Credidimus Caritati  私たちは天主の愛を信じた

聖ピオ十世会の日本でのミサ聖祭や黙想会、講話、などの活動を紹介します --このブログを聖マリアの汚れなき御心に捧げる--

Credidimus Caritati 私たちは天主の愛を信じた

アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様をお待ちしております
2016年 10月の聖伝のミサの予定

【最新情報はこちら、年間予定一覧はこちらをご覧ください。】


主の十字架を賞賛しましょう。 9月の意向:カトリック教会が聖伝に立ち返るため
実践すべき徳:苦行
守護の聖人:聖ピオ十世

愛する兄弟姉妹の皆様を聖伝のミサ(トリエント・ミサ ラテン語ミサ)にご招待します

◎2016年 10月の予定

【大阪】2016年5月15日よりミサの場所が変更になりました!
聖ピオ十世会 聖母の汚れなき御心聖堂(アクセス
EG新御堂4階 大阪府大阪市淀川区東三国4丁目10-2  〒532-0002
(JR「新大阪駅」の東口より徒歩10-15分、地下鉄御堂筋線「東三国駅」より徒歩2-3分)

   09月30日(金) 教会博士証聖者司祭聖ヒエロニモ(3級祝日)白
           午後5時半 ロザリオ及び告解
           午後6時 ミサ聖祭

   10月1日(初土) 聖母の土曜日(4級)白
           午前10時  ロザリオ及び告解
           午前10時半 ミサ聖祭

   10月9日(主) 聖霊降臨後第21主日(2級)緑 
           午後5時半 ロザリオ及び告解
           午後6時 ミサ聖祭

   10月10日(月) 証聖者聖フランシスコ・ボルジア(3級祝日)白 
           午前6時半 ミサ聖祭

   10月14日(金) 司祭黙想会のためにミサはキャンセルになりました。
   10月15日(土) 司祭黙想会のためにミサはキャンセルになりました。

【東京】東京都文京区本駒込1-12-5 曙町児童会館(地図) 「聖なる日本の殉教者巡回聖堂」

   10月2日(主) 聖霊降臨後第20主日(2級)緑
           午前10時  ロザリオ及び告解
           午前10時半 ミサ聖祭

   10月3日(月) 童貞女幼きイエズスの聖テレジア(3級祝日)白
           午前7時 ミサ聖祭

   10月16日(主) 聖霊降臨後第22主日(2級)緑
           午前10時  ロザリオ及び告解
           午前10時半 ミサ聖祭

   10月17日(月) 童貞聖マルガリタ・マリア・アラコック(3級祝日)白
           午前7時 ミサ聖祭


愛する兄弟姉妹の皆様をお待ちしております。

◎アジア管区では、これからロザリオの時に「主よ、われらに司祭を与え給え 云々」の最後に、次の呼祷を付け加えることになりました。宜しくお願い致します。

「主よ、我らに多くの聖なる家族を与え給え。」
"O Lord, grant us many holy families".

◎多くの祈りと犠牲を聖母の汚れなき御心への信心の実践として捧げて下さい。
【聖ピオ十世会 ロザリオの十字軍】
2016年8月15日~2017年8月22日
聖ピオ十世会 ロザリオの十字軍についてのお招き ←こちらをクリックしてください

 
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スタバト・マーテルのラテン語、日本語訳、中国語訳、韓国語訳をご紹介します。

2016年09月28日 | カトリックとは
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

9月15日は、聖母の七つの御悲しみの祝日でした。この日、聖伝のミサで歌われる、あるいは唱えられるスタバト・マーテルのラテン語、日本語訳、中国語訳、韓国語訳をご紹介いたします。

天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)


ラテン語

Stabat mater dolorosa
iuxta Crucem lacrimosa,
dum pendebat Filius.

Cuius animam gementem,
contristatam et dolentem
pertransivit gladius.

O quam tristis et afflicta
fuit illa benedicta,
mater Unigeniti!

Quae maerebat et dolebat,
pia Mater, dum videbat
nati poenas inclyti.

Quis est homo qui non fleret,
matrem Christi si videret
in tanto supplicio?

Quis non posset contristari
Christi Matrem contemplari
dolentem cum Filio?

Pro peccatis suae gentis
vidit Iesum in tormentis,
et flagellis subditum.

Vidit suum dulcem Natum
moriendo desolatum,
dum emisit spiritum.

Eia, Mater, fons amoris
me sentire vim doloris
fac, ut tecum lugeam.

Fac, ut ardeat cor meum
in amando Christum Deum
ut sibi complaceam.

Sancta Mater, istud agas,
crucifixi fige plagas
cordi meo valide.

Tui Nati vulnerati,
tam dignati pro me pati,
poenas mecum divide.

Fac me tecum pie flere,
crucifixo condolere,
donec ego vixero.

Iuxta Crucem tecum stare,
et me tibi sociare
in planctu desidero.

Virgo virginum praeclara,
mihi iam non sis amara,
fac me tecum plangere.

Fac, ut portem Christi mortem,
passionis fac consortem,
et plagas recolere.

Fac me plagis vulnerari,
fac me Cruce inebriari,
et cruore Filii.

Flammis ne urar succensus,
per te, Virgo, sim defensus
in die iudicii.

Christe, cum sit hinc exire,
da per Matrem me venire
ad palmam victoriae.

Quando corpus morietur,
fac, ut animae donetur
paradisi gloria. Amen.

日本語訳:公教会祈祷文から引用します。
【高校生の頃、短歌のように5,7,5,7,7で訳された素晴らしい訳を見たことがあります。ずっと大切にしまっておいたのですが、残念ながら手元にはなく失われてしまいました、愛する兄弟姉妹の皆様にご紹介することが出来ないのが残念です。】

悲しみに沈める御母は涙にむせびて、御子のかかり給える十字架のもとにたたずみ給えり。
歎き憂い悲しめるその御魂は、鋭き刃もて貫かれ給えり。
天主の御独り子の尊き御母は、いかばかり憂い悲しみ給いしぞ。
尊きい御子の苦しみを見給える、慈しみ深き御母は、悲しみに沈み給えり。
キリストの御母のかく悩み給えるを見て、たれか涙を注がざる者あらん。
キリストの御母の御子と共にかく苦しみ給うを見て、たれか悲しまざる者あらん。
聖母は、イエズスが人々の罪のため、責められむち打たるを見給えり。
聖母はまた最愛の御子が御死苦のうちにすてられ息絶え給うを眺め給えり。
慈しみの泉なる御母よ、我をして御悲しみのほどを感ぜしめ、共に涙を流さしめ給え。
わが心をして、天主たるキリストを愛する火に燃えしめ、いつにその御心に適わしめ給え。
ああ聖母よ、十字架にくぎ付けにせられ給える御子の傷を、我が心に深く印し給え。
我がためにかく傷つけられ、苦しみ給いたる御子の苦痛を、我に分かち給え。
命のあらん限り、御身と共に熱き涙を流し、はりつけられ給いしイエズスと苦しみを共にするを得しめ給え。
我十字架の側(かたわら)に御身と立ちて、相共に歎かんことを望む。
童貞のうちいともすぐれたる童貞、願わくは、我をしりぞけ給わずして、共に歎くを得しめ給え。
我にキリストの死を負わしめ、その御苦難を共にせしめ、その御傷を深くしのばしめ給え。御子の御傷をもって我を傷つけ、その十字架と御血とをもって、我を酔わしめ給え。
聖なる童貞女よ、我の地獄の火に焼かれざらんため、審判の日に我を守り給え。
ああキリストよ、我この世を去らん時、御母によりて勝利の報いを得しめ給え。
肉身は死して朽つるとも、霊魂には、天国の栄福をこうむらしめ給え。 アーメン。

韓国語の訳

1. 주 예수 높이 달리신 십자곁에 성모 서서 비통하게 우시네.
2. 섧고슬픈 성모성심 수난칼에 깊이 찔려 참혹하게 뚫렸네.
3. 간택되신 동정성모 독생성자 운명하니 애통하심 한없네.
4. 아들수난 보는 비통 맘 에이는 환난중에 성모 홀로 계시네.
5. 예수 모친 이런 통고 받으심을 보고 누가 울지 아니하리요.
6. 성모 그 아들과 함께 고난겪음 보고 누가 통곡 아니하리요.
7. 아들 예수 우리 위해 모욕채찍 감수함을 성모 친히 보시네.
8. 십자가상 아들 흘린 피에 젖은 붉은 땅을 성모 친히 보시네.
9. 사랑의 샘인 성모여 나에게도 슬픔 나눠 함께 울게 하소서.
10. 내 마음에 천주 예수 사랑하는 불을 놓아 타오르게 하소서.
11. 아 성모여 못박히신 주의 상처 내 마음에 깊이 새겨 주소서.
12. 나를 위해 상처 입고 괴롬 겪은 주의 통고 내게 나눠 주소서.
13. 사는동안 내가 울고 주와 함께 십자고통 참아받게 하소서.
14. 십자곁에 성모따라 나는 서서 통고함이 내 원의로소이다.
15. 동정중의 동정이여 나를 버리지마시고 함께 울게 하소서.
16. 예수의 죽음 수난을 마음새겨 그 상처를 앙모하게 하소서.
17. 예수의 거룩한 상처 나도 입어 그 성혈에 취하게 하옵소서.
18. 정결한 성모 마리아 심판날 나를 지키어 영벌 면케 하소서.
19. 아 그리스도여 내 죽은뒤 성모의 통고로 인한 승리 기쁨 주소서.
20. 예수여 육신 죽어도 영혼이 천당 영복을 누리게 하옵소서.
아멘. 알렐루야.


別の訳もありますが、上に上げた方がよりラテン語原文に忠実に訳されています。
次の訳は、言葉の音節数を合わせるために、意味が犠牲になっています。

1. 아들예수 높이달린 십자곁에 성모서서 비통하게 우시네.
2. 섧고설운 슬픔고통 성모성심 칼에찔려 참혹하게 뚫렸네.
3. 독생성자 수난하니 여인중에 복된성모 애간장이 다녹네.
4. 아들수난 보는성모 맘저미는 아픔속에 하염없이 우시네.
5. 예수모친 이런고통 지켜보는 우리죄인 누가울지 않으리?
6. 십자가의 아들보며 함께받는 성모고통 누가슬퍼 않으리?
7. 우리죄로 채찍모욕 당하시는 아들예수 성모슬피 보시네.
8. 기진하여 버려진채 죽어가는 아들보고 애처로이 우시네.
9. 사랑의샘 동정성모 저희들도 슬퍼하며 함께울게 하소서.
10. 그리스도 하느님을 사랑하는 제마음에 불이타게 하소서.
11. 어머니께 청하오니 제맘속에 주님상처 깊이새겨 주소서.
12. 저를위해 상처입고 수난하신 주님고통 제게나눠 주소서.
13. 사는동안 십자고통 성모님과 아파하며 같이울게 하소서.
14. 십자곁에 저도서서 성모님과 한맘으로 슬피울게 하소서.
15. 동정중의 동정이신 성모님의 크신슬픔 저도울게 하소서.
16. 주님상처 깊이새겨 그리스도 수난죽음 지고가게 하소서.
17. 저희들도 아들상처 십자가위 흘린피로 흠뻑젖게 하소서.
18. 동정성모 심판날에 영원형벌 불속에서 저를지켜 주소서.
19. 그리스도 수난공로 십자가의 은총으로 보호하여 주소서.
20. 이몸죽어 제영혼이 천국영광 주예수님 만나뵙게 하소서. 아멘.

中国語の訳も色々ありますが、次がラテン語に忠実に訳されています。

01, 聖母痛苦侍立,含淚十字架旁, 當聖子高高懸起時
02 ,她心靈長嘆,憂悶痛傷,被利刃所刺穿
03, 何等愁苦悲傷, 那當受稱揚者, 獨生聖子的母親
04, 淒楚感傷, 慈母仰視, 榮耀之子受難時
05, 誰不一起號哭, 看到基督之母, 忍受這般的痛楚
06, 誰能不滿懷悲愁, 瞻仰基督之母,與其子同憂共苦
07, 為了祂子民的罪辜, 仰視耶穌受盡苦辱, 鞭跡杖痕無完膚
08, 眼見自己親生愛子, 孤苦伶仃與世長辭, 救主耶穌嚥氣時
09, 哎呀慈母仁愛源潻藪, 求你使我感受淒楚, 好同你一起哀哭
10, 使我內心燃起愛火, 全力敬愛基督天主, 一生常能取悅主
11, 懇求慈母廣施慈恩, 將你聖子苦架傷痕, 強力銘刻在我心
12, 將你遍身受傷之子, 為我罪人所受苦難, 分我一份共承擔
13, 教我同你一齊痛哭, 並與耶穌共分淒楚, 在我有生歲月中
14, 與你共同侍立苦架, 教我站立你身旁, 是我含淚所期望
15, 童貞女中最卓越者, 我的心願請勿拒絕, 使我同你共哀嗟
16, 教我擔負基督之死, 作祂苦難中的良伴, 所受創傷永懷念
17, 使我感受祂的傷痛, 沉醉在祂十字架中, 共受聖子的酷刑
18, 免我身被水火焚炙, 賜我蒙受慈母恩護, 在我接受審判之日
19, 基督,當我離此塵世, 賜我倚侍聖母恩慈, 到達勝利的光榮
20, 在我肉軀亡故之日, 使我靈魂蒙受恩賜, 獲享天堂的榮福。


次の中国語訳は、文字の数をうまく合わせて作られています。意味が少し犠牲になっていると思います。

1 圣子高悬十字架上,痛苦之母倚立其旁,举目仰视泪流长。
2 其灵其神忧闷长吟,衷心悲伤何如其深,真如利刃刺透心。
3 独子之母殊福贞女,内心痛苦谁堪比汝,甚矣哀哉莫可语。
4 荣光之子如是痛创,仁慈主母见之凄怆,母心受苦痛且长。
5 基利斯督可爱之母。如是惨伤居之幽谷,谁能见之不同哭。
6 圣母在旁仰瞻耶稣,母子心连同伤同忧,谁能见之不同愁。
7 见子耶稣受尽艰辛,为救其民甘舍己身,遍体被鞭痛欲昏。
8 见己爱子为人所弃,发声长叹断送其气,为子娘着痛出涕。
9 天主圣母热爱之泉,赐我觉得尔苦无边,协尔同悼泪涟涟。
10 赐我心中热爱炎炎,爱主耶稣披示心肝,悦乐天主至尊颜。
11 至圣圣母求施忠忱,将主五伤深刻我心,终身宝之爱且钦。
12 圣子耶稣为我福原,为我受苦我心难安,愿分其苦我心欢。
13 赏我一生与你同悲,圣子被钉救我于危,同苦同忧永勿馁。
14 愿偕我母侍立架旁,分受忧苦合尔同伤,哀鸣悲痛泪成行。
15 童贞圣母女中淑媛,勿常忧伤勿自伤残,今我与尔泪济济。
16 赏我偕主同患同忧,负其苦痛分其死愁,念念在心永无休。
17 吾主受苦使我断肠,求主苦架放我肩上,圣子宝血赐我尝。
18 日后审判我甚凛然,童贞圣母慈爱无边,救免永狱火中煎。
19 求主慈母为我转求,忠心事主于我死候,得胜归天凯歌奏。
20 临终之时吉凶攸关,求主赐我死后升天,荣主爱主亿万年。

次の訳は、よりラテン語に忠実に訳されたものです。

母亲悲悼着站
在十字架前 泪流满面
她的儿子就钉于其上。

她凄苦的心
沉痛又哀伤
现在又被那剑刺穿。

怎样的悲哀
折磨着这位受祝福的
独生子的母亲啊!

圣母是怎样地
伤痛而悲哀,当她看到
自己儿子的大苦痛。

看着基督之母
受此痛楚,谁能
不为之而动容?

凝视着基督之母
与她的儿子同哀,
谁还能无动于衷?

她看着耶稣备受酷刑
惨遭鞭挞,是为了
他的民的罪过。

她看着自己的爱子
送出自己的灵
凄寂地死去。

母亲啊,爱之源泉,
让我也感受到你的悲恸的力量吧,
这样将使我与你一齐哀痛。

让我的心在对
圣神基督的爱中燃烧吧,
这样将让我使他欢悦。

圣母啊,你这样做:
使那被钉死十字架者的伤
也强烈地刺进我的心吧!

你那受伤的儿子,
是为了我才如此屈尊地啊,
让我也分有他的苦吧。

在我的有生之年内,
让我同圣洁的你一起流泪吧,
一道为那被钉死十字架者而哀痛吧,

我望与你一同站在
十字架前,于哀哭中
分担你的苦。

于众贞女中脱颖而出的贞女啊,
请不要为了我而觉苦涩,
使我与你一起悲悼吧。

为了让我能忍受基督的死去,
请让我分担他的受难
并哀悼他的伤痛吧。

让我也受他的伤吧,
让我沉醉于十字架
及圣子的血!

为了使我免于被
熊燃的烈火焚烧,贞女啊,
在正义伸张的日子保护我吧!

主基督啊,当我死去时,
使我能由你的母亲而
进入神圣的佑护中吧。

当肉体消亡时,
请赐给我的灵魂以
天堂的荣光吧。阿门。
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マルレ司教様による霊的講話【東京】・・・ルフェーブル大司教様のローマに対する態度について

2016年09月27日 | お説教・霊的講話
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

2016年9月11日(主日)にティシエ・ド・マルレ司教様が東京で堅振の秘蹟を授けてくださり、主日のミサを捧げてくださいました。
その後の霊的講話をご紹介いたします。

天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)

2016年9月11日(主日)ティシエ・ド・マルレ司教様霊的講話
同時通訳:小野田圭志神父

愛する信徒の皆様、

今回は、ルフェーブル大司教様のローマに対する態度についてお話ししたいと思います。

このお話しは、3つの部分に分かれています。

第一は、ルフェーブル大司教様がローマに対して持っていた原理について、つまり、ローマに対する尊敬と愛についてお話しします。
第二に、その原理に従って、ルフェーブル大司教様がローマに対してどのような行動をとられたかをお話しします。
第三に、ルフェーブル大司教様がもしも今生きておられたら、現在、ローマに対してどのような行動を取られるだろうか、についてです。

では、ルフェーブル大司教様は、ローマに対してどのような原理をもっていたのでしょうか。

ルフェーブル大司教様は神学生である私たちにこう教えて下さいました。私はその当時神学生でした。「教会は、カトリック教会は、イエズス・キリストである。何故ならば教会は、イエズス・キリストの神秘体であるから」と。「私たちが救われる為に、救霊の為には、イエズス・キリストの神秘体に属していなければならない。従って、救われる為には私たちは、カトリック教会に所属してなければならない。」

ピオ十二世教皇様は2回、「ローマカトリック教会こそがキリストの神秘体である」とはっきり教えてくれました。ですから教会はカトリック教会は、聖なる救いの宝庫、宝を持っています。その他の宗教はどのようなものであれ、その他の「キリスト教」と言われる名前が付いた教派がどのようなものであれ、救われる事はできません。

ルフェーブル大司教様は半分冗談を言うような感じで、「天国には、仏教徒もいなければ、ヒンドゥー教徒もいなければ、イスラム教徒もいなければ、プロテスタントもいない。天国にいるのはカトリックだけだ。もしもヒンドゥー、或いは仏教徒が天国にいたとしたら、それはカトリックに回心したからだ。」

これは明確です。何故ならばイエズス様は、「私は門である」と仰いました。「私を通らずには、誰も父のもとに行く事はできない。」イエズス様は仰いました、「私は道であり、真理であり、命である。」カトリック教会こそが、イエズス・キリスト様の神秘体です。イエズス・キリスト様は2つも3つも体を持っていません。では現代の神学者たちの言うには、「もしかしたらイエズス様は、体を3つ4つ持ってるかもしれない」と言っていますけれども、それはできません。

第2に、このキリストの神秘体は「永遠のローマ」です。何故かというとローマには、聖ペトロの後継者がいるので、教皇様がいるので、ローマこそがキリスト教の神秘体の中心地です。それが例え悪い教皇様であったとしても、例えばヨハネ二十三世とかパウロ六世とかであったとしても、教皇様です。ルフェーブル大司教様は言いました、私たちに言いました、「私たちの個人的な考えではなくて、教会が考える事を考えよう。」ルフェーブル大司教様が私たちにいつも教えて下さった事は、「私は、教会が考えるように考えたいと思っている」という事です。「私は自分の個人的な考えや、自分だけの考えで行動するようには決して望みませんでした。」

約100年前、ルフェーブル大司教様は若い神学生、ローマの神学生でした。ルフェーブル大司教様は神学生である私たちに、「ローマでは、私たちは信仰の学校に学んだ」と言っていました。「もしもローマに数年、誰かが住みながら、信仰の事を理解できなかったとしたら、これは時間の無駄だ」と。その当時のローマでは、典礼、或いはその生活それ自体、聖ペトロ大聖堂での素晴らしい荘厳な典礼儀式などは、「信仰の学校」でした。ルフェーブル大司教様は言いました、「私はローマで、幼きイエズスの聖テレジアの列聖式に与かった。聖ヨハネ・ビアンネー、アルスの聖司祭の列聖式に与かった。この美しい儀式によって、私たちはあたかも天国に運ばれてしまったかのようだった。この列聖式などはまさに、カトリックの信仰の宣言だった。つまり聖三位一体に対する信仰宣言だった。天主を讃美し、そして諸聖人を讃美する、生ける教会のその有様だった。」

第3の点は、この、「このような全てにおいて、私たちはローマで、教皇様を愛する事を学んだ。この当時、教皇様たちは本当にカトリック的な教皇様でした。例えば幼きイエズスの聖テレジアを列聖した、そしてアルスの聖司祭を列聖したピオ11世紀教皇様。私たちは教皇様を崇敬していました。教皇様は私たちローマの神学生たちを、ご自分の謁見に招いて下さり、私たちに直接お話下さいました。教皇様は私たちに、『ローマ的であって下さい。ローマを愛して下さい』と仰って下さいました。」

「ローマでは、教皇様だけでなく枢機卿様たち、重要な枢機卿様たちともコンタクトがありました。例えば聖ペトロ大聖堂で、聖ピオ十世教皇様の以前の国務長官であったメリデルバル枢機卿様が荘厳な司教ミサを捧げておられ、この信心深い様子、この敬虔な様子に心を打たれました。この高い身分の枢機卿様たちからは、信仰の息を吸っていました。」

ルフェーブル大司教様は神学生である私たちに言葉を続けて、「私はこの同じ精神において、聖ピオ十世会を創立したのです」と教えてくれました。ルフェーブル大司教様は言葉を続けて、「聖ピオ十世会を創立したのは、教皇様に反対する為だとか、第二バチカン公会議に反対する為だとかでは決してありません」と言いました。「聖ピオ十世会を創立したのは、カトリック教会の精神に従って、聖なる司祭を養成する為です」と教えてくれました。「私はただ単に、聖なるカトリック教会の聖伝に従って、信仰のある、教義をよく知っている司祭を養成したい、それを養成する、という事だけを目的としていました」と。

ですから、ルフェーブル大司教様は私たちに教えて下さったのは、「聖ピオ十世会の歴史において1970年11月1日という日付は非常に大切な日付です」と。何故かというと、この日付でフリブールの司教様であるシャリエール司教様が、教会の名前によって聖ピオ十世会を認可して下さったからです。私はその時の事をよく覚えています。私は神学生でフリブールに居て、フリブール大学で講義を受けて、そして講義から帰って着く時に、ルフェーブル大司教様は私たちを玄関で迎えて下さいました。

ルフェーブル大司教様はシャリエール司教様がサインをして、シールを許可のハンコを付けた、この公式の認可の文書を見せて下さって、「さぁ、認可の手紙がここにあるよ」と見せてくれたのを今でも覚えています。そして「これが私たちの出産証明書です」と言ってくれました。「教会における誕生の証明だ」と。

大司教様は、「私は、この当地の司教様の許可なく何事1つもしようとは思いません」と言いました。何故ならば教会の事業、教会の業をしなければならないからです。しかし必要に迫られて、避ける事ができずに、ルフェーブル大司教様はパウロ六世と衝突しなければなりませんでした。私は覚えています、1969年待降節の第1主日の前日、ルフェーブル大司教様は私たち9名の神学生たちを集めてこう言いました、「明日、新しいミサがどこかしこでも捧げられるだろう」と。ルフェーブル司教様は私たち神学生に質問しました、小さな声で、「私たちは一体、どうしたらいいだろうか?」と。そしてその自分の出した質問に自分で答えて、やはり小さな声で、「古いミサを、やり続けますよね?」と答えました。

親愛なる信徒のみなさん、この決定は歴史的な事実でした。何故かというと、最初に新しいミサを、この神学生たちと共に神学校全てで、新しいミサを拒否したからです。それも本当に小さな優しい声で拒否しました。ルフェーブル大司教様は強かったのですけれども、柔和でもありました。

新しいミサを受け入れなかったので、ルフェーブル大司教様はすぐに迫害を受けました。ルフェーブル大司教様は私たちに言いました、「このような迫害が来るという事は知っていました。教皇様と衝突するという事は望まなかったけれども、必要に迫られてこうなってしまった」と。そこで国務長官であったヴィヨ枢機卿はフランス人だったので、フランス人の同僚の司教たちに言って、聖ピオ十世会の廃止を要求しました。そしてパウロ六世は、2人の視察官をエコンの神学校に送って、エコンを視察させました。

この訪問の視察官たちは、私たち神学生に質問しました、尋ねたのです。例えばこんな質問です、「イエズス・キリストの復活というのは、歴史的な事実だろうか?そうではないだろうか?」私たちは、「もちろんそうです!イエズス様は亡くなっていた、死んでいたにもかかわらず、復活されたからです。」しかしこの視察者たちは答えました、「う~ん、そうではなくて、そんなにはっきりしていない。」

また他の質問をしました、「おぉ、君、真理とは一体何だろう?真理とはここにあるのか?それともこのここら辺にあるのだろうか?」私たちは答えました、「真理とはここにあります!真理。1つの真理。」するとその人たちは、「おぉ、そんなにはっきりしていない。」

この視察官は私たちに尋ねました、「司祭は結婚するべきだろうか?する事ができるだろうか?」私たちは、「いいえ、できません!」すると、「そんなにはっきりしていない。司祭が結婚する日が来るかもしれない。」ローマ教皇庁から派遣された視察官が、こんな事を私たちに言ったのです。

ルフェーブル大司教様はそれを聞いて、非常に驚きました。これはスキャンダラスな事で、憤りました。ルフェーブル大司教様はローマに行って、「このようなおかしい視察官が送られてきた」という事を報告しました。そしてそのおそらく私の思うには、聖霊の息吹によってインスピレーションによってだと思うのですけれども、ローマに着いたら1枚の紙に、信仰宣言を一気に書きました。その中でルフェーブル大司教様は2つのローマについて描写しています。その中でルフェーブル大司教様は、「私たちは全身全霊を込めて、永遠のローマ、真理と知恵の教師であるローマに愛着し、それを支持し、それに密着する。」言葉を続けて、「私は、新しい近代主義の、そして新しいプロテスタント主義への傾向を持っている新しいローマは拒否し、それをいつも拒否してきた」と書きました。「第二バチカン公会議後の改革は、異端から来て、私たちをして異端へと導くものである」とさえも言いました。なんと厳しい言葉だったでしょうか。おぉ!ルフェーブル大司教様はその結論に、「反乱するわけでは全くなく、苦々しい考えも全くなく、ただ単に、カトリック教会の聖伝の教えをそのまま保ち続けます」と言いました。

ルフェーブル大司教様がローマから帰って来て、そして私たち神学生の前でその自分の書いた文書をお読みになった時、それを聞いていた神学生たちは皆拍手しました。しかしパウロ六世教皇様はこれを聞いて嬉しく思いませんでした。そこで聖ピオ十世会の廃止を望みました。

そうこうしたうちに、1975年5月6日、シャリエール司教様の後継者であるフリブールの司教様が、「聖ピオ十世会の創立のその認可を撤回する」という文書を書きました。ヴィヨ枢機卿はすぐにルフェーブル大司教様に手紙を書いて、「さぁ神学校を閉じて、その神学校を皆ローマ教皇庁に譲りなさい」と命令しました。その時私たちの置かれた状況は非常に悲劇的でした。個人的に、私は決してルフェーブル大司教様への信頼心を失いませんでした。ルフェーブル大司教様はそのような通知をもらってすぐに、神学生である私たちにこう言ってくれました、「この廃止は不合法であって、不正義である」と。「もしも私がそのようにそれに従ってするならば、私は教会の自己破壊に協力する事になる。もしも神学校のドアを閉じてしまうならば、教会の自己破壊に協力する事になる。」そして第二バチカン公会議と、パウロ六世のその当時教えていた事を批判しました。「私たちはカトリック教会の教導職に密着して、それに愛着して、それを信じて、それを支持しているけれども、教導職、教導権というのは、『過去から繋がる継続』なのである。本当の教導権であるという為には、本当の教導職という為には、『過去からの継続された教え』でなければならない。つまり『過去の教会がずっと教えてきた事と、今の教えている事が対立しているようであっては、これは教導職ではない。』」

聖パウロの言葉を引用して、ガラツィア人への手紙の中にこう言っているのを引用しました、「たとえそれが天からの天使であったとしても、私たちがあなた達に伝えた福音とは違う、新しい福音を述べ伝えるならば、彼は排斥されよ。」(ガラツィア人への手紙第1章8節)

そして、「第二バチカン公会議の中のいくつかの教えの中には、カトリック教会が過去教えていた事に対立しているもの、反対しているものがある」と指摘しました。

この理由で私たちは迫害を受けています。何故かというと、教会の過去ずっと教えてきた事、常なる教導職に私たちは忠実に留まったからです。

その当時、カトリックの人々は非常に混乱して、色んな事を考える人がいました。ある人は、「あぁ、今の教皇様はそんなにおかしくなってしまっているから、これは教皇様ではない」とさえ言う人もいました。そのような人によれば、「ですから聖座は今、空位だ」と。その為に「聖座空位主義者」という言葉が出ましたが、それはこのような人たちを指しています。またあるカトリックの人々は、「あぁ、教皇様は不可謬だから、教皇様のやる事は何でもかんでもどんな事でも私たちは従うべきだ」と言いました。

ルフェーブル大司教様は、「そうではなくてこっちもあっちも間違っている」と言いました。「私たちは教皇様を尊敬しますが、しかしその教皇様が、私たちに間違った事をしている時には、それには従う事ができない」と教えました。これがルフェーブル大司教様の教えです。間違った命令に従うのは、間違った悪い従順です。

ルフェーブル大司教様は私たち神学生たちの為に、ピオ十二世教皇様が書いた回勅の一節を読んで下さいました。これは回勅「“Mistyci Corporis” 教会について」の一節でした。教皇様の言うには、「時々、教会は私たちの持っている人間の弱い条件を、私たちに見せつける事がある。そのような弱さは、教会の創立の制定から来るものではない。そうではなく、その弱さは、その構成員の弱さから来るものであって、その構成員は教会の最も高い地位にある人をも含む」と言いました。「これも有り得る。それは、牧者とそしてその羊の忍耐と、信仰を試す試練を与える為に、それも、そのような弱さがそのような高い地位から起こる事、由来する事も有り得る」とさえピオ十二世教皇様は書かれました。「天主様の御摂理によって、私たち、つまり牧者や羊たちの徳を試す試練を与える為に、そのような事が起こる事を許す」と書いています。

ルフェーブル大司教様はこの一節をお読みになって、「これは本当に予言的だ」と仰いました。「私たちの時代の為に書かれている」と。「つまりこれによって、私たちが忍耐と信仰の徳を実践する事ができるように、御摂理はこれが起こるのを許したのだ」と。

以上が、ルフェーブル大司教様がローマに対して持っていた尊敬と愛の面です。

ではその結果、ルフェーブル大司教様はローマに対してどのような行動をとられたでしょうか?

ルフェーブル大司教様は、こう私たちに聞かれました、「では、私たちはローマとの繋がりを切ってしまうべきだろうか?それとも切らないで保つべきだろうか?」と。ルフェーブル大司教様は言いました、「いや、私は決してローマとの繋がりを切ってしまおうとは、その橋を切って壊してしまおうとは思わない、望まない。私はローマに行って、ローマの人々とローマの聖職者と語りかける事を望む、続ける。私は、教皇様に反対するような、或いはローマに反対するような侮辱の態度をとる事を受け入れない。教皇聖下に対して、軽蔑するような言葉を私が言ったりとか、或いはとても傲慢でローマを侮辱するような態度とったという事で、誰も私の事を非難できる人はいない」と。「私はローマに行って、ローマの人々と話をする」と。

「はい、」ルフェーブル大司教様は言いました、「色々な私を批判するパンフレットとか、印刷物が出回っていて、私は“裏切り者だ”、私は“悪魔と対話をしている”、“敵と対話をしている”と言って私を攻撃する印刷物が出回っています。しかし、いいえ違います、私は裏切り者ではありません。私はローマに、『私たちを自由にして下さい、私たちを邪魔しないで下さい』とお願いしているだけです。私はパウロ六世教皇様にこうお願いしました、『聖伝の実験を致しましょう。』」

何故かというとその当時、私たちのその当時いた時代では、色んな“典礼の実験”という事で、自由に何でもかんでもやってもよかったからです。ですから、「もしも色んな事が許されるなら、一体何故、聖伝の実験はできないのか」と、ただ提案したのです。つまり「本当のミサと、本当のカテキズムと、本当の秘跡の実験」です。

こういう事によって、ルフェーブル大司教様は私たち神学生に、どのような態度をお取りになっているか、という事を理解させてくれました。そして教会の中にある「2つの陣営」について教えてくれました。

1つは、「色々な聖職者たちがいる、教皇様の指導のもとにいるローマ」です。このローマ当局は確かに、近代主義の影響と自由主義の影響を受けていますけれども、リベラルな影響受けていますけれども、しかし当局は当局で権威を持っています。確かに過去の教会がいつも、「これは、これはいけない。こうではない」と言っていた原理を、その教会が排斥してきたその原理に従って、彼らはいますが、しかしそれにもかかわらず彼らは権威を持っています。

その一方で、良い原理に、昔からの教会の教えの原理に従う、エコンの神学校があり、聖ピオ十世会があり、聖伝を守っているその家族があります。もしも教会の中に、その近代主義とその過去の原理との対立があったとしたら、その分裂があったとしても、私たちがその分裂を起こした責任者ではありません。私たちは何をするべきでしょうか?

ルフェーブル大司教様は私たちに聞きました、「私は一体どうしたら良いのだろうか?」と。「私たちは、信仰の拠点であり、城砦であるような修道院の中にいて閉じこもっていて、ローマとは一切関係を断つべきだろうか?象牙の塔の中に閉じこもるべきだろうか?」「いえ、」と言いました。「私はローマの人々と話し合いをする。私は教会の中の悲惨な状況を制限したい。このリベラルな人たちを何とか説得したい。この指を置いて、教会の危機がどこにあるかを、こう一つ一つ指摘したい。彼らを説得して少なくとも、『私たちを邪魔しない、私たちを黙認してくれるように』お願いしたい。もしも少なくとも、教会で私たちが黙認されたら、それは何と素晴らしい事だろうか」と。「何故なら、私たちは私たちの戦いを、信仰を守る戦いを大きく広げる事ができるからだ。全世界に向かってやる事ができるからだ。そして、私たちを絶滅させてしまうという事ができない、という事が、彼らは理解できるだろうから」と。

ルフェーブル大司教様は言いました、「少なくとも、私たちが黙認されるような解決に到達する事を望む、期待している。もしもそれができたら、極めて大きな第1歩が踏める。もしもそうなったら、多くの司祭たちが本当のミサに戻るだろうし、本当の教えに戻るだろう。多くの信徒たちも聖伝に戻る事ができるだろう。ローマの当局に行って、『私たちを迫害をもうしないように』とお願いする、お願いしたい」と言いました。

今の状況においても、この態度は非常に興味深い態度です。

そうこうするうちに、ルフェーブル大司教様の年齢も進み、新しい聖伝の司教様を聖別する必要性がやってきました。神学生たちを叙階し、そして聖伝による堅振を授ける司教様が必要です。この話題について、ローマと話し合いがまた始まりました。ルフェーブル大司教様が亡くなってしまった時の為に、その後継者が必要である、という事をローマの人々に説得し、納得してもらわなければなりません。

ルフェーブル大司教様とラッツィンガー枢機卿様は、実際的に司教様を聖別するか、しないか、或いは、という事について話し合いが始まって、これが1987年の春の事でした。ルフェーブル大司教様は、ラロッシュ神父様と私(ティシエ・ド・マルレ神父様)を選んで、ラッツィンガー枢機卿様や、ローマ教皇庁の他の方々とお話を対話をするよう任命を受けました。

私たちが、「どうしても聖伝の司教様が必要です」という事を申し上げると、「おぉ、聖ピオ十世会はもう認可されるのだから、そしたら世界中の司教様はあなたたちの神学生を叙階しますよ。ですから神父様、司教様は必要ありません」と言われました。ルフェーブル大司教様はしかし同意のサインをしました。1988年5月5日、聖ピオ五世の祝日においてでした。「ルフェーブル大司教様は1人の聖伝の司教様を求めて、そして与えられて、そして聖ピオ十世会は教会法的な地位を与えられる」という事です。

しかし翌日、ルフェーブル大司教様は自分がしたサインを撤回します。何故撤回したかというとその理由がありました。

その理由の第1は、「ローマの『聖伝の委員会』という委員会のメンバーが、聖伝の司祭たちで構成されていなければならないけれども、それが拒否されたから」です。もしもこのローマにおける聖伝の委員会があれば、ローマにおいて私たちは何らかの力と権力を持つ事になりました。そしてこの聖伝の委員会は、私たちの手のもとにあったはずです。聖伝を守る、効果的に守る事ができる目的を果たす事ができたはずです。しかしこのような委員会は拒否されました。

第2の理由は、「ラッツィンガー枢機卿様は、いつ司教聖別をしてよいか、というその正確な日付を与える事を拒否した」というのが理由です。

第3の理由は、「ローマに提出した、『この内の、3人の内の1人の司教様を選んで下さい』という、適任だと思われたその名簿の、3人とも拒否したから」です。するとラッツィンガー枢機卿は、「あぁ、教皇聖下がもっと自由に選ぶ事が出来るように、もっとたくさん名前を下さい。」これは、“ルフェーブル大司教様の推薦した人は、司教様にはしませんよ”という断りのうまい言い方でした。

ルフェーブル大司教様は、「そのような条件であるならば、先日やったしたサインをそのまま続ける事はできない。もしもそのような条件であれば、私は教皇様の意思に反したとしても、4名の司教様を叙階する」と言いました。「私たちは今、緊急の状態にいるので、必要に迫られて、教会が教会法が想定していないやり方で行動する事は許される」としました。ルフェーブル大司教様はサモサタの聖エウゼビオ司教の例を挙げて、アリウス派の異端の時代に、教会法に反して聖エウゼビオが、パレスチナで数名の司教様を司教に聖別した、という事例を挙げました。「こういう例もある。」と。

ルフェーブル大司教様は知恵深く、聖伝の家族の、聖伝を守っている修道会らを集めて、会合を開きました。それは、皆が自分の決定に従う事ができるようにする為です。例えばベネディクト会のル・バルーにあるドン・ジェラール神父修道院長とか、カルメル会の女子修道会とか、ドミニコ会の修道女たちとか等々が呼ばれて、聖伝を守っているような修道会たちが皆呼ばれて会合を開きました。

この会合の結論は次の言葉に要約されます。「私たちには2つの解決のやり方がある。」

第1の解決策は、「近代主義のローマと、近代主義の教区司教区と密接な関係をとる事によって、それに近代主義に汚染されてしまうかもしれないというリスクを受け入れる。そのリスクを例え受けたとしても、その引き換えに彼らの多くを聖伝へと回心させる事ができる、という期待のもとにそれを行う。そして私たちの使徒職を発展させる、という事を期待してそうする。非常に有名な、例えば離教とか破門とかというエチケットレッテルなどを張られずに、私たちが使徒職を発展させる事ができる、というその為にそうするべきだろうか。そして近代主義的な当局から私たちを保護する事ができる、と期待しつつそうするべきだろうか。何故かというと、私たちは法的に、その近代主義の当局のもとに服従しなければならないようになるから。しかし私たちはそうでなくても、たとえそうでなくても私たちは、永遠のカトリック教会とはいつも交わりを持っています。」

これが第1の解決策で、これをまとめて言えば、「同意に達して、私たちを保全しつつ、私たちを悪い影響から守りつつ、それと同時に彼らのもとにいる」という。

第2の解決は、「『聖伝の家族を守る』という事を第1に考える。『信仰の為に戦う』というこの為に、その一致を守るべきか。」第2の解決によれば、「『聖伝を守る』という、『一致を守る』という事と比べれば、『法的なローマとの結びつき』というものとはバランスをとる事ができない、それよりももっと大切だから。何故かというと、『聖伝を守る』という事は、カトリック教会の未来に将来にかかっている事だから、そちらに重きをおくべきだろうか。」

これはこの、「どちらをとるべきか」という事は、その当時非常に大きな問題でした。その当時、多くのシスター、修道会や司祭たちは、「第2の解決策を重要視しよう」としました。そして「信仰を守る、その一致を守る、という事がまず大切だ」としました。


親愛なる信徒の皆さん、この同じような、これと同じようなものが今の状況でもあります。40年の後ですけれども、教会の状況は同じです。私たちは同意に到達するべきでしょうか?そうあるべきではないでしょうか?

フェレー司教様は、私たちの総長様は「この問題がある」という事を私たちに教えて言って下さいました。確かに第1の解決策には利点もあるけれども欠点もある。それと同時に、第2の解決策も利点はあるけれども欠点もある。

ですから私たちは総長様に、長上にこの決定を委ねましょう。そして天主様の御摂理にお委ね致しましょう。フランシスコ教皇様は明らかに聖伝にはあまり興味がありません。聖伝をむしろ軽蔑しています。しかしローマの当局は私たちの為に、教会法によるそういう地位を準備しています。この地位によれば、これの準備されたものによれば、「私たちは聖伝の司教区を持つ事ができる」ようになっています。つまり「ローマに提出する3名の候補者の内からローマが選ぶ事ができるという、そのそういう司教を持つ事ができる」という事も予定されています。

ルフェーブル大司教様がもしも今生きていたら、一体何をなさっただろうか?という事を私には言う事ができません。ルフェーブル大司教様の信仰、そして賢明さを良く知っていますけれども、同時に私は、ルフェーブル大司教様の大胆さも知っています。つまりルフェーブル大司教様はローマに、「少なくとも黙認して下さい」とさえ大胆に言う、お願いする事ができた、という事も知っています。

私たちは祈らなければなりません。私たちの任務は責務は、皆さんの責務は、私の責務は義務は、「祈る事」です。「天主様の御摂理が、私たちが従うべき道を明らかに示して下さるように」と祈りましょう。

私は良き主に信頼し、インマクラータの、無原罪のマリア様に信頼致します。この8月から始まったロザリオ十字軍、これは「フェレー司教様が光を頂く事ができるように」とお祈りをしなければならない。このロザリオの十字軍をよくしなければなりません。「天主様の御旨は何か」という事がはっきり分かるしるしを、私たちに示して下さるようにお祈り致しましょう。私は今この申し上げた事以上何も申し上げる事はできません。何故かというと、私たちは天主様に全て委ねて、それに従っているだけだからです。

皆さんの親切なご清聴に感謝致します。
(拍手)


聖ピオ十世会日本のお説教・講話がここに掲載されています。
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マルレ司教様による堅振式の講話【大阪】・・・「剛毅」の賜について

2016年09月26日 | お説教・霊的講話
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

2016年9月10日(土)にティシエ・ド・マルレ司教様が大阪で堅振の秘蹟を授けてくださいました。その時のお説教をご紹介いたします。

天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)

2016年9月10日(土)堅振式
ティシエ・ド・マルレ司教様御説教

同時通訳:小野田圭志神父


聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。

親愛なる信徒の皆さん、そして堅振を受ける受堅者の皆さん、今日は皆さんに聖霊を与える事ができて大変嬉しく思います。それはちょうど聖霊降臨の日に、聖霊が使徒たちに与えられて彼らは使徒となりましたがそれと同じです。
聖霊降臨の日に聖霊は、舌の形をした炎として使徒たちに現れて与えられて、これは私たちが天主の信仰を話す事ができる為にです。

聖霊は私たちに、霊魂に刻み付けられる霊刻と、そして成聖の恩寵を下さいます。キリストの兵士としての霊の刻印と、そしてイエズス・キリストを証言する証人としての聖寵です。

霊の刻印は私たちの霊魂に深く刻まれて、誰もそれを消す事ができずに永久に霊魂からそれを取り消す事ができないほど深く刻まれます。そしてこれは私たちに、キリストの軍人としての刻印を与えます。そして私たちの主イエズス・キリストを証する霊的な力を与えます。

しかしこの与えられた力を実践する為に、それを使う為には特別のお恵みが必要で、それが堅振の御恵み、堅振の聖寵の御恵みです。これは聖霊のお恵みの充満、新しい充満が与えられるのです。これは聖霊の息吹にすぐに敏感に動く、それに従って動く事ができるお恵みです。この7つの聖霊の賜物は、7つのやり方によって聖霊に従順に従って動く事ができる恵みで、日本語の言葉で言えばそれは、「上智」、そして「聡明」、「賢慮」、「剛毅」、「知識」、「孝愛」、そして「敬畏」です。

最初に挙げた3つの賜物は、3つの対神徳、つまり「信」、「望」、「愛」を私たちが深く実践する事ができるにしてくれます。最上のものは「上智」であって、これは愛徳を完全に実行する事ができるようにしてくれます。一番小さなものは主の畏れ「敬畏」であると教えられています。しかしとても小さな最初の最も小さなものと考えられていても、私たちのような罪人にとっては最も大切なお恵みです。何故かというと、私たちは罪を犯す事によって主を悲しませる事を恐れるからです。

今日は特に、「剛毅」の賜物について話したいと思います。何故かというと、剛毅の賜物は聖霊の、堅振の最も重要な要素であるからです。何故かというと、剛毅の賜物によって私たちは、強く堅く振る舞う、「“Fortes in fide” 信仰において堅くあれ」という事が実践できるからです。これは私たちの先祖が、イエズス・キリストの御名の為に血を流して証した、その剛毅に倣うものです。

私は今から例を挙げたいと思います、これは日本の殉教者の例ではなくて、スペインの殉教者の例です。聖ヘルメネジルド(Sanctus Hermenegildus)の例です。この聖人は中世ヨーロッパに、キリスト教世界のその初期に生きていました。彼はスペインの王の息子でした。その当時スペインはカトリックではありませんでした。何故かというと信仰を失って、アリウス派の異端に染まってしまっていたからです。アリウス派によれば、「天主の御子は天主御父とは等しくない、それよりも劣っていると」教えていました。このアリウス派の異端によれば、「天主の御子は従って、天主ではない」事になります。しかしヘルメネジルドはこの真のカトリック信仰に留まっていました。それは聖なる司教、セビリアの聖レアンドロ(Sanctus Leander)の教えのおかげでした。

しかしヘルメネジルドの父親は、息子がアリウス派を捨ててしまった、という事を聞いて非常に怒りました。まず罰として、彼が王国の後継者として王国の遺産を譲る、王位を譲る権利を剥奪してしまいました。
第2に、息子を牢獄に投獄して、そして鎖で縛ってしまいました。18歳であったこの王子は、投獄され、鎖に繋がれ、考えました。彼はこの世の全ての栄誉、名誉、権力を軽蔑し、「イエズス・キリストの誉れの為にそれを捧げる」という方を選んだのです。そこで牢獄において、将来きたるべき苦しみに耐え忍ぶ準備をしました。

お父さんである王は自分の息子に、復活祭が近付いてきたので司教を送って、復活祭の聖体拝領をする事ができるようにと計らいました。しかし送られた司教は、異端のアリウス派の司教でした。「私は、スペインの北部にあるオスカーの司教である。そしてあなたの父親、王の命によって復活祭の御聖体拝領をあなたに持ってきた」と言いました。
そこで王子は言いました、「あなたはカトリックの司教様ですか?」
すると司教は答えて、「何の話をしているのか?私はイエズス様を、私たちの主をお持ちしたのだ。」
そこでヘルメネジルド王子は言いました、「あなたは異端者だ。あなたはカトリックの司教ではない。あなたの手から御聖体を拝領する事はできない。」
そこで司教はそこを出て、王に報告しました、「王の息子が御聖体拝領を拒否している」と報告しました。

そこで怒った王は、すぐにろくでもない人々を牢に送り、そして王子を虐待し、そして殺害してしまいました。その暴力団のような人々が送られて、そして王子を殴り、叩き、そして最後には剣を以て殺害しました。王子は、イエズス・キリストの名誉の為に自分の命を捧げる準備ができていました。

これはちょうど私たちの置かれている状況と似ています。「真のミサ聖祭に忠実である」という状況に於いて似ています。そして「新しいミサと妥協しない」その良い例を示しています。私たちは、「伝統的なカトリックの公教要理に、カトリックの信仰に忠実に留まり、新しい教え、新しい宗教を受け入れない」という事です。

願わくは、聖霊が皆さんの知性を照らし、そしてイエズス・キリストの御名の為に苦しむ事ができるように強めてくださいますように。私たちの信仰を濁してしまったり、或いは薄めてしまうのではなく、それよりもむしろ私たちが軽蔑され、そして捨てられる方をより望みますように、聖霊が私たちを強めてくださいますように。

では、殉教者の元后であるマリア様にお祈り致しましょう。マリア様の特別の御取り次ぎによって、聖霊の充満が私たちに与えられますように。それによって私たちが聖霊に満たされて、イエズス・キリストの兵士として、そして証人として証し人であるとして、つまり唯一のこの世の救い主であるイエズス・キリストの兵士、証し人として私たちが働く事ができるようにお祈り致しましょう。

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。


聖ピオ十世会日本のお説教・講話がここに掲載されています。
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ロザリオの十字軍)2016年9月25日現在、日本からロザリオ540環、犠牲2,889回が報告されました。

2016年09月25日 | ロザリオの十字軍
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

2016年9月25日現在、日本からロザリオ 540環、犠牲 2,889回が報告されました。天主様に感謝!
マニラからは、ロザリオ 5,247環、犠牲3,773回が報告されています。

天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)

【報告】
修院長様、ご無沙汰しております。
天主様と修院長様のお祈りのお恵みで私どもは元気でございます。
まずロザリオの十字軍のご報告を致します。
8月15日から31日まで17環唱えました。
よろしくお願い致します。

【報告】
遅くなってしまいましたが、8月のロザリオの十字軍の報告をさせて頂きます!
ロザリオ…51環
小さな犠牲…183回
マリア様の特別の御取り次ぎによって、聖霊が私たちを照らして下さり、聖霊の充満が与えられますように。真のミサ聖祭に、伝統的なカトリックの公教要理に、カトリックの信仰に忠実に留まり、イエズス様の兵士、証し人として働くことができますように!


【報告】
アンナ   聖なるロザリオ16環   犠牲16
マリア・ルチア       2環
アグネス         48環  
ヨゼフ マリア      14環   160回
ヨゼフ・パウロ      48環
マリア          48環     160回
バルナバ         48環
マリア・クリスティーナ  16環     160回
マリア          16環     160回    
マリア・ローザ          犠牲  160回
マリア・ヨハネ      34環    1298回   
     合計     290環    2098回

【報告】
8月のロザリオ十字軍のご報告をさせていただきます。
大変遅れまして、申し訳ありません(>_<)
ロザリオ:182環
犠牲:608回
お捧げいたしました。
特に、犠牲をお捧げするときに、マリア様を思い出して、マリア様にお捧げするので、
マリア様に助けていただいて、マリア様と一緒に犠牲をお捧げできることがわかりました。
犠牲のカウントは、素晴らしいです!
聖母の汚れ無き御心よ、我らのために祈りたまえ。


トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)

多くの祈りと犠牲を聖母の汚れなき御心への信心の実践として捧げて下さい。聖ピオ十世会-ロザリオの十字軍 (今年の8月15日から来年の8月22日)

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聖ピオ十世教皇様が教会のために働いた3つの仕事とは?

2016年09月25日 | お説教・霊的講話
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

2016年9月9日(金)にティシエ・ド・マルレ司教様が大阪で聖伝のミサを捧げてくださいました。その時のお説教をご紹介いたします。

天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)

2016年9月9日(金)教皇証聖者聖ピオ十世の随意ミサ
ティシエ・ド・マルレ司教様御説教
同時通訳:小野田圭志神父


聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。

親愛なる信徒の皆さん、私にとって最初に日本を訪問して、そして皆さんのこの愛する小教区のこの御聖堂でミサをする事は私の本当に喜びです。

私は今、聖ピオ十世教皇様の随意ミサを捧げています。何故かというと、これが聖ピオ十世会の守護の聖人だからです。今から皆さんに、カトリック教会の為に聖ピオ十世教皇様が一体何をなさったか、という事を説明したいと思っています。

聖ピオ十世教皇様がなさった事をまとめて要点でいうと、
聖ピオ十世教皇様はまず第1に、教会の「美しさ」の為に働きました。
第2に、教会の「善」の為に働きました。
第3には、教会の「宝」の為に働きました。

まず第1に、教会の「美」の為に働きました。まず宗教音楽、聖なる音楽の為に、次に教会の秩序の為に働きました。

聖ピオ十世教皇様は音楽家でした。グレゴリオ聖歌を歌う事もできましたし、オルガンを弾く事もできました。グレゴリオ聖歌は子供の頃からよく歌っていました。教皇様はまだ主任司祭であった頃、教区の人たちが皆グレゴリオ聖歌を歌う事を望んでました、そして歌うようにと教えていました。少なくとも「キリエ(Kyrie)・グロリア(Gloria)・そしてサンクトゥス(Sanctus)・アニュス(Agnus)・クレド(Credo)を歌うように」と。

聖ピオ十世教皇様は、合唱の歌も決してないがしろにする事はありませんでした。特に、古い「パレストリーナやヴィクトリアの作曲した合唱曲を歌うように」と勧めていました。それは教会内の音楽が、演劇の歌のようではなく、何か聖なるものであるという事が分かるように、それを望んでいました。ヴェネツィアの大司教様であった時代に、音楽のマエストロであったペロージさんを知りました。彼は単純な合唱を指導していたのですけども、彼のその音楽の才能を見抜いて、のちに教皇様はローマにこれを呼びました。

聖ピオ十世教皇様は、聖なる音楽に対する自発教令を出してその中で、「信徒たちの能動的な、積極的なミサに典礼に対する参与」という事について話しました。皆さんは、「信徒の典礼への積極的な参加」などと聞くと、「あぁ!近代主義のよく言ってる口にするモットーであって、この名前によってミサを変えてしまって、新しいミサをどんどん作り変えてしまっている」と思っているかもしれません。聖ピオ十世教皇様の考えでは「信徒たちの能動的な参加」というのは、司祭と共にミサを捧げようとミサの祭壇に来たり、書簡を読んだり、或いは御聖体を配布したりするのでありませんでした。そうではなくて、聖ピオ十世教皇様の考えによれば、「信徒たちがミサの時に、グレゴリオ聖歌を、皆が心から一緒に歌う事ができる」これが能動的な参加でした。聖ピオ十世教皇様がなさった典礼改革というのは、近代主義とは全く無関係で、その反対のものでした。

そして聖ピオ十世教皇様は、教会の中に秩序をもたらしました。教皇様はご自分で新しく教会法のそれを作って、その後継者であるベネディクト十五世がこれを交付しました。そうする事によって、教皇様が教会の全ての法律を一冊の教会法典にまとめたという事によって、司祭たちはどのように信徒たちを導いていったら良いか、という事が明らかに分かり、そしてローマの教会の裁判所でも、正確にどのような法に沿って裁いていったらよいか、という事が分かり、教会に秩序をもたらしました。

これが第1の点、教会に「美」をもたらしたという事であって、教会に「秩序」をもたらした事です。


聖ピオ十世教皇様は第2に、教会に「善」をもたらしました。善というのは第1の善であって、特に「信仰」です。聖ピオ十世教皇様は個人的に悪い嫌な体験がありました。それは近代主義者による嫌な思い出です。ピオ十世教皇様がレオ十三世教皇様によって、モントワの司教様に任命されて、司教様となって最初に任地に行った時に、その時に非常に悪い良くない思い出があるのですが、何故かというと、最初神学校に行っても、司祭として叙階した神学生はたった1人しかいなかったからです。そして多くの司祭たちは、近代主義の影響を受けて信仰を失ってしまい、司祭職を離れて司祭をやめてしまいました。多くの司祭がそうでした。ですからヨゼフ・サルト司教様はその時、「あらら、レオ十三世教皇様は私に何てひどい教区を与えて下さったのだろう。司祭はいないし神学生もいないし、ひどい教区最悪の司教区だ」と思ったかもしれません。しかしそんな愚痴とか不満とかという事は考えるのはやめました。すぐにやめて、「そうではなくて、この教会を自分に与えられた司教区を改革しよう」として、「まず神学校を良くしよう」と思いました。そこで近代主義に侵されていた教授たちは皆追い出して、辞めさせて、本当のカトリックの信仰を持った教授たちを呼んで、「神学生たちに教えなさい」と命令しました。

教皇様となってからは、自発教令「ラメンタビリ」、また回勅「パッシェンディ」によって近代主義を排斥しました。「近代主義はここが間違っている。これは教会の教えではない」とはっきり教えました。その中で教皇様は、「信仰というのは、私たちの良心から出る内的な産物ではなくてそうではなくて、外的な、天主によって私たちに啓示された教えが、それが信仰である」とはっきり教えました。つまり、信じる、「信仰する」という事は、「天主によって啓示されて教えられた真理」を、私たちがそれを「真理であると認める」事、そして「信じる」事です。従って信仰の内容というのは、客観的な対象であって、天主によって啓示された真理であって、決して私たちの内面から来る主観的な私の思いではないのです。

教皇様は、ただペンを取って回勅や書簡を書いたのみならず、行動に移しました。そして司教様たちに全世界に向けて命令して、「近代主義の教授などは、神学校から全て大学から全て追い出すように、蹴り出すように」と言って、そして「神学生神学校の教授、或いは全てカトリックの学校で教える立場にある人々は、『反近代主義』の宣誓、近代主義に反対する宣誓をしなければならない」と命令しました。これが聖ピオ十世教皇様がなさった教会の「善」の為の仕事であって、教会の本質的な善というのはつまり、「信仰の善」です。


第3の点は、教皇様は教会の「宝」の為に働きました。教会の宝とはつまり、「御聖体」です。教皇様は、「若い子供たちが理性を使う事ができるようになった年齢に達するならば、つまり7歳頃から、もはやすでに御聖体を拝領する事ができる、初聖体をする事ができる」と命じました。ご自身は子供の頃、10歳になって初めて御聖体を拝領する事を許されました。そこで教皇様は、「そうではない。もっと若い時から御聖体を拝領するようにしてあげなければならない。そうしたら、この子供たちの中に聖人たちが生まれるだろう」と教えました。これは「御聖体十字軍」と言われる教会の中の団体運動によって明らかにされています。子供たちが若い子供たちが、犠牲の精神を、そして宣教の精神を持って御聖体を拝領する事によって、多くの実りをもたらしています。

教皇様はしかも、「誰もが、毎日御聖体拝領する事ができる」と決定しました。教皇様の前では、「毎日御聖体拝領するなど畏れ多い」として、毎日御聖体拝領する人は非常に少なかったからです。しかし、今ローマでやろうとしているように、離婚したそして同棲している人や、大罪の状態にあるような人々にさえも御聖体拝領をして良い、などという事は決してありませんでした。教皇様は、「御聖体を拝領する為には、私たちは成聖の状態になければならない」という事をよく知っていました。ですからその為にも、「頻繁に悔悛の秘跡、告解を受ける事」を教えていました。

以上が、教皇様が教会の為にやった仕事です。つまり教会の「美」の為の仕事、そして「善」つまり「信仰」の為の仕事、それから教会の「宝」「御聖体」の為の仕事でした。

愛する信徒の皆さん、現在、このような聖なる教皇様がどれほど私たちに必要な事でしょうか。これは私たちの祈りにかかっています。

天主様に、このように素晴らしい教皇様を教会に与えて下さった事を心から感謝致しましょう。私たちは教皇様が残して下さったからガイドラインに従って道を進めましょう。

教皇様が持っていたものと同じマリア様に対する信心を私たちも持ちましょう。マリア様に対して個人的に非常に深い信仰を持ち、回勅もマリア様について書かれました。教皇様は特にその回勅の中で、「マリア様が共贖者である」という事、その共贖の業、イエズス様と共に贖いの業をしたという事、第2に、「マリア様は全てのお恵みの聖寵の仲介者である」という事を強調して教えました。

もしも私たちが、マリア様のその全能の祈りの力、取り次ぎの力に確信を持っていたら、その事を信じてさえいれば、私たちはもう毎日ロザリオをマリア様にお祈りせざるを得なくなります。この、マリア様に毎日ロザリオを信頼を持って唱える、という事は私たちの今日の決心の1つとなり得るかもしれません。それはその決心をする事によって、教皇様の良い弟子となる事ができるでしょう。

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。


聖ピオ十世会日本のお説教・講話がここにも掲載されています。
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