良いことはこっそりやれ。
悪いことは堂々とやれ。
子どもにはそう教えている。
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どういうことかと言いますと:
■ 良いことをひけらかすな。陰徳を詰め。
■ たとえ周りから「悪い」と思われようとも、自分で正しいと思ったら堂々とやれ。戦え。
5年10年30年経ったら、その「悪い」ことが「正しい」と思われるかもしれない。そういう価値観の転換は世にゴマンとある。
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悪いことをコソコソやる卑屈で卑劣な人間にだけはなるな。
悪いことはどうせやるなら堂々とやれ。胸を張って堂々と「悪い」ことができぬのなら、やるな。
10年も同じ土地に住んでいると、枯れ木も出てくる。
ちゃんとメンテナンスしていればいいのでしょうが、おろそかになって、、
手を入れずに木を伸び放題にすると、栄養が足りなくなって、枯れる。
そこでしばしばバッサバッサと剪定する。思い切って切る。泣いて馬謖を斬るように、豊かな緑を切る。
そして庭土を買ってきて庭に撒く(最近はホームセンターに行かずにAmazonで買う)。
こうやって庭弄りというか庭木の剪定をしていいて、思う。
庭木剪定は子育てのよう。
伸び放題にしていると枯れる。
好き放題にさせていると子どもはダメになる。
たまにはバッサバッサと庭木を切らないといけない。
たまには心を鬼にして子どもを厳しく育てないといけない。
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庭木を切りながら、「子どもたちにももっと厳しく接しないといけない部分があるかもなぁ」なんてことをつらつら考えている。
庭木剪定は子育てに似る。
食べ物の取り合いはさもしいからしない
と、私はたまーに子どもに言う。
きょうだいがいると、たまに食べ物の取り合い的になる。
そんなときは「さもしい」という言葉を使って私は子どもたちを嗜める。
醜いものを醜いとしっかり表現する。
こういう「言葉」を伝えることが、価値観を伝えることだから。
最近、このブログではおカタい法律とか宗教のことばかりなので、ちょっと息抜きに、身近なことをば。
■ 家系図
数万円で作れるらしいので、家系図を作ろうかなと。
資料を取り寄せて、父に相談したら、50年くらい前に祖父が作っていた。
それを昔見たことがあったのですが、改めて説明を受けた。
父方は、岐阜の西念寺のお坊さん。野部円竜から、清和源氏左近将監ナントカまで遡って、、、 中山の前は「野部」だったのか。
その中山家は、大野家@岐阜とか、岩月家@愛知県岡崎市矢作町とか、酒井家@大分県豊前市明神町からお嫁さんをもらってきた。「大野」「岩月」「酒井」さんにも親近感。
私の本籍の岡崎市矢作町、ってのは三代前の袁満(ながまろ)さんが結婚した岩月家のあったところから。
三代前の母方の曽祖父の名は亀五郎。時代がかった名前、、、地頭とか名主とか町長が先祖にいる、というのも改めて知りました。私も頑張って中山家の家名を上げねば。
■ 次男
中学に入って、野球部と生物部に。
それくらい生物が好きだったか。もっといろんな野生の場所に連れていけばよかった。
毎日会っていても、自分の血の繋がった子どもでも、どんな部活に入るかを認識できていなかった。。。
生物好きの子どもに育ってくれい。
■ ◯◯らしい男に
長男と次男はそれなりの中学に入った。胸を晴れるような校是があったり、特徴的な学校。
だからでしょうか、息子たちには「◯◯(学校名)らしい人間になれ」って伝えている。
その学校のスクールカラーに染まりきって、その学校を代表するような人物になれ、ってこと。
男らしく、女らしく、弁護士らしく、政治家らしく、、、ってのは、避けられる風潮。それはそう。
別に男らしくとか、女らしくとか、子どもたちにそうあれと喋ったこともない。
でも、いい学校に入ったなら、斜に構えるんじゃなくて、その学校のエッセンスを身につけるほうが、人格形成にはいいと思う。
私も、野球も勉強も頑張って、文武両道を誇りにしていた「桐蔭学園らしい」生徒だったのだと思う。生徒であったときには意識していなかったけど。
あまり言語化できていませんが、人格の形成途上においては、「◯◯らしく」ってのは、悪くないのかな。
とはいえ、今さら「男は男らしく」とか「女は女らしく」とか教えようとは思いませんが。
神奈川の聖光学院って、すごい。進学成績が。
東大理三の合格者で、ついに開成に並びました。
来年はついに開成を抜くぞ!って息巻いているはず。
聴くところによると、塾に活かせず、勉強ばっかりらしい。
それが中高生の心身の健全な発達に良いか悪いかはともかく。
新時代がやってきたようです。
凋落した我が母校桐蔭学園から1人。1人でもすごいじゃないか。あっぱれ。
ブログ化しようと思っていたら先に産経新聞に記事にされちゃった。
中学受験は年々?激化している。我々が中学受験した頃とは大違いの、レベルの高さ。
でも、合格の倍率は、高くない。
いわゆる御三家でも、軒並み、2倍くらい。
麻布に至っては2倍を切っている。
こちら(産経新聞記事)
3を超えるのは、筑駒(4倍)と、2月4日の聖光学院(6倍)くらい。
だから何だというわけではないですが、世相の一つとして。
堅実志向の表れ、というこの産経のまとめ方にはなるほどと思いました。
アドラー心理学とかを学んだからだろうか、子どもをとても冷静に嗜める/叱ることができた。
一つの成功体験として記録しておく。
【出来事】
- 小学生の子どもが、夜7時半~8時、行方不明に
- 親が指定したお迎えの待ち合わせ時間に来ずに、友達と歩いて帰宅
- 親は待ち合わせ場所で30分くらい待ちぼうけに
- 誘拐を恐れて気が気ではない思いをした…
【私がしなかったこと】
- なんで来なかったんだ!
- なんで待たせたんだ!
- 心配したんだぞ!
- ちゃんといつどこに来てと言っただろ!
的な、感情的な叱責は一言も言わなかった。
【私が伝えたこと】
君は信頼関係を失った。親との間の。
親との約束を忘れたのか、何か勘違いしたのかは、問わない。
結果論として、親との約束を守れずに、親や周りに迷惑をかけた。
これは、親との約束ないしは親そのものに対する、優先順位が低かったから。
仮にこれが天皇陛下との約束や大谷翔平との約束だったら?
忘れたり勘違いしたりすることはなかったはず。
だから、忘れるとか勘違いするってのは、その相手に対する優先順位が低いということ。
優先順位が低いということは、十分にリスペクトしていないということ。
人は、「リスペクトされていない」と思うと、信頼関係を失う。
リスペクトを払わない相手との間では、信頼関係を築けない。
今回のことはもういい。親に対してはリスペクトを支払わないといけない。
特に、迎えに来てくれている親に対しては。
失った信頼関係は、すぐには取り返せない。
数日では無理。
数週間、ないし、数ヶ月かけて、親との信頼関係を回復するように努めなさい。
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ちょっと理詰めすぎたかもしれませんが、、、
子育てってのは正解がない歩みですねぇ。