透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

ブックレビュー 2022.05

2022-05-31 | A ブックレビュー

 前回、4月のブックレビューがちょうど200回目だった。毎回4冊取り上げたとすると800冊にもなる。そんなに読んだのか・・・。

5月に読んだ本は8冊だった。

『源氏物語 上』角田光代訳(日本文学全集04 河出書房新社2021年6刷)
安定した貴族社会という恵まれた環境に非常に才能のあるひとりの女性が生まれ合わせたという奇跡が、千年も読み継がれるような文学を生んだ。いつか読みたい、と思い続けてきた。その長年の念願が叶いつつあることがうれしい。

『場所』瀬戸内寂聴(新潮文庫2022年4刷)
塩尻の「えんぱーく」という市民交流センターで開催される本の寺子屋。今年度初回の講演会に参加した。荒川洋治さんが「短編小説と世界」と題した講演を聴き、取り上げられた短編の中で『場所』が読みたいと思った。瀬戸内寂聴さんが我が人生の来し方を、ゆかりの場所を訪ね歩いて振り返る。文章に魅せられた。

『あ・うん』向田邦子(文春文庫2006年4刷) 
諏訪市の「楽茶」というカフェで売っていた古書の中にこの本があった。既に読んだと思っていたが、どうもまだ読んでいないようだ。書架から取り出してざっと目を通してみて、こう思って買い求めた。時は太平洋戦争前、ふたりの男の友情がその家族の暮らしぶりとともに描かれる。現代社会ではありそうにないなぁ と思いつつ読んだ。

『鬼煙管 羽州ぼろ鳶組④』今村翔吾(祥伝社文庫2022年11刷)
『菩薩花 羽州ぼろ鳶組⑤』今村翔吾(祥伝社文庫2022年9刷)
火消が大活躍する時代小説。江戸の火消事情が分かる。映画も小説もこのくらい起伏に富み、ジェットコースターのような激しい展開にしないと感性の鈍い現代人(と決めつけてしまって良いのかどうか・・・)には受けないのかもしれない。例えば小津安二郎の映画、永井荷風の小説がもつ静かな雰囲気では物足りないと感じてしまう現代人は多いだろう。

『鉄道ひとつばなし』原 武史(講談社現代新書2003年)
鉄道マニアではないけれど、鉄道がテーマの本は好き。この本は『本の駅・下新文庫』で買い求めた(過去ログ)。日本の鉄道整備は東日本より西日本の方が遅れた。なぜか・・・。難しいテーマ設定だが、原さんはその理由につて実証的に論考している。収録された76話はどれも内容が濃い。この本はエッセイ集というより小論文集。

『親不孝旅日記』北 杜夫(角川文庫1983年)
『本の駅・下新文庫』で200冊くらい並ぶ文庫・新書の中には読んだ本も少なくないし、読みたいと思う本も多い。好みが重なっているのだと思う。北 杜夫ファンとして未読本は読みたいと思う。昭和55年の年末の1週間くらいのヨーロッパ、母親孝行旅行、のはずが・・・。

『クモの世界 ――糸をあやつる8本脚の狩人』浅間 茂(中公新書2022年)
クモについては何も知らないなあ、と思って読んでみた。クモはどれも網を張って昆虫を獲らえているのだろうと思っていたが、約半数は歩き回って獲えているという。中には地中で暮らすクモもいるそうだ。知らなかった。読んでいて、思わず「え!」と声に出してしまったのは次のくだりを読んだ時だ。**世界のクモの餌の消費量が人間の肉と魚の消費量に匹敵することが発表された。**(108頁)信じられない。本当なのかな、と思う。

第5章「自分の子孫を残すために」の第1節「クモの求愛、交尾行動」には「雌にプレゼントするクモ」「催眠術をかけるクモ」「花嫁を糸で縛る」など雄クモのビックリ婚活が紹介されている。交尾後に交尾栓をつけて他の雄が交尾できないようにするクモがいることを読んだ。

だいぶ前に読んだ『モンシロチョウ』小原嘉明(中公新書2003年)にも交尾栓のことが書かれていた。この本を自室の書棚から取り出して確認した。**【その2・貞操帯戦術】 雄が交尾した雌に自分の子を産ませるために編み出した、第二の戦術は驚きに値します。雄はなんと、交尾栓、つまり貞操帯で雌の交尾口を封じるのです。**(134頁)クモにはもっと徹底的な対策、交尾後に雌の生殖器を破壊してしまうものがいるという。

他にもいろいろ驚きの生態が書かれていて、興味深く読んだ。





「少女」

2022-05-30 | G 源氏物語

「少女(おとめ) 引き裂かれる幼い恋」

 光君の息子の夕霧と内大臣に昇進したかつての頭中将の娘の雲居の雁はいとこどうし。ともに祖母の大宮のもとで育てられる。ふたりは恋心を抱き・・・。「少女」の帖ではこのいとこどうしの恋が描かれる。娘の彼氏が長年のライバルの息子となると、父親(内大臣)は心中穏やかではないだろう。政治的な思惑もあることだし。で、ふたりの仲をむりやり引き裂こうとする。大宮は孫がかわいいからふたりに同情もする。

内大臣は光君と昔から親しいけれど、張り合ってきたことなどを思い出すとおもしろくなくて眠れない夜を過ごす。そして考える。**大宮も、二人のご様子には気づいていらっしゃるだろうに、またとなくかわいがっておられる孫たちだから、好きなようにさせておいでなのだろう、という女房たちの話しぶりを思うと不愉快にも思い腹も立ち、心を静めることもできない。**(615頁)

夕霧の乳母がそっとふたりを逢わせる。**二人は互いになんだか恥ずかしく、胸も高鳴り、何も言えずに泣き出してしまう。**(625頁)夕霧が「ぼくのこと好き?」と問えば、雲居の雁はわずかにうなずく。小さな恋のメロディ。夕霧は父親とはまるで違う。

この帖で光君は教育に対する考え方、教育観について語る。そのポイントを文中から引用する。**やはり学問という基礎があってこそ、実務の才『大和魂』も世間に確実に認められるでしょう。**(604頁)現在使われる大和魂とは意味が違う。引用文にあるように柔軟に、実務的に事を処理する能力を指す。

帖の最後には次のような出来事が描かれている。**光君は閑静な住まいを、同じことなら土地も広く立派に造築し、ここかしこと離れてなかなか逢えない山里の人なども集めて住まわせよう、と考えて、六条京極のあたり、梅壺中宮の旧邸付近に、四町の土地を入手して新邸を造らせはじめた。(後略)**(638、9頁)いくつもの御殿が建つ広大な邸宅(*1)の六条院が完成すると紫の上、花散里、梅壺中宮(六条御息所は存在感がある女性だが梅壺中宮はその娘)、明石の君と次々移り住む。

春夏秋冬、四季をイメージして造園された4つの町(区画・ブロック)から成る広大な六条院。光君の栄華はこの先いつまで続くのか、物語はどうなる・・・。

角田光代訳の『源氏物語』上中下3巻、上巻を読み終えた。素直にうれしい。

源氏物語は登場人物が多いし、役職も変わるから関係が分かりにくい。え、この人誰だっけと源氏関連本の人物相関図で確認することしばしばだった。本書の帯に**四百人以上の登場人物が織りなす物語の面白さ、卓越した構成力、こまやかな心情を豊かに綴った筆致と、千年読み継がれる傑作である。**とある。登場人物が400人を超えるとは驚きだ。確かに作者・紫式部の構成力はすごいと思う。

360
たくさんの半透明の付箋、色に意味はない。きれい。


*1 『源氏物語 解剖図鑑』佐藤晃子(エクスナレッジ2022年第3刷)には**六条院は、京の都の碁盤の目を4つ取り込んだ大邸宅(252m四方)。**(57頁)とある。

1桐壺 2帚木 3空蝉 4夕顔 5若紫 6末摘花 7紅葉賀 8花宴 9葵 10賢木 
11花散里 12須磨 13明石 14澪標 15蓬生 16関屋 17絵合 18松風 19薄雲 20朝顔 
21少女 22玉鬘 23初音 24胡蝶 25蛍 26常夏 27篝火 28野分 29行幸 30藤袴
31真木柱 32梅枝 33藤裏葉 34若菜上 35若菜下 36柏木 37横笛 38鈴虫 39夕霧 40御法
41幻 42匂宮 43紅梅 44竹河 45橋姫 46椎本 47総角 48早蕨 49宿木 50東屋
51浮舟 52蜻蛉 53手習 54夢浮橋





「クモの世界」を読む

2022-05-29 | A 読書日記



 昨日(28日)興文堂で平積みされていた『クモの世界 ―― 糸をあやつる8本脚の狩人』浅間 茂(中公新書2022年)を手にしてパラパラとページをめくった。掲載されているクモのカラー写真を見てクモのことは知らないなあと思い、迷うことなく買い求めた。

クモの糸は1本に見えるけれど実は2本だということ。1本でも自分の体重に耐えるけれど、2本になっていて「安全率」は約2倍だということを以前何かで読んで知っていた。読み始めてまず知ったのは種類が多いこと。世界には約5万種、日本には約1,700種類のクモがいるそうだ。知っているクモの名前といえば、セアカゴケグモ、このクモは毒液を出すから時々ニュースになる。それからジョロウグモ、他には・・・、出てこない。

クモは網を張って餌となる昆虫を捕らえると思っていたが、約半数のクモは歩き回って餌を捕らえるとのこと。数は少ないそうだが地中で暮らすクモもいるそうだ。そうなのか、知らなかった。沖縄に生息しているオオジョロウグモというクモは大きくて丈夫な網を張るそうで、鳥やコウモリを捕食した報告例があるとのこと(53頁)。しばらく前(5月8日)にNHKの「ダーウィンが来た!」という番組でカマキリが鳥を狩るシーンを見てびっくりしたけれど、鳥を捕らえるクモがいることにもびっくり。他にも興味深いことがいろいろ紹介されてる。

新書を読む楽しみ、それは知らないことを知ることができること。


 


屋根の有無

2022-05-28 | A 火の見櫓っておもしろい


(再)松本市島立 大庭公民館、上高地線大庭駅の近く 3脚無〇3型 撮影日2022.05.27





 近くを通りかかったので立ち寄ってみた。屋根が撤去されていた。2020年の1月には屋根があったが、よく見ると外周のフレームとの間に隙間があったり(右側)、屋根の先が傷んでいる(左側)ことが分かる。屋根があるのと無いのとでは雰囲気がまるで違うことがよくわかる。屋根がないと、別の用途の鉄塔にも見え、よそよそしい雰囲気だ。火の見櫓に屋根は欠かせない、ということを改めて実感した。


 


火の見櫓のある風景を描く

2022-05-27 | A 火の見櫓のある風景を描く


火の見櫓のある風景 上伊那郡辰野町小野 描画日2022.05.25

 「道路山水」と比べて中遠景だけの風景を描くのは難しい。2年ぶりに辰野町小野の同じ風景を描いた。今回の方が線描にも着色にも時間をかけた。おそらく前回の倍くらい。前回の方が線が生きている。大胆に線を一気に引いていることが分かる。

後方の住宅の2階の壁に実際には無い窓を描き加えたが、前回も同じことをしていた。壁だけでは不自然に見えると思ったし、物足りないと感じたから。美的感性は変わらない、ということだろう。

画面を大きく占める山の線描と着色がこれからの技術的課題。でも上手く描こうなどと思ってはいけない。 前回描いたスケッチの方が遠近感が実際の風景に近い感じ。どちらが好いかは好み次第か・・・。

スケッチは楽しい。



描画日2019.05.05


 


キミの名はカッコウ

2022-05-27 | D キミの名は?



 しずかな湖畔の森のかげから もう起きちゃいかがとかっこうが鳴く 歌詞の通り、木々に隠れてなかなか見ることができない野鳥というイメージがある。カッコウの鳴き声もやはり歌詞の通り朝聞く。「カッコウ カッコウ」と、の~んびり鳴くカッコウを初めて見た。

腹部の白地に黒の細いストライプがカッコウの特徴。


 


「朝顔」

2022-05-26 | G 源氏物語

「朝顔 またしても真剣な恋」

 朝顔の姫君は光君のいとこ。姫君は父親(式部卿宮)が亡くなり喪に服するために斎院を辞して、実家(父親の旧邸)である桃園の邸に移り住む。そこにはふたり(朝顔の姫君と光君)の叔母の女五の宮が同居している。光君は叔母に会うのを口実に桃園の邸を訪れる。そこで朝顔の君に長年の思いを訴える。だが、姫君は恋愛ごとに疎く、引っ込み思案。光君の熱心なアプローチにまったく取り合わない。

「朝顔」の帖は次の贈答歌、光君と朝顔の姫君の歌のやり取りに尽きると思う。

**見しをりのつゆ忘られぬ朝顔の花の盛りは過ぎやしぬらむ**(583頁) むかし会ったときのことが忘れられない光君、朝顔のようなあなた、うつくしい盛りはもう過ぎてしまったのでしょうか、と歌で問う。

これに対して姫君は返事をしないとわからず屋のように思われるのではないかと思い、**秋果てて霧の籬(まがき)にむすぼほれあるかなきかにうつる朝顔  (秋も終わり、霧のかかった垣根にまとわりついて、あるかなきかに色あせた朝顔、それが今の私でございます)**(584頁)と返す。今はもうお互いに恋などふさわしくないほど歳を重ねているという自覚、理性的な判断をする姫君。

光君が姫君に熱心に言い寄っているという世間の噂が紫の上(奥さん)の耳にも入る。光君の心が朝顔の姫君に移ってしまったら、私はどうなるのだろう・・・、と心を痛める。こんなことになることもあり得るのに、安心しきって過ごしてきたなぁと考える紫の上。朝顔の君との件は本気じゃないから安心しなよ、と紫の君の機嫌をとる光君。

雪の夜、物思いにふける光君。人は春の花(桜)や秋の紅葉に心惹かれるけれど、冬の月夜の雪の風景も格別で、これ以上のものはないなあ、と思う。これを興ざめなことの例だと書き残した昔の人は浅はかだと言う。ここで紫式部は昔の人とは書いているけれど、清少納言を意識しているとする説もあるようだ。ほかにも「枕草子」との関係を思わせるところがあるそうだが、調べずに読み進む。

さて、風情ある雪景色を見ながら光君は紫の君に今まで関係した女性について語りだす。藤壺、朝顔、朧月夜、明石の君、花散里。源氏物語にはいろんなタイプの女性が登場する。中には朧月夜の君のように恋に積極的な女性もいる。このあたり、作者の紫式部が読者に回想を促す意図があったのかも知れない。

夫から女性遍歴を聞かされた奥さん、**氷閉じ石間の水はゆきなやみ空澄む月のかげぞながるる (私は閉じこめられているけれど、あなたはどこへも行けるのですね)**(596頁)と詠む。上手いなあ、賢い人だなあと思う。

平安貴族の社会における夫婦の関係は現代とは違うけれど、個々人の心情は今も昔も変わらないと思う。となると、紫の君はつらかっただろうな、と同情する。

その後、光君が藤壺のことを考えながら寝室で横になっていると、夢に藤壺がでてきて、**「けっして漏らさないとおっしゃっていたのに、嫌な評判が明るみに出てしまって恥ずかしく思います。こんなつらい思いをして、苦しくてたまりません」**(596頁)と恨み言。光君は藤壺の供養をする。

この帖を読み終えて「光君の母親さがし 藤壺に実の母親を求めた」とノート(源氏物語用のメモ帳)に書いた。「源氏物語」、この後の展開やいかに・・・。


1桐壺 2帚木 3空蝉 4夕顔 5若紫 6末摘花 7紅葉賀 8花宴 9葵 10賢木 
11花散里 12須磨 13明石 14澪標 15蓬生 16関屋 17絵合 18松風 19薄雲 20朝顔
21少女 22玉鬘 23初音 24胡蝶 25蛍 26常夏 27篝火 28野分 29行幸 30藤袴
31真木柱 32梅枝 33藤裏葉 34若菜上 35若菜下 36柏木 37横笛 38鈴虫 39夕霧 40御法
41幻 42匂宮 43紅梅 44竹河 45橋姫 46椎本 47総角 48早蕨 49宿木 50東屋
51浮舟 52蜻蛉 53手習 54夢浮橋

上巻は「少女」を残すのみ。


 


火の見櫓のある風景 辰野町横川

2022-05-25 | A 火の見櫓っておもしろい


火の見櫓のある風景 上伊那郡辰野町横川 撮影日2022.05.11

経ヶ岳を源とする横川川の左岸の段丘沿いに集落が連なる横川地域。この地域では火の見櫓が立つ魅力的な風景が見られる。なだらかにカーブしながら奥に伸びる生活道路。その左側、蔵の後方に古い消防屯所(詰所)と背の高い火の見櫓が並び立つ。右側は石積みの擁壁上に住宅が並んでいるが、この季節は豊かな緑に覆われている。遠景の山の稜線が好ましい高さで連なっている。美しい「火の見櫓のある風景」。


 


172枚目はスタバの店員さん

2022-05-24 | C 名刺 今日の1枚

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172枚目

 朝カフェ読書。今朝(24日)、スターバックスの松本なぎさライフサイト店の2階のいつもの席で『鉄道ひとつばなし』原 武史(講談社現代新書)を読む。

上掲写真を撮って顔を上げると、顔見知りの店員さん(*1)と目が合った。お客さんが少ない時間帯、着席しないで立ってカメラを構えていたから目立ったのだろう。おもわず「見られちゃった」と声に出すと、「写真お好きなんですね(だったかな、正確には覚えていない)」と返された。

席に近づいてきた店員さんに「ブログに載せるんです」と答えて、名刺を取り出して渡した。名刺に入れてあるブログ名を紹介をしたかったので。名刺を見て一言「すてきですね、この肩書き」。ちなみに名刺に入れてある肩書きは「火の見ヤグラー」。

今朝のちいさな幸せ。


*1 カウンター前に立つだけでオーダー不要の女性店員さんのひとり


「薄雲」

2022-05-24 | G 源氏物語

「薄雲 藤壺の死と明かされる秘密」

 冬、明石の君は姫君を養女にしたいという光君の申し出を受ける。とまどう明石の君に母親も姫君のためにどうするのがよいか考えるべき、光君を信頼して、養女に出すように助言する。明石の君は泣く泣く受け入れた。これは父親(明石の入道)の宿願でもあった。春先、光君が姫君を迎えに大堰にやってくる。二条院に迎えられた姫君は紫の上になつく。

年が改まり、光君の義父(葵の上の父親、太政大臣)が亡くなる。信頼していた義父だけに光君はひどく気落ちする。さらにその年の三月、今度は藤壺の宮が亡くなる。光君は相当ショックだったと思う。

入り日さす峰にたなびく薄雲はもの思ふ袖に色やまがへる (入り日の射す峰にたなびいている薄雲は、悲しみの喪に服す私の袖に色を似せているのだろうか)(565頁)と光君は詠む。この後、**聞いている人はだれもいないので、せっかくの歌ももったいないことですが・・・・・。**(565頁)と紫式部は書く。このくだりを読んで、司馬遼太郎も小説の中に自分の感想を書くことがあったな、と思う。

この帖にはもうひとつ大きな出来事が・・・。四十九日の法要が済んだころのこと。藤壺の宮の母后のころから祈禱師として仕えてきて、藤壺の宮も尊敬し、親しくしていた僧都(そうず)から冷泉帝は出生の秘密を明かされる。**「まことに申し上げにくいことで、お聞かせ申してはかえって罪にあたるかもしれないと憚(はばか)られるのですが、ご存じでいらっしゃらないのでしたら罪深く(後略)」「幼い頃から心を許してきたのに、何か私に隠していることがあるとは、ひどいではないか」**(566頁) 帝は悪夢のようなことを聞かされ、ひどく動揺する。光君は我が子の出生の秘密が漏れたことに気が付く、極秘だったのに。帝は「実父」である光君に譲位しようとするが、光君は**ぜったいにあってはならない旨を伝えて辞退する。**(569頁)

「薄雲」は尚続く。

秋、斎宮女御(六条御息所の娘・梅壺女御)が二条院に退出する。亡き六条御息所のことが忘れられない光君は女御の御殿を訪ね、御息所の思い出話をする。春と秋、どちらが好きかと光君に問われた女御は**いつとても恋しからずはあらねども秋の夕(ゆうべ)はあやしかりけり**(573頁)と古歌(古今集)を挙げる。なんともすごい教養。2,3の単語を小さい画面上でつぶやくだけの現代人とのこの違い、文化の違い(?)・・・。

光君は息子の奥さんを何とかしたいという衝動に駆られるが、自省、自制する。そう自省して自制。このことが次のように書かれている。**(前略)少々手荒なことをしてしまいたい衝動に駆られるけれど、女御が本当に嫌だと思うのももっともであるし、自身でも、年甲斐もなくけしからぬことだと思いなおし、ため息をついている。**(574頁) 藤壺の時とは違い思慮深さが身についてきたと自覚もする光君。この後、物語はどう展開していくのだろう・・・。

このような長大な物語を構想し得たこと、そして書き上げたこと、やはり紫式部は平安の才女だ。


※ 拙ブログでは引用箇所を**で示しています。ただ、和歌については省略している場合があります。


1桐壺 2帚木 3空蝉 4夕顔 5若紫 6末摘花 7紅葉賀 8花宴 9葵 10賢木 
11花散里 12須磨 13明石 14澪標 15蓬生 16関屋 17絵合 18松風 19薄雲 20朝顔
21少女 22玉鬘 23初音 24胡蝶 25蛍 26常夏 27篝火 28野分 29行幸 30藤袴
31真木柱 32梅枝 33藤裏葉 34若菜上 35若菜下 36柏木 37横笛 38鈴虫 39夕霧 40御法
41幻 42匂宮 43紅梅 44竹河 45橋姫 46椎本 47総角 48早蕨 49宿木 50東屋
51浮舟 52蜻蛉 53手習 54夢浮橋


「本の駅・下新文庫」

2022-05-23 | A 読書日記

  
新村駅のホームから撮影した。この電車(なぎさトレインだった。)に乗って下新駅まで出かけた。  

 

 『本の駅・下新文庫』は文庫・新書(古本)を扱う小さな本屋さん。毎月1,2回上高地線の下新駅で開店する(過去ログ)。今月(5月)は18日(水)と22日(日)の午前11時から午後4時までの開店だった。昨日(22日)に出かけてきた。待合室に設置した書棚に並ぶ本はおよそ200冊、とのこと。私好みの本が多く、既に読んだ本も何冊も並んでいる。

買い求めたのは『親不孝旅日記』北 杜夫(角川文庫1983年)と『鉄道ひとつばなし』原 武史(講談社現代新書2003年第3刷)の2冊。2冊で270円はありがたい。

北 杜夫の作品はかなり読んだ。ただ文庫は大半が新潮文庫と中公文庫。角川文庫は『どくとるマンボウ昆虫記』だけで、この『親不孝旅日記』は読んでいなかった。

鉄道マニアではないが、自称「読み鉄」。だから鉄道本は読みたい。原 武史さんの本は何冊か読んだが、この本は読んでいない。講談社現代新書の昔のカバーデザイン、なつかしい!

昨夜『親不孝旅日記』を読み終えた。この文庫のカバー折り返しには**痛快爆笑ビックリユーモア傑作長編小説**と紹介されている。これ、小説なのかどうか、かなりリアルな記録ではないかと思う。

昭和55年(1980年)の12月、北さんは母親孝行しようとヨーロパ旅行に同行する。**「キミ子、おまえもたいへんだろうね。今度のあなたの旅行費用はあたしが出してあげるから、一緒にいらっしゃい」**(5頁)ということで奥さんも同行することに。

この旅行の時、北さんは久方ぶりに躁病で行く先々で騒動をまき起こし、顰蹙(ひんしゅくって難しい漢字なんだ、読めない書けない)を買う。奥さんとは旅行中じっと喧嘩をするし、せっかちだという母親を怒らせる。とても母親孝行の旅行とは言えない。でも、北さんの表現はユーモアに満ちているから読んで楽しい。

北さんのファンだからこれからも未読本が見つかれば読みたい。


 


「松風」

2022-05-22 | G 源氏物語

「松風 明石の君、いよいよ京へ」

 朧月夜との密会が見つかり、処分に先んじて京から須磨へ退去した光君。夢枕に現れた故桐壺院(父親)のお告げで明石へ。わびしい生活だったかと思いきや、その地で明石の入道一家の歓待を受ける。で、入道の娘と結ばれた光君。やがて光君はみごもっている明石の君を残して京に戻り、政界復帰。

さて「松風」

二条院の東の院が立派に造営され、光君は西の対に花散里(なつかしい名前)を迎える。東の対(*1)には明石の君を予定しているが、彼女は身分が低いということから、どう待遇されるのかわからず不安で上京をためらう。それで両親は大堰川(おおいがわ)のほとりに所有する邸を修理して娘と孫娘を住まわせることに。

光君の使者が明石に出向き、説得。明石の君は母尼君と姫君(自分の娘)とともに大堰に移り住む。明石には父親だけが残るということに・・・。

光君は嵯峨野に造営中の御堂を見にいくことを口実に明石の君を訪ねる。そこで初めて我が子の明石の姫君と対面する。今まで離れて暮らしていたことを悔やむ。この時姫君は3歳。

**御方は、光君が明石の夜をちょうど思い出している時を逃さず、あの琴を差し出した。なんとなくものさみしく思っていた光君はじっとしていられずに琴を受け取り、掻き鳴らす。**(540頁) あの琴とは明石の別れで形見にと光君が与えた琴のこと。

変わらぬ音色を聞き、契りしにかはらぬ琴の調べにて絶えぬ心のほどは知りきや(540頁)と光君が詠む。約束通り、ずっとあなたのことを思い続けてきたのです。

かはらじと契しことを頼みにて松の響きに音を添へしかな(540頁)と返す明石の君。

光君は姫君を養女として育てようと考える。帰京して、紫の君(奥さん)に相談。幼い子どもが好きな紫の君はすなおに喜ぶ。実子に恵まれなかったということもあるのかも。

上京した明石の君が育てるのが自然だと思うけれど、なぜ光君は姫君を養女にしようと考えたのだろう。常にそばにいて欲しいと思うほど可愛らしかったから?(*2)いや、ありきたりの恋愛小説ではないのだ。なにかそこには光君の政治的な深慮、先読みがあるのでは。考えすぎか・・・。


*1 西の対と東の対は寝殿の左右(東西)にシンメトリックに配置されている。
*2 岩崎宏美の「ロマンス」が浮かんだ。

1桐壺 2帚木 3空蝉 4夕顔 5若紫 6末摘花 7紅葉賀 8花宴 9葵 10賢木 
11花散里 12須磨 13明石 14澪標 15蓬生 16関屋 17絵合 18松風 19薄雲 20朝顔
21少女 22玉鬘 23初音 24胡蝶 25蛍 26常夏 27篝火 28野分 29行幸 30藤袴
31真木柱 32梅枝 33藤裏葉 34若菜上 35若菜下 36柏木 37横笛 38鈴虫 39夕霧 40御法
41幻 42匂宮 43紅梅 44竹河 45橋姫 46椎本 47総角 48早蕨 49宿木 50東屋
51浮舟 52蜻蛉 53手習 54夢浮橋


メディアの紹介記録

2022-05-21 | A 火の見櫓っておもしろい

テレビ・ラジオ番組出演の記録

① 2014年 3月20日 FMまつもと 夕暮れ城下町   
② 2014年 5月27日 長野朝日放送 abnステーション 
③ 2016年11月22日   FM長野 ラジモ                          
④ 2016年11月29日   同上                
⑤ 2019年  7月  8日   長野放送 みんなの信州             
⑥ 2019年11月  4日 FMまつもと 夕暮れ城下町        
⑦ 2019年11月  6日 FM長野 ラジモ        
⑧ 2021年  1月18日 信越放送 ずくだせテレビ 


新聞掲載の記録

① 2012年  9月18日 タウン情報(現MGプレス) 魅せられた2人の建築士が紹介  火の見やぐら
② 2014年  4月18日 信濃毎日新聞 われら「火の見ヤグラー」
③ 2019年  5月26日 中日新聞 奥深い魅力のとりこに 県内外の火の見やぐら巡り ブログで紹介
④ 2019年10月21日 MGプレス 「火の見ヤグラー」魅力まとめて本に
⑤ 2019年11月   旬 Syun! 魅せられた“火の見ヤグラー” の本刊行(月1回発行)
⑥ 2019年11月16日 市民タイムス 火の見櫓の魅力1冊に
⑦ 2020年  8月13日 市民タイムス スケッチ「火の見櫓のある風景」(市民の広場 私の作品)
⑧ 2020年  8月23日 中日新聞 合理性追求 構造美しく 
⑨ 2022年  4月21日 日本経済新聞 火の見櫓  孤高の姿撮る(文化面)


火の見櫓巡りのことや自費出版した『あ、火の見櫓!』のことを何回もメディアで紹介していただいた。それらの記録を残しておきたい。


「絵合」

2022-05-21 | G 源氏物語

「絵合 それぞれの対決」

 「絵合」には政治的な思惑が描かれている、と読んだ。光君は朱雀院が今は亡き六条御息所の娘・前斎宮に恋慕の情を抱いていることを知りながら、前斎宮を冷泉帝(実の父親は光君)の後宮に入れる。前斎宮への思いを断ち切れない朱雀院は香壺の箱などのすばらしい品々を贈る。

冷泉帝にはすでに弘徽殿女御がいて、前斎宮とはなかなかなじめないでいる。ところが彼女は絵が大変上手だったため、絵に興味を持っている帝はしだいに親しくなり、いっしょに絵を描くようになる。このことを知った弘徽殿女御の父親の権中納言(頭中将)は対抗心から名だたる絵師を集めてみごとな絵を幾枚も描かせる。光君も秘蔵の作品を取りそろえる。

絵を集めることを競い合うふたりはもともと気の置けない仲。でもライバル、それも今や政治上の。このことを「絵合」で表現しているのだと思う。

**(前略)それならば帝にいっそうたのしんで(*1)もらえるような催しをして献上しようと光君は思いつき、なおさら入念に集めはじめた。かくして、斎宮女御のところでも弘徽殿女御のところでもたくさんの絵が集められる。(中略)帝付きの女房たちも、絵をたしなむ者はみな、これはどう、あれはどうだと夢中になって評価し合っている。**(517頁)

とうとう藤壺の前で「絵合」を競うことになる。光君が支援する左方、権中納言が支援する右方ふたつのチームに分かれて、それぞれ自信作を出しあい、勝負を繰り返していく。結果は引き分け。で、第二回目が行われることに。優劣つかず、とうとう最後の一番になる。ここで左方は光君の須磨の巻を出す。皆そのすばらしさに感嘆。勝敗が決する。**弘徽殿女御の右方も用心して、最後の巻にはとっておきのすいばらしいものを選んでおいたのだが、光君のようにすぐれた描き手の、心の限り、思い澄まして心静かに描いたものとは比べものになるはずもない。(後略)**(523頁) まあ、誰もが知りたいと思う光君の須磨での生活、心境が描かれているのだから、最後の大勝負、光君の作戦勝ちとも言えるかもしれない。上記したようにこの「絵合」からは須磨から復帰した光君の政治的な基盤が揺ぎ無いものであることを示していることが読み取れる。

『源氏物語』はありきたりの恋愛小説ではない。


*1 筆者(私)の注。訳者の角田光代さんは、普通漢字表記すると思うような言葉をひらがな表記することがある。彼女の小説を読んでこのことに気が付いた。『源氏物語』にもこのことが当てはまるようだ。


1桐壺 2帚木 3空蝉 4夕顔 5若紫 6末摘花 7紅葉賀 8花宴 9葵 10賢木 
11花散里 12須磨 13明石 14澪標 15蓬生 16関屋 17絵合 18松風 19薄雲 20朝顔
21少女 22玉鬘 23初音 24胡蝶 25蛍 26常夏 27篝火 28野分 29行幸 30藤袴
31真木柱 32梅枝 33藤裏葉 34若菜上 35若菜下 36柏木 37横笛 38鈴虫 39夕霧 40御法
41幻 42匂宮 43紅梅 44竹河 45橋姫 46椎本 47総角 48早蕨 49宿木 50東屋
51浮舟 52蜻蛉 53手習 54夢浮橋