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清水克行『室町は今日もハードボイルド』第4部第15話「荘園のはなし」:荘園の領域は「聖なる空間」とされた!「刑罰」の本質は「お清め」「お祓(ハラ)い」である!

2023-05-12 19:40:20 | 日記
※清水克行『室町は今日もハードボイルド、日本中世のアナーキーな世界』2021年:第4部「過激に信じる中世人」(「信仰」)
第4部第15話「荘園のはなし、ケガレ・クラスター」
(1)「荘園」とは「中央貴族や寺社による私的大土地所有の形態」だ!
(a)「荘園」とは奈良時代から室町時代(つまり古代から中世)(※8-16世紀の900年間)にかけての「中央貴族や寺社による私的大土地所有の形態」のことである。(219頁)
(a)-2 現在の発展途上国などで、都会に住む一握りの大地主たちが地方の広大な農園を独占的に支配する形態に似る。(219頁)
(a)-3 「荘園」といっても「広さ」は様々だ。近衛家の南九州の「島津荘」は薩摩国・大隅国を合わせた地域だ。他方で小さなものは東寺の「拝師荘(ハイシノショウ)」(京都市)で11町(11ha、約330m四方)にすぎない。(219頁)
(a)-4 荘園から「荘園領主」への上納品である「年貢」は米、絹、鉄、など様々だった。(219-220頁)
(a)-5 荘園の管理職は「下司」(ゲシ)、「預所」(アズカリドコロ)、「公文」(クモン)など様々に呼ばれた。(220頁)

(2)荘園の領域は「境内」と呼ばれ、他とは違う「聖なる空間」とされた!
(b)日本中世の荘園は「聖なる空間」だった。元来、貴族や寺社が荘園の「私有」を許されたのは、彼らの職務である儀式(「国家鎮護」)や法会(ホウエ)(「仏法(ブッポウ)興隆」)を執り行うための経費を保障するためだった。(221頁)
(b)-2 かくて荘園領主は荘園の中心地に「鎮守」と呼ばれる守り神を祀った。Ex. 藤原氏の荘園なら氏神の春日神社。Ex. 荘園領主が武家なら武門の神の八幡神社(応神天皇)。Ex. 延暦寺の荘園なら比叡山の地主神の日吉ヒヨシ(日枝ヒエ)神社。荘園の領域は「境内」と呼ばれ、他とは違う「聖なる空間」とされた。(221頁)
(b)-3 荘園の境界には「牓示石(ボウジイシ)」が置かれることもあった。それはしばしば巨石であり「さわることや動かすことのタブー」が地元に語り伝えられることが多い。(221-2頁)

(3)荘園空間の清浄性の維持:犯罪者の荘外への「追放」と、その住宅の「焼却処分」!「刑罰」の本質は「お清め」「お祓(ハラ)い」である!
(c) 「ケガレ」は一般的に「死」や「血」に接近することで発生したが、「聖なる空間」である荘園では「犯罪」も「ケガレ」(穢れ)とされた。(222-3頁)
(c)-2 「犯罪」(Ex. 盗み・殺人)によって発生する「ケガレ」に対しては「清め」を行わねばならない。また犯罪のケガレは伝染する。かくて犯罪者の自宅、さらに盗品が置かれた別の家があればそれも「ケガレ」るので「清め」が必要となる。「ケガレ・クラスター」の発生を防がねばならない。(223-4頁)
(c)-3 「犯罪=ケガレ」に対する「罰」は荘園社会ではどのようなものだったか?①「死刑」は「死」のケガレ(死穢)が発生するので「罰」として採用されない。②「禁固刑」という刑罰も中世荘園ではダメである。犯罪者を荘内にとどめればケガレ(犯罪穢ハンザイエ)がいつまでも「聖なる空間」にととどまってしまう。(224-5頁)
(c)-4 かくて当時の荘園で最もポピュラーな刑罰は犯罪者の荘外への「追放」と、その住宅の「焼却処分」だった。こうして荘園という「聖なる空間」の清浄さが保たれた。(225頁)
(c)-5 荘園内の犯罪に対する「刑罰」は、「お清め」「お祓(ハラ)い」がその本質である。(225頁) 
(4)軽微な犯罪の場合の荘園の「刑罰」:「注連縄を張る」、「神宝を振る」、「ホラ貝を吹く」、「神灰をまく」!
(d)軽微な犯罪の場合、荘園の「刑罰」(「お清め」「お祓(ハラ)い」)として次のようなものがあった。
(ア)「注連縄(シメナワ)を張る」:犯罪者の家や田畠に注連縄を張り、その場所を封鎖し神仏のものに変貌させ、禍々しいケガレを除去する。(226頁)
(イ)犯罪者の家の前で「神宝(鎮守の神宝や神輿)を振る」という制裁を加える:荘園の鎮守神が降臨しケガレを除去する。(一種の嫌がらせ、不届き者への警告でもある。)(226-7頁)
(ウ) 犯罪者の家の前で「ホラ貝を吹く」:仏具としてのホラ貝は「諸罪障を滅する功徳」がある。(227頁)
(エ)「神灰(シンパイ)をまく」(伊勢神宮):伊勢神宮の命令を聞かない者たちの家に対して「神灰」(護摩で焼け残った灰)をまく。神灰は周囲に飛散し荘民に対する威嚇にもなる。Cf. 「護摩」は神仏のまえで木や札を焚いて祈念する宗教行為。(227-228頁)

(5)「聖なる空間」としての荘園制の終焉!
(e)「聖なる空間」としての荘園制もやがて終焉する。例えば、1503年、播磨国の鵤荘(イカルガノショウ)の殺人事件で、殺人犯の住んでいた自宅は荘園領主の処分の対象(本来ならケガレているので焼却処分される)となったが、そのケガレた家を買い取りたいという有力者が現れ、他方この荘園の現地代官は(焼却処分せずに)あっさり住宅を売り渡した。(228-9頁)
(e)-2 買い取りを名乗り出た有力者に、自分が事故物件を買って「ケガレ」が伝染するという危惧は何もない。住宅を焼き払わずに売り渡してしまう代官にも「聖なる空間」を維持しようとする意識はない。(228-9頁)
(e)-2-2 買う方は「たまたま家がほしいと思っていたところに、いい出物があった」というぐらいだし、売る方も「焼いて灰にしてしまうぐらいなら、すこしでもカネに替えよう」という感じだ。彼らに「ケガレ」に対する躊躇はない。(229頁) 
(5)-2 荘園制の下から徐々に人々の生活共同体としての「ムラ」が立ち現れてくる!   
(f)1504年、和泉国の日根荘では、犯罪者の住宅を村人たち全員が「村預かり」としてもらい受けることを、荘園領主に提案した。(229頁) 
(f)-2 この時期、荘園制の下から徐々に人々の生活共同体としての「ムラ」が立ち現れてくる。そんななかで、ムラの人たちはメンバーの家を簡単に没落させず、共同で保持していこうという姿勢を見せた。犯罪者の家でも、共同体(ムラ)の利益のために経営体を存続させようとするムラの存在!彼らに「ケガレ」に対する躊躇はない。(229頁)
(5)-3 生活者の観点からの「実利的な問題」の優先!
(g)この時期(16世紀)の社会には、従来の「聖なる空間」における「ケガレ・クラスター(穢れの伝染)」の問題よりも、生活者の観点からの「実利的な問題」を優先する動向が広がっていた。荘園制の「聖なる空間」を維持しようという意識は、そこにはもはやうかがえない。(229頁)
(g)-2 教科書は「中世の荘園制は豊臣秀吉による太閤検地によって解体された」と説明する。しかし15世紀後半には、庶民たちの実利的な行動・判断によって「聖なる空間」としての荘園を支える心性は、すでに空洞化していた。(229-230頁)

(5)-4 中世荘園の「聖なる空間」を支えた重要アイテムの零落:江戸時代!
(h)江戸時代には、中世の人々が恐れた「法螺を吹く」は、「大言壮語する」という語義に意味合いを変えた。(230頁)Cf. 中世の荘園において犯罪者の家の前で「ホラ貝を吹く」ことは「諸罪障を滅する」ための清め・御祓いであり、「刑罰」だった。(227頁)
(h)-2 また江戸時代には「護摩の灰」(神灰シンパイ)は、霊感商法でご利益を偽る「詐欺師」と同義になった。Cf. 中世の伊勢神宮の荘園において「神灰(シンパイ)をまく」ことは「刑罰」であり、荘民に対する威嚇だった。(227-228頁)
(h)-3 中世荘園の「聖なる空間」を支えた重要アイテムも、新しい時代(江戸時代)の到来とともに、意味を零落させた。

《感想1》Max Weber (1864~1920)の「魔術からの解放」(Entzauberung )という見解がここでも確認される。人類史は合理化(理性的・実利的な行動・判断)の進行である。それは魔術・呪術の否定の過程だ。
《感想2》ただし現在、政治の領域では、フェイク・ニュースや、AIにより構成されるリアルとフェイクのアマルガム的現実によって、再び「魔術化」が進行する。ただしこれは「非理性化」だが、「非実利化」ではない。
《感想2-2》なお「魔術からの解放」は「合理化」であるが、「合理化」には「理性化」と「実利化」の二面がある。
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