透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー



県歌「信濃の国」

2017-12-12 | A あれこれ



■ 数日前、新聞に折り込みチラシと共に来年(2018年)のカレンダーが入っていた。A2サイズよりひと回り小さいサイズでカレンダーの他に長野県地図(77全市町村の位置関係が分かりやすくて便利)や長野県内各地の民俗文化財(重要有形文化財7件、重要無形文化財10件)の写真、それから県歌「信濃の国」の歌詞が載っている。

「信濃の国」は全国で一番よく県民に知られている県歌だという。1899年(明治32年)に浅井 洌(きよし)によって作詞され、翌1900年に北村季春(すえはる)によって作曲された(いかにも知っていたかのように書いているがつくられた年までは知らなかった)。

以下にわか調べで得た情報。

100年以上も前につくられた「信濃の国」が県歌に制定されたのは1968年で、来年は制定50周年を迎える。2015年の8、9月にこの県歌の認知度を調査したところ、一番から六番まで全て歌える人が18.6%、一番だけなら歌える人が60.8%という結果だったそうだ。

私も小学校でこの県歌の難しい歌詞をを一番から六番まで覚えた。そして学校行事でよく歌った。

ネットで次のような情報を得た。**明治二十七・二十八年の日清戦争のあと、日本中が戦勝気分でいつまでも軍歌をうたい、学校においても唱歌の教材として軍歌をうたわせていたことを、音楽教育に熱心であった第五代長野師範校長で、信濃教育会長を兼務していた本県上田藩出身の正木直太郎が大変心配し、同三十一年新たに地理歴史をとり入れた唱歌教材を作るべく師範の浅井・内田両教諭に依頼した。その結果六曲が出来、そのうちの一つが「信濃の国」であった。**(県歌制定時の責任者・太田今朝秋氏の文章から引用)

作曲をした北村季春は明治学院で島崎藤村を同級だったそうだが、中途退学して東京音楽学校に入学したという。で、その時の校長は伊沢修二という人で高遠藩出身だったそうだ。このことも太田氏の文章の中にある。

太田氏は同文章に長野県は明治初期に時の政府が独自の判断で筑摩県(県庁所在地:松本)を長野県(同:長野)に併合させてできた県で、その後分県運動が起っていたので「信濃の国は一つ」という大原則に立って作詞し、歌詞の中に長野という字句を使わないように配慮したことも記している。

政府が勝手に筑摩県を長野県に併合することを決め、実行させてしまったが、分裂の争いはしないようにというメッセージを込めたということだ。

余談だが、県名を使って長野大学とはしないで信州大学という名称にしたのも同様の理由だとも聞く。

*****

「信濃の国」一番
信濃の国は十州に 境連ぬる国にして
聳ゆる山はいや高く 流るる川はいや遠し
松本伊那佐久善光寺 四つの平は肥沃の地
海こそなけれ物さわに 万ず足らわぬ事ぞなき

今、子どもたちはこの一番の歌詞で「境連ぬる」を「境連なる」と歌っているのでは。先生方には子どもたちに歌詞を正確に教えて欲しいと思う。

五番
旭将軍義仲も 仁科の五郎信盛も
春台太宰先生も 象山佐久間先生も
皆此国の人にして 文武の誉たぐいなく
山と聳えて世に仰ぎ 川と流れて名は尽ず


 

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「オリエント急行殺人事件」

2017-12-11 | A あれこれ

その日、一等車両は容疑者で満室でした。

■ 今月8日に公開が始まった「オリエント急行殺人事件」を観た。

しばらく前にDVDで観た旧作(1974制作 過去ログ)とどう違うのかが関心事だった。

出演していた俳優は旧作の方が個性が際立っていて、動きの少ない、静的な演技も魅力的だった。主人公のポアロだけは今回の作品の方がよかったかな。

旧作と一番違うのは雪崩で立ち往生した列車からポアロや乗客が外に出ること。対応上したところも全く違っていた。この作品はすべてがオリエント急行の中という閉鎖空間の中でストーリーが完結していることろがミソのはずなのに。

一番の驚きはラスト、乗客を前にポアロが謎解きをするシーン。先頭車両が脱線していて、復旧作業中は危険ということで、すぐ近くのトンネルの入り口に乗客たちは避難しているのだが、そこで、ポアロが2通りの推理をする。前作は当然この場面は車両内で行われた。

では、旧作とこのリメイク版とどちらが好みかと訊かれると・・・。

旧作は列車のインテリアは豪華だったが、全体的に地味だった。今回は映像はもちろん綺麗だったけれど、演出が派手過ぎたかな・・・。原作者のアガサ・クリスティーは原作に忠実な映画化を望んでいたとか。

映画の評価は旧作も今回作も暇ならどうぞ、かな。


 

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山座同定

2017-12-08 | A あれこれ





 山座同定の基本、それは山容から山名を割り出す方法だ。しかしこの方法は案外厄介。山容は見る位置によって変わるし、手前の山に隠れて見えなくなってしまうこともある。このような場合、山名を間違えてしまうことも起こり得る。

2枚の写真、上は長野道梓川SA(下り線)のレストランの箸袋に印刷されている北アルプスのイラスト、常念岳の北側(右側)に描かれた山に東天井岳と大天井岳という山名が付いている。下の写真は本を買ったときに書店員が挿んでくれたしおり、国宝松本城の後方に北アルプスの山並みが写っていて、常念岳の北側に横通岳、大天井岳という山名がある。

拡大図と拡大写真を下に載せる。




常念岳と大天井岳の間の山名が違う。箸袋としおりのどちらかが間違えているのか? 

上のイラストでは横通岳は常念岳の稜線に隠されているのかもしれない(松本から見てこのようなことが起こり得るのかな?)。下のしおりの拡大写真で東天井岳は横通岳と大天井岳の間にあるピークかもしれない。

イラストの東天井岳と写真の横通岳は山容がよく似ているけれど・・・。山に詳しい人に訊いてみよう。


 

 

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「少年老い易く学成り難し」 

2017-12-03 | A あれこれ

■ 『大王から天皇へ』日本の歴史03 熊谷公男/講談社 の第五章「律令国家への歩み」に出てくる壬申の乱に関する記述を読み返した。先日聴いた関裕二氏の講演「なぜ天武天皇は松本に副都を築こうとしたのか」に壬申の乱が出てきたので、その復習(とかなんとか )。

**大海人方の勝因は、なんといってもその的確で迅速な戦略にあったといってよい。大海人自身が吉野を発つにさきだって、美濃に使者を派遣して徴兵と不破道の閉鎖を命じたことをはじめてとして、大海人方が東国の兵力を一手に動員し、近江方の徴兵を不可能にしたことは、乱の帰趨(きすう)に決定的な意味をもった。**(332頁)

分厚いこの本を漫然と読んでいると「大海人方が東国の兵力を一手に動員し」という下りは読み逃してしまうが、このことについては講演会で配布された資料に**天武天皇が担ぎ上げられるきっかけは、壬申の乱(672)でしたが、この時勝てるなずのない天武(大海人皇子)を応援したのが東国でした。信濃からも兵が向かったようです。これまで、古代史に占める東国の影響力は小さいと信られてきましたが、ヤマト建国時の纏向(まきむく)遺跡に集まった土器は、東国の物が半数を超えていて、ここに、これまで語られることのなかった、古代史の真相が隠されています。(後略)**とある。

古代史はジグソーパズルで少ししかないピースを並べて、その完成図をイメージするようなもの。古代史に関する考え方、古代史観の違いによって、その図はかなり違ったものになる。僕たちは複数の図を併せ見ることで、その違いに気がつき、歴史に興味が湧くことになる。

古代史上最大の内乱であった壬申の乱に松本辺りからも出兵していたなんて。額田王と天智天皇、大海人皇の三人が三角関係にあったなどという俗っぽい話もあって、それが壬申の乱の遠因だなどという説もあるなんて・・・。

**「紫草(むらさき)の 匂へる妹を 憎くあらば 人妻ゆゑに われ恋ひめやも」(あでやかなあなたが憎かったならば、人妻だというのに恋をするでしょうか)** 大海人皇子 『大王から天皇へ』(322頁)

少年老い易く学成り難し 実感!


 

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天武天皇の松本副都計画

2017-12-01 | A あれこれ

 29日の夜、松本市の岡田公民館で行われた歴史作家・関裕二さんの講演を聴いた。演題は「なぜ天武天皇は松本に副都を築こうとしたのか 」、副題は信州から見つめ直すヤマト(日本)の正体。

歴史に疎く、関さんの話にはよく知らない人物も出てきたが、なかなか興味深い内容だった。

壬申の乱(672年)に勝利した大海人皇子(のちの天武天皇)は律令制度を整えていくが、その一環として松本に副都が計画されたということは辛うじて知識としてはあった。だが、なぜ松本だったのか、その理由までは知らなかった。

以下、メモによる。

天武天皇が松本に注目した理由は3つ。

その1 地政学的な見地から松本は好立地だった最重要ルートである東山道が通り、また犀川・信濃川を下れば日本海に、天龍川を下れば太平洋に出るという陸のルート、水のルートの要所だった。なるほど!

その2 軍事的に馬を確保する必要があったが長野は古代の牧(馬の産地)が32ヶ所ともっとも多かった。

その3 長野は都から寅の方向だった。そうか!

*****

この講演の主題である古代史上最大の内乱と言われる壬申の乱、及びその前後の歴史については、中学の教科書的知識が辛うじてある程度という情けない状況。

この国の歴史については、素養として知っておく必要があったなぁ・・・。



この本を買い求めてじっくり読むか・・・。


 

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この切手は?

2017-11-29 | A あれこれ



 数日前、ある工務店からオープンハウスの案内が封書で届いた。貼ってあったのがこの切手。初めて目にする切手だから、調べてみようとネット検索してみたが、画像が出てこなかった。

花札の図をモダンにリ・デザインしたようなこの切手は何だろう・・・。


 

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ドーダの建築 ホキ美術館 

2017-11-25 | A あれこれ




ホキ美術館 2012年3月以来5年半ぶりの再訪 以下その時(20120401)に書いた記事の再掲(一部加筆)

■ ドーダの建築。30メートルのキャンチレバーだぞ、ドーダすごいだろ。しかも筒状に閉じていないんだぞ、ドーダすごいだろ。日建はこんなことだってできちゃうんだぞ、ドーダすごいだろ。

2枚の鋼板と中骨からなるサンドイッチ構造の「プレート」で「日」を横にしたような断面を構成している。ただし、南側はプレートが上部のみで、下はガラスになっている(写真)。ということで、外観上筒状に閉じていない構造だが、北側の壁と間仕切壁、床と屋根の各プレートで筒状に閉じたキールを構成して構造的に成立させている。

構造的に高度な解析をしたんだろうな、と思う。でもデザイン的な必然性を感じない。なぜ、30メートルものキャンチレバー構造にしなくてはならなかったのか、分からない・・・。開放した1階部分は裏スペース、有効に使っているわけでもない。そこでドーダの建築、高度な構造解析力を自慢する(だけの)建築ではないかと思った次第。もちろん、すごいことは認めた上で。


追記(20171125)

 先日、信越放送(SBC)の朝のラジオ番組で江口泰広さん(学習院女子大学国際文化交流学部名誉教授)の話を聞いた。マーケティング論が専門の江口さん、話のキーワードは「知覚品質」で、商品の品質は消費者が決めるというものだった。

生産者がどんなに品質がよいと思っていても、それを消費者に認めてもらえなければだめ。そこで必要になるのが品質情報の可視化、情報発信。パイロットの制服も医者の白衣もその高度な職能であることを示すもので、職能情報の可視化。そう、彼らが短パンにTシャツではダメなのだ。

22日はこのような捉え方でこの建築を見た。日建設計の技術力の高さが30メートルものキャンチレバーに可視化されている。そう、建築設計者もデザイン力、技術力の高さをアピールする必要があるのだ。

同時に林昌二さんが健在だったらこの建築をどう評価しただろう、とも思った。


 

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国立歴史民俗博物館

2017-11-25 | A あれこれ

 国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)は芦原義信氏の設計。佐倉城址公園に建設され、1983年に開館した。


エントランスへのアプローチ


館内案内図 大きな中庭を囲むように展示室が配置されている。


エントランスホールから中庭に続く大階段



ホールに展示されている根来寺多宝塔(国宝 室町時代 和歌山県岩出市)の模型(S=1:10)


なるほど! こんなふうになっているのか




道標を兼ねた庚申塔 複製 原品:千葉県八千代市 1749年(寛延2年)


気仙沼 尾形家 旧網元の民家(1810年) 東日本大震災で倒壊し、津波で流された。修復保存の活動が進められている(現況は調べていない)。


土間と囲炉裏 和風モダンな雰囲気になっている空間


近江西物部集落(滋賀県長浜市高月町)のジオラマ 火の見櫓が立っていれば最高だったけれど・・・。

第4展示室 民俗 興味深い展示内容であった。個人的な利用目的に限り写真撮影が認められている(フラッシュや3脚の使用不可)、何枚か撮ったが掲載は省略する。


 

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22、23日に行ったところ

2017-11-24 | A あれこれ

22日








23日
品川神社






 

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「オリエント急行殺人事件」

2017-11-21 | A あれこれ

 アガサ・クリスティ原作の映画「オリエント急行殺人事件」のリメイク版が12月8日に公開される。この映画を観る前に、1974年に制作された同作品を観ておこうと、DVDを借りた。で、昨晩(20日)観た。

舞台の大半が雪崩で線路が埋まっていて立ち往生したオリエント急行の車内、豪華な出演者の演技そのものだけを楽しむという舞台劇のような映画だった。このような動きのない、静的な表現は現在制作される映画では皆無、ではないかと思う。

オリエント急行の一等寝台車に乗り込むために次々登場する個性的な乗客たち。イスタンブールの駅を出発して快走するオリエント急行、流れるワルツ。

ミステリーだから敢えてストーリーは書かない(よく知られたストーリーではあるが)。エンディングではカーテンコールに応えるかのように登場人物たちが次々登場して、事件の首謀者と乾杯していく。

やはり場面展開の激しい映画に慣れてしまっているから、なんとなく物足りなく感じてしまった。映画の観賞眼をもった、映画好きには魅力的な作品だろう。

ひとつ気になったのはポアロの早口で怒鳴りたてるような話し方、特に最後の謎解きの場面ではもっと静かに説いて欲しかった・・・。原作は昔読んでいるが、ポアロの語り口について記述があったかどうか、記憶にない。再読するか、いやもうその気力はないなぁ。


 

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泰平の

2017-11-16 | A あれこれ

泰平の眠りを誘う缶ビールたつた四杯でブログも書けず

また明日


 

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82円切手

2017-11-13 | A あれこれ



 今では書類もメールでやり取りすることが多くなったが、有印文書などは郵送することになる。

数日前に受け取った封書に貼ってあった82円切手は柿をデザインしたものだった。同額の切手でも種類が多くて、初めて見るものも少なくない。この切手も初めて見た。

ネットで調べてみると、伝統色シリーズ第1集として今年(2017年)の9月20日に発売された切手だった。これは「柿色」の切手だが、他にも紅葉(もみじ)色、月白(げっぱく)、黄金色、栗色、萩色、玉子色、胡桃色、枯草色、鶸(ひわ)色の切手がある。

鶸色ってどんな色だろう? 他の色は分かるが鶸色が分からない。

ネット検索して、鶸色は鶸の羽の色にちなんだ色名で、黄みの強い明るい萌黄色のことという説明が見つかった。ネット上には色そのものも載っている。鶸萌黄、萌黄色、鶸茶・・・。よく似た色の名前だが、昔の人は色の微妙な違いも捉えて別の名前を付けていた。自然に密着した暮らしをしていただけあって、現代人より感性が豊かだったのだろう。

化学的な人工色に囲まれた生活だと感性が鈍るなぁ。


 

 

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映画「ドリーム」を観た

2017-11-11 | A あれこれ

■ 1961,2年 時のアメリカ大統領はケネディ。宇宙開発競争においてアメリカはソ連に大きく引き離されていた。その頃NASAで活躍していた黒人リケジョ3人の実話に基づく物語。



リケジョ1人目 数学の天才少女だったキャサリンは今では夫に先立たれて娘3人を育てるシングルマザー。彼女は卓越した計算能力を買われてNASAの宇宙特別研究本部に配属されるも、白人男性だけのフロアは針のむしろ状態。白人と黒人はトイレが別で彼女は書類を抱え、走って800mも離れたトイレへ。その様子がコミカルに描かれている。彼女は宇宙船を楕円軌道から放物線軌道にどのポイントで変えるか、宇宙船の着水ポイントを正確に求めるといった高度なレベルの課題に優れた計算能力を発揮し、次第に一目置かれる存在になっていく。当時はスーパーコンピューターがまだ稼働しておらず、宇宙船の軌道計算などは手計算で行われていた。

映画を観ていて救われたのは総括責任者のハリソン(ケビン・コスナー)には差別意識や偏見がなかったこと。時々席を外すキャサリンを問い詰めたハリソンに対してキャサリンが具体的に事情を訴えるシーンには胸が詰まった。事情を知ったハリソンが有色人女性用トイレの室名札をハンマーで叩き壊して一言、「NASAじゃ、みんな小便の色は同じなんだ!」。ただ、ここで壊すべきは白人女性用トイレの室名札ではなかったのかな。

リケジョ2人目 計算部門のリーダーとして働くドローシーは不当な扱いを受けながらも女性管理職を目指して頑張っている。ドローシーはスパコンが導入されれば、自分たちの仕事がなくなることを察知、それに備えてプログラミングをいち早く学び、その習得の必要性を同じ計算部門の黒人女性たちに説く。そして彼女たちは導入されたIBMのコンピューター室で働くことになる。

リケジョ3人目 メアリーはエンジニアとしての資格取得のためにに必須のプログラムを白人専用学校で学べるように裁判所へ請願して許可を得る。この時メアリーが判事に向かって訴えた、その弁舌が冴えていた。それに私は感動の涙。

3人の黒人リケジョたちは理不尽な対応にもめげず、きっちり仕事をすることで実力を示し、立ちはだかる障壁を越えていく。その姿には本当に感動した。久しぶりに好い映画を観た。 そうか、意志のあるところに道はある、か・・・。


 

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道路またぎ櫓3基と白河地方の狛犬めぐり

2017-11-04 | A あれこれ

■ 一昨日と昨日(11月2、3日)の2日間で福島県の古殿町、茨城県筑西市、栃木県栃木市にある道路またぎ櫓を見てきた。また福島県の南部・白河地方の神社を巡り、各神社の狛犬も見てきた。

その概要は以下の通り

2日(木)
①川田神社(西白河郡中島村川原田)
②鹿島神社(白河市東下野出島坂口)
③石都々古和気神社(石川郡石川町下泉)
④道路またぎ櫓(石川郡古殿町竹貫)
⑤古殿八幡神社(石川郡古殿町松川作根)
⑥鮫川村八幡神社(東白川郡鮫川村赤坂中野)
⑦八槻都都古別神社(東白川郡棚倉町八槻)
⑧鐘鋳神社(東白川郡棚倉町一色)

3日(金)
⑨茨城県筑西市丙の道路またぎ櫓
⑩栃木県栃木市藤岡町藤岡の道路またぎ櫓

以上予定していた火の見櫓と神社の狛犬に加え、途中で会った火の見櫓と狛犬も見てきた。

次稿から時系列に沿って掲載する。


走行距離:911.6km

 

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読図

2017-10-29 | A あれこれ



 山梨県全域をカバーした地図(昭文社の分県地図シリーズ19「山梨県」)を購入した。

先日、山梨県の甲州市まで車で出かけて、JR中央本線の甲斐大和駅近くに立っている「道路またぎ櫓」を見てきた(過去ログ)。当日は中央自動車道を勝沼ICで下り、国道20号を4、5キロ走って現地に着いたが、改めてその位置を地図で確認して、抱いていたイメージとはだいぶ違っていることに気がついた。

道路またぎ櫓は山梨県のかなり東側に位置していると思っていた。このことは、JR甲府駅に最も近い甲府昭和IC辺りが山梨県のほぼ中心というか、中央(南北方向ではなく、東西方向の中央)だという認識が違っていたことに因る。山梨県の東西方向の中央は、中央自動車道で言うと一宮御坂IC辺りで、その次のICが勝沼だから、かなりずれていたことになる。

当日はカーナビを頼りに出かけたが、それだと山梨県全域に対してどの辺りにいるのか分からない。帰りは一般道を走行し、出会った火の見櫓の場所をカーナビ頼りに控えたが、その場所もやはり山梨県のどの辺りなのか、ごく大雑把にしか分かっていなかった。

やはり予め地図を見て全体像を把握してから出かけ、帰ってきてから地図で確認しなければならない、ということだ。学生時代、民家を見て歩いたことがあったが、その頃は実行していた(過去ログ)。ああ、ずいぶんずぼらになってしまったなぁ。

GPSのデータを取り込んで画面に表示させて云々、アナログな私には無理。それに本も地図も「紙」が好き。


 

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