透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

「暗夜行路」志賀直哉

2020-08-31 | H ぼくはこんな本を読んできた

320
『暗夜行路』志賀直哉(新潮文庫1994年12刷)

 いきなり余談から。『暗夜行路』の巻末に阿川弘之氏の「志賀直哉の生活と芸術」と題する解説文が載っている。阿川氏の娘・佐和子さんは小学校に入学する時、志賀直哉からランドセルをプレゼントされている。ぼくはこのことを佐和子さんのエッセイで読んだような気がする。黒いランドセルではなかったか。

『暗夜行路』は志賀直哉の代表作で、500頁超の長編。主人公の謙作は母と祖父との間に生まれた子どもであり、妻は謙作が留守中にいとこと過ちを犯す。このようにこの小説は暗くて過酷な状況設定だ。ほぼ同時期に書かれた藤村の『夜明け前』も暗い(夜明け前なんだから当然か、って冗談ではなく)。そういえば永井荷風の『夢の女』も主人公に過酷な人生を課していたなぁ・・・。


 


ブックレビュー 2020.08

2020-08-30 | A ブックレビュー

480

 8月が終わる。今年も残り4カ月。

「少年老い易く学成り難し」このことばをおふくろから時々聞かされていた。確かにそうだな。この歳になってこの警句を実感する。

さて、8月の読了本は8冊。読書は量より質だと思う。とはいえ(*1)、やはり少なくとも毎月4冊くらいは読みたい。

『作家的覚書』高村 薫(岩波新書2017年第1刷発行)
「図書」に連載されている時評を中心にまとめた1冊。



『空海』を読んだとき、「とまれ」ということばがよく使われていることに気がついていた。『作家的覚書』を、このことに注意して読んだ。やはり「とまれ」または同義の「ともあれ」、「とはいえ」(*1)ということばがよく使われている。これは話の展開の仕方の共通性を示している。誰でも同じパターンで展開することが多い。クセと言ってもいい。

また、収録されている時評は以下に挙げるように断定的に結んでいないものが多い。

**私をして日本人を生き直すよう急かしているのだろうか。**「日本人であること」
**はて、なかなか尽きるものではない欲望と物理的老いの間で、ひっそり背筋を伸ばしていられる歳の取り方はないものだろうか。**「歳の取り方」
**アメリカのように価値観の分断が生まれているのだろうか。**「二分される社会」
**正しく理解することが出来ているだろうか。**「宗教と市民社会」

**まだどこかで明るい未来の幻想を捨てられないでいるのかもしれない。**「想像もしていなかったこと」
**むしろ自然な成り行きに身を任せただけなのかもしれない。**「足下の幸せ、どこまで」
**柔軟に生きてきた祖先たちに倣うときなのかもしれない。**「大雨に思う」

読者に問いかけ、判断を促すということであればこのような結びになると思う。だが書き手の考え方、捉え方を明確に示してもらった方が私はスッキリするし、そう期待して読んだ。上掲の例なら、正しく理解することが出来ていない。先祖たちに倣うときだ。というように。時評というのはそのようなものだと私は思う。

『日本語スケッチ帳』田中章夫(岩波新書2014年第1刷発行)
**多彩な日本語の世界を存分に楽しめる一冊。**カバー折り返しの紹介文より

Ⅸ 語法と用字の諸相 で取り上げられている次の句

米洗ふ前に蛍の二つ三つ
米洗ふ前を蛍の二つ三つ
米洗ふ前へ蛍の二つ三つ

助詞の意味・用法の難しさを示す例として紹介されている句の解説を読んで、なるほど!

『桂離宮』和辻哲郎(中公文庫2011年改版)
副題に「様式の背後を探る」とあるように、この論考では桂離宮のデザインそのものをそれ程論じてはいない。だが、例えば雨落溝が直線であることについて、それが建物の構造からの必然てあり、装飾の動機に基くのではないとしながら何ページにも亘って論じている。
やはり和辻哲郎の繊細な感性による観察力と『風土』にもみられた洞察力はすごいと思う。

『坊っちゃん』夏目漱石(集英社文庫2019年第48刷)
**おれは校長の言葉を聞いて、なるほど校長だの狸だのというものは、えらい事を言うもんだと感心した。こう校長が何もかも責任を受けて、自分の咎(とが)だとか、不徳だと言うくらいなら、生徒を処分するのは、やめにして、自分から先へ免職になったら、よさそうなもんだ。(後略)**(80頁)

閣僚10人が不祥事を理由に辞任した第二次内閣。首相は任命責任をとることなく、病気を理由に退陣を表明した。坊っちゃんがこの事態を知ったら怒るだろうなぁ。

『曠野から』川田順造(1980年再版)
大学の後輩から1981年3月に送られた本。

『本所おけら長屋 六』『本所おけら長屋 七』畠山健二(PHP文芸文庫)
この2巻を続けて読んだ。シリーズ累計100万部突破というのも頷ける。涙あり、笑いありの人情噺。現在12巻か13巻まで出ている。この際、全巻読もう。

『かくれた次元』エドワード・ホール(みすず書房1976年第11刷)
密接距離、個体距離、社会距離、公衆距離。文化的特質の違いがこれらの距離に現れる。コロナ禍で使われるようになったsocial  distance、社会(的)距離。このことばでこの本を思い出し、再読した。


 


「本所おけら長屋 七」(C2)

2020-08-30 | A 読書日記

320

 『本所おけら長屋 七』を読んだ。第1巻からこの7巻までに収められている作品のタイトルは全て4文字(おそらく全巻すべて4文字だろう)。これは作者・畠山健二さんのこだわりというか、お遊び。

おけら長屋の住人は、あたたかい心の持ち主ばかり。いつも助け合って暮らしている。こんな長屋に住みたいという感想を何かで読んだ記憶がある。

第7巻には5篇の作品が収められているが、「ひだまり」には泣かされた。

**「お歳さん、わかりますか。玄志郎です。いま長崎から戻りました」
お歳は、小さく頷くと、布団から右手を出した。その動作は悲しいほどにゆっくりとしていた。玄志郎はお歳の痩せ細った右手を、両手で握り締めた。(中略)
「はい。私は頑張りましたよ。どうして頑張ったかわかりますか。立派な医者になって、お歳さんと一緒に暮らしたかったからです。お歳さんを身請けするお金も用意しました。だから、私と一緒に暮らしましょう」**(中略)
**「そう言ってもらえただけで、思い残すことはありません。よ、よかった。玄志郎さんに会うことができて・・・」(108,9頁)

お歳は労咳(肺結核)に侵されていた・・・。

玄志郎(後の聖庵)の父はある藩に仕える医者だった。藩主の跡取りが4歳になった時、病魔(危険な伝染病)に襲われ、死亡してしまう・・・。跡取りを救えなかったとして、父は藩主の刀によって命を絶たれてしまう。その後、母親と江戸に出た玄志郎は医者を志し、父親の知り合いだった医者が営む治療院で働くことになる。だが無給だったために、母親が身を粉にして働く。息子を長崎に留学させたいと考えていたのだ。留学には三十両もの大金が要る。ところが母親は過労がたたり・・・。

治療院には玄志郎と同じく、無休で働く住み込みの女中がいた。名前はお歳。

**「ちょっと待ってください。このお金はどうやってこしらえたんですか。お歳さんはどこに行ったんですか。お重さん、教えてください。**(中略)
**「玄志郎さん。あんただってもう子供じゃないだろう。身ひとつの女が三十両もの大金を作るとなりゃ、察しがつくはずだ」**(100頁)

涙もろい私がこんな切ない物語を読めば泣く。


 


「氾濫」伊藤 整

2020-08-29 | H ぼくはこんな本を読んできた

320

 「チャタレイ夫人の恋人」がわいせつ文書にあたるとして、翻訳した伊藤 整が版元の社長と共に起訴され、有罪となったことを知っている人は少なからずいるだろう。だが、今この作家の作品を読む人は多くないかもしれない。

ぼくが『氾濫』(新潮文庫1974年22刷)を読んだのは1974年12月のことだった。この小説のテーマは人間のエゴ。

この文庫のカバー裏面には作品紹介文が載っていないから、代わりに巻末の奥野健男氏の解説から引く。

**人間はみんな醜いエゴイズムの持主で、世間と偽りの妥協を行って生きている、これが人間社会の実体なのだ、と作者は言っているようだ。**(552頁)

**偽りや虚飾を取り去り、人間の真実の姿を描こうと、皮剥ぎの苦労を重ねて来た近代日本文学が、この小説においてその極限にまで達し、ついに捉らえた真実が、人間は真実には生きられず、偽りの中に生きている、ということであったのは皮肉というほかない。**(553頁)

**『氾濫』は、伊藤 整氏の文学の集大成であり、近代文学の記念すべき傑作である。**(553頁)奥野氏は解説をこのように結んでいる。

この長編が傑作だと評されていようと、細かな活字で540頁超の長編を再読する気力はもうないなあ・・・。


前稿に書いたようにこのカテゴリーに載せた文庫本が100冊になった(上下2巻の作品は2冊と数えているので、記事の数は100に達していない)。


「忘却の河」福永武彦

2020-08-28 | H ぼくはこんな本を読んできた


『忘却の河』福永武彦(新潮文庫1979年17刷)


 何回も繰り返し読んだ数少ない作品のうちのひとつ。初読は1981年9月。この作品のキーワードは「孤独」。

**御自分が寂しい人だから、わたしみたいな寂しそうな女を見ると親切にしなくちゃ気がすまないのよ。**(54頁) 

ブログの過去ログを確認すると、この件(くだり)を何回も引用して載せている。なぜ、この件か、もちろん分かっているが、ここに書かない。今後、もし再読するとすれば『草の花』だと思う。だが、この『忘却の河』は残さなくては・・・。

このカテゴリーで取り上げた文庫を自室の書棚に並べなおしているが、数えると『忘却の河』が100冊目だった。101冊目の誤り。再読した『桂離宮』和辻哲郎が漏れていた。


『草の花』福永武彦(新潮文庫1981年45刷)


 


「真実一路」山本有三

2020-08-28 | H ぼくはこんな本を読んできた

 山本有三に『波』という小説がある。ぼくはこの小説を中学3年のときに学校の図書館で借りて読んだということを覚えている。内容はすっかり忘れてしまったが、暗い内容だったような気がする。



今、自室の書棚に山本有三の作品では『真実一路』(新潮文庫1994年91刷)がある。

例によってカバー裏面の本作紹介文から引くが、その内容からこの作品も暗い内容であることが分かる。

**父、姉と三人の、一見平和で穏やかな環境に育った義夫少年は、厳格な父になじめず、死んだとされている母が生きていると思い始め、熱烈な思慕を抱くようになる。父は何も話さないが、母は自己に忠実に生きて愛人のもとへ去ったのであり、姉も父の子ではなかったのだった・・・。(後略)**

山本有三の代表作はよく知られた『路傍の石』だろうが、この作品もまたトーンが暗い。今読んでいる畠山健二の『本所おけら長屋』(PHP文庫)のような、落語のように面白い小説(時にほろりとさせられる)も好きだが、ぼくは暗い作品に共感、同調する心の持ち主だ。


 


「エンデュアランス号漂流」アルフレッド・ランシング

2020-08-26 | H ぼくはこんな本を読んできた

320
『エンデュアランス号漂流』アルフレッド・ランシング(新潮文庫2001年4刷)

 「生還もの」などというカテゴリーがあるのかどうか、『アポロ13』は月に向かっていたアポロ13号が大事故を起こし、宇宙に取り残される危機に陥った3名の乗組員が奇跡的に地球に生還したことの実録。

書棚には大海原を何日も漂流して、奇跡的な生還を果たしたという実録記がある。「生還もの」を読むと、絶望的な状況下であっても、決してあきらめることなく、「生きる、生き抜く」という強い意志を感じ、感動する。そして、読む者は恵まれた環境というか、状況に生きているということを改めて実感する。自分が抱え込んでいる困難など大したことはない、と気持ちが和らぐ。

**1914年12月、英国人探検家シャクルトンは、アムンゼンらによる南極点到達に続いて、南極大陸横断に挑戦した。しかし、船は途中で沈没。彼らは氷の海に取り残されてしまう。寒さ、食料不足、疲労そして病気・・・絶え間なく押し寄せる、さまざまな危機。救援も期待できない状況で、史上最悪の漂流は17ヶ月に及んだ。そして遂に、乗組員28名は奇跡的な生還を果たす――。その旅の全貌。**『エンデュアランス号漂流』カバー裏面の紹介文より。

     
『たった一人の生還 「たか号」漂流二十七日間の闘い』佐野三治(新潮社1992年2刷)
『死の海からの生還』ケント・ハールステット(岩波書店1996年第1刷)
『ダイバー漂流 極限の230キロ』小出康太郎(新潮OH!文庫2000年)
『あきらめたから、生きられた 太平洋37日間 漂流船長はなぜ生還できたのか』武智三繁(小学館2001年)


そういえばジュール・ヴェルヌの「十五少年漂流記」を小学生のころ読んだなぁ。


 


朝カフェで「本所おけら長屋 六」(C1)を読む

2020-08-25 | A 読書日記



 『本所おけら長屋』第6巻 畠山健二(PHP文芸文庫2019年第13刷)を読み始めた。この巻には5編の短編が収録されている。その第1編「しおあじ」を読んだ。

**「覚えていてくれたんだね、あの握り飯のことを。あの夜のことは、今でもはっきりと覚えているよ。引き戸の隙間から覗いたら、又坊が膝を抱えて泣いてた。たぶんお腹が空いていたんだろうね。あたしの両親からは、あの家の子には関わるなって釘を刺されていたから、親の目を盗んで握り飯を作ったんだ。あたしは、先に食べたからってごまかしてね。その夜はお腹が空いてねえ。そしたら、又坊のことをますます放っておけないと思った。あの子の苦しさや悲しさはこんなもんじゃない。まだ五歳かそこらの子供が空腹に耐えるのは、どれだけつらいことだろうって。島田の旦那、おけら長屋で暮らせるあたしたちは幸せ者ですね。そんな悲しい気持ちになることはありませんから」(60頁)

又造(又坊)とお染さんとの二十二年ぶりの再会。この手の人情噺には弱い。朝カフェ、スタバで読んでいて、涙が頬を伝わった。周りにお客さんがいなくてよかった。


C1:図書カードで購入した本(1冊目)


「アポロ13」

2020-08-25 | H ぼくはこんな本を読んできた

320
『アポロ13』ジム・ラベル&ジェフリー・クルーガー(新潮文庫1996年11刷)

 **「ヒューストン、トラブル発生だ」1970年4月13日、アポロ13号は月まであと一歩という段階で考えられない大事故を起こした。酸素タンク、燃料電池、電力ラインが爆発損傷し、3名のパイロットが宇宙に取り残される危機に陥ったのだ。(後略)** 以上カバー裏面の文章より引用。

SF映画のような展開。大事故から奇跡の生還。13という数字が良くなかったということも言われた。この本によると、打ち上げは1970年4月11日の13時13分(ヒューストン時間)だったそうだ。

同じアポロ13号の事故を扱った単行本が書棚にある。『アポロ13号 奇跡の生還』ヘンリー・クーパーJr 立花 隆 訳(新潮社1994年3刷)。



この本には次のような件(くだり)がある。**宇宙飛行士も、管制官たちもほとんどが二〇代、三〇代だったのである。飛行主任として地上スタッフを取りしきり、この危機を切り抜けた現場の最高責任者、ジーン・クランツは三六歳だったのである。**(まえがき) アポロ計画は若いスタッフたちが担ったプロジェクトだった。アメリカの宇宙技術を支える人材の凄さを示していると思う。宇宙技術だけでなく、他分野も同様なのだろう。


 


「ホモ・ルーデンス」ホイジンガ

2020-08-24 | H ぼくはこんな本を読んできた

320

 ホイジンガと言えば『中世の秋』。中公文庫に収録されているが、書棚にあるのは『ホモ・ルーデンス』(中公文庫2011年29刷発行)だ。奥付けを見るとこの文庫の初版は1973年。初版が出たころ読んだ、ということならわかる。あの頃はジャンルに関係なく、いろんな本を読んでいたから。だが、これは2011年発行だからそれ程昔のことではない。動機は分からないが(*1)、とにかくこの本を買い求め、読んだわけだが、内容については記憶にない。買ってはみたもののきちんと読まなかったのかもしれない。まあ、これは書棚にあるだけで満足、という本でもあるわけで・・・。

例により以下にカバー裏面の紹介文から引く。

**「遊び(ルードゥス)」のおもしろさは独自のもの、人類文化の根幹たる美的形式を支えるもの――遊びのなかで、遊びとして、「文化」は生まれ、発展してきたことを、文化人類学と歴史学を綜合する雄大な構想で論証し、遊びの退廃の危機に立つ現代に冷徹な診断を下す、今世紀最大の文化史家の記念碑的名著**


*1 2011.08.09の記事に次のように書いてあった。**先月末、松本市美術館で開催された松本安曇野住宅建築展、第5回目となる今回のテーマは「あそびごころ」だった。「あそび」という言葉からホイジンガの『ホモ・ルーデンス』が浮かんだ。**  このようなことで本を注文したのだった。


143枚目

2020-08-23 | C 名刺 今日の1枚

 先日、ある新聞社の記者の方から電話があった。私が趣味にしている火の見櫓巡りについて取材をお願いしたいとのことだった。了承し、数日後に自宅で取材を受けた。その際、名刺交換をした。これでプライべートな名刺をお渡しした方は143人になった。


年取ったなぁ・・・ プロフィール写真のボクチャンがこんなになっちゃって。

私は発散型人間で、つい話があちこち飛ぶ。記事にまとめるのが大変だったかと思う。でもさすがそこはプロ。今日(23日)の新聞に掲載された記事は「興味を持ったきっかけは。」というお決まりの質問に始まり「火の見櫓の魅力は。」「観察のポイントは。」「ユニークなものはありますか。」「地域の火の見櫓がなくなりつつある。」「昨年九月に「あ、火の見櫓!」を出版しましたね。」という6つの質問を小見出しに付け、要領よくまとめられていた。2枚の写真と共にかなりスペース(A4サイズくらい)を割いた記事だった。

**鉄骨の工作物なのに周囲の風景に溶け込み、景色の一部になってしまうところもひかれる理由です。景観を阻害せず、それでいて存在感がある。そんな構造物は他にはあまりないですね。** このように、私のコメントを記事の中で簡潔にまとめていただいた記者のIさんに感謝。


8月23日付中日新聞12面に掲載された記事


新聞掲載の記録
① 2012年  9月18日 タウン情報(現MGプレス) 魅せられた2人の建築士が紹介 火の見やぐら
② 2014年  4月18日 信濃毎日新聞 われら「火の見ヤグラー」
③ 2019年  5月26日 中日新聞 奥深い魅力のとりこに 県内外の火の見やぐら巡り ブログで紹介
④ 2019年10月21日 MGプレス 「火の見ヤグラー」魅力まとめて本に
⑤ 2019年11月(月1回発行)旬 Syun! 魅せられた“火の見ヤグラー” の本刊行
⑥ 2019年11月16日 市民タイムス 火の見櫓の魅力1冊に
⑦ 2020年  8月13日 市民タイムス スケッチ「火の見櫓のある風景」(市民の広場 私の作品)
⑧ 2020年  8月23日 中日新聞 合理性追求 構造美しく 


「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」フィリップ・K・ディック

2020-08-23 | H ぼくはこんな本を読んできた

  
『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』フィリップ・K・ディック(ハヤカワ文庫2003年46刷)

 映画「ブレードランナー」の原作。ぼくはこの小説を2003、4年頃読み、2019年に再読した(過去ログ)。
昨年は書斎がカオスな状態で、左の文庫(2003年46刷)が見つからず、右の文庫(2017年82刷)を改めて買い求めて読んだ。

カバー裏面の紹介文から引く。

**第三次大戦後、放射能灰に汚された地球では、生きている動物を所有することが地位の象徴となっていた。人工の電気羊しかもっていないリックは、本物の動物を手に入れるため、火星から逃亡してきた〈奴隷〉アンドロイド8人の首にかけられた莫大な懸賞金を狙って、決死の狩りをはじめた!(後略)**


5月の減冊で、新しい方の文庫(写真右)を処分した。右のカバーデザインもなかなか好いが。


「夜明け前」島崎藤村

2020-08-23 | H ぼくはこんな本を読んできた



 ぼくはこんな本を読んできた。今回は島崎藤村の『夜明け前』(新潮文庫)。この長編小説を2回読んでいる。右の4巻(1993年)を1994年に読み、20年後の2014,5年に左の4巻(2013)を読んだ過去ログ)。(*1)

今年の5月に本をだいぶ処分したが、その際、古い右の4巻を処分した。この長編小説はもう一度読むことになるかもしれないと思い、活字が大きくて読みやすい新しい左の4巻を残した。



NHKの教育テレビ(現在のEテレ)で1992年の4月に始まった「人間大学」(「人間講座」という番組に引き継がれ、2005年の3月まで続いた)で、講師のひとり加賀乙彦が担当した「長編小説の楽しみ 世界の名作を読む」でもこの『夜明け前』が取り上げられた。ちなみに日本文学では他に『或る女』『暗夜行路』『細雪』『迷路』(野上弥生子)が取り上げられている。

加賀乙彦は『夜明け前』を**日本の近代小説の白眉だと思う。(テキスト86頁)**と評価している。また、文芸評論家の篠田一士が「二十世紀の十大小説」(*2)に挙げている。

藤村の父親をモデルにした主人公、青山半蔵の生涯を時代の大きな流れの中に書き、その一方で江戸から明治へと大きく動いたこの国の歴史そのものを書いている。スケールの大きな小説だと思う。


*1 それ以前にも一度読んだかもしれない。
*2 二十世紀の十大小説



「空間の日本文化」オギュスタン・ベルク

2020-08-22 | H ぼくはこんな本を読んできた



 日本論、日本人論は読みたくなる。外国人によって書かれたものはなおさらだ。古くは戦後まもなく出版された名著『菊と刀』はじめ何冊も読んできた。過去ログ 過去ログ2 『空間の日本文化』オギュスタン・ベルク(ちくま学芸文庫2011年第9刷発行)もその内の1冊。

**フランス日本学の若き第一人者による画期的な日本論。日本語の構造、心のありよう、家族・企業などの組織原理、都市空間、土地利用など、日本文化特有の有機的な空間性を多面的に検証し、統一的な視座を提出する。外部からの光により浮き彫りにされる日本的空間の全体像。** 

ここに引用した本書解説文から分かるように論考対象が限定的ではなく多岐に亘っている。そしてそれらを横刺しにして論じている。やはりどんな研究分野であれ、総体、全体像を示すという作業は欠かせない。


 


1247 大町市大町の火の見櫓

2020-08-22 | A 火の見櫓っておもしろい


1247 大町市大町(大原町公民館)3脚66型 撮影日2020.08.21

 中型の火の見櫓。末広がりの櫓形状。外付け梯子に落下防止安全カゴがついているが、これは大町辺りでは標準装備。見張り台の手すりのところに消火ホースを引き上げるための滑車が付いている。ここまでの高さがおよそ10m、と推測してよいだろう。



6角形の見張り台だが、梯子を付けているところの形はイレギュラー。梯子を櫓内に納め、見張り台の形が整っていた方が見た目は好ましい。



トラス型の脚3本。やはりこのような脚が好ましい。自重をしっかり支え、安定しているということが視覚的にもよく分かるから。



落下防止安全カゴの下端の様子。これがあると梯子を上り下りする時の恐怖感が和らぐと思う。

丸鋼のブレースのターンバックルはリング式ではなく、割り枠式。やはり意匠的、そう、あくまでも意匠的にだがブレースの交叉部に輪っか、リング式が断然好い。