臆病なビーズ刺繍

 臆病なビーズ刺繍にありにしも
 糸目ほつれて今朝の薔薇薔薇

結社誌「かりん」2016年5月号掲載の〈黒木沙椰〉作六首の鑑賞(決定版)

2016年06月22日 | ビーズのつぶやき
○  添ひ遂げるといふ言葉思へば古いふるいをんなのやうで髪に手をやる

 日常会話の中であれ、小説や映画の中であれ、「添ひ遂げる」という言葉を聞いたのは、私にとってはおそらく半世紀ぶりぐらいのことでありましょう。
 その昔、郷里のY町の〈光座〉という映画館の小便臭い座席に寝そべって観た映画、「夫婦善哉」の中で、淡島千景が演じるヒロインの蝶子が、森繁久彌が演じる〈あほだらの能無しの柳吉〉に向って、「あてはあんたはんと生涯添い遂げるつもりで、ここまでやって来たんどっせ」とかなんとかおっしゃて、諸肌脱ぎになって迫る場面を、私は固い座席から身を乗り出して視たような記憶もあるが、そんな記憶さえも今となっては朧に霞んでしまっているのである。
 然り。
 そうである。
 昨今の世の中に於いては、「成田離婚」や「羽田離婚」或いは「関空離婚」という言葉さえも既に過去のものと成り果ててしまっているのであり、いにしえの青春映画「いちご白書」の一場面ではありませんが、昨今の都会風景の中には、お互いに好き合って結婚したはずの花嫁さんが、天空から降り来る花吹雪を気にしながら、大きなお腹を抱えてキリスト教会の階段から転げ落ちるが如き速さで、花婿さんの手から逃げ出そうとして慌てふためいている場面でさえも、それ程珍しくもない光景として展開されているのである。
 と、云う事は、ことほど左様に、昨今の若い男女の間で交わされる会話の中に「添ひ遂げる」などという、古めかしい倫理観に呪縛された言葉が登場することが失くなってしまっている、という事の何よりの証しなのである
 本作の作者・黒木沙椰は、私の所属する「とある短歌会」の構成員の中で、私が尊敬し、かつ、一日も早くその足元に近づきたいと願っている、数少ない作者の中の一人であるが、彼女の作品の魅力の一つは、言葉の斡旋の新鮮さ巧みさであり、本作に於いても、そうした彼女の優れた特質が遺憾なく発揮されているのである。
 複合動詞「添ひ遂げる」を肇とした、本作を構成している自立語十個の中で、その語単独で私たち読者を〈黒木沙椰ワールド〉に誘引できるような語は、ただの一個として存在しない。
 しかしながら、それらの十個の自立語が、それを補佐する助動詞や助詞と複雑に絡み合って動き出し、一首の短歌として成立する時、私たち読者は、思わず知らずのうちに〈黒木沙椰短歌〉の世界に誘引されて行き、やがては〈雁字搦めの虜囚〉に成り果ててしまうのである。
 本作の魅力の第二は、〈字余りもなんのその〉の〈内在律〉の見事さである。
 私と彼女とが所属している「とある短歌会」の〈口煩い古株会員〉の方が、口を酸っぱくしておっしゃって居られるように、短歌作品の基本形は、〈五・七・五・七・七〉の〈三十一音・五句構成〉である。
 然るに、本作は「添ひ遂げる/といふことばお/もへばふる/いふるいをんな/のやうでかみに/手をやる」となっていて、五音ずつ区切って音読すれば、その後には、恰も棄て子の如き四音「手をやる」が残ってしまうという、大幅な〈字余り短歌〉なのである。
 だが、私たち読者が、上掲の名歌を上述のような下手な読み方をする事は到底許されない。
 作者・黒木沙椰の創作意図を充分に汲み取って、この名歌を音読するのは、必ずしも難儀なことではなく、幾つかのケースが考えられるが、それらの中の代表的なものを示すと以下の通りとなる。
 即ち、「添ひ遂げる→といふ→言葉→思へば→古い→ふるいをんな→のやうで→髪に→手を→やる」。
 或いは、「添ひ遂げるといふ→言葉思へば→古いふるいをんなのやうで→髪に手をやる」。
 或いは、「添ひ遂げる→といふ言葉思へば→古いふるいをんなのやうで髪に手をやる」と、なるが、上掲の孰れのケースに従って音読しても、私たち本作の読者は、其処に、言うに言われぬ〈心のリズム〉、即ち、妙なる〈内在律〉を感じてしまい、挙句の果てには、〈黒木沙椰ワールド〉の胸の中に抱き締められてしまうのである。
 巷間にいわゆる「内在律」とは、端的に言えば「心のリズム」であり、天才・塚本邦雄の発明になる「悪魔の韻律」である。
 然り!
 そうである!
 私たち本作の読者とは、「心のリズム」即ち「悪魔の韻律」に囚われながら、応接間のイタリア出来のソファーに座り、その柔らかな感触を楽しみながら、心赴くままにゆっくりと、この短歌の奥深い情趣を感得する権利を与えられている寵児なのである。
 ところで、本作の末尾七音は「髪に手をやる」となっているのでありますが、私の知る限りに於いての黒木沙椰さんの頭髪は、〈丸髷〉でも〈高島田〉でもありませんし、ましてや、〈モヒカンカット〉や〈ざんぎり頭〉や〈二百三高地〉などでは、決して、決してありませんから、本ブログの愛読者の方々は、何卒、ご休心の程を(笑)。


○  ひとり寡黙にメモとるテルモの会社員子のふたりほど居さうな年頃

 作中の「テルモ」とは、東京都渋谷区幡ヶ谷に本社を置く〈医療機器〉メーカーであり、連結子会社82社を擁する、東証一部上場の優良企業である。
 「ひとり寡黙にメモとるテルモの会社員」という叙述は、我が国有数の医療機器メーカーの社員として、信用第一を生活信条としている当該「会社員」の面影を余すところなく再現させる優れた表現であり、この優れた上の句の存在こそは、作者・黒木沙耶椰さんの観察眼の鋭さを何よりも明らかに証明しているのでありましょう。
 本作の下の句は「子のふたりほど居さうな年頃」という、作者の推測から成り立つ二句であるが、本作の作者は、彼「テルモの会社員」の風貌や年格好のみならず、「ひとり寡黙にメモとる」有様を観察していて、「子のふたりほど居さうな年頃」などとの、現実的かつロマンチックな推測を下しているのでありましょう。
 然り。
 そうです。
 「子のふたりほど居さうな年頃」の「テルモの会社員」ともなれば、「ひとり寡黙にメモとる」しか生きる術がありませんし、また、長年連れ添った夫を「未知の世界へ」と押し遣り、時折り「わたしどこでも暮らしていけさうついと出て瀬戸内海の小魚ひとやま買つて」などとの、あらぬ妄想に耽る優れた閨秀歌人の胸底には、「子のふたりほど居さうな年頃」で「ひとり寡黙にメモとるテルモの会社員」と、何処かの喫茶店でモカ珈琲の苦味を噛み締めたい、といった儚い願望が眠っているのかも知れません。
 で、本作の〈構成〉と言うか、〈言葉の運び〉に着目し、〈心のリズム〉を感得しながら、本作をもう一度音読致しましょう。
 即ち、「ひとり→寡黙に→メモとる→テルモの→会社員→子の→ふたりほど→居さうな→年頃」、或いは「ひとり寡黙にメモとる→テルモの会社員→子のふたりほど居さうな年頃」と。
 上掲二者のうち、私は、出来得るならば、前者、即ち、「一文節、一文節と、ぶつりぶつりと間を置いて区切りながら読むやり方」の方が、作者の創作意図を充分に感得するに相応しい読み方である、と思っているのではありますが・・・・・・・。
 前者の読み方が、何が故に宜しいかと申せば、「ひとり→寡黙に→メモとる→テルモの→会社員→子の→ふたりほど→居さうな→年頃」と、文節ごとにぶつりぶつりと間を置いて区切って音読する時は、私たち読者に、本作の作者が,件の「テルモの会社員」の素朴な姿に淡い郷愁を抱きながらも、その一挙手一挙動に鋭い目を注いでいる事が感得出来、しかも、その作者の〈鋭い目〉に、私たち読者が更に鋭い目を注いでいるような錯覚に陥らしめる事が可能になるからである。
 その点に就いての、作者及び本プログの愛読者の方々のお考えの程をお聞きしたいと思います。


○  内祝ひに初めて記す孫の名や蝶々結び飛び立ちさうで

 ネット上の「贈答の知識」の解説するところに拠ると、「内祝ひ」とは、「文字通り、内(自分のところ)のお祝い、という意味で我が家におめでたい事があったから、その喜びの気持ちを祝い品という形に変えて皆様にもお分けし、一緒に喜び祝ってもらおう・・・というのが本来の意味です。 出産内祝いの場合は、それに生まれた子供のお披露目も兼ねて子供の名前をのしに書いたり、命名札を添えて贈るのです」とか。
 昨今に於いては、結婚のそれであろうと、還暦のそれであろうと、子や孫の誕生のそれであろうと、「内祝ひ」の品々は、それ専門の商店や百貨店などから購入して、先様に贈る(送る)のが通例となっているのであり、送り主は、送り先名簿を片手にして購入先に直接出向いて品物の選定をするのであるが、それ以後の作業、即ち、送り主の名前(誕生の場合は、生まれた子供の名前)の記入、品物の包装及び熨斗掛け、配送業者への手配などの作業の全ては、購入先の業者の手に委ねる事が通例となっている。
 然るに、本作の叙述に依ると、黒木家(仮称)の「内祝ひ」の場合は、世の通例とは異なり、いにしえからの「内祝ひ」の伝承に基づいて事が運ばれたものと推測されるのである。
 即ち、黒木家(仮称)の何方かが、横浜の高島屋か何処かにおみ足をお運びになられて品物を購入し、既に包装済みの「内祝ひ」の品物を携えて帰宅し、帰宅後には、それに重ねて、更に和紙で以て本格的に包装(世に云う〈ラッピング〉とは、その心掛けからして根本的に異なる)し、それに信州安曇野産の水引を蝶々結びにして掛け、その上部に「内祝ひ」と墨書し、その下部に、例えば「沙椰香」などと、命名したばかりのお孫さんのお名前を墨書されたものと推測されるのである。
 その墨書の担当者こそは、他ならぬ筆達者な御祖母殿、即ち、本作の作者でありましょう。
 「内祝ひに初めて記す孫の名や」という、上の三句の叙述から感得されるのは、〈初孫を授かって心躍るような作者の気持ち〉であると同時に、選ばれて初孫の名を記すべき立場に立たされた事への責任感に呪縛されてカチカチになっている作者の〈心身の高揚感〉である。
 上三句の末尾の「や」は、松尾芭蕉のいわゆる「松島やああ松島や松島や」の「や」であり、これを称して、学校文法(橋本文法)に於いては「詠嘆の間投助詞」と云うのであり、「疑問や反語の係助詞の〈や〉」とは、その用法が厳然として異なるのである。
 本作の作者は、その違いを十分に心得て居られて、通常、俳句の〈切れ字〉としてしかお目にかかれない、この「や」を、短歌表現に大胆に取り入れて、本作の叙述を、より感動的なそれにすると同時に、初孫のお名前を手漉きの内山紙(うちやまがみ)のど真ん中に墨くろぐろと染め終えた時の祖母としての〈吾〉の、大きな感激の程もよく表し得たのである。
 事の序でに申し添えますと、信州安曇野産の水引を用いた本格的な「蝶々結び」の熨斗は、今にもパタパタと翼を広げて「蝶々」が「飛び立ちさう」な感じがするものである。
 この一首を音読する場合は、上の三句を「内祝ひに→初めて記す→孫の名や」と、句単位で区切って読みつつも、三句目の末尾の「や」を読んだ後には、ひと呼吸を入れて、その後は一気呵成に「蝶々結び飛び立ちさうで」と読めば宜しいのであるが、上の句の末尾の詠嘆の間投助詞「や」の存在とその働きを無視してはいけません。
 

○  わたしどこでも暮らしていけさうついと出て瀬戸内海の小魚ひとやま買つて

 黒木沙椰という歌人はやはり魔物である。
 本作は、一見すると、世に謂う〈歌人ちゃん〉が、退屈紛れにしかも冗談半分で詠んでしまったような駄作に思われましょうが、以下の推奨語句は、他でも無く、私・鳥羽省三の言うことですから信用して下さい。
 私・鳥羽省三は、本作を以て、この度の連作六首中の最高傑作として、大いに推奨したい気持ちである。 
 それにしても人間というものは、なかんずく、人間の中の女性(いわゆる、メス)というものは、一体全体、何を考えているのでありましょうか?
 よくよく考えてもみなさい!
 ついさっき、「添ひ遂げるといふ言葉」を口にしたばかりの「古いふるいをんな」が、或いは、つい先刻、「内祝ひに初めて」「孫の名」を記して感激したばかりの熟女が、その数分後に「わたしどこでも暮らしていけさう」などと口走り、「(ご自宅を)ついと出て」「瀬戸内海の小魚ひとやま買つて(香川県の孤島・粟島か何処かで一人暮らしをしよう)」などという奇想天外な事を夢想したりするのですよ!
 ああ、怖い!
 女という種族は、ほんとにほんとに怖い!!
 本作は、「(他ならぬあなただから云うけれど、)わたしどこでも暮らしていけさう(な気がするわ)」「(気難しい夫と長年暮らした、この家を)ついと出て、瀬戸内海(で獲れたばかり)の小魚(を)ひとやま買つて(食べたりするような生活がしたいわ)」などという、二個の独話から成る一首であるが、〈口語短歌〉の軽さと〈会話体短歌〉の優しさとを、よく生かし得た傑作と申し上げましょう。
 斯かる傑作に接して感激している私・鳥羽省三にとっては、所属短歌会の昨年の十一月歌会で初めて接した同じ作者の傑作、「チンチラの猫を支点にふたり居の秤ゆつくり冬を釣りあふ」の中に閉じ込められていた作者のユーモアセンスと温かい心情も決して忘れてはならないものと思われるのである。
 この一首に接した瞬間、斯道の初心者の私は、其処に当面の目標たる高い峯を発見したような気持ちになり、直ぐさま、「とある短歌会」を入会する事を決意した次第でありました。


○  障害者手帳申請欄に妻と書き未知の世界へあなたを押しぬ

 つらつらと思ってみれば、「妻」とは、言わば〈刺身のつま〉の如き存在であり、主なる食べ物の〈刺身〉とは別個の存在であり、〈お添え物〉〈付属品〉に過ぎませんから、本作の作者は本作を詠むに当たって、作中の「あなた」という存在に向って、「私はどうせあなたの人生の脇役、即ち、お添え物に過ぎませんから、どうぞご勝手に」と、自らの存在を殊更に冷たく卑屈に捉えながらも、別離の宣言をしているようなものである。
 然り、身体障害者たる、作中の「あなた」にとっては、そうした作者の卑屈な態度や物言いこそは、自分を「未知の世界へ」と「押し」遣るが如き冷淡な行為として映るのである。
 夫婦と言う田舎芝居を長く演じていると、時たま、共演者たる妻が、「私なんてどうせ貴方のお添え物に過ぎませんから」といった、殊更に冷たく卑屈な態度を演じる場合がある。
 そうした場合の妻の気持ちとしては、或いは、主演者たる夫を盛り立てようとしているのかも知れませんが、筆者自身の実感に基づいて申し上げますと、それを聞いた時の夫の気持ちは、例えようもないくらいに寂しいものである。
 本作の作者・黒木沙椰は、そうした場合の夫の気持ちをもご理解なさって居られるのでありましょう。
 その事を的確かつ明確に証明しているのは、本作の四、五句目の「未知の世界へあなたを押しぬ」という十四音である。
 そう、人の「妻」たる者は、決して、決して、夫を「未知の世界」へ「押し」遣ったりしてはいけません。
 例え仮にでも、「わたしどこでも暮らしていけさうついと出て瀬戸内海の小魚ひとやま買つて」などと夢想したりしてはいけませんよ!
 尚、この傑作の読解と評価を巡っては、百人十色のそれが存在するものと思われ、現にかく申す私にさえ、これとは全く異なる読解を為そうとする気持ちがありますが、前述の読解はそれとは異なり、一種の〈試論〉
としてお読みいただきますと幸甚であります。

 [陰の声]  区役所などの行政機関に、何かの事に関して「申請書」を書かなければならない場合があり、その申請書の中に申請者以外の家族の名とその人と申請者本人との〈続柄〉を記さなければならない欄があったりする場合がありますが、私はそうした場合、私の人生の同行者である私の連れ合いが、その欄に連れ合い自身の名を記し、続柄欄に「妻」と記した場合は、ある種の「憐憫の情=気の毒さ」を感じると共に、その事に拠って、私自身が、これまでの人生を共にして来た〈連れ合い〉から強引に突き放されたが如く精神状態に陥る場合があります。
 と云う事で、上掲の〈試論〉は、そうした私自身の拙く偏った経験に基づいて起草したものであります。



○  区役所は曲り家構造日常の恥部のやうなる相談コーナー

 現実の「区役所」の建物が「曲り家構造」を成しているのかどうかは知りませんが、抽象的には、「区役所」の建物が「曲り家構造」を成していて、その中で、生活困窮者の方々や身体障害者の方々の生活相談に与る「(生活)相談コーナー」が、南部地方の「曲り家構造」の家屋の〈馬小屋〉の位置に当たる箇所に押し遣られていることは、人も知る昨今の地方行政の現実であり、本作の作者ご夫妻がお住まいの横浜市もその例外とは思われません。
 区の行政に与る区役所の区役所吏員の気持ちとしては、「生活相談や障害者手帳の申請といった類の醜い事柄が執り行われる場所は、是が非でも、南部の曲り家の馬小屋の隅に当たる場所に置くべきである」といったところなのでありましょうが、それを真逆の立場に立って眺めると「恥部のやうなる相談コーナー」といった具合になるのでありましょう。

 以上、六首全体、結社誌「かりん」五月号中の〈白眉〉として賞賛するべき傑作揃いである。



 [付録]

○  おおきな蕪どつこいしよと繋がつてわたしと夫と透析機械と   黒木沙椰

 この傑作が「とある短歌会」の四月歌会の場で披露され、四方八方から批判の矢を浴びせられた時のショックは、「とある短歌会」の新入会員としての私にとっては、一生涯忘れられないものとして記憶されて行くことでありましょう。
 ある者曰く、「『どつこいしよと』の『と』は不要無益!」と。
 また、別のある者曰く、「事の序でに『透析機械と』の『と』も取ったらすっきりするね!」と。
 更に別のある者曰く、「『どつこいしよ』も取っちゃったら!すると、其処に一句分の余裕が生まれて、より具体的な表現が可能になるから!」等など。

 察するに、本傑作に対して批判の矢を浴びせた方々の孰れもが、本作の題材となったロシア民話『おおきな蕪』の何たるかをご理解なさって居られないのである。
 インターネット辞書『ウイキペディア』の記するところに拠ると、ロシア民話『大きな蕪』は、「アレクサンドル・アファナーシェフが編纂した『ロシア民話集』に収められている他、コンスタンティン・ドミートリヴィッチ・ウシンスキーやアレクセイ・ニコラエヴィッチ・トルストイらによる再話物が知られている」とのことであり、そして、「そのロシア語の原文は、日本語に直訳すると、『引っぱって引っぱって、でも抜くことができませんでした』となる、リズミカルな掛け声の繰り返しが印象深く使われている」とのことである。

 日本語に直訳して「引っぱって引っぱって、でも抜くことができませんでした」となる部分は、お爺さんが大きな蕪を抜こうとしても抜けないで困っているのを見て、それを手助けする為に、〈おばあさん・まご・いぬ・ねこ・ねずみ〉などの助っ人役が次々に現れて、それぞれその尻に繋がって大きな蕪を抜こうとする時に、その度ごとに繰り返されるフレーズであるが、この民話が福音館書店発行の「こどものとも絵本」に掲載されるに当たって、著名な翻訳家の内田莉莎子氏が、そのフレーズを「うんとこしょ、どっこいしょ」と意訳して書き変えたので、その形が定着して現在に至っているのである。

 と言う事になりますと、本作の作者・黒木沙椰が本作を詠むに際して参照されたテキストは、福音館書店刊行、内田莉莎子氏翻訳の『おおきな蕪』ということになり、その短い童話の中で繰り返し繰り返し登場するフレーズが「うんとこしょ、どっこいしょ」という畳語であるが故に、それに取材して詠まれた黒木沙椰作の一首中のフレーズ「どつこいしよ」が、この一首の短歌を短歌として成立せしめる為には、どうしても欠かすことの出来ない大きな要素となるのである。

 また、この一首を別の観点に立脚して鑑賞してみると、その大意は、「それほどにも広くはない家に、作者の夫と作者ご自身が同棲していて、作者の夫は、一日一日を不安なく過ごす為には透析機械の助けを必要とするので、その家の中には、まるでロシア民話に登場する〈大きな蕪〉のような三個の物体、即ち、『わたしと夫と透析機械と』が、『繋がって』存在しているのである」という事になりましょう。

 歌会当日の主席者会員の声として、「『どつこいしよと』の『と』は不要無益!」との言葉があったが、それは、「大きな蕪」の如き三個の物体が、お互いに凭れ合って「繋が」ろうとする時には「どっこいしょと」ばかりに、床の上に腰を下ろして繋がるのであるから、「『どつこいしよと』の『と』は不要無益!」との、居丈高な弁舌は、もののことわけを知らない者のよくする詭弁である。

 また、別のある者の曰く、「事の序でに『透析機械と』の『と』も取ったらすっきりするね!」や、「『どつこいしよ』も取っちゃったら!すると其処に一句分の余裕が生まれて、より具体的な表現が可能になるから!」などとの類の弁舌は、事の次第を知らない者のよくするところとして、作者としては一顧だにする必要がありません。

 私は、本作の作者・黒木沙椰が、歌会当日の会員諸氏のご意見を拝聴して、この傑作の表現を如何に推敲し、改作するか?と、それとなく注目していたのでありましたが、これが結社誌「かりん」に掲載された時の形が、「とある短歌会」の歌会の詠草として提出された時の形とそっくりそのままの形であったので、作者・黒木沙椰に対する、私の信頼感と尊敬の念を更に深めるに至ったのでありました。
 一首の優れた歌との出会い、それこそは「邂逅」という言葉を用いて説明するに値する出来事でありましょう。


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