家庭連合信者で、拉致監禁された被害者は4300人もいる。
って話をすると、決まって反家庭連合の人は、「そんなにいるはずがない、証拠出せ!」と息巻く。
しかし。
4300人の「証拠」は要らない。
加藤文宏『檻の中の闇』を読みながら、そんなことを考えた。
南京大虐殺20万人⁉️ それに「そんなにいるわけはない、証拠出せ」と言っても、埒が明かない、、、そんな昔の、戦時のことですから、証拠残ってないですし、、
広島の原爆の死者は14万人。それを今更「そんなにいないのでは、証拠出せ!」などとは言わない。
南京大虐殺の死者も、原爆の死者も、厳密に、証拠に基づきカウントしたわけではない。
原爆の例で言えば、8月6日の朝、元気にしていて、笑顔ですれ違った。原爆投下時に、その彼/彼女は、爆心地の近くで、最も死亡率が高かったところにいたことは間違いない。それ以後、全く音沙汰がない。お骨も遺品も見当たらない。
こういう人を「死者」ないしは「犠牲者」とカウントしたに違いない。状況からして、そうだとしかいえないでしょうという理屈で。
状況証拠というか、間接証拠から「死」を推認するという方法で。
時代が進んで、DNA鑑定の調査方法とかが進んで、死者の身元確認とかの精度が上がった。だから今は死者と行方不明者を別々に分けている。
行方不明者も、死者と同様に「犠牲者」とされる。
____________
家庭連合の拉致監禁被害者4300人も、これに近い。
周りでは1日1名とかが監禁されていた。
身バレしないように多くの人が偽名を使っていた。本名バレると監禁されるから。
いつ何時監禁されても、タクシーで逃げることができるように、足の裏と靴下の間に5000円とかを忍ばせていた。
そんな時代。それが1990年前半とか。今から30年前。
そんな時代状況で、
✓ 昨日までは、ニコニコ、熱心に信仰生活を送っていた。
✓ 脱会とか信仰喪失とか思いも寄らない。
✓ 明日は●●、明後日は□□、来週は✗✗、、、など予定がてんこ盛りだった。
でも、突如として、連絡も取れなくなった。
✓ 待てども待てども一切の連絡が突然なくなる。
✓ あらゆる方法を尽くして連絡しようと思っても阻まれる。
✓ 親に連絡しても梨の礫。または「ウチのことは構わないでください!」とつっけんどんに言われる。
✓ 中には数週間後とか数カ月後に、偽装脱会とか監禁から脱出した人からの情報で、「あの牧師によってあの場所で監禁されている」みたいな情報が流れてくることも
こういう「状況証拠」(間接事実)から、「拉致監禁されたに間違いない」人が4300人いた、ということ。
これ以上の証拠は要らない。
原爆の死者14万人を今さら数え直すような愚は犯してはならない。
拉致監禁被害者4300人の多寡を今さら云々する愚を犯してはならない。
4300人という数ではない。
家庭連合側がそう主張するくらいの、それなりの数の被害があったということ。
1000だろうが3000だろうが4300だろうが、関係ない。
まずは、一人ひとりの監禁被害に向き合うこと。
後藤徹さんの『死闘』でも読むこと。
小出裕久さんの『人さらいからの脱出』を読むこと。
『拉致監禁』を読むこと。
そう思います。