私の家は、深い森の奥にある。
金色に輝く耕地から、低い木々の間の小道を進み、薄紫色の小さい花の咲く花畑を抜け、ぴくりとも動かぬ深青緑色の湖を越え、少しだけしか木漏れ日の届かぬ深い森を通ると小高い丘に立つ私の家がある。私にとっては、「家」であるが、あるものにとっては、「城」であり、あるものにとっては、「要塞」である、私の家がある。
そうして、私は、とうのたった領主の娘であり、ある人は「公女」と呼ぶ。
3人の兄たちは、今日も誰が次の領主となるか汲々としている。誰がもっとも、この地に多くの外貨をもたらす治世ができるか、誰がもっとも有力な家の妻を迎えることができるか、誰が最も他国の脅威となるか、誰がもっとも正当な血筋を引いているか。誰がもっとも豊かな収穫へと導くか。
父である領主は戦いの中で死んでしまった。母は、いかにこの地を、独立した国として、他国に承認させるかということばかりを考えている。母は叔父に領主の冠を捧げ、自らは2代の領主の妻の冠をかぶり続けているのだ。
しかし、私にとっては、関係のないことだ。何もかもが私には、関係のないことだ。
私は、こうやって、この城の奥で、こうやって年を取っていくのだろう。母も叔父も兄も私がこの城にいて、血脈を同じくすることなど、もう覚えてはいないだろう。
ずいぶん前、そう、もう何百年とも思える前には、私にも縁談があった。私の頬が柔らかく桃色だった16の時に、南の地の領主の息子との婚礼話がもたらされた。婚礼は多かれ少なかれ、領地間の楔のためになされる。公女の婚礼は、政治的事項である。それを、若い私は理解していたが、婚礼への無邪気な憧れも持っていた。南の国の年若き領主の息子に婚約の印として、私は白い馬を贈った。領主の息子は、南の果実と南の木の実と南のきらきら光る大粒の色石と南との友好条約を私に贈った。領主の息子と私は、結納の祝宴に、この地で古くから伝わる踊りを手に手をとって踊った。リフレインする歌の中で回り続ける伝統の踊りは、政治的事情などすべて忘れさせてくれた。約束された者との約束された踊りを私は踊った。婚礼を間近にして、領主の息子は、西の国との講和会議のために、私の贈った白い馬で出かけた。そして、その馬の白さゆえに盗賊の的となり、西の国との間の沼で、骸となって発見された。南の国は、西の国との講和がならず、今は、その属国に甘んじている。私の白い馬は主を乗せず、南の国に戻って行ったが、その国人にとっては、不吉の印とされた。
南の国から贈られた果実の種は、この城の庭で双葉を出し、私の背の高さとなり、実を結んだ。その間、私は、画家を城に招き、果実の木の絵を描かせた。法外な報酬を与え、成長する木を描かせた。領地の腕に覚えのある画家はこぞって私に気に入られようとした。領地の子どもはこぞって、絵を学んだ。私は城に窯を築かせた。果実に似合う器を造った陶工に法外な報酬を与えた。領地のものはこぞって、器を焼き、私に気に入られようとした。領主の地位を争う兄たちに、私の散財は気づかれなかった。そうして、2つ目の縁談が届けられた。南の南の国の領主の次男は気のいい青年だった。私は、森の木で作った竪琴を贈った。南の国の領主は、次男の祝いに、南の魚と南の甘い草とわずかばかりの真珠を私にくれた。領主の次男は私の贈った竪琴を父領主の前で奏で、その心を慰めた。ある夜も、いつものように竪琴を引いていた次男は、切れた弦に目を打ち、視力を失った。魚を釣る南の南の国の人々にとって、それは死にも近しいことだった。私の縁談は破談になった。大小の国に母がばら撒いた私の肖像画は、それぞれの国で、忌み嫌われ、不幸の印として火にくべられた。わたしは、花嫁にならぬ間に、触れるものすべてを不幸にする花嫁と呼ばれた。そうして、私は領地に益する公女という価値をなくし、忘れ去られようとしていた。私は、城の池に覆いをし南の南の魚を育て、魚の絵を描く者、魚の器を造る者に法外な褒美を取らせた。
私は、もう大きく胸のあいた服は似合わない。細く腰を結わえた服も似合わない。南の国からいただいた色石も、南の南の国から贈られた真珠も、引き出しの中で出されることはない。私は4番目の息子のようになり、戦いにも出る。花嫁になれぬ公女は、戦うことでしか、この国の役に立てない。南の国の侵略からも、南の南の国の侵略からも、私は戦い、この国を守った。
戦いのない日は、多くの絵、多くの器の飾られた、この城の奥の部屋に座る。画家は音楽家を、陶工は詩人を、音楽家は踊り子を、詩人は役者をこの部屋に呼び、私は、この世の美しいものすべてに法外な褒美を取らせた。時に、あの日のリフレインの踊りを踊らせ、竪琴を弾かせたりもした。私は、世の中の美しいものすべてをこの部屋で手に入れようとした。母も叔父も兄たちも、私の散財に気づき始めていたが、公女の役目を失った女とも思えぬ者にどう対していいかわからなかったのだろう。いや、そんな公女がいることさえも、忘れてしまったのかもしれない。私の前に立ち、咎める者はいなかった。咎める者がいたとて、私には、何もかも、関係のないことだったのだが。
それから、私の国は、絵を売り、器を売り、歌を売り、芝居を売り、少しだけ潤った。
後の世の人は、私の部屋を見てどう思うのだろうかと、時々思う。すばらしいパトロンだと思うんだろうか、無駄な、審美眼のない贅沢だと思うんだろうか。少しだけ、聞いてみたい気がしている。
これは、私がこの時代にうまれかわる前の話である。
金色に輝く耕地から、低い木々の間の小道を進み、薄紫色の小さい花の咲く花畑を抜け、ぴくりとも動かぬ深青緑色の湖を越え、少しだけしか木漏れ日の届かぬ深い森を通ると小高い丘に立つ私の家がある。私にとっては、「家」であるが、あるものにとっては、「城」であり、あるものにとっては、「要塞」である、私の家がある。
そうして、私は、とうのたった領主の娘であり、ある人は「公女」と呼ぶ。
3人の兄たちは、今日も誰が次の領主となるか汲々としている。誰がもっとも、この地に多くの外貨をもたらす治世ができるか、誰がもっとも有力な家の妻を迎えることができるか、誰が最も他国の脅威となるか、誰がもっとも正当な血筋を引いているか。誰がもっとも豊かな収穫へと導くか。
父である領主は戦いの中で死んでしまった。母は、いかにこの地を、独立した国として、他国に承認させるかということばかりを考えている。母は叔父に領主の冠を捧げ、自らは2代の領主の妻の冠をかぶり続けているのだ。
しかし、私にとっては、関係のないことだ。何もかもが私には、関係のないことだ。
私は、こうやって、この城の奥で、こうやって年を取っていくのだろう。母も叔父も兄も私がこの城にいて、血脈を同じくすることなど、もう覚えてはいないだろう。
ずいぶん前、そう、もう何百年とも思える前には、私にも縁談があった。私の頬が柔らかく桃色だった16の時に、南の地の領主の息子との婚礼話がもたらされた。婚礼は多かれ少なかれ、領地間の楔のためになされる。公女の婚礼は、政治的事項である。それを、若い私は理解していたが、婚礼への無邪気な憧れも持っていた。南の国の年若き領主の息子に婚約の印として、私は白い馬を贈った。領主の息子は、南の果実と南の木の実と南のきらきら光る大粒の色石と南との友好条約を私に贈った。領主の息子と私は、結納の祝宴に、この地で古くから伝わる踊りを手に手をとって踊った。リフレインする歌の中で回り続ける伝統の踊りは、政治的事情などすべて忘れさせてくれた。約束された者との約束された踊りを私は踊った。婚礼を間近にして、領主の息子は、西の国との講和会議のために、私の贈った白い馬で出かけた。そして、その馬の白さゆえに盗賊の的となり、西の国との間の沼で、骸となって発見された。南の国は、西の国との講和がならず、今は、その属国に甘んじている。私の白い馬は主を乗せず、南の国に戻って行ったが、その国人にとっては、不吉の印とされた。
南の国から贈られた果実の種は、この城の庭で双葉を出し、私の背の高さとなり、実を結んだ。その間、私は、画家を城に招き、果実の木の絵を描かせた。法外な報酬を与え、成長する木を描かせた。領地の腕に覚えのある画家はこぞって私に気に入られようとした。領地の子どもはこぞって、絵を学んだ。私は城に窯を築かせた。果実に似合う器を造った陶工に法外な報酬を与えた。領地のものはこぞって、器を焼き、私に気に入られようとした。領主の地位を争う兄たちに、私の散財は気づかれなかった。そうして、2つ目の縁談が届けられた。南の南の国の領主の次男は気のいい青年だった。私は、森の木で作った竪琴を贈った。南の国の領主は、次男の祝いに、南の魚と南の甘い草とわずかばかりの真珠を私にくれた。領主の次男は私の贈った竪琴を父領主の前で奏で、その心を慰めた。ある夜も、いつものように竪琴を引いていた次男は、切れた弦に目を打ち、視力を失った。魚を釣る南の南の国の人々にとって、それは死にも近しいことだった。私の縁談は破談になった。大小の国に母がばら撒いた私の肖像画は、それぞれの国で、忌み嫌われ、不幸の印として火にくべられた。わたしは、花嫁にならぬ間に、触れるものすべてを不幸にする花嫁と呼ばれた。そうして、私は領地に益する公女という価値をなくし、忘れ去られようとしていた。私は、城の池に覆いをし南の南の魚を育て、魚の絵を描く者、魚の器を造る者に法外な褒美を取らせた。
私は、もう大きく胸のあいた服は似合わない。細く腰を結わえた服も似合わない。南の国からいただいた色石も、南の南の国から贈られた真珠も、引き出しの中で出されることはない。私は4番目の息子のようになり、戦いにも出る。花嫁になれぬ公女は、戦うことでしか、この国の役に立てない。南の国の侵略からも、南の南の国の侵略からも、私は戦い、この国を守った。
戦いのない日は、多くの絵、多くの器の飾られた、この城の奥の部屋に座る。画家は音楽家を、陶工は詩人を、音楽家は踊り子を、詩人は役者をこの部屋に呼び、私は、この世の美しいものすべてに法外な褒美を取らせた。時に、あの日のリフレインの踊りを踊らせ、竪琴を弾かせたりもした。私は、世の中の美しいものすべてをこの部屋で手に入れようとした。母も叔父も兄たちも、私の散財に気づき始めていたが、公女の役目を失った女とも思えぬ者にどう対していいかわからなかったのだろう。いや、そんな公女がいることさえも、忘れてしまったのかもしれない。私の前に立ち、咎める者はいなかった。咎める者がいたとて、私には、何もかも、関係のないことだったのだが。
それから、私の国は、絵を売り、器を売り、歌を売り、芝居を売り、少しだけ潤った。
後の世の人は、私の部屋を見てどう思うのだろうかと、時々思う。すばらしいパトロンだと思うんだろうか、無駄な、審美眼のない贅沢だと思うんだろうか。少しだけ、聞いてみたい気がしている。
これは、私がこの時代にうまれかわる前の話である。
って、コメントできませんよ。
前世に思い巡らせることはあっても、
こんなに詳細に、立派に、表現されたら・・・
うさとさん、記憶があるの?っていうくらい。
さてと、私の前世は・・・なし。
私が、第1号。
うっ。なけるわ。