『そぞろ歩き韓国』から『四季折々』に 

東京近郊を散歩した折々の写真とたまに俳句。

読書感想143  日本その日その日

2014-09-16 02:35:05 | 旅行記

 


読書感想143  日本その日その日

 

著者      エドワード・S・モース

 

生没年     1838年生まれ。1925年没。

 

出身地     アメリカ、メイン州

 

原著出版    1917

 

邦訳出版    1929

 

抄訳版出版   1939年 創元社

 

 2013年 講談社学術文庫

 

訳者      石川欣一

 

 

 

感想

 

 大森貝塚を発見したことで有名なモースの日本滞在記。モースは1877年(明治10年)に日本近海の腕足類の標本採集に来日した。その折に請われて東京大学の初代動物学・生理学教授に就任した。翌年1878年に家族も連れて再度来日し、2年間東大で教えた。ダーウィンの進化論を紹介したり、大森貝塚の発掘や出土品の調査をしたり、学会発足にも関わったりした。また1882年(明治15年〉に三度目の来日を果たした。本書は三度の日本滞在中の印象を綴っている。幕末から明治初年にかけて欧米人の手による日本訪問記は数多くあるが、モースは観光だけではなく、日本で仕事をし、生活をしている。接触する日本人との付き合いも深い。キプリングやイザベラ・バード、シュリーマンの日本訪問記にあるように、日本が美しく安全で、日本人が親切で礼儀正しいという印象は同じであるが、更に日本の生活に深く入っている。

 

 働く人々についての印象を綴っている。

 

 日本に着いてから数週間になる。その間に私は少数の例外を除いて、労働階級―農夫や人足達―と接触したのであるが、彼等は如何に真面目で、芸術的の趣味を持ち、そして清潔であったろう! 遠からぬ内に、私は、より上層の階級に近づきたいと思っている。この国では「上流」と「下流」とが、はっきりした定義を持っているのである。下流に属する労働者たちの正直、節倹、丁寧、清潔、その他我が国に於いて「基督教徒的」とも呼ばれるべき道徳のすべてに関しては、一冊の本を書くことも出来るくらいである。

 

 

 

更に江ノ島で腕足類の採集をしている時のエピソードである。

 

 

 

 その後陸棲の貝を採集に郊外に出かけた時、人力車夫たちが私のために採集の手伝いをすることを申し出た。そこで彼等に私がさがしている小さな陸棲貝を示すと、彼等は私と同じくらい沢山採集した。私は我が国の馬車屋がこのような場合手伝いをしようと自発的に申し出る場面を想像しようとして見た。

 

 

 

 無類の正直さについても触れている。

 

 

 

 未だかつて日本中の如何なる襖にも、錠も鍵も閂も見たことが無い事実からして、この国民が如何に正直であるかを理解した私は、この実験を敢えてしようと決心し、恐らく私の留守中に何回も客がはいるであろうし、また家中の召使でも投宿客でもが、楽々と入り得るこの部屋に、蓋の無い盆に銀貨と紙幣とで八十弗と金時計とを入れたものを残して去った。我々は、一週間にわたる旅をしたのであるが、帰って見ると時計はいうに及ばず、小銭の一仙にいたるまで、私がそれ等を残して行った時と全く同様に、蓋の無い盆の上に載っていた。

 

 

 

 今では信じられないぐらい無邪気で節度のある国だ。江戸時代から続く共同体的な制裁も厳しいからこそ、いい加減なことをしなかったのだろう。日本人の民度の高さとおもてなしの心には伝統があるとわかったし、訪日記を著述して世界に日本の文化の真髄を理解し広めてくれた人々に感謝の念が湧く一冊だ。

にほんブログ村 本ブログ 本・読書情報へ

にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

読書感想117  キプリングの日本発見

2014-03-13 01:19:37 | 旅行記

Dsc06861

 

読書感想117  キプリングの日本発見

 

著者      ラドヤード・キプリング

 

生没年     1865年誕生  1936年死亡

 

国籍      イギリス

 

生誕地     インド、ボンベイ

 

受賞歴     1907年 ノーベル文学賞

 

代表作     ジャングル・ブック

 

 

 

感想

 

 本書は1889年(明治22年)と1892年(明治25年)の2回の日本旅行記である。キプリングの23歳と26歳の時である。初回は4週間、2回目は2か月滞在している。初回は長崎から瀬戸内海、神戸、大阪、京都、大津、名古屋、東海道、横浜、箱根、日光、東京を巡っている。2回目は鎌倉の大仏や海外で暮らす西洋人の様子、横浜で体験した地震の話、詩が書かれているが、横浜に到着してすぐ、キプリングの預金を預けていた銀行が倒産し、旅行を続ける資金がなく、アメリカへ帰国せざるをえなかった。それで滞在期間は1回目よりも長いが横浜近辺から動いていない。

 

 キプリングの語り口はユーモアにあふれ、日本に対する好意が溢れている。景色も見事だし、料理もおいしく、工芸品も素晴しく、人々も温かくと、特に子供好きなのか、日本人の子供のことに紙数を費やしている。日本の人口の半分は子供で、子供王国だ。子供たちの無邪気でかわいらしい様子に感動している。幼いお兄さんやお姉さんが赤ちゃんを負ぶって遊んだり、どこでも遊び始めたり、飴をあげると喜んでついてきたり、外国人を見てお湯の中に潜って隠れる幼い子がいたり。

 

次は英国からきた旅行者が子供と遊んで喜んでいるシーンだ。

 

見るからに彼は興奮し、その顔は上気していた。「いや、面白かった!」と、まるで呼吸も乱れんばかり。見ると彼の後ろには百人ばかりの子供たちがひしめいていた。

 

「たったの1銭で賭けのできるルーレットがあったんだ。そこで僕はおやじからその商売道具一式を3ドルで買い取ったのだよ。そして子供たち相手にモンテ・カルロばりの遊び場を開帳してやったのだ。すると5千人もやってきたよ。こんなに楽しい思いをしたのは生れて初めてだね。シムラの賭博場なんてめじゃないよ。どの子もどの子もみんな、完璧に行儀がよくて、きちんとルールどおりに遊んでいたんだが、景品が全部なくなってしまって、最後に大きな砂糖菓子の亀だけになってしまったら、みんなが僕めがけて殺到してきて、ほら、このとおり。そこで僕は逃げ出してきたというわけさ!」

 

日本の人々が貧しくなく豊かに暮らしているという印象を綴っている。イサベラ・バードの「日本奥地紀行」は1878年(明治11年)の東北地方と北海道の旅行だった。そこでは貧しい農民の暮らしと不味い食べ物と蚤がたくさんとびはねている宿屋に苦労する旅行が描かれている。10年後のキプリングの旅行の印象とはずいぶん違う。地域差なのか、時代の差なのか、作家の資質の差なのか、いずれにしても外国人の見た明治の日本は面白い。

 

一気に読ませる魅力(5点)☆☆☆☆

 

ユーモア(5点)     ☆☆☆☆

 

情景描写(5点)     ☆☆☆☆

にほんブログ村 本ブログ 本・読書情報へ

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

読書感想108   シュリーマン旅行記 清国・日本

2014-01-05 22:45:52 | 旅行記

Dsc06300

読書感想108  シュリーマン旅行記 清国・日本<o:p></o:p>

 

著者      ハインリッヒ・シュリーマン<o:p></o:p>

 

生没年     1822年~1890<o:p></o:p>

 

出身国     ドイツ<o:p></o:p>

 

出版年     1869<o:p></o:p>

 

<o:p> </o:p>

 

感想<o:p></o:p>

 

 トロイア遺跡の発掘で名高いハインリッヒ・シュリーマンによる清国と日本の旅行記である。シュリーマンはロシアで藍の商売を手掛けて巨万の富を築いてから、考古学の勉強を始めた。勉強を開始する前に世界漫遊の旅に出た。その途上で清国と日本に立ち寄り、日本に来たのは幕末の1865年である。清国と日本の比較も興味深いが、外国人の見た幕末の雰囲気も私達が知っている以上に緊迫している。<o:p></o:p>

 

まず北京の印象について語る。北京は修理されないまま放置された石橋や下水渠など荒廃していて、町も汚い。乞食があふれ、纏足をした女性や賭け事に熱中する民衆。しかし万里長城へ行くと修理されないまま崩れかけている所もあるが、素晴しい眺望とそこに住む素朴な人々との出会いに心が和む。こうした清国の印象に対して、日本の印象はすばらしくいい。風光明媚な九州や富士山を海上から眺めながら横浜に上陸する。横浜では埠頭まで荷物を運ぶ小舟が清国の4分の1の値段である。更に税関の役人が賄賂を一切受け取らない。ここでの懸念材料は港の人足が皮膚病の疥癬にかかっていることくらいだ。面白く感じる風俗は肉体労働者は褌一丁で裸に入れ墨をしていることや、畳の上でとる食事、部屋にほとんど道具がないこと。褒め称えていることも多い。例えば、住宅が清潔であること、必ず庭があり園芸を愛好すること、一日に一回は風呂に入る世界で一番清潔な国民であること、日本の米はとても質が良いこと、男女に教育がいきわたっていること、漆器や蒔絵、陶器などがすばらしいことなど。公衆浴場での男女混浴も「なんと清らかな素朴さだろう」と感心している。時代の緊迫度は増していて、江戸にあるアメリカ合衆国公使館に滞在すると、公使館は善福寺という寺にあり、警備は厳重で昼間200人、夜間300人の武士が常駐している。味方同士を確かめる合言葉は夜ごと決められ、答えられない者はその場で切り捨てられる決まりだ。外国人が外出する際は5人の警護の武士がつく。更に公使館の中の移動でも警護の武士がついてくる。23年前に起きた東禅寺のイギリス公使館襲撃事件では10名が死亡し15名が重傷を負った。こうした攘夷の嵐の中でアメリカ合衆国公使館以外の公使館は江戸を去り、横浜に移っている。また、将軍が京都に向かう行列を見聞した際には、行列の先頭を横切った百姓など3名が切り殺される。そんな物騒な中、横浜にいる時に原町田を経由して八王子を見物する。どこの店にも絹の手織機があり、道幅26メートルで2キロも続く大通りに絹織物の店が出ている。大通りには車井戸が所々にある。また高い丘の頂から眺める八王子は高い山々をいただいた広大な渓谷の中にある。<o:p></o:p>

 

イザベラ・バードより13年早い幕末の江戸、横浜、八王子の様子が書かれている。攘夷派の外国人襲撃を防ぐために、幕府は心血を注いでいる。開国してまだ56年しかたっていないのに、絹織物の町としての八王子が外国人の間にも知られるようになっているのは望外の喜び。たった150年前のことだけれど、今の日本とはあまりに違っていて、シュリーマンと一緒に異国の見物をしている気分になる。それが時代と土地の雰囲気を伝える旅行記の醍醐味であろう。

★ランキングにクリックをお願いします☆

にほんブログ村 本ブログ 本・読書情報へ

 

 

 

 

 

 

<o:p> </o:p>

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

読書感想99  ものがたり風土記

2013-10-23 11:37:26 | 旅行記

 


読書感想99  ものがたり風土記<o:p></o:p>

 

著者      阿刀田高<o:p></o:p>

 

生年      1935<o:p></o:p>

 

出身地     東京<o:p></o:p>

 

出版年     2000<o:p></o:p>

 

出版社     (株)集英社<o:p></o:p>

 

<o:p> </o:p>

 

〈感想〉<o:p></o:p>

 

 ここでは、各地の昔話や伝説をその土地の風土や人々と絡めて著している。各地といってもこの本で扱っている地方は、琵琶湖のある滋賀県、俊寛の流された島、硫黄島のある鹿児島県、佐渡島と新潟県、東京である。<o:p></o:p>

 

 昔話と伝説の違いを柳田邦男の言葉を借りて説明している。昔話は動物のようなものでどこにでも移動し、伝説は植物のようなものでその土地に根を張り枝葉をつけていく。<o:p></o:p>

 

 伝説の中で鹿児島県の硫黄島にある安徳天皇潜幸説には驚かされる。安徳天皇は壇ノ浦で死んだのではなく、硫黄島に逃げてきてその血筋が現在まで伝えられているというのだ。安徳天皇の墓所には息子の隆盛親王やその母や家来たちの墓もある。その一族は長浜氏として現在まで35代を数え、島の人々は「天皇さん」と呼ぶ習慣が残っている。往時の都を模した跡もあり、道にはそうした標識まである。平家の落人伝説や安徳天皇生存説も各地にあるが、硫黄島のは念が入っている。<o:p></o:p>

 

 他にも皿屋敷の伝説、安寿と厨子王の物語、鶴の恩返し、源兵衛の首など。皿屋敷の伝説も各地にあるそうだが、彦根藩で実際にあった事件の顛末と、祟りを恐れた人々の供養のようすが描かれている。源兵衛の首では蓮如上人の時代に浄土真宗の信徒だった源兵衛が信仰のために犠牲になった。その首が2か所の寺で拝観できるという真偽を越えた伝説になっている。安寿と厨子王の碑は各地にあるそうだが、佐渡にも安寿塚がある。二人の母親が売られた土地で、安寿は佐渡へ行ったことはなかったのに、事実よりも物語を導く安寿の想いの強さに物語の所縁の土地、佐渡としては母親よりも安寿ということになったのかと著者の感想だ。<o:p></o:p>

 

 土地の人の求めるものに沿って伝説も昔話も変化していくのが面白い。事実よりも想いが重視されているのが伝説や昔話の世界なのだろう。

★クリックをお願いします☆

にほんブログ村 本ブログ 本・読書情報へ にほんブログ村 小説ブログ 小説読書感想へ

<o:p></o:p>

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

読書感想94   日本奥地紀行

2013-09-22 17:37:57 | 旅行記

 






読書感想94  日本奥地紀行<o:p></o:p>

 

著者    イサベラ・バード<o:p></o:p>

 

生没年   1831年~1904<o:p></o:p>

 

出身地   イギリス<o:p></o:p>

 

出版年   1880年(2巻本)<o:p></o:p>

 

      1885年(1巻本、普及版)<o:p></o:p>

 

邦訳出版年 1973年(普及版)<o:p></o:p>

 

邦訳出版社 平凡社、東洋文庫<o:p></o:p>

 

<o:p> </o:p>

 

感想<o:p></o:p>

 

 イギリスの旅行作家のイサベラ・バードによる明治初期の日本の東北、北海道の旅行記である。イサベラ・バードは幼い頃から病弱で医者から航海を勧められて世界各地の旅行を始めるようになり、初めて日本に来たのは1878年(明治11年)の5月だった。外国人がまだ足を踏み入れたことのない、日光から北の地方の旅行を計画した。十分な情報もないまま、日光から会津盆地、新潟、米沢平野、山形、久保田(秋田)、青森を経て、北海道に渡った。北海道では函館から苫小牧にかけての地域を訪ねた。610日に東京を出発し、917日に汽船で東京に戻る、3か月の冒険旅行だった。<o:p></o:p>

 

 日本人である我々にとっても驚くような見聞が随所にある。<o:p></o:p>

 

時期が夏だったためかもしれないが、農村でも都会でも肉体労働する男が褌を付けただけの裸でいることだ。女も下半身は布で覆っていても上半身は裸だ。子供も裸。不衛生で貧しい農家が多く、囲炉裏の煙や行燈の煙で眼病を患う人が多い。浮浪者がおらず、貧しくても仕事をもっていて、姿も醜いけれど穏やかな人達。そして女の一人旅でも安全だと日本に住む外国人が口々に保証し、実際に言葉が通じない日本人がとても親切なこと。しかし一方では、初めて見る外国人女性だといって静かに何時間も見ていたり、ぞろぞろついてくる。しかも、宿屋にプライバシーがなく、夜中まで三味線の音や歌や話声が聞こえてくる。蚤が多く、寝るのも大変。食べ物がごはんと漬物と味噌汁ぐらいしかない地域が多く、著者の口に合わない。<o:p></o:p>

 

また各地の印象も綴っている。その中で、豊かな地域として米沢平野と久保田(秋田)を挙げている。米沢平野(置賜盆地)について「日本の花園の一つである。木立も多く、灌漑がよくなされ、豊かな町や村が多い。」と好意的である。<o:p></o:p>

 

上杉鷹山以来の努力を見るようで嬉しくなる。<o:p></o:p>

 

また、久保田(秋田)については、「非常に魅力的で純日本風な町である」。城下町特有の「死んでいるような、生きているような」様子はなく、繁栄している。そして外国の影響も感じられず、外国人もいない。しかし、立派な病院を日本人の医師たちが運営し、立派な師範学校があり、欧米の書物を理科の教科書に使っている。また絹織物工場では大勢の女工が働いている。<o:p></o:p>

 

教育県として名高い秋田は、昨日今日始まったのではないことがわかり、感心した。<o:p></o:p>

 

北海道に渡ってから、素晴しい風景の中を行く。海岸にはハマナス、青い海と良い香りのする森林、噴煙を上げる火山を見る。アイヌ人の家に泊まるが、ポスピタリティー溢れる人達。<o:p></o:p>

 

すごく驚いたのは日本人が住んでいる場所には必ずその倍以上の人数のアイヌ人が住んでいることだ。現在の北海道でアイヌ人に出会うことは稀だが、北海道はアイヌ人の国だったとわかる記述だ。<o:p></o:p>

 

従者として採用した伊藤とイサベラ・バードの関係もおもしろい。初めて会ったときに18歳の愚鈍に見える少年が嘘をついて信用ができないと感じてひどく嫌いになった。しかし、英語が上手なので採用する。旅の途中でも彼の態度は不愉快な時が多いとか、決して良い少年ではないと言いつつ、練習と熱心な勉強でどの通訳官よりもうまく話せるようになったとか、宿泊帳と運送張に几帳面に支出を記入したり、各地でその土地の戸数や商業の様子をノートに記したり、また酒は飲まず、言うことをきかないことは一度もなく、同じことを二度言う必要もなく、いつも私の声の聞こえる所にいるという真面目な務めぶりを語っている。それが旅の終わりに「とうとう今日は伊藤と別れたが、たいへん残念であった。彼は私に忠実に仕えてくれた。彼を通して私は、たいていの話題なら、他のいかなる外国人よりもずっと多くの情報を得ることができた。彼は、いつものように私の荷物をつめる、と言ってどうしてもきかず、私の身のまわりの品物をすべてきちんと片づけてくれたのだが、彼がいないと、もうすでに私は困ってしまっている。彼の利口さは驚くべきものがある。」となる。<o:p></o:p>

 

イサベラ・バードは日本人に裏切られることはなかったのだ。<o:p></o:p>

 

★クリックをお願いします☆<o:p></o:p>

にほんブログ村 本ブログ 本・読書情報へ にほんブログ村 小説ブログ 小説読書感想へ

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加