スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

能登半島支援・金亀杯争覇戦&影響

2024-03-10 19:30:57 | 競輪
 松山記念の決勝。並びは北井‐和田真久留‐小原の神奈川,深谷‐和田健太郎の南関東,古性に和田圭,松本‐橋本の愛媛。
 松本と深谷と小原がスタートを取りに行きました。誘導の後ろに入ったのは外の小原で北井の前受け。4番手に松本,6番手に古性,8番手に深谷で周回。残り3周のバックから深谷が上昇を開始。古性が和田健太郎の後ろに続きました。誘導との間隔を開けていた北井がホームで突っ張る構えをみせると叩きにいった深谷は抵抗せずに後退。結果的に周回中と同じ隊列に戻って打鐘。この時点ではまだペースがさほど上がっておらず,6番手から古性が上昇していきました。北井は古性に合わせて突っ張りましたが,ホームで古性が外から和田真久留を極めて番手を奪取。和田圭も古性マークを死守して和田真久留は和田圭の後ろに。この隊列のままホームに戻り,番手から北井を差した古性が優勝。逃げ粘った北井が4分の3車身差で2着。古性マークから北井と古性の間を突こうとした和田圭と,バックからの捲り追い込みになった松本の3着争いは接戦。写真判定に持ち込まれ,外の松本が4分の1車輪差で3着。和田圭は微差の4着。
 優勝した大阪の古性優作選手は和歌山記念以来の優勝で記念競輪10勝目。松山記念は初優勝。このレースは前受けさえできれば北井が強く,深谷が神奈川勢の邪魔をするということは考えにくいので,古性にとっては勝つとすれば番手を奪うほかないところ。ものの見事にそれが決まりました。叩こうとして上昇していったのかもしれませんが,叩きにいけば北井が突っ張ってくるのは,最近の北井のレース内容から十分に理解できていた筈で,番手に入るということも作戦のひとつとしてあったのだと思います。和田真久留は油断があったのかもしれませんが,あまりにあっさりと番手を失ってしまいました。番手を奪われてしまうにしても,少しでも競り合えば古性は脚力を消耗する筈で,着差からしてその場合は北井の優勝もあったのではないでしょうか。

 僕は空虚vacuumに関する部分を物理学,必然性necessitasないしは偶然に関する部分を哲学と分け,スピノザの物理学と哲学は一貫しているというように解する必要はないと思っています。むしろ空虚に関する部分も哲学の一部なのであって,ひとつの哲学の中で首尾一貫しているというように理解するのがよいのではないでしょうか。なぜ僕がそのようにいうのかを最後に説明しておきます。
                                        
 スピノザがデカルトRené Descartesの物理学の影響を受けているということについては僕は否定しません。ただしこのことが物理学についてだけ妥当するのであって,哲学に関しては妥当しないというようには考えません。確かにデカルトの哲学とスピノザの哲学は,國分の入門書である『はじめてのスピノザ』でいわれているように,コンピュータの比喩を用いれば,ОSが異なっているというほどの相違があるのであって,スピノザの哲学はデカルトの哲学をアップデートしたものであるということはできません。しかしだからスピノザはデカルトの影響を受けずに,独自に哲学を構築していったのかといえばそんなことはないのであって,デカルトの哲学の影響というのは確実にあるのです。たとえば『エチカ』の中でデカルトの名前を出してスピノザがデカルトのことを批判するのは,デカルトの哲学がスピノザにとっては不十分な哲学であったからですが,不十分なОSを十分なОSに書き換えるということは,書き換えられるデカルトの哲学の影響を受けている何よりの証拠であると僕は思います。あえていいますが,デカルトという哲学者が先行していなければ,スピノザという哲学者は存在しなかったといっていいくらいだと僕は思います。
 したがって,空虚が存在しないという点はデカルトとスピノザの間で一致していて,ある部分,たとえば人間には自由意志voluntas liberaがあるかないかという点でデカルトとスピノザの間で相違があるとしても,空虚に関してはスピノザはデカルトの影響を受け,自由意志に関しては影響を受けなかったというように断定することができるわけではありません。どちらの場合も影響を受けた可能性はありますし,どちらの場合も大した影響は受けなかったという可能性もあるのです。
コメント
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