透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー



番号ポータビリティ

2006-10-30 | A あれこれ

携帯電話の番号ポータビリティがスタートした。

このポータビリティというカタカナことば、建築用語としては以前から使われていた。例えば椅子のポータビリティというと、椅子の持ち運び易さという意味だ。それは椅子の大きさ、重量、形状(抱えて運べるような形状になっているかどうか)などによって決まる。椅子をデザインする際にはポータビリティを考慮せよ、というわけだ。

さて、番号ポータビリティだが、数日前ある新聞では「番号持ち運び制」と表現していた。「持ち運び」とは「もの」にあてはまる概念ではないのか、と思うのだがどうだろう・・・。ものではない番号つまり情報に対して「持ち運び」と表現されると、違和感を覚える。購読している新聞は「番号継続制」と表現している。そう、この場合持ち運び制より継続制のほうが相応しいと思う。

そもそも内容を的確に表現することができる「継続制」という日本語があるのに、なぜ「ポータビリティ」などと表現したのだろう。コンセンサス、トレーサビリティ、コンプライアンス等々、一般に馴染のないカタカナことばの使用を控えようという気運が高まったのではなかったか。

『プレイン・イングリッシュのすすめ』ケリー伊藤/講談社現代新書によると、アメリカでは役人や弁護士も、自分達だけしか理解できないような法律言葉や官僚言葉で一般市民を煙に巻くことが許されないという。
(Plain Englishに関する大統領命令/1978年3月23日)

別に番号ポータビリティという表現が一般市民を煙に巻くためのものだとは思わないけれど、なぜこういう表現をしたのかは、知りたいところだ。
 

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ワイン

2006-10-29 | A あれこれ


 

 

 

 

 

塩尻といえばワイン

「塩尻ワイナリーフェスタ2006」に出かけてみました。車で出かけたので試飲もせずに、雰囲気だけ味わってきました。そういえばここに友人おすすめのワインがあったな・・・。

りんごさんのブログの書き込みを思い出して「五一ワイン マスカットベリーA」確かこのワインだった、と思うけど・・・(こういうときには老人力欠乏症になりたいな~)ま、いいや違っていても、と買ってきました。ということで写真もりんごと一緒に写してしまいました。

ワインの味を文章で表現するほど通ではないけれど、この赤、いかにもワインらしいというか、真面目なというか、うまいワインでした。しかも安い。

いつも建築や本について書いているけれど、マ、ときにはいいよね。テレビでは拓郎が歌っているから、この辺で切り上げてテレビをみよう。



 

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安曇って・・・

2006-10-28 | A あれこれ


〇 最近の新聞(記憶が曖昧、たぶん市民タイムス)から

老人力がついてきた方にはこの写真はちょっときついかも知れませんね。一番上のあづみ野の里が見えますか? 一番下のあずみ野温泉ホテル、読めますね。安曇のひらがな表記には「あづみ」と「あずみ」両方あるんですよね。電話帳で調べても両方載っています。

安曇って海洋民族の安曇族に由来するってことは聞いたことがあります。各地の神社に残るお船祭りって海洋民族のなごりなんだとか・・・。で、「づ」と「ず」 どっちなんだ、ってことを調べようとすると一気に古代史の世界に入り込んでしまうんですよね。

海人津見「あまつみ」が「あつみ」に転化したもの、だから「あづみ」。
ちょっと俗っぽいのかな、海女住み「あますみ」から「あずみ」なんだと聞いたこともあります。

この海洋民族は九州地方から各地に移動していって今の安曇野には日本海側を北上して糸魚川から姫川沿いに入ってきたとする説が有力なようですね。途中、「安曇郷」鳥取、「安津見」石川、「安住」富山などと地名に名を残しながら移動してきたんだ、などと聞かされると、なるほど!と思ってしまいます。九州に有明海があって、安曇野には有明山があるだろ、海がないから山に同じ名前を付けたんだなんて駄目押しされると、酒飲み話としては説得力抜群、盛り上ってしまいます。太平洋側から入ったという説もあるようで、途中渥美(あつみ)半島にその名を残したんだとか。

ところで、邪馬台国がどこにあったのか、という謎をめぐっては学者や作家、一般の古代史ファン達がいろんな説を唱えて盛り上った時期があったんですね。作家の中にはあの松本清張もいました。清張はそれを小説にも論文にも書きました。小説のタイトルは忘れましたが、東経135度の線上に位置する何だっけかな、何かが卑弥呼に関係するもので135をヒミコと読ませていたものがありました。これは清張の単なる思い付き、遊びでしょう。

地名の由来が古代史にまで繋がっているというのは驚きです。暇な時間が増えたらこんなことを調べてみるのも楽しいでしょうね。

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木質バイオマス

2006-10-28 | A 本が好き

■「バイオマス」というと最近まで家畜の排泄物や食品廃棄物(生ゴミ)から発生するメタンガスを利用して熱や電気エネルギーを供給するシステム、と理解していた。しかし実はもっと対象のひろい「生物資源」全体をさす概念であることを知った。今までの不明を恥じるばかりだ。
ネットで調べてみると「再生可能な、生物由来の有機性資源で化石資源を除いたもの」と定義されている。ということで「木」も含まれている。

建築するときには鉄やアルミ、石油を原料とする材料など少なからぬ資源消費を伴う。これらの地球埋蔵資源は「総量」がきまっている。ところが「木」は伐採して利用したあと植林して育てれば再び使うことができる。本来の意味で再生可能な唯一の建築資源だ。また「木」はエネルギーとしても利用できる。そう薪(熱エネルギー)として。
最近、薪ではなくて間伐材や廃材などを利用したペレットを熱源とするストーブやボイラーを設置する例が見られるようになってきた。

先日紹介した大町の住宅、床屋天井にはムクの根羽杉が使われ、リビングには暖房用のストーブ(ペレット、薪どちらでも可)が設置されている。仕上げ材と燃料、どちらも「木質バイオマス資源」だ。

利便性、経済性に押し流されて木に代表される自然素材や薪を使うかまどや風呂などが住宅から消えて久しい。

地球的な規模での資源枯渇、その対策の必要性が指摘されている。ここで数十年前の生活に戻って資源の消費を減らそう、というのはたぶん無理だろう。
でも少し「エコ」な生活をしようという意識を明確にもってそれを実践すること、これは宇宙船地球号の乗組員の責務だということに異論、反論はあるだろうか。スウェーデンのヴェクショー市では「化石燃料ゼロ宣言」をすでに10年くらい前にして、バイオマスへの転換を目指しているという。 



もう一度自分の住まいを造るという機会がもしあれば、エコロジカルな住宅を考えよう。私にはその機会はまずないと思うけれど・・・。



忘れていた、こんな講座の本を購入していたんだ。未読じゃないか、少し読もう・・・。

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「春宵十話」 岡潔

2006-10-27 | A 本が好き



光文社文庫はほとんど手元にない、光文社新書はときどき読むのだが。
先日書店でこの本が平積みされているのを目にした。岡潔、何で今ごろ文庫に?と思いつつ手にした。1963年に毎日新聞社から単行本が出版されているようだ。この有名な数学者の専門の「多変数複素解析函数論」、って何のこっちゃ???????・・・・。
この随筆集で岡氏は自身の経験を振り返りながら教育を論じている。

このところ全国の高校で必須科目を履修していない生徒が多数いることが判明し問題になっている。受験科目にない必須科目を大学受験を優先して他の科目に置き換えて授業をしていた、ということのようだ。大学に提出する成績表のデータの捏造まで見つかっている。

こんな事態をもし岡氏が知ったらさぞかし嘆いたことだろう。改めて教育について考える、という意味でこの文庫の出版は実にタイムリーとなったと思う。

 

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「非日常」の演出

2006-10-26 | A あれこれ

「建築家とアートがつくり出す空間を損なうもの」というタイトルの記事を目にした(「建築ジャーナル」 2006/10)。
この7月に開館した青森県立美術館に関する話題だ。

美術館という「非日常的な空間」のなかのレストランの家具や器、あるいは壁の絵などがすべてありふれたものだ、とこの美術館を取材した記者が指摘している。非日常の空間のなかにそれとは無関係に日常的な空間がある、ということだ。美術館全体のイメージにそれはマイナス。でもこのようなことはときどき経験する。

では、建築の内部の全てが非日常な空間で満ちていればそれでOK、ということなのだろうか・・・。

音楽ホールでも外に出た瞬間に街の喧騒に巻き込まれて余韻にひたることなしに日常に引き戻されてしまう、ということを経験する。非日常的な空間は単に建築の内部だけに限定されていてよいわけではない。そういう観点で最近の建築のロケーションをみると、疑問に思わざるを得ないところが少なくないように思う。日本の都市にはもはや恵まれた環境が無いのかもしれない。

周辺環境との親和性を断ち切ってひたすら自閉する建築が多いのは、そのことの証左なのか、設計者の努力が足りないのか、諦めの結果なのか・・・。

「まつもと市民芸術館」もまさにそのような場所に創られた。伊東さんも、自閉した建築を設計した。ただしメインホールの入り口を一番奥にして、敢えてエントランスからの動線を長くしている。そうすることで建築の内部に余韻に浸る空間を確保しようという意図がみてとれる。尤もそうすることで一番高くなるステージを後方に置かないで周辺への圧迫感を軽減するという意図もあるだろうが。

この芸術館のコンペの応募案で、このような発想で客席を前面道路に向けた案は他には無かった。 伊東さん、凄い!と思ったことを覚えている。

その意図に沿って演奏の余韻に浸りながらゆっくりエントランスに向う。館外に出る前にレストランでコーヒーでも飲みながら、さらにその時間を延ばしたい。

頭の中にはそのようなシミュレーションができているのだが、なかなかコンサートを聴く機会が無いのが残念だ。

 

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ちくま文庫2冊

2006-10-24 | A 本が好き


本日ちくま文庫2冊購入。

『クラウド・コレクター』クラフトエヴィング商会
友人がメールで紹介してくれた本。但し友人はたぶん単行本を読んだと思う。以前『オーデュボンの祈り』伊坂幸太郎/新潮文庫も紹介してもらった。どちらも紹介されなければまず手にすることはないと思う本だ。紹介された本は読んでみることにしている。へ~、こういう本が好きなのか・・・、と相手のことを考える。

『老人力』赤瀬川原平
実はこの本は未読、読んでおく必要があるだろうと思って購入した。
どうだ、と「老人力」をときどき自慢したい。
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ふたつのポット、どこが違う?

2006-10-23 | A あれこれ



 今回はクイズみたいなタイトルを付けてしまいました。ふたつのポットを比べてみてください。

どちらも3リットルの容量、従って大きさもほぼ同じですが、蓋を開けたときの「高さ」が違います。右は最近買ったものですが、吊戸棚に開けた蓋が当たってしまいます。この写真より奥に置いてしまうと蓋がきちんと開きません。カウンターで置くことができる範囲が限定されてしまうので使い勝手が悪いですね。

このようなことは、めずらしいことではないでしょう。気に入った家具が見つかったのに置き場所の寸法が少しだけ足りない(例えばカウンターの下に置くような場合)、本が少しだけ大きくて書棚に納まらない、履いていったブーツが下足入れに納まらない。いままで穿いていたズボンが穿けない。

ウ~ン、たった数センチのことなのに・・・。

たま~に、経験するんです、仕事でも。備品購入したスチール製の書庫が窓下にきちんと納まらないで窓にかかってしまう、家具を横に三つ並べて(別に三つでなくてもいいですが)みたらドアにかかってしまう・・・というようなことを。

や~、モジュラーコーディネーションって大事ですね。
モジュラーコーディネーションなどと馴染のないカタカナことばを使ってしまいました。建築を構成する各部の寸法を、あらかじめ設定した基準寸法(モジュール)に沿って調整(コーディネイト)すること、でいいのかな(この部分、少し説明を補足しました。この用語の定義としてはかなり正確になったと思います)。


 

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百人百色の生き方

2006-10-22 | A あれこれ
昨晩遅く(23:30から)、NHK教育テレビの「土曜フォーラム」を見た。公開シンポジウムの録画放送。シンポジウムのテーマは「どう活かす、団塊力」だった。出演者のひとり、残間里江子さんは、数日前朝のラジオ番組で団塊の世代よ定年後「小さな幸せにとじこもるな」といっていた方で、好きなことばは「荒天決行(こうてんけっこう)」とのことだった。荒天決行、なんと元気な! そのとき私はそう思った。

残間さんはこんな本も書いている。

シンポジウムでは「定年後をどう生きるか」についてのディスカッションが行なわれ、残間さんはラジオでの発言同様、小さな幸せにとじこもることなく、積極的に生きて、と多弁だった。要するに蕎麦打ちして近所に配ってそれで満足、ではいけなくて、有料で施設などに卸すくらいなことをしなさいということだった。

他に前宮城県知事の浅野史郎さんや堀紘一さんらが出ていた。堀さんは百人百色の生き方があっていい、夢をもてと熱く語っていた。浅野さんの社会貢献論に対して、定年後でなくてもボランティアはできるし、何も社会貢献しなくてはならないというわけではないと反論していた。自分のやりたいことをやれというわけだ。

団塊世代は700万人くらいいるとのことだが、来年あたりから定年を迎えることになる。「団塊世代」とひとくくりして生き方を論じるなんて意味があるんだろうか・・・。堀さんの「百人百様の生き方があっていい」に全く賛成、そして私は「小さな幸せ」派、それで充分だと思っている。



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東京したいな

2006-10-21 | A あれこれ

■ 伊東豊雄 建築|新しいリアル 東京オペラシティ アートギャラリー(新宿)

■ パラレル・ニッポン 

   ―現代日本建築展 1996・2006―  東京都写真美術館(恵比寿)
 
■ 新一葉記念館 設計:柳澤孝彦 11月01日オープン

これだけの注目!があれば東京しなくてはならない。「表参道ヒルズ」と、その向かいの「日本看護協会原宿会館」/黒川紀章も見ておきたい。来月早々に出かけよう。

さて、今回の本題。


昨日、午後のお茶の時間に「あずきプリン」なるものがでた。パッケージをちょっと引っ張ってみたら、伊東さんの建築になった(写真)。

以前も書いたことだが(同じことを繰り返すのも「老人力」がついてきた証拠)、「せんだい」以降、伊東さんは幾何学的な建築から有機的な建築にシフトしている。

伊東さん自身 **せんだいメディアテーク以来、変わってきました。コンペの応募段階では、物資感のない光のチューブをつくろうと考えていたのですけれども、現場の途中で、膨大な量の鋼管を組む作業をしました。すると、鉄の強さとか、物質のダイナミズムをそのまま表現した方がいいのではないかという気になったのです。**と語っている(日経アーキテクチュア 特別号)。

別の雑誌では、「せんだい」のチューブが単純な円筒ではなく樹木を連想させるオーガニックなフォームだったことから、ピュアな幾何学によらない形態のダイナミックな力強さに魅入られてしまった、と語っている。

福岡の「ぐりんぐりん」ではメビウスの輪のような、内と外の区別が判然としない建築をめざして三次元曲面を使ったし、スペインのトレヴィエハという地方都市で現在建設中のリラクゼーションパークは流動的で運動をイメージさせる大きな巻貝のような建築だ。そう、上の写真のような。

現在進行中のプロジェクト「台中メトロポリタンオペラハウス」(台湾)のCGがやはり雑誌に載っているが、従来の建築という概念からは到底理解できない三次元曲面の集合体だ。平面がほとんど無い。これらのプロジェクトを、東京オペラシティ アートギャラリーの展覧会で見ることができるだろう。これはやはり東京しなくてはならない。


 

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ブックレビュー 0610

2006-10-21 | B ブックレビュー
今回の20冊、建築関係の本と小説が並んだ。
パソコンに取り込んだときには、比較的鮮明な写真だったのに、ここにアップしたら不鮮明になってしまった。なぜだろう・・・


○ ブックレビュー (061020)

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老化現象!?

2006-10-20 | A あれこれ

『老人力』

何年か前、赤瀬川平さんのこの本がベストセラーになって、「老人力」はその年の流行語にもなりました。加齢による能力(例えば記憶力、判断力、体力、視力など)の衰えを赤瀬川さんはポジティブにそしてユーモラスにとらえてこう表現したのでした。その後同様の言葉、例えば母親力、父親力、教師力などが使われるようになりましたね。他にも地域力、掃除力、などなど ○○力という言葉は本のタイトルにも頻出するようになりました。

さて、私のお気に入りのブログでも、「老人力」がついてきたな!と思わせるような投稿を目にしました。人生80年 まだ、「老人力」と表現するのはいくらなんでも失礼なので、同義ですがここでは「中年力」としておきましょう。

○さんは顆粒状の感冒薬をフロストシュガーと間違えてヨーグルトにかけてしまったとか・・・
○さんは駐車券をしまい忘れて焦って探したものの見つからず、自宅に戻ってから出てきたとか・・・
○さんは東京の地下鉄で既に改札を出た後にキップが無い!って焦ったとか・・・

皆さん、中年力が順調についてきていますね! おめでとうございます。

私も仲間入り。先日始業時間よりかなり早めに出社して、所員の通用口のドアを開けようと、暗証番号を押すものの、開かない!
二回、三回と繰り返しても開かない! 誰かに電話して訊こうかとも思いましたが、ようやく五回目で開きました。暗証番号を忘れてしまったのです。バンザイ!


これから寒くなってきます。市内で飲んで事務所に戻ってきて、中に入れなかったらあぶない、と思ってケータイに暗証番号を登録しました。われながら、グッドアイディア! でも登録してあることを忘れるかもしれません。

工事現場に出かけるときヘルメットを忘れてはいけないと思って、メモ用紙に「ヘルメット」と大きく書いて鞄の上に置いておいて、そのメモをもったまま車に乗り込んでしまったり・・・

中年力自慢なら、負けませ~ん。


 

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壮大な自分史

2006-10-18 | A あれこれ

 写真を差し替えた

しばらく前の新聞の文化欄に載った記事。
黒川紀章氏の代表作品のひとつ「中銀カプセルタワー」が取り壊されるかもしれない、と報じている。メタボリズムという建築思想を氏はこのビルで具現化して見せた。これ程までに明確にこの思想を建築化した例を他に私は知らない。

黒川紀章氏の思想は論文になり、あるいはこのビルのように建築として形象化されてきた。氏の場合、建築作品より世に提示してきたキーワード、例えば「共生」の方が一般にはあるいは知られているかもしれない。『けんちく世界をめぐる10の冒険』の中で伊東氏は書くこととデザインすることとは等価だと指摘している。

昨日のブログに黒川氏の著作集全18巻のパンフレットの写真を載せた。建築家で著作がこれだけのボリュームになるというのは凄いことだと思う。今年の3月に出版された『都市革命 ―公有から共有へ―』中央公論新社が100冊目だという。

40年以上にも及ぶ黒川氏の思索を網羅的に収録するという今回の企画、一番嬉しいのは氏自身であろう。

いま、定年後、来し方を振り返り自分史としてまとめることが静かなブームなのだという。この著作集は黒川氏の壮大な「自分史」だ。

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アルゴリズムが創る建築

2006-10-17 | A あれこれ



松本市内の老舗の書店に電話で注文しておいた本が今日勤務先に届いた(写真)。パンフレットは黒川紀章の全18巻!の著作集、全巻セットで105,000円。毎月1巻ずつ刊行されるなら(約6,000円/月)、購入してもいいなと思うが全巻まとめてとなるとちょっと手が出ない。「これから出る本」という近刊図書情報。ここに川上弘美の長編『真鶴』文藝春秋 今月28日発売、という広告が載っている。久しぶりの長編、楽しみだ。

前置きが長くなってしまった。
今回は『けんちく世界をめぐる10の冒険』伊東豊雄建築塾/彰国社について。1辺が13cmの正方形の本。絵本のような装丁の本だが、中身は凄い。
裏表紙には**21世紀のけんちく原理を探る、小さいけれど大きな1冊**とある。本当にそうだ、と思う。

伊東さんの最近のプロジェクトを平易にそして深く語っている。伊東さんの事務所に入所して数年の所員とのディスカッションも収録されている。

**(前略)環境が変わろうが、ある人間が生まれて死のうが、建築は変わらないという大前提があるから、正方形や円という純粋幾何学が一番美しいといわれてきたけれど、そうではない美しい建築があるのかもしれない。(中略)
エコロジーや自然とのかかわりを建築が問うのであれば、純粋幾何学の建築ではなく、別の建築のありようを求める必要がある。僕らはそれをアルゴリズムを使って示そうとしている。**

ここではアルゴリズムが生みだす美学をめぐって議論が展開している。装丁のイメージとは全く異なる高度で知的な議論だ。

僕達は空間を水平、垂直の直交座標によって認知するように「訓練」されている。それ故、建築もそのようにイメージし構成する、水平の床、垂直の壁そして天井とによって。伊東さんが「せんだい」以降に志向している流動的な建築はこのような従来の空間認知の仕方ではイメージしにくいのだという。そこでアルゴリズムという概念が登場するというわけだ。

アルゴリズムは運動を規定するのだと伊東さんは解説し、それが従来の幾何学とは違う流動的な形態をつくりだすのだという。「アルゴリズムをめぐって」というこのディスカッション01は最近の伊東さんの先駆的なプロジェクトを読み解く鍵が示されていて大変興味深い。いい本を入手できた。

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フェイルセイフな設計

2006-10-16 | A あれこれ
○ 安曇野ちひろ美術館

○ 安曇野ちひろ美術館外観○ 谷樋の詳細


上の写真は以前載せましたが、今回再度載せます。下の写真は工事中に見学した際、撮ったものです(当時のプリントを接写しました)。どの部分の写真かは分かりますね。屋根と屋根の間の谷樋、上の写真の白い四角い部分の詳細です。

有名建築家の作品を見学すると、こんなのありかな~、と思うようなディテールを目にすることがあります。防水をシールだけに頼っていたり、こんなに薄くて持つのかな、と積雪時の強度が心配になったり、「にげ」をとってなかったり、数年経ったら錆びるだろうな・・・といった具合に。

さて、「安曇野ちひろ美術館」の谷樋に戻りましょう。美術館をいくつかの部分に分節してそこに切妻の屋根を架けています。するとこのように谷の部分ができます。谷樋は雨仕舞い上、弱点になりやすいので、できれば避けたいところです。

内藤さんは実に用心深くこの部分を設計してあります。ドレーンの他にオーバーフロー管を2本立てています。ドレーンがもし詰まってしまってもオーバーフロー管から雨水が排出されるようにしてあるのです。この部分はステンレス防水(ステンレス板の立てはぜ葺きシームレス溶接)、施工さえきちんとしていれば一番信頼できる防水だと思います。冬期の凍結対策としてヒーターも設置する予定なのでしょう。

ところで内藤さんのデビュー作は「ギャラリーTOM」でした(私の記憶が間違っていなければ)。学生のとき見学したと思うのですが、所在地は覚えていません。確か、渋谷区だったと思います。このギャラリーの屋根はよく雨漏りしたらしいのです。そのたびに内藤さんは呼び出されてシールを打ったりして対応したらしい(昔、雑誌で読んだ記憶があります)。そういう苦い経験が雨仕舞いに対して用心深くしたのかもしれません。

『「失敗をゼロにする」のウソ』ソフトバンク新書 で著者の飯野謙次氏は同じ失敗がくり返されないような仕組みを考えなければならない、と強調しています。ま、当然な主張ですが、これがなかなか難しいのです。一度あることは二度ある、二度あることは三度ある。このことを残念ながら経験的に知っている人は多いと思います、私も含めて。

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