DIARY yuutu

yuuutunna toki no nikki

高田敏子(1914-1989)「影」:喜びを悲しみが裏打ちする。だがそれは美しい。

2018-04-30 21:24:48 | 日記
 影 A Shadow 

不意に
あなたが
いなくなる
そのようなことが
ありませんように
Sudenly, you dissapear. I hope such a thing never happens.

散り敷く花びらの
上に
樹の影
There is a shadow of a tree on petals scattered from blossoms to the ground.

人の形した
樹の影
The shadow has a shape of a person.

《感想1》
悲しみの詩。愛する者が失われる不可避性への悲しみ。
《感想2》
「あなた」(人)の存在は「影」のようなものなのだ。今、幸せの局面。(「花」)だがそれは、不安定な幸せ。散ってしまう花びらのよう。(「散り敷く花びら」)
《感想3》
人を愛する喜びと悲しみ。愛する人が、あたかも「人の形した樹の影」に思える。喜びを、悲しみが裏打ちする。
《感想4》
だがそれは美しくもある。だから「影」は「花びらの上に」ある。
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①多数の宇宙(モナド)の間で確実に共有されるのは物のみ。言葉は、音声または文字としては物だ。②多数の宇宙(モナド)の出会いでは、個別の経験は、物である言葉で示され、個別性を失い、意味化=イデア化する。

2018-04-30 20:37:04 | 日記
(1)
誤解ばかりだった。君が相手を誤解し、相手が君を誤解する。君は笑われる。喜劇だ。君は侮蔑され攻撃される。悲劇だ。
(2)
変わらぬ登場人物が君だ。相手は次々と変わる。君は世界の中心だ。全く困ったことだ。なぜ世界に「ここ」が出現し、「ここ」が君なのだ?世界は「ここ」を中心に出現する。なんという世界だ!
(3)
多数の宇宙(モナド)の出会いは、極めて粗暴・粗雑だ。(この意味は、原理的に、《個別の経験は、言葉で示された限りで、個別性を失い、経験の重なりにおける共通点としての意味=イデアとしてのみ把握される》、すなわし《個別の経験は、イデアの範例になる》ということだ。)
(4)
多数の宇宙(モナド)の間で確実に共有されるのは物のみだ。言葉は、音声または文字としては物だ。
(5)
言葉(音声or文字)は、それ自身重なりつつ自らをイデア化する。他方でその言葉を含みつつ(言葉以外に注視が向けられたかぎりでの)重なる経験をイデア化(意味化)する。イデア化された重なる言葉(音声or文字)とイデア化された重なる経験は、重なる経験そのもの内で重なる言葉と状況の連関(指示関係)をイデア化する。
(6)
恐るべき言葉(人が強制的に従わざるを得ない言葉)は、次の通り。①数学の言葉、物理学の言葉、化学の言葉、建築学の言葉、軍事工学の言葉、コンピューター工学の言葉、医学の言葉、経済学の言葉等々、実学(論理学=数学、自然科学、社会科学)の言葉。また②国家・団体・個人における行動を規定する法律の言葉等々、規範・規則の言葉。(Ex. 契約の言葉は法律の言葉に従う。)
(6)-2
恐れなくてよい言葉もある。③慰めの言葉、冗談の言葉、物語りの言葉、詩の言葉、遊びの言葉、音楽を生み出す言葉(技法)、造形芸術を生み出す言葉(技法)、スポーツを生み出す言葉(技法・ルール)、口説きの言葉、和解の言葉;等々、人々の心の平穏・平和・善意・敬意・社交・友好・高揚(躍動)・楽しみ・荘厳の言葉。
(6)-3
④不穏・戦闘・悪意・侮蔑・断交・敵対・委縮・苦しみ・みすぼらしさの言葉もある。
(7)
《音声または文字として物である言葉》は、イデア化されつつ、多数の宇宙(モナド)の間で確実に共有される。そして、その言葉は、《重なる経験そのもの内で重なる言葉と状況の連関》がイデア化されつつ、その《イデア化された連関》に従って、《イデア化された重なる経験》(言葉の意味)を連関づける(指示する)。
(8)
新しく到来(存在)することになった宇宙(モナド)は、他のモナドとの共体験(感覚・感情・欲望・意図・思考の身体接触可能な対面的状況)のうちで、イデア化された《物(音声または文字)としての言葉》、イデア化された《(重なる経験そのもの内で重なる)言葉と状況の連関》、そしてその《イデア化された連関》に従って《イデア化された重なる経験》(言葉の意味)が連関づけられる(指示される)ことを、繰り返し経験する。これが言葉を学ぶことと呼ばれる。
(8)-2
かくて新しく到来(存在)することになった宇宙(モナド)は、イデア化された言葉、イデア化された指示関係、イデア化された重なる経験の中に、住むこととなる。つまりイデア化を意味化と言いかえれば、新しく到来(存在)した宇宙(モナド)は、イデア化=意味化された世界に住む。
(8)-3
なお、ここで言葉の対象とは、個別の経験のことだが、個別の経験は、言葉で示された限りで、個別性を失い、意味化=イデア化する。
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中原中也(1907-1937)「月夜とポプラ」(1935年、28歳):「死が何であるかは、死んでみないとわからない」!

2018-04-29 21:33:58 | 日記
 月夜とポプラ Moonlight night and a poplar

木(コ)の下かげには幽霊がゐる Under a tree, there is a ghost.
その幽霊は、生まれたばかりの
まだ翼(ハネ)弱い蝙蝠(カウモリ)に似て、 The ghost looks like a newborn bat that has weak wings.
而(シカ)もそれが君の命を
やがては覘(ネラ)はうと待構へてゐる And it is also prepared for eventually killing you.
(木の下かげには、かうもりがゐる。) (Under a tree, there is a bat.)
そのかうもりを君が捕(ト)つて
殺してしまへばいいやうなものの It seems better that you catch and kill the bat.
それは、影だ、手にはとられぬ But the bat is still only a shadow. Therefore you can't catch it.
而(シカ)も時偶(トキタマ)見えるに過ぎない。 In addition, you can see it only once in a while.
僕はそれを捕つてやらうと、
長い歳月考へあぐむだ。 In order to catch it, I have been planning for a long time.
けれどもそれは遂(ツイ)に捕れない、 However I have not caught it after all.
捕れないと分かった今晩それは、
なんともかんともありありと見える―― Tonight, now I have realized that I can't catch it, I can clearly see it to my vexsation.

《感想1》
木の下は、幽霊の居場所。薄暗いから。また幽霊は、蝙蝠に似る。蝙蝠は黒く、顔は醜く、夜飛翔し、不気味で不吉とされるから。(可愛そうな蝙蝠!)
《感想1ー2》
死者は無に帰ったはずだから、幽霊として姿を現すと、日常の現実のルールからはずれ、不気味だ。また幽霊は、死を体現するので不吉だ。
《感想2》
詩人は、不気味で不吉な死を発見し、その正体をとらえたい。ただし、まだその出現した死は、死そのものでなく、死の影にすぎない。君が命を取られるのは、つまり死そのものに会うのは、先の話だ。
《感想3》
詩人は、死を捕らえて、殺してしまいたい。だが(死の影でなく)、死そのものが、君に姿を現すとき、それは君の死だから、生きている君が、死を捕らえることはできない。
《感想3ー2》
生きている君が見る、あるいは知る死は、結局、死そのものでなく、死の影だ。
《感想4》
死は、本人にとっては、規定できない事態だ。ただし死は、「おそらく無であろう」と、自己の類似物である他者の死から、推定される。
《感想4ー2》
自然の諸規則(または法則)が、自己の類似物である他者と同様、自分にも適用される。かくて、これまで他者がすべて(これはくまなく確認したわけでないが)死んだことは、君が死ぬ確率も極めて高いと推定させる。(これが普通、死の必然性と呼ばれる。)
《感想5》
「死が何であるかは、死んでみないとわからない」と冗談に言われるが、この詩は、その冗談を詩にしてみたわけだ。
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①「和」を保ち、つまり互いを寛容のもとに包摂し、様々の考え方の者たちからなる全日本国民の幸福を実現することが、最も「日本」的だ!②ナショナリズムは「お国自慢」として文化的な主張であるべきだ!

2018-04-29 01:28:14 | 日記
(1)
「反日」とは何か?「日」つまり「日本」とは、日本国民全体のことだ。「日本」国家の目的は、日本国民全体の幸福だ。「反日」とは、日本国民全体の幸福に反することだ。
(2)
日本国民には、様々の考え方の者たちがいる。そのすべての日本国民の幸福を実現することが、最も「日本」的だ。
(2)-2
様々の考え方の者たちからなる全日本国民の幸福を実現するためには、日本国民の「和」が不可欠だ。日本国民の「和」を保ち、様々の考え方の者たちからなる全日本国民の幸福を実現することが、最も「日本」的だ。
(3)
日本国民の「和」を保つとは、様々の考え方の者たちからなる日本国民全体を、寛容のもとに包摂することだ。
(4)
ある日本国民が、他の自分の考えと異なる日本国民に対し、「反日」と言って、寛容のもとに包摂できないとしたら、つまり日本国民の「和」を破壊するとしたら、それは非「日本」的だ。「反日」と呼んで他の日本国民を認めることができない者は、日本国民の「和」を破壊する点で、非「日本」的だ。
(5)
様々の考え方を自由に戦わせ、日本国民全体にとって何が最良かを、探しだすことが、重要だ。一人の日本国民も排除せず、日本国民全体の幸福を実現するために、自由な議論を戦わせ、最良の策を探すのが、正しく賢明な日本人のあり方だ。
(6)
宇宙的に見れば、君はたまたま日本人に生まれた。しかし生まれ育った国の「お国自慢」は当然だ。「住めば都」だ。ナショナリズムは「お国自慢」だ。かくてナショナリズムは、文化的な主張であるべきだ。これに対し例えば、政治的ナショナリズムは、しばしば、日本国民の「和」を破壊し、意見の異なる日本国民を排除する点で、全日本国民の幸福の実現に、有益でない。
(7)
日本国民とは、法律的に日本国籍を持つ者全体だ。
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金子みすゞ(1903-1930)「美しい町」:生きられる絵画世界は、虚構でなく、現実だ!

2018-04-28 19:08:20 | 日記
 美しい町 A beautiful town

ふと思い出す、あの町の、
川のほとりの、赤い屋根、

Suddenly, I remember a red roof near the river in that town.

そうして、青い大川の、
水の上には、白い帆が、
しずかに、しずかに動いてた。

And on the water of a blue big river, a sail of a ship moved very quietly.

そうして、川岸(カシ)の草の上、
若い、絵描きの小父さんが、
ぼんやり、水をみつめてた

And on the grass of a bank, a young man who was painting looked at the water absent-mindedly.

そうして、私は何してた。
思い出せぬとおもったら、
それは、だれかに借りていた、
御本(ゴホン)の挿絵でありました。

And what did I do? I can't remember, for all of them were pictures of a book I had borrowed from someone.

《感想》
絵画の中に生きるとき、その生きられる絵画世界は虚構でなく、現実だ。
日常の現実からみる限りでのみ、絵画世界は、虚構つまり絵画と呼ばれる。
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