桜井昌司『獄外記』

布川事件というえん罪を背負って44年。その異常な体験をしたからこそ、感じられるもの、判るものがあるようです。

平田富彦にオマケ

2012-08-01 | Weblog
元警視庁捜査1課長、平田富彦の馬鹿さ加減を、もう少し書きたくなった。
平田は、ゴビンダさんが犯人である確信を「勘だ」として二つを理由にした。
出入国管理法で逮捕状を示したらば笑った、東電OL殺人事件の逮捕状でないと喜んだのが犯人の証拠!
体液の任意提出を強固に拒んだ、身に疚しさがある証拠!
だと言った。
本当に警察官職は哀れだ。「お前が女を殺した!白状しろ!」と責められ続けた後、逮捕状を示されて殺人罪でなければ、誰だってホッとしない?
何でも疑い、悪く考える職業は、当たり前の人間心理も理解出来ずに犯人視の「勘」に行ってしまう。
いきなり逮捕され、身に覚えのない殺人犯として痛めつけられたならば、体液を提出しろと言われて、誰が素直に出す?
ゴビンダさんは、外国から「家を建てる!」と信念を持って日本に来た意思ある人だ。拒否するのは当然ではないか。
それを「拒否するのは疚しい、犯人だ」と、勘に結び付けるのは、実に悲しい警察官職の人間性の歪みだと思う。
平田は「遺族の心情を思うと」と言うが、ここが平田の無知を示し、察官職の哀れさを示す極みだと思う。
今度の裁判の経過を知る被害者遺族は、あれだけの証拠を知って、果たしてゴビンダさんが犯人だと思っているか、そこのところに思いいたらない、判っていないのだ。
もの言えぬ被害者遺族は、きっと警察に娘を殺した真犯人を見つけて欲しいと願っていよう。
枯れ尾花を幽霊と見てしまう心理に似て、何時も疑い、怪しむ心は、枯れ尾花を枯れ尾花と見抜けずに幽霊に見る。犯人に見てしまうのだ。無実の人を無実と見抜けないのが、哀れな警察官職の職業病なのだ。平田富彦は被害者遺族に会いに行けば良い。きっと遺族は、捜査を再開しろと言うだろうから。

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2 コメント

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平田の著書 (gana)
2012-08-02 10:06:36
この人は昨年「警視庁刑事いのち輝く―憂国刑事(ムサシヒラタ)の武士道人生!」という本を出しています。「ムサシヒラタ」と先祖の虎の威を借りているあたり、とても笑えます。どんなバカな内容が書かれているか興味深かったので、1冊注文しました。
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馬鹿にしてんのか (ゴルゴ)
2015-01-16 01:37:45
1999年2月の寒い日、国立市在住の小沢潔代議士の事務所に右翼が車両で体当たりをした。犯人は直ぐにその場で逮捕された。適切な指揮により事後の処理も適切になされた。しかしこの時、当時の警察署長だった平田富彦は現場に臨場しなかった。できなかったと言ったほうが正解かもしれない。
後で聞いた話だが、当番責任者(ゴルゴ)から迎えの車が来ると聞かされ4時間もの間、寒い中、自宅前で待たされたうえ、待ちぼうけを喰わされて本部のお偉方が帰った後に臨場したそうだ。
平田は、この時、迎えの車が行くと伝えた警察官の言葉を信じて4時間もの間、寒い家の前で待っていたそうだ。4時間もの間、迎えの車が来るのを待っていたとは、律儀な男だ。
しかし、平田は、この警察官をこともあろうか処分した。何故。「この俺を4時間もの間、寒い中、待ちぼうけをさせるとは何事か。」と言って当日、当直だった警務課の係長に事実関係を聞いたそうだ。この警務課の係長は「小沢潔代議士の事務所のことは何も聞かされていない。署長が現場に臨場するので、誰かが迎えに行くということなんか聞いていない。」と答えたそうだ。平田は、当日当直だった少年係のミノムシとか何かにもこのことを尋ねたそうだ。このミノムシ、「何も聞いていない。知らなかった。」などと言ったうえ、この警務係長と、ばっくれ会議をしたそうだ。
時間を遡って話を事件発生時間に戻そう。事件発生と同時に当番責任者は、事件の全体像をは把握したうえで、当直責任者に善後策を報告し、副当直責任者には休憩中だった警務課の係長を起こし、「直ぐに署長官舎に行き、署長を小沢潔方に臨場させるように伝えるように。」と指示をした。当直副責任者(宮崎警部補)は直ぐに、このことを警務課の某係長に伝えた。さらに休憩中の裏番勤務員には、緊急配備実施に従った活動をとるように指示した。
それから4時間が過ぎた午前4時ころだったろう。平田から「まだ迎えの車が来ない」との連絡があった。
この日は、かなり寒い日だったのに、4時間近くも待たされていたのかと思い、当番責任者は、「そんな馬鹿な。」と思ったそうだ。
「そんな馬鹿な。」。直ぐに副当番責任者に「署長を迎えに行くことを警務係長(某警部補)に伝えたのか。」と聞いた。副当番責任者は「警務係長に話した。警務係長はどこにもいないので迎えに行っているはずだ。現場(小沢邸にいると思う。」と答えた。
警務係長は、事件発生から4時間もの間、姿を見せていない。当番責任者は、「4時間もの間、警務係長は何をしていたんだ。その間、一度も姿を見なかった。署長を迎えに行っているものとばかり思っていた。」と副責任者に話した。副責任者も唖然としていた。そのころリモコン室前に呼び出された警務係長に対し、当番責任者は、「何で署長を迎えに行かなかったんだ。」「何をしていたんだ。」と詰問した。
警務係長から返ってきた言葉は、「何で俺が行かなきゃいけないんだ。」だった。当番責任者と副責任者は返す言葉もなかった。そこで当番責任者は、当日当番員の保安係巡査部長に対し、署長公舎に行って署長を小沢邸に臨場させるように依頼した。
あってはならないことだが、ここまではあり得る話であったろう。
しかし平田は、事の次第をこともあろうか、この間抜け警務係長から調査したそうだ。そして裏付けとしてミノムシとかいう係長に確認したのだ。普通なら当番責任者と副当番責任者に確認するのが筋だろう。
平田は、この当番責任者「とんでもない奴だ。俺を馬鹿にしているのか。」と言って、明利副署長の止めるのも聞かず、当番責任者らに対して、面白い人事をやってくれたそうだ。皮肉にも警務係長は、当番責任者とは古くからの親友であったそうだ。
副当番責任者は、当番責任者に「署長に本当のことを話したほうがいい。」と助言したが、事は既に事実と異なった形で結論付けされていた。
安倍総理が言っている。「日の丸の国旗を焼かれても、韓国の国旗を焼く様なことをしてはいけない。」これが日本人の考えだ。裏切られたからと言って、その相手を売ってはいけない。
平田君、「君が日本を救う」などと、たわけたことを言わないでくれたまえ。

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