蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

アウシュヴィッツの歯科医

2019年03月16日 | 本の感想
アウシュヴィッツの歯科医(ベンジャミン・ジェイコブス 紀伊国屋書店)

ポーランドの田舎町で歯科医を目指していた著者(当時の名前はブロネク・ヤクボヴィツチ)は、1941年ユダヤ人収容所に送られる。アウシュヴィッツを含む各地の収容所を父や兄といっしょに転々とするが、歯科医師としての技術が認められ(何人もの収容者や看守などの治療をするうち技量があがったらしい)、比較的優遇されていたこともありドイツ降伏まで生き延びる。ついに解放かという時期に、客船に閉じ込められ、この客船がイギリス軍の空襲をうけて沈没しほとんどの収容者が死亡するという事故(カップ・アルコナ号事件)にあうが、ここでも九死に一生を得て自由の身となり、アメリカに渡る・・・という自叙伝。

本書の中で、生きのびることができるかどうかの大半は運だった、と述べられている。
うすい野菜スープとパンだけの食事、過酷で危険な労働(著者は優遇されて事務や医師としての仕事をしていた時期が長いらしいが、炭鉱の採掘などもしている)、せまくて不衛生なベッド、そしてなによりユダヤ人を敵視するドイツ人(やポーランド人)の目などをくぐりぬけ4年もの収容期間をすごして兄弟が二人とも生還したというのは、本当に運がよかった(というか奇跡というか)としかいいようがない。
でも、当時21歳の著者がもしドイツ人やポーランド人だったら、徴兵されて東部戦線とかで戦死している可能性も非常に高いわけで、前線に行かずに収容所にいた方が生還率はもしかしたら高かったかもしれない・・・などと考えると、人生って本当に運次第だよねえ。

今年にはいってたまたまWWⅡ中のユダヤ人迫害に絡む本を(本書をふくめ)3冊読んだのだが、(他の2冊は小説だったので)実話だと迫力が違う。特にカップ・アルコナ号事件の顛末は映画みたいだった。
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土の記

2019年03月10日 | 本の感想
土の記(高村薫 新潮社)

奈良県の山間部の農村の古い家系の上谷家の婿養子:伊佐夫は、電機メーカに勤める兼業農家。妻は交通事故の後遺症に苦しむうちに亡くなり、娘は海外で暮らしている。認知症的な症状に苦しみながらも伊佐夫は田畑の管理に生きがいを見出し・・・という話。

浮気していたらしい美人の妻の交通事故は自殺ではないのか?という思わせぶりなせぶりな設定はあるものの、ミステリでは全くなくて、農業小説?的な内容。

兼業農家の生活をいつもの粘着性が高い?文体で詳細に描かれている。高村節?に慣れた読者でないと読み通すのはちょっと苦痛かも。
私は司馬遼太郎さん、高村薫さんの作品は、その内容にかかわらず没頭して読めるという、一種の中毒者なので、本書も楽しく読めた。
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タルト・タタンの夢

2019年03月10日 | 本の感想
タルト・タタンの夢(近藤史恵 創元推理文庫)

下町の小さなフランス料理店:パ・マルの三舟シェフが、客が持ち込むちょっとした謎を解くという日常の謎ミステリの短編集。

謎解きは小ネタ程度のものなのだけど、舞台のレストランの従業員(シェフとしての能力は高いが変人気味な三舟、三舟の古い知り合いで穏やかな性格の副料理長:志村、俳句が趣味のソムリエ:金子、語り手のギャルソン:高築)が醸し出すパ・マルの雰囲気がとてもしゃれていて、近所にこんな料理屋があればなあ・・・と思えた。
続編も読んでみたい。
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金融政策に未来はあるか

2019年03月10日 | 本の感想
金融政策に未来はあるか(岩村充 岩波新書)

黒田日銀のいわゆる異次元金融緩和は当初の物価目標を達成できず、マイナス金利という副作用が大きそうな手段を追加しても効果がなく、行き詰まっているように見える。

著者は、異次元金融緩和に一定の評価を与えるとともに、FTPLという物価理論(物価の調整には金融政策に加えて財政政策も必要)を積極的に評価する。
さらにいわゆるヘリマネ的政策にまで踏み込むべき、と提言する。

うーん、FTPLってトンデモ系理論の一つかと思ってたんだけど、そうでもないのかなあ・・・本書を読む限り「やっぱりトンデモ系では??(というか、期待に働きかけるという面は異次元緩和と同じでは??)」と思えてしまったのだが・・・
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女王陛下のお気に入り

2019年03月06日 | 映画の感想
女王陛下のお気に入り

18世紀初頭、イギリス連合王国の初代女王:アンの宮廷政治の内幕を描いた作品。

世界史の受験勉強の記憶の中で、アン王女から連想されるのは、ユトレヒト条約くらい。スペイン継承戦争でうまく立ち回ってイギリスに大きな利益をもたらした・・・というところくらいだろうか?
つまり、英明な女王というイメージだった。

今、ウィキで見てみても、実質的な国益を重視し、戦争に深入りしないよう、大陸で勝ちを重ねる功労者で主戦派のマールバラ公をスキャンダルで失脚させて講和を結ぶ等、事績だけ見ると水際立った手腕といえる。

しかし、本作で描かれる女王は、全くそういう風には見えなくて、側近のサラ(マールバラ公の妻・レイチェル・ワイズ)と(その親戚で宮廷内で急速に台頭した)アビゲイル(エマ・ストーン)の間、あるいは大蔵卿ゴドルウィン(ホイッグ党)とトーリー党のハーレーの間を行ったり来たりして言動が定まらない。

しかし、先に述べたように、結果は素晴らしいので、この「バカ殿様」ぶりが実はすべて韜晦であって、アンは本当は素晴らしい君主であった・・・というオチなのかと思ったが、そうではなかった。(しかし、女王の描写がこんなでイギリスで問題になったりしないのだろうか??)

悪だくみをめぐらしてサラの追放に成功するアビゲイルが主人公格なのだが、サラの方が圧倒的にカッコいい。特にアビゲイルの陰謀にはまってしまった後の吹っ切れたような表情が魅力的だった。

薄暗い(当時としてはとてつもなく明るかったのだろうが)夜の宮廷のシーンがとても美しく見えた。
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