tetsudaブログ「どっぷり!奈良漬」

コロナも落ちつき、これからが観光シーズン、ぜひ奈良に足をお運びください!

奈良ものろーぐ(12)田中敏子/奈良の伝統食・郷土食を発掘。食育・介護食を提唱したパイオニア

2017年04月07日 | 奈良ものろーぐ(奈良日日新聞)
毎月第4金曜日、奈良日日新聞に連載している「奈良ものろーぐ」、前回(3/24)紹介したのは「田中敏子/食育・介護食提唱した先駆者」だ。田中敏子さんとは生前、親しくさせていただいた。奈良県農林部の「奈良のうまいもの」づくり事業で、田中さんは部会長、私は部会メンバーとして参加していた。

部会メンバーで、県下の食イベントを見に行ったことがあった。田中さんは有名人なので、周りに人垣ができた。そのとき田中さんがふと私に「センセ! これが○○です」と呼びかけられた。偉い先生が「先生」と呼ぶのだから、どんな先生だろう、と周囲の視線が私に集まり、大いに恥じ入ったことを覚えている。他人に「センセ!」と呼びかけるのは、田中さんの口癖だったのだろう。

その前には、勤務先の従業員組合が主催する1日料理教室で、田中さんにご指導いただいて、フレンチの一品(確かビーフシチューなど)を作ったこともある。お話をされながら、手元を見ずに野菜を鮮やかにみじん切りされるシーンは、今も記憶に残っている。まさに名人芸だった。

田中さんの名著『大和の味 改訂版』奈良新聞社刊は、いまも奈良県の伝統食・郷土食のバイブルとして、読み続けられている。私もときどき引っ張り出し、レシピなどを確認している。お1人で、よくこれだけ調べ上げられたものである。

そんな田中さんがお亡くなりになって5年、お誕生から数えると今年でちょうど100年になる。日本で初めて料理学校を開いた人が奈良県にいた、という事実がどんどん忘れ去られようとしているのを危惧して、この原稿を書いた。ぜひ、最後までお読みいただきたい。


現在の若羽調理専門学校/奈良調理短期大学校

田中敏子さん(1917―2012)がお亡くなりになって早5年、今年はちょうどご生誕100年の年にあたる。私が初めてお目にかかったのは2002(平成14)年。85歳の田中氏は、小柄ながら元気いっぱい。この年、「奈良のうまいもの」づくり部会(奈良県農林部)が発足し、田中氏は部会長にご就任、私は部会メンバーとなった。 

田中氏は席上、今でも記憶に残るこんな発言をされた。「もののはじめはすべて大和。京野菜がよく知られていますが、もとは大和から伝えられたものです」「『奈良にうまいものなし』は県民の謙遜から広まった言葉です」。いずれも目からウロコのお話だった。

田中氏の一代記は坂本照久著『味は大和のつるし柿 食育一筋・田中敏子物語』(燃焼社刊)にまとめられている。そのまま連続ドラマにできそうな波瀾(はらん)万丈の生涯だった。かいつまんで紹介する。

田中氏は奈良県生駒郡郡山町(現大和郡山市)生まれ。父は郡山藩重臣の末裔(まつえい)だった。郡山小学校から郡山高等女学校に進学。女学校では陸上の選手で、あだ名は「豆タンク」。戦前の奈良県の女子陸上短距離記録は、長らく田中氏が持っていた。

大阪府女子専門学校(現大阪府立大学)に進み栄養生理学を専攻。卒業後、姫路の日の本高等女学校、大阪の帝塚山学院高等女学部で教鞭をとる。大阪からの帰途、生駒山麓で戦闘機から機銃掃射を受けるがトンネルに逃げ込み、一命を取りとめたことも。

大阪帝大医学部で栄養生理学の研究員を務めた後、1945(昭和20)年、日本初の料理学校・若羽割烹学園を奈良市に創立。現在はクッキングスクール「若羽調理専門学校」と料理のプロを育てる短大「奈良調理短期大学校」に発展している。

税務署から不当な疑いをかけられたり、連帯保証した他の各種学校の債務の返済を求められたりと、苦労を重ねた。調理師法の施行に伴い、いち早く調理師学校を発足。また職業訓練法の改正にあわせて全国初の調理職業訓練校の認可を受けた。

高齢化社会の進展を見すえて2001(平成13)年には全国で初の「介護食士科」を開講、介護食調理師を世に送り出した。「鳥のエサのような刻み食やドロドロの流動食では、食べる喜びが感じられない。介護食はお年寄りが食べる喜びを取り戻し、待ち遠しくなるような食事でなければ」が田中氏の持論だった。

関係者によると「敏子さんは、何でも一番でないと気が済まない性分でした」。食育や介護食を早くから提唱し、調理・介護食の教科書づくりや普及啓発に尽力された。テレビの料理番組にも、草創期からよく出演されていた。スポーツも万能で、若い頃はスキーや登山、長じてはゴルフで、相当の腕前だったという。

田中氏が曾祖母から受け継いだ「明るい家庭は楽しい食卓から」の信念は、今も脈々と受け継がれている。


本稿の制作にあたっては、敏子さんの甥御さんの田中弘之氏(学校法人若羽学園理事長 職業訓練法人奈良県調理技能協会会長 奈良調理短期大学校校長)はじめご関係者にご協力をいただきました。有り難うございました。

週刊奈良日日新聞のご購読は、こちらから。また県内のコンビニ(サークルK、ミニストップ、ローソン)で、毎週金曜日に販売しています!


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« まほろばソムリエのヤマトロ... | トップ | 快慶展(奈良国立博物館 特別... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

奈良ものろーぐ(奈良日日新聞)」カテゴリの最新記事