『そぞろ歩き韓国』から『四季折々』に 

東京近郊を散歩した折々の写真とたまに俳句。

読書感想56  愛する者に死を

2013-02-27 17:34:38 | 日記・エッセイ・コラム

 


 

著者          : リチャード・ニーリイ<o:p></o:p>

 

生年          : 1920年代前半<o:p></o:p>

 

翻訳出版        : 2007<o:p></o:p>

 

出版社         : (株)早川書房<o:p></o:p>

 

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感想<o:p></o:p>

 

 ニューヨークの出版社の社長マイクル・コステインの下にサンフランシスコの消印のある郵便物が届いた。中身は殺人の予告だ。殺人を実行し、殺人の物語をマイクのもとに届ける。この計画に興味を持つなら、サンフランシスコに滞在し、98日の「サンフランシスコ・クロニクル」紙の個人消息欄に「PSへ、帰宅せよ。すべてを許す」という広告を出し、連絡先の電話番号も付記すること。そうすれば殺人予告者から連絡する。ベストセラーを渇望するマイクはこの奇妙な手紙の命じるままにサンフランシスコに愛人の編集部長ジーナをともなってやってきた。夕方ホテルに殺人予告者からの連絡が入った。待ち合わせ場所の下宿屋と7時半という時間が指定される。マイクは一人で出かけたが、ジーナも心配で待ち合わせの住所に行く。7時にその下宿屋の建物から出てきたのはマイクだった。ジーナが声をかけるとマイクらしい人影は建物の中にとってかえした。マイクを追ったジーナは建物の中で突き飛ばされ人影も消えた。ホテルに帰ったジーナは今度は浴室の中で何者かに襲われる。ちょうど来合わせたボーイによって襲撃者は諦めジーナは助かった。ジーナはマイクかもしれないという疑惑に陥る。そしてマイクが帰ってきた。マイクの話は恐るべきものだった。指定された住所の下宿屋にはベッドに絞殺された女の死体があった。ニューヨークに戻ったマイクを追ってサンフランシスコ警察のフレンドリー警部がやってきて、現場からみつかったというマイクのイニシャル入りのライターと被害者の血のついたハンカチを見せる。マイクは殺人事件の容疑者として逮捕されることになる。<o:p></o:p>

 

 マイクの周辺にいる人は、娘のキャロルと副社長の娘婿ディヴィット、法律顧問のサム。キャロルが診療を受けている精神分析医のカール、ディヴィットの秘書のリタ。<o:p></o:p>

 

 姿の見えない犯人の過去の回想が出てくる。子供時代の両親の性的な関係の目撃シーンとか、売春婦を殺す場面とか。<o:p></o:p>

 

 姿なき犯人の行動や心理がないとなかなか犯人が分からない。しかしこうした狂った人間の行動は恐怖と驚愕を呼ぶが、まったく共感を生まない。ミステリーだからそれでもいいのかもしれないが、犯罪の原因を狂気に求めるなら、もっと納得させてほしい。<o:p></o:p>

 

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気ままに採点(5点満点)<o:p></o:p>

 

面白さ    ★★★<o:p></o:p>

 

意外性    ★★★<o:p></o:p>

 

人物造型   ★★★<o:p></o:p>

 

長さ     ★★★★<o:p></o:p>

 

教養     ★★<o:p></o:p>

 

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翻訳  朴ワンソの「裸木」2

2013-02-25 23:00:08 | 日記・エッセイ・コラム

 

 ぼんやりと曇った天気に停電まで重なって、4名の絵描きは一様にスピードを上げられなかった。たった今注文を受けたものを急ぎの仕事のほうの引き出しに落として、私は絵描きの間を後手を組んで歩き回り、とげとげしい口調で催促したり適当に癇癪を起したりした。揚句の果には慇懃に脅してしまった。<o:p></o:p>

 

 「どうしても駄目なの。いつもいじめられて生きなければならないの。絵描きを何名か雇いませんかと崔社長が来たら提案してみようかしら。」<o:p></o:p>

 

 一斉に彼らがぎくりとするのを、手中に握った小魚のあえぎを感知するように皮膚で感じることができた。<o:p></o:p>

 

 それもそんなことが4名の絵描きのしがない稼業だった。肖像画製作は実際これぐらいでも忙しいのはせいぜい米軍の給料日の月末の前後1週間ぐらいだった。それ以外の日はただ暇つぶしをしたり、仕事が免除されたりした。<o:p></o:p>

 

 絵を描いてから報酬を受け取る絵描き達は、遊ばないで更にもっと引き受けて描こうと卑屈になればなるほど、私の顔色をうかがう境遇だった。<o:p></o:p>

 

 実は、私も絵描きがもっと必要だと思ってはいなかった。癇癪のような感情が腹の中でもたれていて、少し意地悪に振る舞っただけで、彼らに特別な悪意があるわけでもなかった。<o:p></o:p>

 

 彼らをひっくるめて絵描きと呼ぶというので、時々崔社長はそのように人を見下せば使うことが出来ないと私をたしなめるけれど、そう呼ぶことが気楽でそれ以上彼らに似合う呼び名をまだ思いつかなかっただけだ。いささかも彼らを軽蔑する考えがあってのことではなかった。<o:p></o:p>

 

 私が誰かを少しでも軽蔑するなら、おそらく私が烏の鳴き声のように崔社長と呼んでいる崔萬吉だったかもしれない。私が働いているここ米8PXの階下は、西側に3分の1くらいが韓国の物産売り場になっていて、その経営は韓国人委託業者が引き受けていた。誰も彼も仕事がなく食べることが大変な戦争中だ。その委託販売場を引き受けることも、相当のコネや手腕がないと見通しがつかないというのが、崔社長の言葉だった。先を争って様々な業種―手芸品、真鍮の器、竹の器、ゴム靴、皮革製品、貴金属―このすべてを止めてから、身の程知らずにも元手を一文もかけない肖像画看板に参入し立ち上げることができたのは、並みの商才ではないというのが崔社長の自負だった。<o:p></o:p>

 

 とにかくまばゆいPXの階下の中央部に肖像画部を作り、看板職人を集めてしがない仕事をさせてやり、自分もそのおかげで少し金持ちになり、私にも月給をくれる。また社長と呼ばれることを限りなく渇望し喜ぶ崔萬吉に対して、しばしば崔社長とか社長様とか呼べば呼ぶほど彼を軽蔑し、貸し借りをゼロにしたと考えるようにした。<o:p></o:p>

 

 再び電気がついたのはシャッターが徐々に下りる頃だった。<o:p></o:p>

 

 「えい、くそ。今日はし損なった。」<o:p></o:p>

 

 まず絵描きの金さんがイライラして濁った液体で筆を振って洗った。他の絵描きもゆっくりと絵具を片づけ始めた。<o:p></o:p>

 

 突然まばゆい照明の中に広かった向こう側の米国物産売場。私はまるで客席から舞台を眺めるように、そわそわした、少しうっとりした気分で眺めた。<o:p></o:p>

 

 いつ見ても嫌にならない〈メイドインUSA〉の会社と魅力的な品々。その豊かな品物を後光のように背にして夜化粧に余念のないセールスガール達。私はこんな様子を眺めて楽しんだ。<o:p></o:p>

 

 特に閉店後の今時分、視野を妨げていた黄色い軍服が引き潮のように去って、清掃の小母さん達がじょうろでタイルの床を濡らして箒で掃く頃には空気がとても透明になって、小母さん達がすばしっこい手際で塗ったリップスティックの艶々した色がそれぞれ違っていることまで識別できた。<o:p></o:p>

 

 ダイアナ金、リンダ趙、スーザン鄭みたいなエギゾチックな名前を持った、その可愛い娘達が使っているリップスティックの少しずつ違う色まで知っているけれど、私は彼女達の誰ともまだ親しくなかった。<o:p></o:p>

 

 私はいつも家の近所まで一緒に行くほど友達と仲良くしたけれど、友達はなかなかできなかった。特に退社時間に従業員の出入口に通じる暗く長い廊下にぎっしり詰め込まれて歩哨巡警のボディーチェックの順番を待ち続ける時に、不愉快なボディーチェックに対する共同の被害意識が生まれて、親しく気兼ねない対話を交わすこともあった。しかしこんな種類の連帯感はせいぜい風船の中の圧縮空気のようなもので、風船の狭い口である出入口を抜け出しただけで終わった。<o:p></o:p>

 

 皆忙しく闇の中に挨拶もなく消えて行った。金チャンチョルを目の前にした、うすら寒い日は夕暮れを省略して、いつの間にか厚い闇に包まれていた。<o:p></o:p>

 

 出入口に面した裏道は街灯一つなく、たった一つの向かい側のうどん屋のぼんやりしたガラスの戸が周囲の闇をひとしお暗くしていた。<o:p></o:p>

 

 私は小走りに暗い所を抜け出して明るい商店街へ出た。PXを中心に急に発達した米国人相手の雑多な土産物屋―師団や軍隊のマークを刺繍した赤く黄色い人絹マフラー、キセル、ざる、真鍮の器、別に珍しい物もない、そうした店の前で私はしきりに覗き込み、できるだけもたもたして、暗い所では息が苦しくなるほど駆けた。<o:p></o:p>

 

 しかし繁華街である忠武路でさえ暗い所や灯がつかない巨大な怪物のような建物だらけだった。持ち主のいない家でなければ、中央郵便局のように燃えてしまって壁だけ残っている家々。こんなに暗い所で私は思わず恐怖を感じた。<o:p></o:p>

 

 暗いという思いにまだ戦争中だという思いが重なると、ヤンキーの言葉のカッテム楊口、カッテム鉄圓、ムンサン、こんな所が今いる場所からあまりにも近いようで身震いした。<o:p></o:p>

 

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読書感想55   増補倭寇と勘合貿易

2013-02-23 19:09:14 | 日記・エッセイ・コラム

 

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著者      :  田中健夫<o:p></o:p>

 

生没年     :  1923年誕生   2009年死去<o:p></o:p>

 

出身地     :  群馬県<o:p></o:p>

 

初版年     :  1961<o:p></o:p>

 

出版社     :  至文堂<o:p></o:p>

 

再版年     :  2012<o:p></o:p>

 

出版社     :  (株)筑摩書房 ちくま学芸文庫<o:p></o:p>

 

定価      :  1,300円(税別)<o:p></o:p>

 

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感想<o:p></o:p>

 

 本書では13世紀から16世紀にかけての倭寇の行動を朝鮮半島、中国、日本との関係の中で描いたものである。日本の時代区分では南北朝争乱期から文禄・慶長の役(豊臣秀吉の朝鮮の役)の前までの時期である。朝鮮半島では高麗と李氏朝鮮の時期であり、中国は明の時代である。<o:p></o:p>

 

 倭寇が始まった時期を1350年としている。『高麗史』の中で「倭が寇す」という表現から「倭寇」という固有名詞に変化したことをもって倭寇の始まりとしている。このように倭寇と言う言葉が外国語であり、資料も日本にはあまりなく、朝鮮半島や中国に残っている。そうした朝鮮や中国の資料を使って本書も書かれている。ここでは朝鮮半島と倭寇の関係に絞って推移を見ていきたい。<o:p></o:p>

 

倭寇の活躍する時期は前期後期に分けられ、前期は朝鮮半島で、後期は東シナ海・南洋方面の中国である。<o:p></o:p>

 

主として朝鮮半島での倭寇は初期には、米穀など生活必需物質の獲得が目的で、運搬船や備蓄倉庫が攻撃対象になっていた。また首都開京にも攻撃を加え、船400隻兵員3000名という大規模なものがあったが、人畜を殺すことはなかった。しかし、日本人の籐経光が恐喝して食糧を求めたのに対して、高麗の官吏が酒食を供して謀殺を試み失敗したことをきっかけに、倭寇は狂暴化した。それ以後、入寇の度に婦女幼児を皆殺しにするようになった。この時期は高麗が弱体化し、それにつけ込んで、倭寇は行動範囲を広げ内陸部の奥地まで侵入し、中には大規模な騎馬隊も存在した。<o:p></o:p>

 

朝鮮で「三島の倭寇がわが国に患となって50年にちかい」(定宗実録)と言われた三島は、対馬、壱岐、肥前松浦地方と推定している。日本に来たことのある招撫官の報告書に、この三島は土地が狭く地味がやせていて農業ができず,飢餓から逃れることができず、ほしいままに盗賊を行うとある。さらに日本から帰国した通信使の報告書のなかでは下関を境にした瀬戸内海と九州の海賊の実態報告がある。東西あわせて数万の兵力と1000隻を下らない船があり、東西呼応して兵を起こしたら防ぎきれない。西向きの海賊の集合地は対馬であり、対馬の宗氏や大内氏、宗像氏、大友氏、松浦党諸氏が海賊を統率できる立場にあるとある。<o:p></o:p>

 

高麗と日本の間には外交関係がなかったが、倭寇対策のために室町幕府と外交折衝をもち、また投化勧奨や通商の許可など倭寇を懐柔する対策も立てられた。そうした中で対馬の宗氏は日本と朝鮮の間の通交の仲介者の役割を果たすようになり、朝鮮側から米豆などの食糧を毎年贈られた。対馬の宗氏も禁寇の意を告げた。<o:p></o:p>

 

また軍事的な制圧も試みられた。李氏朝鮮の時代に入り、倭寇は14196月に明の遼東の望海堝を30余隻で襲撃したが、明に撃破され壊滅状態になった。その残党が朝鮮を襲った。それを機に李氏朝鮮の太宗の軍隊が14196月に手薄になっている対馬を襲った。朝鮮では己亥東征、対馬では糠獄(ぬかだけ)戦争、一般には応永の外寇と呼ばれる事件である。上陸したが伏兵にあって朝鮮側は敗退した。宗氏は暴風期が近いことを警告し修好を求めたので7月に朝鮮の軍隊は撤退した。その戦後処理は、朝鮮側の記録によれば対馬を朝鮮の属州とし、印信を賜るなら宗氏は命に従うというものであった。しかしこれは宗氏の本意ではなく、仲介者が適当に組み立てて朝鮮側に伝えたものであった。朝鮮側も対馬の宗氏もどちらも戦いに勝ったと報告をしていた。足利義持将軍も九州の大名少弐氏も宗氏も応永の外寇について深く恨んでいるという報告を日本に遣った使者から朝鮮側は受けた。そして宗氏の使者により、対馬が慶尚道に属すというのは根拠がないことだが、朝鮮側が与えた通交の信符は使用したいと告げられ、朝鮮側はこれを拒否し、対馬と朝鮮の通交は断絶した。次の世宗の時代になって初めて対馬と朝鮮の通交関係は回復を見たのである。<o:p></o:p>

 

 朝鮮での倭寇の襲撃は終息に向かった。一方倭寇の懐柔策として取られた貿易は進奉(一種の朝貢)の形式をとったため朝鮮側に不利な条件での貿易になった。通商を求める日本人は増加の一途をたどり朝鮮政府にとって重い経済的な負担となった。 この時期の貿易品目は綿布や麻布である。朝鮮では鋳造貨幣の外に布貨として綿布や麻布が貨幣の役割を果たした。日本人への回賜品(朝貢の品へのお返しの品)として木綿布の増加は国家財政の半分近くに達していた。朝鮮政府は貿易統制に向かい、最終的には対馬の宗氏が日朝貿易を独占した。<o:p></o:p>

 

 一方日本からの輸出品には南海中継の物質が圧倒的に多かった。胡椒や蘇木、香料・薬材など。明の海禁政策によって明から朝鮮に入るルートは閉ざされていた。また南蛮船や琉球船が朝鮮と直接取引する道も、倭寇によって阻まれた。東アジアと朝鮮海峡の海上権を掌握していた倭寇が朝鮮貿易の仲介者になったのだ。通商が出来る時は商人に、できないときは武力を使う倭寇に随時変身した。<o:p></o:p>

 

 倭寇を契機に朝鮮にも明にも日本の国情について詳しく調べた記録が残っているそうだ。一方日本には殆どないという。以前から疑問に持っていた点がいくつか明らかになった。一つは大航海時代に日本にポルトガル人やキリスト教の宣教師がきていたのに、朝鮮半島に立ち寄った形跡がないのはなぜなのか。答えは制海権を握っていた倭寇(海の領主)によって阻まれていたからである。仲介貿易の利益を独占するためである。また、よく韓国の人々が対馬は我が領土と示威行動を起こしたり、鬱陵島に石碑を立てたりしている根拠は何なのか。答えは応永の外寇にあるのだろう。この戦後処理の過程で対馬が慶尚道に属すという取り決めがあったということだ。これを根拠に言い立てているのだろうと推測がつく。あと、韓国の歴史の教育でどんなことを教えているのかもやはり気になる。<o:p></o:p>

 

 著者の田中健夫氏は1945年の敗戦を期に極端な不振に陥った日本中世・近世対外関係史の分野で大きな業績を残された歴史家だと言う。50年前の名著が復刻されたのも肯ける。<o:p></o:p>

 

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読書感想54  危険な道

2013-02-19 16:36:20 | 日記・エッセイ・コラム

 

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著者       :  クリス・ネルスコット(女性)<o:p></o:p>

 

生年       :  1960<o:p></o:p>

 

出身       :  アメリカ合衆国<o:p></o:p>

 

出版       :  2001<o:p></o:p>

 

翻訳出版     :  2001<o:p></o:p>

 

翻訳出版社    :  早川書房<o:p></o:p>

 

アメリカ探偵作家クラブ(MWA)賞最優秀長編賞の最終候補作品<o:p></o:p>

 

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感想<o:p></o:p>

 

 アメリカの黒人差別の暗部をえぐったミステリである。<o:p></o:p>

 

舞台は1968年の南部のテネシー州メンフィス。全国でベトナム反戦運動と黒人の人種差別撤廃運動が先鋭化した時期である。6月にはアーサー・キング牧師がメンフィスで暗殺され、8月にはロバート・ケネディ上院議員が暗殺された。物語はキング牧師の暗殺の4か月前に始まり、キング牧師の暗殺で終わる。<o:p></o:p>

 

しがない探偵稼業をしている黒人のスモーキー・ドルトンのところに白人の美女ローラ・ハサウェイがやってきた。ローラはシカゴの富豪の娘で、母親の遺言を執行するためにやってきたのだ。母親は遺言の中で遺産の一部をスモーキーに遺した。ローラはその理由を知りたいと言うが、スモーキーはシカゴに行ったこともなく、ローラの父母とも面識がなかった。遺産を譲られる理由もわからなかった。しかしスモーキーは8年前に、ちょうどローラの父親が亡くなった年に匿名のひとから1万ドルをもらっていた。それがローラの母親だと確信したスモーキーはローラの親戚探しの依頼を引き受け、ローラの両親の過去を調べ始める。ローラの父親の事業資金の元手が謎であること、ローラの生まれたというアラバマ州バーミンガムの病院が存在しないこと。謎はスモーキーとの関係にまで及んでいた。ローラの母親の持ち物の中に、1939年「風とともに去りぬ」のプレミアム公開を祝う新聞記事を発見した。その時のアトランタの聖歌隊の中の子供のスモーキーに印が付いていたのだ。映画の祝賀行事の2日後両親は深夜の訪問者によって拉致され虐殺されたのだ。スモーキーは父親の指示で隠れて難を逃れた。その後スモーキーは実父の姓を捨てアトランタを離れワシントンの養父母に貰われて育った。<o:p></o:p>

 

黒人というだけでいわれのない罪を着せられ、クークラックスクランのような人々によってリンチを受けるという南部の風土が、1968年に至っても受け継がれているということをミステリの形で告発している小説である。意見の違いを銃で解決しようという風土で非暴力を訴えたキング牧師はいつ殺されてもおかしくはなかっただろう。(201326日読了)<o:p></o:p>

 

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気ままに採点(5点満点)<o:p></o:p>

 

ミステリ    ★★★★<o:p></o:p>

 

ストーリー展開 ★★★★<o:p></o:p>

 

緊迫度     ★★★★<o:p></o:p>

 

背景風土   ★★★★<o:p></o:p>

 

哀切      ★★★★<o:p></o:p>

 

人物造型    ★★★★<o:p></o:p>

 

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翻訳 朴ワンソの「裸木」1

2013-02-17 22:13:59 | 日記・エッセイ・コラム

 

著者: 朴ワンソ<o:p></o:p>

 

紹介: 1931年京畿道門豊郡で出生、2011年死去。<o:p></o:p>

 

ソウル大学校文理大学国文科に入学、在学中、625戦争で学業を中断した。1970年「女性東亜」長編小説公募で「裸木」が当選し、不惑の年で文壇にデビューした彼女は、以後精力的に創作活動をしながら、その特有の辛辣な視線で人間の内密の葛藤の機微を含み、生の真相を露わにする作風世界を構築した。<o:p></o:p>

 

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裸木<o:p></o:p>

 

全集を出すにあたって<o:p></o:p>

 

 しばしば今まで出版した本が何冊ぐらいになるかという質問を受けることがある。正確に応える必要がない場合でも、私はやたらに腹の中で数える顔をしてまごまごする。ワードプロセッサーで字を書いてから何年もたっていても、私は本の冊数をもう一度原稿用紙の枚数に換算する癖が抜けない。何万と数えなければならない原稿用紙の枚数が多すぎて、私はそのまま萎縮してしまった。更にすごいことは、その何万枚を掌よりも薄く軽いプロッピーディスクの中に拾い上げて入れることができることだ。量は決して自慢にはならない。年齢のせいか時々襲ってくる不眠症のせいか、深夜でも何か急な用事のように、60の人生の間のすべてのがらくたを整理する時がある。ひょっとすると高価な物がないか、高くはなくても目の高い物でもあったらいいだろうと思うのではない。私が死んだ後、子供達からお母ちゃんは本当に乱雑でだらしなく生きたという声を聴かないようにしようと、ぜひ必要なものだけ残したいけれど、その境界が曖昧模糊としている。それで努めて整理してしまえば、一層開運値が消える。全集を出版することもそんな整理の一環かもしれない。<o:p></o:p>

 

 この間助力して下さった『世界社』のみなさんにつまらない苦労話を聞かせたようで恐縮しております。<o:p></o:p>

 

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 褐色の毛むくじゃらの手がだしぬけに私の鼻先に伸びてきて止まった。彼の手の中に広げられたパスポートの中に長い髪の娘が明るく笑っていた。<o:p></o:p>

 

 「きれいね。」<o:p></o:p>

 

 彼らには少し大げさなほめ言葉を送らなければならないと言うやり方だが、午後の疲れのせいか無意識にくたびれた声を出してしまった。<o:p></o:p>

 

 私の前に立ったたくましいGIは体格よりは感じやすいようだった。たった今広げたのに写真を引っ張るように私の目の前に持ってきて、改めてしげしげと眺めた。やっと安心したのか、またぽかんと口を開けた。<o:p></o:p>

 

 私もこの時を逃さず素早く商売の口調で応対した。<o:p></o:p>

 

 「私が見たどんな女性よりも美しいですね。あなたは幸運な人です。もちろん彼女のために肖像画をお描きにならなければ。いかがですか。この美しい絹のスカーフに描けば。」<o:p></o:p>

 

 私はまず隅に龍の模様を染めぬいた、光沢のある人絹のスカーフを勧めてみた。それは肖像画としては最も収支が合う品目だった。<o:p></o:p>

 

「ノー。」<o:p></o:p>

 

 彼は口を尖らし首を振るとショーケースに近寄り、肖像画のパターンによって陳列されている様々なサイズの額縁用シルク、スカーフ、ハンカチなどの中から、ためらわず手のひらぐらいのハンカチを指した。<o:p></o:p>

 

 〈このけちん坊〉<o:p></o:p>

 

 私は絵の値段までひっくるめて3ドルしかならない粗末な注文に、また何食わぬ顔をして白黒写真の場合に知っておかなければならない毛髪や目、衣装の色などを事務的に尋ねてカードに記入してから、<o:p></o:p>

 

 「いつごろ取りに来られますか。」<o:p></o:p>

 

 「早ければ早いほど・・・遅くても明後日までには前線に戻らなければならないから。」<o:p></o:p>

 

 〈また難物だな…〉<o:p></o:p>

 

 私は机の引き出しに溜まっている仕事の山を考えて、素早く目で笑いながら話題を変えた。<o:p></o:p>

 

 「短い休暇を心ゆくまで楽しまなければね。前線はどこ。」<o:p></o:p>

 

 「カッテム楊口。」<o:p></o:p>

 

 彼はまるで呪いを吐き出すように大きく顔を歪めた。<o:p></o:p>

 

 「うまくいかなかった。ところで最近の戦況はどうですか。」<o:p></o:p>

 

 気まずいまま私はまた愚かな質問をしてしまった。<o:p></o:p>

 

 彼は口を尖らせたが、肩をゆすって両腕を広げてみせる、ヤンキー特有の知ってどうするのというようなジェスチャーをする。私はとても苦しくなったけれど、依然として嬌態をなくさず、<o:p></o:p>

 

 「いい絵は時間がかかるものですよ。あなたのような忙しい人のために来店の苦労を減らしてさしあげることもできます。私どもがお送りしますから、彼女の住所を教えていただければ、送料は別料金ですが。」<o:p></o:p>

 

「ノー。送る必要はない。その絵は自分のためのものだから・・・」<o:p></o:p>

 

 「なぜ彼女に送らないの。みなさんそうするのに・・・あなたはガールフレンドを喜ばせたくないの。」<o:p></o:p>

 

 彼はいきなり体全体に奇怪な肉感を漂わせると、<o:p></o:p>

 

 「俺はその絵を彼女の代わりに胸に抱きたいんだ。できるだけ早く。もう理解したかい。」<o:p></o:p>

 

 彼はしわくちゃな1ドル札3枚を投げつけて、<o:p></o:p>

 

 「オーケー。明後日会おう。」<o:p></o:p>

 

 軽快なリズムを口ずさみながら立ち去った。<o:p></o:p>

 

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