Neurology 興味を持った「神経内科」論文

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安全なHolmes-Stewart反跳現象の診察とその意義

2016年12月03日 | 医学と医療
他の先生がされる神経診察を拝見することはとても勉強になる.とくに自分が普段行っていない診察を見せていただくと,次回,試してみようと思う.Cure PSPという,米国の進行性核上性麻痺の患者会が作成したビデオ(PSP, CBD, PSPの症状と診断)を見ていたところ,面白い2つの診察に気がついた.いずれも小脳機能の診かたである.

Symptoms and Diagnosis; PSP, CBD and MSA


ひとつめは4分53秒頃から始まるfinger chase maneuverという測定過大(hypermetria)の診察に役に立つ診察である.検者は人差し指を任意の位置に動かしては止め,それを患者も同じく人差し指で追う(chaseする)というもの.患者の指は検者の指を通り越して,行き過ぎること(overshootすること)を,短時間で複数回診ることができる.

ふたつめはcheck reflexである.上記のfinger chase maneuverに引き続いて出てくる.これは小脳半球症候群として障害側にあらわれる徴候であるが,Holmes-Stewart現象の名称のほうが有名だろう.「ベッドサイド神経の診かた(南山堂)」にはスチュアート・ホームズ反跳現象と記載されている(図A).また「神経診察:実際とその意義(中外医学社)」には,診察手技の説明に加え,その解釈についても以下のように記載されている.

「検者が患者の手を持って維持し,患者に自分自身の胸に向かって力いっぱい手を引かせる.そして突然検者の手を離し抵抗を取ってしまう.健常者では,自分の手で自分の胸を打つことはないが,小脳に異常があると自分の胸を強打してしまう(これを本現象陽性とする)(図B).この現象は,手を胸に引くという動きを止める運動(拮抗筋:上腕三頭筋)の開始の障害(時間測定障害)と,筋のトーヌス低下による要素とが合わさって起きている現象ではないだろうか.この検査のときは,患者が自分で自分を打って怪我をすることがあるため,検者が患者の手をブロックできるように構えておくことが重要である

ちなみにcheck reflexのcheckは,abruptly checked,つまり急に止めるの意味だと思われる(もし違っていれば教えてください).この診察はかつて行ったものの,図A,Bのように検者は患者が怪我しないようにブロックするとはいえやはり危険なので,次第に行わなくなった.しかしビデオを見てみると,閉眼し,バレーの肢位を取ってもらい,検者は患者の手首のあたり上から抑え,抵抗に抗して力を入れてもらう.そして急に押さえていた手を離すと,患者は止めることができず手のひらが大きく上に動く.これならば安全に施行できる!まさに目から鱗である.

もうひとつちなみに,Gordon Holmes(1869-1949)およびPurves Stewart(1869-1949)とも有名なイギリスの神経内科医である.Gordon Holmesは第一次世界大戦の際に,銃により小脳を損傷した兵士を多数診察し,上記の所見に気がついたということだ.

しかしGordon Holmesの原著(Stewart & Holmes. Brain 1904)やその解説(Ronald WA. Arch Neurol 1977)を読むと必ずしも小脳性運動失調のためだけの診察ではないことが分かる.通常,急に抵抗を離すと,少し力を入れていた方向に(つまり胸の方向に)動いたあと,逆向きの動きが出現する.これが反跳運動なのだが,Gordon Holmesはこの反跳運動に関して以下の3点を指摘している.

1)健常肢に認められる
2)痙性を認める肢では過剰に認められる
3)小脳疾患がある場合には消失する

つまりHolmes-Stewart試験は,小脳機能の診察のみならず,痙性の有無の診察にも使用できるということだ.ビデオでみた安全なHolmes-Stewart反跳現象で,上記の3点について確認してみようと思う.



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多系統萎縮症では体重減少がないからといって栄養状態は良好と油断してはいけない!

2016年11月29日 | 脊髄小脳変性症
筋萎縮性側索硬化症では,進行にしたがって体重が減少する.高度の体重減少は予後不良を示唆するため,体重減少を防ぐための高カロリー食が推奨される.またパーキンソン病でも進行に伴い,体重が減少することが知られている.では多系統萎縮症(MSA)ではどうだろうか?私たちは,MSAにおける病期ごとの体重と栄養状態について検討を行い,論文として報告したのでご紹介したい.

【研究の結果】
対象は2001年から2014年までに当科に入院したGilman分類probable MSAの82例(男性38例,女性44例)である.65例がMSA-Cで,17例がMSA-Pであった.うち24例が2回以上の入院をしたため,のべ130回の入院があった.アルブミン値に影響を及ぼす疾患(肝腎不全,うっ血性心不全,炎症性疾患,感染)を合併する症例は,対照から除外してある.評価項目はADLによる病期(自立/車いす/寝たきり),嚥下障害の有無,摂取カロリー,body mass index(BMI)とし,栄養学的な指標としてはしばしば使用される血清アルブミン値,血清総コレステロール値,リンパ球数とした.

さて結果であるが,自立群/車いす群/寝たきり群はそれぞれ50名,52名,28名であった.摂取カロリーは病期の進行に伴い低下したが(p<0.05;Fig A),BMIには変化はみられず(p<0.05;Fig B),体重の減少は認めなかった.一方,栄養の指標である総コレステロール値,リンパ球数には変化はなかったが,血清アルブミン値は病期の進行に伴い,4.18/4.03/3.07 g/dlと有意に低下した(p<0.05;Fig C).以上より,MSAではBMIが保たれていても(体重の減少がなくても),進行期には低栄養状態を呈しうること,その指標として血清アルブミン値が有用である可能性が示唆された.つまり,体重が減っていないからといって,栄養状態が良好であると油断してはいけないのである.MSA-CおよびMSA-Pに分けて行った解析でも,病期間のBMIに差はないこと,ならびに進行に伴い血清アルブミン値が低下することが確認された.

【なぜ体重は減少しないのか?】
ではなぜ体重は減少しないのだろうか?その理由として,まず嚥下障害による摂取カロリーの減少と消費カロリーの減少の程度が同等で,バランスが取れた可能性が考えられる.またMSAでは,むしろ低カロリーの食事摂取にも関わらず,気管切開・胃瘻造設後には皮下脂肪の蓄積傾向を示すことを,都立神経病院のNagaokaらは報告し,進行期にはカロリー制限する必要性についても言及している(臨床神経50;141-146, 2010).Nagaokaらはさらに検討を進め,脂肪細胞から分泌されるレプチンがMSAではうまく働いていない(つまりレプチン抵抗性の状態にある)可能性を示している(Neurol Sci 36; 1471-7, 2015).レプチンは脂肪細胞から分泌され,視床下部にて作用し,食欲の抑制,エネルギー消費の増大,交感神経刺激に伴う脂肪分解を介して,体重減少に作用するが,肥満者ではレプチン濃度が高くなっているもののレプチンによる刺激に鈍感になり,体重減少が起こらない.これを肥満者におけるレプチン抵抗性と言うが,NagaokaらはMSAでは自律神経障害によりレプチン抵抗性が生じているのではないかと考察している.
ちなみにわれわれの検討では血清コレステロール値に変化はなかったが,Nagaokaらの検討では低下を認めている.

【まとめ】
以上の結果から,1)MSAの進行期では体重は減少せず,むしろ増加もありうる.2)症例によっては摂取カロリーを絞る必要がある.3)栄養の指標としては血清アルブミン値が有用である,とまとめることができる.

Sato T, ShiobarabM, Nishizawa M, Shimohata T. Nutritional status and changes in body weight in patients with multiple system atrophy. Eur Neurol. 2016 Nov 29;77(1-2):41-44. [Epub ahead of print]


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レム睡眠行動障害と多系統萎縮症における告知

2016年11月20日 | 脊髄小脳変性症
病名を含めた「病気に関する真実の告知(Truth telling)」は,原則として患者さんの意思表示能力が保たれる場合に実施される.しかし神経内科領域では,認知症を合併する神経難病が少なからず存在するため,告知の可否の決定は容易ではない.身体機能だけではなく,意思表示能力が進行性に低下する神経難病患者さんの意思表示能力の評価はときに難しく,主治医として,いつどのように告知を行い,その後の治療・ケアの方針の決定をサポートすべきか悩むことが多い.

これまで神経難病における告知は,筋萎縮性側索硬化症やアルツハイマー病を例として議論されることが多かったが,それ以外にも議論が必要な疾患が多数存在する.これまで検討があまりなされてこなかったレム睡眠行動障害と多系統萎縮症の臨床と告知について講演をする機会を得たので,その要旨を記載したい.

【レム睡眠行動障害(RBD)の告知】
RBDの告知は2段階で考える必要がある.つまり,(1)夜間の異常行動の診断,つまりRBDについての告知,(2)将来,高率にαシヌクレイノパチー(パーキンソン病,レビー正体型認知症,多系統萎縮症)を発症する(phenoconversionという)という真実の告知,である.Phenoconversionの頻度は,最大5年で35%,10年で76%,最終的に91%と高率であり,これを患者さんにいかに伝えるかで悩むことになる.以下,順に私見を述べたい.

1.将来の真実を告知(Truth telling)すべきか?
文献を渉猟した範囲では,告知を行うべきか,行うとすればいつ,どのように行うべきかについてコンセンサスはみつからなかった.しかし患者さんは,RBDの診断が意味することを「知る権利」を持つため,まったく伝えないことは選択肢になりにくいように思われる.医師が伝えなくてもインターネットなどで情報を得ることは十分考えられ,その場合,情報を伝えなかった医師に対する信頼は損なわれるだろう.また真実を伝えなかった医師も患者さんに対する後ろめたさを感じることになる.

2.医師の告知を妨げている要因は何か?
ひとつは,患者・家族が,発症頻度の高さに大きな衝撃を受けることが容易に想像がつくため,告知をできれば避けたいという心情である.もうひとつは,いつ,どの病型を,どの程度の確率で発症するか,正確な予測ができないため.告知しにくいということである.

3.告知する場合,いつ,どのようにすべきか?
伝える時期は,RBD症状が治療により抑制され,かつ相互の信頼(rapportラポール)が形成させた後が望ましいと思われる.また告知前には,家族から病前性格,つまり告知に耐えられるだけの精神的な強さをもつか,うつなどの精神疾患の合併がないかを探る必要がある.そして告知の内容としては,全員が発症する訳ではなく,多くは長時間を要すること,発症を遅らせる治療はまだ確立されていないが,パーキンソン病では種々の薬剤があることを伝える.そして,告知後も責任を持って定期診察を行い,精神面でもフォローアップを行うことを伝えることが大事だと考える.

【多系統萎縮症(MSA)の突然死リスクの告知】

MSAの告知においても,病名以外に,将来の突然死のリスクについての告知を検討する必要がある.以下,順に考察する.

1.いつ突然死のリスクを告知するか?

(1)非常に重い内容であるため,突然死の危険性が高くなる進行期まで,告知を避けたいという考え方と,(2)未告知の状態で,入院精査・加療中に突然死が起きるといった問題を避けるため,早期の段階で,具体的には初回入院時には告知を行うという考え方の両者がある.個人的にはあまりに早期の段階から,一律にリスクについて説明するのは患者さんに与える心理的ストレスが大きいと考え,突然死のリスクの高い症例(早期からの自律神経障害,重症・中枢性の睡眠呼吸障害)に対して告知を行なうことがより良いように考えているが,リスク予測が正確にはできないという問題もある.

2.医師の告知を妨げている要因は何か?
第一は苛酷な選択を強いる告知をできれば避けたいという心情である.人工呼吸器を装着すれば突然死は防止できる可能性は高くなるが(窒息や心臓死のため100%ではない),長期の人工呼吸器下の療養により認知機能障害が顕在化する可能性が高くなる.つまり,人工呼吸器を装着するか否かの判断は非常に難しく,苛酷な選択と言える.第二は患者さんの意思表示能力の低下である(前述の通り,意思表示能力を失った患者さんには告知は行われない).認知機能低下は必ずしも進行期に生じるものではなく,CPAP導入を検討する時期にはすでに約3分の1の頻度で生じること,認知機能障害にて発症する症例も存在することを認識する必要がある.さらに認知機能低下に加え,運動症状の増悪によっても意思の表示がしにくくなる.第三の要因は突然死リスク予測がまだ正確にできないということ(不確実性)である.欧米では突然死自体も検討されてこなかった.

3.どのように告知をするべきか?

分かりやすく説明することと,心理的配慮(思いやり,共感)をもって告知を行なうことは言うまでもない.病名のみではなく,病態,予後,治療法,医療チームの支援の関わり方,社会的サポート体制についても伝える.そして治療の自己決定(autonomy)をいかに支えるか?死の恐怖にいかに寄り添うべきかも考える.意思表示能力が不十分な場合もshared decision makingにより,残存能力を引き出す努力を惜しまないことが大切である.意思能力がないと判断した場合には代理判断となるが,これを避けるためにタイミングを逃さないことや,advanced directiveを検討することも大切である.

【まとめ】
以上より大切なことは,
1. 意思表示能力が保たれている状況での告知(タイミングを逃さない)
2. より正確な予後の予測を可能とするバイオマーカーの開発
3. 十分な心理的配慮と告知後の責任を持った対応

と考えられる.



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研究者の皆様へ -自民党河野太郎議員ブログより-

2016年11月11日 | 医学と医療
11月10日,河野太郎議員が「研究者の皆様へ」と題した記事を投稿し,大学の研究費にまつわる問題について見解を示されております.その後,様々なコメントが寄せられたようで,補足のブログが当日中にアップされ,寄せられたコメントから以下の3つの問題点としてまとめておられます.

1)研究者の雇用状況が不安定になっている
2)数十万円から100万円程度の研究費が必要な研究者が,十分な研究費をとることができていない
3)研究費をとるための事務作業が研究の時間を削っている

そして最後に「宇宙ロケット,もんじゅ・ASTRID,ITER,スパコン,スーパーカミオカンデ,カグラといった巨大プロジェクトが動く影で,小口(失礼)の研究費をどう配賦するかという問題が多くの研究者に影響しているので,この部分をどうするかが優先順位が高いのでしょうか」と結んでいます.

個人的にも全く同感で,とくに2)の小口の研究こそが,日本の医療の質の向上に貢献してきたと思っておりますし,ブログ内でも触れてある特許出願に関わる費用についての問題もとても重要だと思います.さらにコメントを募集中で,とてもありがたい機会だと思いますので,情報の共有をさせていただきます.

河野太郎議員ブログ 研究者の皆様へ


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日本の医療と,再生医療の発祥の地を訪ねる

2016年11月06日 | 医学と医療
第34回日本神経治療学会総会@米子の帰りに,日本の医療と,再生医療の発祥の地である出雲大社と,赤猪岩(あかいいわ)神社に立ち寄った.つぎのことを書いてみたい.
1)日本にも,ギリシャ神話のアスクレピオスのような医療・看護の神はいるのか?
2)日本で最初の医療行為はなにか?
3)「因幡(いなば)の白兎」の神話から,医療者は何を学べばよいのか?
4)日本初の再生医療はどこでどのように行われたのか?

1)日本にも,ギリシャ神話のアスクレピオスのような医療・看護の神はいるのか?
出雲大社の祭神である大国主命(オオクニヌシノミコト)が,日本の医療の神,医薬の祖と言われている.つまり日本の医療発祥の地は出雲である.大国主命は,日本の国土を開拓したことや「縁結びの神」としても有名である.

2)日本で最初の医療行為はなにか?

出雲大社の参道脇に,大国主命と兎の像があった(写真1).


この兎が「因幡の白兎」である.隠岐の島から対岸の因幡へ渡るために,兎はワニに「お前と私とでどちらが仲間が多いか競争しよう.多くの仲間を集めて対岸まで一列に並びなさい.私がその上を走りながら数えて渡るから」と言ってだましたのだ.ワニの背中を跳びながら渡り,あと一歩でたどり着くというところで,兎は「お前たちはだまされたんだぞ」と高笑いした.怒ったワニは兎を捕まえ,その皮をはがしてしまう.痛くて泣いているところに通りがかったのは,因幡の国に八上比売(ヤガミヒメ)という美しい姫がいることを聞きつけて,求婚のために出雲から因幡に向かっていた八十神たち(ヤソガミ;大国主命の兄弟神たち)であった.「海水で洗って,風に吹かれていると良い」など嘘の治療法を教えたため,ひびが割れて痛みが悪化してしまう.そこに八十神たちの意地悪で,大きな荷物を持たされた大国主命が遅れて通りがかり,「河口の水でよく洗ってから,蒲の穂の上で寝なさい」という治療を授けたところ,痛みは消え,兎は深く感謝した.
実はこれが「日本で最初の医療行為」と言われているエピソードなのだ.河口の水は,海水と川水が混ざった,いわゆる汽水で,塩分濃度は生理食塩水に近く,さらに蒲の穂は,蒲黄(ほおう)という名前で現在も生薬として使用され,傷口ややけどに直接散布して,収斂性止血薬として用いられるのだ.

3)「因幡の白兎」の神話から,医療者は何を学べばよいのか?
「因幡の白兎」の神話を,医療者は知っておくべきとよく言われる.まず「間違った治療を行ってはいけない,正しい治療を行なうことが大切である」ことを伝えている.そして,ワニを欺いた自業自得の白兎であっても,それを咎めず,「誰に対しても公平な医療を行う」という医療の根本を伝えている.ヒポクラテスの誓いの3番め「私は能力と判断の限り患者に利益すると思う養生法をとり,悪くて有害と知る方法を決してとらない」と,7番め「いかなる患者を訪れる時もそれはただ病者を益するためであり,あらゆる勝手な戯れや堕落の行いを避ける.女と男,自由人と奴隷の違いを考慮しない」に通じるものといえる.

4)日本初の再生医療はどこでどのように行われたのか?

古事記に記されている「因幡の白兎」の話には続きがある.兎は実は,八上比売の使いであって,姫に,八十神ではなく大国主命を夫として選ぶよう忠告をする.そして姫は忠告通り大国主命を選ぶのだが,逆恨みした八十神たちは大国主命を殺害する計画を立てる.因幡から出雲に帰る途中の手間の山の麓にさしかかった時,八十神は大国主命に「この山に赤猪がいる.俺達が追い出すからお前は待ち伏せて捕まえろ」と言い,大猪と偽って,真っ赤に焼いた大岩(赤猪岩)を転がして落とす.これを受け止めた大国主命は焼き潰され,絶命してしまう!これを知った母親の刺国若姫命(サシクニワカヒメノミコト)は嘆き悲しみ,天の生成の神である神産巣日之命(カミムスビノミコト)に嘆願したところ,蚶貝比売(キサカヒメ;赤貝)と蛤貝比売(ウムギヒメ;はまぐり)を遣わした.二人の姫神は,赤貝の貝殻の粉を,ハマグリの汁で練って,大国主命の皮膚に塗るとなんと再生して蘇り,むしろ以前より男らしく生まれ変わった.つまり大国主命自身も医療行為を受け,再生したわけである.これが日本における最初の再生であり,その地に立つ神社が,赤猪岩神社である(写真2).



大国主命の殺害に使われた大岩は神社の後ろにある.ただし地上にあってこの地を穢けがさないように,その周りには柵さくが巡めぐらされ,しめなわが張られて,土中深く埋められ,その上は大きな石で幾重にも蓋がされていた(写真3).



また2人の姫神は,出雲大社本殿隣りの天前社(あまさきのやしろ)に,看護の神として祀られている(写真4).ちなみに貝から作った薬は,「八上薬」として山陰地方ではやけどの特効薬として使用されている.殻の炭酸カルシウムと,蛤からのタウリン(抗酸化作用)が効くと考えられている.これらの神話は,古事記が記された712年よりも数百年前の話と考えられているが,そこに記された医療行為は理にかなっていると感心させられた.もし出雲大社に行かれることがあったら,日本の医療の発祥の地でもあることを思い出していただければと思う.




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三叉神経・自律神経性頭痛(TACs)の診かた@第44回日本頭痛学会

2016年10月23日 | 頭痛や痛み
第44回日本頭痛学会@京都に参加した.頭痛の診療は奥が深いとあらためて感じた.頭痛は有病率の高い疾患であるが,そのなかには診断を誤りやすいもの,難治性のもの,場合によっては命にかかわるものがあり,それらに適切に対処するため,医師は診療のレベルアップをはかる必要がある.そのためにはまずは頭痛の国際分類を理解し,正しく診断を行なうことが重要である.日本頭痛学会総会ではこのための充実したプログラムを多数組んでおり,神経内科だけでなく多くの診療科(脳外科,ペインクリニック科,小児科,精神科等)の先生方のレクチャーを聴くことができる.

さて日本頭痛学会総会(2016年10月21日~22日)の生涯教育セミナーで,TACsが集中的に取り上げられ,非常に勉強になったのでまとめておきたい.国際頭痛分類第3版(ICHD3beta)において,TACsに分類される頭痛は,通常一側性で,しばしば頭痛と同側で一側性の顕著な頭部副交感神経系の自律神経症状を呈するという共通の臨床症候を呈する.このなかには3.1群発頭痛,3.2発作性片側頭痛,3.3.1 SUNCT,3.3.2 SUNA,3.4 持続性片側頭痛などが含まれる.PETやMRSの評価で,これらTACsに共通するメカニズムとして,視床下部の活性化が報告されている.



A. 群発頭痛

(病態と診断)
発症機序については非常に多くの説がある(視床下部,メラトニン,オレキシン,CGRP,翼口蓋神経節).
悪心や体動での増悪が多く,片頭痛と診断される恐れがある.
慢性群発頭痛は日本人では少ない.
鑑別すべき二次性頭痛として下垂体腫瘍などがあるが,MRIを撮像すれば見逃しは防げる.
(治療)
ガイドラインに則って行なう.
1)急性期治療
Grade A;スマトリプタン皮下注(1日2回まで.キットが良い),酸素(7L/min 15分間;発作3回以上のときはスマトリプタン皮下注が使えなくなるので,併用すると良い)
Grade B;スマトリプタン点鼻,ゾルミトリプタン経口
反復性群発頭痛を,片頭痛と誤診し,トリプタン錠の処方が大量にされていることがある.
2)予防療法
Grade B;カルシウム拮抗薬(ベラパミル:ワソラン®),副腎皮質ステロイド,適応外使用.
アメリカ頭痛学会のガイドラインでは,後頭神経ステロイド注射がGrade Aとして推奨されている.また無効であり,使用を避けるべきものとして,バルプロ酸,スマトリプタン経口,DBSがある.とくにスマトリプタン経口は臨床現場で行われている可能性が高く,注意が必要.
(注意すべき点)
心疾患のない,若年者であれば,ベラパミルは240 mg/日から使用してよい(問題があれば120 mgから開始する). 順番は副作用の少ないベラパミルから開始して,予防が難しければ,ステロイドを併用する.ステロイドをやめるときは漸減し,中止する.


B. SUNCT/SUNA

(病態と診断)
Short-lasting unilateral neuralgiform headache attacksのサブタイプとして,「結膜充血および流涙を伴う短時間持続性片側神経痛様頭痛発作(SUNCT)」と「頭部自律神経症状を伴う短時間持続性片側神経痛様頭痛発作(SUNA)」が並記されている.SUNAはSUNCTと似た病態だが,自律神経症状のみ認め,結膜充血と流涙は伴わない.両者とも従来「痛みの持続時間は5〜240秒」とされていたが,ICHD3betaでは最長600秒となっている.
群発頭痛の1/10,女性がやや多い.あまり有効な治療がなく,難治に陥ることがある.
反復性と慢性のタイプがあるが,アジア人では慢性例が少ない可能性がある.
発作中は目を押さえ,ベッドでのたうち回るような状態になるが,1-2分で落ち着いてくる.
鑑別診断は後述する発作性片側頭痛で,鑑別にはインドメタシンを使用する.一部の症例では,三叉神経の血管による圧迫が見られ,治療としてdecompressionが有効な症例がある.
(治療)
1)急性期治療
リドカイン静注(1-4 mg/min)で改善する.この量は,日本で不整脈に使用される場合とほぼ同等.
4~7日間継続する.保険病名として難治性疼痛にすれば,リドカインは使用できる.
2)予防療法
第一選択はラモトリギンで,25から200mgへ漸増する(皮疹に注意).ただし,ガイドラインではグレードCである.その他,トピラマート,ガバペンチンが使用される.


C. 発作性片側頭痛(paroxysmal hemicrania; PH)
(病態と診断)
発作(側頭部・後眼窩の痛み,流涙,結膜充血,鼻閉,鼻漏)が20回/日以上ある.2-30分持続するが,インドメタシンで寛解する.40歳前後の発症で,誘因としてアルコールが知られる.
三叉神経第1枝が多い(三叉神経痛との鑑別が重要で,移行例もある).
反復性,慢性のタイプがある.
頻度は群発頭痛の2割程度で,SUNCT/SUNAよりは多い.
夜間発作もある.REM期に生じる(群発も夜間に多い)
1日5回以上が多い.1日8回を超えると群発頭痛の可能性が減り,PHやSUNCT/SUNAを疑う必要がある.

(治療)
1)急性期治療
Grade A;インドメタシンで寛解する.150 mg/日を3-6回に分けて内服する(1週間以上ためす.即効錠,徐放錠いずれがよいということはない).筋注で効果があるか,テストも行なってもよい.


D. 持続性片側頭痛(hemicranias continua)
(病態と診断)
もともとは群発頭痛の亜型として報告された.
頭痛増悪時に片側性に結膜充血や流涙,鼻閉,鼻漏,眼瞼下垂,縮瞳などの自律神経症状が発現する.他のTACsは持続時間が極めて短時間であり,数秒~数分で消失するが,PHは数カ月から数年間続く.ICHD3betaからTACsに追加されたが,他のTAC同様に自律神経症状が極めて著明であることと,インドメタシンが治療に有効であることが理由である.HCはTACsと片頭痛の病態がオーバーラップしていると言われている.鑑別診断は,慢性片頭痛,新規発症持続性連日性頭痛,MOHで,インドメタシン反応性で鑑別可能である.
(治療)
インドメタシンで完全寛解する(効果は初回投与の72時間以内に見られることが多い).ただし,二次性頭痛でインドメタシンが効く症例もあり,注意を要する.日本ではインドメタシンの上限は75mgになっている(25 mgを1日2-3回で試す).胃薬を併用する(プロドラッグであるインフリー250 mgは,インドメタシン25mgに相当する).徐々に減量する.

図はBritish J Pain 2012;6(3);106-123より引用

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第10回パーキンソン病・運動障害疾患コングレス(MDSJ 2016)@京都

2016年10月09日 | パーキンソン病
標題の学会が10月6日から8日にかけて行われました.教育的な講演から最新のトピックスまであり大変充実した学会ですが,とくに学会員が経験した貴重な患者さんのビデオを持ち寄り,その不随意運動や診断・治療について議論するイブニング・ビデオセッションは人気企画です.不随意運動の診かたに関するこの領域の先輩の先生方のコメントを聞くともっと勉強しなければならないと思います.では今年の15症例の一覧を記載します.

【問題編】
症例1.左下肢のコレア様の不随意運動を呈した83歳女性
既往歴として高血圧,糖尿病.突然,左下肢の不随意運動で発症.発症後,数日,経過してから入院.左下肢の不随意運動のため立位でバランスを崩す.ヘミバリスムほど激しい運動ではないが....診断は?

症例2.突然の異常行動にて発症した46歳女性
突然,奇声を発し,全裸になる興奮状態にて発症.頸部から体幹・四肢にコレア様の不随意運動.頭部MRIでびまん性白質病変.既往歴に関節リウマチがあり,プレドニゾロン7 mg,MTX(メトトレキサート) 8 mg,ブシラミン200 mgなど内服していた.家族歴として常染色体優性の脊髄小脳変性症.診断は?

症例3.立位で下肢のふるえ,DATスキャンで低下をみとめた60歳男性
54歳,歩行時の足のもつれにて発症.55歳,右大腿のふるえが出現し,やがて両側にひろがる(表面筋電図では振戦).注視眼振,四肢筋強剛あり.家系内にパーキンソン病と脊髄小脳変性症あり(常染色体優性遺伝,表現促進現象あり).小脳軽度萎縮,MIBG正常,DATスキャンで被殻の低下あり.診断は?

症例4.突然発症のパーキンソニズムを呈した67歳男性(最優秀演題)
起床時から動作が鈍くなった.無動,筋強剛.腎不全も合併した.腎不全改後,パーキンソニズム精査.筋強剛,すり足,姿勢保持障害あり.頭部MRIは,T2WIで両側淡蒼球ややhigh,DWIで両側淡蒼球明瞭にhigh.DATスキャンで左尾状核の低下.診断は?

症例5.重いカバンを持たないと歩けない69歳男性(優秀演題)
10才台から転倒.何かにつかまらないと歩けない(転倒が多い人に見られるprotective gaitないしcautious gaitの所見である).しかしペットボトルを入れた重いカバンを持つと,歩くことができる.聴覚性,触覚性刺激により過剰な驚愕反射を呈する.3人の娘も転倒する.診断は?

症例6.つねに笑っている61歳男性
59才,借金をかかえて路上生活となる.60才,両下肢が動かなくなり,路上生活ができなくなる.このころ,常に笑っているようになる.病識欠如,仮性球麻痺,腱反射亢進,病的反射陽性.左前頭から側頭葉の萎縮.診断は?

症例7.長時間歩行で内反尖足が出現する35歳女性
27歳,てんかんの既往.20歳,長時間歩行で左足の強直が出現.27歳,包丁でまな板を長い時間,叩いていると右手にも強直が出現.軽度の痙性歩行,軽度の知能低下.トレッドミルの誘発試験で,1時間歩いてもらい,運動誘発性ジストニアを確認した.歩行をやめるとすぐに消失する.診断は?

症例8.舌が出てしまい食事を取れなくなった36歳女性
25歳,食事中に舌が出るようになる.転倒も出現.34歳,水が飲みにくくなる.35歳,舌の動きで,食べ物を吐き出してしまうようになる.このため10 kgの体重減少.口腔粘膜びらん.CK高値.頭部MRIでは,両側尾状核,被殻の萎縮あり.診断は?

症例9.眼球運動制限と凹足をみとめた常染色体劣性遺伝性脊髄小脳変性症の64歳男性
小学生で酩酊様歩行,両親が血族婚.発語不明瞭,凹足,腱反射消失,バビンスキー反射陽性.眼球運動の瞬目による改善なし,head thrustなし.網膜の有髄神経の増生なし.診断は?

症例10.筋力低下がないのに右肩の挙上ができない23歳女性例
右肩の挙上困難が,自転車での転倒を契機に増悪.筋力は正常.仰臥位になると改善する.表面筋電図では主動筋と拮抗筋の相反性が消失(共収縮).診断と治療は?

症例11.右手の運動障害が,筋力低下,錐体外路症状,失行の判断が難しかった74歳女性例
74歳,右手の書字障害,階段上りにくくなる.この右手の運動障害が,筋力低下か,錐体外路徴候か,失行かの判断が難しかった.皮質性感覚障害なし.76歳,起立困難になる.四肢筋力低下し,ALSが疑われる.78歳,無動.80歳,意思疎通困難.画像では発症2年目に前頭葉萎縮,8年目に白質病変.SPECTで左中心前回,運動前野に血流低下.診断は?

症例12.3歳で脳梗塞による右足のジストニアが出現した32歳女性
3歳で右足にジストニア.CT上,脳梗塞.29歳,たまたま行ったMRIで異常を指摘され精査.HDS-R 25点.右下肢軽度の内反尖足.網膜動脈蛇行.DATスキャン正常.MRIにて白質病変,小脳,基底核んにmicrobleeds多発.診断は?

症例13.小脳性運動失調と舞踏運動を呈した45歳男性
両親血族婚.19歳,ふらつきにて発症.認知機能低下,自咬症.緩徐に進行,40歳で,頸部・顔面の不随意運動(振戦ないし舞踏運動).四肢回内と回旋をくりかえす.嚥下障害による体重減少.小脳性運動失調軽度.同胞にも類症あり,突然死をしている.画像上,小脳萎縮あり.診断は?

症例14.神経ベーチェットの経過中に異常眼球運動を呈した女性
眼球所見で,水平方向に不規則で早い不随意運動.両上肢のすばやいふるえ.T2WIで多発病変.ステロイド+MTXによる治療で改善.診断は?

症例15.歩数をイメージすることによりすくみ足が改善したパーキンソン病.その機序は?

【解答編】
症例1.左視床下核の小脳梗塞
左視床下核の虚血病変によるヘミバリスムは,経過とともに程度が弱くなり,ヘミコレア様になることがあるとのこと.クロナゼパムは無効,ハロペリドールが若干有効だった.

症例2.歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症(DRPLA)とMTX脳症の合併の疑い.
MTXの使用が,DRPLAの経過を修飾した可能性が議論された.

症例3.MJD/SCA3(ataxin-3 65/25リピート).
DATスキャンが低下することと,立位で振戦が出てくる点が興味深い.

症例4.硬膜動静脈瘻(DAVF).
DAVFに伴う虚血に伴う,線条体の脆弱性が原因となった症例.画像所見は静脈性浮腫によるものと考えられる.既報ではDAVFで,パーキンソニズムを呈した症例は14例あり,純粋無動も2例あるとのこと.

症例5.グリシン受容体遺伝子変異に伴うびっくり病(Startle disease)/ 過剰驚愕症(Hereditary hyperekplexia).
歩行が固有感覚刺激で改善することを示した点で意義が大きい.クロナゼパムで歩行は改善した.

症例6. 臨床診断ALS-D,病理診断FTLD-TDP(脊髄前角がTDP43陽性に染色される)

症例7.グルコーストランスポーター1(Glut1)欠損症.
グルコースのトランスポーターの欠損により,中枢神経系に取り込まれず生じる代謝性脳症.早期に発作性異常眼球運動,てんかん発作で発症し,経過とともに運動誘発性ジストニア,痙性対麻痺,運動失調などを認める.低髄液糖症が診断の手がかりとなる.ケトン食治療が有効で,QOLを著しく改善させる.

症例8.有棘赤血球舞踏病.

症例9.常染色体劣性シャルルヴォア・サグネ型痙性運動失調症(ARSACS).
眼球運動制限を認めた症例報告が1例だけだがあるとのこと.通常のARSACSと比べるとかなり非典型的.

症例10. 局所性ジストニアによる一側上肢の挙上困難.
ボツリヌス毒素による治療で挙上可能になった.

症例11.Globular glial tauopathy(GGT)
錐体外路徴候と運動ニューロン徴候を共に認めるときにはGGTを鑑別に加える.

症例12.COL4A1遺伝子変異
COL4A1遺伝子は,IV型コラーゲンα1鎖をコードする遺伝子であり,血管の基底膜の障害の原因となる遺伝子変異.小血管の閉塞や出血が起こる.脳と眼の病変を筆頭に,腎臓などにも病変を形成する.

症例13.Autosomal recessive spinocerebellar ataxia-16 (SCAR16; STUB1遺伝子変異)
10-20歳代で失調にて発症する.認知症,痙性対麻痺を認める.性腺機能障害あり.高度の小脳萎縮を認める.

症例14.オプソクローヌス・ミオクローヌス症候群

症例15.歩数をイメージが,内因性キューになっている可能性や.頭のなかで数を数えている可能性が議論された.





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ロンドン・ロイヤル・ホスピタル(1) -ジェームス・パーキンソンの学んだ病院-

2016年09月23日 | 医学と医療
外国の病院や大学を見学することは私の趣味である.今回,第5回欧州頭痛・片頭痛学会国際会議@グラスゴーに参加し,その帰途,ロンドン・ロイヤル・ホスピタルに立ち寄った.この病院を訪問した理由は2つある.ひとつは神経内科の領域で,もっとも有名な医師のひとりであるジェームス・パーキンソン(James Parkinson, 1755―1824)が学んだ病院を見たいと思ったため,ふたつめは,アカデミー賞最多8部門にノミネートされた映画「エレファントマン」のモデルが最後の数年を過ごした病院であり,その資料を見ることができるためだ.

地下鉄ホワイトチャペル駅(ディストリクト/ハマースミス&シティ線)を降りると,すぐ右手に古い建物(写真A)と新しい高層のビルが見えてくる.病院までの道は,ロンドンの街なかと明らかに異なるエスニックな雰囲気で,院内も有色人種が多く,ムスリムと分かるスカーフをつけた女性も多かった.患者層が豊かな人ばかりではないという印象を受けたが,そもそもこの病院は1740年にロンドン東部初の貧困層の救済を目的とした無料の病院として作られたことを考えると当然かも知れない.パーキンソンは1789年に始まったフランス革命の影響をうけて,政治運動に活躍したと言われているが,この病院で政治の改革を必要とするような貧困と人間の苦悩を目撃したことがその活動に影響したのだろうと想像することができる.

ジェームス・パーキンソンについて,分かっていることを書きたい.彼は薬剤師兼外科医の息子として,1755年4月11日に生まれた(4月11日は,世界パーキンソン病の日となった).彼の医学の師は,「ドリトル先生」や「ジキル博士とハイド氏」のモデルとなった有名な外科医ジョン・ハンター(John Hunter, 1728-1793)である.「実験医学の父」として知られる優秀な外科医で,多数の動物実験や標本の作成も行った一方,解剖教室のためには法を犯して死体を調達するという裏の顔をもつのだが,ハンターについて書かれた「解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯 (河出文庫)」は強烈に面白いのでご一読をお勧めする.ちなみに種痘を開発したエドワード・ジェンナーの師もジョン・ハンターである.

パーキンソンは29歳のときに外科医の資格を得て,父の跡を継ぎ,ロンドンの開業医になり,以後,全生涯をロンドンで暮らす.外科医としても優秀で,やはり医師となる息子とともに虫垂炎で死んだ子供を解剖し,虫垂炎から腹膜炎が起こることをはじめて明らかにしたのも彼である.つまり意外なことに,彼は神経内科の専門家ではなかったのだが,外科医でありながら,精神・神経疾患にも関心を持っていた.

驚くべきことに,彼は医学や政治のみならず,地質学や化石学の研究にも一流で,彼の名前のつく化石の学名(Parkinsonia parkinsoniなど;写真B)も複数残されている.また恐竜の名前を最初に命名したのもパーキンソンだと言われており,メガロサウルス(大きなトカゲの意味)という名前をつけている.イグアノドンの化石を最初に発見したギデオン・マンテルがパーキンソンの親友で,彼がいちばん最初にイグアノドンの化石を見せたのもパーキンソンだったらしい.

そして彼がパーキンソン病について報告したのは62歳,このとき1817年,日本では解体新書の杉田玄白が亡くなった年である.6名の患者に関して「振戦麻痺に関するエッセイ(An Essay on the Shaking Palsy)」という66ページの小冊子を記載した.「振戦麻痺(Shaking palsy)」という用語はパーキンソンが命名したわけではなく,それ以前から使われていたようだ.この小冊子は5章からなり,1章が定義・病歴,6例の症例提示,2章が特有の症状(振戦と加速歩行),古来からの観察,3章が鑑別診断,4章が原因,5章が治療を記載している.「ジェームズ・パーキンソンの人と業績(豊倉康夫編著,診断と治療社)」のなかに原文と日本語訳があるが,これを読むと彼はこの疾患が脊髄由来であると考察している.この報告は当時は正当に評価されなかった.しかしその論文の序文の最後に次のような一文があり,きわめて印象的である.

「こうしてもし必要な知見が得られさえするならば,単なる推論的な示唆にすぎないこの小論文の時期尚早かも知れない発表に対して,いかなる酷評を受けても甘んじてこれに堪えるであろう.それどころか,この厄介で苦悩に満ちた病気をいやすもっとも適切な方法を指摘できるであろう諸賢の注意を喚起したとすれば,私は充分に報われるのである

パーキンソンの死後の1868年,フランスのシャルコーが「神経病に関する連続講義」で,特徴的な症状として筋強剛を追加し,また「麻痺」ではなく運動の緩慢,開始の遅れであるから「振戦麻痺」という名はふさわしくないとして「パーキンソン病」と呼ぶことを提唱した.彼の業績は死後60年以上経過して初めて評価された.

さて最後にパーキンソンの写真や肖像画について記載したい.Googleで画像検索をすると2つ顔が容易に検索される(写真C, D).しかし,両者とも名前の似た別人であることが2つの小論文により報告されている(Pract Neurol 2011, Pract Neurol 2015).肖像写真の技術が開発されたのはパーキンソンの死後15年経ってからであることと,衣服が19世紀半ばのもので時期的にも合わないのだそうだ.しかし後者の論文の中で,‘The Villager’s Friend and Physician’というパーキンソンが書いたという小冊子が紹介されていて,根拠はやや乏しいものの,村人に講義をする中央に立つ人こそが,パーキンソンだと指摘している(写真E).残念ながらロンドン・ロイヤル・ホスピタルの博物館で尋ねても,パーキンソンについての資料のありかは分からず,肖像画もなかった.しかし開設当時の病院の資料を見て,こんな病院でパーキンソンは勉強をしたのか,彼の姿を空想しつつ愉しい時間を過ごした.

ジェームズ・パーキンソンの人と業績(豊倉康夫編著,診断と治療社)
解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯 (河出文庫)
医学界新聞第2338号1999年5月17日
神経学の歴史


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多系統萎縮症における喘鳴,治療介入と予後 ―対症療法のエビデンスを確立することの大切さ―

2016年09月07日 | 脊髄小脳変性症
【論文の内容】
多系統萎縮症における睡眠中の喘鳴と,その治療としての持続的陽圧換気療法(CPAP)と気管切開術が予後に与える影響について検討した研究が,Neurology誌に報告された.イタリアからの報告で,1991年から2014年において,MSAと最終臨床診断された症例に対する後方視的研究である.喘鳴は終夜ポリソムノグラフィーにて確認し,発症から3年以内に出現した場合を早期発症喘鳴と定義した.カプランマイヤー曲線にて生存期間を評価し,その予測因子を,単変量ないし多変量解析にて検討した.

結果であるが,対象は136名,研究を行った際に113名が死亡していた.42名(31%)で喘鳴を認め,うち22名(16%)が早期発症であった.31名で治療介入が行われ,12名が気管切開術,19名がCPAPであった.生命予後に関しては,喘鳴の有無で差はなかった.しかし喘鳴を早期から認めた症例は,3年以降に出現した症例と比べ,予後不良であった(図左).治療介入群は,行わなかった群と比較して予後は良好であったものの,CPAPと気管切開術では(気管切開術で若干良い傾向はあるものの)有意差はなかった(図右).

以上より,発症から3年以内の喘鳴の出現は,生存期間の短縮を予見する因子であり,喘鳴をコントロールする治療は生存期間を延長することが示唆された.

【論文の解釈】
治療介入を行った症例数が31名と少ないこと,かつ後方視的研究である点は,論文の限界と言える.本研究は,気管切開術を行っても,CPAPと比較して,有意な生存期間の延長が得られないことを示しているが,これは私たちが報告したように,気管切開術を行っても突然死する症例が存在すること(J Neurol 2008),気管切開術だけでは中枢性呼吸障害は防止できず,却って中枢性呼吸障害が顕著となる症例が存在すること(Neurology 2008)が背景にあるものと思われる.よって生存期間の延長を目指す場合は人工呼吸器の装着を検討すべきという私たちの主張と矛盾しないように思われる(Parkinsonism Relat Disord 2016, review).ただしその場合,長期療養に伴う認知症発症リスクについての検討が必要である.

【本研究のもうひとつの意義】
本研究は,症例数の少ない後方視的研究であり,かつ私たちの経験からすると当然の結果のように思える.それでもなぜNeurology誌が採択したかといえば,臨床医が感じていたことを,エビデンスの形で示したためと思われる.つまり,対症療法も,エキスパート・オピニオンではなく,エビデンスを示していくことが重要であり,それができれば高く評価される意義深い研究になることを示していると言えるのではないか.最新号のNat Rev Neurol誌もご覧頂きたいが,筋萎縮性側索硬化症における対症療法の総説が掲載され,各対症療法のエビデンス,推奨度の現状を示している.ここでも対症療法に対するエビデンス構築の大切さが強調されている.

一般的に,対症療法の研究は,病態修飾療法を目指す基礎研究と比較して,ランクが下の研究のように思われがちである.しかしpatient-centered medicineの考え方に立てば,進行スピードの抑制を目指す病態修飾療法は,評価スケールによる評価で統計学的有意差があるとはいえ,対照と比較して実感できる効果が得られないことが神経変性疾患ではありうるだろう.これに対し,変性疾患に合併しうる痛みやうつ,疲労,不眠,終末期の呼吸困難,死への不安などの緩和を目指した対症療法は,多くの患者さんがその有り難みを実感するものである.後者は,臨床医しか行えない研究である.臨床医はエビデンスをいかに築きあげていくかというノウハウを学び,対症療法の質を上げていく必要がある.

Neurology 2016; 87, 1-9

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神経内科医の音叉の使い方(初級,中級,上級編)白と黒の残像のミステリー

2016年09月03日 | 医学と医療
神経内科医は音叉を聴力の検査のほかに,感覚(振動覚)の検査のために使用する.最近,とても奥が深いと思う論文があったので,初級,中級,上級編に分けてご紹介したい.

【初級編】
診察では,音叉を持ち,反対側の手の母指球に当ててはじくと振動する(図A).柄の部分の黒いプラスチック基部を,足踝部の内側や外側などに当て,振動が感じられなくなったら患者さんから教えてもらう.「ベッドサイドの神経の診かた(南山堂)」やOSCEの講義では,患者さんが振動を感じなくなった時の振動を,患者さんの反対側の足踝部や,検者自身で確認して評価するように書かれている.もしくは振動を感じなくなるまでの時間を測定する.必ず左右で行い,比較をする.

【中級編】
Rydel Seiffer tuning fork(図A)で,知覚可能な振動の強さを測定する.この名称は,1903年,Rydel AとSeiffer FWが,音叉を振動覚の検査に用いることを論文報告したことに由来する.音叉に白黒の三角形と,0から8の目盛りが書かれた調節子を取り付け,半定量的に振動覚を測定するのだ.振動数の少ない音叉(128 Hz;C128という)に調節子を取り付け,ネジをしっかり締めると,64 Hzの音叉になる.音叉をはじくと振動し,左右の調節子に,残像による2 つの三角形が出現する(図B).振動が減衰してくると2つの三角形は互いに接近して交差する.このとき交差した点の目盛りが振動の強さになる.正常範囲は,若年者では6~8,高齢者では4~8程度と言われている.振動覚低下があると,この目盛りが小さくなる.やはり両側で行い,比較することが大切である.末梢神経障害の重症度を,この方法で検討した複数の論文がある.

【上級編】
Rydel Seiffer tuning fork製品説明書には,白でも黒でも,読み取りやすい三角形を使い,明るさの加減で,より読みやすい方の目盛りを読みとってよいと書かれている.ところが,今回,Neurology誌に掲載されたレターにはとても驚いた.この白と黒の三角形を見比べると,交差する点の位置(高さ)にズレがあるというのだ(ビデオ).そのズレは0から8の目盛りの25%,つまり目盛りでは2も異なっている(いままで全然気が付かなかった).そして試しに,白の三角形を黒に塗ってみるとこのズレは消失するそうだ.つまり三角形の色によって残像が変わるというわけだ.なぜ差が生じるかは,脳が残像を処理する仕組みに原因があるのだろうと著者らは推測しているが,詳細は不明である.最後に著者らは,今後,音叉を振動覚評価に用いるときには,評価者間の差をなくすため,白い三角形も黒に塗るか,もしくは白黒のいずれを用いるかなど取り決めをするべきと述べている.
面白いことに,Rydel AとSeiffer FWの原著を見なおすと,2つの三角形はいずれも黒であった!(図C).いつ,なぜ,原著の黒の一方が白に変わったのか,理由は分からないとのことである.

Neurology 87; 738-740, 2016
ビデオのリンク


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