桜井昌司『獄外記』

布川事件というえん罪を背負って44年。その異常な体験をしたからこそ、感じられるもの、判るものがあるようです。

講義終了

2009-10-16 | Weblog
川人ゼミに招かれたのは、これで何度目だろうか。
40人ほどの受講生だったが、何時もながら真面目で熱心な態度だった。
同行した山本弁護士は東大出身。懐かしい昔話を聞いたが、当時は勉強しない風潮だったらしい。で、卒業間近に一年くらい、一気に集中してやったらしい。
やはり集中力だね。
今日も集中力で、質問も活発だった。
一人、俺が自分の42年に満足してると語ったことで、人生論的質問があった。俺が29年の闘いで失い、得たモノ。人様の善意に包まれて生きる安らかさ、人様を無条件に信じて生きられる爽快感。冤罪の苦しみと胸を晴れる晴れ晴れしさ。実際に犯した窃盗の消えない痛み。それらを語ったが、三人での話だったから、少し物足りない感じだったかな。

東大駒場

2009-10-16 | Weblog
ときどき学生に話す機会があるが、俺には東大も日大も立教も同じ、話す気持ちに変わりはない。でも、周りは違う人もいるようだ。東大と聞くと、聞いただけで目にビックリマークやハートマークが点いてしまう人もいる。
確かに、これまで数度、東大て話したことかあるが、彼らは高い集中力を維持できるらしく、誰一人として寝た人がいなかった。高校や中学生たちは、先ず寝ないが、大学生になると冤罪話に興味を失って寝てしまう人が必ずいる。その点が、他の大学とは違うところかもしれない。
今夕は東大教養学部で布川事件の話をする。杉山も来るし、話す時間的には気楽な講義になることだろう。

金原龍一

2009-10-16 | Weblog
こう云う著者の書籍が出版された。大阪刑務所9年、千葉刑務所22年という経歴で刑務所の中での体験を「彼らが何を語り、私はどう思ったか。私はそれをなるべく客観的に記したつもりである」と言う。そして、編集者の「塀の中で何を見て来たのかを記録として残して下さい」と言われたともある。更に「受刑者たちの真実の姿はそのほとんどが書きにくいことばかりだ。だが作りごとを書いてもしかがたない」と言い、この書籍が真実のみを書いたものであるかのようなまえがきが記されている。
俺たち布川事件についても、わざわざ一項を使って書いているので買って読んだ。『「布川事件」桜井と杉山の反目』と言う表題が俺たちらしいけど、書かれた中身は嘘っぱちだ。「はっきりと言えることは、いまでこそ彼ら2人は手を握って闘っているが、公判中、あるいは刑務所の中反目していたということだ」と書き出しているが、俺は拘置所時代も千葉時代も、この金順何とかと言はずの男とは、ほとんど話した記憶が無いのだ。
そもそも俺と杉山は、この事件があったときに、たまたま兄のアパートにいた、一緒にいたと云う事実があるので、お互いの無実を知っている。この点は疑う余地はない。俺が無実ならば杉山も無実。そして、金も書いているように、接点のない千葉刑務所では反目など起こりようが無い。全くの出鱈目と憶測を事実として書いている。
これだけなら、まあ自慢話の詰まった刑務所話と笑って終わりだが、次の話は看過できないと思った。
「桜井とも話した。彼とは千葉刑務所の受刑者で作る「貝塚バンド」で一緒だった。彼もまた犯行については否定したが、杉山のことは擁護しない。共犯者の言い分が根本的に食い違うと言うことは、どちらかの言うことが間違っていることになる。だから、私はいま、なぜ出所した後、彼らがヨリを戻したのか、分らない気持ちでいる」のだそうだ。
この文を読めば、俺は杉山が犯人だと言ったことになる。あり得ない。そして、金が前段で杉山から犯行否定の話を聞いたと書いたことも、また作り話だと断言できる。俺も杉山も千葉刑務所での18年間、独房に収容されていた。一度たりとも雑居房に入っていないのに「私は杉山と同じ房になったとき、(無実だと言う)そうした話を何度も聞かされた。」と書く。あり得ない。同じ房に入るはずが無いのだから、これは前提から嘘が明らかでっち上げの作り話だ。
そして、極めつけの嘘が短歌クラブでの話だ。
「あえて、杉山か桜井かは書かない。”彼”が詠む歌には、被害者への贖罪の気持ちが込められていた。『誰も殺していない人間が、被害者への気持ちを詠むことがありうるのだろう』私はそう思った」
とある。短歌クラブには杉山が参加していたから、これは杉山のことだ。杉山の名誉のために言うが、彼は犯人ではない。俺が知っている。無実の人間が被害者への贖罪を込めた短歌を作るはずが無い。嘘を言うな!金!
もし言うならば、どんな内容で、どんなことを書いたのか示めせ。
金は将棋や碁の強豪だったそうだが、俺と将棋を対戦したろうか?
鮎川氏、湯野氏、鈴木氏、思い出す強豪はいるが、金が将棋の強豪だったという記憶が無い。尤も俺が出所後に上達したならば別だが、俺よりも前に出所した金属バットの一柳のことを将棋に絡めて語っていては、これも眉唾ねえ。
書きたいことは山ほどある。でも、時間が無い。今度杉山に会ったらば、この話を伝えて、杉山の反論を書きながら、この書籍にある嘘の山を暴露しよう。

俺の人生

2009-10-16 | Weblog
人前で話すとき、誰でも恥ずかしいと思う。俺だって、話し始めるまでは、何時も嫌だと思う。出来ればやりたくないが、やらなければ真実が勝てない。冤罪が社会に広がらない。そう思うからやっているだけだ。でも、俺は平然と好んでやっていると思われているようだ。
「羨ましかったの?」「今度は櫻井さんの番だから」そう言われた。千葉駅前での宣伝のとき、菅家さんにマスコミの注目が集まり、俺は除け者であったことを書いたブログを読んでのことだったらしい。
判ってないなあ。声を出せば一斉に見られ、指さされ、声を掛けられ、握手され、そんなことになったらば生き難くて仕方ない。菅家さんが可哀想と思ったし、マスコミの一過性を書いたつもりなのだが、俺の感情と取られたようだ。
人前で声を出したり、目立つようなことをしないで、ひっそりと自由に生きたいけれども、俺の人生には無くなってしまったのかも知れない。そう感じた誤解の言葉だった。