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読書録20160512、アメリカニズム

2016年05月12日 20時38分49秒 | 政治経済社会学
2016年5月12日-2
読書録20160512、アメリカニズム

 パナマ文書が示すように、多国籍企業や経営者は、各国政府への税金を節約ないし逃れている。
 グローバリズムとは結局のところ、金持ちがますます富むようになる仕組みを隠す宣伝である。
 大手の新聞やテレビ放送局は、政権の大きな嘘や不手際を批判しない。またたとえば、山本太郎氏が鋭く追及して、安倍政権の矛盾や嘘を明らかにしていることを報じない。

 さて、日本の政治経済社会では、国民の困窮を救わず、ますます格差が大きくなっている。

 「佐伯〔啓思の『「アメリカニズム」の終焉』で〕はまず、「アメリカニズム」を、大量生産方式を軸とする産業経済と、平等主義や幸福追求、デモクラシーや自由主義といった観念が、競争的な市場経済を媒介に結びついた文明として把握する。アメリカは、大衆に対しては「消費者」なる概念を、企業に対しては「経営学」なる概念を提供し、この両者に媒介される「モノのデモクラシー」によって、「それを培養した土壌を離れ、あらゆる風土、気候、土地、文化の中に自由に浸透」していった。つまり、「アメリカは商品を通して「自由」や「平等」の観念を専念できた唯一の国であった。〔略〕」(佐伯、1993)。この文明としてのアメリカニズムは、普遍主義と技術主義と大衆主義によって枠づけられるが、これらはいずれも元来は近代西欧の内部から出てきたものである。ところが西欧の知的風土は、こうした文明の傾向に絶えず懐疑的、批判的な態度をとってきた。なぜなら、自らが生んだこの近代性が、結局は自分たち自身の文化の歴史性や慣習性を破壊し尽くしてしまうことに気づいていたからである。ところが新大陸のアメリカにおいて、この近代性は無条件に肯定され、全面的に開花することになった。〔略〕佐伯はさらに、こうした自己への懐疑を欠いた近代性をさらに無批判に受容したのが戦後の日本であったと言う。」
(吉見俊哉 1997: 159頁)。


□ 文献
井上俊・上野千鶴子・大澤真幸・見田宗介・吉見俊哉(編).1997/6/27.岩波講座 現代社会 1 現代社会の社会学.v+231pp.岩波書店.[本体2,400円+税][B20000507]

吉見俊哉.1997/6/27.アメリカナイゼーションと文化の政治学.井上俊・上野千鶴子・大澤真幸・見田宗介・吉見俊哉(編)『岩波講座 現代社会 1 現代社会の社会学』: 157-231.