透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

なぜ紫式部は「源氏物語」を書いたのか

2023-02-16 | G 源氏物語

 昨年、2022年は『源氏物語』を読んだ年、と記憶しておきたい。「読まずに死ねるか本」をようやく読むことができた年だった。全54帖から成る長編小説を読み終えて、次のような感想をこのブログに書いた(2022.10.02 一部改稿)。

**紫式部は源氏物語を書くために生き、生きるために書いたのだ。1,000年以上も読み継がれるような小説を残し得たことは、作者の才能によるところが大きいことは言うまでもないだろうが、執筆環境にも恵まれていたのだろう。

紫式部が『源氏物語』で書きたかったこと、それは人は孤独だということだ。紫式部は華やかな貴族社会に身を置きながらも孤独というか、人は結局ひとりなのだと常に感じていたのではないか。このような感慨が反映されている。**

紫式部が『源氏物語』で書きたかったことは「人は孤独だ」ということ、という感想は、ちょっとピント外れかな、と今は思う。紫式部は親子ほども歳の差のある男性と結婚し、女の子を授かった。だが、結婚数年後に夫と死別する。幼少の時、母親を亡くしてもいる。確かに孤独を感じてもいただろう。

紫式部は『源氏物語』の光源氏という我が子の成長を楽しみに日々暮らしていたのだ。彼女は理性的で聡明な女性。貴族社会に身を置きながらもそのドロドロとした社会を受け入れがたく感じていただろう。そんな彼女にとって我が子・光源氏は生きる糧だった。時に愚行を嘆きながらも常に彼に母性愛を注いでいた。

「雲隠」について次のように書いている(2022.08.19 一部改稿)。

**紫式部は何年も光君を主人公に、物語を書き続けてきた。その光君の最期を書くに忍びなく、「雲隠」という帖名(巻名)だけ挙げて、本文を書かないという実に巧妙な方法を採った(帖名しかないことについては諸説あるが、私はこのように感じている)。

紫式部にとってこの長大な物語を書くことは心の支え、生きることそのものだったのだ。その物語の主役である光君を亡くしてしまったことによる喪失感があっただろう。マラソンに喩えれば「雲隠」でゴールしたという気持ちもあったのではないか。**

いまも上掲した「雲隠」の感想は変わっていない。

『紫式部考』柴井博四郎(信濃毎日新聞社2016年)は「なぜ紫式部は『源氏物語』を書いたのか」という自問に大きなヒントを与えてくれた。紫式部は光源氏亡き後、浮舟に彼の役を引き継がせる。「雲隠」の内容は浮舟の死から再生への道に暗示されている。紫式部は愛しい我が子・光源氏の再生という願いを浮舟に託した。浮舟は入水を決意して、実行する。だが、僧都に発見されて命を救われる。その後、浮舟は出家して仏に救われる。このことは紫式部が光源氏に向けた願いでもあった。

光源氏を退廃した貴族社会の象徴、とまで読むかどうか・・・。読むなら退廃した貴族社会の再生ということになるが。


 


「紫式部考」読了

2023-02-15 | G 源氏物語

『紫式部考』柴井博四郎(信濃毎日新聞社2016年)との出合いは『源氏物語』を読んだことに対するご褒美だと思った。

あとがきに次のような一文がある。**私は科学者として、自然が隠した神秘を探り当てることを仕事としてきた。が、紫式部が隠した秘密を探りあてる作業も、実にエキサイティングで楽しいことであった。**(415頁)

そう、柴井さんは自然科学が研究対象に対して採る一般的なアプローチ方法を『源氏物語』にも適用して全体構造(構成より構造ということばの方が的確だ)を把握し、紫式部が世に伝えようとしたメッセージを解き明かしている。『源氏物語』の構造の「相似性」と「繰り返し」、「そっぽ」に注目して、紫式部が巧妙に仕組んだ物語の真意を読み解いている。

柴井さんはあとがきに次のようにも書いている。**紫式部の観察と考察の対象は、彼女がどっぷり浸かっている宮廷貴族社会である。彼女の執筆意図が対象相手に直接分かってしまうのであれば、自分たちの生態をさらけ出される宮廷貴族に受け入れられるはずはない。皮相的にしか理解できなかった宮廷貴族たちの俗っぽさに受け入れられたことで、書きたいことを存分に1000年後まで残してくれたのが「源氏物語」なのである。**(405頁)

皮相的、そう表面的にしか理解できていないのは当時の貴族たちだけではなく、現代人でも同じことではないか。ぼくもその一人。だがしかし、『源氏物語』は通俗的な恋愛小説ではないということが本書の論考で示される。

1000年もこの小説が人々を惹きつけ続けているのはなぜか? 柴井さんは書く、**彼女の紡ぐ物語の中にこそ人間と社会の真実があり、(後略)**(405頁)と。100年経とうが、1000年経とうがその本質は変わらない。

本書の副題は「雲隠の深い意味」。「雲隠」は本文が何もない帖だが、柴井さんは「相似性」と「繰り返し」という『源氏物語』の構造からその内容を解き明かしている。ここにはその内容を具体的に書くことは控え、**源氏と浮舟は表裏一体の主人公といえよう。**(195頁)という引用に留めたい。説得力のある論考ということも付記しておく。

*****

320

第1章 まえがき
第2章 紫式部の執筆動機
第3章 発端としての<桐壺>
第4章 空蝉と藤壷の相似性
第5章 雲隠
第6章 浮舟の死と再生
第7章 桐壷帝と朱雀帝の相似性
第8章 協奏曲「源氏物語」のフィナーレ

本書はこのように章立てされ、各章とも原則として「節」「項」まで構成されていて、論旨が分かりやすい。

本を読んで感動し、興奮するという経験はずいぶん久しぶりのことだった。


 


「紫式部考」

2023-02-13 | G 源氏物語

 図書館から借りていた『江戸一新』を返却した。それから、何か読みたい本がないかなぁ、と書架を見て歩く。一冊の本が目にとまった。『紫式部考』。書架から取り出して目次を見る。

360
横書きの目次。まえがきに1章割いている。第1節は推理小説仕立ての「源氏物語」。なに、推理小説仕立て? 

まえがきは次のように始まっている。**「源氏物語」を読んでいると、アガサ・クリスティの推理小説を読んでいるような気分になる。作者の紫式部は何かを隠している。しかし、その一方で何かしらのヒントをもたらしてくれている。作者が与えてくれるヒントから、何が隠されているかを推理しなければ、「源氏物語」の本丸には近づけない。**(7頁) おもしろそうだな。カウンターで手続きをして借りてきた。

360
『紫式部考 雲隠の深い意味』柴井博四郎(信濃毎日新聞社2016年)

著者の柴井博四郎さんは応用微生物学や応用細胞生物学の研究者。巻末の略歴によると、信州大学農学部教授を経て、中部大学応用生物学部教授になられ、2010年に退職されている。

この本が理系本のように横書きなのは、著者の経歴に因るのかもしれない。まえがきに「熱力学の第二法則」という見出しの項があって、びっくり。ここで著者は「源氏物語」もこの自然科学上の大法則があてはまる、と指摘して**紫式部は物語の中で、構造的に退廃と停滞に向かう宿命を負った平安貴族社会が必然的にすたれていく運命にあることを、源氏に語らせている。**(22頁)と書いている。この理系的な捉え方に、なるほど!

今日(13日)、朝カフェでこの本を読み始めた。

大塚ひかりさんは『カラダで感じる源氏物語』(ちくま文庫2002年)で**『源氏』は濡れるし、たぶん立つ。エロ本としても十分、実用的なのだ。**(32頁)と書いている。彼女の読解力がいかにすごいか分かる指摘だ。

読む者に多様な読み方、解釈を許容することが名作の条件だとするならば、『源氏物語』はこの条件をクリアしているだろう。

『紫式部考』の貸出期日は今月26日。さあ、読もう!


 


C5「平安人の心で「源氏物語」を読む」を読み終えた(追記)

2023-01-27 | G 源氏物語

 毎年この時期に最低気温が氷点下10℃を下回ることはある。歳を取って寒さが身に応えるようになった。寒い日は巣ごもりが一番、巣ごもりには読書が一番。ということで『平安人の心で「源氏物語」を読む』山本淳子(朝日選書2021年第8刷)C5 と『羽州ぼろ鳶組⑥夢胡蝶』今村翔吾(祥伝社文庫2022年第7刷)C8  を読んだ。


■ 『平安人の心で「源氏物語」を読む』(*1)は読み終えるのにだいぶ日数がかかった。他の本を読みながら読んだので。

長い帖を前後2回に分け、源氏物語全54帖を計60回で解説している。さらに番外編が5編。帯に**平安ウワサ社会を知れば、物語の面白さ、奥深さが見えてくる**とある。「平安ウワサ社会」はこの本をアピールするためのコピーで、くだけた表現。平安貴族の日常、恋愛模様、文化的営み、貴族社会の諸事情等を知れば、といったところだろうか。平安人はこのような背景を同時代的知識として持っている。だから宮廷の女君たちは「リアルな物語」に熱中したのだ。

各帖のあらすじの後に3頁を割いて書かれた解説文を読んで、そういう背景があるのか、この和歌を踏まえて詠んでいるのか、など なるほど!なるほど! 毎度同じ喩えで芸がないが、星座の知識がないと、満天の星を見てもただ星がランダムに散らばっているようにしか見えないが、星座に関する知識があると全く違う星空に見える。知識の有無で見え方が違うということは全てのことに当てはまる、もちろん「源氏物語」にも。この本は『源氏物語』を読む前に読みたかったなぁ。

あとがきに次のような件がある。**自身の論を直接に打ち出したテーマもある。実在のきさき・中宮定子と『源氏物語』「桐壺」巻のヒロイン・桐壺更衣の関係についてがそれである。(後略)**293頁 

このことについて、この本最後の「番外編 深く味はふ『源氏物語』」の五「中宮定子をヒロインモデルにした意味」で山本さんは次のように書いている。**(前略)『源氏物語』にとって定子は「桐壺更衣のモデル」と言って終わるような表層的な存在ではない。私は、定子こそが『源氏物語』の原点であり、主題であったと考えている。定子の悲劇的な人生が時代に突きつけた問いを正面から受け止め、虚構世界の中で、全編をもって答えようとした。それが『源氏物語』だと考えるのだ。**268頁 

源氏物語の研究者は少なくないだろうが、上掲したことが平安文学研究者としての山本さんが唱える学説なのだろう。この件に山本さんの矜持を感じた。 


※ 藤原定子は一条天皇(980~1011年)の皇后。この本では「一 平安人の心で「桐壺」巻を読む」に**『枕草子』の作者・清少納言が仕えた、明るく知的な中宮である。**6頁 と紹介されている。続けて**だが、その家は没落していた。そこに入内してきたのが、時の最高権力者・藤原道長の娘で、やがて紫式部が仕えることになる彰子である。**と説明されている。

追記 2023.01.27
*1 ある方に書名間違いを指摘していただいた。ありがとうございました。訂正前は文中で『平安人の心で読む「源氏物語」を読む』としていた。時々このようなミスをする。「源氏物語」の登場人物のひとり、鬚黒を黒髭としていた。ひげでも生えている顔の部位によって髭 くちひげ,鬚 あごひげ,髯 ほおひげ と使い分ける。過去の記事を訂正した。思い込み、入力ミス 等々、原因はどうであれ、はやり注意力不足。

無知、無力をさらけ出す覚悟がないとブログは書けない・・・。


 


C5「平安人の心で「源氏物語」を読む」

2023-01-18 | G 源氏物語

 「読んでから見るか、見てから読むか」 これは今から45,6年も前、1977年(昭和52年)の角川映画「人間の証明」(森村誠一原作)のキャッチコピー。この作品は映画も見たし原作も読んだが、どっちが先だったか覚えていない。私の場合、原作を先に読んでいて、後に映画化された作品を見ることが多いように思う。昨年末に見た二宮和也さん主演の映画『ラーゲリより愛を込めて』も原作の『収容所(ラーゲリ)から来た遺書』辺見じゅん(文春文庫1992年第1刷、2021年第23刷)を先に読んでいる(過去ログ)。

前置が長くなった。


『平安人の心で「源氏物語」を読む』山本淳子(2014年第1刷、2021年第8刷)C5(図書カードで買い求めた5冊目の本)を数日前から読んでいる。昨日(17日)も朝カフェ読書でこの本を読んだ。これは平安文学研究者である山本淳子さんの源氏物語解説書。

「源氏物語を読んでからこの本を読むか、この本を読んでから源氏物語を読むか」

私は先にこの本を読んで、その後で源氏物語を読むのが良いと思う。それも全て読み終えてからではなく、源氏物語のある帖を読む前にその帖について書かれた該当ページを読むのが良いだろう。源氏物語を読み始める前にこの本のことを知っていたら、そうしていたと思う。

**『源氏物語』をひもといた平安人(へいあんびと)たちは、誰もが平安時代の社会の意識と記憶とでもって、この物語を読んだはずです。千年の時が経った今、平安人ではない現代人の私たちがそれをそのまま彼らと共有することは、残念ながらできません。が、少しでも平安社会の意識と記憶を知り、その空気に身を浸しながら読めば、物語をもっとリアルに感じることができ、物語が示している意味をもっと深く読み取ることもできるのではないでしょうか。本書はその助けとなるために、平安人の世界を様々な角度からとらえ、そこに読者をいざなうことを目指して作りました。**(はじめにⅳ) 山本さんはこのようにこの本の意図、目的を書いている。

この本で山本さんは源氏物語全54帖についてそれぞれの帖ごとを基本に4ページにまとめている。ただし長い帖では前半と後半に分けている。きっちり1ページにあらすじ、続けて3ページに平安貴族の暮らしぶりや、社会の状況、恋愛事情、源氏物語に書かれている和歌のこと等々をくだけた表現、言葉を交えつつ、全体としては折り目正しく、そして読みやすく、分かりやすく綴っている。

二十四 平安人の心で「胡蝶」巻を読む「歌のあんちょこ」。ここには平安貴族社会では和歌が必需品で、歌づくりの手引書(あんちょこ)として『古今和歌集六帖』が紹介されている。

**(前略)相手が『古今和歌集六帖』で来るならこちらもと応じたのだ。片や若柴がほしい光源氏、片や孫を守りたい尼君。『古今和歌集六帖』を間にしての、知性と情を総動員した丁々発止だった。**(99頁) この文章の前に書かれている光源氏と尼君の和歌のやりとりを省略したので、上の引用箇所だけでは、何のこと? となってしまうだろうが、ふたりは『古今和歌集六帖』に収められいる歌を下敷きにした和歌の応酬をしたのだ。へえ、そうなのか、と、納得というか、驚いたというか・・・。

山本さんのように平安文学に通じた人が源氏物語を読むのと、私のような全く何も知らない者が読むのとでは立ち上がってくる景色が全く違うだろう。私は五里霧中、景色が見えぬまま54帖を通過しただけだから、源氏物語を読んだとはいえないよなぁ・・・。関連本をこれからも読んで、霧の向こうに少しでも景色が浮かび上がるようにしていこう・・・。


 


夕顔 「源氏物語」の女性を振り返る 

2022-09-27 | G 源氏物語

320

 「源氏物語」を振り返るということは、登場する女性たちを振り返るということ。そのために『源氏物語の女君たち』瀬戸内寂聴(NHK出版2008年)を再読した。これは源氏物語に登場する女性たちの紹介・解説本で、1997年にNHKのEテレの「人間大学」で全12回放送された「源氏物語の女性たち」のテキストを書籍化したもの。ちなみにこの『源氏物語の女君たち』が出版されたのは源氏物語千年紀とされる2008年。「源氏物語」を読み始める前、4月に読んだが『源氏物語』を読み終えて改めて読んでみた。

この長大な物語に登場し、主人公・光源氏と恋愛する何人もの女性たちの振る舞いなどから、彼女たちの個性を明らかにする論考。カバー折り返しの本書紹介文に挙げられている女性は「紫の上」「夕顔」「朧月夜」「浮舟」。確かにこの4人はそれぞれタイプも違い、恋愛模様も各様で印象に残る女性たちだ。


『金子みすゞ童謡集 わたしと小鳥とすずと』

「夕顔」という名前でぼくが想い出すのは金子みすゞの同名の、そう「夕顔」という詩。
**お空の星が 夕顔に、さびしかないの、と ききました。
おちちいろの 夕顔は、 さびしかないわ、と いいました。
お空の星は それっきり、すましてキラキラ ひかります。
さびしくなった 夕顔は、だんだん下を むきました。**(99頁)

手元にある『金子みすゞ童謡集 わたしと小鳥とすずと』著者 金子みすゞ 選者 矢崎節夫(*1)(JULA出版局2003年75刷)より

この詩の夕顔と源氏物語の夕顔が似ているとぼくは思う。詩の夕顔は本当はさみしいのに、星の問いかけに「さみしくないわ」と強がる。

源氏物語の夕顔。光源氏は顔を覆い隠して夕顔に会い続けていたが、深い仲になっても隠し続けるのも不自然だなと思って、ある日覆いをとって顔を見せる。**夕露に紐とく花は玉鉾のたよりに見えしえにこそありけれ(夕べの露に花開くように、こうして紐をといて顔を見せるのも、通りすがりの道で会った縁ゆえですね)**(上巻111頁)と詠う源氏に**光ありと見し夕顔のうは露はたそがれどきのそらめなりけり(光り輝いていると思った夕顔の花の露は、夕方の見間違いでございました)**(同頁)と夕顔は返す。

どう、イケメンでしょと自信たっぷりに顔を見せた光源氏に夕顔は「すてきに見えたのは黄昏時で顔がよく見えなかったからかしら、間近で見るとたいしたことないわね」と返す。これは夕顔の強がりだとぼくは思う。で、詩の夕顔に通ずると思うという訳。

六条御息所の物の怪(嫉妬)で光源氏と密会中に突然亡くなってしまった夕顔は、「さびしくなった 夕顔は、だんだん下を むきました。」という詩の最後のフレーズと重なるようだ。

「源氏物語」の女性で昔から知っていたのは夕顔だけだった。やはり印象に残る女性だ。

瀬戸内寂聴は本の中で**現代の男性に、『源氏物語』の中ではどの女が好きですかと訊きますと、十中八九は、言下に「夕顔」と答えます。**(76頁)と書いている。そうなのか、そうかもしれないなぁ。金子みすゞの詩では「夕顔」が好きなぼくもそうかもしれない・・・。


*1 矢崎節夫さん(童謡詩人・金子みすゞ記念館館長)の講演会が10月2日に塩尻市広丘の「えんてらす」で開催される。参加申し込みをした。


「源氏五十五帖」

2022-09-26 | G 源氏物語



 昨日(25日)読んだ『源氏五十五帖』夏山かほる(日本経済新聞出版2021年)には次のような件がでてくる。

**老婆の手には、白い饅頭のようなものが山盛りにあった。賢子は一目見るなり声を上げた。
「まあ、白くて丸いこと。まるであなたのお顔(かんばせ)のようではありませぬか」
「そういえばそうですわねえ」
更級は、賢子の失礼な物言いにも素直に頷いた。
「お焼きと申すものですぞ。これを上がってずくを出しなされ」
「ずく?」
「ここらの言葉で、根気、気力の意であろうかの」**(137頁)

お焼きという食べ物の名前と「ずく」という方言を知る閲覧者は、信濃国のどこかで交わされている会話だと分かるだろう。

しばらく前にこの小説をI君から紹介された。源氏を読んでいるようだけれど、こんな小説もあるよ、と。

本の帯にあるように源氏物語には五十四帖「夢浮橋」に続く五十五帖があるとされ、藤原道長からこの幻の帖を探し出すように命じられた女性たちの物語。その女性というのが上掲した下りに出ている更級と賢子(けんし)。更科は菅原孝標の娘で「夜半の寝覚」と作者ではないかと言われている。それから賢子は紫式部の娘。

源氏物語の幻の五十五帖は信濃国にあるようだ、という情報を得たふたりは都から遠路そして難路を信濃国に向かう。信濃国のどこにあるのか・・・。善光寺には無かった。

紫式部のライバル、そうあの女性が信濃国に暮らしていて五十五帖を保管していた。それは一体どんな内容の物語だったのか・・・。

奇想天外だと思わないでもないこのミステリー、結末を知りたくて一気読みした。物語の終盤、五十五帖に書かれた内容とそれに対する彼女たち(他にも関係者がいるが敢えて明かさないでおく)の対応が読者をハラハラドキドキさせる。「えっ、そんなことして大丈夫かな」


作者の夏山かほるさんは九州大学大学院で源氏物語など、古典文学を研究した方。


『源氏物語』を読み終えて

2022-09-25 | G 源氏物語

360
角田源氏全3巻、約2000ページ。

 作家・角田光代が現代語訳した『源氏物語』全3巻(河出書房新社2020年)を4月15日から週2,3帖のペースで読み続け、昨日(24日)ようやく読み終えた(過去ログ)。


「源氏物語」という平安時代に書かれた長編小説がある、ということを知ったのはたぶん中学生の時。いつか読んでみたいと思ったのは高校生の頃か。読まなくてはならない小説、読まずに死ねるか『源氏物語』、と思うようになったのは今から15年、いや20年くらい前のことだろうか。

2008年には瀬戸内寂聴の現代語訳「源氏物語」全10巻(講談社文庫)を買い求めている。ただ、この本は読むことなくその後、他の多くの本とともに松本市内の古書店に引き取ってもらった。

ブログに進捗状況、レビューを書くことにして読み始めた。こうすれば途中で挫折するわけにはいかない。

手元に『カラダで感じる源氏物語』という文庫本(大塚ひかりちくま文庫2002年)があるが、巻末の解説には**著作を何冊か読めば分かるのだが、『源氏物語』などおそらく全文を諳んじているはずだし**(292頁)と書かれている。

46枚のかるたを畳の上に並べて俯瞰するように全54帖を見通すことができなければ「源氏物語」を縦横に語ることはできないだろう。私は登場人物が多いこと、登場人物が複雑に関係していることに理解を阻まれた。いや、自分の脳の劣化故か。だが、断片的にせよ感想を後日書きたいと思う。

今は長年の念願が叶ってうれしいという気持ちでいっぱいだ。


『源氏物語』を読み進めるにあたり理解の参考にした書籍は以下の通り
  『ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 源氏物語』(角川文庫2021年52版)
  『源氏物語 おんなたちの世界』堀井正子(信濃毎日新聞社2009年)
  『源氏物語 解剖図鑑』佐藤晃子(エクスナレッジ2022年3刷)
  『源氏物語を読む』高木和子(岩波新書2021年)


 


「夢浮橋」

2022-09-24 | G 源氏物語

「夢浮橋 二人の運命」

 薫は比叡山参詣の翌日、横川の僧都を訪ねた。そこで浮舟が助けられ、出家した経緯を聞いた。僧都は薫が浮舟に並々ならぬ想いを抱いていることを知る。

薫は浮舟の母がひどく恋しがって悲しんでいると伝え、案内を乞う。だが、僧都は**「あの方は姿を変えて尼となり、俗世を捨ててはいるけれど、髪や髭を剃った法師ですら、みだらな心を捨てきれぬ者もいるという。まして女の身ではどうだろう。かわいそうにも罪作りなことにならないといいが」とほとほと困って考えている。**(579頁)で、いずれ伝えるとだけ答えた。薫は連れてきた浮舟の弟の小君を紹介し、**「この子に言付けて、とりあえず女君に私のことをそれとなく伝えてください」**(580頁)と言う。で、僧都は手紙を書いて小君に渡した。

山を下る松明の光列を小野の家の浮舟も目にした。**「月日が過ぎていってもこうして昔のことが忘れられずにいるけれど、今さらどうなるものでもない」**(581頁)と浮舟。

翌日、薫は小君に**「(前略)お前が行って様子を見て来てくれ。母君にはまだそのことは言わないように。(後略)」と言い聞かせて使いに出した。だが、浮舟は小君に会わなかった。小君が携えていた薫の手紙も受け取ろうとはしなかった。**「わざわざ私をお遣わしになったのに、なんとご報告すればよいのでしょうか。一言だけでもお返事をいただけませんか」**(588頁)という小君の言葉を妹の尼君が浮舟に伝えても、なにも言わなかった。

小君の報告に薫は気持ちが萎えて、**「だれかほかの男がひそかにかくまっているのではないか」**(589頁)と疑うのだった・・・。俗な薫、高貴な浮舟。

紫式部は対照的に二人を描いて、長大な物語を終わらせた・・・。

「源氏物語」読了!


1桐壺 2帚木 3空蝉 4夕顔 5若紫 6末摘花 7紅葉賀 8花宴 9葵 10賢木 
11花散里 12須磨 13明石 14澪標 15蓬生 16関屋 17絵合 18松風 19薄雲 20朝顔 
21少女 22玉鬘 23初音 24胡蝶 25蛍 26常夏 27篝火 28野分 29行幸 30藤袴
31真木柱 32梅枝 33藤裏葉 34若菜上 35若菜下 36柏木 37横笛 38鈴虫 39夕霧 40御法
41幻 42匂宮 43紅梅 44竹河 45橋姫 46椎本 47総角 48早蕨 49宿木 50東屋
51浮舟 52蜻蛉 53手習 54夢浮橋 


「手習」

2022-09-24 | G 源氏物語

「手習 漂う浮舟の流れ着いた先」

 昨日(23日)、朝カフェ読書で「手習」を読んだ。前の帖の「蜻蛉」には浮舟の失踪が描かれていた。宇治川に投身したことが分かり、匂宮も薫も浮舟の死を嘆き悲しむ。

ところが・・・、浮舟は生きていた。死んでしまったと思われていた登場人物か実は生きていた。このような展開は今の小説にもある(具体例が浮かばないが)。

横川の僧都(そうず)には八十歳あまりの母親の尼と五十歳ほどの妹の尼がいた。この二人の尼君は初瀬(長谷寺)に参詣したが、その帰りに母親が具合を悪くしたために宇治に留まり、母親は宇治院に運び込まれた。

母親の急病を知った僧都は急いで山を下り、宇治にやって来る。夜、院の裏手の僧都一行。うっそうとした木々の中。**「なんとも薄気味の悪いところだ」とのぞきこんでみると、何か白いものが広がっているものが目に入る。「あれはなんだろう」と立ち止まり、灯を明るくして見ると、何かがうずくまっているようだ。(後略)**(511頁) 

なんだかホラーな雰囲気。狐が化けた? たちの悪い魔物? 魔物ではなく浮舟だった。浮舟も院に運び込まれた。僧都の妹の尼は浮舟を亡き娘の身代わりだと信じ、看病した。

容体が落ち着いた母親と浮舟は比叡の小野にある母親と妹の住まいに移された。それから二カ月、ようやく浮舟は意識を取り戻した。死ねなかった・・・。

匂宮と薫の板挟みで苦しんで死のうとしたのに、浮舟は僧都の妹の娘婿の中将に見初められてしまう。

浮舟は願っている。**この先どんなことがあろうとだれかと縁づくなんてあり得ない。そんなことになったら忌まわしい昔のことを思い出さずにはいられない。男と女のことなどはいっさい考えずに忘れてしまいたい**(528頁)、と。浮舟は女一の宮(一品の宮)の祈禱のために再び下山してきた僧都に懇願して出家を遂げた。

女一の宮の病気は僧都の祈禱の効験で快癒した。僧都はすぐに山に帰ることなく、宮中に控えていた。ある夜、僧都は后の宮(明石の中宮)らに**「本当に不思議なめったにないことに遭遇いたしまして・・・。この三月に、年老いております母親が、宿願があって初瀬に参詣しましたその帰りの中宿りに、宇治院というところに泊まったのです。(後略)」**(555頁)と女君を見つけた時のことを話して聞かせた。

中宮と小宰相の君(本文では**大将(薫)が親しくしている小宰相の君**(555頁)と説明されている。要するに薫の愛人)は僧都の話に出てきた女君は浮舟ではないかと思った。

望み通り出家してから浮舟は少しばかり気持ちも明るくなって、経文を読み、妹尼君と冗談を言い合ったり、碁を打ったりして暮らしている。ある日、浮舟は薫が自分の一周忌の法事の準備をしているということを耳にする。**見し人はかげもとまらぬ水の上に落ち添ふ涙いとどせきあへず(昔馴染んだ人の面影もとどめていない水の上に、落ち続ける私の涙はますますせき止めようがない)**(565頁)薫は宇治川に涙をこぼしているということを知る浮舟。

小宰相の君は僧都の話を薫にとりついだ。浮舟が生きているかもしれない・・・。話を聞いて驚いた薫は真偽をたしかめようとする。薫は比叡山参詣のついでに横川に僧都を訪ねようと浮舟の幼い弟を連れて出かけた・・・。

紫式部はストーリーテラーだ。話の展開が上手い。

浮舟の回想。**袖ふれし人こそ見えね花の香のそれかとのほふ春のあけぼの(袖を触れた人の姿こそ見えないけれど、花の香りがその方の匂かと思わせるほど漂ってくる春の明け方よ)** 袖ふれし人とは薫?それとも匂宮? 両説あるようだが、私は薫だと思う、思いたい。

紫式部が物語最後のヒロインにした浮舟は物語に登場した大勢の女性たちの中でもリアルな存在感のある女性だと思う。

残るはラスト1帖「夢浮橋」。


1桐壺 2帚木 3空蝉 4夕顔 5若紫 6末摘花 7紅葉賀 8花宴 9葵 10賢木 
11花散里 12須磨 13明石 14澪標 15蓬生 16関屋 17絵合 18松風 19薄雲 20朝顔 
21少女 22玉鬘 23初音 24胡蝶 25蛍 26常夏 27篝火 28野分 29行幸 30藤袴
31真木柱 32梅枝 33藤裏葉 34若菜上 35若菜下 36柏木 37横笛 38鈴虫 39夕霧 40御法
41幻 42匂宮 43紅梅 44竹河 45橋姫 46椎本 47総角 48早蕨 49宿木 50東屋
51浮舟 52蜻蛉 53手習 54夢浮橋 


「蜻蛉」

2022-09-23 | G 源氏物語

「蜻蛉 悲しみは紛れず」

 **宇治の邸では、女君(浮舟)がいないことに気づいて、女房たちが大騒ぎしてさがすけれど、その甲斐もない。**(456頁)事情を知る右近や侍従は浮舟がひどく思い詰めていた様子だったことを思い、宇治川に身を投げたのではないかと考えた。宇治では混乱が続く・・・。

右近と侍従は宇治に来た浮舟の母親に真実を告げた。浮舟が自ら命を絶ったことが世間に知られないようにと、葬儀は内密に簡略して執り行われた。

浮舟の死を知った匂宮は茫然自失。薫は床に着いてしまった宮を見舞った。事の真相が分からない二人は腹の探り合いをした。(復習 匂宮は源氏の孫で、薫の表向きの甥)

宇治を訪ねた薫に右近は浮舟が薫と匂宮に挟まれて苦しんだ末に入水したことを明らかにし、それに至る経緯を語る。薫は浮舟を早く京に迎えなかったことを悔やんだ。薫の手配で四十九日の法事が盛大に執り行われた。宮もひそかに供養の品、白銀の壺に黄金を入れたもの右近の志のようにして届けた。

**宮と大将、二人の胸の内からはいつまでも悲しみが去らない。宮は、どうにも抑えがたいほど思いが高ぶっている時に終わってしまった恋であり、(中略)大将は、あの母君と約束した通り何かと気に掛けては、残った一族の人々の面倒をみているが、やはりどうにも仕方のない女君のことを忘れることができずにいる。**(484頁) 

薫は**ありと見て手にはとられず見ればまたゆくへもしらず消えし蜻蛉**(505頁)と、ひとりつぶやいていたとか。

ドラマチックな展開の宇治十帖・・・。


1桐壺 2帚木 3空蝉 4夕顔 5若紫 6末摘花 7紅葉賀 8花宴 9葵 10賢木 
11花散里 12須磨 13明石 14澪標 15蓬生 16関屋 17絵合 18松風 19薄雲 20朝顔 
21少女 22玉鬘 23初音 24胡蝶 25蛍 26常夏 27篝火 28野分 29行幸 30藤袴
31真木柱 32梅枝 33藤裏葉 34若菜上 35若菜下 36柏木 37横笛 38鈴虫 39夕霧 40御法
41幻 42匂宮 43紅梅 44竹河 45橋姫 46椎本 47総角 48早蕨 49宿木 50東屋
51浮舟 52蜻蛉 53手習 54夢浮橋 


「浮舟」

2022-09-21 | G 源氏物語

「浮舟 女君の苦悩と決意」

 匂宮は月日が経っても浮舟のことが忘れられない。中の宮は**「(前略)私の不注意で何かまずい事態になるのは避けよう」**(391頁)と匂宮に浮舟のことを何も言わずにいた(ここで復習、浮舟は中の宮の異母妹)。だが、匂宮は正月に宇治から中の宮に届いた手紙を読んだことをきっかけに、薫が浮舟を宇治に隠し据えていることを知ってしまう。

ひそかに宇治を訪れた匂宮は薫を装い、暗い部屋の浮舟に迫る。浮舟は薫ではないことが分かったが、もう遅い。二人は一夜を明かし、その日も匂宮は口実をつくって宇治に泊まる。

悠長に構えている薫、情熱的に迫る匂宮。

匂宮に惹かれていく浮舟・・・。**本当に愛情深い人とはこのような人のことではないか、と思い知らされる気持ちである。**(406頁)

久しぶりに薫は宇治に浮舟を訪ねる。その時、浮舟は**「私がこんなふとどきな心を持っていたのだと、もし大将(筆者注、薫のこと)が漏れ聞くことでもあれば、どうしようもなくつらいことになるだろう。不思議なほど夢中で恋焦がれてくれる宮をいとしく思ってしまうのは、けっしてあってはならない、軽々しいあやまちなのだ」と、大将から嫌な女だと思われて、見捨てられたら、その心細さはどれほどだろうと深く身に染みてわかっているので、女君は深く思い悩んでいる。**(415頁)

薫も匂宮も浮舟に京に迎えると言っている・・・。浮舟恋の板挟み。

二月、雪降り。宮中で薫が浮舟を思って和歌をつぶやく。それを聞いた匂宮は嫉妬、大雪をついて宇治に向かう。今夜そちらに行くという知らせが宇治に届く。まさかこんな雪の中、と気を許していると夜更けに宮が到着する。**まさかいらしてくださるとは・・・と女君は胸打たれている。**(419頁)

匂宮は浮舟を連れて宇治川の対岸に用意させていた隠れ家に小舟で渡る。**橘の小島の色はかはらじをこの浮舟ぞゆくへ知られぬ**(420頁)と女君。**人目を気にする必要もないので、宮は女君と気兼ねなく睦み合って過ごす。**(421頁)匂宮と浮舟の甘美な陶酔の二日間。

その後のある日、匂宮と薫の使いが宇治で遭遇する。不審に思った使いが後をつけて・・・、薫は浮舟と匂宮の深い関係を知る。

尽きせぬ思いの丈を書き連ねた宮からの手紙に**とくべつ思慮深いわけでもない若い女心としては、こうした心の内に触れれば、宮への思いがますます強まりそうだけれど、最初に契りを交わした大将のほうが、さすがに奥深く、人柄も立派だと思ってしまうのは、女君にとって男女の仲を知ったはじめての相手だからでしょうか・・・。**(425頁)と紫式部。(角田光代さんの文章は漢字とひらがなとの使い分けが独特で、当然漢字と思うところをひらがな表記したりしている。)

匂宮と薫、タイプの異なる二人の男の間であれこれ思い悩む浮舟。長々とあらすじを書いても・・・。自分一人がこの世から消えれば、全て無難に納まる。三角関係を清算しようと浮舟は死を決意する・・・。二人の間でしたたかに生きるような女性ではない。冷徹な紫式部。

「浮舟」は印象に残る帖になると思う。


1桐壺 2帚木 3空蝉 4夕顔 5若紫 6末摘花 7紅葉賀 8花宴 9葵 10賢木 
11花散里 12須磨 13明石 14澪標 15蓬生 16関屋 17絵合 18松風 19薄雲 20朝顔 
21少女 22玉鬘 23初音 24胡蝶 25蛍 26常夏 27篝火 28野分 29行幸 30藤袴
31真木柱 32梅枝 33藤裏葉 34若菜上 35若菜下 36柏木 37横笛 38鈴虫 39夕霧 40御法
41幻 42匂宮 43紅梅 44竹河 45橋姫 46椎本 47総角 48早蕨 49宿木 50東屋
51浮舟 52蜻蛉 53手習 54夢浮橋 


「東屋」

2022-09-18 | G 源氏物語

「東屋 漂うこと浮舟のごとし」

 浮舟の父親は八の宮だが、認知してもらえなかった。母親の中将の君は子連れで常陸守と結婚していた。薫は浮舟に逢いたいという気持ちがあるものの、身分にふさわしくない娘、世間体を気にして手紙も出さない。ただ、薫の意向は弁の尼君から浮舟の母親に伝えられていた。母親は薫が本気で思いを掛けてくれているとは思っていなかった。身分相応な結婚を望み、娘に思いを寄せる男たちの中で左近少将がふさわしいと考え、婚儀の準備を始めていた。

ところが、左近少将は浮舟の父親の常陸守の財産が目当てだった。浮舟が実子でないことを知って、実の娘に乗り換えた。浮舟のための準備そのままに、父親の常陸守は実の娘と結婚させた。浮舟は高貴な娘、そう、宮の娘なのに・・・。このことを見せつけたいと思う母親は浮舟を匂宮邸の中の君に預けることにした。ところが・・・。

匂宮が中の君を訪ねた時、あいにく洗髪中で(長い髪を洗って乾かすのは大変で一日がかり。吉日を選んで行われたとのこと)相手をしてもらうことができなかった。

匂宮は見たことのない女の子がいることに気が付く。**宮はいつもの浮気な性分からそのまま放っておけずに、片手で女君の衣の袖をつかみ片手でこちらの襖を閉めて、(後略)**(359頁) 妻の妹とは知らず浮舟に言い寄った宮。だが、浮舟は乳母のガードで難を逃れた。このことを知った浮舟の母親は驚き、浮舟を三条の小さな家に移した。

弁の尼君からこのことを聞いた薫は弁を三条の小家に行かせた。薫は弁を訪ねるという口実で浮舟の許へ。浮舟と一夜を共にした。朝。薫は浮舟を抱き上げて車に乗せ、宇治に向かった・・・。同行の弁は**「亡き大君のお供としてこのように拝見したかったものを・・・。長生きしていると、思いもかけない体験をするものだ」(後略)**(381頁)と悲しく思っていた。

弁の尼宮は薫をよく分かっている女性。**やどり木は色かはりぬる秋なれどむかしおぼえて澄める月かな ― 大君からこちらの方に心変わりをしたあなただけれど、月だけは昔 と同じように澄みきっています**(385頁)と薫に詠む。**

宇治に着いた浮舟の運命やいかに・・・。

紫式部はこの長編小説の最後に先が気になって仕方ないような展開を用意していた。本当にこの女性はすごい才能の持ち主だったんだなぁと改めて思う。

さあ、ラスト4帖!


1桐壺 2帚木 3空蝉 4夕顔 5若紫 6末摘花 7紅葉賀 8花宴 9葵 10賢木 
11花散里 12須磨 13明石 14澪標 15蓬生 16関屋 17絵合 18松風 19薄雲 20朝顔 
21少女 22玉鬘 23初音 24胡蝶 25蛍 26常夏 27篝火 28野分 29行幸 30藤袴
31真木柱 32梅枝 33藤裏葉 34若菜上 35若菜下 36柏木 37横笛 38鈴虫 39夕霧 40御法
41幻 42匂宮 43紅梅 44竹河 45橋姫 46椎本 47総角 48早蕨 49宿木 50東屋
51浮舟 52蜻蛉 53手習 54夢浮橋 


「宿木」

2022-09-15 | G 源氏物語

「宿木 亡き八の宮が認めなかったひとりの娘」

 匂宮と薫。匂宮は夕霧の娘・六の宮の婿になった。妻の中の君はこのことを知り、宇治を出たことを悔いた。結婚も宇治を出ることもしなかた姉の大君は正しかった、と妹の中の君は思った。

匂宮はしぶしぶ六の宮と結婚したが、しだいに六の宮に惹かれていった。で、匂宮は次第に中の宮が暮らす二条院から足が遠のく。中の君は悲観し、結婚の仲立ちをした薫も心外に思っていた。

中の宮は宇治に帰りたいと思い、薫に私をスキーに、いや、宇治に連れてってと頼む。この時、薫は中の宮の部屋に入り込んで、言い寄った。だが、中の宮が腹帯をしているのに気が付いて、自制した。

久しぶりに中の宮に会った匂宮は中の宮の懐妊を知って喜びながらも薫の残り香に気が付いて・・・。**「こんなに残り香が染みついているのなら、何もないはずはないね」**(286頁)と中の宮を責めたてた。

翌春。中の宮は男の子を出産した。で、社会的に認められることになった。

匂宮が結婚し、薫も女二の宮と結婚した(婿となった)。四月のはじめ頃、女二の宮を三条宮に迎えることにした。だが、いまだに大君が忘れられず、大君に似ている中の君をしばしば訪ねていた。薫の懸想を疎ましく思う中の君は大君とうりふたつの異母妹(浮舟)がいることを薫に話した。

ある日、宇治を訪ねた薫は山荘に立ち寄った浮舟をのぞき見た・・・。偶然の出来事。ドラマ化するなら、大君と浮舟はひとりの俳優(今は女優とはあまり言わないようだ)が演ずるだろう。一人二役。

ようやく浮舟登場。面白い展開になってきた・・・。


1桐壺 2帚木 3空蝉 4夕顔 5若紫 6末摘花 7紅葉賀 8花宴 9葵 10賢木 
11花散里 12須磨 13明石 14澪標 15蓬生 16関屋 17絵合 18松風 19薄雲 20朝顔 
21少女 22玉鬘 23初音 24胡蝶 25蛍 26常夏 27篝火 28野分 29行幸 30藤袴
31真木柱 32梅枝 33藤裏葉 34若菜上 35若菜下 36柏木 37横笛 38鈴虫 39夕霧 40御法
41幻 42匂宮 43紅梅 44竹河 45橋姫 46椎本 47総角 48早蕨 49宿木 50東屋
51浮舟 52蜻蛉 53手習 54夢浮橋      


「早蕨」

2022-09-11 | G 源氏物語

「早蕨 中の君、京の二条院へ」

 宇治十帖の中では最後の「夢浮橋」とこの「早蕨」は短いが、他の帖は長くて、例えば次の「宿木」は80ページ近くある。

**日の光はどんな藪でも分け隔てなく照らす。中の君はそんな春の陽射しを見て、どうしてこんなに生き長らえているのかと、過ぎた月日が夢のように思える。**(227頁)中の君は父宮を亡くした時の悲しみよりも姉君を恋しく思い、つらい気持ちでいる。匂宮は宇治に行くことがなかなかできないので、中の君を京に迎えることにする。 

ここはもっとくだけた感じでレビューを書こう。

薫は八の宮の娘二人の姉(大君)を好きだなぁと思っていた。だが、その姉が亡くなってしまってすっかり元気をなくしている。薫は姉と結婚したいがために、匂宮と妹(中の君)を結婚させたけれど、だんだん姉に似てきた妹を見て、「お姉さんが亡くなった後、自分が妹さんと結婚すれば(お世話すればよかったと本文にある)よかったなぁ」と後悔している。でも、「今となってはあきらめるしかないか、よからぬことをしでかすといけないし・・・」などと考える。薫は真面目というかなんというか。

匂宮から妹さん(中の宮)の引っ越しのことで相談された薫はその準備をする。

引っ越しの前日、薫は朝早く宇治に行く。「もしお姉さんが生きていれば、今ごろはずいぶん親しくなって、匂宮より先に、妹さんではなくて、お姉さんを京に移そうとしただろうな・・・、遠慮しているうちにお姉さんとは他人のまま終わってしまったなぁ」などと思い続けている。「青春ボックス」の手紙を読んだすぐ後でこんな件を読んだせいだろうか、なんとなくせつなくてうるっとなる。

妹さんと対面した薫は一段と大人びて目を見張るほどの美しさに、お姉さんのことを思い出す。お姉さんによく似ている妹さんを見て、「自分からこの女性を他の男と結婚させてしまったんだなぁ」と、深く後悔する。

二条院に引っ越してきた中の宮は見たこともないほどの立派な邸にびっくり。薫は匂宮が中の宮を大切にしていることを耳にして、みすみす中の君を譲ってしまった自分を愚かしく、胸が締め付けられるような思いでいる。で、取り返せるものなら、と何度もつぶやく。後悔先に立たず。

ここで、紫式部は得意の和歌を文中に挟む。**してなるや鳰(にほ)の湖に漕ぐ舟のまほならねどもあひ見しものを(琵琶湖を漕ぐ舟の、順風を受ける真帆 ― そんなふうに完全に契りを交わしたわけではないけれど、あの方と一夜をともにしたこともあるのに)**(241頁) 一夜をともにしたといっても、お姉さんに軽薄な人だと思われたくなくて、妹さんとは何もしなかったけれど。

右大臣(夕霧)は娘の婿にしたいと思っていた匂宮が思いも寄らない中の宮を迎え入れてしまったことを知り、ならば薫にと思う。だが、薫はその気になれないと、そっけない。お姉さん似の妹さんに惹かれているのだから。

時々二条院に中の宮を訪ねる薫。匂宮は中の君に「薫くん(中納言)と他人行儀なことはしないで、近くで思い出話でもしたらどう」と言ったかと思うと、「あんまり心を許すのはどうかな、薫くんも心じゃ何を思っているか分からないからね、注意した方がいいよ」とも言う。薫くんとの仲について、匂宮から心穏やかではないようなことを言われて、中の君もつらい・・・。

前にも書いたが、宇治十帖は時代を現代に置き換えてドラマにしてもおもしろいだろう。まだ読み終えていないけれど、そう思う。


1桐壺 2帚木 3空蝉 4夕顔 5若紫 6末摘花 7紅葉賀 8花宴 9葵 10賢木 
11花散里 12須磨 13明石 14澪標 15蓬生 16関屋 17絵合 18松風 19薄雲 20朝顔 
21少女 22玉鬘 23初音 24胡蝶 25蛍 26常夏 27篝火 28野分 29行幸 30藤袴
31真木柱 32梅枝 33藤裏葉 34若菜上 35若菜下 36柏木 37横笛 38鈴虫 39夕霧 40御法
41幻 42匂宮 43紅梅 44竹河 45橋姫 46椎本 47総角 48早蕨 49宿木 50東屋
51浮舟 52蜻蛉 53手習 54夢浮橋