透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー



3-8 火の見櫓あれこれ7

2017-06-25 | A「火の見櫓っておもしろい」を本にしよう

7 京都市伏見区の火の見やぐら

京都旅行をした際、伏見区竹田狩賀町の「竹田火の見やぐら」を観察に行きました。2015年10月のことでした。竹田火の見やぐらは1923年(大正12年)に建設され、1953年(昭和28年)には台風で屋根が吹き飛ばされるという被害に遭っています。2005年(平成17年)にこの場所に移設・復元され、2006年(平成18年)3月に登録有形文化財に登録されました。移設した際、柱の継手の接合がリベットから高力ボルトに替えられたようです(*)。

この火の見櫓は平面が台形で、台形の上底の構面が梯子になっています。梯子には手すりが付けられていて、その上端は見張り台の床より上まで伸ばされています。登り降りしやすいようにとの配慮です。緩やかな勾配の方形(4角錐)の屋根は木造で、下から見上げると木の構造材と野地板が確認できます。櫓全体が黒色ですが、これは錆止めのために塗ってあるコールタールの色です。高さはおよそ12メートル、櫓の下底の構面は垂直で、梯子の面に少し傾斜を付けて櫓を逓減させていることが、写真3-8-12に写っている高層住宅の外壁の垂直線との重なり具合から分かります。

火の見櫓は柱材を見張り台の上まで伸ばし、屋根を受けるという構造が一般的ですが、この火の見櫓は見張り台から屋根までの箱を櫓で受けていると解するのがよさそうです。櫓を構成する柱が、見張り台の床面で止まっていて、その上までは伸びていないことが写真3-8-13で分かります。


写真3-8-11


写真3-8-12


写真3-8-13


写真3-8-14

文化庁のホームページに登録有形文化財登録基準が示されていますが、それによると建築物、土木構造物及びその他の工作物(重要文化財及び文化財保護法第182条第2項に規定する指定を地方公共団体が行っているものを除く。)のうち、原則として建設後50年を経過し、かつ、次の各号の一に該当するものとなっています。
(1)国土の歴史的景観に寄与しているもの
(2)造形の規範となっているもの
(3)再現することが容易でないもの

登録基準を難なくクリアできる火の見櫓は多いでしょう。火の見櫓は昭和30年代半ばに建設されたものが多いですから、建設後50年経過していることという条件はクリアできます。2号の造形の規範となっているかどうかはともかく、1号、3号のどちらかは満たしています。竹田火の見やぐらは住民の皆さんの熱意によって移築・復元され、登録が実現したようです。

火の見櫓の存在すら意識していないという人が大半でしょう。まずは、その存在を意識し、さらに文化財としても価値ある工作物であることを理解していただきたい。そして地域の火の見櫓の1基でも保存されることになって欲しいと願っています。 


*「建築研究協会誌」NO.13 平成19年6月 

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3-8 火の見櫓あれこれ6

2017-06-25 | A「火の見櫓っておもしろい」を本にしよう

6 飯山市蓮の火の見櫓


写真3-8-9 飯山市蓮の火の見櫓


写真3-8-10

長野県の北部、新潟県と境を接する飯山市にはかなり細身の火の見櫓が立っています。脚間寸法と見張り台の床の高さの比h(便宜的に高さ比と呼ぶことにしています)は約10です。なぜこれ程細身なのか、理由は分かりません。これだけ細いと櫓の中に半鐘が収まりません。持ち出した腕木に半鐘を吊り下げていますが、これが見張り台周りに個性的な形をつくり出しています。

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3-8 火の見櫓あれこれ5

2017-06-25 | A「火の見櫓っておもしろい」を本にしよう

  5 東筑摩郡朝日村西洗馬の火の見櫓

  
写真3-8-7 3-8-8 朝日村西洗馬の火の見櫓

時に自然は人工物との共同制作によって美しい造形をすることがあります。2014年の2月、火の見櫓の3角錐の屋根に雪が降り積もり、美しい形が創り出されました。正面(北側)から見ると左右対称の雪帽子です。側面(西側)から見ると左右非対称になっています。弱い北風が吹いていたのでしょうか。雪質・雪の降り方・風向き・風力などの気象条件、大きさ・勾配・テクスチャー(表面性状)などの屋根の条件が揃ってこのような整った美しい形が創り出されたのです。複雑な条件から得られたたったひとつの形、とても貴重なものを見ることができました。


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3-8 火の見櫓あれこれ4

2017-06-24 | A「火の見櫓っておもしろい」を本にしよう

4 辰野町横川の火の見櫓


写真3-8-5 辰野町横川の火の見櫓 2011年11月13日 朝5時50分頃


写真3-8-5 辰野町横川の火の見櫓(3-8-4とは別の火の見櫓)

防災行政無線が整備され、火災発生時や火災予防運動実施期間中に火の見櫓の半鐘を叩いている自治体は少なくなりました。でも、今でも消防団員が火の見櫓に登って半鐘を叩いている自治体もあります。辰野町もその内のひとつです。半鐘を叩くところを見たいと思い、秋の火災予防運動実施期間中に辰野町横川まで出かけました。2011年11月13日の早朝のことでした。朝5時過ぎに現地に到着し、車の中で待つこと小一時間。半鐘を叩きに来た消防団員に訳を話して、写真撮影を了解してもらいました。写真3-8-4は消防団員の到着を待つ間に撮った写真です。

東の山の端が白々となり始めたころ、静寂の集落に半鐘の音が響き渡ります。残念なことに写真撮影は上手くいきませんでした。消防団員が火の見櫓から降りてきて声をかけてくれました。幸いにもその団員は近くの火の見櫓と掛け持ちで、これから叩きに行くとのこと。車で後をついて行って、別の火の見櫓で撮ったのが3-8-5の写真です。見張り台まで登らずに踊り場の半鐘を叩いています。立った状態では叩きにくいのでしょう、膝を立てて座ったような状態で叩いています。半鐘を叩いているところを撮る機会は少なく、今まで3回しかありません。これはその内の1回で、よく覚えています。

防災行政無線柱のスピーカーから人工音声を流すという間接的な、誰が伝えているのか分からない方法ではなく、人が直接伝えることがコミュニティーの基本ではないかと思います。でも残念なことに人と人との直接的なつながりが次第に希薄になっています。この火の見櫓から防災行政無線柱への移行からもこのことが窺えます。

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3-8 火の見櫓あれこれ3

2017-06-24 | A「火の見櫓っておもしろい」を本にしよう

3 松本市今井上新田の火の見櫓


写真3-8-4 松本市今井上新田の火の見櫓

火の見櫓は季節や時間帯、天候などによって印象が違います。2011年9月18日の5時半ころ、朝焼けで淡いピンク色に染まる東の空に火の見櫓のシルエットが浮かび上がっていました。二度と見ることができない、この日この時だけの光景です。

地域の人びとの暮らしを見守り続ける火の見櫓、何事も無く夜明けを迎えたという安堵感が感じられます。夜勤明けの凛とした立ち姿は頼もしくもあり美しくもあります。

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3-8 火の見櫓あれこれ2

2017-06-24 | A「火の見櫓っておもしろい」を本にしよう

2 上田市真田町石舟の火の見櫓


写真3-8-2 上田市真田町石舟の火の見櫓


写真3-8-3 脚元の消防器具庫

火の見櫓の手前が広い空き地になっていて、全形を少し引いた位置から見ることができます。このような立地条件も火の見櫓の立ち姿が印象に残る要因のひとつです。

火の見櫓の脚部を消防器具庫と一体化しています。このようにすると、共持ち効果で倉庫も火の見櫓も地震に対してより強くなるのではないかと思います。器具庫との取り合い上、火の見櫓の脚の間隔が広くなっています。このことから櫓の逓減率が大きいのですが、見張り台の上ではやや大きめの半鐘が辛うじて納まる程度にまで細くなっています。このフォルムは立科町茂田井の細身の火の見櫓とかなり違います。末広がりの姿がなかなか好く、屋根と見張り台の大きさのバランスも好いです。また吊り下げてある半鐘が赤色であることも印象的です。

器具庫の裏側に設置されている梯子で切妻屋根の上の赤い半鐘を吊り下げた踊り場まで登るようになっています。踊り場の後方の櫓の構面を左右に分けて、正面から見て左側にのみブレースを入れ、右側は踊り場に出入りできるように開口を設けています。この開口部の逆U形の部材のカーブが絶妙です。

この火の見櫓は真正面から見た姿がもっとも好ましく、器具庫の窓の無い側面が基壇のようにも見えます。器具庫の正面がこちらを向いていれば違った印象になったでしょう。

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なぜ花びらが5枚の花が多いのか?

2017-06-24 | A 本が好き

 サクラ、ウメ、モモ、ナシ、リンゴ。バラ科の花は花びらが5枚。ツツジ科も5枚。ナス、ジャガイモ、トマト、スイカ、カボチャ、メロン。ナス科やウリ科の花も花びらが5枚。




下諏訪町にて

今読んでいる『ウニはすごい バッタもすごい』本川達雄/中公新書になぜ花びらが5枚の花、5弁花が多いのか、その理由(仮説)が示されている。

花弁はただ見せるだけの看板ではなくて、虫を花の中央へと導く滑走路のようなものではないか、と本川さんは考えている。私は文意から滑走路より誘導路とした方が良いのではないかと思うが、文中では滑走路という言葉が用いられているので以下の文章でも滑走路を用いる。

1本の滑走路は両方向から誘導することができるから3本の滑走路が三菱のマークの3つの菱型のように(図解しないで説明するのは難しい。このことを以前ラジオ番組で火の見櫓の形について話したときに実感した)放射状に伸びている場合は6方向誘導できる。だが6本の滑走路が放射状に伸びていても、3本の場合と同じ6方向のみ。4本の滑走路が放射状(十字型)に伸びていても誘導できるのは4方向のみ。だが、5本の滑走路が放射状に伸びていれば10方向から誘導することができる。このように偶数より奇数の滑走路の方が効率的に誘導することができることを本川さんは図解している。

--- この滑走路に左側からアプローチすれば〇(着陸ポイント)から一番離れたところに着陸してしまい、引き返してこなくてはならないのでは? と私は思ってしまったが、上述したように滑走路は誘導路であって、を頼りに---のコースを取って〇に着陸すると理解した。この場合 ---は と同じことだから1本の滑走路でも直列している2本の滑走路でも2方向しか誘導できない。このように偶数の場合は滑走路の数しか誘導できない。

3本―  6方向
4本―  4方向
5本―10方向
6本―  6方向

3枚から6枚までの花びらの数では5枚の場合が最も多い10の方向から虫を誘導でき、それだけ受粉の確立が上がり効率が良くなる。ただ、花びらが7枚以上になると隣がごく近いために誘導路の見定めが難しくなり、最適数は5枚。これが5弁花が多い理由というわけ。なるほど!

では花が横向きに咲いている場合も同じこと? 虫は飛行機とは違って下から上に向かってアプローチすることもあるのだろう、と自問自答。

この本はおもしろい。


 

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きそむら道の駅 げんき屋のカレー

2017-06-24 | F ダムカレーを食べよう



 木曽で所用を済ませ、食事をしようと木祖村(漢字表記は木曽ではなく木祖)の道の駅にある食堂・げんき屋へ行った。

昨年の今ごろここでダムカレーを食べた(過去ログ)。もし、今もダムカレーがあれば食べようと思ったのだが、残念ながらなかった。それならと、「普通」のカレーを注文した。ルーとごはんがきっちり分かれていて、重力式ダムに見えてしまった。 脳には対象を望むものに見ようとするクセがあるらしい。

大きなクリームコロッケと野菜入りのカレーは美味だった。カレーはごはんの量が多いから、頻繁に食べると体重が増える。要注意!





 

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豚のさんぽの黒部ダムカレー

2017-06-21 | F ダムカレーを食べよう

 所用で大町へ 。時間を調整して昼時に出かけるようにして、大町駅前の豚のさんぽで黒部ダムカレーを食べた。今回は2種類のルーが味わえる「あいがけ黒部ダムカレー」にした。  



黒部ダムは工事が始まってから設計変更している。両岸の岩盤が脆いことが調査によって判明し、アーチ式ダムの両翼に重力式のウイングダムを付けたのだ。このことから黒部ダムは独特の形になったのだが、豚のさんぽのライスダムにはちゃんとウイングが付いている。


スコップ形のスプーン

完成したダムの出来形検査を実施した。堤体長はコンベックスで実測したが、それ以外は目視による。

ダム型式:アーチ式ライスダム
堤体長: 約20cm(ただしウイング両端間の距離であって堤体の実長ではない)
堤体幅:   約4cm
堤体高:   約5cm
堤体重量:約300g(施工会社の仕様書による)
施工業者:豚のさんぽ(JR大町駅前)
2色のダム湖に浮かぶ遊覧船・ガルベ:ほぐしチャーシュー


施工会社の外観


 

今年度の黒部ダムカレー施工業者リストに「手打ちうどん しずかの里」という美麻にある会社が追加されていた。




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「ウニはすごい バッタもすごい」

2017-06-21 | A 本が好き



 先日NHKのラジオ深夜便の「明日へのことば」で聞いた生物学者・本川達雄さんの話は実に興味深く、おもしろかった。それで書店で本川さんの近著『ウニはすごい バッタもすごい』中公新書を買い求めて読み始めた。

本川さんの『ゾウの時間 ネズミの時間』中公新書を読んだのは93年2月のことだった。ということは、それからもう24年経っていることになる。時の経つのは本当に早い。

**動物のサイズが違うと機敏さが違い、寿命が違い、総じて時間の流れる速さが違ってくる。行動圏も生息密度も、サイズと一定の関係がある。ところが一生の間に心臓が打つ総数や体重あたりの総エネルギー使用量は、サイズによらず同じなのである。(後略)**『ゾウの時間 ネズミの時間』のカバー折り返しにこの本の内容が紹介されている。興味深く読んだという記憶がある。

『ウニはすごい バッタもすごい』もおもしろい。

**クチクラは昆虫の体という「建築物」をつくっている材料であり、建築材料として見れば、繊維と基質という異なる素材が組み合わされた繊維強化複合材料とみなせるものである。(中略)繊維のようにひも状のものは、引っ張られたら強く抵抗するが押されたらへにゃっと曲がって抵抗できない。逆に基質のように塊になったものは、押しつぶす力(圧縮)にはそれなりに強いが、引っ張られるとボソッと切れてしまい、もろい。(中略)繊維と基質はそれぞれの弱点を持っているのだが、二つを組み合わせると弱点を補い合って、引っ張りにも圧縮にも強い材料になる。**(39頁)

この説明は繊維を鉄筋、基質をコンクリートに読み替えれば、このまま鉄筋コンクリートにも当てはまる。

自然が創り出したものは理に適っているから、人が後からつくるもののお手本になっている。以前書いたが、鉄骨造の柱と梁の取り合い部分は竹によく似ている。竹の節は鉄骨柱のダイヤフラムで、竹の枝は節から出ているが、鉄骨造の梁もダイヤフラムから出す。

コンクリート充填鋼管にはバナナという自然が創ったお手本がある。バナナは皮をむく前に折ろうとしてもなかなか折れない。皮をむいてしまえば、簡単に折れるのに。

**(前略)クチクラの繊維を一定方向にそろえて基質に埋めて薄板状にし、その薄い板を何枚も、少しずつ繊維の方向を回転させながら重ねて多層構造にしている。**(39頁)

建材のべニア板はこれと同じ発想でつくられているが、繊維方向を縦横90度変えて貼り合わせているだけ。昆虫のクチクラの方がすごい。

クチクラ(ラテン語がもとになった言葉)は昆虫の外骨格(脊椎動物の場合は内骨格)をつくっている材料で、英語ではシャンプーのCMによく出てくるキューティクル。

クチクラは昆虫の体をすっぽりと覆っている箱のようなものだが、羽を1秒間に100回を超すほど速く振動させることができるのもこのクチクラのおかげだという。この本にはそのメカニズムが図解を交えて分かりやすく説明されている。

確かにバッタはすごい!!

この本はおもしろい。


 

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なぎさTRAIN

2017-06-19 | A あれこれ



 今日(19日)の朝、出勤途中にタイミングがピッタリ合って奈良井川鉄橋脇の踏切で電車待ちになった。通過して行ったのはなぎさTRAINだった。 これは上高地線のイメージキャラクター、渕東なぎさをラッピングした車両で、2両編成4本で運行している同線の1本(3005-3006)。

上高地線の運行パターンを調べるとAからEまで5つあり、7時20分になぎさがここを通過するのはCパターン。「おじさん、お仕事がんばってくださいね~」とかなんとか言って通過していった・・・。

過去ログ


 私には妙な趣味はありませぬ、念のため。

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3-8 火の見櫓あれこれ

2017-06-18 | A「火の見櫓っておもしろい」を本にしよう

3-8 火の見櫓あれこれ

2010年の5月に大町市美麻で木造の火の見櫓と出合って火の見櫓に興味を覚え、これまでに数多くの火の見櫓を見てきました。この節では印象的な火の見櫓を何基か紹介します。

1 立科町茂田井の火の見櫓


写真3-8-1 立科町茂田井の火の見櫓

江戸時代にはひとつの村としてまとまっていた茂田井は、中山道の望月宿と芦田宿の間にある間宿(あいのしゅく)でした。現在茂田井は行政上、立科町と隣の佐久市に分かれていて、この火の見櫓は立科町茂田井にあります。

火の見櫓は周りの状況によって印象が変わります。この火の見櫓は見張り台までの高さが18メートル近くあり、総高は20メートルを超えていますが、木造の旧校舎と大きな蔵に挿まれるように立っていて背の高さが強調されています。

日本人は左右対称な形を好まないといいます。左右対称形で伝わった寺院の伽藍配置はいつの間にか左右非対称に変化していますし、中国の古い都・長安の左右対称の都市計画に倣ったといわれる平城京の構成も次第にくずれていきました。作家・松本清張は「遊古疑考」河出文庫で左右対称形の前方後円墳について、方形と円形を横から左右に見るべきだと、異論を唱えています。日本人は左右対称を好まないということからも頷ける説かもしれません。

私にもこのような遺伝子が組み込まれているのでしょうか、この左右非対称な踊り場付きのスレンダーな火の見櫓がとても魅力的で印象に残っています。

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「スマイル!」を読んだ

2017-06-18 | A 本が好き

 沢木耕太郎の『深夜特急』を単行本で読んだのは何年前だろう。本に出てくる都市の名前を世界地図で確認しながら読んだことを覚えている。



昨日、自転車で世界一周した岡谷市の小口良平さんの講演を聞いたことは前々稿に書いた。講演の後、買い求めた『スマイル!』河出書房新社を昨晩読んだ。

本には小口さんが訪ねた世界の国々で撮ったカラー写真が何枚も載っている。交通事故に遭って前歯を折ってしまったり、感染症にかかったり・・・。でもどこの国にも親切な人が必ずいて、トラブルに手助けをしてくれたという。

**言葉もほとんどわからず、何もかも初体験だったアフリカ。そんな中でも「こんにちは」「ありがとう」「おいしい!」という“魔法の3つの言葉”と、とびきりの笑顔さえあれば、すぐにみんなと仲良くなることができた。僕はここでの出会いを通して、「世界に人種や言語の壁などない」ということを実感した。** アフリカの子どもたちと一緒に撮った写真にはこのような言葉が添えられている。昨日(17日)の講演でも小口さんは「人に国境はない」と語っていた。

第1章 地球一周旅への助走
第2章 アジア・オセアニア
第3章 ヨーロッパ・アフリカ
第4章 南北アメリカ
第5章 夢の持つ魔法の力

この本には約8年半に及んだ自転車旅の記録がこのような章立てで綴られている。

一度きりの人生、こんな風に使える人が羨ましい。

この手の旅行記が好きで今までに何冊か読んだ。命を失うかもしれないようなトラブル覚悟で旅に出る勇気のない私は本を読んで追体験(にもならないのかな)するのみ。

第4章の最後の世界地図に移動ルートと訪ねた国名リストが載っているが、この地図がもっと大きくて(大陸別でもかまわない)、通過した都市名まで記入されていればなぁ、と思った。

小口さんは本に百聞は一見にしかず、百閒は一験にしかず と書いている。実感だろうなぁ。


書棚を探すとこんな本が見つかった。読んだことも忘れていた『シルクロードがむしゃら紀行 女ひとり一万キロ』大高美貴/新潮社 奥付けに記された発行日は2001年1月20日。この本が出てきたのも縁、再読してみよう。




 

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木曽町三岳の火の見櫓

2017-06-18 | A 火の見櫓っておもしろい 

■ 今月10日に木曽方面へ火の見櫓とマンホール蓋のツーショットを撮りに出かけた。

この日はあらかじめ火の見櫓の所在地を調べていた。木曽町三岳(旧三岳村)のこの辺りにも火の見櫓が立っていることが分かっていたので、王滝村からの帰りに行ってみた。県道20号から脇道に入り坂道を車で進んで行くと道が二手に分かれていた。右は下り坂、左は上り坂。さてどっちだろう・・・。上り坂を進んできたので、その連続性を意識したのだろう。左、と判断して進んで行ったが見つけることができなかった。この日はあきらめて帰った。帰宅して改めて調べて右の道を進んだところにあることを確認した。昨日(17日)の午前中にまた行ってきた。たった1基の火の見櫓を見るために往復100km。


865 木曽町三岳橋渡 撮影日170617

4角形の櫓に4角形の屋根と見張り台。屋根の反りが大きい。カンガルーポケットの踊り場。見張り台と踊り場の床は鋼板張り。梯子段の数とその間隔により、見張り台の床の高さはおよそ10.5m、そこから屋根のてっぺんまでのおよそ3mを加えて総高をおよそ13.5mとみた。



下の踊り場に半鐘が吊り下げてあるが、これは見張り台から移したものだろう。ここまでは櫓の外側に梯子が掛けてある。

火の見櫓の向かいの家のおばさんと話をした。この辺りの地名を訊いたのがきっかけだった。

「危ないから撤去して欲しいと町にお願いしているんですが、この上に住む人からこれは貴重なのもだから残した方がいい、と言われているんです」
「長野県は火の見櫓が多いんです。でも、もう使わなくなりましたからあちこちで撤去しています。できればこのままにしておいて欲しいです。昭和30年ころから盛んにつくられましたが、このくらいの火の見櫓だと、当時のお金で15万くらいかかっていると思います。今のお金だと500万くらいになりますかねぇ」
「そんなに・・・。これ、倒れませんか?」
「大丈夫でしょう。住宅のような壁がないから、風も抜けてしまうし、こういう形って地震にも強いんです。でも一番下の奥の✖(ブレースのこと)が外れていますから、直した方がいいと思います」




柱と梯子に水平材を架け渡して半鐘を吊り下げている。消防信号板を梯子に付けてあるから、見張り台まで登ることはもう無いと判断したのだろう。



露出柱脚は珍しい。


 

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自転車で世界一周した冒険家

2017-06-17 | E 名刺 今日の1枚



89枚目  自転車で世界一周した小口良平さん

2007年3月から約1年かけて自転車で日本を一周し、その後2009年3月から7年半かけて世界を一周した小口良平さん(長野県岡谷市出身)の講演会が17日の午後1時半から塩尻のレザンホールであった。

講演で印象に残ったのは、「こんにちは」「ありがとう」「おいしい」この3つのことばと笑顔さえあれば世界中の人たちと仲良くなれるという話だった。

「こんにちは」ということばで相手に関心を持ってもらい、何かしてもらったら「ありがとう」で自分の心を開く。「おいしい」ということばは相手の国の食文化をほめて、その文化を受け入れることになる。

それから「百聞は一見にしかず、百見は一験にしかず」ということばにも説得力があった。

講演会のあと買い求めた小口さんの著書『スマイル! 笑顔と出会った自転車地球一周 157ヵ国、155,502km』にサインをしてもらった。その際渡した名刺が89枚目だった。


 

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