臆病なビーズ刺繍

 臆病なビーズ刺繍にありにしも
 糸目ほつれて今朝の薔薇薔薇

一首を切り裂く(087:閉・其のⅠ・妻たる我よ盲目であれ)

2012年04月22日 | 題詠blog短歌
(紫苑)
○  厨辺のましろき湯気に閉ざされて妻たる我よ盲目であれ

 自分自身の美貌を鼻にかけているような女性なら誰しも、“盲目願望”に囚われる瞬間があるものだと言う。
 本作の作者・紫苑さんは、あるジゴロ風の男性の内縁の「妻」として夕餉の煮炊きをする為に「厨辺」に立っている時、琺瑯鍋から立ち込める「湯気に閉ざされて」いる自分の眼を擦りながら、ふと盲目願望に囚われたのでありましょうか?
 〔返〕  キッチンにましろき湯気の立ちこめて美しき妻女の姿見えずも


(西中眞二郎)
○  ペットショップと名を変えていし金魚屋もいつしか閉ざされ風の冷たき

 「金魚屋」が熱帯魚ショップに商売替えをし、熱帯魚ショップが「ペットショップ」に商売替えをして行った、我が日本国の愛玩動物小売店史の大きな流れ(少々大袈裟な言い方かしら?)は、私たちの年代の者の多くが直接的に接して知るところである。
 本作の作者・西中眞二郎さんは、私・鳥羽省三とほぼ同年代のご仁であり、加えるに、元・通産官僚として、我が国の産業振興の為に直接的に働いて来たご仁でありますから、「ペットショップと名を変えていし金魚屋」が「いつしか閉ざされ」た時に吹く「風の冷た」さを、人一倍強く感じたのでありましょうか?
 〔返〕  逆さクラゲがラブホテルと名を替えてからは一度も入ったことがない   鳥羽省三


(アンタレス)
○  格子無き牢獄なりやわが日々はドア閉ざされぬ歩けず籠る

 「格子無き牢獄なりや」などと、殊更なる大袈裟なポーズで考え込む必要はありません。
 人間なら誰しも、自分自身が現在置かれている状況をそのまま受け入れ、尚かつ希望を捨てずに生きて行くしか手段を持たない存在ではありませんか?
 それとも、それを解っている上で、往年の著名な閨秀歌人・柳原白蓮を気取ってみたかったんですか?
 〔返〕  娘らと笑へる日々の又もあらむ今の命を懸命に生く   鳥羽省三


(行方祐美)
○  反閉の踏み方さへもしらぬまま五月の約束象りてをり

 短歌総合誌や結社誌などに投稿し作品を発表する場合は、難しくそれらしい言葉を並べ立てて選者や読者を幻惑させるような作品、言い方を変えれば、“虚仮脅かし的な作品を寄せるに如かず”と、結社歴半世紀余りの著名な歌人から聴いたことがあります。
 本作が、それに類する作品であるとは思われませんが、殊更に「反閉の踏み方さへもしらぬまま」と言い、それに続けて「五月の約束象りてをり」と言うような言い方は、必ずしも参加者各位の解釈可能な表現であるとは思われません。
 〔返〕  反閉の足踏みさへも知らぬまま三番叟の直面を舞ふ   鳥羽省三


(廣田)
○  夕立が過ぎゆく空を仰ぎ見て傘を閉じればふたりに戻る

 「夕立」に降られている最中には、相合傘をしていたのでありましょうが、「夕立」が過ぎてしまえば、お互いに後ろ髪を引かれるような思いをしながらも、一本こっきりの「傘」を閉じて、元の「ふたりに戻る」しかありません。
 〔返〕  夕立よ遣らずの雨よまたも降れ二人で一つの傘を差したい   鳥羽省三


(新田瑛)
○  二年間閉まったままであるはずのドアが全く錆びついていない

 新田ワールドと申しましょうか?
 苦役列車風ミステリーと申しましょうか?
 何とも奇想天外な出来事と思われます。
 〔返〕  二年間閉まったままの扉でもトステム社製は錆び付きません   鳥羽省三


(矢野理々座)
○  「目を閉じて何も見えず」のフレーズをボヤいていたか人生幸朗...

 作中の「人生幸朗」は十八歳年下の女性「生恵幸子」との夫婦コンビで「ボヤキ漫才」を演じて、一世を風靡した漫才師であった。
 彼らの得意芸の一つとして、著名な流行歌の歌詞のワンフレーズを槍玉に挙げて、それをボヤキ茶化すというワンパターンの語り口が挙げられる。
 例えば、人生幸朗が「リンゴは何にも言わないけれどリンゴの気持ちはよく分かる」と呟くようにして歌い、かつ「リンゴが物言うか!リンゴが物言うたら果物屋のおっさんがうるそうてかなわんやないか」とボヤく。
 同じく「昼寝をすれば夜中に眠れないのはどういうわけだ」と歌い、「当たり前やないか!そんなら昼寝すな!」
 同じく「若葉が街に急に萌えだした」と歌い、「若葉が燃えるか!あんなもン燃えてみィ。消防署のオッサン忙しいてどもならん!」とボヤく。
 同じく「祭りも近いと汽笛は呼ぶが」と歌い、「汽笛が物言いまっか。汽笛が物言うてみ、駅の近くの人らやかまして夜ねられへんがな」とボヤく。
 同じく「君のひとみは10000ボルト」と歌い、「人間の目ン玉電気か!私この歳なるまで目の玉に電気代払うたことないわ」とボヤく。
 同じく「小さい部屋の窓から見える 空の青さはわかるけど 空を広さがわからない」と歌い、「当たり前やがな!お前何考えて生きてんねん!長生きせえよ!お前やろ、デパートのエスカレーターの階段の数かぞえて一日日暮らしてるんは」とボヤく。
 「涙なんているもんか、バカヤロー!」と歌い、「さよならなんて、言えないよ。バカヤロー!!」と歌った後、続いて「わてが言いたい台詞やないかい、バカヤローー!」とボヤくといった、ワンパターンのボヤキ芸である。
 谷村新司のヒット曲『昴』の中の「目を閉じて何も見えず」を歌ったら、彼はどんなボヤキ言葉を呟いたのでありましょうか?
 〔返〕  「目を閉じたら何も見えんのが当たり前じゃ!目をしっかり開けて見とけ!このどアホめ!」 鳥羽省三


(今泉洋子)
○  一日のあらすぢの良き事のみを膨らませつつけふを閉ぢゆく

 若い頃は、その若さ故に一日・二十四時間が「あらすぢ」もストーリーも無く、瞬く間に過ぎてしまうものである。
 本作に於いて作者の今泉洋子さんは、私たち読者に、凡そ次のような二つの事項を報告しようとしている。
 <報告事項・その1>  私の一日・二十四時間はそれなりに長く、かつそれなりに変化に富んだものである、ということ。
 <報告事項・その2>  一日の日課を「閉ぢ」るに当たって、私は私自身のそれなりに長く、それなりに変化に富んだ一日・二十四時間の「あらすぢ」の中から「良き事のみを膨らませ」ることを習慣としている、ということ。
 以上、二項目の報告事項から判断するに、本作の作者・今泉洋子さんは、既に還暦を過ぎた女性であり、それでも尚且つ、明日への希望を抱くことを忘れないような乙女チックな女性でありましょう。
 就寝前の彼女は、昨夜から今までの出来事を振り返ってみて、「自作について、鳥羽省三から難癖をつけられたことは“無し”にしよう。今日の午後の“コスモス短歌会佐賀支部”の例会を於いて、自作作品が予想外の高点を得たことは“有り”にしよう。また、今日の例会会場に着て行った着物の柄の斬新さについて、友人の方々から絶賛されたことについては“有り”にしよう」などと、いろいろさまざまに今日一日のストーリーを回顧しながら安らかな眠りに就くのでありましょう。
 〔返〕  デパ地下で目にしたおかずを二、三品買おうとしたがお金が無かった   鳥羽省三


(五十嵐きよみ)
○  猫が目を閉じている間にゆっくりと小春日和の午後が過ぎゆく

 「猫が目を閉じている間」とは、例えば、季節が晩秋の場合であったら、空気が澄んでからりと晴れ上がった午後一時頃から三時過ぎ辺りまでを指すのでありましょう。
 したがって、「猫が目を閉じている間にゆっくりと小春日和の午後が過ぎゆく」とは、真に以って、理屈に合った表現と申せましょう。
 〔返〕  像の目の動きの如く日が暮れて桜曇りの一日が過ぐ   鳥羽省三


(鳥羽省三)
○  岩手県下閉伊郡田野畑村吉村昭の取材せし羅賀

 今は亡き、作家の吉村昭氏は、代表作の一つに数えられている『三陸海岸大津波』を執筆するに当たって、「岩手県下閉伊郡田野畑村」の「羅賀」地区に於いて、件の大津波を経験した村の古老たちから聞き取り取材をしたと言う。
 〔返〕  岩手県下閉伊郡田野畑村机漁港も廃墟と化しつ   鳥羽省三


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