防原則、地球温暖化対策に関わる対抗リスク、地球寒冷化被害
桜井林太郎氏による、「予防原則の教訓忘れるな」(えこ事記 四大公害 5)という記事が、朝日新聞(北海道版?)2010年7月30日の20面にある(東京近辺では、7/29夕刊に掲載されたらしい)。そこに、
「地球温暖化問題でも、同じことがいえる。
温暖化対策に反対する人たちから、本当に温暖化しているのかという懐疑論がたびたび浮上する。確かに科学に百%はない。だが、それを理由に対策を遅らせれば、公害と同様に、取り返しのつかない被害となりかねない。」
とある。しかし、水俣病といった公害(むろん、私企業活動による公衆への害のこと)問題と地球温暖化問題とは、同じことが言えるとは言えない。大きく異なる点がある。
水俣病にしろ四日市集団喘息にしろ、被害が現実に生じた。そして被害とは、たとえば集中豪雨のように、局所的である。(だから、コンピュータ上での数値模倣も格子を小さくして日本ではどうなのかを計算するようになったのであろう(研究費も請求できることだし))。南北に長い日本では、地方によって、気候温暖化による利益と不利益は異なる。江守正多『地球温暖化の予測は「正しい」か?:不確かな未来に科学が挑む』での、摂氏2度上昇というのは粗雑である。また、マスコミは東京中心的である。
一方、地球温暖化による被害は明白ではない。ここが大きな違いである。地球が温暖化していることが事実だとしても(主に全球平均気温の変動で地球環境をうんぬんすることが、そもそも問題があると思う。このことは科学交達論 science communicationとも関わる。)
そして地球温暖化しないように対策を取った場合の危険性(対抗リスク)は、かなり大きいと思う。対策というのは現実に関わるものであるから、たとえば排出権取引といった(構築された)経済的システムを利用した詐欺も出るわけである(詐欺の生起は、市場主義経済からほぼ帰結する系corollaryであろう)。
寒冷化による被害のほうが大変だと思うが、そうだとすると、温暖化効果気体を地球全体に溜めて、きたるべき寒冷化に備えるといった、いわば保険をかけておくというのも、正当なリスク対策ではなかろうか。
つまり、地球が温暖化しているとしても、その程度とそれによる脅威がどれだけかについての、科学的根拠が薄弱である。計算結果が当たるかどうかは、(変数の選択の妥当性とパラメータ値推定も含めた)モデルに依存する(専門家以外にとっては、モデルは黒箱 black boxである。しかも、英国科学者は都合良くデータ操作した疑惑がある)。第一、50年後とか100年後の脅威を言われても、ね。ましてや、IPCC第4次報告書に使われた気象データ自体に疑惑がある。朝日新聞は、気候ゲート事件や氷河ゲート事件について触れた記事は、おそらく掲載していないのではないか。あいかわらず、温暖化の脅威が自明のように扱っているように見える。(ついでに言えば、署名入り記事で、韓国軍の船の沈没原因は北朝鮮によると、事実のように書いた文があって、驚いた。米韓当局発表によるのではなく、独自の根拠があるのなら明示すべきである。さすがに、同日掲載だったと思う社説では、事実のようには書いていなかったが。)
なお、以上のおおよそは、いわゆる地球温暖化懐疑論の人たちが言っていることである。
なおなお、ここでの立論とは直接関係しないかもしれないが、市村(2008)は一読の価値ありのようである(要吟味)。
市村正也.2008.リスク論批判:なぜリスク論はリスク対策に対し過度に否定的な結論を導くか.名古屋工業大学技術倫理研究会編「技術倫理研究」 (5): 15-32. [http://araiweb.elcom.nitech.ac.jp/~ichimura/risk.htmlから入手できる。未読。]