Credidimus Caritati 私たちは天主の愛を信じた

私は御身を信じ、礼拝し、希望し、御身を愛します!御身を信じぬ人々、希望せず愛さぬ人々のために、赦しを求めます(天使の祈)

--このブログを聖マリアの汚れなき御心に捧げます--

アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様をお待ちしております
2017年 2月の聖伝のミサの予定

【最新情報はこちら、年間予定一覧はこちらをご覧ください。】


2月の意向:意向:日本のため、日本におけるカトリック教会のため
実践すべき徳:天国を得たいという燃えるような望みと希望
守護の聖人:ルルドの聖母

愛する兄弟姉妹の皆様を聖伝のミサ(トリエント・ミサ ラテン語ミサ)にご招待します

◎2017年 2月の予定

【大阪】聖ピオ十世会 聖母の汚れなき御心聖堂(アクセス
EG新御堂4階 大阪府大阪市淀川区東三国4丁目10-2 〒532-0002
(JR「新大阪駅」の東口より徒歩10-15分、地下鉄御堂筋線「東三国駅」より徒歩2-3分)

    2月3日(初金) 御公現後の平日(4級)緑
            午後5時半 ロザリオ及び告解
            午後6時 ミサ聖祭

    2月4日(初土) 証聖者司教コルシノの聖アンドレア(3級祝日)白
            午前10時  ロザリオ及び告解
            午前10時半 ミサ聖祭

    2月12日(主) 七旬節の主日(2級)紫
            午後5時半 ロザリオ及び告解
            午後6時 ミサ聖祭

    2月13日(月) 平日(4級)紫 
            午前6時半 ミサ聖祭

    2月17日(金) 平日(4級)紫
            午後5時半 ロザリオ及び告解
            午後6時 ミサ聖祭

    2月18日(土) 聖母の土曜日(4級)白
            午前10時  ロザリオ及び告解
            午前10時半 ミサ聖祭

     【東京】東京都文京区本駒込1-12-5 曙町児童会館(地図) 「聖なる日本の殉教者巡回聖堂」

    2月5日(主) 日本26聖人殉教者(日本固有 2級祝日)
            午前10時  ロザリオ及び告解
            午前10時半 ミサ聖祭

    2月6日(月) 殉教者司教聖ティト(3級祝日)赤
            午前7時 ミサ聖祭

    2月19日(主) 六旬節の主日(2級)紫
            午前10時  ロザリオ及び告解
            午前10時半 ミサ聖祭

     2月20日(月) 平日(4級)紫
            午前7時 ミサ聖祭

    
愛する兄弟姉妹の皆様をお待ちしております。

◎アジア管区では、これからロザリオの時に「主よ、われらに司祭を与え給え 云々」の最後に、次の呼祷を付け加えることになりました。宜しくお願い致します。

「主よ、我らに多くの聖なる家族を与え給え。」
"O Lord, grant us many holy families".

◎多くの祈りと犠牲を聖母の汚れなき御心への信心の実践として捧げて下さい。
【聖ピオ十世会 ロザリオの十字軍】
2016年8月15日~2017年8月22日
聖ピオ十世会 ロザリオの十字軍についてのお招き ←こちらをクリックしてください

 
============
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ
にほんブログ村のランキングです。クリックで応援して下さい

============

日本26聖人殉教者

2017年02月18日 | お説教・霊的講話
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

2017年2月5日(主日)に東京で聖伝のミサを捧げました。その時のお説教をご紹介いたします。

天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)

2017年2月5日(主日) 日本26聖人殉教者のミサ
小野田神父説教

聖なる日本の殉教者巡回教会にようこそ。

今日は2017年2月5日、この巡回教会の守護の聖人である日本26聖殉教者の一級祝日として祝っています。典礼法規によると、教会の守護の聖人は一級で祝わなければならないという事ですので、それに従って今日は守護の聖人のミサをしております。

ミサが終わりましたら、いつもの通りに感謝のお祈りをしますが、今年はファチマ100周年ですので、その時に天使の祈りを付け加えてする事に致しましょう。

8月15日までロザリオの十字軍がなされております。どうぞ、皆さんの多くのロザリオと犠牲のご報告もお待ちしております。

今日は公教要理の時間の時には、明後日の火曜日に大阪城ホールで列福式が行われるユスト高山右近について、その生涯について皆さんにお話をしたいと思っています。どうぞ時間がある方はいらして下さい。



“Dico autem vobis amicis meis ne terreamini ab his qui vos persequuntur. ”
「私の友であるあなたたちに言う、迫害する者を恐れるな。」

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。

愛する兄弟の皆さん、今日は日本26聖人の殉教の日であります。そこでその26聖人の殉教に、一体何で殉教する事になったのか、一体何が起ったのか、

ではその殉教の様子はどうだったのか、その殉教した人々の面子は誰だったのかという事を少し見て、

最後に私たちは、何をどんな事を遷善の決心と取らなければならないのか、この黙想からの実りを、どのような実りを取るべきかを黙想しましょう。この26聖人の御取り次ぎによって私たちも、彼らに倣った生活をする事ができる遷善の決心を取る事に致しましょう。

では第1の点は、一体何が起こったのか、という事です。このバックグランドを話させて下さい。

1534年8月15日の聖母被昇天には、聖イグナチオ・ロヨラとその同志たちは、その中に聖フランシスコ・ザヴェリオもいたのですけれども、パリのモンマルトルの大聖堂で集まって、そして誓願を立てました。これが将来教皇様によって認可されるイエズス会の始まりです。

それからたったの15年の後に、そのイエズス会の最初の創立の同志であった一人である聖フランシスコ・ザヴェリオは、何と日本にやって来ます。同じく8月15日、マリア様が聖フランシスコ・ザヴェリオをここに、日本の地に送って下さったとしか考えられません。

そのやはり8月15日に日本に到着した、という事を聖フランシスコ・ザヴェリオは非常に強く感動して、是非マリア様に、特に被昇天のマリア様に特別の信心を持っていました。そして「ぜひ京都に、被昇天のマリア様の、都にそのマリア様の教会を建てたい。そしてぜひ天皇陛下にも会って、都で布教をしたい。」

天皇陛下の所に京都に行くのですけれども、その時には応仁の乱で、京都は荒れ果てて、天皇陛下もタケノコ暮らしのように、何か持ち物を売っては食べ物を得ていたという程に、非常に権力の力の無い状態でした。聖フランシスコ・ザヴェリオは非常に清貧な姿で行ったのですけれども、「そのような姿では天皇と会う事ができない」と言われて、そして「何とかそれでは、平戸に残してきた贈り物とか全てを取り寄せるから、どうしても会わせてほしい」と言ったのですけれども、それも聞き入れてもらえずに、京の都を去らねばなりませんでした。

もしもその時に聖フランシスコ・ザヴェリオが天皇陛下と会っていたら、日本の歴史は、或いはカトリックの歴史は、全く違ったものとなっていたかもしれません。しかし天主様の御摂理は、違う方にそれをお許しになりました。

その時に将軍は足利義輝で、彼はやはり近江に逃げていましたが、この将軍が京都での宣教布教を許可し、居住も許可をしたので、これが1560年、聖フランシスコ・ザヴェリオが到着してから約10年の後には、公式に将軍によって日本からの宣教の許可が得られて、そしてキリシタンたちはパードレたちはキリストの教えを広めていました。

パードレの事は当て字で、伴侶の「伴」に、「天」に「連」れて行くと書いて、それを当て字をやっていました。そこでパードレの当て字が後に、パードレたちを司祭たちを呼ぶ呼び方として、伴天連(バテレン)という風に呼ばれるようになりました。まさに一緒に天国に連れて行くパードレたちには、素晴らしい当て字でありました。

多くの日本人たちが回心して、その中には大名や有名な武将や、織田信長の直々の親族、或いはこの度列福される高山右近、或いは毛利、或いは黒田、有馬など、有名な大名たちが続々キリシタンになりました。

そして1586年には、大阪にいた秀吉の元に、イエズス会の面々としたパードレたち、或いはキリシタン大名たちの勇士たちが、立派な貴族たちをキリシタンの貴族たちを連れて会見しています。約30名が連なって、秀吉は非常に喜んで、武器も持たずに侍者に持たせたまま、普通大名と話す時には何も話さず、無口で睨みつけているこの秀吉が、パードレたちのすぐ近くに寄って来て、にこにこ笑いながら話して、「この土地をあげよう。ああしよう」などと歓談していたのを見ると、「将来日本には、日本のキリスト教会はこれでバラ色の花のようだ」と一見すると思われるようでした。

しかし多くのキリシタン大名や、仏のお坊さんや、或いは神社の主や、或いは山伏などがキリスト教に続々回心していくのを見て、そしてお寺がそのような人たちが回心するのでそのまま管理されなくなるのを見て、一部の身分の高いお坊さんたちが恐れます。

特に豊臣秀吉は病がちであり、それに「加持祈祷を行なって、魔術をお祈りをしてその病を治す」と言っていた施薬院徳運というお坊さんは、このキリシタンの発展を非常に苦々しく思っていました。

そこで秀吉を説き伏かせて、「キリシタンを迫害するように。キリシタンをパードレたちを国外に追放するように。ただし貿易だけはやって、お金儲けはすれば良い。キリスト教はいらないけれども、お金儲けはしなさい」という禁令を出します。それが、秀吉とパードレたちがキリシタンたちが、キリシタン武士たちが会見したその1年の後でした。

あっという間の突然の変化に人々は、「これからどうなるだろうか」と心配しました。しかし秀吉は、ただお坊さんにそそのかされてこの禁令を出しただけで、それを実践するそれを実行するという訳ではありませんでした。パードレたちが宣教していても別にそのそれはそのままであったし、まぁ自分に加持祈祷をしてくれるお坊さんの気に入るように御触れは出したけれども、別にそれを守りたいという思いはないように思いました。

そうこうするうちに、その禁令の9年後、マニラからメキシコに向けていつもの定期船が、サン・フェリペ号が出る事になりました。そのサン・フェリペ号には莫大な富、生地、絹、或いは生きた猿、或いは香辛料、或いは金銭にしたらとても数え切れないほどの物凄い富が積まれて、そしてメキシコに行く途中でした。ところが残念ながら台風にもまれて、それが土佐の浦戸の港に座礁してしまうのです。

ちょうどその1ヶ月前、この座礁したのは10月19日の事でしたが、その8月30日と9月4日には京都で大きな地震があって、秀吉のお城も壊れていたし、お寺も壊れたり仏像も倒れたりなど被害が多かったのです。キリシタンたちはこの被害者の為に救援に行っていましたけれども、しかし心ない人たちは、特にキリスト教を思わないようなお坊さんたちは、「これはキリシタンのせいで起こった地震だ。だからキリシタンがこの償いに看護して救援するのは当り前だ。俺たちは何もしない、俺たちのせいではない」と言っていました。

四国の浦戸に座礁した、莫大な富を持ったそのサン・フェリペ号を見て、欲にくらんだその四国の城主が秀吉に提案します、「これを没収するがよい。」

その当時の日本の法律によれば、或いはそのような難船の荷を没収するのは全く違法でした。本来なら彼らを助けて、また逃がしてやらなければなりません。しかしこの財宝に目がくらんだ秀吉は、何とかして没収する手段を探しました。そこで思いついたのが、この10年前の、唯一の合法化する「キリシタン禁令」でした。「キリシタン禁令を使って、これを没収しよう。」

そこで京都の奉行の石田三成に言い渡して、「キリシタンたちを全て逮捕しろ。」

石田三成は非常にキリシタンに好意を持っていたので、何とかそれをやめさせようとしたのですけれども、それができなかったので、被害を最小限に留めようとしました、「何とかしてイエズス会の司祭たちはしないように、或いは何とかして、」しかしどうしても、名簿を作って24名が逮捕されました。その禁令を決行させる、絶対に行う、としたのが1596年12月8日の事でした。


第2のポイントは、ではこの逮捕連行から殉教まで、どのような事が起ったのか、です。

大阪で17名、京都ではフランシスコ会の天使の聖母(教会)に居た人たちが7名逮捕されて、全て京都にやられて、合計24名が捕まりました。フランシスコ会の神父様と修道士6名、フランシスコ会の教会によく通っていた信徒が14名、イエズス会の関係の方が3名でした。

当時、その24名の中で一番のリーダー格であった指導者であったのは、ペトロ・バプティスタ神父様でした。フランシスコ会の司祭で、フィリピンと日本の友好関係の為にフィリピンから特使として送られて来た方でした。1593年からずっと日本に来て、そして特に京都で貧しい人の為、病気の人の為、特に癩病の人の為、孤児の為に病院を作ったり、世話をして献身的に働いた、福祉と善の為に働いてきた方でした。一体何の悪事を働いたという事でしょうか。

しかしペトロ・バプティスタ神父様は、イエズス様の為にこうやって罪なく悪人とされて、逮捕されて、これで死を受けるという事を非常に喜び、栄光と考えました。唯一心残りだったのは、京都に残していかなければならない癩病の、病院に居る130人の患者さんたち、また別の病院に居た貧しい50人の病人たち、「一体、彼らの事はどのように面倒見るだろうか。彼らの為にはお米の蓄えがない。どうやって食べていけるだろうか。」それだけが心残りでした。しかし全て天主様の御摂理と御憐れみに委ねて、彼らに祝福を与えて、自分は殉教の道を進む事にしました。

こうして24人は、京都の一条戻橋で翌年1597年1月3日に連行されて、耳を1つ削がれます。ちょうどその時奉行の秘書だったのがキリシタンで、その耳を殉教者の耳を取って、そしてイエズス会の神父様に渡すと、「あぁ、何と美しい殉教の初穂であろうか」と、その彼らの勇敢さを讃えた、と伝えられています。

本来ならば秀吉は、「鼻も削げ、耳も両耳も削げ」と言われたのですけれども、しかし奉行は自分の情状酌量で、耳だけにしたとの事です。

そして辱しめと見せしめの為に、京のあらゆる大通りを馬の荷車に乗せて、そしてうねり歩かせました。京都だけではなく大阪にも行きました、堺にも連れて行きました。そして皆が見せしめで「どうだ!」とされました。その中には、12歳のルドヴィコ、或いは13歳のアントニオ、或いは14歳のトマスなどもいました。

しかし彼らは悲しいような様子を見せる事なく、ウキウキと快活に、微笑みを絶やさずに、その「これから殉教する」という事を待ち臨んでいるかのように思いました。

1月10日にはその見せしめが大阪で終わり、1月10日に大阪を長崎まで出発します。秀吉は「長崎にやって十字架に付けよ」と命令したからです。1ヶ月の徒歩の旅でした。800キロを雪の中、寒い冬、凍えながら、着の身着のまま歩かなければなりませんでした。なぜ歩いたかというと、やはりこれも見せしめの為です。

ところで備前では、護送の役人ではキリシタン武士が、明石掃部というキリシタン武士が護送の長に立っていたので、このキリシタンたち24人を助ける事ができました。

京都に居たオルガンティノ神父様はイエズス会の神父様ですけれども、何とかこの連れて行かされる24人を助けようと、ペトロという信者を送ります。フランシスコ会の神父様も、大工のフランシスコを送ります。そしてこの2人は24人の世話をして、道々800キロを歩くのですけれども、遂には自分たちも一緒に殉教の名誉を受ける事になります。名簿には載っていなかったのですけれども、この2人も付け加えられます。

800キロを1ヶ月間歩き通して、ただ長崎の湾に行く時の間だけ、ほんの少しだけ船に乗らなければなりませんでした。その船に乗って時津の湾に着いた時には、2月5日の事でした。その夜、寒い朝を船の中で凍えながら上陸するのを待たされました。

彼等はただ思っていたのは、「イエズス様の為に命を捧げて、天国に行きたい」という事だけでした。「ではここで。天国で会いましょう」と挨拶し合っていたとの事です。

上陸した後に、西坂の丘まで歩かされました。1ヶ月の間、着の身着のまま歩いていたので、もう足が痛くて歩けなかった年寄りの方もいたのですけれども、しかし西坂の丘に行く時は、今までの苦しみが何もなかったかのようにスタスタと歩いて行った、との事です。

特にルドヴィコは、子供のルドヴィコは「私の十字架はどこ!?」と言って、十字架にかかり、「ジェズス、マリア!」「ジェズス、マリア!」と叫びながら、或いは「パライソ!」「パライソ!」或いは、テ・デウムと感謝の祈りを皆で歌いながら、十字架に付けられました。

そして十字架に付けられた後に、一人一人の26の十字架の1つ1つに、2人の兵士が役人が立って、槍でバッテン状にクロス状に胸を突き刺して、そして殺していったのでした。

外出禁令が出ていたにもかかわらず、4000名がこの殉教を見る為に出て来ました。パードレたちもやって来ました。その日本の最初の信仰の証しを捧げた後に、その勲しは世界中に広まり、1862年6月8日にはピオ9世が、福者ピオ9世がこの26聖人を列聖しています。

どんな面影があったかというと、色んな業種の人、色んな立場の人、子供から老人まで色々ありました。国籍も色々でした。

例えば、いつも説教をして病院で働いていたパウロ鈴木。彼は49歳でした。

或いは、17歳で洗礼を受けて、公教要理をよく学び、カテキスタとして働いていたガブリエル、聖ガブリエル。受洗してたった2年で殉教しています。

少しちょっと前に信者となったばかりの、絹を売っていたヨハネ絹屋。28歳で殉教しています。

或いは、薬屋で賄を立てていて、フランシスコ会の天使の聖母の修道院のすぐ隣で薬屋をやっていたのですけれども、フランシスコ会の神父様の影響を受けて洗礼を受けて、薬を入れながら天国への道も教えていた、というトマス談義。彼はその洗礼を受けるまで非常に短気で怒りっぽくて、いつもカッカしていたのですけれども、洗礼を受けてからは非常に温厚になって、36歳で殉教します。

或いは、やはり医者であった48歳の聖フランシスコ。

或いは、元々武士だったのですけれども病気になって、その病気になった時に神父様から洗礼を受けて、洗礼を受けると病気が治り、それから次にはフランシスコ会の修道院で手伝いをして、料理を特にやっていたヨアキム榊原。40歳で殉教しています。

或いは、14歳の子供トマス小崎。これはお父さんでミゲル小崎のその子供で、一緒に殉教しています。お父さんのお手伝をして大工の手伝いをしていました。フランシスコ会の修道院を造る為に一生懸命働いていて、そして全てイエズス様の奉仕の為に捧げていた子供でした。

中には、幼児洗礼を受けたまま、お母さんと一緒に幼児洗礼を受けたままお母さんが亡くなってしまったので孤児になって、そして寺に預けられて、寺に預けられたままお坊さんになって、20年暮らしたのですけれども、「キリシタンが居る」という事を聞いて、実は自分もキリシタンだったという事を知っていて、それでキリシタンの教えをまた聞いて改宗したボナベントゥラ。

或いは、癩病の人の為に一生懸命働いていたレオ烏丸。この殉教者の中で指導的な、平信徒の中では非常に指導的な立場でした。

本当はフランシスコ会の中で料理をやっていた「マチアス」という男を探していたのですけれども、役人が「マチアスはいるか!?料理人のマチアスはいるか!?」と、誰もいないのです。するとこの26聖人の1人のマチアスは、「私がマチアスだ!料理人のマチアスだ!」「違う。」「しかし、でも私が行く!」「あぁそうか、よし。」と役人に受け入れられた、そして殉教したマチアスもいます。天主様もこの殉教を受け入れました。

スペインから来たフランシスコ・デ・サン・ミゲル。53歳。

スペインから来たフランシスコ・ブランコ。30歳。彼は日本語が非常に上手でした。

ポルトガル人のお父さんを持ってインド人のお母さんを持っていた、インドから来たゴンサロ・ガルシア。16歳の時に日本にやって来て、日本語とポルトガルをペラペラ話していたのです。でも、どもりで聞く人は少し大変だったようです。しかしイエズス様の話しをする時には、或いは宗論をする時には、日本語を非常にはっきり話した、と記録が残っています。

或いは、メキシコの裕福な家で生まれた、フィリッポ・デ・ヘスス。彼はフィリピンでフランシスコ会に入り、それからメキシコのお父さんとお母さんの元に行って、そして司祭に叙階になる予定でした。ところが難船で日本に来て、司祭になる代わりに聖人になりました。

スペイン人のマルチノ・デ・ラ・アセンシオン。30歳で、日本語が非常に上手でした。祈りの人でした。いつも夜、お祈りとお祈りとお祈りと苦行をしていました。スペインの貴族の生まれの人です。

ペトロ・バプティスタ。これもスペインの方で、日比友好特使として日本に来た指導者でした。特に貧しい人や、病気の人に特別の愛情を以て捧げた人でした。48歳。

アントニオ君は13歳ですけれども、中国人のお父さんと日本人のお母さんを持っていました。殉教の時に、お母さんがその十字架、自分の十字架のそばで涙を流して、もう嗚咽で言葉が出なかったのを見たのが唯一心残りだった、といいます。聖アントニオはマニフィカトを歌いながら、マリア様を歌いながら殉教していきました。

12歳のルドヴィコ茨木は明るい子で、1年前に洗礼を受けたばかりでした。十字架に付ける前に「自分の十字架はどこですか!?早く付けられたい!」と言って、朗らかに殉教していきました。

19歳のヨハネ草庵。

或いは、元武士であった54歳のパウロ茨木。子供も、ルドヴィコ茨木と共に殉教しています。

イエズス会の33歳のパウロ三木。安土で造られたセミナリオの第1回生でした。高山右近をよく知っていました。

64歳で最年長のディエゴ喜斎。

或いは、弓を打っていて、心が天主様に向かう弓のようだったミカエル小崎。46歳。このミカエル小崎は、自分の宝を全て天主様に捧げました。子供トマス小崎も捧げました。もうこれ以上捧げるものはありませんでした。

ペトロ助四郎は、オルガンティノ神父様から殉教者を助ける為に送られた30歳の男でした。

伝道師のコスメ竹屋。38歳。

そして9ヶ月前に洗礼を受けたばかりで、大工をやっていた、そしてフランシスコ会の神父様によってこの殉教者を助けるように、24人を助けるように送られた、フランシスコ吉。彼も受洗後9ヶ月にして、殉教の冠を得る事になりました。

そのような色々な人々がいますけれども、私たちは今日どのような決心を取らなければならないでしょうか。

まず私の提案するのは、このような殉教者は実は、殉教を避けようと思えば逃げたり避けたりする事は実はできたのです。しかし進んで、「私こそ殉教者だ、私がマチアスだ、私が行く」と。或いは24人に一緒に行ったが為に、逃げようと思えば逃げられたのにもかかわらず、一緒に殉教する事になった2人などいます。

それに比べて私たちは、この世の辛い事、悲しい事、十字架を、或いは誘惑を、どれほど簡単にギブアップしてしまう事でしょうか。少し電話の「新しい電話を買おうと何とかショップに行くと何時間も待たされて、店員の態度は悪い。不親切だ。説明もない」などと少しの事で怒ったり、或いは「自分がお金がないと言ったら店員の顔が変わった。馬鹿にしているのではないか。何か金持ちにはへらへらするくせに、貧しい人にはこんなに冷たい態度を取るのか」、或いは「電車が遅れた」、或いは「飛行機の連結ができなかった」、或いは「乗り遅れた」、或いは「友達から何か嫌な事を言われた」、或いは「意地悪をされた」、或いは「病気になった」、或いは「テレビをこれを見たい、本当はこれを見ちゃいけないのだけれども」、或いは何か友達から「一緒に悪い事をしよう」、「この今の流行はこうだ」、「今はこれをしなければ遅れちゃうよ」などと言うと、私たちは簡単な事で、「あぁ、」イエズス様の十字架、イエズス様の苦しみ、或いはイエズス様の教えをコロッと忘れてしまって、本来なら担うべき十字架を、本来なら天主様から送られた十字架を、あっというまに捨て去ってしまっているのではないのでしょうか。

私たちの日常の生活は殉教の生活というよりは、「殉教からどうして逃げようか、十字架からどうして逃げようか、何とか面白楽しく過ごす事はないだろうか」と探しているのではないでしょうか。

26聖人は、祈って、祈って、そして「全て天国の為にこの短い命を捧げたい」と思いました。

子供に役人が聞くのです、役人がパウロ三木の友達であった役人は、この幼い子供が十字架に付けられるのを見てあまりにも不憫でならず、「お前、許してあげるからこの口先だけでも、『キリシタンを捨てる』と言えばいいから、そしたら助けてあげる。」するとこの子供は、「この儚い短い命と、永遠の命をどうして換える事ができるでしょうか。嫌です!」と答えたのです。

それに引き換え私たちは、永遠の命との引き換えに大罪を犯してしまったり、この罪を犯してしまったり、イエズス様の教えを否んでしまったり、この恥ずかしがったり、何と卑怯な事をしてきてイエズス様の心を悲しませてきた事でしょうか。

第2のポイントは、殉教者たちはいつも、永遠の命や、パライソや、イエズス様、マリア様の事を考えていました。ですから最後の最後まで「ジェズス、マリア!」「ジェズス、マリア!」とか「パライソ!」「パライソ!」と「天国!」「天国!」と言ってきました。

まさにカトリックの教えというのは、私たちの来世の永遠の命の為にあるものです。そして私たちが永遠の命を受ける為にこそ、この世を清く正しく誠実に生きなければなりません。この世が目的ではなくて、来世が目的であるが為に、手段であるこの世が良くなければなりません。

ところが私たちは、その「永遠の命」という事をコロリと忘れてしまって、この地上の事だけに、この地上の事だけを考えて、その利益だけを求めてきたのではないでしょうか。

愛する兄弟の皆さん、では今日この26聖人の祝日に、私たちも是非その精神を、罪を忌み憎み、そして罪を犯すようであれば、「イエズス様を、罪を犯して悲しませてしまう事であれば、むしろ命を失った方がマシだ!」という決心が立てる事ができますように。殉教者のこの勲しに倣う事ができますように。私たちはそれから遠いものですけれども、26聖人の、また日本の全てのいと尊い殉教者の御勲しとその取り次ぎによって、私たちにその精神が与えられますように。信仰の、堅固な信仰が与えられますように。そしてイエズス様から、「あぁ、友よ」と言われるその日まで、それを守る事ができますように。

“Dico autem vobis amicis meis ne terreamini ab his qui vos persequuntur.”

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

映画「サイレンス--沈黙--」に描かれなかった”真実” (その2)

2017年02月16日 | カトリック・ニュースなど
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

映画「サイレンス--沈黙--」に描かれなかった "真実" のその2をご紹介いたします。

天主様の祝福が豊かにありますように!

トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)

(続き)

1633年10月18日、36年前に二十六聖人が殉教した同じ長崎の西坂の丘で8人は穴吊しの拷問を受けます。しかし、5時間の逆さの穴吊りの拷問を受け、イエズス会の管区長であったクリストヴァン・フェレイラ(Christovão Ferreira)は、棄教の合図を出しました。

拷問を与えてフェレイラを背教させたのは、幕府の反キリスト教政策の最大の成果でした。転んだバテレン、すなわち背教司祭は、カトリックの「悪」を証明する生ける証拠として、プロパガンダのために最大限に活用されました。幕府はこの絶好の機会を利用したことは多くの記録から伺うことが出来ます。

フェレイラが転ぶとすぐに江戸に呼び出されしばらくの滞在の後に長崎に戻され、生涯長崎で生活することになります。

幕府はフェレイラに結婚を命じます。彼がそれに応じないのを見ると身の回りの世話をする女中として女性と同居することを命じました。フェレイラが転んだ後に苦しむ心理的な意気消沈を利用し、また女性との結婚を通してフェレイラの人格や自尊心を傷つけ、再起不能にさせようと試みたのです。司祭を結婚させることによって、反対の宣伝に役立ちます。これと同じような作戦が後に、ヨゼフ・キアラとその伴侶たちに対してもなされました。フェレイラにあてがわれた女性も、中国人商人との日本人寡婦で、最初は同居に反対しました。しかし1635年にフェレイラを訪問したポルトガル人商人によると、彼の家に女性がいたのを見ています。

マカオでイエズス会の視察師であったパルメイロに代わって視察師となっているマヌエル・ディエスが、日本に行く船の船長や、日本にいた信頼のおけるポルトガル人たちからの証言を元にローマに報告書を書いています。

ディエス神父は、同時に1635年6月22日付けでフェレイラ宛てに優しい長い手紙を書き、マカオのニュース、パルメイロ神父の死、自分が視察師と任命されたことを述べた後に、フェレイラについての不幸な便りを聞いたがそれについての正確な情報を求め、彼の長上としてまた古くからの友人として(ディエス神父はフェレイラがマカオの神学校で勉強していたとき教授でした)、信仰に立ち戻るように、背教の罪を殉教で償うように訴えます。

この手紙は日本行きの船の大船長(capitão mor)ドン・ゴンサロ・ダ・シルヴェイラに委託されます。ダ・シルヴェイラ船長には、この件についての信頼の置ける正確な情報を得ること、出来ることならフェレイラ自身と話しをすること、が求められ、6月25日にマカオを出て8月9日に長崎に到着します。ポルトガル人は船が停泊している2ヶ月の間フェレイラとコンタクトを取ろうとします。船長ダ・シルヴェイラはあまりにも目立ってしまうので不可能でした。そこで部下にディエス神父の手紙を届けさせ、信頼のおける情報を得よう努めました。10月末に長崎を出港する前に、フェレイラに会うことに成功したポルトガル人たちがおり、そのうちの一人は数回面会しています。当時病気で苦しんでいた視察師ディエス神父は彼らが11月12日にマカオに到着するとすぐに日本からの最新ニュースを聞こうとします。確かにフェレイラは背教したことが確認され、ディエスは内容が真実であることを誓いを立てて証言を書いて提出することを求めました。1636年1月26日のローマへの報告書には、その情報を書き写して報告しています。

ローマに報告されたそれらの信頼性のある証言によると、次のことが分かります。ダ・シルヴェイラからのメッセージを受けたフェレイラは、船長が住む住居のところまで夜、人目を忍んで二回やって来たこと、しかし、船長には背を向けて何も話そうとしなかったこと、フェレイラは船長のところに敢えて来なかったことを或る友に理由を説明して、自分が背教してしまったこと、極めて貧しいので物乞いをしないため、と書いたこと、通訳として働いていること、キリスト教信者たちについて密告しなかったこと、司祭たちを裏切らないこと、です。

ディエスは、別のポルトガル人の証言も引用します。マヌエル・メンデス・デ・モウラで、ポルトガルで結婚した男で義理の兄弟にエチオピアのアフォンソ・メンデス総大司教がいるポルトガル人です。デ・モウラはフェレイラと会うと、フェレイラからアンドレ・パルメイロ神父について尋ねられ、パルメイロ神父は死んだこと、医者と皆の信じることにはフェレイラ神父のニュースを知って後に行った多くの断食と苦行の結果であること、マヌエル・ディエス神父がその後を継いだが、高齢で日本に来られないこと、しかしマカオの多くのイエズス会司祭たちは、日本に来て、フェレイラが殉教の高みまで到達することが出来るためにフェレイラのために命を捨てる覚悟があること、などを告げます。フェレイラは何も答えずに涙を流すばかりでした。デ・モウラも共に涙します。

フェレイラはデ・モウラにこう言います。「天主から離れているなら、その男に一体どんな善が出来ようか?(=自分は背教したので何をしても天主から嘉されない。もうダメだ。)」そして40時間の聖体礼拝の信心はまだマカオの神学校で行っているかと尋ねます。デ・モウラはより熱心にやっていること、教会はもっときれいに飾られていること、殉教者の記念にマカオの住民は教会に木を植えていること、最後に植えられたのはセバスティアン・ヴィエイラ神父の殉教の記念でその隣には別の殉教者のために場所が取ってあること、皆はそこにフェレイラ神父の殉教記念の木を植えることを期待していること、を言います。ここでもフェレイラは答えず更に多くの涙を流します。

デ・モウラがフェレイラに面会するとフェレイラは雄弁に天主について語り、背教者であるとは信じられないほどで、極めて驚きます。フェレイラは良心の呵責を大きく受け、恥ずかしさでいっぱいでした。フェレイラは天主に祈りを捧げているし、女性とも罪を犯していないことを証言しています。フェレイラが仏教に与したこともないことをもデ・モウラは誓って証言します。

ディエスは同じローマへの報告書で、フェレイラの家で彼に4回面会したペドロ・コルデイロの証言も記録しています。それによると、クリストヴァン・フェレイラ神父はコルデイロといつも静かに話し、過去の拷問の恐れからこのような状態になってしまったことを多くの涙を持って辛く思っていること、神父が立ち戻って過去の行為を償うだろうという希望の印を見せたこと、コルデイロが最後の別れを告げると、涙ながらに「あなたが来年戻ってくるなら、そうなることだろう」と言って、涙を流して、自分の状況が良くなったことを示さずには帰ろうとしなかったことが報告されました。

1636年にマカオからもう一度日本行きの船が出航したとき、ディエスはフェレイラに最後の訴えをし、痛悔し償いをするようにもう一度勧告する手紙を書きます。船長はやはり同じドン・ゴンサロ・ダ・シルヴェイラでした。しかし彼らが8月8日に長崎に到着したとき、人工的に作られた出島に停泊するように命じられます。船長は江戸に出向いて報告するように、また、翌年のポルトガル船が来るまで長崎に人質として残るように命じられます。ポルトガル船は10月中旬に、日本を追放されたポルトガル人証人とその家族や使用人たち287名を乗せて長崎を出ます。シルヴェイラは日本に人質として残ったので、ディエスはフェレイラについて別の信頼のおける証人たちから情報を得ます。

それらの信頼のおける証言によると、フェレイラは「結婚」したこの女性をは如何なる関係も持たなかったこと、フェレイラは食事のためだけに彼女と一緒にいること、また、彼は(少なくとも最初の内は)、如何なる方法でもキリスト者を迫害したこともなく、他の宗教に与したこともないこと、拷問による傷から回復するために奉行は彼に貧しい小屋を与えたこと、フェレイラが奉行に食べ物を要求したとき、次の答えが返ってきたこと「奉行はおまえに何もやらぬ。おまえは単に弱さの故に転んだだけだからだ。おまえは何の奉仕もしていない。おまえはバテレンもキリシタンも裏切っていないからだ。」などが分かっています。

フェレイラは、沢野忠庵という日本名を与えられ、日本人の着物を着て、その他の日本人のように生活し、翻訳などの仕事の報酬としてわずかな生活費を奉行から受けていました。寺請制度により、住民はどこかの仏寺の檀徒にならなければならず、それが毎年調べられ、宗門改帳とか、宗旨人別帳とか言われるものに記載されるようになりました。旅行するときの往来手形にも仏寺の檀徒であることを証明せねばなりませんでした。フェレイラも仏寺に属することが強制されました。初期は転びキリシタンだけに義務づけられたものでしたが、1660年代以降すべての人びとが檀那寺に所属するようになります。

1636年11月1日、マカオのイエズス会の会員たちは集まり、つまずきと悪い噂を避けるためにフェレイラの退会を決議します。

11月2日にフェレイラ退会の書類が作られ、そこにいた全てのイエズス会司祭たちによって署名されました。京都においてフェレイラの元長上だったモレホン老神父は、震える手で最後に署名しています。

参考までに、フェレイラが「絵踏み」を考え出したと時々言わますが、既に彼の転びの前に存在していました。「絵踏」とは、キリストやマリアの像を踏ませて、キリシタンで無いことを証明させることですが、最初は転びキリシタンに転びの証明として、または転ばせるために行われました。


フェレイラの改心のために

フェレイラが背教から立ち戻るために、彼にコンタクトを取って説得しようとする試みが少なくとも3回ありました。


最初の試み:
イタリア人のイエズス会司祭であったマルチェロ・マストリッリ(1603-1637)が最初に接触を試みます。マストリッリは日本に向かって出航し、上陸するやいなや逮捕され、長崎で穴吊りの拷問を受けます。1637年10月17日、三日間の拷問の苦しみの後に穴から出されて首を切られました。

マルチェロ・フランチスコ・マストリッリ神父(Marcello Francisco MASTRILLI)はイタリア生まれ、ナポリのマストリッリ侯爵の子供で、イタリアで最も位の高いカラッチョロ家の貴族の母親を持ち、1618年に15才でイエズス会に入会しています。

1633年10月18日、日本の長崎の西坂で、ジュリアン中浦、アントニオ・デ・ソウサ、日本人修道士のペドロとマテオ、ドミニコ会員のルカス・アロソノ神父、フランシスコ会日本人イルマン・マテオらが穴吊りの拷問を受け、クリストヴァン・フェレイラが背教しますが、その同じ年、1633年12月8日、日本から遠く離れたイタリアのナポリではブラカッチョ枢機卿は聖母の無原罪の御孕りの大祝日を盛大に祝っていました。

ロウソクの光をともすためのシャンデリアや燭台、豪華なカーテンなどの飾り付けがなされていました。それらの装飾を取り外す際に、重い梁が天上から私たちのイエズス会司祭マストリッリ神父の頭をめがけて落ちてきました。

両親は子供たちのために聖母の取り次ぎを祈ってきました。マルチェロが生まれたときも、すぐに洗礼を授け、天主に捧げ、イエズス会へと約束していました。聖フランシスコ・ザベリオは、頻繁にマルチェロに現れ、ある日彼に巡礼の道具と光の灯ったロウソクを与え、どちらかを選べと言いました。巡礼の道具はインドを、ロウソクは病による死を意味していました。彼は「私は天主様がお望みのものを選びます」と答えます。マルチェロが頭に致命傷を受けたとき、彼は30歳、イエズス会入会後15年のことでした。マストリッリはすぐに医師の元に運ばれますが、彼の回復は不可能だと宣言されました。しかし、瀕死のマストリッリ神父は聖フランシスコ・ザベリオが自分に現れたのを見ます。

聖フランシスコ・ザベリオは、白い服を着て深紅の十字架を胸に付けてこう言います。
「おお!マルチェロ、おまえが望むことを私に言いなさい。私は天国で力ないものでは無いということを知りなさい。」
彼はいつものように「私は天主様がお望みのものだけを選びます」と答えます。同時に、聖フランシスコ・ザベリオの周りにいる白い服を着た人々を見て、彼らは日本の殉教者たちですか?聞きます。聖人は次のように答えます。「彼らはおまえの友人たちであり、おまえのために祈っている。」

マストリッリの死は近づき、管区長デ・サングロ神父がマストリッリ神父の元にやって来ます。そこでマストリッリ神父は、管区長にインドのミッションのために身を奉献する誓願を立てる許可を求め、聖フランシスコ・ザベリオの有名な奇跡の聖画を乞い求めました。インド行きの誓願は許され、御影が寝台のもとに運ばれます。終油の秘蹟を受けますが、飲み込むことが出来なくなっていたので、旅路の糧の聖体は与えられませんでした。それを嘆いたマストリッリ神父は聖フランシスコ・ザベリオの聖遺物を喉に当てると、その後、御聖体を飲み込むことが出来るようになりました。その夜、次のような声を聞きます。
「マルチェロ!マルチェロ!」
彼は巡礼者の姿をした光に輝く聖フランシスコ・ザベリオを見ます。聖人はこう言います。
「おまえは癒やされる。感謝として十字架像の傷に接吻をせよ。首に十字架の聖遺物を付けなさい。自分をすべて主に奉献しなさい。主の聖名のために自分の血を最後の一滴まで流す恵みを乞い求めなさい。主に、主のしもべであるインドの使徒フランシスコ・ザベリオでさえも何年もの労働の後で受けることが出来なかったその御恵みを求めなさい。」
聖人は姿を消し、マストリッリ神父はその時、癒やされます。

起き上がって長上に起こったことを全て報告し、翌日、何の痛みも無く感謝のミサを捧げます。フェレイラが背教したという哀しい知らせがヨーロッパに伝わると、多くのイエズス会士たちは総長に懇願して、日本に行って自分たちの兄弟の転びを殉教で償う許可を求めます。マストリッリ神父がそのもっとも熱烈な懇願者でした。総長は「聖フランシスコ・ザベリオ自身があなたにその許可を与えたのですから、私にその許可を求める必要はほとんどありませんよ。」

ナポリを出るときに特に聖フランシスコ・ザベリオの保護に身を委ねて、「フランシスコ」の名前をつけました。

1635年、23名の修道士がリスボンを出港します。その長に選ばれたのがマルチェロ・フランチスコ・マストリッリでした。

リスボンからインドのゴアに渡り、ゴアからマカオへ来ますが、日本とポルトガルとの貿易断絶のために日本に行く船がありませんでした。そこでマカオからマニラに渡ります。マカオはスペインの貿易のセンターでしたが、日本とスペインも貿易を断絶していました。マニラにいたスペイン人たちは、マストリッリ神父が日本に渡航することに猛烈に反対したので、マストリッリ神父以外は全てマカオに戻ります。

マストリッリはマニラにいた日本人たちを指導しながら日本語を学びます。日本渡航の機会を待っていました。日本人キリシタンたちも多くが同行を希望します。マニラ総督セバスチアン・フルタード(Don Sebastian Hurtado)の特別の計らいで、マレー諸島に出没する海賊に対抗するために出航したスペイン船が、日本の近くを通過するとき、小舟で下船することを許され、マストリッリは乗ってきたスペイン船を降りて、小舟で薩摩の海岸に上陸します。時に1637年9月19日のことでした。

さらにマストリッリは、九州東海岸を北上して、日向のある港に日本人一人を連れて上陸し、森に身を隠します。

別の日本人たちは、九州の海岸沿いに移動している間に発見されて捕らえられています。彼らは拷問を受けるとキリスト者だと自白し、実はマストリッリ神父がいることを告げてしまいます。直ちに捜索がなされ、飢えて弱っていたマストリッリ神父が発見されます。発見されたとき「来なさい、私の子供たちよ、私を連れて行きなさい」と言います。神父は200名の護送兵を付けられて長崎に護送されます。長崎までの移動に1ヶ月がかかりました。

彼は役人に言います。
「将軍に申し上げたいことがあって、聖フランシスコ・ザベリオの使節として来ました。」
「聖フランシスコ・ザベリオとは誰か?」
「聖フランシスコ・ザベリオは、初めて日本人にキリストの福音を伝えた方で、1552年中国の上川島で亡くなりました。この聖人の体は死にましたが、霊魂は生きています。その証拠に、私自身がナポリで致命傷を受けたとき、私を生き返らせてくれました。」

奉行らは、マストリッリ神父の態度と言葉に感服しますが、将軍の命令には従わなければならないと言って、二日間、水責めと梯子責めを加えました。
三日目に「おまえはマニラの総督から遣わされて来たのか?」と尋ねられると「総督の命令できたのではありません。将軍をキリシタンとして、できるなら日本人全部をそうしたいと思って参りました」と答えました。

刑場に連れて行かれ、裸にされ、赤く焼けた焼きごてを陰部に押しつけられました。
「私は、我が身の全てを天主様に捧げておりますから、いかなる苦しみをも拒みはいたしませぬ。しかし、私の手足だけでは足りず、人間の羞恥心を傷つけるこの汚らわしい拷問は、如何なる野蛮人もいたしませぬぞ」と神父は言いました。役人はこの拷問を中止します。その代わりに水責めを開始し、息が絶えそうになるまで続けました。

1637年10月14日水曜日午前11時、説教が出来ないように釘を立てた鉄板を口にかまされて縄と鎖で体を固く縛られて、駄馬に載せられて町中を引き回しに去れながら、刑場に連れて行かれました。穴吊りです。口の鉄板は外され、穴の中に逆さにつり下げられ、足首だけを外に出して蓋をされました。マストリッリ神父は、脱魂状態になって四日間、10月17日の午後3時まで吊されたままでした。

翌日、長崎では祭りだったので、早く殺すために神父は穴から引き上げられました。神父はまだ元気で、「何故、引き上げたのですか?」と尋ねるほどでした。役人は「斬首するためだ」と答えます。神父は跪いて聖フランシスコ・ザベリオの保護を祈り求めると、刑吏の刃の第一撃は、かすり傷さえ与えませんでした。第二撃ではかすかなかすり傷がつきます。刑吏は恐れて太刀を捨てます。「つとめを果たしなされ」というマストリッリ神父の励ましで、刑吏は再び太刀を取り、第三撃で神父の首は地に落ちました。その時、天が暗くなり地が揺るぎ、見物人らは恐れおののいたと報告されています。遺体は寸断され、焼かれ、川にまかれました。

マストリッリ神父は、日本の地に自分の血を流すことしか出来ませんでした。フェレイラ神父と会うことも適わず、日本人に洗礼を授けることも出来ず、祈りと犠牲と苦しみだけの日本滞在でした。彼の聖徳の高さ、知識、霊的生活、犠牲心、愛徳、生まれの高貴さなどは、一見して無駄になったかのように見えます。

1637年10月17日の殉教の日から数えて13年後の1650年11月5日に死を迎えるクリストヴァン・フェレイラ神父は、その霊魂に、この殉教から流れ出る恵みを受けることになるでしょう。

マストリッリ神父については、Japanese Sketches をご覧下さい。


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

"On the Sacrament of Penance (continuation) " by Fr. Laisney SSPX

2017年02月16日 | お説教・霊的講話
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、
レネー神父様の霊的講話、「悔悛の秘蹟(続き)」の【英語原文】をご紹介いたします。

天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)

Conference at Osaka, on the Sacrament of Penance (continuation)

My dear brethren,

In the Mass, we studied the sacrament of penance in general. Now we will further study the three acts of the penitent, contrition, accusation and satisfaction.

Sin is opposed to God, it is a creature who rejects the Supreme Goodness of God, it destroys the beauty of a soul, or a spirit. Therefore, God who loves all his creatures, cannot but hate sin: God loves the sinner, but hates the sin. Precisely in hating the sin, God loves the sinner – similarly a medical doctor love his patients but hates their sickness, and he would not truly love his patients if he did not hate their sickness, and do all he can to remove such sickness. God would not truly love the sinners if He did not hate their sins.

Therefore, since God cannot change, it is impossible for the sinner to return into the grace of God and please God again unless he changes, unless he starts hating his own sins. And this is contrition: contrition is a deep detestation of sin. The word contrition comes from a Latin word meaning “to grind, to crush and to pound to pieces.”

Contrition must be interior, supernatural, universal and supreme – and must include the firm purpose not to sin any more. Contrition must be interior: that is, it is not sufficient to have external marks of contrition, even external tears, if the heart is not there, if the mind continues to love sin. It is not merely sentimental – we may even say that sensible feelings are not necessary – but it is a detestation of the mind, that rejects and crushes with the view to destroy the evil will of sin.

Contrition must be supernatural. If a thief is caught and put in prison, it is not a sufficient motive for a true contrition. It should be out of love for God who has been offended by sin, out of a view of Faith that shows the real evil of sin, and shows how much it has cost our Lord Jesus Christ, who died on the Cross because of our sins. It is good enough to be out of fear of hell, because this too is a supernatural motive. The fear of Hell is a great mean to obtain contrition. Many souls are now in Heaven because they had a true fear of hell. The surest way to go to hell is to reject all fear of hell. If the motive is an interested motive, such as the fear of hell, then it is called “attrition” and is sufficient to make a good confession. If the motive is higher and is a true motive of charity, out of love for God, for our Lord Jesus Christ offended by sin, then it is “perfect contrition.”

Perfect contrition obtains the immediate remission of sin, but does not dispense from going to Confession, on the contrary. There would not be true charity unless there were obedience to God’s law and thus the will to go to confession as soon as it is feasible. Hence there cannot be perfect contrition unless there is the will to go to confession without delay.

Contrition must be universal: it is not sufficient to have contrition because of some sins and yet to continue to love other sins. Take the example of a young unmarried person who commits fornication, and then becomes pregnant, and then has an abortion. She may be so afraid of the evil of abortion that she has a true sorrow for having committed such grave sin, but unless she also has detestation of the evil of fornication, she does not have true contrition. Her sorrow would not be universal. Similarly, if a thief enters a house and steals, and then is discovered and shoots the owner, it is not sufficient for him to have sorrow for the murder unless he detests his thievery also. One must detest all the mortal sins he has committed. This is very important.

Contrition must be supreme: that means, we must detest sin as the greatest evil, above any other evil, more than any pain and even death. We must be ready to die rather than to sin. For instance, it happened that in a first wave of persecution, in the early Church, some faithful fell and did deny Christ; then they were so sorry for their apostasy that they corrected themselves and went to the judge telling him that they did believe in Christ and detested their apostasy: they were then put to death by the persecutor and washed their sin in their own blood and are honoured by the Church as martyrs. They truly had a “supreme” sorrow for their sin. St Augustine mentions another situation: suppose someone is sick and dying, and a pagan friend suggests to use some superstitious talisman or potion or other superstitious ceremony, and the dying sick prefers to die rather than to sin: he is right, and St Augustine compares him to a hidden Martyr.

Our contrition should be not only the greatest, but also the most intense, and so perfect that it excludes all apathy and indifference; for it is written in Deuteronomy: “When thou shalt seek the Lord thy God, thou shalt find him: yet so if thou seek him with all thy heart, and all the affliction of thy soul” (Deut. 4:29), and in Jeremias: “Thou shalt seek me and shalt find me, when thou shalt seek me unto all thy heart; and I will be found by thee, saith the Lord” (Jer. 29:13).

Thus, contrition must be interior, supernatural, universal and supreme in order to be true. Moreover, that detestation of sin would not be true if it did not include the firm purpose to sin no more. Our Lord Jesus Christ explicitly requires this of the woman taken in adultery, to whom He says: “Go, and sin no more!” (Jn. 8:11) He also said to the man He healed at the pool of Bethsaida: “Behold thou art made whole: sin no more, lest some worse thing happen to thee” (Jn. 5:14).

The firm purpose also must be universal, efficacious: one must intend to avoid all mortal sins, not just some: in our example above someone who had stolen and killed must intend to avoid both murder and thievery, the young adults who fornicated and aborted must intend to avoid both abortion and fornication, and any other sin.

The firm purpose must be efficacious, that means it must lead us to take the proper means to avoid sin. In particular, one must avoid the occasions of sin. Our Lord Jesus Christ is very explicit and insistent on that matter: “if thy hand scandalize thee, cut it off: it is better for thee to enter into life, maimed, than having two hands to go into hell, into unquenchable fire: where their worm dieth not, and the fire is not extinguished. And if thy foot scandalize thee, cut it off. It is better for thee to enter lame into life everlasting, than having two feet, to be cast into the hell of unquenchable fire: Where their worm dieth not, and the fire is not extinguished. And if thy eye scandalize thee, pluck it out. It is better for thee with one eye to enter into the kingdom of God, than having two eyes to be cast into the hell of fire: where their worm dieth not, and the fire is not extinguished” (Mk. 9:43-47).

Now that does not mean that one should have the certitude he will never fall again. Indeed, one may have the firm purpose not to sin, though he fears he may fall again: however, the sure sign that there is such firm purpose is the real effort that follow the good confession, real efforts not to sin often crowned with success for a good while. If after a confession there is no effort at all to avoid the occasion of sin, and one falls right away back into the old sin, one should question whether he had the firm purpose of amendment, of avoiding sin: his confession might have been invalid for lack of true contrition and thus sacrilegious. Hence it is most important to really make one’s best efforts to avoid sin after confession.

That firm purpose includes the purpose to make restitution of the stolen goods, if one had stolen, or the reparation of scandals or reparation of injuries one may have committed. A good confession is not a permission to get away with sin, but rather it leads to such true penance that even if one is not caught by the police, one willingly gives back the stolen goods and repairs the injuries committed, without waiting to be caught by human law enforcers.

If one wants to obtain forgiveness from God, one should extend forgiveness to one’s neighbour: “For if you will forgive men their offences, your heavenly Father will forgive you also your offences” (Mt. 6:14).

The second act of the penitent is the accusation of his sins. This is – strictly speaking – the “confession” of sins. This is really an accusation: one should not “excuse” oneself, but rather accuse oneself! It is not just the opening of one’s conscience to a psychologist, it is the accusation of a criminal in a court: the Sacrament of Penance is truly the “tribunal of penance”, a tribunal of mercy indeed but a real tribunal.

The accusation should be complete, that is, one should accuse all his mortal sins, with their number. Since mortal sins are big sins, it is not too difficult to count them. If someone returns to God after years away from God and is not able to count all of his sins, then he should indicate the duration and the frequency of the sinful activity, for example “for five years, twice a week.” If one should make an approximation, it is always better to accuse a little more than not enough.

One needs also to tell the circumstances that add a particular wickedness to a sin: for instance, violence against a neighbour is bad, but if it is against a family member, it is worse: it adds a sin against the 4th commandment. Also a sin against purity can have additional circumstances that make it worse, such as violence (rape), or incest, or unnatural vices, etc. Or the theft of a sacred thing such as a chalice adds a sin of sacrilege to the sin of theft. However it is not necessary to tell the circumstances that are irrelevant to sinfulness, e.g. the colour of the thing stolen… The accusation should be short and to the point, and not dissolve the sin in useless verbiage.

To consciously conceal mortal sins in confession would render the sacrament invalid and consists in an additional sacrilege! The person who did such bad confession must repent from this and from all his past sins and must confess them all again, together with that sacrilege.

However there may be some genuinely forgotten sins: in such a case, one must know that such sins are forgiven together with the others: they were virtually contained in the universal contrition and accusation that was done. If they were mortal sins, then one should confess them the next time he goes to confession. It may also happen that, when some persons return to God after years of non-practicing the faith, they may not be aware of the sinfulness of certain acts (e.g. immodesties) and later when they grows in the spiritual life, they realise that these were sins: they should remain at peace: such sins should then be accused when the person becomes conscious of their sinfulness, but the previous confessions were good, because there was no wilful concealing of sin: there was rather genuine ignorance.

If one cannot accuse oneself with words – because of physical impairment, or because the priest is deaf, or because of a language barrier – it is sufficient to accuse oneself with signs, such as sign language, or pointing out a sin on a sheet of paper. If one is sick at the hospital and cannot speak but can hear, he can answer the priest’s questions by pressing his hand…

For that accusation to be complete, it is very useful to prepare a good confession by an examination of conscience, which is also the occasion to renew and stir up greater contrition. Daily examination of conscience helps a lot for a good weekly confession. This helps also to see the occasions of sins, that one will have to avoid.

Protestants reject the obligation to confess one’s sins to the priest. But that would make useless the words of our Lord Jesus Christ to His Apostles: why would He have given to them the power of absolving sins if people did not need it? By giving to the Apostles, our Lord manifestly implied that He wanted the faithful to go to the Apostles and their successors in order to obtain that forgiveness of sin. He who rejects the duty to confess one’s sins to the priest in fact rejects this institution of our Lord Jesus Christ, and by such opposition to Christ cannot obtain forgiveness of his sins.

After the accusation of sin, the priest often gives some spiritual advices: these are very useful and the faithful should pay attention to them and strive to put them in practice, remembering that the priest in confession takes the place of our Lord Jesus Christ. They should take these advices as from the mouth of Christ Himself.

The priest will then impose a satisfaction to be done by the penitent. This satisfaction should be done without delay and with fervour. The more devoutly such satisfaction is done, the more it goes towards the forgiveness of the remaining debt of punishment due to the sins. One should realise that, given the gravity of sin, the satisfaction that is required by the priest after Confession is not enough to completely pay the remaining debt, and there is need to offer faithfully “all the good that you will do and the sufferings you will patiently bear, unto the remission of sin and the acquisition of eternal life” as is said in the prayer after the absolution. The priest may require the penitent not only to say some prayers, but also some fasting or mortification or even some almsgiving (never to himself!) or some other good works.

One must know that the essential satisfaction for the sins was paid by our Lord Jesus Christ, Who “is the propitiation for our sins, and not for ours only but also for those of the whole world,” as St John says (1 Jn. 2:2). Without Jesus offering His Passion and Death as a Sacrifice of propitiation for our sins, our little penances would be absolutely incapable of obtaining forgiveness of sin. However, the Satisfaction of our Lord far from suppressing any need of satisfaction from ourselves is what gives them their value. God’s goodness does not suppress the goodness of creatures, but is their very source and First Cause. Those who claim that, because Jesus has paid all, we need not pay anything reject that very goodness of God who, far from supressing the goodness of the creatures, is the very First Cause of all goodness in the creatures.

In fact, the First Cause of the forgiveness of sins is the Holy Ghost, the Spirit of Love. Such Divine Goodness does not suppress the efficacy of the Passion of our Lord Jesus Christ, which He suffered in His human nature, since the Divine Nature cannot suffer. Thus the Passion of our Lord is the second cause of the forgiveness of sins. As the First Cause does not suppress the second cause, but is the very source of the efficacy of the second cause, so the First and second causes of forgiveness do not suppress our satisfaction, though very little in itself, but rather are the very source of the efficacy of our satisfaction to obtain that forgiveness of sin.

One should keep that spirit of compunction, that is, the continuous sorrow for having offended God. Such sorrow keeps us in humility, reminding us that we did not deserve the grace of our Lord, that we are unworthy servants. Such sorrow helps us to avoid occasions of sins, lest we fall back in those sins which we now detest from the depth of our heart. So, it is good to keep such continuous contrition, in order to be more faithful henceforth. It is so sad to see certain souls falling back in their old sins, as if they never wept for them! Let us remember that the more we expiate our sins here below, the less we will have to do it in Purgatory! Now is the time of mercy; then, it will be the time of justice: “thou shalt not go out from thence till thou repay the last penny” (Mt. 5:26).

In order to renew the sorrow for all the past sins, and in order to obtain further remission of these temporal penalties that remain after confession, it is good and useful especially on the occasion of retreats, to make a general confession of the whole life (after Baptism). A good retreat often prepares for better contrition, more complete accusation and more fervent satisfaction and reparation.

The key element of satisfaction and compunction is charity: we cannot truly love our Lord Jesus Christ who suffered and died on the Cross because of our sins, and leave Him alone in His sufferings, being “an enemy of the Cross of Christ” (Phil. 3:18)! Therefore, we want to be united with Him, “to suffer with Him, so as to be glorified with Him” (Rom. 8:17). The idea that “Christ suffered sufficiently, we do not have to suffer” at all is a Protestant idea, not Catholic charity!

Therefore it is clear that the Sacrament of Penance is not at all a permission to continue to sin: it is rather “dying to sin, so as to live unto God in Christ Jesus our Lord” (Rom. 6:11). It is “stripping ourselves of the old man with his deeds, and putting on the new” (Col. 3:9-10), that is putting on Christ.

May the Blessed Virgin Mary give us a great devotion and love for the Sacrament of Penance, by which our soul is cleansed again and again, so as to advance towards that perfect purity which our Lady has perfectly kept from the beginning and which is required in order to go to Heaven. Amen.
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「悔悛の秘蹟(続き)」:聖ピオ十世会司祭 レネー神父様

2017年02月14日 | お説教・霊的講話
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、
レネー神父様の霊的講話 「悔悛の秘蹟(続き)」(日本語訳)をご紹介いたします。

天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)

2017年2月12日 七旬節の主日―大阪
「悔悛の秘蹟(続き)」


親愛なる兄弟の皆さん、

ミサのとき、私たちは悔悛の秘蹟を一般的に勉強しました。今度は、さらに進んで、痛悔者の三つの行いである痛悔、告発(告白)、償いを勉強しましょう。

罪は天主と対立するもので、被造物が天主の至高の善を拒否するのであり、罪は霊魂あるいは精神の美しさを破壊します。それゆえに、すべての被造物を愛される天主は、罪を嫌わずにはおられません。天主は罪びとを愛されますが、罪を嫌われます。正確にいえば、天主は罪を嫌うことにおいて、罪びとを愛されるのです。同様に、医者は患者を大切にしますが病気を嫌います。もし医者が患者の病気を嫌い、その病気を治すためにできるあらゆることをするのでないなら、その医者は患者を本当に大切にしていることにはならないでしょう。もしも天主が罪びとの罪を嫌われないとするならば、天主は罪びとを本当に愛してはおられないことになってしまいます。

それゆえに、天主は変わりえませんから、罪びとが変わらない限り、罪びとが自分の罪を嫌い始めない限り、罪びとが天主の恩寵に立ち返り、再び天主をお喜ばせするのは不可能です。この罪を嫌うこと、これが痛悔です。痛悔とは、罪を強く嫌悪することです。痛悔(contrition)という言葉は、「すりつぶす、粉砕する、細かくなるまで打ちたたく」という意味のラテン語から来ています。

痛悔は内的で、超自然的で、全面的で、最高のものでなければならず、また、もうこれ以上罪を犯さないという固い決意を含んだものでなければなりません。痛悔が内的でなければならないというのは、痛悔が外的なしるしを持っていても、たとえ外的に涙を流したとしても、そこに心がなければ、頭が罪に愛着を持ち続けるならば、痛悔は十分ではないということです。痛悔はただ感傷的なものではなく―感覚的な感情は必要ないとさえ言うことができます―痛悔は頭が嫌悪することであって、つまり頭が罪の悪しき意志を打ち砕くという信念を持って拒否し、粉砕することです。

痛悔は超自然的でなければなりません。盗人が捕まって牢に入れられても、それはまことの痛悔のための動機としては十分ではありません。痛悔は、罪によってお怒りを招いてしまった天主への愛から出るものでなくてはならず、罪の本当の害悪を教える信仰から、また私たちの罪のゆえに十字架上で亡くなられた私たちの主イエズス・キリストに対して罪がどれほど傷を負わせたかを教える信仰から出るものでなくてはならないのです。地獄への恐れからという理由でも痛悔は有効です。その理由は、それが非常に超自然的な動機であるからです。地獄への恐れは痛悔を得る素晴らしい手段です。多くの霊魂たちは、地獄への本当の恐れを持っていたため、今は天国にいるのです。地獄へ行く最も確実な道は、地獄への恐れをすべて拒否することです。もし痛悔の動機が地獄への恐れのように自らの利益に基づいた動機であるならば、それは「不完全な痛悔」と呼ばれますが、良き告解をするのには十分です。この動機がもっと高められ、愛徳というまことの動機となり、天主への愛から、罪によって傷つけられた私たちの主イエズス・キリストへの愛から出るものとなるならば、それは「完全な痛悔」となるのです。

完全な痛悔をすれば直ちに罪の赦しを得ますが、それで告解に行くことを免除されるのではありません。全く逆です。天主の法への従順と、そのためにできるだけ早く告解に行くという意志があるのでないならば、まことの愛ではありません。ですから、遅れずに告解に行こうという意志がないならば、完全な痛悔はありえません。

痛悔は全面的でなければなりません。いくつかの罪のために痛悔の念をもっていても他の罪には愛着を持ち続けるのは、十分な痛悔ではありません。私通の罪を犯し、妊娠して、そのあと中絶をした一人の未婚の若い女性を例に挙げてみましょう。彼女は中絶という悪を非常に恐れているため、そんな重い罪を犯してしまったことを本当に悲しんでいます。しかし彼女は、私通という悪をも嫌悪しているのでなければ、まことの痛悔をしていません。その場合、彼女の悲しみが全面的なものではないことになるからです。同様に、盗人がある家に入って盗みをし、そのあと見つかったため家の持ち主を銃で撃った場合、盗人が殺人の罪を悲しんだとしても、自分の盗みも嫌悪するのでなければ、十分な痛悔ではありません。人は、自分がそれまで犯した大罪をすべて嫌悪しなければなりません。このことが非常に重要です。

痛悔は最高のものでなければなりません。この意味は、私たちは、罪を他のあらゆる悪を超えた最も大きな悪として、どんな痛みや死よりさえも、嫌悪しなければならないということです。私たちは罪を犯すよりも死ぬ方を選ぶ用意がなければなりません。例えば、初期の教会において迫害の最初の波が襲ってきたとき、信者の中には迫害に負けてキリストを否んだ人たちがいました。そのあと彼らは背教したことを非常に後悔したため、自らを正そうと裁判官のところに行って、自分たちはキリストを確かに信仰しており、自分たちの背教を嫌悪していると告げました。すると彼らは迫害者によって死刑にされ、自らの血で罪を洗い流し、教会によって殉教者としての栄誉を与えられました。彼らは自分の罪に対する本当に「最高の」悲しみを持っていたのです。聖アウグスティノは別の状況について語ります。誰か病気で死にそうになった人がいたとしましょう。異教徒の友人が迷信的なお守りや水薬、その他の迷信的な儀式を利用するよう勧めましたが、その死にかけた病人は罪を犯すよりもむしろ死ぬ方を選びます。彼のすることは正しいことです。そして、聖アウグスティノは、その人を隠れた殉教者に例えるのです。

私たちの痛悔は最も大きな痛悔であるべきですが、それだけでなく、最も強烈な痛悔でもあるべきであって、無感動や無関心の全くない、完全な痛悔であるべきです。なぜなら、第二法の書[申命記]にこう書かれているからです。「天主なる主を探し求め、心と魂を尽くして求めるなら、必ず主を見いだす」(第二法[申命記]4章29節)。また、エレミアはこう言います。「私を探し求めれば見いだす。心をあげて、私を探し求めるなら私は姿を現す―主のお告げ」(エレミア29章13節)。

このように、痛悔が真実のものであるためには、内的で、超自然的で、全面的で、最高のものでなければなりません。さらに、罪を嫌悪することの中にもう二度と罪を犯さないという固い決意が含まれていなければ、それは真実のものではありません。私たちの主イエズス・キリストは、姦淫の罪を犯した女に、はっきりとこのことを要求され、その女にこう言われました。「行け、これからはもう(二度と)罪を犯さぬように」(ヨハネ8章11節)。主はまた、ベトサイダの池で癒された男にこう言われました。「どうだ、あなたは治った。さらに悪いことが起こらぬように、もう二度と罪を犯すな」(ヨハネ5章14節)。

この固い決意はまた、全面的かつ効果のあるものでなければなりません。大罪のいくつかではなく、すべての大罪を避けるという意向を持たなければなりません。先ほど述べた例で言えば、盗みと殺人を犯した者は、殺人と盗みの両方を避けるという意向を持たなければならず、私通と中絶の罪を犯した若い女性は、中絶と私通の両方、そしてそのほかのあらゆる罪を避けるという意向を持たなければなりません。

この固い決意は、効果のあるものでなければなりません。すなわち、私たちに罪を避ける適切な手段を取らせるものでなければなりません。特に、罪の機会を避けなければなりません。私たちの主イエズス・キリストは、それについてはっきりと強く言われました。「その手があなたに罪を犯させるなら手を切り捨てよ、不具で命に入るのは両手があってゲヘナの不滅の火に入るよりもよい。そこではうじが失せず、その火は消えぬ。その足があなたに罪を犯させるならそれを切り捨てよ、片足で命に入るのは、両足があってゲヘナに投げ込まれるよりよい。そこではうじが失せず、その火は消えぬ。またもしその目があなたに罪を犯させるならそれを抜き取れ、片目で天主の国に入るのは、両眼があってゲヘナに投げ込まれるよりよい。そこではうじは失せず、その火は消えぬ」(マルコ9章43-47節)。

さて、これは、自分は再び罪に陥ることは決してないという確信を持っているべきだという意味ではありません。実際、人は再び罪に陥ることを恐れていても、罪を犯さないという固い決意を持つことができます。しかしながら、その固い決意があるという確かなしるしは、良い告解のあとに続く実際の努力、すなわち、かなりの期間にわたって成果を上げるような、罪を犯さないための実際の努力なのです。告解ののち罪の機会を避ける努力をまったくせず、すぐ昔の罪に戻ってしまうなら、その人が自分を直そうとする固い決意、罪を避けようとする固い決意を持っていたのかどうか疑問に思うべきです。その人の告解はまことの痛悔がないために無効だったかもしれず、そうならば汚聖の罪を犯していたかもしれないのです。ですから、告解ののち罪を避ける最大限の努力を実際に実行することが最も重要なのです。

この固い決意の中には、もし盗みをしたのなら盗んだ物を返還するという決意、あるいは自分が引き起こしたつまずきの償いや負わせた傷の償いをするという決意も含まれています。良い告解は、罪を犯したまま逃げることの許可ではなく、むしろまことの悔悛へと導くものですから、たとえ警察に捕まらなかったとしても進んで盗んだ物を返し、負わせた傷を償うのであって、人間の法律の執行者に捕まるまで待つのではないのです。

天主から赦しを得たいのなら、隣人に赦しを広げるべきです。「あなたたちが他人の過失を赦すなら、天の父もあなたたちを赦される」(マテオ6章14節)。

痛悔者の第二の行いは、自分の罪を告発(告白)することです。これが、厳密に言えば、罪の「告白」です。これは実際には告発なのです。人は「言い訳」をすべきではなく、むしろ自分自身を告発すべきです! これはただ自分の良心を心理学者に対して開くことではなく、法廷で犯罪者を告発することです。悔悛の秘蹟はまことに「悔悛の法廷」であり、実にあわれみの法廷ですが、本当の法廷なのです。

この告発は完全であるべきです。すなわち、自分のすべての大罪をその数とともに告発すべきです。大罪は大きな罪ですから、その数を数えることはそれほど難しくはありません。もし天主から離れて何年もたった人が天主に立ち返って、自分のすべての罪の数を数えられない場合は、その人は罪深い活動の期間と頻度を述べるべきです。例えば、「五年間の間に一週間に二回」のようにです。およその数を言うしかない場合には、不十分な数よりも常に少し多めの数で告発する方がいいでしょう。

また、ある罪に対して特別な邪悪さを加える状況があれば、それを告げる必要があります。例えば、隣人に対する暴力は悪いことですが、自分の家族の一員に対する暴力の場合はさらに悪くなります。この場合第四戒に反する罪が加わります。また、貞潔に反する罪の場合は状況によってさらに悪くなり得ます。例えば、暴力(レイプ)や近親相姦、自然に反する悪徳などです。また、カリスのような聖具を盗むことは、盗みの罪の上に汚聖の罪が加わります。しかしながら、罪深さに対して意味をもたない状況を告げる必要はありません。例えば、盗んだ物の色などです。告発は短くてポイントを突いたものであるべきであり、不必要にくどい言い方で罪を細かく述べるべきではありません。

告白において大罪を意識して隠せば、その秘蹟は無効になり、さらなる汚聖の罪となります! そのような悪しき告白をした人は、それとすべての過去の罪を悔いなければならず、もう一度それらすべてをその汚聖の罪とともに告白しなければなりません。

しかしながら、本当に忘れてしまった罪もあるでしょう。その場合は、そのような罪は他の罪とともに赦されるということを知っておかなければなりません。それらの罪は事実上、行った全面的な痛悔と告発の中に含まれていたのです。それらの罪が大罪であった場合は、次に告白に行く機会にそれらを告白すべきです。また、信仰を実践しないまま何年かののちに天主へと立ち戻る人たちの場合、彼らはその行為(例えば、慎みのなさ)の罪深さを知らずにいて、のちに霊的生活において成長して、その行為が罪であったと気付く、ということもあるかもしれません。彼らは安心していていいのです。そのような罪は、その罪深さを意識するようになるときに告発すべきものですが、以前の告白は良いものだったのです。なぜなら、罪をわざと隠そうとしたのではなく、むしろ本当に無知だったのですから。

言葉で自分自身を告発できない場合は―たとえば体の機能障害のために、または司祭の耳が聞こえないために、または言語の壁がある場合―、手話や、紙に書かれてある罪を指で指し示したりするといったしるしを用いて自分自身の罪を告発すれば十分です。もし病気で病院にいて、しゃべることができないものの聞くことができるならば、その人は司祭の質問に対して司祭の手を押すことによって答えることができます。

告発を完全にするためには、良心の糾明によって良い告解を準備するのが非常に有益です。この糾明はまた、より良き痛悔を更新したり奮い起こしたりする機会にもなります。毎日の良心の糾明は、毎週の良き告解をする大きな助けになります。これはまた、今後避けなければならない罪の機会を知るのを助けてくれます。

プロテスタントは自分の罪を司祭に告白する義務を拒否します。しかし、そうすることは、私たちの主イエズス・キリストが使徒たちに言われた言葉を意味のないものにしてしまうことになります。もし人が罪を赦す力を必要としないのなら、主はなぜ、使徒たちに罪を赦す力をお与えになったのでしょうか? 罪を赦す力を使徒たちにお与えになったことによって、私たちの主が明らかに示されたのは、信者がまさにその罪の赦しを得るために使徒たちとその後継者たちのところに行くように望まれるということです。自分の罪を司祭に告白する義務を拒否する人は事実、私たちの主イエズス・キリストによる罪の赦しの制定を拒否しているのです。またこのようにキリストに反対することによって、自分の罪の赦しを得ることができないのです。

罪の告発ののち、司祭はしばしば、少し霊的なアドバイスを与えます。これは非常に有益で、信者は、告白においては司祭が私たちの主イエズス・キリストの代理であることを思い起こしながら、それを注意して聞き、実行するよう努力すべきです。信者は、これらのアドバイスをキリストご自身の口から出たものであると受け取るべきです。

その後、司祭は悔悛者が行うべき償いを与えます。この償いは遅くならないうちに、また熱意を持ってなされるべきです。その償いをするのに信心深くあればあるほど、罪に対して当然課されるべき罰のうちの残された負い目の赦しに、より役立ちます。罪の重さを考えれば、告白ののちに司祭によって要求される償いでは、残された罰の負い目を完全に返済するのに十分ではないということを理解すべきです。また、そのため、罪の赦しののちの祈りで唱えられるように、「罪の赦しと永遠の命の獲得のため、汝のなすすべての善と汝の堅忍するすべての苦しみ」を信心深く捧げる必要があります。司祭は痛悔者に、祈りを唱えるよう要求するだけでなく、断食や苦行、あるいは施し(決して司祭にではありません!)や他の善業さえも要求するかもしれません。

知っておかなければならないことは、罪に対する必要不可欠な償いは私たちの主イエズス・キリストによって返済されたということです。聖ヨハネは、主は「私たちの罪の取り成しをされるいけにえである。いや、ただ私たちの罪のためではなく全世界の罪のためである」(ヨハネ第一2章2節)と言っています。イエズスが私たちの罪の取り成しをするいけにえとして御受難と死を捧げられなかったなら、私たちの取るに足らない悔悛では罪の赦しを得ることは絶対にできなかったでしょう。しかしながら、主の償いは私たち自身による償いの必要性をなくすどころか、私たちの償いに価値を与えるものなのです。天主の善は被造物の善をなくするのではなく、被造物の善の源であり第一原因です。イエズスがすべてを返済してくださったのだから私たちは何も返済する必要がないと主張する人々は、被造物の善をなくするどころか、被造物にあるすべての善のまさに第一原因である天主の善そのものを拒否しているのです。

事実、罪の赦しの第一原因は聖霊、愛の霊です。その天主の善は、私たちの主イエズス・キリストの御受難の効力をなくするのではないのです。主は御受難を人間の本性において苦しまれたのであり、天主の本性は苦しむことはできないのですから。ですから、主の御受難は罪の赦しの第二の原因なのです。第一の原因が第二の原因をなくすることがなく、むしろ第二の原因のまさに源であるように、罪の赦しの第一および第二の原因は私たちの償いをなくすることはなく、私たちの償いが取るに足らないものだとしても、むしろそれらこそが、罪の赦しを得るための私たちの償いの効力の源そのものなのです。

罪の意識という精神、すなわち、天主のお怒りを招いてしまったという長く続く悲しみ、それを持ち続けるべきです。そのような悲しみは私たちにへりくだりの心を持ち続けさせ、私たちは主の恩寵にふさわしくなかったのだ、しもべに値しなかったのだということを思い起こさせてくれます。そのような悲しみは、私たちが罪の機会を避け、今や私たちが心の底から嫌悪するそれらの罪に立ち戻ることのないように助けてくれます。ですから、今後さらに忠実であるためには、そのような痛悔の気持ちを持ち続けることは良いことです。古い罪をまったく嘆けなかったかのように、その罪に立ち戻ってしまう霊魂たちを見るのは非常に悲しいものです! ここ地上で私たちが自分の罪を償えば償うほど、私たちが煉獄で行わなければならない償いが少なくなる、ということを覚えておきましょう! 今はあわれみの時ですが、いずれ正義の時となるのです。「一厘残らず返すまで、あなたはその牢を出られない」(マテオ5章26節)のです。

過去のすべての罪についての悲しみを新たにするために、また告白ののちに残るこれら一時的な罰のさらなる赦しを得るために、特に黙想会の機会に、(洗礼ののちの)全生涯の総告解をするのは良いことであり有益です。良い黙想会はしばしば、よりよい痛悔、より完全な告発、より熱心な償いの準備をさせてくれます。

償いと罪の意識の鍵となる要素は、愛です。私たちは「キリストの十字架の敵」(フィリッピ3章18節)として主を一人だけで苦しまれるままにさせておきながら、私たちの罪のために十字架上で苦しみを受け亡くなられた私たちの主イエズス・キリストをまことに愛するということはできません!それゆえに、私たちはキリストと一致して、「キリストとともに光栄を受けるために、その苦しみをともに受ける」(ローマ8章17節)ことを望むのです!「キリストは十分に苦しんだので、私たちは全く苦しむ必要はない」というのはプロテスタントの考えであって、カトリックの愛徳ではありません!

それゆえに、悔悛の秘蹟は、罪を犯し続ける許可とは全く違うことは明らかです。悔悛の秘蹟はむしろ、「罪に死んだ者、主キリスト・イエズスにおいて天主のために生きる者」(ローマ6章11節)ということなのです。悔悛の秘蹟は、「古い人間とその行いを脱ぎ、新しい人間をまと」(コロサイ3章9-10節)うことであり、すなわち、キリストをまとうことなのです。

童貞聖マリアが私たちに、悔悛の秘蹟に対する大いなる信心と愛を与えてくださいますように。それによって、私たちの霊魂が何度も何度も清められ、聖母が初めから完全に保たれたその完全な貞潔、天国へ行くために必要とされるその完全な貞潔へ向かって進んでいくことができますように。アーメン。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

"On the Sacrament of Penance" by Fr. Laisney SSPX

2017年02月14日 | お説教・霊的講話
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、
レネー神父様のお説教、「悔悛の秘蹟」の【英語原文】をご紹介いたします。

天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)

Sermon at Osaka, on the Sacrament of Penance

My dear brethren,

Today is Septuagesima Sunday, the beginning of the penitential time preparing for Easter. So, it is very fitting to continue our series of sermon on the Sacraments, speaking now on the Sacrament of Penance. This is a very important Sacrament in the Christian life, very useful to fully overcome sin and live a fervent life.

Indeed, the whole doctrine on the Sacraments is a doctrine of life: Baptism is the new birth, birth to eternal life. Confirmation is the strengthening of that life. The Holy Eucharist is the food of eternal life. I say “eternal life” because that life which we received at Baptism should continue throughout our earthly life unto everlasting life in Heaven. Heaven is the full blossoming of the seed of new life received at Baptism, grown in Confirmation and fed by the Holy Eucharist: “He that eateth my flesh, and drinketh my blood, hath everlasting life: and I will raise him up in the last day” (Jn. 6:54).

However, there is an important, essential difference between the status of the Saints in Heaven, where they cannot lose that eternal life, and our status here below where we can, unfortunately, lose that life received at Baptism. Blessed are those who keep the innocence received at baptism until the Judgement throne of Christ! But unfortunately, there are many who do not keep their baptismal innocence, and by mortal sin precisely fall in spiritual death, losing the spiritual life, Christ no longer living in them (see Gal. 2:20).

But is there no “second chance” for those who have fallen into mortal sin after baptism? There is, and this is the Sacrament of penance. “Then came Peter unto [Jesus] and said: Lord, how often shall my brother offend against me, and I forgive him? till seven times? Jesus saith to him: I say not to thee, till seven times; but till seventy times seven times” (Mt. 18:21-22). Thus it is clear that God offers His forgiveness more than once, but as often as one comes back to God with a humble and contrite heart God offers his pardon again. “A contrite and humbled heart, O God, thou wilt not despise” (Ps. 50:19).

By the Sacrament of penance, sins committed after Baptism are be remitted by the power to forgive sin, which belongs to our Lord Jesus Christ because He is true God and true man. You remember the miracle our Lord did in order to prove this. A man was sick of the palsy; his friends wanted to bring him to our Lord, but could not enter the house where our Lord was because of the pressing crowds. So, they took the man onto the roof, took off the tiles and lowered the man in front of our Lord and all the attendants. It is evident that when these friends were taking off the tiles, everybody was looking at them, saying to themselves: these people are bold! What are they doing? When the man was thus lowered in front of our Lord, “Jesus, seeing their faith, said to the man sick of the palsy: ‘Be of good heart, son, thy sins are forgiven thee’. And behold some of the scribes said within themselves: ‘He blasphemeth’. And Jesus seeing their thoughts, said: Why do you think evil in your hearts? Whether is easier, to say, ‘Thy sins are forgiven thee’: or to say, ‘Arise, and walk’? But that you may know that the Son of man hath power on earth to forgive sins, (then said he to the man sick of palsy,) ‘Arise, take up thy bed, and go into thy house!’ And he arose, and went into his house” (Mt. 9:2-7).

Our Lord Jesus Christ himself instituted the Sacrament of Penance when He gave that very same power to His Apostles: “Whose sins you shall forgive, they are forgiven them; and whose sins you shall retain, they are retained” (Jn. 20:23). If our Lord gave that power to His apostles, it is clearly so that they may use it for the benefit of the faithful. Our Lord said these words on the day of His Resurrection, because the Sacrament of Penance is not so much like a birth, but rather like a spiritual resurrection: those who were dead in their sins after baptism can come back to the life of the soul by the Sacrament of Penance.

In order to understand properly the Sacrament of penance, it is necessary to remember the damage that mortal sin causes in a soul. Mortal sin consists in a spiritual being, angel or man, who severs himself from God by loving the creature too much, by putting one’s ultimate end in a creature rather than in the Creator, by preferring the creature over its Creator, by loving the created good more than the Uncreated Infinite Goodness of God. It is clearly unreasonable to prefer the limited, finite good over the Infinite and unlimited Divine Goodness. That disordered will is itself the very evil of sin, the stain of sin, death of the soul, because it takes away Charity, which is “the bond of perfection” (Col. 3:15) that binds the soul with God. It is also called the “stain of sin”, because it is spiritual darkness, refusal of the light of the truth of the transcendence of God.

Such choice is a grave offence to God, it is a refusal to give Him the honour that is due to the Supreme Being, who deserves to be loved supremely by all spiritual natures. Being such an offence, it calls for a certain chastisement, in order to restore the order of justice: sin must be expiated. Hence there is a certain “due chastisement”, and that debt is also called the guilt. Evil cannot prevail; God will not let evil have the last word! Divine Goodness will have the last word. Hence evil will have to be compensated with such chastisement.

Lastly, sin introduces a grave disorder in our nature, in the powers of our nature, which are thus wounded by sin. That wound will need medicine and time to heal. It is easy and quick to destroy; it takes time to heal and to rebuild. If one looks at the history of mankind, it is evident that the great drama of human history is the drama of sin and its disastrous consequences. Thanks be to God the Father Who sent His only-begotten Son to save us from our sins!

Now man can destroy life, but he cannot make up life; he can kill himself spiritually but cannot give himself back spiritual life: there is need of the Mercy of God acting in the soul and changing around the will of the sinner, “converting” him back to God, turning him around from his disordered way back to the right path of life. That divine action within the soul precedes the sacrament of penance; no sinner can merit that grace of conversion. The good faithful can pray to obtain it for the sinners; the ministers of Christ can preach and exhort to penance and conversion; yet unless God gives His grace within the soul itself and changes the heart, their exhortation will only touch the ears and not the hearts. Hence, we see the great saints doing much penance in order to obtain from the Mercy of God such grace for their hearers.

Once a soul is so touched by the grace of God, and starts to see how wrong it was, in its rebellion against God’s Law, then it searches what it can do to obtain forgiveness of his sins and to correct all the evils introduced by sin and heal the wounds of sin. The second chance that is given to such soul is precisely the Sacrament of penance: by a true and deep contrition for the past sins committed after baptism, together with the proper accusation of these sins to the priest and doing the reparation imposed by the priest, such soul can obtain the absolution of its sins and start the healing process.

The Sacrament of Penance is a kind of tribunal: the tribunal of the Mercy of God. The penitent is the accused, the one who has committed the crimes, the sins. The priest is the judge, taking the place of Christ: this is visible in the very words by which our Lord has given that power to his Apostles. The minister of that sacrament indeed must judge whether to forgive or to retain the sins: if he forgives on earth it will be forgiven in Heaven; if he retains them on earth it will be retained even in the next world. No one is a good judge in his own case, because he would have a bias in his own favour. So, one has to submit to the judge appointed by the King. Christ appointed His apostles and their successors as judges in His name, judges of His Mercy, in charge of distributing that merciful judgement that remits sins – but not indiscreetly: the priest must make sure the penitent is properly disposed.

Thus, the minister of the Sacrament of Penance is the priest. Near the end of the priestly ordination ceremony, the bishop had told the newly ordained priest what our Lord Jesus Christ told His Apostles: “Whose sins you shall forgive, they are forgiven them; and whose sins you shall retain, they are retained” (Jn. 20:23). St Thomas Aquinas explains that this power over the mystical body of Christ derives from the power the priest has over the physical body of Christ in the holy Eucharist: the priest can make the Eucharist, make the Body of our Lord really present, transforming the bread and wine into the Body and Blood of Christ; but the priest can also dispose the faithful to receive worthily that Body of Christ by preparing them through the Sacraments of Baptism and Penance.

Now it is very important to note that the matter of the Sacrament of Penance is not so much the sins committed after Baptism themselves, but it is the acts of the penitent with regards to those sins. These acts of the penitent are three: the three are required: contrition, accusation and satisfaction. In other words, the priest absolves the penitent who is truly contrite of heart for the sins he has committed, and who accused them properly and who makes reparation for them which the priest will impose. If the penitent fails to make these acts, especially if he is not truly contrite for his sins, then the sacrament is invalid by lack of proper matter, and it becomes then an additional sacrilege, to make a bad confession.

These three acts, contrition, accusation and satisfaction, are concerning the sins committed after baptism. For sins committed before baptism, sure, one must be contrite for them and it is good to make reparation for them, out of sorrow for having offended God. But it is necessary to know that God in His generosity forgives all sin and all penalty to sins the first time one comes to Him. So, the sorrow for these past sins is good indeed, and comes from the love of Our Lord whom one had offended before Baptism, but it goes with the joy of gratitude for the forgiveness received. The penance one may do for these sins, as coming from that love for God and desire of union with Christ who paid for these sins by His Precious Blood, is good indeed, but it is not necessary to obtain a forgiveness that has already been fully given. Yet it is good to contribute for the healing of the wound of those past sins. If one dies right after Baptism, one would go straight to Heaven.

However, if one is ungrateful to that first grace of Baptism and loses it by mortal sin, he may return to God by true penance, but the work will be harder: God does offer again His forgiveness, but leave a part of the satisfaction to be done by the repentant sinner, so that if one dies after a good confession, he will go to Heaven, but not straight: he will have to complete his expiation in Purgatory. The time God gives us here below after confession is a time when we can make up for our past sins, by union with the sacrifice of our Lord Jesus Christ, and thus escape Purgatory by doing our penance on earth. The Sacrament of Penance elevates our penances to a great efficacy to obtain the forgiveness of sins and of the penalty due to sin and to heal the wounds of sin.

St Thomas Aquinas explains that penance is a virtue, part of the virtue of Justice, by which we repay that which we had somehow stolen, we make up for our past sins. The virtue of penance is a consequence of the true faith, that shows us the ugliness of sin, the deep evil of sin, and how it offends God’s infinite goodness. It is also a consequence of the faith in the Divine Judgement, as we say in the Creed: “I believe … in Jesus Christ… who shall judge the living and the dead.” It is also a fruit of the hope of obtain the remission of sin, for without such hope penance would be useless. And in order to be truly a virtue, penance has to be informed by charity: to be sorry for our past sins not merely because they deserved Hell, but also and foremost because they offend the Divine Goodness.

After the Mass, I will give some details on the three acts of the penitent, which are like the matter of the Sacrament. Now let us continue the study of the Sacrament of Penance. The form consists in the words of the priest, the judgement of mercy, absolving the sinner from his sins: “I absolve thee from thy sins in the name of the Father and of the Son and of the Holy Ghost. Amen.” Note that the efficacy comes from the invocation of the Name of the most holy Trinity, as in Baptism the little child was baptised in the name of the Father and of the Son and of the Holy Ghost. The Most-High God is Holy and the first cause of all holiness! The word “absolve” means to free from sin, “for sins are, so to say, the chains by which the soul is bound, and from which it is freed by the Sacrament of Penance” .

In the old Testament, the priests according to the order of Aaron did not have that power: they could merely declare lepers cleansed from their physical leprosy, but had not the power to actually cleanse them, neither in their body nor in their soul. In the new Testament, the priests according to the order of Melchisedech have the power to absolve from sin, actually cleansing the soul. In the Old Testament, big and expensive sacrifices were required; in the New Testament, God asks only the sacrifice of a contrite heart and a humble soul.

At the beginning of the Church, the penance imposed by the Church often preceded the absolution, and could last several months of severe penitential practices. But throughout the years, the Church has reduced these external penances and even taken the habit of giving absolution upon the simple acceptance of the sacramental penance by the penitent before the actual performance of that penance. Yet, we should not deceive ourselves and think that sin is light since many penances are quite light. No, on the contrary, we should be more grateful to our Lord Jesus Christ for granting His forgiveness so easily, and use more frequently and more devoutly this great sacrament, and offering all our sufferings through life as a continued penance for our past sins and for the salvation of the world.

At the beginning of the Church, public penances were required for the public sins, such as apostasy, denying Christ in front of the judge. In particular, three grave sins deserved great penances: apostasy, murder and adultery. In order to encourage the return of the penitents to God, the Church used more and more private confessions with secrecy and private penances: the confessor is absolutely bound by the “secrecy of confession”, and it would be a grave sin for him to reveal what he heard in confession. There is even a martyr, St John Nepomucene, who was put to death because he refused to reveal the secret of confession.

The traditional rites of penance include an attitude of humility on the part of the penitent, who kneels down to accuse his sins. At the beginning of the confession, the penitent should say the “Confiteor – I confess to Almighty God” and strike his chest. It is recommended to say this prayer before entering the confessional, especially when there is a long line of penitents. This disposes the penitent to a greater humility and contrition.

The penitent should approach this sacrament in a spirit of Faith, seeing truly Jesus Christ in the priest. Indeed, the priest truly acts “in the person of Christ”, and thus when he says “I absolve thee from thy sins in the name of the Father and of the Son and of the Holy Ghost,” it is our Lord Jesus Christ Himself Who speaks, it is He who absolves sins; even if the priest is an unworthy minister, it is still Christ who absolves sins through him for the benefit of the contrite penitent.

The fruits of the sacrament of penance is first of all the remission of the sin itself, restoring the life of the soul, cleaning the stain of sin, pouring the charity of the Holy Ghost in the soul, who now loves God more than anything else and whose contrition is thus transformed into a perfect contrition.

The second fruit is the remission of the everlasting penalty due to sin: the sinner will no longer incur Hell fire; it also remits a great part of the temporary penalty due to sin, but there remains a small part which the penitent must do as his satisfaction, as I shall explain tomorrow.

The third and very important fruit of the sacrament of penance is the healing of the soul. Sin introduces disorder in the soul, a wound in the soul, that needs healing, needs medicine. Now this is the particular fruit of that sacrament, to be a remedy for the soul and helps prevent falling again into sin. Hence it is good to go often to confession, and not to wait to fall into mortal sin, but rather to fight against venial sin through the practice of frequent confession: this will obtain the full victory over sin. It would be certainly unwise to wait death before calling for a doctor! Similarly, one should not wait to fall into mortal sin before one would take the remedy of the sacrament of confession. One does not wait to fall in the mud before one takes a shower! Even without falling into mud, one would not wait months and months before one takes a shower! Similarly, one should go to frequent confession, and not wait to fall into mortal sin in order to go to confession. It is a good practice to go to confession at least every month, for instance for the first Friday and Saturday. It is good to go more frequently. Frequent confession is a great means to heal the wounds of sins and to become truly more fervent.

Only our blessed Mother did not need the Sacrament of confession, because she alone is Immaculate. But anyone who ever had a venial sin after Baptism should go to confession. The Church teaches that the Sacrament of confession is necessary for salvation for all those who have fallen into mortal sin after baptism. If one is caught by time and cannot find a confessor, he would need perfect contrition, which does include the will to go to actual confession as soon as possible, and thus have this sacrament “in desire” at least. This is what happened to the Japanese Catholics during the 200 years when they did not have priests and yet persevered in the faith, but this is a very exceptional situation, and the fruit of a very special grace which the Japanese martyrs obtained for the other faithful.

May the Immaculate Virgin obtain for us a great love of this sacrament which restores the beauty of the soul! May she help us to use frequently this sacrament of penance with fervour, to obtain the deep healing of our soul, and may she help us to live henceforth more faithful to the grace of God avoiding sin more carefully, lest we abuse of the mercy of God, which is so much opposed to true love! Amen.
コメント
この記事をはてなブックマークに追加