Neurology 興味を持った「神経内科」論文

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バビンスキー徴候の原著を初めて見る

2017年02月17日 | 医学と医療
バビンスキー徴候は,Joseph Babinski先生(1857-1932:ポーランド語でバビニスキ,フランス語でババンスキー)が1896年に記載した,臨床神経学においてもっとも有名な神経徴候である.バビンスキー反射と呼ばれることもあるが,足底皮膚反射のなかのひとつの徴候(sign)であり,「足底皮膚反射のなかのバビンスキー反射という二重構成になるので好ましい表現ではない」と平山惠造先生の神経症候学には記載されている.

実はバビンスキー徴候の原著(1986)は学会の抄録であり,わずか28行の報告であったことは,知る人ぞ知る臨床神経学の歴史の1ページである.しかもこの原著は初版のみで一切増刷されなかったため,入手することが極めて困難と言われていた.しかし今月号のLancet Neurology誌を眺めていたところ,その原著の写真があり,初めて目にすることができた(写真).パリの古い書店に保管されていたそうである.残念ながら自分はフランス語を読むことができないが,感謝すべきことに高橋昭名古屋大学名誉教授が全文を邦訳されておられるので,以下,ご紹介したい(脊椎脊髄28;234-237, 2015).

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【いくつかの器質性中枢神経系疾患における足底皮膚反射について】
私は中枢神経系の器質的病変による片麻痺例,下肢の単麻痺例において,足底皮膚反射の乱れ(perturbation)を観察したので,以下に略述する.
足底(注:踵から趾の基部までの範囲)を刺すことにより,正常側では,正常者で通常みられるのと同様に,大腿が骨盤に対して,下腿が大腿に対して,足が下腿に対して,趾が中足に対して,それぞれ屈曲が誘発される. 麻痺側では,大腿,下腿,足の屈曲は同様である.しかし,趾(複数)は屈曲することなく,中足に対して伸展運動をきたす.
これは,発症後わずか数日しか経っていない新鮮な片麻痺例でも,また数ヶ月経った痙性片麻痺例でも観察された;これは,趾の随意運動が不可能な患者でも,また趾の随意運動がまだ可能な症例でも確認した;しかし,この異常は恒常的なものではないことを付記しなければならない.
足底の針刺激後の趾の伸展運動は脊髄の器質病変による下肢の対麻痺の多数例でも観察した.
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これを読み,おやっと思ったことは,Babinskiは,足趾(複数)の屈曲は足底の痛み刺激で誘発されると指摘していることである.つまりこの時点では,必ずしも母趾に限っているわけではないこと,こする刺激ではなく痛み刺激であること,そして刺激部位についても詳細に言及していないことに注目する必要がある.

2年後,Babinskiは1898年の論文で,より詳しい観察をまとめ,母趾が伸展すること,こする場所は足底の外側であること,麻痺の強さと出やすさは関係がないこと,錐体路の障害で生じること,新生児でもみられること,ヒステリー・ミオパチー・末梢神経疾患では認めないこと(注:Babinskiの師であるCharcotは晩年,ヒステリーの研究に没頭したことが影響し,ヒステリーで見られない客観的所見を探していた)などを記載している.さらに1903年に,開扇現象(足底の刺激により,しばしば趾の1本ないし数本の外転がみられること;fanning)を報告している.

高橋昭先生は,Babinskiによる上記の3つの報告は,「単なる発見と記載のみでなく,多くの症例の観察を通し,系統的,科学的,分析的に研究を推進して,この現象と器質的な錐体路病変との関連を強調した点に意義がある」と記載されておられる.まったくその通りであると思う.

ちなみに高橋先生の総説では,豊倉康夫先生によるバビンスキー徴候の誘発手技についても紹介されている(Clin Neurosci 18;478, 2000).これによると「下腿の位置はやや外旋位,膝は軽い屈曲ないし伸展位とし,頸は反対側に向け,足の温度は暖かくし,長時間歩行をさせ,緊張時・交感神経緊張状態」に行うとより出やすいようである.Babinskiに劣らず症例の観察を行っていることを示すものであり,感嘆せずにいられなかった.



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アイスクリーム頭痛研究の最前線 ―その遺伝と誘発法,そしてねこ―

2017年01月19日 | 頭痛や痛み
アイスクリーム頭痛(Ice cream headache:ICH)は,冷たいものを食べたときに生じる頭痛で,英語では「brain freeze」とも呼ばれる.国際頭痛分類第2版で,アイスクリーム頭痛は正式名称として使用されたが,第3版β版では「寒冷刺激による頭痛」と名称が変更された.自分もアイスクリーム頭痛があるため関心があり,過去2回ブログに取り上げ,そのメカニズムと対処法を記載した.

なぜアイスクリームで頭痛が起こるか?
寒さによる頭痛,脳卒中とその対策

ただアイスクリーム頭痛は健康に害を及ぼさないことから,あまり研究意欲を掻き立てないようで(笑),論文は少ない.しかしドイツは頑張っていて,2016年の特筆すべき2つの研究もドイツのものであった.ドイツ人はアイスクリームが大好きで,その消費量は世界8位だそうだ(ちなみに日本は17位).

さて以下,2016年の注目すべき2つの研究を紹介する.

1.アイスクリーム頭痛の遺伝
10~14歳の生徒283名,その親401名,そして教師41名を対象として,自己記入式質問票を用いて,国際分類に基づいた頭痛の診断を行った.親子の頭痛の関連,そしてアイスクリーム頭痛とその他の頭痛の関連について検討した.

結果であるが,生徒におけるアイスクリーム頭痛の有病率は62%で,性差なし.しかし,成人では有病率は減少し,女性36%,男性22%と,女性に多く認められた(図左).
遺伝に関しては,両親にアイスクリーム頭痛を認めるとき,子供の有病率は増加した(オッズ比は母の場合10.7倍,父の場合8.4倍と高い).両親にその他の頭痛があっても,子供のアイスクリーム頭痛の有病率に影響はなし.
一方,アイスクリーム頭痛を認める生徒,成人とも,他の頭痛(主に片頭痛が多い)の有病率が増加した(オッズ比は生徒2.4倍,父6.8倍,母2.9倍).逆にその他の頭痛がない場合,アイスクリーム頭痛の有病率は減少した(オッズ比0.4未満).

以上より,(1)アイスクリーム頭痛は子供に多く,成人では少なくなること,(2)アイスクリーム頭痛には遺伝的素因があること,(3)アイスクリーム頭痛はその他の頭痛(主に片頭痛)の危険因子となることが明らかにされた.


2.実験的アイスクリーム頭痛
誘発方法としては,角氷,氷水,アイスクリームが知られている.しかしどの方法が良いのか,また異なる方法で頭痛のタイプが変わるのかは不明であった.このため,角氷と氷水という2つの誘発法を比較する研究が行われた.ひとつは角氷(-16℃)を口腔に入れて,舌と硬口蓋で90秒圧迫し冷却する方法,もう一つは氷水(0℃)200ccを一気飲みする方法である.

さて結果であるが,氷水のほうが角氷より頭痛をより高頻度に誘発した(39/77=51%対9/77=12%). また氷水で頭痛はより早く出現し(中央値15秒対68秒),痛みの程度も強かった.頭痛の出現場所は変わらなかった(図右).頭痛の性状は異なり,角氷では圧迫するような痛み,氷水では突き刺すような痛みであった.氷水による頭痛の26%に,最初の頭痛のあとに2回めの頭痛が出現した(アイスクリーム頭痛に2つの種類・機序が存在する可能性を示唆する.).流涙はアイスクリーム頭痛を認めた人で多く認められた(三叉神経・自律神経反射を示す).
以上より,氷水は角氷と比べ,高頻度に,出現潜時の短い,より強い頭痛を来すことが分かった.このことは温度より冷却される部位の広さや,冷却のスピードが重要であることを示している.

ちなみに自分でも試してみた.やはり角氷では誘発されず,氷水では軽度の痛みが出現した.角氷は局所的に冷却されるが,溶け出した氷水によって徐々に口腔内が冷却される感じがした.一方,氷水は,確かに一度に急速に口腔全体が冷却される感じがした.やはりアイスクリーム頭痛の誘発法は氷水が良さそうである.

3.ねことアイスの実験
アイスクリーム頭痛と片頭痛は関連する可能性が複数報告されている.アイスクリーム頭痛では,三叉神経や舌咽神経に対する寒冷刺激が引き金になること,寒冷刺激に伴い,血管の急速な収縮と拡張が起こり,血管周囲に分布する三叉神経が刺激され神経原性炎症が起こることなど,片頭痛の病態とオーバーラップがみられる.

そうであれば,きっとねこにもアイスクリーム頭痛があるはずだ.なぜなら片頭痛の実験にしばしばねこが用いられるためだ.このため以前から,我が家のねこのキキちゃん(あめしょー4歳)にアイスクリームやかき氷を何度も与えてみたのだが,ただ美味しそうに食べているだけだった(どうも大好物らしい).結果に納得がいかずネットを調べたところ・・・いくつもの動画がありました.ねことbrain freezeで検索するとたくさんある.一瞬,頭が痛くなり,びっくりするようである.当然,動画はドイツからのものである.

Cats gets brain freeze Compilationn


Zierz AM et al. Ice cream headache in students and family history of headache: a cross-sectional epidemiological study. J Neurol. 2016 Jun;263(6):1106-10.

Mages S et al. Experimental provocation of 'ice-cream headache' by ice cubes and ice water. Cephalalgia. 2016 May 19. pii: 0333102416650704. [Epub ahead of print]

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孤発性脊髄小脳変性症の分類はどうあるべきか ーSAOAという考え方ー

2017年01月13日 | 脊髄小脳変性症
近年,神経変性疾患の臨床診断と病理診断の区別が厳密に行われるようになった.例として,臨床診断-大脳皮質基底核症候群(CBS)と病理診断-大脳皮質基底核変性症,そして臨床診断-リチャードソン症候群と病理診断-進行性核上性麻痺が挙げられる.では脊髄小脳変性症はどうだろうか?実はこのような区別が曖昧なままにある.具体的には,臨床診断・遺伝子診断に基づく疾患群の総称が脊髄小脳「変性症」(SCD)で,その中の孤発例は皮質性小脳「萎縮症」および多系統「萎縮症」で,遺伝性は脊髄小脳「失調症」1型,2型・・・・(SCA)となる.つまり変性・萎縮といった病理学的概念と,失調といった臨床的概念が,厳密に区別されることなく混在しているのだ.

Brain Nerve誌に掲載された古賀俊輔先生(メイヨークリニック)による「孤発性脊髄小脳変性症の分類を再考する」という総説は,この問題を明快に議論した論文であり,一読して唸ってしまった.要旨を簡潔に述べると,まず孤発性脊髄小脳変性症の疾患概念の変遷を概説し,そして本邦と諸外国で用いられている疾患名の指す概念に相違があることを指摘している.その上で,これまで提唱された概念の中では「原因不明の孤発性成人発症型失調症(sporadic adult-onset ataxia of unknown etiology:SAOA)」が一番,孤発性脊髄小脳変性症の臨床診断として相応しいのではないかと提案している.

本論文の内容は下図に集約される.一番上の段は,本邦の現在の分類で,特定疾患の分類に基づくものである.つぎに「晩発性皮質性小脳萎縮症(late cortical cerebellar atrophy; LCCA)」という概念が出てくるが,これは欧米では異なる2つの定義で使用され混乱が生じうるため使用されなくなっている.具体的に,「狭義のLCCA」は下オリーブ核―小脳虫部に病変が限局する疾患を指す病理診断名で,「広義のLCCA」は二次性を含む孤発性脊髄小脳変性症を指している.一方,本邦では特定疾患において,LCCAのlateを外した「皮質性小脳萎縮症(cortical cerebellar atrophy; CCA)が使われているが,これは孤発性脊髄小脳変性症からMSAを差し引いたもので,欧米のいずれのLCCAとも合致しないという問題がある.事実,PubMedの検索で,CCAを使用している論文の65%は本邦の論文だそうだ.

次の「特発性晩発性小脳性運動失調症(idiopathic late-onset cerebellar ataxia; ILOCA)」はかつてよく目にしたものだ.これは有名なAnita Hardingが1981年に提唱したもので,3型に分類される.つまり1.オリーブ橋小脳萎縮症(OPCA),2.小脳と下オリーブ核に限局するMarie-Foix-Alajouanine(マリー・フォア・アラジュアニーヌ)症候群,3.上肢の静止時および動作時振戦の目立つ群である.OPCAは現在のMSA-Cに相当し,病理学的に独立した疾患として確立されているため,OPCAを含むILOCAは本邦のCCAとは一致しない.

最後が「原因不明の孤発性成人発症型失調症(sporadic adult-onset ataxia of unknown etiology:SAOA)」で,2002年Abeleらが提唱したものである.20歳以降発症の孤発性進行性小脳失調症のなかで,MSAと遺伝性疾患を除いたもの,つまり原因を特定できなかったものである.古賀はこのSAOAが,MSAをのぞく孤発性脊髄小脳変性症の臨床診断名として,無難な選択なのではないかと考えている.そしてこのなかに病理診断名としてのCCAが含まれるが,必ずしも純粋小脳型ではなく,振動覚低下やアキレス腱反射の低下・消失などの小脳症状以外の神経所見も見られる.

ちなみにSAOAの診断基準は以下のとおりである(Abele M et al. J Neurol 254;1384-9, 2007).
1.進行性の小脳性運動失調
2.20歳以降の発症
3.家族歴なし(第一,ニ世代の親族になし.両親は50歳以上とし,すでに死亡している場合は50歳以上の場合家族歴を否定できる.血族近なし)
4.その他の原因を認めない(髄液異常,後頭蓋窩の梗塞・出血・腫瘍病変,アルコール依存,抗てんかん薬の長期内服,中毒,傍腫瘍症候群,抗GAD抗体陽性,ビタミンB12,E欠乏,梅毒,脳炎,甲状腺異常など)
5.亜急性発症ではない
6.遺伝子診断で陰性(SCA1,2,3,6,17,fMR1 premutation,FRDA)
7.Gilman分類のprobable, possible MSAではない

本論文を拝見し,MSAを除く孤発性脊髄小脳変性症の臨床診断名として,SAOAを使用することは妥当と思われる.ただしSAOAにしてもILOCAにしても,世界的に見て,現在,頻用されているわけではない.この件に関して古賀先生と議論させていただいたが,メイヨークリニック神経内科のWszolek教授とその周辺は「まずSAOAをいう診断をつけ,そこから遺伝子診断をはじめ各種検査を行い,鑑別診断を進める」というように暫定的な診断名として用いているとのことである.しかし「SAOAを使うことが世界的な流れになっているとまでは言えない」そうだ.
今後,SAOAが使われていくのか,別の名称が用いられるのか,もしくは従来のまま混沌とした状態が続くのかわからないが,少なくとも現在の問題点を認識し,議論を行っていくことが必要である.ぜひオリジナルの論文をご一読されることをお勧めする.

古賀俊輔.孤発性脊髄小脳変性症の分類を再考する.Brain Nerve 68;1453-7, 2016



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治験の第一関門で起きた重大な悲劇から何を学ぶべきか?

2017年01月03日 | 医学と医療
昨年11月のNew Eng J Med誌に,フランスにおける脂肪酸アミド加水分解酵素(FAAH)阻害剤の臨床試験(治験)の第一相試験において,重篤な神経障害が出現し,死亡者が出たという報告がなされた.画像所見に驚いたことに加え,私も脳卒中の治療薬の開発を目指し,第一相試験は徐々に視野に入りつつあるため,大きな関心を持って本論文と関連する文献を年末年始に読んでみた.考察を踏まえて紹介したい.

【第一相試験の基礎知識】
基礎研究で期待できる創薬シーズが見つかったあと,次に行なうのが非臨床試験である.これは薬理学的試験,薬物動態試験,毒性試験に大別される.経験的に,アカデミアで論文発表のために行われる実験よりはるかに精度の高い細かい実験データが求められる.この非臨床試験の結果,有効性が期待でき,安全性にも問題がないと考えられた場合,人で行なわれるのが臨床試験(治験)である.治験は3つのフェーズに大別され,第一相が臨床薬理試験,第二相が探索的試験,第三相が検証的試験である.第一相試験は,主に健康な成人ボランティアを対象として,治験薬の安全性・忍容性および薬物の体内動態について確認するためのものである.この段階で初めて人体に投与されるため,First-in-Human(FIH)試験と呼ばれる.FIH試験に進むためには,非臨床試験のうち,安全性薬理試験,薬物動態試験,反復投与毒性試験,遺伝毒性試験,がん原性試験,生殖発生毒性試験を行なう必要がある.第一相試験の試験デザインとしては,用量漸増試験が一般的に行われる.
臨床試験に関する詳細を学ぶために,以下の書籍は分かりやすく,お薦めしたい.

臨床試験ベーシックナビ―クリニカルクエスチョンにこたえる!
医師主導治験 STARTBOOK
またICH E8(臨床試験の一般指針)もぜひ確認していただきたい.

【第一相試験における過去の重大事故:TGN1412事件
第一相試験で重大な有害事象が生じた事件として,英国で2006年に行われたTGN1412(T細胞表面のCD28に結合するスーパーアゴニスト抗体)の治験が有名である.健常ボランティア8例のうち実薬投与を受けた6人全員が,重篤なサイトカイン・ストームを引き起こし,多臓器不全に陥り,一時は全員が集中治療室に入った.幸い,全員退院したが,1人は壊死によって手指を切断されるに至った(図).英国医薬品庁(MHRA)は最終調査報告で,開発過程での過失は認められないと結論づけた.しかし,無過失と結論づけたため,再発予防はどうしたら良いのかという混乱が生じた.またなぜ6人同時にテストしたか,どうしてまずは1人から始めなかったのかという批判はあった.
原文(PDFフリーダウンロード)


【FAAH阻害薬とその神経合併症】
脂肪酸アミド加水分解酵素(fatty acid amide hydrolase:FAAH)はその活性が低下すると,内因性カンナビノイドの量が増加する.カンナビノイドは大麻(cannabis)が含む多数の生理活性物質の総称である.このFAAHを阻害する薬剤は,内因性カンナビノイドの作用により,動物モデルで鎮痛作用および抗炎症作用を示し,鎮痛剤や抗うつ剤としての臨床応用が期待されている.そしてFAAH阻害剤の一部は,すでに第一相試験,第二相試験が行われている.

今回の論文は,ポルトガルのBial社が開発した可逆的経口FAAH 阻害薬BIA 10-2474を,フランスのレンヌ大学において健常ボランティアに投与した結果を,治験担当医師が報告したものである.まずこの薬剤は,単回投与(0.25~100 mg)と反復投与(2.5~20 mg を 10 日間)が行われ,健常ボランティア計84例に投与された.この結果,重度の有害事象は報告されなかった(詳細は記載なし).このため,別のコホートを募り,プラセボ(2 例)と,BIA 10-2474投与群(6 例)に割り付け,50 mg/日の反復投与が行われた.後者の6 例のうち 4 例から,臨床・画像データを公表する同意が得られた.

投与開始 5 日目より,4例中3 例に急速進行性の神経障害が出現した.具体的には,頭痛,小脳症候群,記憶障害,意識障害がみられた.図は症例1の投与6および8日目の頭部MRIであるが,橋や海馬を中心に,両側左右対称性に異常信号病変と微小出血が,急速に拡大する重篤な病変であることが分かる.ちなみにカンナビノイド受容体は海馬には存在するが,橋にはないため,これらの病変は内在性カンナビノイド系の分布とは一致しなかった.この症例1は脳死と判定され,その後,剖検がなされたが,著者らには結果が開示されず,論文に記載はない.残りの2例は症状は回復を認めたものの,1 例は記憶障害が残存,もう 1 例は小脳症候群が残存した.この中枢神経障害の発症機序は不明であると記載されている.

論評を読むと,結果的に6例中1例が死亡,4例に重篤な神経障害が見られたようだ.Bial社は,第一相試験に参加した複数のボランティアが深刻な副作用を被ったことに後悔の意を表明し,また同じFAAH阻害薬であるJNJ-42165279の第二相試験を行っていたジョンソン・エンド・ジョンソン社も試験を中断した.


【この悲劇的な出来事から何を学ぶべきか?】
本臨床試験の失敗は,非常に大きな衝撃を関係者に与え,同じ号のNew Eng J Med誌ではEuropean Medicines AgencyのSergio Boniniが論評を,また米国神経学会のNeurology Today紙にも特集記事が掲載された.論点をまとめると以下の3点になるだろう.

1.情報の開示の問題
まず十分な情報が開示されていないという問題がある.同意の得られなかった2例については臨床情報の記載がなく,また死亡例の剖検所見は治験担当医に開示されず,論文にも記載はなかった.さらに論文の前半部の健常ボランティア計84例に投与した臨床情報が「重篤な副作用はなかった」とあるだけで,重篤でない副作用を含め,ほとんど記載されていない.

情報が開示されなかった理由は2つあり,「薬剤開発における商業的利益の保持」「個人情報開示の不同意」の問題である.しかし「公共の利益」に関わる重要な問題であることから,上記の2つの権利は制限され,遅滞することなく情報を開示すべきであるという考えもある.

2.治験をいつ中止するかという問題
この研究で一番の問題は,最初の症例に重篤な症状が出たあとすぐに,試験を中止しなかったことである.臨床試験に携わる医師は,試験を完遂することに努力するだけではなく,臨床的な常識を用いて,中止すべきときは中止をする必要があるということだ.しかしそのために,治験に関わる医師は治験薬の効果と安全性について十分理解する必要がある.しかし,第一相試験前の非臨床データが発表されることは稀で,共有されないことが多い.健常ボランティアや患者さんを守るためには,十分な情報の共有が必要である.また被害を最小限にするためには,すべての参加者に同時に治験薬を投与するのではなく,ずらして重ならないようにすることも大切である.

3.いかに治験参加者を守るかという問題
臨床試験ではまず安全性(リスク),つぎに効果(ベネフィット)の評価が行われ,その結果として,リスク・ベネフィット比を求め,治験薬の有用性を判断する.しかし,第一相試験は,健常ボランティアに行なうため,当然,何の効果も期待できず,ただ単にリスクのみ生じうるものだ.よって情報の開示とセーフガードがない限り,倫理的に認められない試験と言える.

ではどのように安全性を確保すべきか?非臨床面では,治験薬の薬理動態や毒性試験のデータより,最小推奨初回投与量をいかに決定するか,増量の方法や間隔はどのように決めるかの議論が必要である.一方,臨床面では,安全性に関連して,用量増量を許可するときのルールや,2で述べた研究中止のルールが重要である(本試験でも50mgという用量に進む前の試験で何が分かっていたのかは重要である).また投与方法や食事,健常ボランティアの年齢の影響も重要である.

基本的に,第一相試験のリスクは必ずしも高いものではなく,2005年以降EUで行われた3100の第一相試験で副作用が重篤と判定されたのは2試験(0.064%)とのことである.しかし,第一相試験での有害事象はあってはならないものであり,さらに減らすための戦略を検討する必要がある.その意味で基礎・臨床の研究者が今回の報告から学ぶべきことは多い.アカデミア基礎研究者の立場としては,単に治療効果を動物モデルで示すのみならず,その作用機序を徹底的に解明することは副作用の防止につながるだろう.また自身の経験を振り返ると,安全性より有効性の証明を優先しがちであることが問題と思われる(有効性のほうが論文に書きやすいため).一方,治験を行なう臨床医の立場としては,必ずしも治験薬の情報や作用機序を理解していないことや,いざという時にボランティアや患者さんの安全を守る行動を迅速に取れるかということが問題として考えられる.経験的に,有害事象の早期の段階で,治験を中断するのは勇気がいる.加えて,基礎と臨床の両者の連携,情報交換も重要と言えるだろう.

Kerbrat A et al. Acute Neurologic Disorder from an Inhibitor of Fatty Acid Amide Hydrolase. N Engl J Med. 2016 Nov 3;375(18):1717-1725. 




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「四当五落」は誤りだった@新潟日報「座標軸」

2016年12月27日 | 睡眠に伴う疾患
「四当五落」という言葉がある.1日4時間睡眠でがんばった受験生は合格し,5時間以上だと落ちるという意味である.これは本当かという議論が実は以前からあった.個人的には間違いだと考えていて,先日,講演させていただいた睡眠に関する市民公開講座で根拠とともにお話したところ,地元紙に記事として取り上げていただいた!その要旨は「脳は寝ている間に,日中,取り入れた情報を整理し,記憶として固定(定着)させるので,学習したことを効率的に固定させるためには,睡眠時間を削ることはもったいないことなのだ」ということだ.

根拠として,2011年にNat Neurosci誌に報告された論文を紹介したい.この論文は,記憶の固定には徐波睡眠と呼ばれる深い睡眠段階が重要であることを示している.脳波をモニターし,徐波睡眠にあるときに,ビーッという音を鳴らして,(起こすことなく)浅い睡眠段階に移行させると,寝る前に行った課題の記憶が低下すること,そして機能的MRIの評価で,記憶を符号化する脳の部位である「海馬」の活動が低下することが示されている.つまり「海馬」が関わる記憶は,深い睡眠によって固定されることを意味している.

受験生のいるご家庭から反響があった.記事を読んだ受験生が「脳を研究する大学の先生も言っているのから,もう寝るよ」と言って早くから寝てしまったとご両親が嘆いているそうだ.ちょっと心配になってきたが,もちろん睡眠前にしっかり記憶することが大切だ.一定の睡眠時間を前提にした勉強計画を作っていただきたい.

Diekelmann S et al. Labile or stable: opposing consequences for memory when reactivated during waking and sleep. Nat Neurosci. 2011 Mar;14(3):381-6. 





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ハーバード大学が行った「ポケモンGO」の運動効果に関するエビデンス

2016年12月22日 | 医学と医療
ポケモンGOは本年6月に公開されて以来,5億回を超えるダウンロードがなされた.歩くとポケモンに出会えたり,歩いた距離によりポケモンのタマゴが孵ったり,アメをもらえたりするため(笑),プレイヤーは散歩をたくさんするため,健康に貢献する可能性が指摘されていた.今回,BMJ誌のクリスマス特集号に,早速,ポケモンGOの健康効果についてのエビデンスが報告されたので簡単にまとめたい.ハーバード大学公衆衛生,疫学教室の研究である.

研究目的は,ポケモンGOをインストールした後の6週間で,どれだけ歩数に変化があったかを調べることである.研究デザインはオンラインでの調査データを用いたコホート研究である.対象は,米国に在住するiPhone6ユーザーで,Amazon Mechanical Trunkというアマゾンウェブサービスの一つを利用している18歳から35歳の男女とした.主要評価項目はポケモンGOインストール前4週と,開始後6週におけるiPhone6アプリ「Health」の万歩計に記録された1日の歩数とした.歩数は自動的にスクリーンショットに記録され,これを転送される仕組みになっている.調査を完了した人は報酬として2ドル支払われる.ポケモンGOを行わない対照との比較は,difference in difference regression model(差分の差分分析:注 ある治療が導入され,その前後でアウトカムが測定されていた場合に,治療導入の前後のアウトカムの値を比較する際に,自然経過の影響を取り除くことができる解析法)を用いている.

さて結果であるが,対象は2225名であったが,(プレイして2時間でなれる)レベル5に到達しなかった人,調査を完了しなかった人,歩数データのスクリーンショットが送付されなかった人を除外し,1182名となった.このうち,560名(47.4%)がポケモンGOをプレイしていた.プレイヤーは非プレイヤーと比べ,より若く,教育レベルや収入が低く,肥満,独身,黒人に多い傾向を認めた.プレイヤーでは,インストール前の4週において4526±2697歩,歩いていた.インストール後の1週間において,歩数は955歩(95%信頼区間696−1213歩)増加した!これは11分間の歩行時間の増加に相当する.しかしこの効果は次の5週間で徐々に減少し,6週目には元のレベルにまで減少した.ポケモンGOによる歩数増加への影響因子の検討では,性別,年齢,人種,体重,居住地域に関しては有意な修飾効果は見られなかった.以上より,ポケモンGOは,1日の歩数を有意に増加させるが,その効果は限定的で6週間で消失することが示された.著者は研究の問題点として,iPhoneを携帯しているときのみ歩数が計測されることや,選択した対象が特殊である可能性があること等をあげている.

以上より,著者らは,ポケモンGOの効果は残念ながら持続せず,ケガや交通事故の危険もあるので,必ずしもポケモンGOによる運動を推奨していない.しかしながら,一部には運動効果が持続する人もいると思われること,今回の検討に含まれなかった子供では結果が違う可能性があること,そして運動以外の効果,つまり社会とのつながりや感情への影響も期待できることを最後に述べている.BMJ誌のHPでは,著者へのインタビューも見ることができます・・・

さて,いかがでしたでしょうか?恒例のBMJ誌のクリスマスプレゼント,仮想おもしろ論文の一つを読みました.なかなか凝っていて,何も言われないと本物の論文と間違うかもしれません.ただ,倫理委員会の承認や参加者のインフォームド・コンセントがMethodにないことで仮想論文と疑うことはできます.報酬が2ドルであることや,ポケモンプレイヤーの特徴に関する記載,グラフのポケモンボールマークからは,著者のユーモアや偏見(?)が伺われ,くすっとさせられます.いずれにしても,いかに論文らしく見せ,かつユーモア,ウィットを含めるかが勝負です.ハーバードの本気度を楽しみました.

ちなみに,差分の差分分析については以下のブログが分かりやすいです.
差分の差分分析(Difference-in-differences design)

Gotta catch’em all! Pokémon GO and physical activity among young adults: difference in differences study






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安全なHolmes-Stewart反跳現象の診察とその意義

2016年12月03日 | 医学と医療
他の先生がされる神経診察を拝見することはとても勉強になる.とくに自分が普段行っていない診察を見せていただくと,次回,試してみようと思う.Cure PSPという,米国の進行性核上性麻痺の患者会が作成したビデオ(PSP, CBD, PSPの症状と診断)を見ていたところ,面白い2つの診察に気がついた.いずれも小脳機能の診かたである.

Symptoms and Diagnosis; PSP, CBD and MSA


ひとつめは4分53秒頃から始まるfinger chase maneuverという測定過大(hypermetria)の診察に役に立つ診察である.検者は人差し指を任意の位置に動かしては止め,それを患者も同じく人差し指で追う(chaseする)というもの.患者の指は検者の指を通り越して,行き過ぎること(overshootすること)を,短時間で複数回診ることができる.

ふたつめはcheck reflexである.上記のfinger chase maneuverに引き続いて出てくる.これは小脳半球症候群として障害側にあらわれる徴候であるが,Holmes-Stewart現象の名称のほうが有名だろう.「ベッドサイド神経の診かた(南山堂)」にはスチュアート・ホームズ反跳現象と記載されている(図A).また「神経診察:実際とその意義(中外医学社)」には,診察手技の説明に加え,その解釈についても以下のように記載されている.

「検者が患者の手を持って維持し,患者に自分自身の胸に向かって力いっぱい手を引かせる.そして突然検者の手を離し抵抗を取ってしまう.健常者では,自分の手で自分の胸を打つことはないが,小脳に異常があると自分の胸を強打してしまう(これを本現象陽性とする)(図B).この現象は,手を胸に引くという動きを止める運動(拮抗筋:上腕三頭筋)の開始の障害(時間測定障害)と,筋のトーヌス低下による要素とが合わさって起きている現象ではないだろうか.この検査のときは,患者が自分で自分を打って怪我をすることがあるため,検者が患者の手をブロックできるように構えておくことが重要である

ちなみにcheck reflexのcheckは,abruptly checked,つまり急に止めるの意味だと思われる(もし違っていれば教えてください).この診察はかつて行ったものの,図A,Bのように検者は患者が怪我しないようにブロックするとはいえやはり危険なので,次第に行わなくなった.しかしビデオを見てみると,閉眼し,バレーの肢位を取ってもらい,検者は患者の手首のあたり上から抑え,抵抗に抗して力を入れてもらう.そして急に押さえていた手を離すと,患者は止めることができず手のひらが大きく上に動く.これならば安全に施行できる!まさに目から鱗である.

もうひとつちなみに,Gordon Holmes(1869-1949)およびPurves Stewart(1869-1949)とも有名なイギリスの神経内科医である.Gordon Holmesは第一次世界大戦の際に,銃により小脳を損傷した兵士を多数診察し,上記の所見に気がついたということだ.

しかしGordon Holmesの原著(Stewart & Holmes. Brain 1904)やその解説(Ronald WA. Arch Neurol 1977)を読むと必ずしも小脳性運動失調のためだけの診察ではないことが分かる.通常,急に抵抗を離すと,少し力を入れていた方向に(つまり胸の方向に)動いたあと,逆向きの動きが出現する.これが反跳運動なのだが,Gordon Holmesはこの反跳運動に関して以下の3点を指摘している.

1)健常肢に認められる
2)痙性を認める肢では過剰に認められる
3)小脳疾患がある場合には消失する

つまりHolmes-Stewart試験は,小脳機能の診察のみならず,痙性の有無の診察にも使用できるということだ.ビデオでみた安全なHolmes-Stewart反跳現象で,上記の3点について確認してみようと思う.



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多系統萎縮症では体重減少がないからといって栄養状態は良好と油断してはいけない!

2016年11月29日 | 脊髄小脳変性症
筋萎縮性側索硬化症では,進行にしたがって体重が減少する.高度の体重減少は予後不良を示唆するため,体重減少を防ぐための高カロリー食が推奨される.またパーキンソン病でも進行に伴い,体重が減少することが知られている.では多系統萎縮症(MSA)ではどうだろうか?私たちは,MSAにおける病期ごとの体重と栄養状態について検討を行い,論文として報告したのでご紹介したい.

【研究の結果】
対象は2001年から2014年までに当科に入院したGilman分類probable MSAの82例(男性38例,女性44例)である.65例がMSA-Cで,17例がMSA-Pであった.うち24例が2回以上の入院をしたため,のべ130回の入院があった.アルブミン値に影響を及ぼす疾患(肝腎不全,うっ血性心不全,炎症性疾患,感染)を合併する症例は,対照から除外してある.評価項目はADLによる病期(自立/車いす/寝たきり),嚥下障害の有無,摂取カロリー,body mass index(BMI)とし,栄養学的な指標としてはしばしば使用される血清アルブミン値,血清総コレステロール値,リンパ球数とした.

さて結果であるが,自立群/車いす群/寝たきり群はそれぞれ50名,52名,28名であった.摂取カロリーは病期の進行に伴い低下したが(p<0.05;Fig A),BMIには変化はみられず(p<0.05;Fig B),体重の減少は認めなかった.一方,栄養の指標である総コレステロール値,リンパ球数には変化はなかったが,血清アルブミン値は病期の進行に伴い,4.18/4.03/3.07 g/dlと有意に低下した(p<0.05;Fig C).以上より,MSAではBMIが保たれていても(体重の減少がなくても),進行期には低栄養状態を呈しうること,その指標として血清アルブミン値が有用である可能性が示唆された.つまり,体重が減っていないからといって,栄養状態が良好であると油断してはいけないのである.MSA-CおよびMSA-Pに分けて行った解析でも,病期間のBMIに差はないこと,ならびに進行に伴い血清アルブミン値が低下することが確認された.

【なぜ体重は減少しないのか?】
ではなぜ体重は減少しないのだろうか?その理由として,まず嚥下障害による摂取カロリーの減少と消費カロリーの減少の程度が同等で,バランスが取れた可能性が考えられる.またMSAでは,むしろ低カロリーの食事摂取にも関わらず,気管切開・胃瘻造設後には皮下脂肪の蓄積傾向を示すことを,都立神経病院のNagaokaらは報告し,進行期にはカロリー制限する必要性についても言及している(臨床神経50;141-146, 2010).Nagaokaらはさらに検討を進め,脂肪細胞から分泌されるレプチンがMSAではうまく働いていない(つまりレプチン抵抗性の状態にある)可能性を示している(Neurol Sci 36; 1471-7, 2015).レプチンは脂肪細胞から分泌され,視床下部にて作用し,食欲の抑制,エネルギー消費の増大,交感神経刺激に伴う脂肪分解を介して,体重減少に作用するが,肥満者ではレプチン濃度が高くなっているもののレプチンによる刺激に鈍感になり,体重減少が起こらない.これを肥満者におけるレプチン抵抗性と言うが,NagaokaらはMSAでは自律神経障害によりレプチン抵抗性が生じているのではないかと考察している.
ちなみにわれわれの検討では血清コレステロール値に変化はなかったが,Nagaokaらの検討では低下を認めている.

【まとめ】
以上の結果から,1)MSAの進行期では体重は減少せず,むしろ増加もありうる.2)症例によっては摂取カロリーを絞る必要がある.3)栄養の指標としては血清アルブミン値が有用である,とまとめることができる.

Sato T, ShiobarabM, Nishizawa M, Shimohata T. Nutritional status and changes in body weight in patients with multiple system atrophy. Eur Neurol. 2016 Nov 29;77(1-2):41-44. [Epub ahead of print]


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レム睡眠行動障害と多系統萎縮症における告知

2016年11月20日 | 脊髄小脳変性症
病名を含めた「病気に関する真実の告知(Truth telling)」は,原則として患者さんの意思表示能力が保たれる場合に実施される.しかし神経内科領域では,認知症を合併する神経難病が少なからず存在するため,告知の可否の決定は容易ではない.身体機能だけではなく,意思表示能力が進行性に低下する神経難病患者さんの意思表示能力の評価はときに難しく,主治医として,いつどのように告知を行い,その後の治療・ケアの方針の決定をサポートすべきか悩むことが多い.

これまで神経難病における告知は,筋萎縮性側索硬化症やアルツハイマー病を例として議論されることが多かったが,それ以外にも議論が必要な疾患が多数存在する.これまで検討があまりなされてこなかったレム睡眠行動障害と多系統萎縮症の臨床と告知について講演をする機会を得たので,その要旨を記載したい.

【レム睡眠行動障害(RBD)の告知】
RBDの告知は2段階で考える必要がある.つまり,(1)夜間の異常行動の診断,つまりRBDについての告知,(2)将来,高率にαシヌクレイノパチー(パーキンソン病,レビー正体型認知症,多系統萎縮症)を発症する(phenoconversionという)という真実の告知,である.Phenoconversionの頻度は,最大5年で35%,10年で76%,最終的に91%と高率であり,これを患者さんにいかに伝えるかで悩むことになる.以下,順に私見を述べたい.

1.将来の真実を告知(Truth telling)すべきか?
文献を渉猟した範囲では,告知を行うべきか,行うとすればいつ,どのように行うべきかについてコンセンサスはみつからなかった.しかし患者さんは,RBDの診断が意味することを「知る権利」を持つため,まったく伝えないことは選択肢になりにくいように思われる.医師が伝えなくてもインターネットなどで情報を得ることは十分考えられ,その場合,情報を伝えなかった医師に対する信頼は損なわれるだろう.また真実を伝えなかった医師も患者さんに対する後ろめたさを感じることになる.

2.医師の告知を妨げている要因は何か?
ひとつは,患者・家族が,発症頻度の高さに大きな衝撃を受けることが容易に想像がつくため,告知をできれば避けたいという心情である.もうひとつは,いつ,どの病型を,どの程度の確率で発症するか,正確な予測ができないため.告知しにくいということである.

3.告知する場合,いつ,どのようにすべきか?
伝える時期は,RBD症状が治療により抑制され,かつ相互の信頼(rapportラポール)が形成させた後が望ましいと思われる.また告知前には,家族から病前性格,つまり告知に耐えられるだけの精神的な強さをもつか,うつなどの精神疾患の合併がないかを探る必要がある.そして告知の内容としては,全員が発症する訳ではなく,多くは長時間を要すること,発症を遅らせる治療はまだ確立されていないが,パーキンソン病では種々の薬剤があることを伝える.そして,告知後も責任を持って定期診察を行い,精神面でもフォローアップを行うことを伝えることが大事だと考える.

【多系統萎縮症(MSA)の突然死リスクの告知】

MSAの告知においても,病名以外に,将来の突然死のリスクについての告知を検討する必要がある.以下,順に考察する.

1.いつ突然死のリスクを告知するか?

(1)非常に重い内容であるため,突然死の危険性が高くなる進行期まで,告知を避けたいという考え方と,(2)未告知の状態で,入院精査・加療中に突然死が起きるといった問題を避けるため,早期の段階で,具体的には初回入院時には告知を行うという考え方の両者がある.個人的にはあまりに早期の段階から,一律にリスクについて説明するのは患者さんに与える心理的ストレスが大きいと考え,突然死のリスクの高い症例(早期からの自律神経障害,重症・中枢性の睡眠呼吸障害)に対して告知を行なうことがより良いように考えているが,リスク予測が正確にはできないという問題もある.

2.医師の告知を妨げている要因は何か?
第一は苛酷な選択を強いる告知をできれば避けたいという心情である.人工呼吸器を装着すれば突然死は防止できる可能性は高くなるが(窒息や心臓死のため100%ではない),長期の人工呼吸器下の療養により認知機能障害が顕在化する可能性が高くなる.つまり,人工呼吸器を装着するか否かの判断は非常に難しく,苛酷な選択と言える.第二は患者さんの意思表示能力の低下である(前述の通り,意思表示能力を失った患者さんには告知は行われない).認知機能低下は必ずしも進行期に生じるものではなく,CPAP導入を検討する時期にはすでに約3分の1の頻度で生じること,認知機能障害にて発症する症例も存在することを認識する必要がある.さらに認知機能低下に加え,運動症状の増悪によっても意思の表示がしにくくなる.第三の要因は突然死リスク予測がまだ正確にできないということ(不確実性)である.欧米では突然死自体も検討されてこなかった.

3.どのように告知をするべきか?

分かりやすく説明することと,心理的配慮(思いやり,共感)をもって告知を行なうことは言うまでもない.病名のみではなく,病態,予後,治療法,医療チームの支援の関わり方,社会的サポート体制についても伝える.そして治療の自己決定(autonomy)をいかに支えるか?死の恐怖にいかに寄り添うべきかも考える.意思表示能力が不十分な場合もshared decision makingにより,残存能力を引き出す努力を惜しまないことが大切である.意思能力がないと判断した場合には代理判断となるが,これを避けるためにタイミングを逃さないことや,advanced directiveを検討することも大切である.

【まとめ】
以上より大切なことは,
1. 意思表示能力が保たれている状況での告知(タイミングを逃さない)
2. より正確な予後の予測を可能とするバイオマーカーの開発
3. 十分な心理的配慮と告知後の責任を持った対応

と考えられる.



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研究者の皆様へ -自民党河野太郎議員ブログより-

2016年11月11日 | 医学と医療
11月10日,河野太郎議員が「研究者の皆様へ」と題した記事を投稿し,大学の研究費にまつわる問題について見解を示されております.その後,様々なコメントが寄せられたようで,補足のブログが当日中にアップされ,寄せられたコメントから以下の3つの問題点としてまとめておられます.

1)研究者の雇用状況が不安定になっている
2)数十万円から100万円程度の研究費が必要な研究者が,十分な研究費をとることができていない
3)研究費をとるための事務作業が研究の時間を削っている

そして最後に「宇宙ロケット,もんじゅ・ASTRID,ITER,スパコン,スーパーカミオカンデ,カグラといった巨大プロジェクトが動く影で,小口(失礼)の研究費をどう配賦するかという問題が多くの研究者に影響しているので,この部分をどうするかが優先順位が高いのでしょうか」と結んでいます.

個人的にも全く同感で,とくに2)の小口の研究こそが,日本の医療の質の向上に貢献してきたと思っておりますし,ブログ内でも触れてある特許出願に関わる費用についての問題もとても重要だと思います.さらにコメントを募集中で,とてもありがたい機会だと思いますので,情報の共有をさせていただきます.

河野太郎議員ブログ 研究者の皆様へ


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