早朝からWOWOW生中継を見ておりました。
事前の期待、想像を超えた激戦でした。
ヘビー級のタイトルマッチが、試合前からこれほど大きな注目と期待を集め、
実際の試合がそれに応えるものだったのは、果たしていつ以来のことか、と思います。
序盤、ウラディーミル・クリチコは、手数自体は多いわけではないが、早々から間合いを「詰め」て、
ジャブの合間も身体を弾ませ、フェイントをかけ、という具合で、能動的に動き続ける。
強打を決めてアンソニー・ジョシュアを抑えられれば一番だったのでしょうが、
それがかなわずとも、キャリアの浅いジョシュアに、余裕を与えたくない、という意図が見えました。
それはある程度まで成功していて、普段ならもっと柔軟で多彩なジョシュアが、いかにも硬い。
動きの範囲が狭く、リズムもなく、テンポもスロー。
全てにおいて、クリチコがジャブと右で叩ける枠内に収まっていて、
思うに任せぬ、という風が、露骨に表情に出ている。不安な立ち上がりでした。
とはいえ、2回、3回は多少ジャブも増えたジョシュア。
だが、クリチコは大きな身体を弾ませ、ステップを踏んで対応。
ジョシュアはリズムに乗って攻めていこうという矢先に、常に機先を制せられる、という具合。
しかし、いつもならジャブと右の合間に揉み合って、のしかかって休んで、という感じのクリチコだが、
ジョシュアの体格もあって、休み休みの試合運びは出来ない。
序盤は概ね、ハイテンポな展開を回避したいクリチコのペース。
しかし、あの大きな身体を休ませる時間が、あまり取れていない展開でもある。
このあたりはひとつ間違いがあれば崩れる、危機と紙一重、というところか、とも見えました。
5回、ジョシュアが早々に急襲。いったい何の手応えがあって、こんなことをするのかと
見ていて驚くような展開でしたが、この攻めのさなか、左フックの強打が決まり、クリチコがダウン。
クリチコは前に重心を崩す場面もあり、これは相当効いた、と見えたのですが、すぐ逆襲。
右を決めて、今度はジョシュアがぐらぐら。
クリチコは驚くほど早く回復し、ジョシュアはこちらも驚くほど早々に疲れ、失速。
スリリングな展開に興奮しつつ、いったいこれはどうなっているんだろう、と思いもしました。
6回、クリチコが踏み込んでワンツー、まともに決まってジョシュアがダウン。
これは正直、何の変哲も無い、という感じのパンチだったが、まともに喰ってしまう。
ジョシュアなんとか立ったが、膝が伸びてしまっていて、バランスが取れない状態。
これは終わった、と思ったが、なんとかクリンチで凌いで、ゴングに逃げ込む。
7回以降、スリル満点の攻防にしびれつつ見ていたものの、
よくよく見ると、展開が急にスローなものに変わっていることに気づく。
クリチコは追撃出来ず、ジョシュアは苦しいながら回復に努める。
もちろん、双方一杯のところで、片や攻めきれずともポイントを取り、
片や失点しても追撃は断ち、回復するまで耐えている、必死の闘い。
双方ともに好機を得て攻めるが、頑健に過ぎる肉体故か、すぐに目に見えて疲れてしまう。
しかしながらその頑健さをもって、スーパーヘビー級(といっていいでしょう)の強打を浴びても、
なんとか耐え抜き、立て直す脅威の回復力を持ってもいる。
この辺の良し悪しが、けっこう露骨に見える、起伏の激しい試合でした。
終盤に入り、徐々にジョシュアが立て直し、クリチコの左腕の内側に、
何回か右のショートをねじ込む場面が出てくる。
10回、クリチコは右ショートのカウンターを取るが、11回、早々にジョシュアが出て、
右から攻め込み、右アッパーを決めて追撃、ダウン。二度目は左フック、三度目はロープ際で連打。
ここでレフェリーがストップし、ジョシュアのTKO勝ちでした。
まずは両者に拍手すべきでしょう。
41歳のボクサーとしてはこれ以上望めない、最高の仕上がりでリングに上がり、
その経験を十全に生かした闘いぶりを見せたクリチコ。
9万人の大観衆の前で、序盤は硬く、抑え込まれた感じもあったものの、
封殺されることなくその展開を打破し、危機を乗り越え、逆襲して勝利したジョシュア。
近年のヘビー級タイトルマッチが、実質スーパーヘビー級というべき大型ボクサーによる
内容の薄い試合ばかり、という不満は、ほぼ解消されました。
ことに、難敵相手に、ここぞと勝負をかけて打ち勝ったジョシュアは、ひとつの大きな山を越えました。
今後、ワイルダーやフューリーとの対戦で、真の世界ヘビー級チャンピオンを決めることになれば、
ヘビー級に、かつての栄光の時代が再びやってくるかもしれません。
そして、その中心を担うのは、間違いなくアンソニー・ジョシュアその人でしょう。
しかし、同時に、新スター誕生、と諸手を挙げて喜んでていいのかな、
という気持ちにもなりました。
だいぶ昔ですが、海外のフォーラムで、欧米のファンが、軽量級のボクシングを好まない理由について、
語っているのを見たことがあります。
軽量級のボクシングは、パンチ力が足りないから、防御がいい加減で、打たれることに対し、鈍感だ。
少々打たれても、打ち返せば良いという発想で闘われているから、質が低い。
ああいうデタラメなものは、ボクシングを衰退させる。発展性がない。それを見るのが嫌なんだ。
概ね、こういう趣旨の意見だったように記憶しています。
偏見やな、と思いましたが、部分的には当たっているのかも、と今にして思ったりもします。
今日の試合を見ながら、この記憶が甦ってきたのは、軽量級ボクシングのそれとはまた違った方向で、
現在のヘビー級ボクシングもまた、同様の問題を抱えているのではないか、と思ったからです。
現在のヘビー級は、あまりにも大型化しすぎて、クリチコ兄弟がキャリアの前期後期で見せた、
種類の違う限界に、その弊害が出ているように思います。
キャリア前半、体格とパワーで相手を圧倒していたクリチコ兄弟ですが、ひとたび攻勢を凌がれたら、
大柄な体格故に「燃費」が悪い欠点を露呈し、逆襲を受けて敗れる、という試合がいくつかありました。
それ故、キャリア後期において彼らは(ことにウラジミールに顕著ですが)相手との体格差を生かして、
クリンチ、揉み合い、のしかかりによって危機を回避し、体力を温存する試合運びを続けてきました。
そのウラジミールが、タイソン・フューリー戦に続き、自分と同等の体格を持つジョシュアに敗れたことは、
正しく彼の限界そのものでした。ボクシング以外のことをやって、休める時間帯が確保出来ず、
それ故に、フューリー戦では疲れから打たれる頻度が増し、ジョシュアの攻勢を受けた際も、
防御の質を維持出来ず、打たれてしまった。
それはつまり、体格面において優位であるか否かが、勝敗に大きな、大きすぎる影響を及ぼしている、
その証左であるように見えました。
ジョシュアとクリチコは共に、現状のヘビー級のなかでも、抜きん出た大柄な体格に、
膨大な量の筋肉をまとっています。
あの体格で、傍目にまったく「遅く」見えないことは、それだけでまさしく驚異です。
そして、その攻撃力、パワーは互いの耐久力を越えていて、同時に膨大な体力の消費を伴います。
それ故に、試合の流れから見れば唐突な印象さえある、攻勢をかける決断、タイミングにより、試合の流れはあっという間に一転します。
そこに、ボクシングのスリル溢れる魅力を感じる反面、過剰に、肥大していく一方の肉体「のみ」が
勝敗の要因、その大半を占めるのだとしたら、そこに「発展性」はありえるのだろうか、と思います。
まあ、そんな硬い話ではなくても、そこに「ヘビー級が動くが如く、ボクシングは動く」とされた、
ヘビー級の栄光が再現されることはあるのだろうか、と。
アンソニー・ジョシュアの今後が、あの見事な、見事すぎるほどの肉体からくる優位性のみならず、
ボクサーとしての心技体を伴った形での成長と共にある、真の栄光であってほしい。
彼にはそれを実現する、ボクサーとしての素質も充分にある、と思うのですが。