透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー



「歌謡曲の時代」

2009-01-29 | A 火の見櫓っておもしろい 


■ 先日『酒は涙か溜息か 古賀政男の人生とメロディ』佐高 信/角川文庫を読んだ。そのつながりで『歌謡曲の時代 歌もよう人もよう』阿久 悠/新潮文庫を読み始める。

まず、このカバーデザインがなかなかいい。どこがいいのか説明することが出来ないがとにかくいい。

阿久さんは五千以上の歌謡曲の詞を書いたそうだ。「舟唄」で**お酒はぬるめの燗がいい 肴はあぶったイカでいい**と書いたかと思えば、**ペッパー警部 邪魔をしないで ペッパー警部 私たちこれからいいところ**とピンクレディに書いた。実に幅の広い作詞家だった。

その阿久さんが綴ったエッセー集。簡潔な文章、上手いなと思う。隙間時間読書に最適な一冊。
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10の白いボックス

2009-01-29 | A あれこれ



 昨晩 NHKの「爆問学問」で取り上げられた集合住宅は雑誌「新建築」の表紙にもなった作品です。

いつもだと爆笑問題のふたり(主に太田光さん)は大学の研究室で教授や准教授と激しく議論するのですが、昨日は斬新なデザインの建築に圧倒されてしまったのか、設計者の西沢立衛さんが語る建築論を静かに聞いていました。

この集合住宅はオーナーの専用住宅と友人の住宅、賃貸住宅を10の小さなワンルームの白いボックスに分けて四角い敷地に分散配置したものです(「新建築」による)。浴室だけのボックスが中央にポンと置かれていますが、どのように使うのでしょうね。

番組で俯瞰ショットとか模型でも示してもらえたら全体像が把握できたと思うのですが、それが無かったのはちょっと残念でした。

ここ数年、このように建築を構成する部屋を分散配置する計画をよく見るようになりました。今やプロトタイプとなったと言えるかもしれません。

分散配置されたボックスには大きな開口が設けられて内部空間と外部空間、別のボックスとの間にいろんな関係が生まれて(上の写真)、それがここで暮らす人たちの間にもゆるやかな繋がりを生み、新しい環境が創出される、というのが設計者、西沢さんの意図のようでした。

安藤忠雄さんの「住吉の長屋」で雨の日には傘をささないと隣りの部屋(トイレだったかな)に行けない、というプランが「え~、そんなプランありかな~?」と、かつて話題になりましたが、この西沢さんのプランと比べると、今や普通のプランですね。

十和田市現代美術館もこの集合住宅と同様、展示室を分散配置しています。昨晩も番組の中で紹介されました。どんな空間なのか、実際に体験したいと思います。

角館の武家屋敷としだれ桜、斜陽館、青森県美術館(正しい名称かどうか)、そしてこの美術館。やはり、東北に出かけなくては・・・。 

 

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きまぐれ八兵衛

2009-01-27 | A 火の見櫓っておもしろい 



 ラーメン屋「きまぐれ八兵衛」。豊科IC近くの人気店。平日の昼間、駐車場はほぼ満車。店内も満席。しばらく待ってカウンターへ。

メニューが豊富で、迷ってしまう。とんこつ醤油ラーメンを注文。
真っ向、直球勝負な味(っていったいどんな味?)。また食べに出かけたい。


 今夜は11時からNHK「建築の力 世界が注目する建築家 西沢立衛」を見よう。

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週末に読んだ2冊の本

2009-01-25 | A 火の見櫓っておもしろい 

 ひさしぶりに読書に集中した週末だった。

 

 昨年
中島岳志さん『中村屋のボース インド独立運動と近代日本のアジア主義』を「インドの独立運動に一生を捧げた一人の男の波乱万丈の人生が綴られた」冒険小説として読んだが、なかなか面白かった。中村屋が舞台というのも興味深かった。 


中島さんの専攻は東アジアの近代政治思想史だとか。全く分からない分野だが、本は読みたいように読めばいい。優れた作品は多様な読み方が出来る、そう思って冒険小説として読んだまで。 

中島さんは「週刊ブックレビュー」にゲスト出演した際も、司会者の質問に理路整然と、そして的確に答えていた。頭脳明晰な人、という印象をいだいた。

この明晰な頭脳の持ち主が書く文章をまた機会があれば読んでみたいと思っていたが、正月に書店で文庫化された『インドの時代 豊かさと苦悩の幕開け』新潮文庫 を見つけて購入していた。いままでしばらく「積読(つんどく)」状態だったが、昨日集中して読んだ。

中島さんはあとがきに**先入観や一時的なブームに流されず、インド社会をじっくり多角的に捉える眼こそが、現在の日本人に求められている。**と書いている。これは、まあ、ありきたりの指摘で、どのような対象に対してもこのように意識していなければならないと思う。

インドも日本と同じように経済成長を続け、大量消費社会となっている。物あふれる国に在って、国民が満たされない心の問題を抱えているのも同じか・・・。インドの実情をほんの少し知ることが出来た、と思う。



■ 書店で角川文庫の棚を探すことはあまり無い。背表紙のメリハリの無い色が集まって、もやっとした雰囲気をつくっていることに、その理由があるような気がする。いい本がたくさんあるだろうに。

講談社現代新書の並ぶ書棚は色がバラバラでまとまりに欠け、どうも読みたい本を探そうという気にならない。前の薄い黄色の背表紙のときにはよく読んだが。こんな理由を挙げる人がいるのかどうか分からないが、やはり装丁は大切だと思う。

たまたま、角川文庫ではなかったかな、と、ある本を探していてこの『酒は涙か溜息か 古賀政男の人生とメロディ』角川文庫 を見つけた。

へ~、佐高 信さんてこんな本も書くんだ、と購入。一気に読了。

懐かしのメロディといった歌番組があれば登場してきそうな流行歌の創作にまつわる様々なエピソードを織り交ぜて綴った昭和歌謡史。

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疑惑

2009-01-25 | A あれこれ


■ テレビ朝日系列の長野朝日放送で、松本清張生誕100年 サスペンス特別企画「疑惑」を見た。

沢口靖子演じる美人女将 鬼塚球磨子が保険金8億円目当てに夫を殺した・・・。ふたりは車もろとも海に沈んだが球磨子だけが助かった。夫は泳げない。泳ぎが得意な彼女はあらかじめ用意してあったスパナでフロントガラスを割って車から脱出したのだった。

彼女の過去をあばき、希代の悪女と決め付けて記事を書きつづける地方新聞の記者に室井滋、国選弁護人に田村正和。一審で死刑判決。が、次第に明らかになる事件の真相、球磨子の心の深層・・・。

引き上げられた車の床にあった夫の靴とスパナは何を意味しているのか・・・。

「砂の器」も映画化、ドラマ化されたが原作とは設定が違うところがあった。小説より映画の方が、よくまとまっていたと思う。確か松本清張もそのように映画を評したのではなかったか。

この「疑惑」も原作とは設定が違うところがあった。室井滋が演じた新聞記者は原作では秋谷茂一という男性記者だ。

田村正和が自身の家族の事情で涙するという印象的なラストシーンでドラマは終ったが、原作のラストは**正常な神経を失った秋谷茂一がそこに立っていて、太い鉄パイプを片手に握っていることをこの国選弁護人はもちろん知らなかった。(後略)**となっている。

ドラマに置き換えると田村正和が室井滋に殺されることを暗示して原作は終っている。いかにも松本清張らしいラストだ。
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小浜

2009-01-24 | A あれこれ



 オバマ氏の大統領就任式を200万の米国民が直接見届けたそうだ。その様子が新聞に載っている。会場を埋め尽くしている人の波は実写とは思えない。200万といえば長野県の人口とほぼ同じだ。

混迷するアメリカ社会の再生を氏に託した、ということだろうが、どうなることだろうか・・・。 柄にも無いことを書いてしまった。

さて、本題。「民家 昔の記録」今回はオバマ氏に因んで、若狭湾に面する福井県小浜の民家。

寄棟屋根の上にちょこんと小さな切妻屋根をのせたような入母屋。直線的で端整な形が美しい。棟には5つの針目覆。

隣りの白壁の蔵、背景の里山と共に醸し出す「日本のふるさと」の風情。ここを訪れたのは1981年12月。しばし追憶・・・。




明け方、この本をざっと読んだ。1961年(昭和36年)発行の民家の本。神田の南洋堂で79年10月に購入。屋根の類型の地理的な分布に関する論考。屋根を型、葺材、棟のつくりなどの観点からいくつかのタイプに分類している。「民家の屋根のタイポロジー」。掲載されている多くの写真を見ているだけでも楽しい。

観察対象を外見上の屋根型だけに絞っているのは、私と共通している。

『日本の民屋 ―屋根型の地理―』丹生谷 章/地球社

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止め石

2009-01-23 | A あれこれ



「この前、しめ縄も野だて傘も建築なんだってU1さんから伺いましたから、建築って随分幅が広いということは分かりました。で、この止め石も建築だと・・・」
「コーヒー飲みながらそんな話をしたね。定義次第でしめ縄も野だて傘も建築なんだってこと。そしてこの露地に置かれた石も建築」
「そうですか。でもどうして?」

「建築って、この前も話したけれど、空間を切り取る装置というふうに定義することが出来ると思う。で、その切り取るってことを考えてみると、周りとは異なる「場」をつくることというふうに捉えることも出来ると思うんだよね」
「それは、分かります」

「で、この止め石の意味は?」
「私、この前も話したと思いますけど、茶室に興味がありますから、この止め石のことは知っています。止め石の先には立ち入らないで下さい、という意味ですよね」
「そうだね。侵入禁止。ということはそこで人の動きというのか、移動を制限しているわけでしょ。制御と言い換えてもいいんだけど。玄関のドアにカギをかけるのは防犯のため、つまり人の立ち入りを物理的に阻止するため。石は人を物理的に拘束することは出来ないけれど、移動を制限するという意味では同じ役目を果たしている」
「だから、この止め石も建築だと・・・。なんだか飛躍しすぎというのか、ピンときませんけれど・・・」

「そうだとは思うけどね。立ち入りを制限する領域を規定する装置、それってやはり建築なんだよ。Mさん、ファンス・ワース邸って知ってるでしょ」
「ええ、外壁がガラスの住宅」
「広大な敷地だから、外壁が透明ガラスでも覗かれる心配がない。広大な敷地が壁の役目を果たしている、とみなすことができるわけだよね」
「あ、そうですね。でもクライアントは女医さんでしたっけ、訴訟したとか」

「確か、そうだったね。話は変わるけど、ふすまは音が筒抜けなんだけど、隣りの部屋から聞えてくる声は聞えないことにする、という暗黙の約束が昔はあったわけでしょ。つまりふすまの遮音性能不足を約束によって補っているというわけ。ガラスの壁って遮蔽性能ゼロだけど広大な敷地がそれを補っている・・・」
「そうなんですね」
「壁の役目を他のものが果たすこともあるってことなんだ。止め石も壁の代わりに人の移動を阻止している。だから建築・・・、これホント」
「いろんな解釈というのか、見方ができるということなんですね。漫画に出てきたりしますけど、雨漏りする部屋で傘をさすのは屋根の性能不足をカバーしている・・・」
「そう。その通り!」

「ここの和菓子って全国的に有名ですね」
「そうだね、抹茶って随分久しぶりだけど、たまにはいいもんだね」

某日、開運堂の松風庵にて

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相違

2009-01-22 | A あれこれ





民家 昔の記録 

今回はかぶと造りの民家です。

 東京都檜原村数馬  1978年11月撮影
 富士山麓 撮影地不明1981年5月
 山形県東田川郡朝日村(当時)1980年8月

民家は気候・風土を反映して地方によってかたちが異なるといいます。同じかぶと造りでも、地方によって形が違うことが分かります。


 

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連想

2009-01-21 | A あれこれ

      信濃毎日新聞 1月21日付朝刊社会面

 今日の朝刊に合格願い「GO!角田」という見出しの記事が載っていました(写真)。「ゴウカクダ」と読むのでしょうね。福島県の阿武隈急行が販売する角田駅行きの合格祈願切符が受験生らに人気だと記事は伝えています。

このカクダからカメダという言葉を連想しました。カメダは松本清張の推理小説『砂の器』に出てきます。

**すみ子が、通りがかりに、ちらりと耳にしたのが年下の男の、「カメダは今も相変わらずでしょうね」という言葉だった。** 

トリスバーでこの会話を交わしていたふたりの客のうちのひとりが他殺体で発見されます。カメダはふたりの共通の友人の名前?それとも地名?

このカメダという言葉が殺人事件の謎となり、また事件の謎を解くカギにもなったのでした。

捜査班が殺された年輩の客は東北弁を話していた、という証言を得て東北にこの地名を探すと秋田に亀田という町がみつかります。現在は合併によって無くなっていますが、羽越本線に羽後亀田という駅があります。被害者は秋田出身か・・・。

捜査が進んで島根県に亀嵩という地名があることが分かり、ふたりはこのカメダケのことを話していたことがやがて判明します(亀嵩という駅が木次線にあります)。

実によく出来た推理小説でした。この小説を中学生のときに読んで以来、松本清張ファンです。今年は松本清張生誕100年、ということで書店には清張作品が平積みされています。

久しぶりにこの小説を再読したいのですが、多忙でその時間がとれるかどうか。


『砂の器』松本清張/新潮文庫
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「ルーヴル美術館展」を観に行こう

2009-01-20 | A あれこれ


 フェルメールの絵が好きだという知人にこのパンフレットをもらった。上野の国立西洋美術館で開催される「ルーヴル美術館展 17世紀ヨーロッパ絵画」のパンフレット。

ルーヴル美術館には2枚のフェルメール、「天文学者」と「レースを編む女」がある。この展覧会の目玉として「レースを編む女」がやってくる。

フェルメールの作品は窓から室内に入る自然光が左側から人物にあたっているものが大半だが、この絵はレース編みに集中している女性に右側から光があたっている。A4サイズほどもない小さな絵だ。

昨秋、東京都美術館で開催されたフェルメール展を観たが、今回も是非観たいと思う。

2月28日から6月14日までの開催。
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「利休にたずねよ」を読もう

2009-01-18 | A 火の見櫓っておもしろい 


 第140回直木賞に天童荒太氏の『悼む人』と山本兼一氏の『利休にたずねよ』の2作が決まりました。『利休にたずねよ』は読んでみたい作品です。

歴史に疎いので歴史小説を読むことはあまりありません。例外的に吉村昭氏の作品はかなり読みましたが、教科書に載るような人物が主人公でない作品が多い、というのがその理由です。

でも、日本の伝統美について少し勉強してみようと思うと、どうしても歴史に入り込まざるをえないのですが、歴史の教科書のような本より小説の方が面白いと思います。

この小説がどんな内容なのか、利休の美意識をどのように捉えているのかなどは分かりませんが、とにかく近々読んでみようと思います。


小説の方が面白い・・・
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「新建築」林昌二さんの月評

2009-01-18 | A 火の見櫓っておもしろい 

 建築ファンとして「新建築」は目を通さないわけにはいかない雑誌です。巻末には前号に掲載された建築作品についての4人の建築家による評論、月評が収録されています。

今月号から林昌二さんがトップバターに座りました(原広司さんのピンチヒッターではないと思います)。林さんが最初に取り上げているのは前号の表紙を飾った妹島和世さんの集合住宅です。

賃家では部屋が四角いことが大原則、と林さんは指摘し、この集合住宅の出現は「革命的な事件」と述べています。**妹島ブランドだからこその仕事ではあるに違いないのですが、それにしても・・・。**と、最後は私がよく使う「・・・」で結んでいます。林さんのこの作品の評価が伝わってきます。

次に林さんが取り上げたのは構造家川口衛さんの「オリンピック建築の夢と危うさ」と題する特別記事。

川口さんは前号で北京オリンピックの「鳥の巣」を取り上げ、構造的に不合理なシステムだと指摘しています。

建築的に外周も内周も閉じた境界を形成しているから、立体性を発揮できるような軸力系の構造で屋根を形成することが自然な手法なのに、曲げを主体とした構造効率の悪いシステムを選択している。その結果、膨大な資材とエネルギーを浪費する建築になった、と指摘しているのです。鳥の巣に使われた鉄骨量42,000トン、確かに膨大な量です。

林さんは鳥の巣について**何らかの理由で鉄材を保存したかったのかもしれない気もしてきます。**とし、続けて、**もう相当昔の話になるのですが、明らかに余計な量の煉瓦を積み上げた塀を見て、理由を質したところ、次の工事に使うための材料を塀という形で備蓄してあると教えられた覚えがあったのです。**と書いています。

こう書かれると、しばらく「?」となりますが、そのあと「!」となるから不思議です。本気なのか、おふざけなのかよく分かりませんが、いかにも林さんらしい見解です。

「新建築」0901号のどの作品をどのように評するのか、次号の林さんの月評が楽しみです。


 

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富士にはかぶと造りがよく似合う

2009-01-17 | A あれこれ




■ 民家 昔の記録。

今回は富士山麓に点在する(していた)かぶと造り。1981年5月撮影。タイトルは太宰をまねた。

本栖湖から甲府に抜ける街道沿いで見かけた。切妻屋根に庇を二段つけたようなかぶと造り、上の三角の破風には格子が嵌め込まれている(上の写真)。残念ながら棟はトタンで包まれている。下の写真の民家の棟には置き千木が残っている。

小屋裏で養蚕をするために工夫された形。忍野村のかぶと造りは特に有名。かぶと造りの形態は崇高な富士山に近づこうとする心の表れだとする指摘(『民家巡礼』相模書房の著者のひとり、小林昌人氏の指摘)もあるが、屋根形状からくる必然ではないか、と私は思う。
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「日本の庭園」を読む 

2009-01-16 | A 火の見櫓っておもしろい 
 中公新書の創刊は岩波新書に次いで古く、1962年のことだそうです。カバーデザインはここ数年の間に創刊された新書(具体的には書きませんが)と比べると地味ですが、私は好きです。内容も濃くて、良書が多いように思います。先日購入したこの『日本の庭園 造景の技とこころ』もそのような良書の1冊です。



この新書を手にするきっかけとなったのが正月4日の午前中に放送されたNHKのテレビ番組でした。

日本各地の名庭を紹介する番組で、小石川後楽園、金沢の兼六園、京都の無鄰庵、龍安寺の石庭、鹿児島の磯庭園、琉球庭園・識名園などが取り上げられました。

平等院の庭園は極楽浄土を示し、大徳寺大仙院の庭は修行の場としての深い山々に見立てたもの、首里城の庭(識名園)は国際外交のかけ引きの場としての庭、というように美しい自然の風景を写した庭園にも様々な意味があるのだ、というような解説をしていました。

『日本の庭園 造景の技とこころ』はこの番組の「参考書」のような本です。第一章で日本庭園の歴史を飛鳥・奈良時代から昭和・現代まで概観し、第二章で作庭の技術、石組法や灯籠や垣根について詳細に解説しています。そして第三章では「日本の名園三十六景」の紹介、という構成です。

自然を縮めた日本庭園は幾何学的な造型の建築の対極にあります。今年は「繰り返さないという美学」を取り上げる、ということで、このような本を少し読んでみようと思います。

『日本の庭園 造景の技とこころ』進士五十八/中公新書
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「箱男」を読み終えた

2009-01-13 | A 本が好き



 安部公房の『箱男』新潮社文庫。

単行本で読み、文庫本で読み、そして今回また文庫で読み終えた。安部公房の前衛的な実験小説といったらいいのか、なかなか解釈が難しい。

『砂の女』は要するに人間が存在することとはどういうことなのか、という問いかけだったように思う。最後のページに「不在者仁木順平を失踪者とする」という家庭裁判所の審判書が載っているのが印象的だった。

『箱男』のテーマもこれとそう差異はないのではないか、と思う。箱をかぶることで自己を消し去るという、実験的行為。他者との違いは何に因るのか・・・。他者と入れ替わるということは可能なのか。自己の存在を規定(アイデンティファイ)するものは何か・・・。

表向きはエロティックな小説ではあるが、読者に問うているテーマは難しい・・・。

さて次は『方舟さくら丸』新潮文庫 再読。

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