蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

ボタニストの殺人

2024年09月17日 | 本の感想
ボタニストの殺人(MWグレイヴン ハヤカワ文庫)

刑事ポーシリーズの第5弾。女性差別主義者として悪名高い評論家がテレビに出演中に死亡する。評判が最悪の下院議員が入浴中に死亡。いずれも毒殺とみられたが、いつ、どのように毒を盛られたのかが不明だった。
一方、刑事ポーが信頼する病理学者ドイルが実家(英国有数の資産家)に帰った際、父親が殺害され、ドイルが容疑者となってしまう。屋敷は雪に囲まれた密室状態だった。ポーはドイルの容疑を晴らそうとするが・・・という話。

ポーシリーズの作品の多くで共通する特長は、
①不可能犯罪が納得性高く解決される。
②複数の事件の意外なつながりが明らかにされる。
③犯人のキャラが濃くて、かつ、意外性が高い。
④ドンデン返しが強烈。
⑤ブラッドショーを始めとするチームのキャラが魅力的。
⑥自然に囲まれたポーの自宅の描写が素敵
といったところかと思う。
本作も、要素としては上記のいずれをも含んでいるのだが、私としては、従来に比べると、キレやコクが今ひとつだったかな、と感じた。

①タネ明かしが早くて、やや安易なトリックだった。密室の方が特に
②ボタニストによる2件の公開処刑?とドイルの事件の関連性が薄め。
③ボタニストのキャラの濃さはよかったが、犯人さがしのプロセスが淡白すぎ(なぜそんなに簡単に犯人がわかったのかの謎解きは最終盤にあるが)
④ドンデン返しはあったけど、ややインパクトに欠けた。
⑤ドイルとの関係だけが突出しすぎ。私としてはブラッドショーやフリンにも活躍してもらいたかった。
⑥ハードウイック・クロフト(自宅の所在地。山奥)やエドガー(飼い犬)の描写が少なめ。

文句ばっかり言ってすみません。でも次もすぐ出るみたいなので、きっと読むと想います。
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市子

2024年09月16日 | 映画の感想
市子

川辺市子(杉咲花)は、3年同棲していた長谷川(若葉竜也)から求婚された翌日失踪する。市子をさがす長谷川は彼女の不幸な生い立ちと失踪の理由を知る・・・という話。

説明的な部分がなくて、時系列を行ったり来たりするので、それなりに集中してみていないと筋がわからなくなりそう。また、気が滅入りそうなストーリーなので見る人を選びそうな作品。

市子が無国籍で、難病で通学できない妹の月子の名を借りて高校まで通っていた、という主筋は割合と早い段階で明かされるのだが、そこから先に待ち受けていた試練が凄まじい。

杉咲花は取り憑かれたように市子を演じていて、世評の通り素晴らしいのだけど、セリフがちょっと聞き取りづらいように思えた(DVDの具合が悪かったのかも)。若葉竜也は、主役級なのは初めて見たけど、いかにも怪しげな経歴が次々に明らかになる市子をそれでもあきらめられない気持ちを上手に演じていた。
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リアル 日本有事

2024年09月16日 | 本の感想
リアル 日本有事(麻生幾 角川春樹事務所)

台湾侵攻への前哨戦として中国が外人傭兵を中心とする軍隊を宮古島へ送り込む。自衛隊が防衛出動するが・・・という話。

著者が自衛隊中心に相当に取材していることを伺わせる内容で、細部の描写が(どこまで本当なのか素人にはわからないが)とにかく詳細でリアリティを感じさせてくれる。

自衛隊員に支給される装備は古臭くて、隊員たちは自腹を切って私物を装備している(例えば、官給の電子地図システムはすぐ故障するのでGoogleマップをつかうとか、軍用にも耐えるような性能のいいドローンを自分で買うとか)なんていうのは、多分隊員自体に取材してないと描けないことのような気がする。

その他にも、通信網がなってないとか、負傷兵の後送を考慮しない作戦(これを特攻というらしい)、陸海空がいがみあっている(陸の支援要請に対して、陸の情報が信頼できないからと拒絶するとか)あたりも、先の戦争とあんまり変わってないなあ、と感じさせる。
フィクションの映画で見る限りだけど、現役米陸軍の装備(電子関係が特に)や航空支援なんて、本作で描かれる自衛隊とは比較にならないくらいすごいよね。何と言っても実戦経験が豊富すぎるし。

繰り返しになるが、本作での描写がどれくらい事実に近いのかはわからない。もしかしてわざと劣後しているように描いて警鐘を鳴らしているのかもしれない。というか、そうだといいんだけど。

登場人物が多すぎるのがイマイチかなあ。取材成果をできるだけ反映させたいと、手を広げているせいなのだろうけど。
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コヴェナント

2024年09月10日 | 映画の感想
コヴェナント

2018年、アフガニスタンに駐留するアメリカ軍の曹長ジョン・キンリー(ジェイク・ギレンホール)は、新たな通訳としてアーメッド(ダール・サリム)を雇う。ウラの情報に精通するアーメッドの協力を得てタリバンの武器庫を探り当てて襲撃する。タリバンの増援部隊の反撃にあってジョンとアーメッドを残して部隊は全滅する。二人は100キロ以上先の基地への帰還を目指すが・・・という話。

この手の話だと、実話に基づくストーリーということが多いが、本作はフィクション。
なのだが、少人数部隊同士の戦闘シーンはとてもリアリティがあり、ギレンホール自身がベテランの兵士であったかのように思えるし、倒しても倒しても増援がやってくる敵に、観ている方もまさに手に汗握る迫力を感じた。
やや味方のタマが当たりすぎるきらいはあるが。

命の恩人であるとはいえ、除隊後に現地人の通訳を救出しにいくだろうか?

実話だと「そういうこともあるんだ、そういう崇高な人格もあるんだ」とでも思うことができる。
しかし、フィクションと知っている観客を説得?するには強力な筋立てか演出が必要だと思う。本作はその点がとてもうまくて、ジョンが必ずしも友人愛だけでアーメッドを(多額の借金をして命を再び危険にさらしてまで)救出しにいったわけではないことを上手に描いていて、納得性がとても高い。

ちょっとだけ登場するジョンの奥さん:キャロラン(エミリー・ビーチャム)も抑えた感情表現がうまくて良かった。

アフガニスタンの場面でやたらと犬が登場する。特に本場のアフガン・ハウンド?が印象的だった。

2時間くらいの長さもちょうどいい。


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ブンヤ暮らし三十六年

2024年09月08日 | 本の感想
ブンヤ暮らし三十六年(永栄潔 草思社)

朝日新聞記者で、その後系列の月刊誌などで活躍した著者の回想記。

2015年に出版された本で、発売直後に買ったまま読んでいなかった。なので今読むと多少古めかしい感じ(一人称が「不肖」だとか)だし、話題も著者と同年代の人ならともかく、今の若い人が読んでもピンとこないのではないかと思う。

著者は、朝日の中では右の方だったっぽくて、会社の方針に逆らうような行動も多かったようだが、まあ、このへんは気取りなのかもしれない。

著者自身が何度も言っているのだが、新聞記者って本当に誰にでも会ってもらえるようだ。それに、拒絶すると早朝や夜中に自宅に押しかけるのだから、それなら昼間に会社で会った方がいい、と思うのかもしれない。

著者は経済担当だった時には、30代くらいの(あまり業界に詳しくもない)若造に、広報担当者や重役、場合によっては社長がひれ伏すように応対してくれるのだから、よほどの人格者でないと態度が傲慢になっていくのもやむを得ないだろう。

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幽玄F

2024年09月08日 | 本の感想
幽玄F(佐藤究 河出書房新社)

幼い頃から飛行機に憧れ、パイロットを目指してきた易永透は航空学校から航空宇宙自衛隊にはいり、F35ステルス戦闘機のエースとなるが・・・という話。

三島由紀夫の超音速戦闘機搭乗体験記「F104」を意識して書かれた作品。
飛行機の操縦とそれ以上にスピードを追求した主人公がハードボイルドでかっこいい。ちょっと前に読んだ「テスカトリポカ」は話がバラけがちだったが、本作はテーマに向かって収束していく感じがよかった。
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めざせ!ムショラン三ツ星

2024年09月07日 | 本の感想
めざせ!ムショラン三ツ星(黒柳桂子 朝日新聞出版)

岡崎の刑務所で栄養士として現役で働く著者の仕事を描く。

栄養士といっても、献立を考えるだけではなく調理指導も業務で、作るのは受刑者だから、いくら監視する刑務官がいるといっても、著者も初めはびびったらしい。ただ、炊場(調理室のこと)で働くのは模範囚に限られるそうだ(刃物を扱うため)。

刑務所で大切なのは平等だという。数物と呼ばれ、個数を一目瞭然に数えられる献立では各人の個数が同じになるように非常に気をつかうそうだ。

刑務所のように、日常の楽しみがない世界ではメンバーの興味はとにかく食事に絞られて、特に刑務所では原則として嗜好品は許されないので、たまに出される甘いもの(ぜんざいとか。ドーナツもあるらしい)にとにかく人気があるらしい。

また、インスタント食品も普通は出ないそうで、著者が年末にカップうどん(そばはアレルギーの可能性があるのでダメ)を、調理法を工夫してのびないように出したときはたいそう喜ばれたという。

岡崎は男性を収容しているので炊場に配属されても調理は素人、という人ばかりなのだが、なかには作業に習熟して調理師免許を取るケースもあるのだとか。

田中角栄が拘置された時、規則正しい生活と食事で糖尿病の症状が良化した、と聞いたことがあるが、本書でも収監後に20キロ減量できた例が出てくる。私は軍隊や刑務所、あるいは修道院みたいなところで24時間管理されて規則正しく生活することに妙な憧れがある。本書を読んでみたのもそのせいなのだが、本書を読んで3日くらいなら刑務所生活もいいかも・・・とあらためて思ってしまった。
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地球行商人 味の素グリーンベレー

2024年09月06日 | 本の感想
地球行商人 味の素グリーンベレー(黒木亮 中央公論新社)

会社情報誌などの味の素の寸評に、海外で独自販売網を持つ、みたいな表現をみかけることがある。味の素のような大きな会社だったら、商社や現地の代理店にまかせっきりなんだろうな、と想像されるところだが、本書で紹介されているように、日本人社員(精鋭?部隊であることからグリーンベレーと呼ばれる)が、現地の人を雇って正真正銘の直販体制を築いているらしい。

それも欧米のような国ではなくて、東南アジアやアフリカといったまさに未開拓マーケットをイチから掘り起こしているのだからすごい。

本書ではアラブの春の頃のエジプトの革命発生の頃が描かれるが、出歩くのも危険な情勢下で、何事もないように現地の市場で営業活動を(日本人社員を含めて)行っているシーンが描かれている。その日本人社員が誰でも知っているような一流大学卒というのにも驚かされる。「こんな仕事やってられるか!」とか言ってすぐにも転職しそうな気がするのだが・・・

一方で、ライバルのネスレ(マギーブイヨンブランドでうまみ調味料を販売している)は、正反対の手法をとっている。
現地の店(店といってもバザールで一人で経営されているようなものなのだが)一軒一軒を巡る味の素のような手法(いわゆるドブ板営業)ではなく、進出と同時に巨額の宣伝・販促費用を投入する空中戦法。どちらが効率的なのかを検証してもらいところだが、本作では味の素(の社員)を称賛するだけに終わっている。

グリーンベレーの首領?(黎明期から海外市場を開拓してきたベテラン)の人は現地を監督しに巡るのだが、その際、現地に派遣された日本人社員がどんなレストランに自分を連れて行くのかで現地への浸透度合いをはかっていた(高級レストランとかではなく、現地の人が日常的に利用するうまい店につれていけば合格)というのが面白かった。
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バンクーバーの朝日(小説)

2024年08月30日 | 本の感想
バンクーバーの朝日(小説)(西山繭子 マガジンハウス文庫)

1930〜40年代、カナダ移民の二世中心に結成された野球チーム:朝日軍をモチーフに、差別とアイデンティティの確立に悩む移民二世を描く。

本作が映画の原作なのかと思ったら、解説によると著者が映画をみてノベライズしたものらしい。

移民というとアメリカやブラジルしか思い浮かばないのだが、カナダへの移民も(二世が野球チームを作れるのだから)相当に大規模で長期にわたったものだったようだ。

現地?チームに全く歯がたたなかった移民チームが活路を見出したのはバントや走塁を中心にしたスモールベースボールだった。
後世から見ると当たり前のようにみえてしまうが、そんな戦法を誰も実践していなかった当時では革新的だったはずで、そういう工夫を考え出すあたりが日本移民二世らしい、と考えるのは身びいきがすぎるだろうか。
もっとも本作では、主人公のレジー(礼治)がスモールベースボール的戦術を思いつくのは、当りそこねが偶然ヒットになったことだったのだが。
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新!店長がバカすぎて

2024年08月30日 | 本の感想
新!店長がバカすぎて(早見和真 角川春樹事務所)

吉祥寺にある武蔵野書店本店に勤務する谷原京子は、本好きで契約社員から正社員になった。しかし日常業務ではストレスがたまるばかり。その主な要因は山本店長だった。一時他店に転勤になっていたのだが、本店に戻ってきたのだ・・・という話。

本作は「店長がバカすぎて」の続編なのだが、正編を読む前につい読んでしまった。書店員のやりがいと悩みをギャグを交えて描くのだが、ほとんどの部分が後者(悩み)の方にさかれていて、本作では店長に加えて会社の跡継ぎの専務も登場して主人公:谷原京子は翻弄?される。

よくあるパターンとして、主人公の悩みのタネだった人もよくよく思い返してみると実はいい人で陰ながら主人公を支えていたのだった・・・みたいなのがある。
本作もそうなんだろうと思って読んでいると、専務はそのパターンに近く落ち着くのだが、店長の方は最後まで変人のままで、主人公とわかりあえることは決してない、というのが面白い。(第5話(新店長がバカすぎて)だけが店長視点で書かれていて、前記のパターンだったか、と一瞬思わされるのだが、すぐに覆されてしまう)
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秋期限定栗きんとん事件

2024年07月28日 | 本の感想
秋期限定栗きんとん事件(米澤穂信 創元推理文庫)

新聞部の瓜野は、発行した新聞がすぐにゴミ箱に捨てられるような状況に腹立ち、新聞部独自のネタにしようと連続放火事件を追う。瓜野は放火場所の関連性に気づき学校新聞に次の放火場所を予言し、それは見事に的中したかに思えた。
瓜野の話とは別に、小佐内と訣別?した小鳩と新聞部部長の堂島は犯人は小佐内ではないかという懸念を抱いて犯人探しをするが・・・という話。

ミステリになるのか?みたいな小さな事件だが、犯人さがしもサスペンスも十分で、ハラハラしながら読み進むことができる。本作ではミスディレクションが効果的で種明かしを楽しめる。

小悪魔どころかルシフェルのように悪賢い小佐内さんの魅力も十分にたんのうできる。小佐内さんなら自らの復讐を遂げるためには世界をも破滅させかねないぞ。
もう小佐内さんを多少なりとも制御できるのは小鳩くんしかいない。恐ろしいことだ。
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紳士の黙約

2024年07月21日 | 本の感想
紳士の黙約(ドン・ウインズロウ 角川文庫)

サンディエゴの海沿いに住むサーファーで探偵のブーン・ダニエルズは、サーファー仲間から妻の浮気調査を依頼される。一方、伝説的なサーファー:K2が近所のダイナーで殺害される。犯人として逮捕されたコーリーの弁護士に(刑を軽くするための)調査を頼まれる。コーリーの行動には不審な点があり、ブーンは引き受けるが、サーファー仲間からは白眼視される・・・という話。

「夜明けのパトロール」に続くシリーズ第二弾。といっても出版されたのは10年以上前。「夜明けのパトロール」がとてもよかったので、続編を読もうとしていたのを、なぜか最近になって思い出して読んでみた。
ミステリとしての事件解決もまあまあ面白いのだが、ブーンのキャラ(少々ハードボイルド過ぎて現実味が薄いが・・・本作でもなぜブーンがコーリーの調査を引き受けるのかはイマイチ理解しがたい)や、サーファーとしての暮らしぶりの描写の方がむしろ魅力的。

アメリカの西海岸を舞台にした小説や映画は数多いが、最近はほぼ例外なくメキシコの麻薬カルテルが(多くの場合、主人公の敵の黒幕として)登場する。
フィクションなのだ多少オーバー気味表現になっているのかもしれないが、日本の反社的な組織に比べると資金力や暴力のレベルが格段に上のように思われる。気に入らないヤツがいれば、即誘拐して拷問して殺す、みたいなイメージ??
現実世界もこれに近いかもしれない、と思うとなんとも恐ろしい。
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頬に哀しみを刻め

2024年07月16日 | 本の感想
頬に哀しみを刻め(S.A.コスビー ハーパー)

黒人のアイクは庭園管理を行う小さな会社の経営者。息子のアイザイアはゲイで男性のデレクと結婚していたが、二人は銃撃され殺害されてしまう。デレクの父で白人のバディ・リーは進展しない捜査にいらだち、アイクにともに犯人探しをしようと誘う。アイクは気乗りしないが、ある事件をきっかけにバディの提案に乗ることにする・・・という話。

殺された息子たちは人種は違う(黒人と白人)が夫婦で、代理出産させた娘を育てており、二人ともに親たちはゲイに理解がなく息子たちを受け入れることができない。アイザイアの父はかつてはギャングの有力メンバーで殺人罪で服役経験があり、デレクの父はアル中で銃器の扱いに習熟している・・・という設定だけでも読む前からクラクラしてくるが、アメリカではありふれた光景なのだろうか。

主人公がスネに傷持つ身という設定はよくあるが、その傷はやむにやまれない事情があってのもので、本当はいい人なんですというパターンが多い。
本書の主人公のアイクはそういう類型から遥かに遠い。発想が非道なギャングそのもので、終盤にアイクが思いつく一発逆転のアイディアは、これまでに読んだり見たりしたことがないような(主人公としては)極めて悪辣(だが痛快でもある)なもので、読んでいる方がびっくりしてしまった。そこの辺りが本書の強い魅力になっていると思う。
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自分はバカかもしれないと思ったときに読む本

2024年07月14日 | 本の感想
自分はバカかもしれないと思ったときに読む本(竹内薫 河出書房新社)

著者は小学校3年の時、親の仕事の関係で何の準備もなくアメリカの学校に通うことになる。英語が全くできなかったが、算数を手がかりにして(アメリカでは九九がなく、九九をマスターしていた著者は大きなリードがあったそうである)「バカ」を克服していく。その体験(だけではないが)をもとに「バカ」を克服するにはどうしたらよいのか?の具体論を書いた本。

ここでいう「バカ」とは純粋に学習能力に関するもので世間知とか要領の良さみたいなものとは関係ない。肝心の「バカ」の克服法は、有体にいうと平凡。「まあ、おっしゃる通りだけど、それができれば苦労しないよなあ」と感じてしまった。

世の中で、自分のことをバカだと思っている人はそんなに多くないと思う。例え学習能力が極端に低かったとしても多くの人は別の点でプライドを持っていて、第三者から見るとそうしたプライドはたいてい「イタイ」ものなのだが、本人は決してそうは思っていない。というかそういうものが皆無の人は生き続けていくのが難しいのではなかろうか。

「多様性を失うと、集団はバカになる」、覆面算(かなり考えたけど解けず)、フェルミ推定、フィードバックに鍛えられて著者はTVのナマ放送に対応できるようになった、という話が面白かった。
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宙わたる教室

2024年07月14日 | 本の感想
宙わたる教室(伊与原新 文藝春秋)

都立東新宿高校定時制に通う柳田は、ディスレクシア(難読症)だったが、計算や学習能力は高かった。教師で研究者でもある藤竹の指導で火星のクレーターの再現実験を始める。同じクラスのアンジェラ(40代の料理店経営者)、名取(保健室の常連)、長嶺(もと町工場の経営者。70代)とともに、火星の環境の再現性を高めるために「重力可変装置」を考案する・・・という話。

大阪の定時制高校が2010年代に滑車を利用した重力可変装置を開発して様々な実験を行ったという実話に基づいている。同校は、コンテストで受賞したばかりか、その開発した装置の原理はJAXAでの実験にも導入されたそうである。

数学の教師である藤竹の口癖は、「自動的にはわからない」。数学をマスターするには手を動かして式や図を書くことが重要、という意味合いなのだが、本作のテーマに通じるものがある。名誉や報酬を求めるのではなく、実験を成功させたいという一心から様々な工夫をして困難を克服していく柳田たちの姿は、勉強とか研究とかを超えて人生の一つの真実を顕現しているように見えた。

実は藤竹にはある隠された目的がある。アメリカに留学中に知った貧しいナバホ族の若者がラジエターを応用した太陽熱暖房機を開発したことに端を発するものなのだが、確か昔「理系の子」で読んだエピソードのことのようで懐かしかった。

ディスレクシアは字のフォントを変えるだけで読めるようになることがある、なぜ空は青いのか(レイリー散乱による)、火星探査機オポチュニティーが自ら作った轍を撮影した写真(すぐ検索してみた)などの、所々に挿入される理科的エピソードも楽しかった。
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