蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

覇王の家

2023年04月29日 | 本の感想

覇王の家(司馬遼太郎 新潮文庫)


「どうする家康」を見ていて、三河一向一揆の顛末が知りたくなって読んでみた。多分3回目くらいのはずなんだけど、一向一揆のことは殆ど書いてないことを忘れていた。


前半は、妻(築山殿)と息子(信康)を信長の命で殺した事件を描き、後半は小牧長久手戦いを描く。三河一揆だけじゃなくて姉川も三方原も関ヶ原も大阪城も登場しないという(家康を主人公としたものとしては)異例の構成。

もっとも、主人公が家康というのも結構怪しくて、築山殿の事件ではもっぱら重臣筆頭の酒井忠次を中心にして展開し、小牧長久手ではもう一人の重臣の石川数正の動向を追っている。


家康というのは三河武士団の中核機関である法人のような存在で、作者いわく「徳川家康というのは、虚空にいる。ということは、地上にいる生の人間とは思えないほど、この男は自分の存在を抽象的なものにしようとしていた。」
というか、そういう風な主題で家康を描こうすると、本書のように主人公なのに物語の中にあまり登場しない、という具合にならざるを得ないのだろう。
ナマの家康が登場するのは死ぬ間際の数ヶ月を描いた終末部分のみである。

本田忠勝曰く、殿はハキとは言わぬ人、らしく、家康はの指示は常に曖昧で、具体的な方策は、命令されたものの才覚か、家臣団の合議で決めていたらしい。

トップの指示が曖昧で、下々のものがその真意を推測して動く集団というと現代の三河が本社の自動車会社が思い浮かぶが、日本の(オーナー支配でない)サラリーマン会社の一典型とも言え、日本社会や経済の宿痾だと指摘されることもある。


一方で、スポーツなどでは、監督やコーチが全て指示するチームは強くなれず、選手自身が考えて行動できる組織が評価されるようになっている。

三河武士団も歴史上の評価は毀誉褒貶のはなはだしいものがある。物事にはウラとオモテがある、ということ。

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音楽が鳴りやんだら

2023年04月28日 | 本の感想

音楽が鳴りやんだら(高橋弘希 文藝春秋)


主人公の葵は、ロックバンド(ThursdayNightMusicClub)のボーカル。天才的な作詞・作曲能力を持つ。大手レコード会社のプロデューサー中田にスカウトされるが、デビューの条件としてベースの入れ替えを求められる。デビュー後は人気を博してツアーも盛況になるが、やがてドラムス、ギターもオリジナルメンバーから手垂れのミュージシャンに変更することを求められ・・・という話。

天才的だけど破滅的、大ヒットを飛ばせば飛ばすほど孤独になる、そんなロックシンガーの典型?を描いている。
文学的?表現が多くて、ちょっと戸惑うこともあったが、極端に偏屈な感じでもないので読みやすい。

私の好みだった「指の骨」とか文学賞を受けた「送り火」とはかけ離れた世界の話で、多少エンタメ寄りの要素を強めてみたのだろうか?

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プロジェクト・ヘイル・メアリー

2023年04月28日 | 本の感想

プロジェクト・ヘイル・メアリー(アンディ・ウイアー 早川書房)


主人公のライランド・グレースは優れた科学研究者だったが、学界を追放され中学校の教師をしていた。彼はある日謎めいた場所で目が覚める。そこは地球を遥かに離れた星界であり、彼は長期のコールドスリープから目覚めたばかりだった。
エネルギーを食べる生命体(アストロ・ファージ)のせいで太陽が衰え人類は絶滅の危機にあったが、近くの星系でタウ・セチだけはアストロ・ファージの影響がないことがわかり、一縷の望みを託されて地球からそこに派遣されたことが、やがてわかる。
グレースはタウ・セチで他の星系から、やはりタウ・セチを調査に来ていた異星人とめぐりあうが・・という話。

「火星の人」や「アルテミス」に比べてスケールが破格に大きくなって、ちょっと現実離れ感が強まったように思うが、現代の科学で法螺話(失礼)を、一応は納得できるように読者をひっぱっていく力技は健在。


本書では、ファーストコンタクトという新しいテーマに挑戦しているが、異星人との会話をどう成り立たせるのか?という難問に「もしかしてありえるかも」と思わせてくれるくらいのアイディアを用意していることが特にすばらしい。また、異星人の英語?も何だか愛しさみたいなものを感じさせてくれる。

底抜けのハッピーエンドで終わるのではあるが、そこにいたるまでの曲がりくねって長い道のりがとても楽しめる。

著者の作品を読むたびに思うのは、もともとのSF=空想科学小説って、こういうモノだったんじゃないか、というノスタルジー。小難しい哲学や抽象的な表現がなく、具体的でビジュアルなストーリーテリングは、SFというジャンル名称に本当にふさわしいと思わせてくれる。

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モガディシュ 脱出までの14日間

2023年04月25日 | 映画の感想

モガディシュ 脱出までの14日間


1990年 ソマリアの韓国大使ハンは、母国の国連加盟の票を得ようと政府要人へのロビー活動に励んでいた。北朝鮮の大使も同様の活動を勧めていて二人はいがみあうライバルだった。反政府デモがエスカレートし、首都モガディシュは無政府状態に、韓国大使館は金で雇った?国軍兵士がガードされていたが、北朝鮮大使館は暴徒に蹂躙されてしまい・・・という話。

無事脱出した、という話なんだろうとわかっていても、「この先どうなるの?」というハラハラが抑えられない展開と、軟弱な外交官に見えたハン大使が、事態がエスカレートするに連れて男気?あふれるヒーローになっていく成長?ストーリーが相まって、最後までとても楽しめた。

ちょうどスーダンの国内紛争→自衛隊機での邦人救出という事態の最中だったので、より切迫感とリアリティが強まったのかもしれない。

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ブレット・トレイン

2023年04月19日 | 映画の感想

ブレット・トレイン


レディバグ(てんとう虫)というコードネームのギャング(ブラッド・ピット)はマリア(サンドラ・ブロック)の依頼で、東京駅から京都行きの新幹線に乗る。依頼されたブリーフケースの回収は簡単にできたが、このケースに絡む他のギャングたち(ウルフ、みかん、レモン)に邪魔されて降車できなくなってしまう。ギャングたちが争いながら新幹線は京都へ走る・・・という話。

よくある「アメリカ映画に出てくる日本」の光景が最初から最後まで登場する。これは、制作側の日本への無理解から来ているのではなく、わざと現実の日本からはかけ離れた描写をして、日本人以外の観客には「ああ、日本ってこんな感じだよね」と思わせ、日本人の観客には「こんな日本ありえね〜」と思わせて、そこに面白みを感じてもらいたいという狙いなのではなかろうか??

そうでないと、富士山が名古屋と京都の間にあったり、夕方?に東京を出発した新幹線が夜明けに京都に着く、みたいな、あまりにも考証不足なシーンができたりしないだろうし、真田広之らの日本語のセリフもわざと翻訳調にしているとしか思えなかった。制作はソニーだし。

伏線が軽快に?回収されていって、コメディっぽいバイオレンス映画として見るなら楽しめるが、原作の、乾いた、それでいてぞっとさせるようなムードとは別物の作品だった。

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