打撃系格闘技(ボクシング、キックを除く)をしている人で、前屈立ちからの突き、蹴りの稽古をやらなかったという人はほとんどいないでしょう。ワタクシも芦原会館時代、かなりやり込んだものです。
しかし、ある程度稽古が進み、各種ルールによるフリースパーなんかをやるようになると「なんでこんな動きにくい構えで練習するんだ?」「最初っから組手立ちでいいんじゃねえの?」みたいな考えが頭の片隅に巣食うようになります。
で、その後は「前屈立ちの稽古になると、見て分かるレベルで手を抜く」ようになるか、「訳は分かっていないが、『そのうちいいことがある』と自己暗示をかけてやる」というタイプに二分されてきます。私は完全に、後者でした(-_-;)。
永年そのアンサーが欲しかった私は、芦原会館から退会したあとも「なぜ前屈立ちの稽古をするのか?」という問いが頭から離れず、ほかの格闘技からヒントを得ようとしたり、あるいは各種の「前屈立ちリポート」を読んできましたが、「組技の使い手などを相手にするときにはこの構えでないと…」とか「武器を持つときには組手立はしないから…」など、一見それっぽくはあっても、イマイチ説得性に欠けるものばかり。バイオメカニクスの観点から前屈立ちを語ったものはもうないんだろうなあ…とあきらめかけていたその時、格闘技の本ではなく、トレーニングの本に、その大きなヒントを見つけました(;^ω^)。以後、同書籍の記載内容と、あとは沖縄拳法空手道・山城美智師範に教えて頂いた「突きの留意事項」を加味しつつ「前屈立ちを稽古するエビデンス」の仮説を立てていきたいと思います。
ルールや競技形態はさまざまなれど、打撃格闘技において「強い突き」を実現させるためには、「重心の安定」と「下肢を中心とした全身の協応」、そして「パワーロスのない身体操作」が重要となります。
上記の3点を実現するため、前屈立ちがどのような有効性を持っているのか?ひとつずつ見ていきましょう。
【その1 「重心の安定」(ミッドフット)という観点から見た前屈立ち】
特に鍛えているわけではない人が、日常動作の中で最も脚の筋力を使う動作のひとつに「いすなどに腰かける動作、立ち上がる動作」、特に「立ち上がる動作」が挙げられます。筋力が衰えたじいさんばあさんは椅子から立ち上がる時、気合を入れて「よっこいしょ」と言わないといけないあたり、その大変さがわかるでしょう。
「立ち上がる動作」で大切なのは「ミッドフット」、つまり脛骨の延長線上、足裏のど真ん中にウェイトが乗っていること。ここ以外に重心があると、身体は当然フラつきますし、きちんとミッドフットにウェイトが乗るようにしていれば、ふらつくことなく立ち上がることができます。
前屈立ちは前後に大きく脚を広げます。その状態で足を差し替えつつ前(稽古内容によっては後ろにも)移動しつつ、突きや受けの動作を行います。当然、普通に歩行したり、足幅の狭い組手立ちの状態で足をスイッチしながら前に出るより、よりバランスの保持が困難になりますから、前屈立ちでミッドフットを維持し続けることができれば、おおかたの立ち姿勢でミッドフットを維持することは容易でしょう。
でも、「『ミッドフットができるようにする』だけなら別に、前屈立ちじゃなくても、片足だけで跳ぶとかウェイトをするとか、ほかにもっと効果的なトレーニング方法があるんじゃね?」という声も出てきそうですが…次は前屈立ちを「全身の協応」という視点から見てみましょう。
【その2 「下肢を中心とした全身の協応」という観点から見た前屈立ち】
次の話は「スクワットで高重量を持ち上げる」というものから始まります。
バーベルスクワットをする際、バーベルの保持位置が異なる2つの方法があることは皆さんご存知と思います。そうです。ハイバー・スクワットとローバー・スクワットですね。
「ハイバー」の定義は第7頚椎棘突起(ちょくとっき)直下の僧帽筋上部に、「ローバー」の定義は肩甲骨面上で、三角筋後部線維と僧帽筋下部を目印にしたあたりに、いずれもバーベルシャフトをのっけること。対象とする筋肉はハイバーの場合、上体が起きますので大腿四頭筋、ローバーの場合は上体がやや倒れますので、大腿三頭筋を狙ったエクササイズとなります。
大腿四頭筋と三頭筋、いずれも打撃系格闘技にとって重要なパーツですが、どちらがより重要かといえば、身体の前進・全身の協応に不可欠な大腿三頭筋でしょう。
では、人体工学的に見て、もっとも自然で無駄がなく、対象とする筋肉に正確に効きやすいローバー・スクワットとはどのようなものか?といえば、こんな感じになります。
・足幅は肩幅より若干広く、足先は約30°外に開く
・バーベルの重心と、ミッドフットの重心は常に一直線上
・上体は深めに前傾させる。
・膝の曲げ角度は浅く。70~90°程度(よくトレーニング場で言われる注意事項「足先より膝が前に出ないようにする」は、ローバーでのみ守る事項)。
…これを読んで何かピンと来た人は、前屈立ちを修行したことがある方でしょう。
上から3番目の「上体は深めに前傾」は、思いバーベルを担ぐ関係上出てくるものであるため、そのままあてはめることはできませんが、「足幅を広く」「ミッドフット」「膝の曲げ角は70~90°で、足先より膝が前に出ない」などは、いずれも前屈立ちの留意事項と全く変わりません。
さらにいえば、「足幅を肩幅より広くとる」ことは、大殿筋や内転筋の筋活動を高める効果があることがわかっています。機序としては①足幅を広くとる→②内転筋(内股にしようとする力を発揮)優位になる→③外転の力をつかさどる大殿筋も拮抗して力を発揮する→④双方の筋肉が強い力を発揮しあう、という感じですね。これは足幅の狭い組手立ちでのトレーニングには全くないトレーニング効果!と言っていいでしょう。
つまり、足幅を大きくとった前屈立ちによって①大腿三頭筋や大殿筋といった、股関節の伸展をつかさどる筋肉を、打撃格闘技に特化した動きの中で効率よく鍛えることができるようになるわけです。
(もっと細かいことを言えば、つま先の指向する方向とか股のシメ方とかに小さなチェックポイントがあるんですが、今回は割愛します)
…分量が多くなりすぎましたので、最後の「パワーロスのない身体操作」については、稿を改めてお話しします。
しかし、ある程度稽古が進み、各種ルールによるフリースパーなんかをやるようになると「なんでこんな動きにくい構えで練習するんだ?」「最初っから組手立ちでいいんじゃねえの?」みたいな考えが頭の片隅に巣食うようになります。
で、その後は「前屈立ちの稽古になると、見て分かるレベルで手を抜く」ようになるか、「訳は分かっていないが、『そのうちいいことがある』と自己暗示をかけてやる」というタイプに二分されてきます。私は完全に、後者でした(-_-;)。
永年そのアンサーが欲しかった私は、芦原会館から退会したあとも「なぜ前屈立ちの稽古をするのか?」という問いが頭から離れず、ほかの格闘技からヒントを得ようとしたり、あるいは各種の「前屈立ちリポート」を読んできましたが、「組技の使い手などを相手にするときにはこの構えでないと…」とか「武器を持つときには組手立はしないから…」など、一見それっぽくはあっても、イマイチ説得性に欠けるものばかり。バイオメカニクスの観点から前屈立ちを語ったものはもうないんだろうなあ…とあきらめかけていたその時、格闘技の本ではなく、トレーニングの本に、その大きなヒントを見つけました(;^ω^)。以後、同書籍の記載内容と、あとは沖縄拳法空手道・山城美智師範に教えて頂いた「突きの留意事項」を加味しつつ「前屈立ちを稽古するエビデンス」の仮説を立てていきたいと思います。
ルールや競技形態はさまざまなれど、打撃格闘技において「強い突き」を実現させるためには、「重心の安定」と「下肢を中心とした全身の協応」、そして「パワーロスのない身体操作」が重要となります。
上記の3点を実現するため、前屈立ちがどのような有効性を持っているのか?ひとつずつ見ていきましょう。
【その1 「重心の安定」(ミッドフット)という観点から見た前屈立ち】
特に鍛えているわけではない人が、日常動作の中で最も脚の筋力を使う動作のひとつに「いすなどに腰かける動作、立ち上がる動作」、特に「立ち上がる動作」が挙げられます。筋力が衰えたじいさんばあさんは椅子から立ち上がる時、気合を入れて「よっこいしょ」と言わないといけないあたり、その大変さがわかるでしょう。
「立ち上がる動作」で大切なのは「ミッドフット」、つまり脛骨の延長線上、足裏のど真ん中にウェイトが乗っていること。ここ以外に重心があると、身体は当然フラつきますし、きちんとミッドフットにウェイトが乗るようにしていれば、ふらつくことなく立ち上がることができます。
前屈立ちは前後に大きく脚を広げます。その状態で足を差し替えつつ前(稽古内容によっては後ろにも)移動しつつ、突きや受けの動作を行います。当然、普通に歩行したり、足幅の狭い組手立ちの状態で足をスイッチしながら前に出るより、よりバランスの保持が困難になりますから、前屈立ちでミッドフットを維持し続けることができれば、おおかたの立ち姿勢でミッドフットを維持することは容易でしょう。
でも、「『ミッドフットができるようにする』だけなら別に、前屈立ちじゃなくても、片足だけで跳ぶとかウェイトをするとか、ほかにもっと効果的なトレーニング方法があるんじゃね?」という声も出てきそうですが…次は前屈立ちを「全身の協応」という視点から見てみましょう。
【その2 「下肢を中心とした全身の協応」という観点から見た前屈立ち】
次の話は「スクワットで高重量を持ち上げる」というものから始まります。
バーベルスクワットをする際、バーベルの保持位置が異なる2つの方法があることは皆さんご存知と思います。そうです。ハイバー・スクワットとローバー・スクワットですね。
「ハイバー」の定義は第7頚椎棘突起(ちょくとっき)直下の僧帽筋上部に、「ローバー」の定義は肩甲骨面上で、三角筋後部線維と僧帽筋下部を目印にしたあたりに、いずれもバーベルシャフトをのっけること。対象とする筋肉はハイバーの場合、上体が起きますので大腿四頭筋、ローバーの場合は上体がやや倒れますので、大腿三頭筋を狙ったエクササイズとなります。
大腿四頭筋と三頭筋、いずれも打撃系格闘技にとって重要なパーツですが、どちらがより重要かといえば、身体の前進・全身の協応に不可欠な大腿三頭筋でしょう。
では、人体工学的に見て、もっとも自然で無駄がなく、対象とする筋肉に正確に効きやすいローバー・スクワットとはどのようなものか?といえば、こんな感じになります。
・足幅は肩幅より若干広く、足先は約30°外に開く
・バーベルの重心と、ミッドフットの重心は常に一直線上
・上体は深めに前傾させる。
・膝の曲げ角度は浅く。70~90°程度(よくトレーニング場で言われる注意事項「足先より膝が前に出ないようにする」は、ローバーでのみ守る事項)。
…これを読んで何かピンと来た人は、前屈立ちを修行したことがある方でしょう。
上から3番目の「上体は深めに前傾」は、思いバーベルを担ぐ関係上出てくるものであるため、そのままあてはめることはできませんが、「足幅を広く」「ミッドフット」「膝の曲げ角は70~90°で、足先より膝が前に出ない」などは、いずれも前屈立ちの留意事項と全く変わりません。
さらにいえば、「足幅を肩幅より広くとる」ことは、大殿筋や内転筋の筋活動を高める効果があることがわかっています。機序としては①足幅を広くとる→②内転筋(内股にしようとする力を発揮)優位になる→③外転の力をつかさどる大殿筋も拮抗して力を発揮する→④双方の筋肉が強い力を発揮しあう、という感じですね。これは足幅の狭い組手立ちでのトレーニングには全くないトレーニング効果!と言っていいでしょう。
つまり、足幅を大きくとった前屈立ちによって①大腿三頭筋や大殿筋といった、股関節の伸展をつかさどる筋肉を、打撃格闘技に特化した動きの中で効率よく鍛えることができるようになるわけです。
(もっと細かいことを言えば、つま先の指向する方向とか股のシメ方とかに小さなチェックポイントがあるんですが、今回は割愛します)
…分量が多くなりすぎましたので、最後の「パワーロスのない身体操作」については、稿を改めてお話しします。