蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

夢分けの船

2024年02月28日 | 本の感想
夢分けの船(津原泰水 河出書房新社)

22歳の秋野修文(よしふみ)は、映画音楽の作曲家をめざして、新居浜から都内の音楽専門学校に入学する。学校から紹介されたアパートの部屋には、先住者だった久世花音の幽霊がでる、といわれる。修文は同じ学校の嘉山(あだ名は岡山)らのバンド:ストーレンハーツに誘われる・・・という話。

夏目漱石風の文体や用語で書かれている、とのこと。現代の若者の物語とフィットしているとは思えないが、趣があるような、ハイブラウであるような雰囲気は感じられた。

著者の主なジャンルとして、SF風のミステリと青春音楽モノがあると思うのだが、やはり「五色の舟」が有名すぎて、世評が高いのは前者だろうか。
後者の方の代表作は「ブラバン」になろうか。音楽モノというより、そこにさほど熱心にでもなく携わる醒めた感じの登場人物たちが(本作をふくめ)ユニークで面白いと思う。
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冬に子供が生まれる

2024年02月27日 | 本の感想
冬に子供が生まれる(佐藤正午 小学館)

丸田優は、38歳で医療事務に携わる会社員。7月の夜、「今年の冬、彼女はおまえの子供を産む」という謎めいたショートメッセージを受け取る。身に覚えは全くない。彼と、同姓の同級生:丸田誠一郎と、やはり同級の佐渡理にはある共通の秘密があった・・・という話。

佐藤さんは、新作がでると必ず買う作家。私にとって今ではそういう人は、数人しかいないが、佐藤さんが最も寡作で、今回は直木賞を受賞した前作から7年もあいてしまっている。
普通、直木賞を受賞したら、できるだけ早く受賞第一作を出すのが、出版社にとっても作家にとっても重要なことなのでは?と思うのだが、そこで7年も(もしかして意図的に?)長期の間をあけてしまうのが、佐藤さんらしいといえるのかもしれない。

佐藤さんの小説を最後までよむと、たいてい、最初に戻って読み返したくなる。メビウスの環のように小説の最後から最初に戻って読んでもシームレスに?物語が繋がっているような構造になっていることが多いように感じられる。
本作も、そのセオリー通りで、つい、続けて2回読んでしまった。

本作のテーマの一つはUFOとの遭遇譚なのだが、その肝心の遭遇シーンは全く描写されない。二人の丸山に関する謎解きも行われない。
普通の物語なら、クライマックスになるような場面は、読者をはぐらかすようにスキップされるのも、佐藤さんのストーリーの特徴の一つだろう。
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イラク水滸伝

2024年02月26日 | 本の感想
イラク水滸伝(高野秀行 文藝春秋)

著者と、探検家で環境活動家の山田高司が、イラクの南部、チグリス川とユーフラテス川の合流部付近に広がる湿地帯(アフワール)を調査旅行した記録。

イラクといえば乾燥地帯というイメージしかなかったのだけれど、(フセイン政権の政策などにより)水量は減っているものの、南東部には広大な湿地帯が水をたたえているらしい。
そこは中央権力が十分には行き届いておらず、反政府活動家やマンダ教徒(古くからの宗教で、湿地帯で船大工などを営む)、ユダヤ教徒(金融担当)、アマダンと呼ばれるシュメール系の先住民?などが同棲して、まさに水滸伝的世界が展開されている、とのことだ。

湿地帯やその周辺で好まれる料理は鯉の円盤焼きと水牛の乳からつくるゲマールというチーズの一種というのも、従前のイラクのイメージとはかけ離れている。

著者によると、イラクの人はイスラムのルールに厳格で、招待された家に行っても、そこの住む女性(招待主の妻など)は、めったに顔を見せないらしい(その様子が「鶴の恩返し」みたいだ、という著者の感想が可笑しかった)。
これと対照的に、イランの人は建前と本音の使い分け?が上手で、女性も家の中でスカーフをせず、普通に客と歓談するし、自宅内には酒瓶がずらりと並んでいたりもするらしい。
これも(私の勝手な思い込みでは)逆だと思っていて、実に意外だった。新聞などで見るイランの指導者層の言動とはかけ離れている感じだ。

イスラムでは一夫多妻(4人まで)が認められているが、実際に多妻な人は珍しいらしい。それは、妻を迎えるためには、妻の実家に多額の金品(日本でいう結納みたいなもの)を払う必要があるから、だそうである。

ユーモアあふれる筆致なので、無政府状態に近いイラク南東部の旅行が、全く危険に見えないが、実際には周到な準備をしているのだろう。コロナなどにより、長期間渡航できなくなっても、あきらめずに機会をうかがう執念も、すごいと思えた。
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蛸足ノート

2024年02月25日 | 本の感想
蛸足ノート(穂村弘 中央公論新社)

新聞の夕刊に連載の短いエッセイ集。

穂村さんと森博嗣さんのエッセイは出るとすぐ買っている。
穂村さんとは同年代で、自分自身の体験や感情と似通っている点が多く、読んでいて共感することが多い。普通、本を読んでいて自分と同じような考え方が述べてあると退屈に感じることが多いが、なぜか穂村さんの場合は、心地よく感じてしまうのだった。(逆に森博嗣さんの場合は、自分と真逆な発想が興味深い)

本作が従来のエッセイ集と大きく異なる点があった。それは(穂村さんの)妻との会話に関するエピソードが目立って多いことだ。
割合とトシをとってから結婚されたはず。すでに10年以上経過していたと思うが、なんかとても仲がよさそう。少なくとも、妻との会話が苦痛、とか、会社から家に帰るのが億劫、みたいな、私のような年代の者にはありがちな状態とは程遠い。
使い方が間違っていると思うが、いわゆるリア充状態を見せつけられているようで、「穂村さん、なんか今までと違うんだけど」と嘆きたくなってしまうのだった。

あと、本作の最後の方で、ついに著者念願?の猫飼いになったみたいで、次の本では、猫とのリア充?ばかりになりそうな、イヤな予感がするのであった。(でも、出たら買うけどね)
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銀河鉄道の父(小説)

2024年02月24日 | 本の感想
銀河鉄道の父(小説)

宮沢賢治の父:政次郎の視点で賢治の生涯を描く。映画を見てから読んだ。

「雨ニモマケズ」などの作品から、賢治ってストイックで清貧な人、という勝手なイメージを抱いていた。本書によると、古着屋と質屋で大金持になった父のオンボ日傘で育った、お坊ちゃまだったようだ。
もっとも宮沢家の史料が豊富なわけではなくて、大半は著者の想像によるものなのかも知れないが・・・

政次郎は、父から受け継いだ事業を大きく発展させ、利殖の才もあったみたいで、地方の大富豪みたいな感じだったらしい。しかし、金貸し(質屋)という生業に後ろめたさを感じていて、浄土真宗に帰依し、セミナー合宿?を費用を負担して定期的に企画する。
いつまであっても自立せず、なにかというと父にカネをせびる(このあたりは手紙が残っていてホントみたい)賢治よりよっぽど立派な人物のように思えた。

政次郎の父(賢治の祖父):喜助(宮沢家の事業の創始者)は、成績優秀だった政次郎の進学を認めなかった。「質屋には、学問は必要ねぇ」「本を読むと、なまけ者になる」というのが、当時の世間の常識だったらしい。
政次郎自身は、賢治を中学校に進学させ、さらにその上の農学校に入ることも認めた。その結果はまさに前掲の箴言?通り、「なまけ者」を作っただけだった、とも言えよう。
もっとも「なまけ者」つまりカネとヒマに恵まれた人がいないと、学問や芸術の発展はないのだろうが。
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