透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー



路上観察 光輪寺

2008-10-30 | A あれこれ






 先日松本市の南西隣に位置する朝日村の古刹・光輪寺を訪ねてきました。本堂の大屋根はかなりの高さですが、綺麗な形にするのにこの位の高さが必要だったのかもしれません。屋根は銅板葺きですが、数年前までは茅葺でした。

このお寺は春には参道の紅梅と枝垂桜、境内の白木蓮がいっせいに咲き、アマチュアカメラマンに人気の撮影スポットになります。

里山を背景とするロケーションも抜群で、本堂や塀の壁の白と柱など木部の黒に冠木門(かぶきもん)の屋根の赤が効いています。

境内に入って冠木門を観察してきました。冠木門の柱にも貫にもかなり太い材料を使っています。門の後方の「控え壁」には普段開放している門扉が納められています。門の脇の塀に潜り戸がついているのがわかります。

冠木門があることにはこのお寺がかつて果たしていた政治的な、といったらいいのか役目が表れていると聞きますが、具体的なことを知らないのでここに紹介することができません。いつか住職に伺ってみたいと思います。なかなかその機会はないとは思いますが。

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何回目かの繰り返しの美学

2008-10-30 | B 繰り返しの美学





● 繰り返しの美学、今回は伊那市役所のアトリウムのトップライトを構成しているフレームの方杖を取り上げます。

屋根を全面的にトップライトにする場合、構造をいかにスマートにデザインするかが設計者の腕の見せ所です。

このトップライトの木のフレームに構造的な意味があるのかどうかは判然としませんが、照明を組み込んでいることやメンバーが小さいこと、構造には法的な制約があると思われることなどから、鉄骨の梁の下に化粧材として付けているものと私は判断します。

したがって、下の写真でアップにした木の方杖も構造材ではなく、化粧材だと判断するのが妥当でしょう。この判断が正しいとすれば、設計者は「繰り返しの美学」な木の方杖を意匠として意識的に取り込んだ・・・、でもこれは都合のいい解釈かもしれません。もしかして構造材なのかな~。

いままでは「繰り返しの美学」のみを切り取って撮影していましたが、今回少し撮影範囲を広げてまわりの状況も分かるようにしてみました。が、やはり今までのように対象のみキッチリ写す方が私は好きです。

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新〝地産地消〟の試み

2008-10-26 | A あれこれ

「日曜フォーラム」  NHK教育テレビの番組の今日(26日)のテーマは「地産地消」でした。大阪で行われた「新〝地産地消〟の試み 安全な食と豊かな環境を求めて」というパネルディスカッションの様子が放送されました。この番組を見て改めて「地産地消」について考えました。

要するに日本の食の供給事情って生産者と消費者の「距離」があまりに遠い、そこが問題だということですね。

もちろん地理的な距離が遠いということもあります。スーパーに並んでいる食品の生産地を見ると例えば魚には北欧の国名が印されていたりしますから。

そして流通経路がよく分からないということも「距離」が遠いと捉えていいと思います。一体どこでつくられて、それがどのような流通経路を経て消費者である自分のところに届いているのか、分からない食品が多いのです。中国餃子などは仮にトラブルが起こらなければ、どんなところでつくられているのか、全く知らないままだったと思います。もっとも、未だにその流通経路がよく分からない「遠い食品」ですが。

地産地消って、地域で生産したものをその地域で消費するという意味なんでしょうが、新〝地産地消〟では、地理的な距離を近くするということはひとまず置いておいて、まず生産者と消費者を直接繋げようということ考えてもいいのではないかと思います。流通経路のブラックスボックスを可視化し、シンプルにするということをです。

具体的には東京に暮す消費者Aさんが長野の生産者Bさんと直接契約して果物や野菜を購入するというシステムです。既に実践されていることではありますが、このシステムをもっと広めてもいいのではないかと思います。

更に消費者の求めに応じて生産者が生産するというシステムにまで進めてもいいのではないか、生産者と消費者とが共同して食の供給システムを構築するという提言がありました。フランスで既にこのシステムを実践しているところがあるようで、番組の中で紹介されました。まあ、食の自給システムが崩壊寸前の日本ではかなり難しいことでしょうが。

「食料自衛」という言葉をパネラーの発言で聞きました。安全安心な食の確保について自衛しなくてはならない時代の到来。それはそう遠くないのではないか、私達の次の世代にはそうなってしまうのではないか、と心配です。

この不安を紛らすためにこれからビールでも飲みましょう。ところで、この缶ビールの原材料の生産地は一体どこなんでしょうか・・・。


 

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「地産地消」給食

2008-10-25 | A あれこれ

● 長野県は生活圏が四つのエリアに分かれていますが、「市民タイムス」はその一つ、中信エリアを対象とするローカル紙です。タブロイド版の新聞で地元の身近な話題を取り上げていますが、昨日「すべて地元産 おいしい給食」という見出しの記事が載りました。

記事によると、ある中学校の給食の食材は農繁期には地元の農家がほぼ毎日配達していて、年間に使われる農産物の約半分が地元産だそうです。

地元の食材を使った給食は生徒達に好評なようで、残菜ゼロが学校の自慢だとの生徒のコメントが載っていました。

この中学校では、なんと給食の時間に校内放送で、誰がつくった農産物を使っているのか全校生徒や教職員に伝えているのだそうです。「今日の給食のレタスはK地区のSさんがつくったものです」と、こんな放送が流されているのでしょう。

中国産餃子、輸入米などに殺虫剤や農薬などが含まれていた、といった食品の安全性に関わるトラブルが最近よくニュースで伝えられます。

食の安全を担保できるのは、生産者がはっきり分かっているものに限られるといえば少し厳しい捉え方かもしれませんが、まあ、そのくらいの認識でないといけないのかもしれません。でもそれでは食べるものが無くなってしまいますよね。

既にこのブログに書いたことですが、かつてはこの国でも当然のことだった「地産地消」のシステムを復活させないと、そのうちもっと深刻な事態になってしまうような気がします。そう、少しくらい殺虫剤や農薬が残留していても仕方がない、といった事態に。そうならないと誰が保障できるでしょう。

既にそうなっているのかも・・・。

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「日本人の脳に主語はいらない」

2008-10-25 | A 火の見櫓っておもしろい 


「iPS細胞 世紀の発見が医療を変える」八代嘉美/平凡社新書 読了。

ホットな話題になっている再生医療がテーマ。この手の本は私がいつもしている「隙間」読書、空いている時間に細切れにする読書では理解が難しい(否、じっくり通読しても私にはよく理解できないだろう)。

既にシート状に培養した幹細胞を心筋梗塞を起こした心臓に貼り付けて、心臓の機能を回復させることに成功しているという。ただし、マウスでの実験だが。この心筋再生の技術はヒトへの応用も既に可能だという。

「再生医療の実現化」に各国が巨費を投じて研究を進めている。将来心臓そのものを再生するなんてことが実現するのかもしれない。そのようなことが本当に幸福をもたらすのかどうか、新たに抱え込む問題も多いような気がするが・・・。

先日、脳内出血を起こした妊婦が8ヵ所の病院に診療を断られ、搬送先の病院で出産後に亡くなるという「悲劇」が東京であった。

最先端の医療技術の研究ももちろん必要だとは思う。各国が競って再生医療の研究を進めているという。日本でも重点的に予算を配分することを決めているということだ。

でも、先のような日常的に起こっている医療に関する問題を地道に解決していくことにもっと熱心に取り組んで欲しいと思う。

私自身は最先端の医療が受けられないのは仕方がないことだと思うし、それほどそれを積極的に望む気持ちもない。でも、医師が不在などの理由で日常的に行われている医療行為が受けられなくて死んでしまう・・・これは悲しいな、ホント悲しい。

 さて次は『日本人の脳に主語はいらない』月本 洋/講談社選書メチエ。

**脳科学が明かす日本語の構造**と帯にある。日本語は主語がよく省略される。日本語に主語はないと主張する言語学者と、主語はあると主張する学者との間の論争はまだ決着がついていないという。

著者はこの問題を脳科学の知見によって解決できるという。それを本書で説明しようというのだ。興味深い試みだ。書店でこの本を見つけてフェルメール本をやめて購入した。
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民家 昔の記録

2008-10-24 | A あれこれ

群馬県水上町平出(当時)の民家 19791018撮影

 久しぶりに「民家 昔の記録」です。

今回は群馬県水上町(現 みなかみ町)の民家。茅葺の屋根に下地を組んでトタン(着色亜鉛鉄板)葺きにするところです。撮影したのは1979年10月。

サービスサイズの昔のプリントをポケットサイズのデジカメで撮った写真ですから、不鮮明です。棟端飾りが取り外されて置いてありました。現場の職人さんに伺った各部の名称が記録してあります。昔は結構マメにこういうことをしていたんです。

「大町の民家」でも取り上げた「小棟」が分かります。他には烏どまり、雨板、破風板、ど板という名称が確認できます。この飾りは「さる」と呼ばれる棒を使って棟の端部に刺してあったんですね。トタン葺きにしてから棟端に戻したのかどうか・・・。

ちなみに、この屋根の形、甲造りです。養蚕のために工夫された形です。

上州武尊山に登った時に出合った現場ではなかったかと思うのですが、30年も昔のことですから記憶が曖昧です。
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路上観察 大町の民家(追記)

2008-10-24 | A あれこれ


                大町市内にて 081019

 久しぶりの路上観察、久しぶりの民家です。

先日結婚披露宴に出席するために大町に出かける途中、松川村で道祖神を見かけたことは既に書きました。その後、大町市内で見かけたのがこの茅葺の民家です。一度は通り過ぎたものの、時間に余裕があったので引き返して路上観察しました。

比較的小さな寄棟の茅葺屋根ですが、プロポーションが良くてきれいです。職人の感性によって、軒先のカーブなどが微妙に違ってくるんですよね。

棟の端部には小棟と呼ばれる小さな棟がついています(この写真では分かりにくいですが)。小棟の付く寄棟の屋根は長野から群馬にかけて分布していると記憶しています。

カラー鋼板屋根の平屋の部分は後から増築されたものと思われますが、全体がバランスよくまとまっています。

最近では茅が入手しにくいことや職人がほとんどいなくなってしまったことなどの理由で、茅葺屋根の維持管理は大変困難な状況です。残念ながらカラー鋼板で屋根を包んでしまっている民家がほとんどです。

久しぶりに茅葺屋根を見かけて、うれしくなりました。

「追記」


    白馬村の民家 30年くらい前に撮影した写真

民家は2階建ての場合でも2階は小屋裏のスペースを利用する例が多いと思いますね。 窓を設けるために、屋根の一部をこのように切り取って兜(かぶと、甲の方が一般的でしょう)造りにしたり、突き上げ屋根を設けています。

この大町の民家のように2階の階高をきちんと確保している例はyayoizakaさんご指摘の通り、少ないと思います。

* 寄棟の妻側を切るケースに限って甲造りと呼ぶのか、平側も含めての呼称なのかは確認してみる必要があるかもしれません。

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安曇野 松川の道祖神

2008-10-22 | B 石神・石仏巡り
 結婚披露宴に出席するために大町に向かう途中でマラソン大会に遭遇、やむなく迂回。安曇野市穂高の隣り村、松川の細い生活道路を走っていて、双体道祖神が2体並んでいるのを見つけました。

道祖神の背景がこのように開けていると、いかにも安曇野という雰囲気が出て、いいですね。道祖神の前には栗のいがが落ちています。安曇野の秋ですね。

左側はふっくらと丸みを帯びた姿の道祖神。盃と酒の入ったひょうたん(?)の形をしたとくりをそれぞれ持っています(写真中)。右側は抱肩握手像、よくある意匠ですね(写真下)。







しばらく車で走るとまた道祖神が。上の2体は丸い枠に収まっていますが、この道祖神の縦長の枠は何というのでしょうか。石が柔らかいのか磨耗が進んでいて像が不鮮明なのは残念です。この石は丸いですが、あるいは形を整えたのかもしれません。



3体とも素朴な表情の道祖神ですね。 ここに暮らす村人の人柄まで表しているかのようです。
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繰り返しの美学な軒下の「壁」 

2008-10-21 | B 繰り返しの美学

 くろよんロイヤルホテル。結婚披露宴会場はこのホテルのレストランでした。レストラン・ウェディングってこの頃流行ってますね。

扇形というかバウムクーヘンを半分に切ったような平面形のレストラン。抜群のロケーションを上手く生かした計画で、窓外に広がるゴルフ場、その後方の色付き始めた山並みの大パノラマが見事でした。

おめでたい席です。ワインは「赤白」両方いただきました。料理は実に上品な味でした。



このホテルの繰り返しの美学なファサードに注目。軒下の壁はなんというんでしょう。小谷村の役場でも同様の壁が繰り返されていて、先日取り上げた際、袖壁と表現しましたが適切だったかどうか・・・。

壁柱というと壁状の柱のことですがこれに倣ってこの三角の壁を「方杖壁」とでも表現すればいいのかもしれません。

腰壁に積まれた自然石がリゾートホテルの雰囲気を醸し出しています。こんなホテルで読書でもしながら数日間ゆったり過ごしてみたいものです。

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おりがみっくアーキテクチャー

2008-10-20 | B 繰り返しの美学



● 昨日、酔族会のメンバーでもある友人の結婚披露宴に出席した。会場の入り口に飾られていたのが、この折り紙建築、おりがみっくアーキテクチャー。聖堂をイメージして作ったのだろうか。

おおっ!繰り返しの美学! 見た瞬間そう思った。

ふたりの門出を祝うにふさわしい、楽しい披露宴だった。 

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「どくとるマンボウ青春記」

2008-10-18 | A 本が好き


路上観察 街中のお城 青翰堂



1)北杜夫の代表作は 
2)最も好きな北杜夫の作品は

もしこんなアンケートがあれば私は次のように回答します。

1)「どくとるマンボウ青春記」
2)「木精(こだま)」

 松本市内の古書店「青翰堂」で斎藤茂吉と北杜夫の著書を特別展示していると新聞記事で知りました。早速、街中のお城として観光客にも知られている「青翰堂」へ。古い木製の看板の下のショーウインドーに全集や単行本などが展示されていました(写真)。

記事には、この古書店が『どくとるマンボウ青春記』に出てくるとあります。探してみると・・・、**いま思いだしても癪にさわるのは、松本の大きな古本屋が、貴重な本、たとえば『善の研究』などには、金のほかに米まで要求したことだ。私は牧野富太郎博士の『日本植物図鑑』がどうしても欲しかった。しかし、この厚い図鑑は金のほかに米三升が必要であった。(中略)三升の米を本屋に渡すのがどんなにか悔しかったことであろう。**

ここに出てくる松本の大きな古本屋というのが青翰堂だったんですね。「青春記」を雑誌に連載した後、北杜夫は出版社の人と青翰堂を訪れて事情を聞いたそうで、単行本にする際、そのことを「附記」に書いたそうです。

手元の文庫本で確認すると確かに附記があります。**附記。私は最近松本へ行き、かつての古本屋の御主人と話をした。決してその本屋がわるかったわけではない。むしろ良心的に値段をつけておくと、悪質な本屋に買いしめられ、他の古本の入手も困難で、一週間でまともな本はなくなり店がやれなくなると忠告された由だ。従って良書を手離すには他の古本や米との交換がぜひとも必要であった。いずれにせよ、そういう時代であったのである。**

具体的に古書店の名前を書いているわけでもないのに、実に誠実な対応ですね。北杜夫の人柄でしょう、きっと。

「青春記」によると終戦後に岩波文庫が粗悪な紙で発行されたそうですが、そのころは内容も知らずに岩波文庫を手に入れようという客で行列ができたそうです。そういう時代だったんですね。

『どくとるマンボウ青春記』を読んだのは大学生のとき、もう○十年も昔のことです。再読してみようと書店で探してみました。松本市内のいつも行く書店にも、文庫をよく揃えている老舗の書店にもありませんでした。なんということでしょう。松本を舞台にしたこの名著が置いてないなんて。手元にあるのは佐々木侃司さんがカバーデザインした中公文庫、新潮文庫のデザインを知りたかったのに、残念です。


 

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繰り返しの美学 小谷村役場

2008-10-18 | B 繰り返しの美学


 繰り返していればなんでもかんでも美しいのか、と問われそうな気もしますが、気楽に繰り返しを楽しもうというスタンスで取り上げていることをご理解下さい。で、今回は小谷村役場のファサードです。

全国でも有数の豪雪地の村の庁舎、屋根の雪を受ける大型のコンクリートの軒樋を兼ねる庇をペアの袖壁が支えています。

庁舎というとなんだか近寄り難い高圧的な印象のデザインも無いわけではありませんが、このファサードから重すぎず、軽すぎず、親しみやすいという印象を受けます。この表情の創出に袖壁のリズミカルな繰り返しが効果的に効いていると思います。
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繰り返しの美学レビュー

2008-10-17 | B 繰り返しの美学

 繰り返しの美学レビューです。以前投稿した記事を編集して再び載せます。

茂木健一郎さんの著書『「脳」整理法』ちくま新書 に「繰り返しの美学」にも関わる興味深い記述がありました。

「規則性は歓びの感情を引き起こす」
**規則性や秩序によって呼び起こされる感情には、独特のものがあります。(中略)規則性に歓びを感じるという人間の嗜好が確かにあるわけです。**

「脳はランダムな出来事に無関心」
**ランダムだとわかってしまっている現象について、脳は、基本的に興味を失って無関心になります。(中略)ランダムな事象でもそこに何らかの規則性や傾向を読み取ろうとしてしまうのが、私たちの脳のいわば「くせ」なのです。**

そうか、秩序づけられた情報を脳は歓迎するのだ・・・。歓迎の「しるし」として脳は秩序づけられたものを、私たちをして美しいと感じさせるのだ!これこそ繰り返しの美学が成立する理由ではないか・・・。


私はこのように思い至りました。 では、「繰り返しの美学」をどうぞ!


繰り返しの美学の原点、京都の伏見稲荷大社「千本鳥居」


ブログに初めて載せた繰り返しの美学


京都 水路閣


表参道ヒルズ 小旗の繰り返し


高山 伝統の美  繰り返しには美が宿る

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「プロフェッショナル」

2008-10-15 | A あれこれ
「勇気を持ってゆっくり行け」
「やってきたことを信じろ」  

一昨日(13日)、NHKテレビで「あの感動をもう一度!北京の興奮が甦る8時間」という番組を放送していました。朝から夕方までの長時間の特番でした。夕方偶々テレビをつけたらこの番組の中で「プロフェッショナル」の再放送をしていて、競泳の北島康介、中村礼子両選手のコーチ・平井伯昌さんの指導振りを興味深く見ました。

シドニーオリンピックで北島選手はまさかの予選落ちをしますが、レースの直前に不用意にかけたアドバイスがその原因だったと平井さんは反省、次のアテネでのリベンジを誓ったのでした。

アテネで2冠、そして今回の北京オリンピックで連続2冠。成績に大きく影響するメンタル面、そのコントロールをどうするか・・・。もちろん予選のレースを分析して、作戦も伝えるのですが、最後はシンプルにひと言。北島選手には100m平泳ぎ決勝の前に「勇気を持ってゆっくり行け」、100mでメダルを逃した中村選手には200m背泳ぎ決勝の前に「やってきたことを信じろ」と声を掛けたのでした。

平井さんは学生時代に水泳部で熱心に練習するも記録が伸びず3年生のときコーチに転向、選手たちが記録を次第に伸ばしはじめるとコーチの魅力にとりつかれていったそうで、大学卒業後は内定していた会社ではなく都内のスイミング・クラブでコーチの仕事を始めたのでした。

中学生の北島選手の目を見て、一緒にオリンピックに出ようと思ったそうです。目に力があったのでしょう。

北京オリンピック直前の高地での合宿(アメリカのどこだったか、都市の名前を覚えていません)の厳しい練習。「マジ はきそう」と北島選手。合宿に参加した女子選手はもう水泳をやめるとさえ思ったとか。

選手のフォームの乱れを指摘しそれを修正する、ライバル選手の泳ぎを見てレースの作戦を考える、そしてレース前に的確なアドバイスをひと言。

北島選手2大会連続2冠、中村選手2大会連続銅という快挙達成までの裏側での出来事。「そうか、感動のレースの裏側にはこんなドラマがあったんだ・・・」
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どくとるマンボウ昆虫展 

2008-10-12 | A あれこれ
 

 どくとるマンボウ 北杜夫が青春時代を過ごした旧制松本高等学校、その所在地あがたの森にある旧制高等学校記念館で「どくとるマンボウ昆虫展 マンボウ先生の青春」が開催されています(明日13日まで)。今日は休日出勤、昼休みに出かけて観てきました。

**一夜の空襲に私の家は完全に焼失した。そのころ飼っていた何種類かの蜂の巣も、何年もかかって集めた数十箱の標本も、すべてむなしいひとすくいの灰と化してしまった。** 北杜夫は『どくとるマンボウ昆虫記』にこう書いています。北杜夫が松高に入学したのが昭和20年、今回展示されているのはそれ以降に上高地や美ヶ原で採集した昆虫の標本です。

バンカラな学生生活を送りながら、松本周辺で昆虫を夢中になって追いかけていた北杜夫。「少年のようなこころ」の持ち主なんでしょう。作品の奥に在る共通する雰囲気はナイーブな少年のこころから生まれているように私には思えます。

旧制高等学校記念館は平成5年、15年も前に開館していますがいままで訪れたことがありませんでした。常設展示品には北杜夫の有名ならくがき「憂行」や同じく有名な物理の試験の答案もありました。この物理の答案は『どくとるマンボウ青春記』に**更に別の問題には、恋人よこの世に物理学とかいふものがあることは海のやうにも空のやうにも悲しいことだ で始まる長詩を書いた。教授はこの答案に合格点に一点足らぬ五十九点をくれたが(後略)**と出てきます。


本館 大正9年竣工

講堂 大正11年竣工

ところで旧制松本高等学校の本館と講堂は共に大正時代の木造建築でその歴史的な価値から国の重要文化財に指定されています。次回は建築観察をしたいと思います。
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