詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

小池昌代『コルカタ』(2)

2010-05-07 00:00:00 | 詩集
小池昌代『コルカタ』(2)(思潮社、2010年03月15日発行)

 詩集の2篇目は「バルバザール・朝」。この詩では、小池は「見る人」になっている。きのう読んだ「雨と木の葉」では「聞く人」であった。
 前に、誰の詩について触れたときかもう忘れたが、私はセックスとは視覚ではなく聴覚の仕事(?)であると書いた。これはいまでもかわりはない。小池が「見る人」になるとき、そこからはセックスは消えている。

でもここには 男ばかり
踏み入っていく このわたしは
かごから落ちた 一個の果物
汚れ 石のようにかたくなになり
犯され 視線に回されていく

 と、「犯す」「回す」(お、すごいことばだなあ)と、セックスがらみのことばは出てくるが、そこにはセックスは描かれていない。セックスの拒絶が描かれている。

男たちはみな 痩せていた
焦げた瞳で ぶしつけに見た
だからわたしも見返すのだ
見て 見返す

 「見る人」はセックスをしない人である。セックスを拒絶する人である。
 こういうとき、ことばは動いて行かない。
 ことばは「肉体」をとおらない。そうなると、ことばはおもしろくなくなる。ことばは知っていることばを繰り返すだけになる。
 引用が前後するが、この詩は冒頭から、ことばが停滞し、同じことばを繰り返していた。

たわわに実った青いバナナ オレンジの山
頭のうえに 重い果物の実りを乗せて
漂い 流れていく男
どこへいくの
どんな路地から わいて来たのか
蝿がわくように 蚊がわくように

 「たわわに実った」「……の山」という常套句「た」わわ、あ「た」ま、「た」だよい、という「音」、「ど」こへ、「ど」んなという「音」、「わいて」「わくように」「わくように」という繰り返し。

際立っている 生のかたち
ひとのかたち 犬のかたち
寝ている犬は 死んでいるのかもしれない
と思うそばから
ゆうらり たちあがる

 ここでも「かたち」の繰り返し。きわ「立」っている、「た」ちあがるの繰り返し。
 ここには「肉体」がない。ことばが「肉体」をとおった痕跡がない。
 ここから、小池は、ことばをどんなふうに取り戻すのか。ふいにやってくる最後の部分が美しい。

からのかごを頭に乗せた男が
蜃気楼のように 目の前をいく
からのかご からのかご
からからからの
かごのかるさよ

 「から」「かご」が繰り返され、「から」から「かるさ」(軽さ)がひきだされるとき、そこにふいに「肉体」があらわれてくる。ここで描かれている「かるさ」は「肉体」が受け止める軽さである。
 「からのかご」の「から」は「視線」が向き合っている世界であるが、その「かるさ」は「視線」の担当分野(?)ではない。「触覚」をはじめとする「肌」や「筋肉」が、そして「骨」が受け止めている。
 そこに「肉体」が生まれれば、その「肉体」と向き合うもうひとりの人間も生まれ、そこにセックスの可能性が広がる。

からのかご からのかご
からからからの
かごのかるさよ
行きはあんなに重かった荷を
どこで 降ろしたの 誰のために

 あ、いいなあ。
 小池は、いま、「わたし」と「他者」という世界ではなく、いま彼女がいる世界には、「他者」と「他者」の世界、他者と他者のセックスが存在するということを実感している。
 「世界」の中心は「わたし」ではないのだ。

からのかご からのかご
からからからの
かごのかるさよ
行きはあんなに重かった荷を
どこで 降ろしたの 誰のために
いま 虚しさを頭上に置いて
さびしい という言葉もない
そんなふやけた抽象語は
ナイ ハ アル
アル ハ ナイ
バルバザール

 「虚しさを頭上に置いて」の「頭」という文字が象徴しているかもしれないが、この「わたし」は「世界」の中心ではないという哲学(?)は、まだ、小池の「肉体」ではなく、「頭」のものかもしれない。けれど、そうであることを小池は「抽象語」ということばのなかに封印して、この詩を閉じている。
 自分の知っていることば、たとえば「あるはない、ないはある」というような哲学を捨て去るために、捨て去って新しいことばをつかみとるために、小池は「コルカタ」へやってきているのかもしれない。




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