蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

木曜島の夜会

2020年10月24日 | 本の感想
木曜島の夜会(司馬遼太郎 文春文庫)

オーストラリアの北端の島、木曜島では、戦前まで高級ボタンの原料である白蝶貝を採取するため、多くの日本人がダイバーとして出稼ぎに来ていた。ダイバーは危険ではあるが稼ぎはよく、勤勉な日本人は現地で歓迎されていたという。著者が現地を訪れた紀行文の他、吉田松陰に深いかかわりを持ちながら、歴史上目立った活躍をすることができなかった富永有隣、大楽源太郎を描いた短編を収録。

司馬遼太郎中毒の私なのだが、なぜか本書は未読だった。勤める会社の近くにある本屋で「旅」をテーマにしたおすすめ本を集めたコーナーがあって、昔自分が読んで面白かったが数多く紹介されており、本本書もそこに積まれていたので読んでみることにした。

「木曜島の夜会」は、読み逃すことにならなくてよかったあ、と思えるほど素晴らしかった。「街道をゆく」シリーズを始め、著者は紀行文の著作も多く、そのほとんどを読んでいるが、本書は出色の出来。日本人ダイバーの苦難と栄光、海外に出稼ぎに行くということの意味、今では見捨てられたような僻地となってしまった木曜島に暮す人たちの哀愁、などが凝縮して詰め込まれている。

司馬さんは、登場人物への思い入れが強すぎると思う。なので、嫌いな人物を描く時は本当にひどい扱いになるのだけど、富永有隣、大楽源太郎はその典型。両者ともに口を極めて罵られている感じで、気の毒なくらい。本書によると大楽は西郷や勝には評価されていたみたいなのだが・・・

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コーヒーが廻り世界史が廻る

2020年10月24日 | 本の感想
コーヒーが廻り世界史が廻る(臼井隆一郎 中公新書)

8世紀ころ、アラビアあたりのイスラム教徒のあいだで飲み始められたコーヒーの世界史の中での位置づけをコンパクトにまとめた本。

初版は1992年で、私が持っているのは22版。長く読み続けられているだけあって、語り口が文学的?で小説的な展開の面白さがある。

印象に残った点。
真っ黒で苦い飲み物を飲み始めるきっかけは、イスラム教徒の修行者が眠らずに修行し続けるためだった。

モカはアフリカの地名で、かつてはコーヒー豆の主要積み出し地だった。

ドイツではコーヒー豆の輸入が少な目で、植物の根などを加工した代用コーヒーが盛んに開発された。(第二次世界大戦のドイツ兵の戦記などで、やたらと代用コーヒーのまずさが強調されるわけがわかった)

ロンドンやパリに多数存在したコーヒーハウス(喫茶店)は、株式取引所、政治評論、革命の温床でもあった。
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表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬

2020年10月24日 | 本の感想
表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬(若林正恭 文春文庫)

キューバ、モンゴル、アイスランドの旅行記。

オードリーの春日じゃない方、というと失礼かもしれないが、本書の中で著者自身がそう言っている。大方の人のイメージも同じではないかと思うが、既に何冊かエッセイの著書があり、ファンも多いらしい。

本作はタイトルと表紙の写真がとてもいい。書店で見かけると買いたくなるような組み合わせだと思う。ハードカバーのオリジナル版はキューバ編だけで、文庫でモンゴル、アイスランド、コロナ中の東京編を追加するというサービスぶりで、出版社のアイディアなのかもしれないが、売り方がうまい。

キューバ編はイマイチだが、モンゴル編、アイスランド編と書き慣れる?に従ってよくなっていく感じだった。

アイスランド編で、ロンドンから来ると聞いていた同行のツアー客が実は全員(ロンドン在住の)日本人で、なかなかうまく名乗り出せない著者は、最初の夕食の席で食事に手を付けずに部屋にひっこんでしまう。人気芸人で人前に出ることに何の苦もなかろうに、と思えるのに、存外にシャイなんだなあと思えた。この点が印象に残ったのは、私自身が同じような場面にでくわしたら、全く同じことをしそうに思えたからだが・・・

文庫版には、DJ松永さんの解説がついている。本の内容にはあまり触れていないのだが、自分が売れるきっかけを作ってくれた著者への讃辞が熱烈に語られていて、感動的ですらあり、本文より解説の方が読み応えあったぞ、みたいな(失礼。DJ松永さんは昔からのオードリーのビッグファンとのこと)。
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血と暴力の国

2020年10月24日 | 本の感想
血と暴力の国(コーマック・マッカーシー 扶桑社ミステリー)

ベトナム帰還兵のモスは、メキシコ国境近くで麻薬取引にからむ銃撃戦の後を見つける。その場には巨額の現金をおさめた鞄が放置されており、モスはそれを持ち逃げする。しかし単純なミスから持ち逃げがバレてしまい、モスと家族はプロの殺し屋シュガーに追われることになる。

かなり昔だが、本書を原作とする映画「ノーカントリー」を見たことがある。映画が原作にかなり忠実に作られているのがわかった。映画ではシュガーをハビエル・バルデムが演じていて、強烈な存在感を放っていたが、原作でも主人公はシュガーなのか?と思わせるほどだった。
うろ覚えだが映画ではほとんど喋らなかったように思うが、原作ではやたらと饒舌に(これから自分が殺そうとしている人に対して)人生哲学を語っていた。

アメリカに純文学というジャンルがあるのか?とも思うものの、著者は本作を書くまでは代表的な純文学系人気作家だったらしく、そういう人が、こういうハードボイルド的暗黒悪漢小説を書いたので随分衝撃的だったらしい。
いまでこそ、日本でも純文学系+暗黒小説というのは珍しくない。本作は2005年の出版で世界的ベストセラーとなったので、そういった組み合わがポピュラーになるきっかけだったのかもしれない。
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クワバカ

2020年10月18日 | 本の感想
クワバカ(中村計 光文社新書)

クワガタの採集や飼育にとりつかれたようにのめりこむ人たちを描いたノンフィクション。

表紙の写真になっているマルバネクワガタは、姿形だけみるとアゴが短くて素人目にはイマイチな感じ。しかし主に生息している日本の南西諸島の森はハブが多く、夜行性ということもあって採集は難しい。クワガタの評価のほとんどは大きさで、少しでも大きいマルバネを求めてマニアは離島に泊まり込んで採集する。マルバネ採集で神様扱いされる定木さんは、マルバネなどの標本販売を収入源にしているのだけれど、高値がつく大型の獲物は決して売らない。

もう一人、クワガタに魅了された人として紹介されている吉川さんは、趣味が高じてサラリーマンを辞めインドネシアに移住してクワガタの標本販売の会社をつくってしまう。
二人に共通するのは、自然保護などの公的規制によって道を閉ざされてしまったこと。南西諸島はマルバネの標本に高値がつくことになったことで乱獲が懸念され採集禁止となる島が相次いだ。吉川さんは資源採取を無許可で行ったとして日本に強制送還されてしまう。

現代社会において、成功とか幸福のわかりやすい指標は、保有資産の金銭的評価だろう。その評価は金融機関などのサーバに記録された電子データにすぎなくて、普通はそのサーバはどこにあるのかもわからない・・などと考えていると段々とむなしくなってくる。
クワガタという昆虫に生涯を捧げられるくらい没頭している定木さんや吉川さんの様子を読んでいると、著者が言うように「吉川の来し方を眺めていると、にわかに自分の足元がグラつき始める。自分はそれなりに自由に、それなりに楽しい人生を送れていると信じていたのに、自分にも今とはまるで違う、もっと自由な、もっと幸福な人生があったのではないかと思えてしまう」
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