蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

高架線

2022年12月31日 | 本の感想
高架線(滝口悠生 講談社)

西武池袋線の東長崎駅近くにある古ぼけたアパートかたばみ荘は、家賃は格安だが、賃貸人が出ていく時は次の借り手を紹介することになっていた。
アパートは身動きするだけで建物がきしみ電車が通り過ぎると揺れるくらい古かった。アパートの一室を借りた4人の若者と友人たちの物語。

というあらすじを書いても面白くもなんともなさそうだし、ドラマチックな事件も全く起こないのだが、普通のサラリーマン社会や経済とか金融とかといった世間から切り離されたようなスローテンポで平穏なボロアパートの空間の雰囲気がとてもいい。

プロミュージシャンになりそこね、長い髪を切って就職するが、いじめられて2年間失踪し、山奥のうどん屋で修行していた所を発見される片川三郎の仙人のようなキャラがいい。

仙台でヤクザの情婦に手を出し、東京に逃げてきてかたばみ荘に住んだ峠茶太郎(仮名)が入り浸る近所の喫茶店の雇われ店主の木下目見は、大学時代にバイトしてたこの店でそのまま(オーナーから頼まれて)店長になってもう10年。そんな人いないよねえ。でもなんだか憧れる。

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兵諫

2022年12月26日 | 本の感想
兵諫(浅田次郎 講談社)

蒼穹の昴シリーズ(なんですよね?)。日本では2.26事件の首謀者と目される村中を志津大尉が面会する。ニューヨーク・タイムズの記者:ターナーは上海にあって、西安の情勢をさぐる。1936年張学良が蒋介石を捕縛してクーデターを起こす。2つの事件には石原大佐を媒介とするつながりがあったのか・・・という話。

張学良というとアヘン中毒のうらなり風2代目(失礼)という悪いイメージしかない。
本シリーズは、一般に大悪人とされている人(西太后とか張作霖とか)が実は民族の運命を握る重要かつ有能な人物だった、という設定が多く、張学良も本作中では自らを犠牲にして祖国を救おうとする英雄として描かれている。本作では、陳一豆(東北軍の幹部で裁判で張学良をかばう)の方が圧倒的にかっこよかったけれど。

しかし、この流れでいうと龍玉(これを持つものが天下を取るというダイヤモンド)は毛沢東の手に渡りそうにないなあ。周恩来や蒋介石に行く感じもないし、いったい誰の手に??鄧小平ってことはないよなあ。。。
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球辞苑(延長戦)

2022年12月25日 | 野球
球辞苑(延長戦)2022年12月12日

最後のトピックは、延長戦と守備だった。取り上げられたのは今年限りで引退したソフトバンクの明石。(敬称略)

明石は、引退会見で、最も印象に残る試合は2010年9月14日のロッテ戦だとした。
11回裏、1死満塁で1塁の守備についていた明石は、ロッテ西岡の、ダブルプレー必至と思われた平凡な1ゴロを、本塁にワンバウンド送球して捕手だ取れずサヨナラ負けして即日2軍送りとなった。

因果は巡る糸車。2014年10月30日の日本シリーズ第5戦。9回表1死満塁、明石は1塁守備についていた。迎えるバッターは(チームは阪神だが)西岡。「来たか」と、明石は思ったという。案の定、西岡は1塁ゴロ。今度は堅実な守備を見せた明石はダブルプレーを成立させる。

長年、球辞苑を見てきて、これは一番か二番くらいにしびれたシーンだった。
挙げようと思えば他にいくらでもありそうなのに、引退会見で、あえて痛恨のエラーを持ち出してきたのが、まずすごい(というか正直者?)。「球辞苑」によると、明石は2020年のこのエラー以来、延長戦では1回もエラーしなかったというのもすごい(ユーテリティなので延長での守備機会が多かったにもかかわらず)。

明石は番組の中で、メンタル云々より経験を積むことが重要だと言っていた。経験が浅い場面でもフルパワーを発揮できる人も稀にはいるのかもしれないが、やはり大切なのは経験なのだろう。
経験積んでも緊迫の場面でもドキドキすることには変わりないと明石は言っていたが、ドキドキしつつも普段の挙動を再現できることことが経験値なのだと思う。
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最悪の予感

2022年12月25日 | 本の感想
最悪の予感 (マイケル・ルイス 早川書房)

アメリカで感染症拡大防止に取り組み人々(のうち、良心的で有能とだと思われる)人たちがCOVIT19にどう取り組んだか、を描いたノンフィクション。

「L6」という言葉が登場する。深刻な社会的トラブルが発生した時、それを解決するのはトップクラスから数えて6番目くらい(つまりかなり下層)にいる人々で、本作の主人公であるチャリティ(カリフォルニアの保健衛生に関わる官吏)は、コロナ流行初期において、それに当たる人だった。

チャリティは、信仰上の理由で大学に進学することすら否定された地域(現代アメリカにそんな所がある、ということすら日本人にとっては驚きだが)に育つが、自らの意思で高等教育をうけ、保健衛生に携わる公務員になってからも出色の業績をあげる。しかし、官僚機構の抵抗にあって、コロナの流行初期に、彼女の(的を射た)指摘は受け入れられない。

と、ここまでは日本で(あるいはよくあるフィクションで)よく見かける光景だと思うのだが、(結果としてコロナ対策には失敗したものの)アメリカ社会がすごいと思えるのは、そういう彼女を国のトップクラスに位置する人々が発見(多人数が参加する電話会議での彼女の発言を高官が聞いていて、一本釣りする等)して、活用できることだ。

結果がすでにわかっていて、並のジャーナリストが書いたら全く面白くなさそうな素材を、最高級のミステリみたいな、ハラハラドキドキの内容に展開できる著者の力量に改めて感心した。まあ、だからこそ何十年にもわたってベストセラー作家でいられるのだろうけど。
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小牧長久手仁義

2022年12月22日 | 本の感想
小牧長久手仁義(井原忠政 双葉文庫)

5か国の太守となった家康は、信州の惣奉行に大久保忠世を指名。忠世配下の茂兵衛も信州に赴き「表裏比興の者」と呼ばれる真田昌幸と何度か面談する。織田信雄と同盟した家康は秀吉の大軍と対峙することになるが・・・という話。

本シリーズは、茂兵衛という兵隊クラスの視点から描かれるという、あまり類を見ない合戦場面が出色の出来。姉川も三方原もよかったが、本書の長久手の戦いが一番の出来だと思った。

兵数的に劣勢で、下手を打つと自軍の根拠地を一気に攻略されかねない状況で、家康は忠世に無理目の指示を出す。持ち帰った忠世も配下の寄騎からの反発にあう・・・といったあたりの作戦会議?の部分も、
クライマックスで井伊の赤備えが殺到する合戦場面も、
最前線で見た戦国合戦というムードが濃厚に漂って楽しめた。
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