透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー



脱割りばしは環境に優しいか

2007-11-29 | A あれこれ
■ 先日読んだ『モノ・サピエンス』光文社新書で著者の岡本裕一朗さんはヒトの「使い捨て」時代がはじまったと指摘していた。

「使い捨て」と聞いてまず浮かぶのは割りばしだが、今朝の新聞に広がる「脱割りばし」という見出しの記事が載っていた。外食時にマイはしを携帯する人が増えているらしい。

**使い捨てのライフスタイル見直しや、環境問題への意識が「はし」にも浸透し始めている。**と新聞は報じている。記事の最後には**一方、割りばしは国内の間伐材の活用につながる――という説もある。**とある。

前提条件をきちんと定めないとこの議論はかみ合わない、と思う。

割りばしが記事の最後にあるように国内の間伐材を使って作られているならば、大いに使えばよい。森林の保全のためには間伐が必要だが、間伐材の需要があまり無いのが現状で、そのまま放置されることが多く、需要をいかに増やすかが課題なのだから。

記事によると日本では1年間で割りばしを1人当たり約200膳使い捨てているという。そして割りばしの大半は中国から輸入されているとのことだ。この現状を前提とすると、割りばしの使い捨ては確かに日本の森林保全にはつながらない。しかしだからといって割りばしを使わない、というのはどうだろう。私は割りばしをプラスチックのはしに替えることには反対だ。

木のはしをプラスチックに替える、ということの是非は森林保全という観点の他にも文化的な側面から論じることもできると思うが、そのことには今回は触れない。

先日も書いたが間伐材に限らず国内産の木の需要をいかに高めるかが、林業の大きな課題だ。建築用材も今までは輸入に頼っていたが、やはり木も地産地消が望ましい。

割りばしの国産化を!間伐材の需要拡大を! 使い捨てがもったいないというのなら、割りばしリサイクルの促進を! (割りばしリユースはだめ)

ただし一般論としてリサイクルは環境保全にはつながらない、という説もあるようだ。
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松本清張を読む

2007-11-28 | A 本が好き


 さて、この写真で何を書こうって、松本清張の作品に関する新書じゃないか。清張論、清張作品論は少なくない。写真の3冊はどれもなかなか興味深い内容だ。

松本清張は推理小説、歴史小説、ノンフィクションなど数多くの作品を残した。私も中学生のときに『砂の器』を読んで以来何冊も清張の推理小説を読んできた。

今日ついに前防衛事務次官が逮捕されたというが、清張が生きていたらこの事件の深層に迫り、その構造を暴き厳しく批判したに違いない。清張の書く推理小説の背景にはこのような「闇」が広がっている。

先日テレビで放送された清張の代表作『点と線』で起こる殺人事件も某省に取り入ることで急成長を遂げた機械工具商の安田が汚職事件の拡大を防ぐために妻と共謀して起こしたものだった。下級官僚の死によって守られる上級官僚、政治家・・・。

清張の推理小説はプロットの面白さ故であろう、何作も映画やテレビドラマになった。私が一番好きな作品『ゼロの焦点』もずいぶん昔、十朱幸代主演でNHKでドラマ化されている。本人自筆の遺書を残して死んだ男、当然自殺と思われたが実は殺人だった・・・、結婚間もない男の妻(十朱幸代)が事件の真相に迫る。

この『ゼロの焦点』や『球形の荒野』、『天城越え』などは機会があれば再読したい作品だ。
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香山壽夫氏の建築

2007-11-27 | B 繰り返しの美学










 石川県野々市町役場庁舎/設計 香山壽夫 2004年竣工

知的でハイセンスな建築を設計する建築家といえば槇文彦氏(幕張メッセや東京体育館などの設計者)と谷口吉生氏(MoMAの増改築設計、豊田市美術館などの設計者)、ふたりのモダニストを私はまず挙げる。

香山壽夫氏も同様な建築の設計者だと思う。ただしこのふたりとはどこか建築の雰囲気が違う。違いを言葉で表現するのは難しいが、香山氏の建築には「色気」があると言ったらいいだろうか。

野々市町役場庁舎には外壁に赤く染めた地元産の板が使われている。独特の赤だ。庁舎のシンボルともなっている塔、具体的な用途があるのかどうか分からないが、実に魅力的だ。

よく観察するとこの建築には「繰り返しの美学」があちこちにある。ルイス・カーンの建築同様にシャープなディテールも見られる。

この建築は確か一昨年、金沢21世紀美術館と併せて見学した。これだけ美しい庁舎を私は他に知らない・・・。

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非線形科学って・・・? 

2007-11-25 | A 本が好き


■ 非線形科学って何? 

「森羅万象を形づくる、隠された法則とは?」帯の色とコピーに誘われた。まずは色、やや紫がかったピンク。好きな色だ。ブログの背景はこの色に近い。そしてコピー、生命体から非生命体まで貫く法則があるというのか・・・!? 

カバーの折り返しには**私たちに新たな自然観を与える非線形科学について、第一人者が分かりやすく解説した、知的好奇心を刺激する入門書。**とある。読んでみるしかない。ということで、購入した。

 今夜はこたつにもぐり込んでアルコールしながら「点と線」の第二部を観よう。ビートたけし演ずる引退間近の刑事鳥飼が安田の鉄壁のアリバイをどう崩すか・・・。

この推理小説が書かれたのは今から50年も前のこと、清張が指摘した「問題」って昔から少しも改まることなく続いているんだなぁ。こういう「問題」を書かせたら清張の右に出る作家はいないなぁ。
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久しぶりに読んだ本2冊 (少し加筆)

2007-11-25 | A 本が好き



 久しぶりの読書。休日出勤の合い間に書店でこの2冊を購入、読了。

『ほかに踊りを知らない。』川上弘美/平凡社

月刊誌「東京人」に掲載された日記をまとめたもの。


**十二月某日 晴
また電車に乗る。
後ろの車輌に移動中、大きく電車が揺れて、また見知らぬおじさんの膝に
倒れこむ。でも今度は、膝には座らずにすむ。
おじさんは、やっぱりよく日に焼けたおじさんで、けれど地下足袋ははい
ていない。なめらかなジャンパーを着た、この前とはちょっと違うタイプの
おじさんみたいだ。
「すみません」
と謝ると、おじさんは、
「いえ」
と、そっけなく答えた。
同じおじさんだったら、絶対にここで恋が芽生えたのにな。
夢想しながら、車輌を移動する。**

この前の日記に同じような失敗が書かれていて、そのときはおじさんの膝の上に座ってしまったそうだ。

あとがきによると ここに書かれていることの五分の四くらいは、うそみたいですがほんとうのこと だそうだ。

日記を通じて知る川上さんの日常。彼女のファンなら購入するかも知れない。

『世界一やさしい問題解決の授業』渡辺健介/ダイヤモンド社

この本は1限目、2限目、3限目から構成されている。

まず1限目 問題解決力は、主体的に生きるために欠かせないものだというスタンスから、問題の本質を明確にし、解決策を具体的な打ち手まで落とし込み、行動を起こすための能力を身につけるためのものだという一般論について書いている。

2限目は具体的な手法の紹介。中学生が結成したバンドのコンサートに大勢来てもらうためにはどうすればよいか。問題点の整理からその解決方法まで。

3限目も2限目と同様。「大きな目標を、いくつかの小さな目標に置き換える」という手法について。パソコンを手に入れるためにはどうすればよいかという課題を具体例として取り上げてその解決方法を示している。

文章は平易。こういう本を中学生が読んで問題解決能力を身につけるトレーニングをしてくれたらいいな、と思う。


 

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「点と線」 再び

2007-11-25 | A 本が好き

 ブログを始めた昨年の4月、松本清張の『点と線』について書いている。

『点と線』は人(点)と人(点)との間にある関係(線)、この作品では恋人関係という線を引かせてしまうという作為を象徴している。 実生活でも人と人の間に、ある関係を想像してしまうことはよくあることだろう・・・。

この推理小説が雑誌に掲載された昭和32年ころの東京駅も混雑していたのだろう。 駅の13番線ホームから15番線ホームが見通せるのは一日でたったの4分間!。 この時間に15番線に停車中の特急「あさかぜ」に乗り込むふたり。この場面を13番線のホームから3人が目撃する・・・

テレビドラマでもこの「4分間」を随分強調していたが、私はむしろタイトルにもなっている人と人との間に作為的に「虚線」を引かせるというトリックに惹かれた。

喫茶店かレストランで店員が関係の無い男女の客をカップルだと思い込んでカサを一緒にまとめようとするところを目撃してこのトリックを思いついた、と清張がどこかに書いていたような気がする。店員はふたりの間におそらく恋人同士という線を引いてしまったのだろう。

博多の老刑事鳥飼重太郎と警視庁捜査二課の若い刑事三原紀一との友情物語としてみても面白いと思う。ふたりはその後『時間の習俗』でも活躍する。

第二部が楽しみだ。

ビートたけしの娘役を演じた内山理名はいかにも昭和30年代の美人という雰囲気だったな。


 

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世界遺産、それは繰り返しの美学!

2007-11-23 | B 繰り返しの美学
 たまたま今朝の新聞に世界遺産に関する解説記事が載り(写真)、NHKテレビでは「プロが選ぶ世界遺産ベスト30」という番組(再)を放送していた。

解説など不要とは思うが新聞記事によると、世界遺産には「文化遺産」「自然遺産」「複合遺産」の3種類があって、2007年7月現在でその数851件、日本国内には14件あるそうだ。1975年に発効した世界遺産条約に基づきユネスコが登録する、ということだ。



テレビ番組では100人が選んだ世界遺産ベスト30を紹介していた。

5位:ベネチア/イタリア
4位:ガラパゴス諸島/エクアドル イグアナ等の生きものの「群」
3位:アンコール遺跡群/カンボジア 世界最大級の石造建築「群」
2位:イグアス国立公園/アルゼンチン、ブラジル 滝、滝、滝・・
1位:マチュピチュ/ペルー 山岳地帯の空中都市

番組を観ていて気が付いた。自然遺産」はもちろん建造物や遺跡などの「文化遺産」も要するに「繰り返しの美学」じゃないか、と。いずれも「ゆるやかな秩序」に宿る美がそこを訪れる人々を魅了するのだ。

 日本ではベスト30に屋久島が入っていた。屋久杉の森。森は屋久杉の平面的な繰り返しだ。

 イースター島のモアイ像は1000体くらいあるそうだが、いくつかが直線的に並んでいる。一つひとつデザインは異なるが繰り返しが不思議な魅力を発している。

 ダーウィンの進化論で有名なガラパゴス、いろんな動物が「群れ」ている。ものすごい数の平面的な繰り返しによる特異な光景。

 マチュピチュはインカ帝国が築いた石造都市、まずその立地に驚くが都市の構成要素は「石」。石を積んで積んで積んで・・・。石の繰り返しによって成立している都市だ。

試みに今回は「繰り返しの美学」の対象を直線的な繰り返しから平面的な繰り返しに広げてみた。いくらでも見つかりそう。発散的になって収拾がつかなくなりそうだから、今まで通り建築の構成要素が直線的に繰り返されて生まれる美を対象にしよう、そしてときどき対象を広げて書こう・・・。

 追記 

「繰り返しの美学」、その領域は今回書いたように広い、そして深い。建築デザイン系の卒論くらいは充分に書けそうだ。だが、私はこのブログに別に論文を書いているわけではない。

論理的な矛盾もあるかもしれないし、「詰め」があまい面もあるだろう。こじつけもある。でもあくまでもお遊び。寛容に楽しんでいただきたい。
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世界の集落に見られるゆるやかな秩序 

2007-11-23 | A 本が好き



 『空間』原広司/岩波書店 1987年発行

建築家の原さんはこの本のあとがきに**建築の話はわかりにくいという好ましくない定評があるが、本書もまたこの定評をやぶることはできそうもない。**と書いている。

本書に収められている論文は著者自身が認めているように難しい。私がこの本を読んだのは1990年2月のことだ。本の内容は忘れてしまったが、こんな記述がある。少し長くなるが引用する。

**(前略)しかし、さしあたりの最終目標は、構成要素が異質な造形のパターンをもちながら秩序を形成する条件、の美学を表現するところにあるそのひとつの方法的な事例が、アフリカのサバンナの集落群のの共有構造である。すなわち、それぞれの建物にわたるファサード(正面)の要素のテーブルをつくり、各要素に変形規則を与える。そのルースな枠組みのなかで、それぞれの建物は独自のファサードをつくれば、結果として、隠されたテーブルが、家並みを秩序づけるであろう。** この先も興味深い記述が続くが省略する。

原さんはアフリカなどの集落の調査研究をしたことで知られる研究者でもある。集落に形成されている「ゆるやかな秩序」の美学、原さんの建築デザインの源泉がここにあるのだろう。

興味深い内容だ。この本は12月に文庫化される(岩波現代文庫)。再読するのにいい機会かもしれない。


 

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ゆるやかな秩序にも美は宿る

2007-11-21 | B 繰り返しの美学

 こんぺいとうを等間隔に直線状に並べればそこに繰り返しの美学が生まれる。この場合、こんぺいとうの色が例えば全て白ならばタイトな秩序、緑や赤などいくつかの色が混ざればゆるやかな秩序ということになる。

その様子を写真にとってアップすれば分かりやすいとは思うが省略する。でもその様子をイメージするのは容易だろう・・・。

建築の場合でも事情は同じだ。実例を示す。下の写真は板茂さん設計のノマディック・ミュージアム(移動美術館)。



この仮設美術館の外壁にはコンテナが規則的に並べられている。全てのコンテナは大きさと形状が同じだが色が異なる。けれどここにも繰り返しの美学が生まれている。そう、建築構成要素の全ての「属性」が同じということは必ずしも必要ではないのだ。

ヨーロッパの古い町並み(ここでは平面的な広がりを町並み、直線的な建築の連なり街並みと一応区別する)を俯瞰すると屋根には全て色も形も同じ屋根材(例えば瓦材や鉛板(でよかったかな))が使われていることに気が付く。その光景を美しいと感ずるのは、やはりそこに前述のようなゆるやかな秩序が存在するからだ。

東京は全く混沌としていて秩序など存在しない都市だ。屋根の色や外壁の色を同系色にするだけでも町並みがゆるやかに秩序づけられて美しくなるだろうに。

西伊豆の松崎町(合併してあるいは町名が変わっているかもしれないが)には建築家の石山修武さんの提案で屋根をうこん色に塗装した集落がある。以前その集落を見たがうこん色が景観上好ましいかどうかは別としてその秩序づけられた状態にはやはり美を感じた。

このブログでは今のところ主として全く同じ建築構成要素が直線状に等間隔に並ぶ繰り返しを取り上げている。以前も書いたがこのような状態を美しいと感ずるのは脳がそれを歓迎するからだろう。脳は歓迎の印として美しいというメッセージを発信するのかも知れない。

いずれ今回書いたようなゆるやかな秩序に起因する美も取り上げてみたい。



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生産の合理性が結果として繰り返しの美学を生む

2007-11-20 | B 繰り返しの美学

 材質が異なっていても形状が同じとか色が同じというの物の集合、そこには秩序が存在する。あるいは色は違っても形状と大きさが同じ物の集合、そこにも秩序が存在する。例えばこんぺいとう。ゆるやかな秩序。

繰り返しの美学については既に何回か書いたがここで敢えて復習。私が取り上げているのは建築の構成要素の規則的な繰り返しだ。これは物が秩序づけられた状態のひとつということができる。かなりタイトな秩序




 建築工事費に関する刊行物の表紙を飾った嬬恋村の青春橋の写真。詳細は不明だがプレキャスト・コンクリート(PC)のユニットをジョイントして橋を構成しているように思われる。

ユニット相互をどのように接合しているかはこの写真からは分からない。たわみを防ぐために黄色いロッドと緑のステー付きのロッドとを2重に架けている。

コンクリート製の同一形状のユニットが規則的に並んでいる。これは生産の合理性、施工の合理性によるものだが、結果として「繰り返しの美学」が生まれている。

この橋はどの位の長さだろう、上下左右に揺れないのだろうか・・・。


 

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そうだ、京都へ行こう!

2007-11-20 | A あれこれ



■ 京都高台寺の傘亭。この写真は私が撮ったもの。放射状に竹の垂木が架けられている。傘亭という呼称はこの架構に由来することは間違いない。

利休好みといわれるこの茶室が伏見城の遺構なら利休没後の作ということだと手元の資料にはある。

時雨亭と土間廊下で結ばれていてユニークな外観を呈している。鬼瓦の席もこの寺にある有名な茶室。 これらの茶室は非公開のはず。どういう経緯で見学できたか今となっては分からない。

見学したときは茶室に関する知識などまるでなかった。恵まれた機会だったと思うが残念なことをした。

最近京都で撮ったという「繰り返しの美学」の写真がお気に入りのブログに紹介されている。それらを見ていたら京都に行きたくなってきた。昨年の正月明けには昔の同級生と2回目の修学旅行に出かけたが、今回はひとりで出かけてみたい。晩秋、初冬の京都もいいだろうな。

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「牛乳を注ぐ女」

2007-11-18 | A あれこれ



 今日の「新日曜美術館」は現在国立新美術館で公開中のフェルメールの「牛乳を注ぐ女」を取り上げていた。

17世紀のオランダの画家ヨハネス・フェルメール、その作品は三十数点だという。その数の少なさ故に、欧米各都市に散在するフェルメール全作品を訪ねる至福の旅が成立する、とジャーナリストの朽木ゆり子さんが『フェルメール全点踏破の旅』集英新書に書いている。

テレビ番組にゲスト出演していた作家の有吉玉青さんもその一人。彼女の一番のお気に入りがこの「牛乳を注ぐ女」だそうだ。

フェルメールの絵は室内の女性を描いたものが多い。時間が止まったかのような静謐な絵。番組で有吉さんは「牛乳を注ぐ女」を焼き締められた陶器のような絵だと評していた。画面で観る絵は確かにそのような印象だった。

以前も書いたと思うが、フェルメールといえば窓から射し込む光が特徴的だ。大半は光が左側から射し込んでいる。右利きの人が横顔を描くと普通は左向きになる。理由は分からないがそうなる。フェルメールが描いた女性も本の表紙のように左向きが多い。それ故右側からだと逆光になる。それが左から光が射し込んでいる理由だろう、と思う。「ヴァージナルの前に立つ女」のように左から射す光の中で右向きに描かれている作品もあるが。

私は「真珠の耳飾の少女」に描かれた少女の表情が好きだが、この絵のモデルが誰なのかは謎、ということだ。トレイシー・シュヴァリエの小説はフェルメール家で働く若い女性がフェルメールに望まれてモデルになる様子を描いている。この作品は映画化された。何年か前、松本でも公開されたので観た。フェルメールの絵を意識してのことだろうが、光の扱いが印象的だった。映画には絵によく似た少女が出ていた。

「牛乳を注ぐ女」の公開は12月17日まで。来月この絵を観に出かけようかな・・・。

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「モノ・サピエンス」

2007-11-18 | A 本が好き



■ 忙中に閑など無いが昨晩は酔族会に参加した。優先順位は当然仕事より酔族会が上。

このところ本を読んでいない。このブログに本の写真をアップするのは随分久しぶりだ。

『モノ・サピエンス』岡本裕一朗/光文社新書

1970年代から80年代にかけて人の物質化・単一化が始まったと著者はさまざま事例を示しながら指摘する。売買される臓器、モノとしての体をレンタルする女子中高生(本書の表現に倣った)。モノとしての人の使い捨て時代の到来。

そうか、こういう視点もあるんだな。

新書なら読了するのにそれほど時間がかからないが、今月は読めない。彼岸過ぎから読み始めた『彼岸過迄』いつ読了できることやら・・・、『神楽坂ホン書き旅館』新潮文庫も鞄に入れて持ち歩いてはいるが、当分読む時間がとれそうにない。

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飲んだ後はラーメンが美味い

2007-11-18 | A あれこれ


 「樹」のたまご焼き

 松本駅前の「とり栄」のワンタンメン

 昨晩の酔族会、参加者は10人。初参加のSさん(女性5人の内4人がSさん、苗字か名前がSで始まる)はとにかく酒が強い。燗酒をふたりで随分飲んだ。会場の「樹」はモダン和風のオシャレなお店で気に入っている。

オーナーの料理を味わいながら静かに飲み静かに語る、ということでないと申し訳ないと思うが、月に一度のこと、大目に見てもらおう。

飲んだ後はラーメンが美味い。松本駅前にはラーメン屋が何件かあるが、とり栄に飲み会の2次会でよく行く。

24会(高校の同期生の親睦会)では必ずビールとかた焼そばを注文するが昨晩はワンタンメンを食べた。細麺であっさり味、実に美味い。

家庭的な雰囲気、常連さんが多い店だ。もしかしたら美人のお姉さんがこのブログを見るかも(そんなことはないかな)。

次回の酔族会は12月1日(土)7時からいつもの「樹」、飲んだ後はここ「とり栄」のラーメン。

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2007-11-15 | A あれこれ



■ 昔の人は日常生活で使う道具などを身近な材料で作っていた。竹はその代表的な材料だ。笊、魚篭等々、竹を使った道具は多い。

今日は外出先で昼に蕎麦を食べたが、ここにも竹が使われている。さてこの竹で作られた「もの」の名前は? 

ネットで調べてみて簾(す)だと分かった。竹で出来ているから竹簾(たけす)。すだれはこの簾(す)を垂らすというのが名前の由来かも知れない。「す」も「すだれ」も簾と書くから紛らわしい。

最近はプラスチック製の簾(す)も見かけるようになった。他にも竹に替わってプラスチックで作られているものが増えた。さきに挙げた笊や魚篭にもプラスチック製のものがある。

プラスチック製のものを先日書いた「まがい物」と呼んでいいのかどうか、判断に迷う。が、やはり竹製の方が私は好ましい、と思う。プラスチック製の簾よりやはり竹簾に盛られた蕎麦のほうが美味いと感じるだろう。

生活道具を木や竹でつくる職人が減ってしまった。職人が減ってしまうような社会は健全だとは言えないだろう・・・。これも永年続いた文化の喪失だ。

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