Smudge!!

泥だらけになってでもやるしかない。

悲しみの果て

2011-03-31 20:39:43 | 東日本大震災

悲しみの果てに
何があるかなんて
俺は知らない
見たこともない
ただ あなたの顔が
浮かんで消えるだろう

涙のあとには
笑いがあるはずさ
誰かが言ってた
本当なんだろう
いつもの俺を
笑っちまうんだろう Oh yeah...

部屋を飾ろう
コーヒーを飲もう
花を飾ってくれよ
いつもの部屋に

悲しみの果てに
何があるかなんて… oh yeah
悲しみの果ては
素晴らしい日々を
送っていこうぜ Oh Baby!
Ah...

悲しみの果ては
素晴らしい日々を
送っていこうぜ Oh yeah...


ラジオから流れてきたエレカシ。
響くね。


震災20日目の返却

2011-03-30 22:45:55 | 東日本大震災

今日、近くの小学校では離任式が行われたようで、朝、小学生が登校していた。学校近くの交差点に学校の先生が立っていて、それを見て思い出した。ボクはカバンから一つのカッターを取り出す。

震災当日、小学校へ避難して来たボクは知り合いも当然いないので、廊下の空いているスペースに一人座り込んでいた。しばらくすると抱えきれないくらいの大きさのダンボールに詰められた毛布が運び込まれてきた。たまたま周りには赤ちゃんを抱いたお母さんや老夫婦、怪我をしている人しかいなかったので、一人でそのダンボールを開け始めた。ダンボールにはナイロンのテープ(あの薄くて硬い)が巻かれていて、ハサミかカッターがないとキツいなと思いはしたけど、素手で開け始めた。苦戦してテープ、ダンボールを攻略すると今度は真空パックにされた毛布が出てくる。これまた素手では開けにくかったけど、気づけば周りには毛布を待つ人だかりが出来ていた。鍵など使って、焦りながら開け続けた。知らずに腕についた傷はこの時のも多いんだと思う。
4~5箱開けたくらいに、状況把握に校内を見回っていた小学校の先生が来た。その時に、ボクが素手で作業していたことに気づき、カッターを持ってきてくれて手渡された。「引き続きここの辺りで何か作業等がある時はお願いします」、と言うことで。
しかしその後、ボクはそのまま避難を繰り返していたので、返せていなかった。
カッターの裏には名前が書いてあったので、その先生(?)に返してもらえるよう、交差点に立っていた先生にお願いした。

避難所で1枚の毛布を共有したおばあちゃんは無事にしているだろうか。


TEAM AS ONE

2011-03-29 23:08:48 | 東日本大震災

今日は日本代表対Jリーグ選抜のチャリティーマッチ。
こんな気持ちでサッカーを見たのは初めてだった。
サッカー界においてチャリティーマッチが行われることは珍しいことじゃない。
それでも、こんな気持ちでサッカーを観たのは初めてだった。
サッカー界が、日本全体が、被災地を応援してくれている。
まだまだ厳しい現状は続いているけど、ありがとう。
諦めるな被災地。
がんばろう日本!

先日の選抜高校野球開会式の選手宣誓にもグッときた。


こんな状況なのに

2011-03-25 23:34:45 | 東日本大震災

事務所の補修作業がまだで、割れた窓ガラスにはゴミ袋を貼ったりしているが、だいぶ壁も歪んでしまって隙間風もある。もちろん燃料がなく暖房は使えないので、今、職場は寒い。
職場の髪が長めだった人は風呂に入れないのでってことで、地震後、坊主にしてきた。室内でもニット帽にマフラー。燃料関係の問題が少しでも早く解決されるといい。
地区毎に被害の具合も復旧の早さもケッコー差がある。
みんな被災者なのは確かだけど、部屋の本が崩れたくらいで自分の被害っぷりをギャーギャーと話すのは勘弁してほしい。それを話す職場の女子は比較的震災の被害が軽かった地区に住んでいて、話を聞くと断水もしなかったし、停電も1~2日後に復旧したくらいだったらしい。元々無口な方だったのに、仕事が再開してからの職場では、よく喋る気がする。自宅に親戚10人以上が避難してきて食糧確保に追われている人や子どものいる人、みんなそれぞれがこんな状況で疲れ気味で閉口気味なので、余計にそう感じるのかもしれない。各地の被害情報やら何やら色々テンション高く話してくるし、福島の実家の家族だか親戚だかの避難の話をしていたが、もはやネタにしてるようにしか聞こえない。こんな事態になっても家族を気遣わない話なんて聞きたくもない。
彼女の「全国各地に満遍なく友達がいる」と言う以前の発言と地震直後に真っ青な顔をしてとにかくPCの心配しかしてなかった言動から、彼女にとってPC(の世界)はとても大切なんだろう、と勝手に思っている。夜更かしもよくすると言っていたことがあった気もする。もしかしたら昨日もそうだったのかな。勝手な想像なので誤解しているかもしれないが、でも・・・。
こんな状況でも仕事させてもらっているのに、寝坊で半日休むとか、どーなの。こんな時でも発生しているその寝坊癖は、あなたのサラリーだけでなく確実に“信頼”も削っていますよ。


約2週間経過

2011-03-24 23:55:05 | 東日本大震災

あれからもう約2週間が経ったとラジオから聞いたが、信じられない。震災後、気づいたら出来ていた、腕の幾つかの擦り傷もカサブタが取れかけてきているので、時間の経過は確かなようだ。
震災で亡くなった人と行方不明の人は合わせて約27000人にもなったと聞いた。遺体安置所では棺が足りなく、また遺体を保存しておくドライアイス等も不足しているし、身元を確認できても火葬する燃料が不足しているので、土葬している。
病院もいっぱいいっぱいの状況の様だし、みんながみんな疲れている。ほんの少しずつ事態は落ち着きを取り戻してきたものの、悲しさと忙しさで感じていなかった(感じないようにしていた)疲れが出てきている。
市場では野菜や果物は少しずつ入ってきているが、やはり高値でキャベツは1つ400~500円くらいで、ほうれん草は200~300円くらい。リンゴは1つ150~250円くらいもしている。震災後、初めて見た豆腐は一人一丁までで1つ100~200円。高いけど、物が入ってきていると言うことに安心できる。
ガスやガソリンはまだもう少しのようだ。


寝食のある有難み

2011-03-22 00:29:46 | 東日本大震災

歩いたりもしたので、自転車で約2時間かかって、明日からの仕事に備えて実家から自宅に帰ってきた。
実家のある塩竈市はまだコンビニもほとんどやっている様子もないし、信号もまだ復旧していない所も多い。海の近くの方では岸壁の上にだけじゃなく、数年前に出来た海近くのスーパーの駐車場にまで船が打ち上げられ、車道の両脇には津波の犠牲になった車の骸や様々な残骸。道路一面を覆っているのは海底のヘドロや砂浜の白い砂、色んな砂や土。瓦礫も山積みで、片付けもまだまだ進んでいない。町は灰色になった。
そして去年まで住んでいた多賀城市も海に近い方は壊滅的。引っ越していなかったら、危なかったかもしれなかった。今日の帰る途中に給水車を見かけたので、まだ断水が続いている地区があるのだろう。きっと皆、ボクの地元の人と同様にあれから未だにお風呂も入れてないんだろう。早く復旧されるといいなと思う。一部の地区では下水処理が追いついていなく、下水がマンホールから溢れている。
塩竈市や多賀城市は仙台市に比べたら、まだ食料や燃料、日用品などの物資が届いていない。しかし、この問題も少しずつではあるが確実に解消されてきていると聞いた。とにかく今は我慢するしかないようだ。
ボクは地震が発生して、小学校、児童館、車、知人宅で夜を過ごした。
地震発生直後の避難所での生活はとにかく寒く、そして暗い。ボクが避難した小学校は体育館が破損し、教室の窓も割れたりしていたので、廊下などに人が溢れていた。廊下は底冷えもあるし、どうしても昇降口が開いているので寒い。そして、明かりがない状況が不安と余震による恐怖を余計に膨らます。食事は赤ちゃんやお年寄りが優先されるので、男性は断られたりもした。それでも一日に一口は口にしないと、この先(いつまでこの状況が続くのか分からなかった)体力がもたないと思い、もらえそうな所(公園での炊き出し)・タイミングを探した。
車で過ごした夜も寒かったが避難所の寒さに比べたら、と思い、耐えた。
知人宅でお世話になった時は、電気等もなかったけど、だいぶ救われた。家族の人たちにも温かく、優しくしてもらえた。これは本当に感謝している。食料は買うのに毎朝、一店舗最低3時間くらいは並び、数少ない商品を制限のある中で購入。自分の車じゃないけど、ガソリンに並んだ時は「ガソリンありません」の看板があっても「開くかもしれない」と言うほとんど0の可能性にかけて毎日並び、累計24時間以上の並び時間で入れることが出来た(それでも最後はガソスタ関係者からの有力な情報に救われた)。
雪が降ったり、強風だったり、過酷な状況で並んでいた時もあった。それでもジッと待つしかない。
明日から仕事が始まるとスーパー等に並べないので一人暮らしは食料確保の手段がない。


3.11 ボクらは被災した。

2011-03-20 11:06:07 | 東日本大震災

気がつけば、あれから9日が経った。
必死に、生きて、「もう」なのか「まだ」なのかもよく分からないけど、9日間と言う時は流れた。
2~3日前にニュースを見ること出来たが、今は原発のニュースが多く、地震発生当日や津波被害のニュースはあまりやっていなかった。それでも被害を映像で確認すると涙が止まらない。こんなにも強く、長い揺れ。そして、大きな津波。知っている建物や町、その風景は現実だとは受け入れがたい風景に変わった。震災からこの1週間くらいで震度5以上の余震の回数は約300回あったようだ。
ボクは自宅も残り、一昨日に実家に来れた。実家はまだ電気が復旧したばかりで(水道等はダメ)、テレビはケーブルがやられたのか映らないので情報源はラジオ。毎朝の給水車並びは欠かせないけど、家族は無事で実家も残っていただけで幸せだと感じられる。まわりには家や車を失った友人も多いし、家族を亡くしたり、未だに連絡がとれずに安否の確認が出来ない友人もいる。
被災した悲しみで覆い尽くされそうだが今は励ましあい、頑張るしかない。家族や家が残っただけでも本当に良かった。もっともっと震災の被害が大きく、苦労をしている人たちのことを考えれば、弱音なんか吐けない。
それでも思い返してみると、震災後、数日経って家族と連絡がとれた時の気持ちは、今まで感じたことのない気持ちで、一生忘れることはないだろう。
悲しい出来事の中、多くの友人・知人、避難所で共に過ごした人たち(の言葉)に励まされ、勇気をもらった。

支援をして頂いている全国の方々、または世界の方々に感謝しています。
今はただ、それに助けられています。
そして、今現在も福島の原発で活動している作業員の方々の無事を願っています。
本当にありがとうございます。

最後に被災した全ての人たちの幸をただ、ただ願うばかりです。


アクティブワーク

2011-03-09 20:26:53 | 仕事

今日は現場事務所解体の日で、整理所からは何故かボクだけ召集された社員さん以外の男手はボク一人なので手は抜けない
午後には、トラックの助手席に乗せられ廃棄物処理場にも連れてかれたりして、今朝の仕事も忙しかったので、ハードなアクティブワークをこなした一日になった

お昼頃に地震があった。外作業をしていたのであまりわからなかったけど、県内では震度5を観測した所もあった揺れていた時間も長かったようだった。強い揺れ、長い揺れは近い将来くると予想されている宮城県沖地震が来たのかとつい思ってしまう。ここ数年は(?)地震が多い気がするけど、今回は宮城県沖とは関係なさそう。

今日は疲れた。


スタンドライト

2011-03-08 21:58:53 | 生活
先日、少し前から探していスタンドライトをやっと手に入れた。大きすぎず、小さすぎず、まぁ納得のいく買い物だったと言える。ライトはLEDなので、明るく、長持ち
当然書き物する時にも活躍するだろうし、布団に入って本を読む時にも使える布団で読んでいて眠くなった時、寝ようと思っても、一度布団から出て電気のスイッチのとこまで行かなきゃいけなかったから、これで眠くなったらそのまま消灯→就寝できる

電機屋さんは新生活関連製品でいっぱいだった。

リーグ開幕

2011-03-06 21:57:28 | サッカー

マリノスの開幕戦は、名古屋に試合終了間際にPKを決められて1-1の引き分けに終わった。
開幕1週間前に俊輔が足を痛めて、開幕戦欠場が濃厚だったけど、なんだかんだでベンチにはいた。「俊輔ありき」のチーム作りをしてきた和司はバタバタして対応を練っていたように聞いた
しかし、結果として試合内容はそれなりに良かったらしい(開幕前のJチームには4戦4敗)
まぁ、昨年王者相手にアウェーで勝ち点1は良しとするか。
同じ時間、こちらの地方ではベガルタとサンフレッチェ戦を放送していて、それを録画しといた。サンフレッチェのサッカーは魅力的だし、大型補強したベガルタがどんなサッカーをするのかにも少し興味があったから
見てみると、サンフレッチェは昨年ほどの完全度は(まだ?)なかったように感じた以前見た時の印象では、後方からゲームを組み立てている印象だったけど、昨日はそれほど後方からは効果的なパス回しはされていなかったように見えた。やっぱりストヤノフと槙野の存在はデカかったのかな~
一方ベガルタはアウェーチームらしい戦い方をしていて、全体的に見ても思ってたよりも良かった。個人で見てみるとマルキーニョスは別格で、放つシュートは必ず枠へいくし、チャンスも作れて、守備にも貢献する。あれは怖いリャンが小笠原のように中盤の底でもプレー出来るようになったら、ベガルタの攻撃の幅が広がって、ケッコー怖いチームになりそうだ。

今年は(も?)リーグは混戦になってほしい。


まだまだ雪の季節

2011-03-05 20:35:40 | 生活
昨日は家を出たら予想以上に積もっててビックリ昼には雪はとけたけど、ほとんど一日中氷点下だった気がする

やっと週末長い一週間だった来週か再来週くらいからはきっと、少しだけ早く帰れるはず
年度末だから忙しいのは仕方ない。
今日は昼までに仕事を終わらせて、午後は帰宅して時間を作った。
いつも髪を切りに行くとなると、移動時間も含めると半日近く潰れる。明日行こうかと思っていて、せっかくの休みも掃除・洗濯・散髪で潰れるかなと覚悟してたけど、今日の空いた時間に掃除・散髪を済ませた前回はあまり気づかれなかったパーマも今回は強めにかけてもらった

明日は少し暖かいらしい


ついてない日

2011-03-01 21:48:17 | 生活

朝からお腹痛くて、朝の仕事は覚えることもいっぱいで、さらに荷物もハンパない量で、昼の仕事もなかなか上手くいかなくて。
朝、たまたま電球が切れて、その時にあんなに悲しい気持ちになるとは思いもよらなかった。
雪が積らなくて良かった。