Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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クリオキノールはハンチントン・モデルマウスの臨床像・病理所見を改善する,しかし・・・・

2005年08月20日 | 舞踏病
ハンチントン病(HD)は,伸長ポリグルタミン鎖を含む変異ハンチントンが脳内で蓄積することにより発症する.また変異ハンチントンは神経細胞核内において凝集体を形成する.今回,強力な金属キレート薬であるclioquinolがHDの治療薬として有望であるとの研究が報告された.なぜ金属キレート薬が使用されたかというと,①ヒトHD剖検脳(線条体)で鉄・銅蓄積の報告がある,②quinolic acid投与によるHD動物モデルでも脳内銅レベルが上昇する,③ポリグルタミン凝集体はSOD1(Cu/Zn-SOD)をリクルートする,④HDでは酸化ストレス神経細胞障害説も提唱されていて,金属が活性酸素の産生をうながしうる,などの理由を挙げている.
研究の具体的方法としては,in vitroの実験に引き続き,in vivoの実験を行っている.前者としてはQ103(連続する103のグルタミンからなるポリグルタミン鎖)を含むハンチンチンexon1とGFP(蛍光蛋白)をコードするcDNAを発現するベクターをPC12細胞にtransfectionし,clioquinolを培地に混ぜ,その効果を見ている.結果として,clioquinolはGFPに対する蛍光顕微鏡による解析,ならびに抗ポリグルタミン抗体を用いたWestern blotにて,Q103を含む変異ハンチンチンexon1の発現を低下させ(しかしmRNAレベルや蛋白分解速度には影響なし),さらに細胞死を減少させた.つぎにハンチントン病モデルマウスR6/2にclioquinolを経口投与し,病理学的に核内封入体形成が減少したこと,Western blotにて凝集体形成を反映する不溶性分画が減少したこと,線条体萎縮を反映する側脳室面積の拡大が減少したこと,行動解析(foot clasping,Rotarod test)が改善したこと,体重や生存期間が改善したこと(偽薬群76日,clioquinol 92日;p=0.0018)を示した.またR6/2マウスで認められる糖尿病所見にも改善が認められた.以上の結果から, clioquinolはHDの治療薬として有望と判断され,作用機序については金属のキレート作用に伴う凝集体の可溶化に加え,RNA-蛋白相互作用に影響を及ぼす可能性を考えているが,詳しいことは分かっていない.
 じつはこのclioquinolはアルツハイマーに対する治療薬として治験が行われていた.なぜアルツハイマーで使用されたかというと,βアミロイドタンパク質に亜鉛や銅のような金属が付着し,アミロイドプラーク形成が生じるという説があるためである.治験の結果は以下の論文に記載されているが,治療群で認知機能低下速度が改善したという.Metal-protein attenuation with iodochlorhydroxyquin (clioquinol) targeting Abeta amyloid deposition and toxicity in Alzheimer disease: a pilot phase 2 clinical trial. Arch Neurol 60, 1685-91, 2003.また同年,clioquinol はパーキンソン病に対しても有効である可能性が示唆されていた.Genetic or pharmacological iron chelation prevents MPTP-induced neurotoxicity in vivo: a novel therapy for Parkinson's disease. Neuron 37: 899-909, 2003.
 でもちょっと待てよ.非常に興味深いがclioquinolはどんな薬かというと,日本ではSMON(subacute myelo-optic neuropathy)の原因と判断された抗菌性整腸薬キノホルムとしてよく知られている(細菌の菌体内の金属をキレートすることで殺菌する).1970年8月,新潟大学神経内科の椿忠雄教授が疫学的調査を踏まえてキノホルム原因説を提唱し,厚生省はこれを受けてキノホルム剤の販売を直ちに停止したところ,SMON発生は激減し,キノホルム原因説を確証する有力な証拠となった.その後,動物実験によってキノホルムがスモンの症状を引き起こすことが確認され,キノホルム説は確立された.キノホルム薬禍が日本で発生し日本で解決されたという経緯からも,clioquinolの再登板に対しては慎重になる必要があるだろう.まずはclioquinolの作用機序を完全に明らかにし,治療ターゲットとなるmoleculeを確定することが重要であるように思われる.ちなみにアルツハイマー病を対象にしたclioquinolの臨床試験はPrana社が実施していたが,製造過程において高い毒性を有するclioquinol派生物質が見つかったことから臨床試験は現在中止となっているそうだ.

PNAS 102; 11840-11845, 2005
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3 Comments

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開発リスク情報の共有 (池田正行)
2006-02-26 12:03:53
いつも丁寧な解説ありがとうございます.とても勉強になります.ご懸念のSMON,神経毒性についてコメントさせていただきます.



PNAS論文でのマウスの投与量は30mg/kg/日で,大量投与ではありません.マウスとヒトの薬物代謝を比較しますと,通常,マウスの方がはるかに代謝速度が速いので,ヒトの場合には,30mg/kg/日の何分の一にも達しない量で有効性が発揮される可能性があります.一方,SMONの際は,30mg/kg/日をはるかに超える量(詳細は確認しておりませんが)が何ヶ月にもわたって投与されていた例が多かったと記憶しています.そういう意味では,SMONの懸念は少ないと思いますが,裏を返せば,今後,臨床開発を進めるにあたっては,SMONだけに留意すると足をすくわれかねません.ハンチントン病の治療という性格上,1年とか,2年とかではなく,年余にわたっての毒性をどうやってモニターするかという,SMONのモニタリングよりもはるかに難しい問題に直面します.



その点で,”高い毒性を有するclioquinol派生物質”が気になります.キノホルム毒性の本体はまだわかっていません.その情報は臨床開発していく上で,極めて重要ですが,通常,そのようなネガティブな情報は,公開,共有されないのが,開発上の大きな障害となっています.失敗は成功の母,棋士は勝った将棋よりも負け将棋から多くを学ぶと言います.開発の失敗,開発リスク情報の共有が,開発速度の向上に大きく貢献するのは間違いありません.産官学揃って,医学の面でも,失敗知識の共有を推進していかねばならないと思っています.

http://square.umin.ac.jp/~massie-tmd/shippai.html
コメントありがとうございました (pkcdelta)
2006-02-28 03:52:25
池田先生,コメントありがとうございました.「失敗知識の共有」ということは確かに重要だと思いました.勉強になりました.
キノホルムのスモン冤罪仮説 (石坂 久夫)
2006-07-26 11:33:03
私は日本薬史学会の投稿にあたり、本日初めて検索中に池田正行先生の論文を拝見いたしました。



第六日局注解にキノホルムは、人のあらゆる消化器に吸収されないと記してあります。1970年8月新潟大神経内科椿忠雄教授のキノホルム原因説に疑問を持ちました。当時を知る私は



①常用量を数倍記録では数十倍を多日数をキノホルムを投与し下痢に対症した例は多数保険請求されています。

②当時ノーベル賞のペニシリン、マイシン等抗生剤での細菌性下痢が劇的に完治して多用していた。しかし他方では抗生物質で悪化する副作用など特に下痢が多発していた。その下痢の投薬にあたりビスマス、オウレン、乳酸菌剤などから選択して、なぜ超多量こんなにキノホルムを投薬したのだろうか。

③東大薬学科の動物実験の依頼報告にキノホルムが消化管から吸収せず との結論がされて不採用となつている。

④京大薬学科よりの超大量のキノホルム微量吸収を採用し、厚生省はキノホルム説を決定されているものと思う。

⑤スモン認定の基本はキノホルムの投薬が第一条件ですから、キノホルム服用の採否だけで記載し(投薬量、投与日数は記載不要)それに当然症状を診断し患者認定された。

キノホルム説の証明はキノホルム投薬中止、発売停止により、スモン認定患者は激減した事実です。

⑥当時スモン症状が激減したのでなく、スモン患者の会は症状による認定が強く叫ばれたのです。

キノホルムの非服用患者は、症状が著しくても認定されず、スモン認定患者が激減したは事実である。



私は抗生剤起因を仮説として考察します。

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