透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー



「還」

2010-12-30 | A あれこれ

 私は今年の漢字として「還」を挙げる。

■ 小惑星探査機「はやぶさ」が60億キロにも及ぶ宇宙の長旅の末、6月、7年ぶりに地球に帰還した。エンジントラブル、行方不明・・・いくつものトラブルをクリアして、予定から3年遅れの帰還だった。

イトカワの微粒子が入ったカプセルを無事地球に届けたものの、「はやぶさ」本体は大気圏突入時に燃え尽きた。これが日本人の美学にぴったりだったのだろう。「はやぶさ」に感情移入してこの快挙に涙した国民も多かったのではないか。実は私もそのひとりだった。

 南米チリのサンホセ鉱山で8月に落盤事故が起き、地下700mに33人の作業員が閉じ込められた・・・。絶望的な状況。

救出用の縦穴を掘るという作戦が見事成功、フェニックス(などと名前をつけるセンスというか、余裕が日本人にはあるだろうか・・・)と名付けられたカプセルで作業員全員が地上に生還した。私はこの様子をテレビで繰り返し見た。この感動的な出来事にも涙した。

「暑」 今夏は猛暑で熱中症で何人も亡くなったが、暑かったという実感が私にはそれ程ない。 来年はどんな漢字を挙げることになるのだろう・・・。 






 

コメント (4)
この記事をはてなブックマークに追加

これは・・・

2010-12-26 | A あれこれ


山形村の親戚にて101226

 脳は伝達される視覚情報を脳内にストックされているデータに照らし合わせて、既知のものに帰着させようとする。

もしかしたら、一瞬この写真に写っているものを脳は「手」と認識しようとするかもしれない。もちろん直ちにそれは否定されるのだが・・・。既存のデータに無いものや十分なデータが伝達されず確認できないものを見た場合は不安になったり、恐怖を感じたりもする。


松本平の西南に位置している山形村は長いもの産地だ。畑ではこの時期も、長いもの収穫作業が行われている。市場に出荷され、スーパーや八百屋で売られるのは形の整ったものだけだが、こんな形のものも収穫される。土中に石があったりしてまっすぐ生長できないことも原因のひとつだろうか。


コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

風景と光景

2010-12-26 | A あれこれ

「風景」:目を楽しませるものとしての、自然界の調和の取れた様子。
「光景」:その人が実際に目で見た、印象深い景色や、ショッキングな事件の様子。
新明解国語辞典

「風景」:けしき。風光。風姿。風采。
「光景」:目のひかり。ありさま。様子。景色。
広辞苑

新明解国語辞典の方が、意味を分かりやすく説明しようという意図が窺える。
広辞苑のけしきと景色、表記の違いに意味があるのだろうか・・・。

今読んでいる年越し本『生命を捉えなおす』清水博/中公新書に**アトミズムには、単に対象を微視的観点から捉えるだけでなく、動的な現象を静的な状態に分解して、興味を「現在」に絞って観察をするという性格があるのです。**という記述がある(17頁)。

この説明は連続的な変化、動態を瞬間的な状態に微分して捉えるという意味だと理解できるだろうが、この意味とは関係なく、風景は広範囲のどちらかというと静的な状態を、光景は目前の動的な現象を指しているという説明って、なかなかいいのではないかと、ふと思った。

でもまだまだ、映画評論家と映画エッセイストの違いについて「映画評論家は映画を観て泣かない、映画エッセイストは泣く」という分かりやすい説明には及ばない・・・。

風景と光景の違いを分かりやすく・・・。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

年越し本「生命を捉えなおす」

2010-12-24 | A 本が好き




 川端康成の『古都』読了後、年越し本を書店で探し求めた。できれば小説、と思っていたがなかなか見つからず、結局中公新書からこの本を選んだ。なかなか難しいテーマ、内容だ。

**生命は秩序を自己形成する能力である**と考えている著者。**細胞から、組織、器官、個体、社会、生態系に至る様々な系に固有の生きている状態が存在するという観点に立って、生きている状態の統一的な理解を考えてみようという立場をとります。**

このように本書で著者は各ヒエラルキーの生命体に共通する、生きているという状態の統一的な理解を示そうという興味深い試みについて書いている。これは数日で読了というわけにはいかない。年越し本に相応しい名著と見た。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

メリークリスマス!

2010-12-24 | A あれこれ



透明タペストリー
U1
20101224


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「古都」川端康成

2010-12-23 | A 本が好き

 昨日(22日)、NHKの「ラジオビタミン」を少し聴いた。番組で「映画評論家」と「映画エッセイスト」ってどう違うのですか?  という問いにゲストが評論家は映画を観て泣きません、エッセイストは泣きます、と答えていた。これはなかなかの答えだ。

「風景」と「光景」の違いは? 「特有」と「固有」の違いは? 前から気になっているのだが、明解に説明できないでいる。先のような上手い説明ができないものだろうか・・・。




 『古都』川端康成/新潮文庫を読み終えた。

川端康成の作品を再読したことも今年の読書の成果。『山の音』 『千羽鶴』 『みずうみ』 『日も月も』 『伊豆の踊子』そして『古都』。以前『雪国』と『眠れる美女』も再読したから、川端作品はもういいか。来年もひとりの作家の作品を集中的に読んでみようかな・・・。

さて『古都』。

主人公の千重子は庭のもみじの古木の幹に咲く二株のすみれを見て、**「上のすみれと下のすみれとは、会うことがあるのかしら。おたがいに知っているのかしら。」と、思ってみたりする。** 少し離れて咲くすみれの花は、違う環境で別々に育ったふたごの姉妹・千重子と苗子との出会い、心の交流を描くこの物語を暗示するもの。

川端康成は小説に日本の美しい自然を織り込んだが、この作品も同様で、京都の美しい自然や名所が織り込まれている。この小説は雪降る静かな夜に読むのがいい。北山杉の美林に雪が降る光景を思い浮かべながら・・・。

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

今年の3冊 2010

2010-12-19 | B ブックレビュー

 今年も残すところあと10日ほどになった。今年の読み納め本は何になるのかまだ分からないが、今年印象に残った3冊を挙げる。




『日本辺境論』内田樹/新潮新書

「辺境性」という観点から日本文化の特殊性を説く。和辻哲郎の『風土』に通じると見た。
一方通行的にこの国に流れ込んできた外来文化の受容とこの国なりの変容。日本の文化の歴史は辺境という地理的な条件からの必然か・・・。


『進化の設計』佐貫亦男/講談社学術文庫

神(造物主)をデザイナーに見立てて、神の様々な生物デザインを評価する。神のデザインは常に完璧、というわけではもちろんなかった・・・。

このことを指摘する関連本2冊。


『おそめ 伝説の銀座マダム』石井妙子/新潮文庫

起伏の多い人生を「さだめ」と受け止めて生きぬいたおそめさんの生涯。多くの文人や政財界人を魅了し続けたおそめさんの魅力とは・・・。

書棚にはこんな本も。



コメント
この記事をはてなブックマークに追加

瓦と雪のパターン

2010-12-19 | B 繰り返しの美学

197901

 昨日(18日)、瓦屋根の写真をアップして、30年以上も前に都内で撮ったこの写真のことを思い出した。瓦の雪が陽の当たる部分だけ融けている。

このパターンを美しいと感じてカメラを向けたのだろうが、当時は「繰り返しという単純なルールによって秩序づけられた状態は美しい」などと、繰り返しの美学のことは考えもしなかった・・・。

今ならこの屋根の瓦と雪のパターンも繰り返しの美学と捉えることができる。


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

2010-12-18 | B 繰り返しの美学


安曇野市豊科田沢にて



 「かわら」ということばの起源についてはいくつか説があるようだ。

丸栄陶業㈱の社史、『日本の瓦・三州の瓦 栄四郎瓦の二〇〇年』には、器や蓋、陶器片などを意味するサンスクリット「カパーラ」、亀甲(かはら)、屋上の皮(かは)、土が焼かれて板状に変わるところから「かはる」などの説が紹介されている。瓦が遥か昔、大陸から瓦造りの専門家とともにこの国に伝わったことも同書に書かれている。

以来、千数百年の長い長い時を経る間、瓦そのものも、瓦を葺く技術も洗練されてきた。やはり長い歴史を負うているものや技術には嘘がなく、そして美しい。その美を単に「繰り返しの美学」などと記していいものだろうか・・・。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

完成度の高いフォルム

2010-12-18 | A 火の見櫓っておもしろい 


123





安曇野市豊科田沢の火の見櫓


「完成度の高いフォルム」 この火の見櫓をひと言で評すると、こうなるだろう。

屋根と見張り台の大きさや離れのバランス。上方に絞り込まれている櫓の緩やかなカーブ。脚部のシンプルなアーチ。これらのどれもが美しい。そして細部の端正なデザイン。櫓の中間の踊り場は最初から設けられていたのだろうか、その手すりの横材が櫓のアクセントになっている。

火の見櫓と周囲の家屋や樹木との高さのバランスが良い。集落によく馴染み、そしてまたランドマークにもなっている。地元の鉄工所の作だろうが、洗練されたデザインに職人の優れたセンスが窺える。

建築のデザインのありようをも示唆しているかのようだ・・・。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

スクラップ

2010-12-18 | A あれこれ




 昔は「ずく」があった。興味のある新聞記事をスクラップしていた。

台紙に貼った新聞記事をざっくりとジャンル分けして何冊かのGファイルに綴じてあって、今も書棚の一部を占めている。当時の新聞の文字は小さい。よくもまあ、こんな小さい文字を読んでいたものだ、と思う。

スクラップをする人は今でも少なくないと聞く。新聞各紙の社説などに日付がついているのは、スクラップに配慮してのことだろう。私は台紙に新聞名と日付を書いていた。今なら画像データ化してパソコンに保存することも可能だ。データ収集・整理・保存という一連の作業はスクラップより手間いらずで優れているだろう。

でも、でも、である。電子データ化して保存することに未だ馴染まない私が、もし今どちらかの方法を選択するとすれば・・・。  迷う。  基本的に資料は外在化された状態、つまり直接目に入る状態で保存するのが原則だと思っている古い人間なので。 

が、電子情報化は時代の流れ。流れに逆らえばこの世が住みにくいことは漱石先生でなくても分かる。来年から名刺を写真に撮ってパソコンで管理しようと思っているが、実行できるかどうか・・・。

ただし、本の「自炊」はダメ。本から本文だけ吸い取った情報は衣のとれてしまったエビ天より味気ないだろう。



メモ:「ずく」  根気。やる気。気力。もうひと手間。 「松本で聞いたことあるだ方言対話集」より

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「古都」再読

2010-12-18 | A 本が好き


■ 『おそめ』を読んだことが、『古都』を再読するきっかけになった。

川端康成は京都の下鴨泉川町に居を移して1年ほど暮らし、長編小説『古都』と『美しさと哀しみと』を同時に執筆した。昭和35、6年のことだ。先日読んだ『おそめ』にこのことが書かれていた。おそめさんは、川端康成や大佛次郎ら、京都を描く作家の取材を助けたという。

『古都』を書棚に捜したが見つからなかった。仕方なく先日買い求めた。新潮文庫「九十七刷改版」、長年読み継がれてきていることがわかる。活字が大きくて読みやすいのは助かるが、薄茶色に変色した用紙の細かな活字を読むのとは明らかに気分が違う。再読しているという気持ちにならない。

今年話題になった「電子書籍」を読むときもおそらくそうだろう。電子書籍で再読する時、「ああ、この小説は30年前に読んだな~」、などと感慨を抱くことはないのではないか。電子書籍は時の流れとは関係なく、いつでも新しい。

今朝は何を書きたいのだろう・・・。この辺でやめて、読了後にまた書こう。

コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

ユニークな鉄塔

2010-12-15 | C 先端のデザイン


 西伊豆の松崎町。この町のまちづくりに建築家の石山修武氏が深く関わったことはよく知られている。この町出身で左官の名工、入江長八の美術館も石山氏が設計した。

松崎町を過去2回訪れている。共に10年以上も前のことだ。「伊豆の長八美術館」の隣にやはり石山氏が設計した町営の民芸館がある。写真はその民芸館のシンボル鉄塔。どうやら昔から鉄塔に関心があったようだ。石山氏の建築デザインは独特、この塔もなかなかユニークだ。


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

火の見櫓は美しい

2010-12-14 | A 火の見櫓っておもしろい 


122 冬のフォトアルバム   101214

イルミネーションに飾られた火の見櫓 松本市波田にて


 

コメント (4)
この記事をはてなブックマークに追加

「ことばと思考」

2010-12-13 | A 本が好き


『ことばと思考』今井むつみ/岩波新書


「サピア・ウォーフの仮説」については以前も取り上げた。これは言語が世界の見え方を規定する、認識の仕方を規定するという仮説だが、本の帯の「異なる言語の話し手は世界の見え方が違う?!」 から分かるように、著者はこの仮説に認知心理学の立場から回答しようという興味深い試みについて書いている。

**ことばを持たないと、実在するモノの実態を知覚できなくなるのではなく、ことばがあると、モノの認識をことばのカテゴリーのほうに引っ張る、あるいは歪ませてしまうということがこの実験からわかったのである。66頁**

**言語は私たちにとってなくてはならないもので、言語をわざわざ使えなくするような人工的な状況でなければ、脳は無意識に、そして自動的に、なんらかの形で言語を使ってしまうのである。これを考えれば、言語を介さない思考というのは、言語を習得した人間には存在しない、という極論も、あながち誤っていないかもしれない。202頁**

言葉を覚える前の赤ちゃんや、異なる言語を使う人たちを被験者にした実験などを通じて、本書のテーマに迫る論述を興味深く読んだ。日本人が虹を赤橙黄緑青藍紫の7色だと認識するのはなぜか、本書を読めば理解できるだろう。


コメント
この記事をはてなブックマークに追加