つきみそう

平成元年に出版した処女歌集の名

揖斐川町へ

2018-07-27 | 岐阜県

 昨日は友人Tさんのお姑さまが亡くなられましたので、告別式に出るため、Kさんの車に乗せてもらい、揖斐川町に向かいました。享年89歳。母と同じ頃病状悪化。母より7歳年下ですのに先に逝かれてしまいました。揖斐川に沿う道を遡るのは、伯母の葬儀以来15年ぶり。揖斐川町の葬儀場は、山裾にあり、斎場と焼場は同じ建物で、ご遺体をコロで移動するのみ。これまでのように霊柩車に合掌しながら見送るということはありません。伯母の時とは格段の違いです。

 揖斐川町は酷暑の記録地点。昨日は少し前日の雷により、涼しくなりました。途中、バラ栽培で知られる神戸(ごうど)町には、ビニールハウスが多く見られました。これは15年前は知りませんでした。帰宅後は喪服を脱いで、母の病院に向かいました。老人が多数入院している病院に、ついでに喪服のまま寄るという訳にはいきません。 

 揖斐川を大垣まで下ると、明治41年に架けられた旧揖斐川橋梁があります。国の重要文化財です。

 

 

揖斐川を渡ります                             神戸町のバラハウス

  

架橋工事中                                 真新しい斎場  

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バリ祭 その後

2018-07-24 | 文化

 昨日の英会話教室では、エランガ先生からサチンくんのステージをスマホで見せて頂きました。撮影禁止のはずなのに誰かがうまく撮り、送信してくれたのだそうです。ウラは何でもあるのですね。彼は、楽屋に届いた好物のお饅頭だけ東京に持ち帰り、溢れるほどの花束は先生が自宅に持ち帰られました。

 京都からも東京からも彼の知り合いが見に来ていて、いつか京都のステージにも立ってほしいという依頼があったそうです。1500席が満席だったようで、私たちのように先生のツテで来た人は150人。さすが先生の顔の広さが伺えます。東京ではゲストも少ないし、公演時間も名古屋の半分の1時間半だったそうです。名古屋公演の方が毎年集客数も多いそうです。

 当日の先生の衣装も帯地で仕立てられたステキなドレスでしたが、挨拶に席にたどり着くまで、人また人で撮影の余裕はありませんでした。当然ご主人も弟のスワンくんも鑑賞しました。昨日の衣装も純白のレースで素晴らしかったのですが、猛暑の中で撮影はヘタリました。

 

 

 

庭のヒメヒオウギスイセン

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ルーマニア人の看護婦さん

2018-07-22 | わが家

 母が今の病院に転院してから1年半。毎日のように病院に顔を出していますが、看護婦さんの中にひとり気になる異国籍らしい若い美しい女性がいます。話すチャンスがあったので、聞いてみると、ルーマニアから来ているという返事。日本へ来て16年になるけれどなかなか母国に帰れないようです。航空運賃も高いし・・・母国では英語の授業はなくて、ロシア語とフランス語を学んだとか・・・日本語は娘さんに終わるそうです。でも漢字はとても難しいとか・・・

 前に料理を教わったルーマニアのラウラさんは、知っているとか。お互いにクリスチャンらしく、教会で会うのだそうです。まだ正式な看護婦でなくて、見習い。試験は大変難しくクリアーするにはハードルが高いようです。(料理の記事は、2017.6.3 ) 彼女はルーマニア語は少しスペイン語にも似ていて分かるというので、スペイン語を試みました。スペインに行く前少し覚えたので・・・

 千秋楽を待たず、14日目の昨日、13勝1敗で、関脇の御嶽海が大相撲名古屋場所で初優勝。長野県出身では初めてで、地元は沸いているようです。近いせいか毎日応援団が詰めかけていました。お母上はフィリピン人ということは、高安関も同じ。まだ25歳の若手ですから、これからが楽しみです。

昨日頂いた12kgのスイカ

イペーの本葉が出ました

昆虫撮影はとても難しいです

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公民館短歌会 143

2018-07-21 | 短歌

 昨日も猛烈な暑さでしたが、冷房の効いた公民館で短歌会を開きました。7人全員が久しぶりに揃いました。万葉集は24番歌。先月読んだ23番と対となっているような歌で状況は同じ。改めて説明は不要でした。歌の作品は33首もありましたので、少しスピードを早めて2時間内に収めるようにしました。新しい方もすぐに馴染まれて、作品もスムーズに作られました。応募締切が10月の岐阜県文芸祭作品が募集されていますので、用紙を配布し、出詠を促しました。小さな歌会ですが、毎回応募用紙が大量に送られてきます。

 帰宅後は、母の病院に向かいました。タクシー運転手は、こういう暑い日は、お客さんが多いが、近場ばかりで小銭のおつりがいるので、そのため、朝から何度もコンビニで物を買ったそうだす。偶然往復とも同じ運転手でした。

 テレビ画面の4枚の写真は、昨日までの3日間続けて放映されたNHKRSこころ旅の春編最終回。岐阜の各地で撮影されたものです。次は秋編。

 

今月の歌

今日もまた玄関先に野菜ありやさしき友の思ひ頂く       Kさん

歌誌月見草を差し上げて頂いたお祝い

 

大垣水門川                                金華山を背に山県市へと

 

中山道宿のある美江寺駅  瑞穂市                         岐阜城

 

昨日は土用丑

 

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名古屋パリ祭

2018-07-20 | 映画・TV・演劇

 昨日も猛烈な暑さの中でしたが、友人と「パリ祭」を見るため名古屋に向かいました。会場は金山駅近くの日本特殊陶業市民会館「フォレストホール」。前からエランガ先生のご子息のサチン君がステージに立つことを聞いていたので、チケットを頼んでいました。先生の配慮でとても良い席で感謝でした。名古屋ではもう36回。サチンくんも、第二部で堂々とソロで歌うのでびっくり。学生とは思われない貫禄でした。放送大学で、マイケルジャクソンの衣装で歌って以来ハマってしまったようです。オーディションまで受けて・・・

 ゲストの中に菅原洋一がいたのですが、50年前と歌唱力は少しも劣らず、マイウェイとヒット曲を歌われ、アドリブもうまかったです。彼は加古川市出身。長く加古川にいた事もあり、親しみを覚えます。「50年前、『知りたくないの』で、知られたのです」と沸かせました。美川憲一のアドリブもトリらしく、うまくまとめました。今年ステージの階段で足を滑らせ転落。骨折したのに、その数日後、痛みをこらえ、痛いと言わず、「徹子の部屋」に出たことなど。前田美波里は、司会と歌で何度も衣装を替えて大活躍でした。

 夜の公演でしたので、昼間は母の病院に行っていました。炎天ですから毎日タクシーで往復しています。運転手も、暑すぎて冷房がきかないですみません、と詫びていました。一昨日は多治見市が40.7度で、美濃市が40.6度という記録。揖斐川町も暑いのは、どちらも京都のように盆地であることからのようです。それにしてもこの猛暑はいつまで続くのでしょうか。

 

 

 

幕があいたら撮影禁止

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ある句集

2018-07-18 | 文化

 先日25年ぶりに会った東京の友人・西脇さんより、彼女のお姑さんが、14年前に91歳で発刊された句集が送られてきました。70代で俳句を始められたとは思えない内容。友人は選句と挿絵部門を担当。これを作って貰われたお姑さんの喜びはいかばかりであったでしょうか。挿絵もなかなか味わいのあるもの。俳句の指導者もよかったのだと思います。淡々として詠まれています。著者は大垣高等女学校を出て、先生と結婚。戦前は神戸市、小野市にも住まわれていましたが、戦後、ご主人が公職追放解除となり、郷里の岐阜の高校教師に復職。ご主人を見送られ、一人で農業をされていた時の作品です。今は亡くなられています。好きな句を挙げてみました。( )は私が追記したもの。

 生前にお目にかかれていたら、私も長く関西にいて、神戸市や小野市のことを知っているので、お話も聞きたかったです。最下段の写真は、昨日の朝のNHKBS「心旅」で、火野正平さんが全国を自転車旅する中で、岐阜県大垣市で撮影された場面。

 

無花果を背伸びして取る老の腰

風さやか後継のなき独居かな

山寺の御堂の風や半夏生

伊吹空輪中に青田赤に染め    (輪中は岐阜独特のもので木曽三川水害に備えたもの)

落し蓋静かになりて鮒匂ふ

新茶入れる夫の遺愛の急須かな   (表紙絵はおそらくこの句)

花散りて淋しさ増しぬ一夜城    (秀吉が築城した安八一夜城) 

 

表紙

 

NHKBS心旅 大垣水門川で

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織田信長とルイス・フロイス

2018-07-15 | 岐阜県

 昨日は放送大学の公開講演会で、放送大学教授の杉森哲也先生を岐阜に迎えました。テーマは、「織田信長とルイス・フロイス」。昨年、Gifu  信長展を見るために岐阜市歴史博物館にも東京から来られています。そこで展示されたフロイス像は貴重なものらしく、カメラに収められました。撮影自由は有難いと言われていました。東京ではそうはいきません。その像はもともとはインドのゴアのもののレプリカ。フロイスは、ポルトガル人のイエズス会宣教師。名前は知られていますが、肖像画がないのです。

 昨日の講演では有益な情報が多かったです。南米の言語は殆どがスペイン語なのに、なぜブラジルだけポルトガル語なのかという謎が解けました。そのころは大航海時代。世界を二つに分けて、あるラインより西と東にスペインとポルトガルに決められていました。日本はポルトガルの領域に入っていたため、ポルトガル人のフロイスやザビエルが布教にやって来たのです。鉄砲伝来もポルトガル。このラインのポルトガル領域にブラジルは入っていたのです。

 フロイスは、信長との交流はじめ多くの日本滞在中の記録を残していますが、その記録がマカオに置いてあった時に、火災にあい全焼。写しのみが残り、それを探して世界中からかき集めたものを和訳したため、とても時間がかかり、正しい信長像が伝えられないまま、今日に至りました。著書「日本史」を見ると、決して信長は暴君ではなくて、知的な会話も多いのに、日本のドラマでは悪い面が誇張しすぎです。フロイスは日本語がうまく話せたらしく、信長との会話もいきいきと描かれています。12巻ありますが、岐阜の部分だけコピーを頂きました。この原本を、20年前、岐阜城に登城したとき、その展示室で見たことがあります。

 日本が、もしこの二国に近かったら植民地化されていた心配がありました。南米はじめ多くの国の宝物を略奪し荒らしまわったこのニ国の行状を考えると、日本は極東の地であったため、守られてよかったと思いました。

 昨日は猛暑でしたが、いつもより多く130人の人が聞きに来ていました。今朝新聞を見ると、熱中症で搬送された人が1535人、死者6人とありました。

 

 

 

                                  当時の世界地図

懇親会で   右はセンター長

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4大認知症の特徴と対応

2018-07-13 | 学校

 先日専門医による講演会が放送大学で開催されました。テーマは、「4大認知症の特徴と対応」。講師は、岐阜市民病院の犬塚先生。認知症と言えば、アルツハイマーしか知らなかったのですが、他に3つの症状があることを学びました。それは、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症、血管性認知症、但し、混合し同一人に存在することもあります。長期化したパーキンソン病からも発症します。(レビー小体型)

 認知症は、脳の神経細胞が死んで脳が縮む病気ですが、この4つの型は脳の神経細胞の減り方が違うそうです。割合は、アルツハイマーが最も多く、68%。次が脳血管型。4つの他に5つ目は、治療可能な認知症もあります。今日本に認知症は500万人。65歳以上は6人に一人という割合です。

 アルツハイマーは、脳にアミロイド蛋白異常が見られます。症状として、進行はゆっくりでいつとはなしに発症。10年かかる場合もあります。学習記憶障害。時・場所の見当意識障害。身辺管理・理解判断力障害。段取り実行機能・人の見当障害。食事・排泄介助になります。治療には、高血圧、糖尿病、不整脈、高脂血症など危険因子の除去、抗血栓療法、理学療法などがあります。

 

 西日本豪雨から一週間。死者は岡山広島、愛媛などで200人。行方不明は60人。1982年の長崎大水害(死者299人) 以来の災害でした。犠牲者の7割強が60歳以上でした。 合掌

 

 

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ミニ同窓会

2018-07-11 | 学校

 昨日は予定通り大学同窓生4人が美術館に集まり、絵画鑑賞後食事をしました。久保田さんが岐阜一陽展に出されているので、その日程に合わせました。3時間半も4人のおしゃべりは止まず、楽しいひとときを過ごしました。Nさんは、東京在住。私も東京に居た25年前、卒業後29年ぶりに会っています。25年後の今、再び会えることになりました。前回は29年分の会話で、今回は25年分の話。岐阜在住の人は卒業後54年と言っても何らかの形で連絡は取れています。

 Nさんは、56年前北海道に共に旅した人。彼女の賀状は時として海外の山の写真。聞くと、ヒマラヤまでもトレッキングしたとか。私はせいぜいエベレストの遊覧飛行までです。二人共、早めに海外旅行をしていてよかったと思いました。今はテロが頻繁にあり、気楽に行けない時代となってしまいました。 テロがない時代でもロシアでの検閲は厳しく、靴の中まで調べられたことも共通の話題でした。

 

 

一陽会岐阜展                        久しぶりにお目にかかった河合先生

 

河合先生のクレヨン画

食事後のデザートの一つ

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ミニコミ情報紙に

2018-07-10 | わが家

 先月ミニコミ紙の記者である若い女性が、「岐阜新報」に長屋門の記事を書きたいのでと、取材申し込みがありました。断る理由もないし、当日珍しく在宅していたので、展示室も案内しました。岐阜新聞の岐阜市南部と笠松町、岐南町に広告と共に折込まれますが、あいにく購読していないので、記者は掲載のお礼と、昨日一部届けてくれました。岐南町の文化財の4番目に紹介されていました。文字が小さすぎて読み辛いのですが、スキャナしました。

 西日本の水害は平成最悪となり、死者126名、行方不明86人となりました。岐阜県でも死者一人。JR高山線の復旧の見通しもたっていません。毎時テレビに写し出される広島や岡山の惨状を見ると、心が痛みます。

 昨日、7月9日は、73年前岐阜市が空襲にあい、860名が亡くなられた日。市内で追悼式が営まれました。我が家は岐阜市より4km南に位置しますが、その日北の窓を開けると空がいつまでも赤かったことを思い出します。3歳の記憶ですが・・・

 

 

岐阜新報 7/1付け

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