『そぞろ歩き韓国』から『四季折々』に 

東京近郊を散歩した折々の写真とたまに俳句。

翻訳  四角い記憶5

2023-04-26 01:14:06 | 翻訳

             5

 チョンミンは新婚の家を手に入れるために無理してローンを組んだ。会社から車で三十分ほど離れたところにある田園住宅を買った。同じタイプのタウンハウスが数十軒集まっている団地だった。「似すぎているじゃない。」妻の言葉にチョンミンは入口にユスラウメを植える計画だと言った。「料理を注文するたびに、こう言えるじゃない。庭にユスラウメがある家です。」その家にチョンミンは三年住んだ。離婚した時、家を売ろうと売りに出したけれど売れなかった。風が吹く日は近所の工場から変な臭いが漂った。家はチョンセ(借家人が家主に一時金を預けて家賃を払わないが、退去した時に一時金を家主が借家人に返す)にした。そしてチョンセでローンを返済した。チョンミンは再び会社の前にあるワンルームに引っ越した。息子が離婚をしたという事実を知った母親は家を売って伯母が住んでいる済州島に行った。済州島には引退後暮らそうと姉妹が買っておいた家があった。

 チョンミンは課長になった。出張に行くことが頻繁になった。以前少し通っていた大学がある都市に行くこともあった。それでチョンミンは学校の前のベルリンという居酒屋がそのままあるか気になって行ってみた。居酒屋はなくなっていた。チョンミンは学校から自分と以前ミンジョンが下宿していた町の方に車を運転した。その一帯はアパート団地になっていた。交差点で信号を待っていてチョンミンはトッポッキの店を見た。お化け軽食屋。店の名前もそのままだった。チョンミンはトッポッキと天ぷらを一人前注文した。チョンミンと同じ年頃の男が働いていた。「主人が変わったようですね?」チョンミンが訊ねると、男が二十八年間同じ所で商売していると言った。そして台所の奥にある部屋に向かって叫んだ。「お母さん、出てきて。昔の常連さんが来たようだ。」中から小母さんが出てきた。寝ていたのか頭髪が片側に寄っていた。じゃ、友達ね、と言ってくれたその小母さんなのかよく思い出せなかった。小母さんがチョンミンの顔を見て首を傾げた。「以前車がここに突っ込んだことがあるでしょう?」チョンミンの言葉に小母さんは大きく手を叩いた。「もしかしたら?」「はい、その時車に轢かれたその男子学生です。」小母さんがチョンミンに近づいて両手で抱いた。「すっかり大きくなって、すっかり大きくなったね。よかった。」その日チョンミンだけが負傷したのではなかった。小母さんは肋骨を骨折し肺が傷ついた。小母さんは夫と離婚して息子を一人で育てていた。中学生の時は皿洗いや掃除をよくしてくれた善良な息子だったが、高校生になりぐれ始めた。そうして友達達とオートバイを盗んでつまずき少年院まで行った。「そんな時に私が怪我したので息子がしっかりしたんじゃないかしら。」その言葉にトッポッキの鉄板を杓子でかき回していた男が壁にかかった広告を指した。「僕です。今はトッポッキ達人になりました。」壁には、美味しい店を紹介するテレビ番組に出たという宣伝が貼ってあった。その言葉に店の外に立ってトッポッキを食べていた女子中高生がけなして叫んだ。「小父さん、少年院出身ですか?」「そうだ、だからトッポッキを残したらひどい目に遭うよ。」男の言葉に女子中高生が口をぶっと突き出した。「私がいつ残したことがありますか?」チョンミンは小母さんに、脊髄に傷を負ったので貧しい家から大学まで行くことができた父親の話を聞かせてあげた。「人生塞翁が馬だ。父親はいつもそう言いました。そうするとその言葉を立ち聞きした女子中高生がまた訊ねた。「塞翁が馬って何ですか?」チョンミンは鳥のように飛んで馬のように走れという意味なんだって、と嘘をついた。お化け軽食屋へ行ってきた後、チョンミンは偏頭痛が消えた。

 新入社員の中で麺料理がとても好きでそれをウエブコミックで描いている友達がいた。正式な連載ではなくて挑戦漫画というコーナーに連載をしていた。その友達の漫画を見ようとサイトに入って、チョンミンは四角四角(ネモネモ)という名前の漫画家を見た。それをたどっていてチョンミンはその作家がミンジョンかもしれないと思った。主人公が歌うからだった。猿がお尻は赤い。赤ければスモモ、スモモは美味しい。そう歌った。チョンミンはその漫画にコメントをつけた。「お化け軽食屋はまだある。小母さんも相変わらず。」

 ミンジョンは「私の食堂アルバイト記」という題名の漫画を描いた。誰かに見せたいという気持ちがあったのではなかった。はじめはノートに落書きするレベルだった。あたかも日記を書くように毎日毎日四角い枠を描いた。一日に四角い枠を四つだけ作ろう。そう思った。そうして何年か経ってミンジョンはウエブコミックを描くためにタブレットを買った。ノートに描いた絵をはじめの章からタブレットに描いた。そしてそれを挑戦漫画に載せた。誰が見るのか三つ四つのコメントが途切れずついた。そうしてある日四角い顔というIDを持った人が残したコメントを見た。ミンジョンは四角い顔にメモを送った。「チョンミンね。元気だった?二日後に返信が来た。「今週土曜日に会わない?」ミンジョンがチョンミンに会う場所を書いて送った。チョンミンとミンジョンが暮らす所の中間ぐらいにある食堂だったが、少し前にテレビに出て必ず一度行ってみなければとミンジョンがメモしておいた所だった。餃子鍋を売る店だった。料理を食べる前にミンジョンが写真を撮ると、チョンミンが変わったね、と言った。「何が?」ミンジョンが訊ねるとチョンミンが料理の写真のようなものを撮らなかったじゃないですか、と言った。「私がいつ?」「マグロの刺身を食べる時そうだった。」その言葉にミンジョンが頷いた。「そうだったね。ごめん。その時私、悪かった。」ミンジョンの言葉にチョンミンが頷いた。「ある程度は。」ミンジョンは母親が亡くなってしまった後、ノートに定規でまっすぐに四角い枠を描いたという話をした。ノート一ページに四角い枠を二つ描いた。ノートを広げると四つの四角い枠が見えるように。それを午前中ずっと眺めて昼食を食べた。そして午後になるとその四角い枠にそれぞれ別の自分の姿を描いてみた。「そうして分かった。私がどんなに間違って暮らしたのか。」それでミンジョンは四つの四角い枠の一つには必ず笑う顔を描こうと決心した。「そうして少しこうなった。」ミンジョンが笑った。

 昼食を食べて出てくると、向かい側に総合運動場が見えた。そこに「第58回全国陸上大会」と記された旗がはためいていた。ミンジョンとチョンミンは車道を渡って運動場へ行った、観衆は何名もいなかった。ミンジョンとチョンミンは缶コーヒーを買って一番後ろの席に座った。ハードル競技が行われていた。選手達が出発線に立つたびにミンジョンとチョンミンは応援する選手を選んだ。そして一ゲームに千ウォンずつ賭けた。ミンジョンが五千ウォンを稼いだ。「もう一度生まれたらハードル選手になりたい。」チョンミンが言った。「怪我をした時ハードルを飛び越える夢を見たんだ。」ミンジョンはハードル選手が出てくる漫画を描いてあげると言った。主人公の名前はチョンミンだ。チョンミンが指きりで約束してくれと言って、ミンジョンが指切りした。ハードル競技が終わって二人は外へ出た。バス停の方へ歩きながらチョンミンが訊ねた。「僕達、葬儀場でまた会ったら付き合うことにしたのを忘れてなかった?」「忘れてなかった。」ミンジョンが答えた。バス停に来てもチョンミンは続けて歩いた。自分の家に行くバスはそこに止まらないと言って、ミンジョンも一緒に歩いた。交差点を過ぎて別の道に入った。そしてあるバス停に到着した。ミンジョンは路線図を調べてみた。幸い、家に行くバスが通る所だった。バス停に座ってバスが来るのを待った。「あなたは何番に乗らなければならないの?」ミンジョンは訊ねると、チョンミンが違うことを言った。「あそこを見て。」ミンジョンはチョンミンが指さす所を見た。向かい側が総合病院の後門だった。葬儀場が見えた。チョンミンが葬儀場のネオンサインを指しながら笑った。(終わり)


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翻訳  四角い記憶4

2023-04-24 08:51:23 | 翻訳

                                                   4

 チョンミンは葬儀場に行くようになると周囲をきょろきょろする癖ができた。わざわざトイレに行ってきたりすることもあった。そんな日は夜にミンジョンに文字メッセージを送った。誰が死んだと言う言葉は書かず天気の話だけ記した。「明日雨が降るそうだ。最高気温と最低気温の差があるから風邪に注意」「今晩雪が降るそうですね」という言葉。ミンジョンもよく返事を送った。ミンジョンは母親を療養所に入院させた。脳卒中になり大小便を分別できなくなったためだった。脳卒中。ミンジョンにはその単語が変だった。脳が卒業している最中なんて。母親を見舞いに行く度にミンジョンの頭の中には卒業という単語がぐるぐる回った。それで考えてみると両親は一度もミンジョンの卒業式に来られなかった。小学校の時は卒業式の日に母方の祖父が亡くなった。中学校の時はミンジョンが盲腸の手術をした。ミンジョンの父親が学校に行って卒業証書を受け取ってきた。高校の時はミンジョンが来ないでと言った。友達も皆両親を呼ばないし、両親が来れば友達に冷やかされると嘘をついた。ミンジョンは横たわっている母親に謝罪した。その時花束を持って両親と卒業写真を撮らなければならなかったのに。高校生の時ミンジョンは除け者にされた。その子供達の前で両親と笑いながら写真を撮る自信がなかった。ミンジョンは母親にその時の話を聞かせてやった。「私を一番多くいじめていた子供がいたの。その子供が両親と笑いながら写真を撮っていた。それを見た瞬間、私が何を間違ったかわかった。その子供の前で私が明るく笑いながら家族写真を撮らなければならなかったのよ。」その日ミンジョンはその子供の両親に近づいてこう言った。「娘の心に何があるのか覗いて見てください。黒い穴がどんなに多いか。」そしてミンジョンは笑った。講堂を抜け出ると背後で誰かが気違い女と罵る声が聞こえたけれど、振り返らなかった。ミンジョンは一週間に一回ずつ療養院に母親の見舞いに行って、その度に長いおしゃべりをした。母親が自分の言葉が聞き取れないだろうと思うと、秘密にしておいた心の中の話がどっと出てきた。主に幼い時の話だったが、話してみると幸福だった記憶もかなりあることが分かった。餃子を作っていて練った小麦粉の残りで髭を作って付けたこと。髭を付けたミンジョンを見て母親はへそがとれた、と笑っていたこと。その言葉にミンジョンが母親のへそが心配になり服を持ち上げてへそを見たこと。その日母親は娘がへそを見る間じっとしていた。十歳の時だったか母親の鏡台の引き出しに隠してあった兄の写真の中の一枚を盗んだことがあった。それを財布の中に入れて持ち歩いていて、高校の修学旅行のキャンプファイヤーの途中で火の中に投げた。もともとは紙に願い事を書いてそれを燃やす行事だったが、ミンジョンは兄の写真の裏に願い事を記した。「お母さん、写真の裏に何と書いたと思う?」ミンジョンは母親に語った。「私の夢の中に訪ねてくればその時教えてあげる。」しかしミンジョンの母親は亡くなった後も夢の中に訪ねてこなかった。弔問に来た人々はミンジョンの背中を叩いてやるだけやったと言った。その言葉を聞いたミンジョンは別に答える言葉を探せなくスケソウダラの煮つけが美味しいので食事をして行ってくださいとだけ言った。葬式が終わって一週間後に伯父が訪ねてきて癌にかかって数か月しか生きられないという話をした。そういいながらすまなかったと謝罪した。「お前のお父さんが忙しくて来られないのをわしが腹を立てたんだよ。大学の入学金まで出してやったのは誰なのかと言って。すまない。わしが心細かったんだ。」伯父はミンジョンにお金の包みをくれた。包みを開けてみるとミンジョンはびっくりした。節約して使ったら仕事をしなくても十年持ちこたえられるほどの大金だった。ミンジョンが断ると伯父はそれを受け取らなければ死んで弟に会うことができないと言った。「従兄のお兄さんたちは?相談しましたか?」そうすると伯父が醜い奴らだと呟いた。「わしが稼いだ金だ。心配するな。」伯父がミンジョンに一度握手しようと言うのでミンジョンが手を差し出した。ミンジョンは食堂の仕事を辞めた。家の壁紙を貼り変えてトイレを修理した。そして大きな机を買って居間の真ん中に置いた。そこに座ってこれからどんな仕事をするのか、ミンジョンは考えに考えた。

 チョンミンは大学の同期の満一歳のお祝いの会に行ってミンジョンの六親等の又従兄に会った。六親等の又従兄は二年前に転職したが、それが大学の同期が通う会社だったのだ。二人があれこれ近況を話し合っていて、チョンミンはミンジョンが少し前に葬式をしたという話を聞いた。その日家に帰ってチョンミンはわけもわからず腹が立った。腹が立ったチョンミンは大掃除をした。「腹が立ったら大掃除する。」それはチョンミンが幼い時父親が教えてくれた方法だった。そう言いながら友達に冷やかされて腹が立ったチョンミンに窓ガラスの掃除をさせた。父親は庭の水道にホースをつけてくれ、チョンミンはホースを持って居間の窓ガラスに向かって水を撒いた。その時虹が出た。「お母さん、虹見て。」チョンミンが叫んだ。「うちのチョンミンがしょっちゅう腹を立てないで、家の硝子がきれいにならないように。」母親が虹を見て言った。ワンルームは窓が広々と開けられなかった。それで外の硝子を磨くことができなかった。チョンミンはそれが不満だった。契約期間が過ぎたら窓が広々と開く家へ引っ越ししなければと、チョンミンは思った。チョンミンはビールのジョッキを集める趣味があった。そのビールのジョッキを全部取り出して磨きながら、チョンミンはなぜ腹が立ったのか考えてみた。葬儀場で会いたくないので、ミンジョンが連絡しなかったと思った。とんでもない考えだと思ったけれど、それでもしょっちゅうそう思った。皿洗いをしていてビールジョッキが一つ壊れた。水でゆすいでいてジョッキの一つがどこかにぶつからないまま、そのまま壊れたのだ。救急病院に行って十六針縫った。タクシーの運転手がチョンミンの手を見てどうして怪我をしたのか訊ねるので、皿洗いをしていて怪我したと答えた。そうすると家庭的な夫だと褒めた。そして自分が好きな野球選手も、皿洗いをしていて怪我をして指を縫ったという話をした。チームが四強に入るか入らないかという重要な時期で、よりによってこの時期に怪我をした。悔しがった。縫った傷が癒える間、チョンミンは指を怪我した選手がいるチームの競技をいろいろ見た。五位に落ちて行って、四位に上がって行って、再び五位に落ちた。チョンミンはそのチームが負けることを願った。そうしながら遅すぎた後悔をした。ミンジョンの消息を聞いた時腹を立てたのはよくなかった。心配しなければならなかった。自分がそんな奴にすぎないと言う事実にチョンミンは失望した。指を怪我した選手は三週間後に戻ってきた。チームはかろうじて五位になり、ワールドカードを手に入れたが、初試合で五対一で負けた。来年にはうまくなるように。中継を見ながらチョンミンは思った。そして翌年チョンミンはそのチームを熱心に応援した。週末になると野球場を訪れた。全国の野球場にすべて行ってみることを目標にしたりした。テンジョン野球場でチョンミンはファウルボールを避けようと隣の席に座っていた女の服にビールをこぼした。チョンミンが謝罪すると女が言った。「私のビールもこぼしたのでもう一杯おごってください。」それでチョンミンは生ビールを買いに行った。生ビールを二杯持って戻ってみると女が席にいなかった。しばらくして女がトッポッキを持ってきた。「農心一本(ノウシンカラク)のトッポッキです。ここに来たら必ず食べなければならないです。」その日二人はトッポッキにビールを二杯ずつ飲んだ。別れる時に女が言った。「マサン野球場に行かれる機会がありますか?そこに行ったら「ちゃんと飲め」というマッコリを必ず飲んでください。」それでチョンミンが行くなら一緒にどうですかと訊ねた。


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翻訳  四角い記憶3

2023-04-22 01:43:23 | 翻訳

               3

 二人は四年後にある葬儀場でまた会った。ミンジョンは食堂の主人の葬式に行った。営業が終わってしまうと、従業員に夜食として豚肉の炒め物やチャンポンを作ってくれた社長だった。先日娘が結婚したと言って従業員に自慢していたが心臓麻痺で亡くなった。チョンミンは部長の母親が亡くなって会社の人達と葬儀場に来ていて廊下でミンジョンに出くわした。ミンジョンはトイレから出てきてチョンミンはトイレを探してきょろきょろしていた。今回はチョンミンが最初にミンジョンに気づいた。会わない間にチョンミンは八キログラムも太った。インターンとして働いていた会社には就職できなかった。インターンを五十名選んで、その中から正社員になるのは三名に過ぎなかった。その後何か所か書類を出して、麺類工場でいろいろな食品を生産する中堅企業に就職した。本社はソウルにあるけれどチョンミンはS市に辞令が下りた。S市はミンジョンが住むC市の隣にあり、二人が会った葬儀場はその二つの都市の境にあった。チョンミンは会社の前のワンルームを手に入れ独立した。食品会社だからか社員食堂のご飯がとても美味しかった。チョンミンがご飯を食べるのを見て部長が笑いながら言った。「大盛りご飯を食べるんだね。」そして義母が食堂をしているので行ったらと、名前が「大盛りご飯と太刀魚の煮つけ」だという話をしてくれた。部長がそう言った後チョンミンのあだ名は大盛りご飯になった。あだ名がそうなって太ったのだと、チョンミンはミンジョンに言った。「あっ、私の町にそんな名前の食堂があった。」まだ行ったことはないけれど、昼食時間にいつも人でいっぱいな所だとミンジョンは言った。「太刀魚の煮つけなら食べてみたいな、先輩、お酒一杯どうですか?」チョンミンの言葉にミンジョンが行こうと言った。「喪主に挨拶する。」ミンジョンが言った。「僕も挨拶してこよう。ロビーで会いましょう。」

 葬儀場を出てしばらく歩いたけれど、太刀魚の煮つけを売る店は見えなかった。二人はソロンタンの店に入り牛肉の煮込みに焼酎を注文した。ミンジョンは取り皿に牛肉の煮込みをのせ、その上にニラと玉ねぎの漬物をのせた。そして乾杯をしようとチョンミンに向かって盃を突き出した。ミンジョンは酒を一杯飲んで取り皿に分けたつまみを食べた。ミンジョンは酒を飲む前に必ず取り皿に次に食べるつまみをのせていて、いつのまにかチョンミンもそれに従うようになった。牛肉の煮込み一つ、焼酎一杯ずつ。そうしていて焼酎二本がすぐに空になった。「もう一本どうですか?」チョンミンが訊ねるとミンジョンが頷いた。そしてメニュー表を持って一ページから一枚ずつ調べて、焼酎を持ってきた従業員にビビン冷麺と緑豆お焼きを注文した。ミンジョンは緑豆お焼きの上にビビン冷麺をのせて食べた。酒を飲みながらチョンミンはミンジョンに働きながらわかったことを話した。ケチョップの容器はアルミホイルでさえぎられているが、マヨネーズの容器はアルミホイルがないということなど。それを話すと大部分の人はなぜ?と聞き返した。しかしミンジョンはなぜか訊ねなかった。「私はおかしくてもケチョップと呼ぶと味がしない感じがする。ケチャップはケチャップだよ。」ミンジョンが言った。そしてマヨネーズが好きすぎてラーメンに入れて食べる男もいるという話を付け加えた。「恋人ですか?」チョンミンが訊ねるとミンジョンが以前に、と答えた。「ケチャップをかける時、いつもハート模様を作らなければならない女もいます。」チョンミンが言うとミンジョンが恋人かと訊ねた。「以前です。」チョンミンが答えた。二次会に行こうかとチョンミンが訊ねると、ミンジョンがまた今度、と答えた。チョンミンが酒の代金を計算しながら言った。「約束しました。また今度。その時二次会は先輩が出してください。」そして六か月後に偶然また葬儀場で会った時チョンミンはミンジョンに言った。「二次会忘れてないでしょう?」

 亡くなった方はミンジョンの父親の友達だった。父親とは同じ中高等学校を出て軍隊も同じ部隊に行った仲だった。子供が生まれたら二人を結婚させて、互いに姻戚になろうという約束までした。「だからお前が生まれた時小父さんがどんなに喜んだか。息子が三人だからお前が選べ。」そう言って幼いミンジョンに小遣いをしょっちゅうくれた。その三人の息子のうちの末っ子がチョンミンの会社の同僚だった。同じ部署の人達は前日弔問に来ていたが、チョンミンは父親の祭祀で遅く一人で来た。チョンミンは知っている人がいないかときょろきょろしていて、一人で座っているミンジョンを見た。チョンミンはミンジョンのテーブルにビール二缶を置いた。「会社に入社してこの葬儀場に十回は来たでしょう。それでわかるようになったのは、ここスケソウダラの煮つけが本当においしいです。」二人はスケソウダラの煮つけをつまみにしてビールを一缶ずつ飲んだ。それで葬儀場を出てタクシーに乗った。チョンミンがタクシー運転手にミンジョンが住んでいる町の近所を言うのでミンジョンはぎょっとした。「数日前に同僚たちとそこに行ってみました。『大盛りご飯と太刀魚の煮つけ』。そこが近所だそうです。その時誰かが教えてくれました。近所に美味しい鶏カルビの店があると。」ミンジョンは鶏カルビの店は閉まっていると言った。社長夫婦が結婚三十周年記念に旅行に行った。「閉まっていることも知っていて、常連ですか?」チョンミンが訊ねた。ミンジョンは常連だと嘘をついた。「美味しいですか?」チョンミンが訊ねるのでとてもとても美味しい店だと言った。それは事実だった。美味しいので六か月間そこで働いていたから。ミンジョンはチョンミンを連れて食べ放題のマグロの店に行った。美味しいからではなくミンジョンが働いていなかった食堂だから。寿司を作って食べられるように寿司用のご飯も食べ放題で提供してくれる店だった。ミンジョンはマグロにわさびとかいわれをのせて食べ、チョンミンはマグロをご飯の上にのせ寿司を作って食べた。「ご飯をそのように食べるとあだ名が大盛りご飯ね。」ミンジョンがチョンミンをからかった。その言葉を聞いた社長が、寿司で食べる時にさらに美味しい部位だとチョンミンにだけ新しいマグロをのせてくれた。「お金は私が払うんですが?」ミンジョンが冗談を言うと今度はミンジョンにだけ新しいマグロをのせてくれた。「へそ肉です。」ミンジョンはその部位を食べながら考えた。マグロもへそがあるんだな。

 外に出ると雨が降っていた。傘を買うほどではないようだった。それでそのまま雨にあたりながら歩いた。歩きながらチョンミンはミンジョンに言った最初の言葉が何か覚えているかと訊ねた。ミンジョンは覚えていなかった。「バナナ牛乳、私も好きですが。」チョンミンが人文学部の前の売店でバナナ牛乳を買うと、その横を通り過ぎながらミンジョンがそう言った。「そうして先輩が鼻歌を歌いました。猿のお尻は赤く、という歌です。ところがこう歌うのです。赤ければスモモ、スモモは美味しい、とです。」ミンジョンは幼い時からそう歌った。林檎が嫌いだったからだ。チョンミンがその歌を歌ってみた。「猿のお尻は赤い。赤ければスモモ、スモモは美味しい。美味しければバナナ。」そうするとミンジョンがこう変えて歌った。「猿のお尻は赤い、赤ければユスラウメの実。ユスラウメの実は美味しい。美味しければバナナ。」急に雨が激しく降り始めた。雨に当たりながら二人は歌を歌い続けた。チョンミンはこう変えて歌ってみた。「猿のお尻は赤い。赤ければトッポッキ。トッポッキは美味しい。美味しければバナナ。」ミンジョンはこう変えて歌ってみた。「猿のお尻は赤い。赤ければきざみ麺。きざみ麺は美味しい。美味しければバナナ。」そう歌って道を歩いてみたら、じゃがいも汁の店が見えた。「赤ければじゃがいも汁。じゃがいも汁は美味しい。美味しければ焼酎。」チョンミンがそう呟いてじゃがいも汁の店の戸を開けた。食堂の主人が手拭い二枚持ってきて言った。「雨に当たってじゃがいも汁を食べれば本当に美味しいです。」その言葉に二人が笑った。チョンミンはお酒を飲んで酔った。酔うと突然ミンジョナ、と名前を呼んだ。「もう一度だけ葬儀場で会ったらその時はつきあおう。」ミンジョンはチョンミンの初めての印象を思い出してみた。サークルにどうして加入したのかと訊ねられると、顔が四角で来たと言った。その言葉を聞いてからミンジョンは四角いものを見ると、チョンミンの顔がよく浮かんだものだ。「そうね。もし葬儀場でまた会ったら。」ミンジョンがチョンミンに答えた。


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翻訳  四角い記憶2

2023-04-20 01:08:42 | 翻訳

               2

 ミンジョンは大学を卒業して両親の家に戻ってきた。卒業式を目前にして両親が交通事故に遭ったためだった。故郷に住む伯父の誕生日に行く途中だった。七人兄弟の一番目の伯父は十五歳で駅の隣で蒸しパンを売って弟達を学校に行かせた。初めは露店で売っていたが商売がうまくいくと駅の前に店を構えるようになった。その蒸しパンの店は四十年間その場所を守った。そうして伯父の長男が店を受け継いだ。テレビで何回か放送されたので、全国から人が訪ねてきた。店の外に長く並ぶ列を見た弟達が、一人、二人と同じ名前で蒸しパンの店を出し始めた。その時から兄弟間でいろいろな訴訟が始まった。伯父は皆と縁を切って、ただ一人蒸しパンの店を構えなかったミンジョンの父親だけを弟として受け入れた。ミンジョンの父親が蒸しパンの店を構えなかったのは欲がないからではなかった。母親が蒸しパンを嫌がっていたからだった。母親は蒸しパンの臭いさえ嫌がった。運転した父親が現場で亡くなり、母親は命拾いをしたけれど、右手と右足が使えなくなった。頭に怪我して言語障害まで出た。ミンジョンは母親の世話をしなければならなかったので、夜だけ働いた。初めは町の補習塾で中学生を相手に国語を教えた。六か月後、塾長がスキャンダルにまみれて姿を消し、ミンジョンは二か月分の月給を受け取れなかった。新しい勤め口を探していてある食堂の前に貼ってあった求人広告を見た。カルビチム(牛の骨付きあばら肉の煮込み)を売る食堂だった。ミンジョンはカルビチムくらいは習いたかったので、一か月だけ働こうという気持ちで食堂の戸を開けた。その後ミンジョンは食堂で働き続けた。体が疲れて良かった。またいつでも辞めることができて良かった。ミンジョンが住む町から一ブロック離れた所が歓楽街なので夜だけ働くアルバイトの口を求めるのは難しくなかった。一週間に一、二回ずつミンジョンは自分が働いている食堂で一番美味しい食べ物を買って帰った。時々ただで持っていけという主人もいたけれど、ミンジョンは必ず支払った。家に帰ると十二時を過ぎていた。湯舟で半身浴をした。午前一時になるとミンジョンは食堂で買ってきた食べ物をつまみに酒を飲んだ。そうして食べ物に飽きると別の食堂を探した。

 ミンジョンは母親が四十で生んだ娘だった。両親は同い年だったので二十六で会って二十八で結婚した。そして翌年息子を生んだ。五歳の時に書道塾に送ると一か月で千字文を全部覚えた息子。ミンジョンはその話を耳にタコができるほど聞きながら育った。その息子は八歳の時に算盤塾の団体でプールに行って事故で死んだ。両親は居間の窓越しに算盤塾を見た。母親は居間の窓のカーテンを閉めて暮らした。算盤塾が無くなった後でもカーテンはそのままだった。「それで鬱病にかかったのだ。人間は太陽の光を見なければならないんだよ。」大学に合格してしまってからミンジョンが下宿すると言った時に父親が言った。必ず日が良く入る家をさがしなさい。そして父親は詫びた。もう一度子供が生まれれば母親が昔に戻るだろうと思ったんだ。すまなかった。ミンジョンは独立するためにわざわざ家から遠い大学を選んだ。下宿で初めて寝た日、ミンジョンは卒業しても両親の家に二度と戻るまいと決心した。父親が亡くなって箪笥を整理していてミンジョンは古い箱を一つ発見した。箱には亡くなった兄がもらった賞状があった。その中には暗算大会に出てもらった賞状もあった。その賞状を見てから夜ごとミンジョンは悪夢を見た。水に落ちてあがく夢だった。その時から寝る前に酒を飲んだ。そうして五年過ぎると毎日焼酎一瓶飲んで初めて眠ることができた。体重が十キログラムも増えた。葬儀場でまたチョンミンと会った時チョンミンは一目見てミンジョンとわからなかったのは、そのためだった。亡くなった方はミンジョンの母親の従姉だった。母親は実の姉妹がいなくて従姉と姉妹のように親しくて、 紙屋の義理の姉さんと呼んでいて、ミンジョンも紙屋の伯母さんと呼んでいた。幼い時にミンジョンは母親と一緒に伯母の家で一週間ほど過ごしたことがあった。伯母が壁紙を貼りに行く時、母親と一緒について行くこともあった。何で泣いたのかは覚えていないけれど、母親にお目玉を食らったことがあった。「悪いことをしたのに泣くのかい?」母親は厳しく言った。その時、壁紙を貼っていた伯母が、首に巻き付けていた手拭いで母親の背中を叩いた。「あんたはどうして子供をこらしめるの!」そして伯母は手拭いでミンジョンの顔を拭いてくれた。手拭いから汗の臭い。その臭いは長くミンジョンについて回った。会う親戚ごとに母親の病状を訊かれ、その度にミンジョンはそのまま変わらない、と言った。そうして三十回位答えてから席を立った。そして出棺には来られないと言おうと又従兄のところに行った。又従兄は会社の人達と話していたが、そのテーブルの隅にチョンミンがいた。まあ、とミンジョンは思わず声を出した。チョンミンがミンジョンを見て「どなたですか?」と訊き返した。「おばけ軽食屋で最後にトッポッキを食べた者。」ミンジョンが言った。「ミンジョン先輩だね。」チョンミンが立ち上がって手を差し出した。

 二人は葬儀場のロビーで珈琲を飲んだ。チョンミンはまだ就職したことがなく、二か月前からインターンの仕事をしていると言った。又従兄が主任だと言った。ミンジョンは四角四角(ネモネモ)のサークルはなくなったと言った。会長が学校から受け取ったサークル補助金をこっそり使ってひっかかったと言った。そのことでサークル室から追い出されて行く所がなくなった会員達は、互いにお前のせい私のせいと言って結局解体した。「だから、あなた達が最後の期よ。」ミンジョンが言った。チョンミンが紙コップをなでまわしながら言った。「僕、まだあの万歩計持っています。」万歩計という言葉を聞くと、ミンジョンはチョンミンにそれをプレゼントした日を思い浮かべた。チョンミンと別れて病院を出たら雨が降っていた。傘がなかったけれど、ミンジョンはそのまま歩いた。雨がすぐに肩を濡らした。ミンジョンは駐車場の方から車椅子に乗った人が自分の方に近づいているのを見た。車椅子に乗ったお父さんの膝に子供が座っていた。子供が両手で傘を持ち上げてお父さんは両手で車椅子車輪を回していた。父子がミンジョンの横を通り過ぎた時、よかった、とミンジョンは思わずそう呟いた。もしチョンミンがミンジョンの告白を聞いてくれたら、ミンジョンはチョンミンになぜトッポッキを食べようと言ったのか話そうと思った。運命のようじゃないですか?チョンミンがそう言った。その言葉が聞こえなかったふりをしよう。チョンミンはミンジョンの亡くなった兄の名前だった。その日、ミンジョンは亡くなった息子の名前をひっくり返して娘の名前にした両親をどんなに恨んでいるか告白しそうになった。その話をしなくて良かった。ミンジョンは思った。「先輩、お酒を一杯やりませんか?」チョンミンが訊ねた。ミンジョンがまた今度と答えた。その日からチョンミンはしばしばミンジョンに電話をかけた。主に仕事が終わって家に帰る途中で電話をしたが、その時間ミンジョンは食堂で仕事をしていて電話に出ることができなかった。その度にチョンミンは短いメッセージを残した。「何をしていますか?」「今日暑いですね」のような言葉。家に戻ってお酒を飲みながらミンジョンはそのメッセージを何回も繰り返して読んだ。返事は送らなかった。そうして何か月かが過ぎるとメッセージはもう来なかった。


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