『そぞろ歩き韓国』から『四季折々』に 

東京近郊を散歩した折々の写真とたまに俳句。

四季折々700  春の相模原北公園2

2016-03-25 11:03:18 | まち歩き

梅のそばにミツマタも咲いている。

ミツマタ。

「みつまたの花は咲きしか。静かなるゆふべに出でゝ処女らは見よ」(釈迢空1887年~1953年 『倭をぐな』)

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四季折々699  春の相模原北公園1

2016-03-24 11:16:05 | まち歩き

相模原北公園の梅園に行ってみる。もう散りかかっていたが、数本は花を残している。

品種改良が進んでいて種類が多い。

梅園の中。

書屋の蝶。

桜梅。

武蔵野。

塒出(とやで)の鷹。

舞扇。

淋子梅。

花座論。

長谷川絞り。

「白梅の莟(つぼみ)と花といりみだれ」(長谷川素逝1907年~1946年 『暦日』) 

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読書感想194  ヤンケレの長い旅

2016-03-19 14:40:14 | 小説(海外)

読書感想194  ヤンケレの長い旅

著者      タマル・ベルグマン

生年      1939年

出身地     イスラエルのテレアビブ

受賞歴     1988年に本書でゼエヴ賞受賞(教育省)

出版年     1987年

邦訳出版年   1998年

邦訳出版社   未知谷

☆☆感想☆☆

 これはナチス・ドイツから逃れるために、故郷のポーランドを離れ、ソ連に逃げたユダヤ人の少年が、さらにナチス・ドイツのソ連への侵攻から中央アジアに逃れる途中で、家族と生き別れ、浮浪児として第二次世界大戦が終わるまで生き抜く物語。少年はいくつもの別れを経験している。1939年8月に独ソ不可侵条約が結ばれ、その1か月後にドイツ軍がポーランドに侵攻。一方ソ連もポーランドの東側を分割占領する。少年ヤンケレは小学校に入ったばかりの6歳。ドイツ軍がユダヤ人の居住地区に壁を作り隔離しようとする。これを見た両親はヤンケレと妹を連れて徒歩でロシアに向かう。その時に歩けない祖母や祖父を残していく。そして、ドイツ軍から逃れて走る深い森の中で、多くの避難民が家族ばらばらになる。ヤンケレの友達も行方知れずになる。一家はウラル山脈の鉱山の町に送られ両親は重労働に従事する。しかしポーランド市民権を放棄してソ連の市民権を取得した一家は暖かいクリミアへ移され、お父さんももともとの木工職人の仕事につく。クリミアでヤンケレは小学校にも通いロシア語が上手になる。しかし1941年6月にナチス・ドイツがソ連に侵攻し独ソ戦が始まる。お父さんは軍隊に志願し、お母さんと妹とヤンケレは中央アジアのタシケントに向かう汽車に乗る。汽車の中はジフテリアが蔓延し、その死体を運び出し埋めるために停車する。ヤンケレの友達が亡くなり、その母が埋葬に手間取り汽車に乗り遅れる。そしてヤンケレもドイツ軍の空襲で汽車から避難している間に乗り遅れて、母と妹とはぐれてしまう。イディッシュ語のヤンケレという名前を捨て、ロシア語のヤーシャとなって母の待つタシケントへ向かおうとするが、お金もなく、生きるすべも知らないヤーシャにヤーシャから3回も物を盗んだ浮浪児が指南してくれる。市場での食べ物の盗み方とか無賃乗車のやり方とか中が燃えている石炭殻の中で寝ることとか。しかしその浮浪児もつるんでいては食べていけないと去る。そしてタシケントについてもお母さんは見つからず、ヤーシャはウズベキスタンの町を放浪する。そしてそこかしこに戦争孤児になり逃げてきたたくさんの浮浪児がいる。ウズベキスタンの山の人々は、浮浪児たちに優しい。みな笑顔で挨拶してくれ、お茶やピタ(パンのようなもの)をくれたり、泥棒はわしらの手で殺すと言いながら、果物や野菜はたくさんあるからとって食べていいよと言ってくれる。鍛冶屋は虱のわいた頭を丸坊主にしてくれ、いつでもおいでと言ってくれる。それに対し、駅長も警察も浮浪児を施設に送ることしか考えない。食料不足で施設の子どもたちは死んでいくという話を聞いたヤーシャは、警察の目から逃れて自力でお母さんを探そうとする。しかし運悪く警察に捕まり、施設に入れられたときも、食料がなくなると孤児たちが逃げるように施設の人が仕向けてくれる。食料係はユダヤ人の小母さんだったので、ユダヤ人の子どもにだけ特別にごちそうを出してくれる。どこの施設でも身内、同じ民族の子どもを優遇するのだという話を聞く。お母さんと再会したときに、4歳年下の妹のほうが背が高い。ほとんど成長していなかったのだ。

ウズベキスタンの人々や権力と対極にある貧しい人々が優しい。このヤーシャもひどい境遇のなかでも優しい。それがこの本の魅力になっている。しかし、最後にパレスチナへ行こうというお父さんの手紙が、新たな次元の違う地獄への招待状のようで心は晴れない。

著者の友人の実際の体験をもとにした物語だそうだ。

風景も人々も素敵なウズベキスタンに行ってみたくなる本だ。 

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四季折々698  本沢梅園の白梅2

2016-03-18 13:51:55 | まち歩き

3月13日に本沢梅園でお祭りが開催されました。地元の人がちらほら集まっていました。

お囃子とおかめとひょっとこ踊りもにぎやかに。

本沢梅園の隣の城山湖天空の里駐車場。河津桜(?)も満開。まだ桜の木が若い。

本沢梅園の白梅。曇天にも負けず。

「しら梅に明る夜ばかりとなりにけり」(蕪村1716年~1783年『から檜葉』)

蕪村の臨終の三吟の一つ。この句に「初春」という題を置くように言い残して旧暦12月25日の夜明けに生涯を閉じた。(出典 『日本秀歌秀句の辞典』より) 

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四季折々697  本沢梅園の白梅1

2016-03-15 20:43:15 | まち歩き

今年も本沢梅園が開園しました。3月5日から3月21日まで。お天気は真冬になったり晩春になったり落ち着きませんが、梅の花は相変わらず清楚で美しい。香しい香りも漂っています。鶯の声も聞こえます。平日は人も少なく寂しく静かな穴場です。

梅園の中の小道。

白加賀の白梅林。

一重の梅の花。

「灰捨て白梅うるむ垣根かな」(凡兆?~1714『猿蓑』)

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