蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

死刑にいたる病(映画)

2023年07月31日 | 映画の感想

死刑にいたる病(映画)

筧井雅也(岡田健史)は、子供の頃は成績がよかったが、高校生になると落ちこぼれて今はいわゆるFラン大学へ通っている。起訴されただけでも9人、合計24人の青少年を喚起・拷問の上、殺害したシリアルキラー:榛村大和(阿部サダヲ)は、獄中から筧井を呼び出し、9人目だけは自分の犯行ではないから、それを証明してほしいと依頼する。榛村は筧井が幼い頃通っていたパン屋の主人だったが、関係といえばそれくらいのはず、なぜ自分に?と戸惑うが、調査に協力することにする・・・という話。

榛村大和は関係する誰もを魅了する人物。収監されている拘置所の看守ですら彼の言うがままになっている。

犠牲となった子供達誰もが彼を慕っていて、まさか監禁されるなんて思ってもいなかった。実は筧も彼のターゲットだったのだが、年齢が彼の基準に達していないうちに犯行が露見したにすぎなかった。

シリアル・キラーが日常では極めて魅力的な人物だった、というのはよくある設定で、代表的なのは「羊たちの沈黙」のレクター博士だろう。原作を読んだ時は、二枚目でスリムなイケオジをイメージしていたのだが、映画で博士を演じたのはけっこう老境に入っていたアンソニー・ホプキンス。しかし、今やレクターといえばアンソニー・ホプキンスの顔しか浮かばない。

本作の原作を読んだ時、榛村大和に抱いたイメージはレクターの時と同じで、それこそ岡田健史みたいな人物を思い描いていた(なお、原作では筧もイケメンという設定になっている)。しかし、そこで阿部サダヲをキャスティングしたのが本作の成功要因だろう。

これまでの役柄からのイメージとしては、シリアルキラーとは程遠いし、イケメンでもスタイルが素敵なわけでもない(失礼)。しかし本作を見ていると、なるほど榛村大和は、24人の子供を殺したのは、こんなヤツだったのかもしれんなあ、と思わせてくれるし、周囲の人そして筧が彼に惹かれてコントロール下に入っていくのもやむを得ないな、と考えてしまった。

原作に続編はなかったはずだけど、映画はヒットしたようだし、レクターシリーズみたいに続編を映画オリジナルで作っているもらいたいなあ。

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ポピーのためにできること

2023年07月31日 | 本の感想

ポピーのためにできること(ジャニス・ハレット 集英社文庫)

イギリスの小さな町で私設劇団を運営するマーティン・ヘイワードは、劇団員にメールを送って、孫娘のポピーが難病に冒されその治療費が必要になったと、援助を求める。劇団員のサラたちはサイトを立ち上げたり、パーティを企画して募金を募ろうとするが・・・という話。

劇団員だが仲間外れになりがちな看護師のイザベル、同じく看護師のサム、マーティンの妻:ヘレン、息子のジェイムズなどの間でやり取りされたメール、事件の担当弁護士のメモや新聞記事などで構成され、地の文がないという凝った趣向のミステリ。殺人事件がなかなか起きないのに、先が読みたくなるテクがすごい。

殺人のトリックとか犯人の意外性とかはあまりないのだが、犯人の複雑心理状態から生じた動機が丁寧に説明されて納得性が高いのがよかった。

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水平線

2023年07月30日 | 本の感想

水平線(滝口悠生 新潮社)

両親が離婚して母の旧姓になった三森来未はパン屋の従業員。祖父の故郷の硫黄島の墓参ツアー(自衛隊機が運んでくれる)に参加する。彼女は祖父の末弟の忍(戦時下の硫黄島で死亡)と電話で昔の硫黄島の様子を話す。来未の兄:横多平は観光で父島にいく。平の元には母方の祖母の八木皆子(疎開して伊豆で旅館経営していたが故人)からメールが届く。時空を超えた血縁者との交流を通して来未と平は硫黄島から疎開した人たち、残留した人たちの暮らしと思いをたどる・・・という話。

「死んでいない者」もそうだったが、数多くの近親者が登場するので系図を書きながら読まないとストーリーがたどれなくなる。意図的にやっているのか、真面目に?読んでいないと人物の相関がわからなくなってくるが、系図を作っていくのは結構楽しい。

長い話を読んでいるうち、死者から電話やメールが来ることが、なんとなく不自然でなくなってくる。そんなこともあるかもね、と。人は死んだ後、誰からも思い起こされなくなって記憶から消えるとき第二の死を迎えるという。死んでからもたまには現世の人に電話やメールができたらいいな。第二の死を相当に延ばすことができるから。

硫黄島での戦闘はさまざまな作品で取り上げられていて、その記憶が簡単になくなることはなさそう。しかし本書で取り上げられたような、当時の民生や日常を目にすることはなかった。

サトウキビを原料とする製糖産業(忍の親戚?の百々重ルとサトウキビ絞りに使役される牛のフジの話がよかった)、徴兵逃れの手段、占いやまじないと一体化した生活スタイルなどが興味深かった。

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われら闇より天を見る

2023年07月29日 | 本の感想

われら闇より天を見る(クリス・ウィタカー 早川書房)

カリフォルニアのケープ・ヘイブンという町で30年前にシシー・ラドリーを事故死させたとして収監されたヴィンセントは、刑期を終えて町に帰ってくる。シシーの妹スターは子供(ダッチェスとロビン)と共に暮らしていたが、生活は荒れていた。地元の警察署長(といっても署員は1人だが)ウォークは、幼なじみでもあるヴィンセントの帰還を複雑な思いで迎えていた。不動産業者のダークは宅地開発のため、ヴィンセントの自宅の買取を目論んでいたが・・・という話。

シシーとスターの殺害事件と「無法者」ダッチェス(13歳)の成長物語が並行して語られる。前半は多少もたつき気味だが、終盤の150ページは大層盛り上がる。というか、前半の冗長さがタメのように効いてきて、ダッチェスやウォークに共感を呼ぶのかもしれない。

「天涯孤独のダッチェスとロビン。嗚呼、姉弟の運命や如何に!」みたいな浪花節でお涙頂戴、みたいな感じがなきにしもあらずだが、いやあ、久しぶりに小説を読んで泣けてきたよ。

著者は、これでもか、というくらいダッチェスに試練を与える(あまりに繰り返されるので腹立たしくなってくる)のだが、幕切れはその割にあっさりしていて多少拍子抜けした。でもダッチェスとロビンに幸あれ!と祈りたい。

あと、次々と厄介ごとを引き起こすダッチェスに手を焼きながら、決して諦めない派手な髪色のケースワーカー:シェリーもよかった。もちろん現実はこんな人ばかりではないのだろうが、アメリカのセーフティネットって仕組みとしてよくできている所もあるよね。

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火を熾す

2023年07月28日 | 本の感想

火を熾す(ジャック・ロンドン スイッチ・パブリッシュイング)

表題作は、厳寒期の北米の平原?で道に迷った男が、動かなくなった手を暖めるために火を熾そうとする話。と書くと「それのどこが面白いの?」と思われそうだが、実際読んでみると「それで、どうなるの?」感が凄すぎて、途中で止めることは難しい。それでちょうど良い長さで終わるのも、またいい。

他の収録作は、表題作と似たリアル系の話(ボクサーを描いた「メキシコ人」「一枚のステーキ」、「火を熾す」と似たようなシチュエーションの「生への執着」)は、どれも次の展開が気になって仕方ない緊迫感に満ちていた。いわゆるページーターナーというやつで、100年前に書かれたとはとても思えないほどみずみずしさもある。特に「生への執着」がよかった。

サメの話の「水の子」、棄老の話の「生の柩」、アイディアストーリーの「影と闘え」、夜になると中世人になる男の話の「世界の若かったとき」は、幻想的な雰囲気でリアル系の作品とははっきり違う作風だが、どれも楽しめた。

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