
小林秀雄は絶筆で内村鑑三を論じた。



小林は「敬虔なる無宗教者」と言われた。

福田恒存は、「カトリックの無免許運転」をしていた。
芥川も、キリスト教文学を多く残した。
神谷美恵子が死に、遠藤周作が死に、曽野綾子が死に、、、
文学者・批評家から聖性や霊性が失われつつある、、、
いや、ここに書いた小林、福田、芥川、神谷、遠藤、曽野、、、
彼ら彼女らが名を残したのは、聖への憧れと謙虚さ、霊性への理解があったからこそ、なんでしょうね。。
今の書き手でこういう聖性や霊性を感じるのは若松英輔さんくらいだ、、、
彼が詩人でもあることは、彼の霊性、そして聖への憧れと無関係ではない。
聖を志向するものは、降ってくる言葉を探そうとする。コトバを受け取ろうとする。
それが詩という媒体の形で表現されるんだろう。