Neurology 興味を持った「神経内科」論文

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基礎から考えるBNP検査の臨床応用@第42回日本脳卒中学会学術集会

2017年03月18日 | 脳血管障害
大阪で行われている第42回日本脳卒中学会学術集会にて標題の講演を拝聴した.循環器内科および神経内科立場から,BNPについて検討するもので大変,勉強になった(講師は京都大学中川靖章先生,日本医科大学坂本悠記先生).エッセンスを以下にまとめたい.

【基本知識】
ナトリウム利尿ペプチドは,心臓や血管,体液量の恒常性維持に重要な役割を担う.
ナトリウム利尿ペプチドファミリーは3種類存在し,我が国の研究者により発見された.

ANP(心房性ナトリウム利尿ペプチド)
BNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)
CNP(C型ナトリウム利尿ペプチド)

ANPは主に心房から,BNPは心房,心室(心室>心房)から分泌される(心房からは10%程度,このため心房細動でも上昇する).
BNPは主に心室から,壁応力(伸展ストレス)に応じて遺伝子発現が亢進し,速やかに生成・分泌される.

BNP遺伝子から転写,翻訳後,BNP前駆体ができ,それが切断され,生理活性をもつBNP(成熟型)と,生理活性を持たないNT-proBNP(N末端型)が等モルで分泌される.

【心疾患とBNP】
心不全では心室からのANP,BNP分泌が増加するが,BNPのほうが変化の幅が大きく,左室機能の指標ともよく相関するため,心不全の診断のための良い指標となった.

日本心不全学会のステートメントでBNPの心不全診断へのカットオフ値が定められている(図).
18.4 pg/ml以上;心不全の可能性は低いが,可能なら経過観察
40 pg/ml以上;軽度の心不全の可能性があるので精査,経過観察
100 pg/ml以上;治療対象となる心不全の可能性があるので精査あるいは専門医に紹介

ある数値以下に維持しなければならないという絶対的な目標値はない.
しかし,同一症例における過去の数値との比較は有用である.
NT-proBNP値については,まだコンセンサスが得られていない.



呼吸困難の原因診断も有用である(心疾患で上昇し,呼吸器疾患では上昇しない).

急性心筋梗塞後のBNPの経時変化は2峰性である.
弁膜症,心筋症(DCM,HCM)でも上昇する.
僧帽弁狭窄症では,DCMと比べてBNPは上昇しにくい.
HCMは心筋量が多いので著明に上昇しうる.

【心房細動とBNP】
心房細動では,発作性,および持続性のいずれも100 pg/ml前後まで上昇する.
発作性心房細動では,洞調律に戻るとBNPは低下する.
経時的にBNP値をフォローすることによって,発作性心房細動のイベントや,心房細動の慢性化を予測することができる(Tsuchida et al. J Cardiol 2004;44,1-11).

【BNP上昇に影響を与える心臓以外の因子】
・胸部Xpにおける肺うっ血の存在
・高齢
腎機能障害(BNPは腎でクリアランスされるため)
BMI低下(脂肪細胞はクリアランスに影響する,BNP遺伝子発現にも影響する)
炎症反応(心筋炎で著増)
・その他(貧血,critical illness,細菌性敗血症,重症やけど等)

血中には生理活性の異なるProBNPも存在する.この存在割合も臨床像に影響をする可能性がある.

【脳梗塞とBNP】
脳梗塞急性期では入院時にBNPが上昇する症例が6割程度あり,発症4週後には低下する.BNPは脳梗塞後,経時的に変化しうる.

病型分類では,心原性脳塞栓症において明らかな上昇が見られる(カットオフ値は140 pg/ml程度).心原性脳塞栓症で上昇する理由は,心房細動の関与,もしくは器質的心疾患(心筋梗塞,DCMなどる)の関与の両者が考えられる. ➔ 心原性脳塞栓症の補助診断として有用である.

来院時に洞調律である患者さんにおいても,発作性心房細動を予測する因子となる.

心房細動とBNP高値をもつ症例はtPA療法で再開通しにくい ➔ 血管内治療を要する症例の予測に役立つ可能性がある.

BNP高値は脳梗塞患者の院内死亡と関連する(BNP高値は脳梗塞の重症度と相関し,また心不全を合併するため).

心房細動患者でのBNP高値は,脳梗塞再発と関連する(心不全による心臓内血流うっ滞は血栓形成傾向を促す)

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パーキンソン病の療養に役立つ冊子と本のご紹介

2017年03月15日 | パーキンソン病
人口の高齢化にともなって,パーキンソン病患者さんの数は,2030年までに倍増すると言われている.パーキンソン病に対する医療や療養が正しく行われることがますます重要になるが,その診断法や治療は10年前と比べると大きく進歩していることから,医療従事者はもちろんのこと,患者さんやそのご家族も新しい知識を正しく理解する必要がある.インターネットではさまざまな情報を入手できるが,それらは玉石混交であり,何が医学的に根拠がある情報かを判断することは必ずしも容易なことではない.最新,かつ正しい知識を分かりやすく提供してくれる冊子と本をご紹介したい.

1)パーキンソン病の療養の手引き
Q & A形式で構成された分かりやすい手引書で,平成17年に作成された「パーキンソン病と関連疾患の療養の手引」を大幅に改訂したものである.今回の改訂で,この10年で大きく進歩した非運動症状(自律神経障害,睡眠障害,精神症状,認知機能障害等)や,薬物・手術療法の進歩が追加されている.厚生労働科学研究費補助金にて京都大学高橋良輔教授が中心になり作成された.私も非運動症状の一部をお手伝いさせていただいた.下記リンクより,無料でダウンロードできるので,ぜひご活用いただきたい.
冊子へのリンク

2)パーキンソン病とともに生きる -幸福のための10の秘密(アルタ出版)

パーキンソン病患者さんとそのご家族がもつ「人生と生活をより良くするために何ができますか?」という質問に対する助けとなるような本を,フロリダ大学のパーキンソン病の専門医Michael Okun教授が執筆し,その仲間の先生方が多く言語に翻訳したものである.日本語訳をされた順天堂大学大山彦光先生も,Okun教授のもとで勉強をされた神経内科医のホープである.その内容は,パーキンソン病の症候,脳深部刺激療法,うつ・不安の治療,睡眠,薬による中毒様症状(衝動制御障害等),運動,入院への準備,新しい治療,希望の大切さに及ぶが,専門用語を極力避け,非常に分かりやすく書かれており,大変,勉強になった.大山先生は「普通に生活されていた方がある日突然パーキンソン病と宣告され,途方に暮れてしまったとき,ぜひ手にとって読んでいただきたい」と述べておられる.お薦めの本である.

パーキンソン病とともに生きる―幸福のための10の鍵



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認知症を主徴とするCBDの臨床診断は難しい

2017年03月10日 | 認知症
病理学的に診断が確定した210例のCBD症例の解析の結果,いわゆるArmstrong基準では4つの表現型,すなわちCBS(大脳皮質基底核症候群),Frontal behavioral-spatial syndrome (FBS;前頭葉性行動空間症候群),Nonfluent/agrammatic variant of primary progressive aphasia (naPPA;原発性進行性失語 非流暢性/失文法 異型),Progressive supranuclear palsy syndrome (PSPS;進行性核上性麻痺症候群)が採用された.しかし,これ以外にアルツハイマー病様認知症(AD-like dementia)という表現型が存在することも指摘されていたが,この表現型は診断基準に採用されなかった.その理由は,ADとの鑑別が難しく,疑陽性が増加するためである.しかし,これまでCBDとADの認知症の特徴の違いや鑑別について検討した研究はほとんどない.今回,認知症を主徴とするCBDの臨床像,診断,そして病理所見について,検討した研究がセントルイス・ワシントン大学より報告されたので紹介したい.

方法は,初診時に明らかな認知機能障害を呈し,かつ最終的に病理学的に診断されたCBD 17例とAD16例を比較している.いずれの症例も1年毎に問診,神経学的所見,神経心理検査を受けている.初診時および最終の臨床診断,合併する神経症候,合併病理を含む病理診断と臨床への影響について検討している.以下,結果を述べる.

1)CBDの臨床診断は可能か?
ADの16例については,初診時15/16例(94%)がADと診断し,最終臨床診断も15/16例(94%)がADと変わらなかった.一方,CBDは初診時2/17例(12%)のみCBDと診断した.この2名とも典型的なCBSの臨床像であった.残りの臨床診断は,AD 7例,bvFTD 3例,PPA 3例,PCA 1例,多発性硬化症1例であった.また最終臨床診断では6/17例(35%)がCBDと診断され,残りは,非典型的神経症候を伴うAD 6例,bvFTD 4例,多発性硬化症1例であった.以上より,認知症を主徴とするCBDの生前診断は難しく,生前の正診率はわずか35%になることが分かる.

2)CBDを示唆する症候は何か?
CBDとADで,発症年齢や受診までの期間に有意差はなし.CBDでは初診時の認知障害として,即時記憶の障害が最も多かった.CBDは初診時,5/17人(29%)で非対称性運動・感覚徴候,腱反射亢進,歩行障害が見られたが,これら3つは初診時からCBDとADの鑑別に有用であった(図A-C).またパーキンソニズム・ジストニアは受診の2年後から(図D),転倒,尿失禁は4年後から,眼球運動異常は6年後から鑑別に有用であった.これらの項目を3つ以上認めた場合,初診から3.1年(95%信頼区間2.9–3.3年:発症から5.2年)で80%の確率で,鑑別が可能となった.またCBD症例では,エピソード記憶,遂行機能,文字流暢性の低下が急速に認められた.

3)病理所見と合併病理
CBD症例で前頭葉と頭頂葉における顕著なタウ病理が認められた.AD病理の併存がCBD症例の59%(10/17例)に認められたが,臨床表現型,認知症の進行速度,認知症の期間には影響しなかった.

結論として,本研究から言えることは次の2つである.
1)認知症を主徴とするCBD症例の臨床診断は極めて難しい
しかし以下の症候を3つ以上認めたときにはCBDに伴う認知機能障害を積極的に疑う.1つのみの場合もCBDの可能性を疑って神経心理検査等を追加し,かつ長期的な経過観察を行う.

【鑑別を可能とする症候】
A. 初期(初診から4年未満)
 非対称性運動・感覚徴候*
 病的腱反射亢進*
 歩行障害
 パーキンソニズム・ジストニア*
B. 進行期(初診から4年以上)
 転倒
 尿失禁
 外眼筋障害*
 *はCBDに特異的な臨床症候

2)ADを診断する際に,CBDが混入する可能性を考える
CBDにおいてAD病理が59%にも合併することから,今までのADの診断バイオマーカーを用いてもADとCBDの鑑別が困難である可能性がある.これはADの臨床試験を行う場合,非常に大きな問題になる.AD病理を認めるためADと診断されうるが,主な脳の病理変化はタウ病理であり,当然,ADに対する治験薬は効かないことになる.ADを診断するバイオマーカーでなく,CBDを診断するバイオマーカーが必要といえる.

Differntiating cognitive impairment due to corticobasal degeneration andnAlzheimer disease. Neurology 88; 1-9, 2017 


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標準的神経治療:不眠・過眠と概日リズム障害 -多系統萎縮症と睡眠異常-

2017年03月02日 | 脊髄小脳変性症
日本神経治療学会は,神経疾患の治療指針を定める「標準的神経治療」を定期的に発行しているが,今回,獨協医科大学神経内科平田幸一教授が中心になり,「不眠・過眠と概日リズム障害」を発表した.不眠症,中枢性過眠症(ナルコレプシー等),脳血管障害・変性疾患と睡眠異常,治療について記載され,大変,勉強になる内容になっている.このなかで私は「多系統萎縮症と睡眠異常」について執筆をさせていただき,睡眠障害の特徴と突然死の問題について,解説とエビデンス・レビューを行なった.またお問合わせが多い上気道閉塞に対するpropofol鎮静下喉頭内視鏡検査(いわゆるDISE: Drug-induced sleep endoscopy)について具体的な方法を記載した.耳鼻咽喉科の先生方との議論の際に,資料として用いていただきたいと思う.フリーで下記のリンクよりDLできるので,ぜひご一読いただきたい.

標準的神経治療:不眠・過眠と概日リズム障害







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みんなが知っておくべきスマートフォンによる視力消失

2017年02月26日 | 医学と医療
昨年のNew Eng J Med誌に,Transient Smartphone Blindness(TSB),すなわち,スマートフォンを見た直後に,一過性の単眼の視力消失を繰り返した2人の女性例が報告された(N Engl J Med 2016;374:2502–2504).この現象は,神経内科領域では,一過性脳虚血発作(黒内障)と誤診されうる.今回,さらに多発性硬化症との鑑別が困難であった症例がNeurology誌に報告されたので紹介したい.

症例は,58歳女性,2度の右眼の一過性視力消失を呈した.明け方,左側を下にしてベッドに横になり,10~15分スマホを見て,その後,立ち上がろうとした時に,10~15秒間,右眼の無痛性視力消失を呈した.1分ほどかけて徐々に視力は改善し,元通りになった.その他の神経症状や起立性低血圧症状はなし.既往歴に片頭痛,眼科疾患はなく,脳卒中の危険因子もなし.家族歴もなし.視力,色覚,瞳孔,眼底等に異常なし.頭部MRIにて両側大脳白質に複数の点状の異常信号を認めたことから多発性硬化症が疑われた.しかし脊髄MRI,VEP,髄液検査は正常で,その他の代謝・感染・炎症性疾患も否定的であった.病態修飾療法が考慮されたものの見送られた.半年後のMRIでは変化なし.最終的にTSBと診断し,画像所見は小血管病によるものと判断した.

なぜこのような現象が生じるのであろうか?この生理現象は,両眼の網膜の周辺光に対する順応の違いによって生じるものと考えられている.まず,スマホなどの電子機器を,寝た姿勢などにより単眼で見ることが引き金になる.自分もよく寝床でiPADを見ているが,しばしば片眼で見ていることに気づいていた.これは,左右いずれか一側を下にして横になると,枕などに顔が沈んで,下になっている側の眼が隠され,機能的に閉じた状態になるためだ(また自分の場合,画面が眼に近すぎると焦点が合いにくく,意識して片眼を閉じることもある).その結果,下になっている側の眼の網膜は光が届かず,暗順応の状態になる.一方,上になっている側の網膜は電子機器の強い光に晒され,明順応の状態になる.そして,スマホを見るのをやめた途端,両眼は電子機器よりも薄暗い周辺光を見ることになる.このとき,暗順応した側の眼は光を正常に知覚するが,明順応した側の眼は弱い光のため一時的に見えなくなってしまうのだ.これがTSBの仕組みであり,原著では20分間,スマホを片眼で使用したあと,実際に網膜の光感受性が低下することを網膜電図で確認している(図右).

以上より,TSBは生理現象ではあるものの,無痛性・一過性の単眼の視力消失の鑑別診断として考慮する必要がある. 脱髄疾患や一過性脳虚血発作(黒内障)と誤ることは,無用の治療につながることになる.正しく診断するためには,この現象を認識し,視力消失時の状況として,(1)寝床での電子機器の使用の有無,(2)その時の体位,(3)視力消失した側の眼で電子機器を見ていたか,を確認することが大事である.また一般のひとも無用の不安な思いをしないで済むように,このような現象があることを知っておく必要がある.

Alim-Marvasti A, et al. Transient smartphone “blindness”. N Engl J Med 2016;374:2502–2504.

Sathiamoorthi S, et al. Transient smartphone blindness: relevance to misdiagnosis in neurologic practice. Neurology 2017 (on line)



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脳卒中トランスレーショナル・リサーチの成功のために何が必要か?@国際脳卒中学会2017

2017年02月24日 | 脳血管障害
国際脳卒中学会2017@ヒューストンに参加した.目的は私どもが報告したミクログリア細胞療法に対する意見を聞くこと(Sci Rep. 2017),そして学会前日に開催された創薬研究に関するシンポジウムに参加することであった.このシンポジウムのタイトルは,"Bridge Over Troubled Water "であった.ご存知,サイモン&ガーファンクルの代表曲である.歌詞に「Like a Bridge over troubled water, I will lay me down」つまり,大切な人の身にふりかかる苦難を,荒れ狂う流れに例えて,僕はそこにかかる橋になろう(君はそこを渡って行けばいい)という自己犠牲と励ましの歌といえる.このタイトルを用いたのは,脳卒中の創薬研究の現状は「荒れ狂う流れ」であり,そこに「いかに橋を渡して」基礎研究を臨床応用につなげるかという意味である.このテーマをもとに5人の基礎・臨床の研究者が講演を行ったが,全体を通して重要と指摘されたことを以下に列挙する.脳卒中では,ここまで行わねば,動物モデルで得た知見をヒトに応用できないということにたどりついたわけである.脳卒中以外の研究領域にも大きな教訓になるのではないかと思う.

【前臨床試験の信頼度を上げる】
・治療を目指す脳卒中の病型(脳梗塞であれば塞栓症,血栓症,小血管病)に合致した動物モデルを選択する.
・複数の動物モデルで,薬剤の効果を確認する.
・一過性虚血モデルと永久虚血モデルの両者で,薬剤の効果を確認する.
・オスとメスで,薬剤の効果・副作用を確認する(女性のみ副作用が出現し,臨床試験中止になった薬剤が複数ある).投与数をそのままにすると,オスメス各群Nが半分になり検出力が落ちるが,統計は2 way-ANOVAを用いて全例を組み込む.
・複数の研究室で,薬剤の効果を確認する.
・培養細胞の低酸素・低糖刺激(OGD)は,細胞の種類により反応が異なるため,脳梗塞の病態を直接反映するものではないことを認識する.
・実験の再現性の向上のため,STAIR(stroke treatment academic roundtable),RIGOR,CAMARADESといった勧告に則った研究を行なう.実験デザイン,手技,解析についての透明性を向上する(下記文献を参照).
・サンプルサイズ推定,ランダム化,盲検化,予め定めたinclusion/exclusion criteriaを記載する.
・単に「統計学的に有意である」を超えた強力な効果を示す治療を見出す.
・出版バイアスを認識する(良い結果のみ論文になり,効果が強調されやすい.効果がないという論文は,脳虚血実験において全体のわずか2%).

【動物実験と臨床試験のあいだのgapを埋めるためのヒト試料の利用】

・Rodent are not little men!(げっ歯類は小さな人ではない.進化の過程では7500万年も前に分かれている)
・げっ歯類とヒトでは,代謝,サイズ,心拍出量,白質体積,神経発達,寿命,高次認知機能,免疫システムなどさまざまな違いがある.
・さらにヒトには高次の皮質機能があること,共存症(高血圧,糖尿病,高脂血症,加齢,認知障害,喫煙,アルコール)があること,治療開始までの遅れがあることも異なる.
・衝撃的な例として,脳出血3日目に病変に集まる細胞の種類が,ヒトとげっ歯類では異なっていることも示された.
・このため,ヒトの試料で,薬剤の効果を確認すべき.ヒトとげっ歯類の両方の試料をもちいて研究をすすめる.
・マウスは細胞特異的ノックアウト,光遺伝学,キメラ,欠失などヒトで検討できないことができる.
・ヒトの研究で見出した知見をさらに動物モデルで検証(機能解析,治療効果確認)する(Reverse translation, From bed to bench side).
・げっ歯類の検討で見出した標的分子が,実際にヒトの脳で発現するか?薬剤がヒト細胞でも目的とするpathwayに効果を及ぼすか?を確認する.
・最終的にはげっ歯類ではなくヒトにおいて,薬剤の用量,薬理動態,治療可能時間を検討することを認識する.
・ヒト試料としては,末梢血,尿,便,iPS由来神経細胞・アストロサイト・ミクログリア,髄液,神経画像(分子MRI,機能画像,PETを含む),病理標本,凍結脳がある.

【参考文献】
Landis SC et al. A call for transparent reporting to optimize the predictive value of preclinical research. Nature. 2012 Oct 11;490(7419):187-91.

Maric-Bilkan C, et al. Report of the National Heart, Lung, and Blood Institute Working Group on Sex Differences Research in Cardiovascular Disease. Hypertension. 2016 May;67(5):802-7.


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バビンスキー徴候の原著を初めて見る

2017年02月17日 | 医学と医療
バビンスキー徴候は,Joseph Babinski先生(1857-1932:ポーランド語でバビニスキ,フランス語でババンスキー)が1896年に記載した,臨床神経学においてもっとも有名な神経徴候である.バビンスキー反射と呼ばれることもあるが,足底皮膚反射のなかのひとつの徴候(sign)であり,「足底皮膚反射のなかのバビンスキー反射という二重構成になるので好ましい表現ではない」と平山惠造先生の神経症候学には記載されている.

実はバビンスキー徴候の原著(1986)は学会の抄録であり,わずか28行の報告であったことは,知る人ぞ知る臨床神経学の歴史の1ページである.しかもこの原著は初版のみで一切増刷されなかったため,入手することが極めて困難と言われていた.しかし今月号のLancet Neurology誌を眺めていたところ,その原著の写真があり,初めて目にすることができた(写真).パリの古い書店に保管されていたそうである.残念ながら自分はフランス語を読むことができないが,感謝すべきことに高橋昭名古屋大学名誉教授が全文を邦訳されておられるので,以下,ご紹介したい(脊椎脊髄28;234-237, 2015).

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【いくつかの器質性中枢神経系疾患における足底皮膚反射について】
私は中枢神経系の器質的病変による片麻痺例,下肢の単麻痺例において,足底皮膚反射の乱れ(perturbation)を観察したので,以下に略述する.
足底(注:踵から趾の基部までの範囲)を刺すことにより,正常側では,正常者で通常みられるのと同様に,大腿が骨盤に対して,下腿が大腿に対して,足が下腿に対して,趾が中足に対して,それぞれ屈曲が誘発される. 麻痺側では,大腿,下腿,足の屈曲は同様である.しかし,趾(複数)は屈曲することなく,中足に対して伸展運動をきたす.
これは,発症後わずか数日しか経っていない新鮮な片麻痺例でも,また数ヶ月経った痙性片麻痺例でも観察された;これは,趾の随意運動が不可能な患者でも,また趾の随意運動がまだ可能な症例でも確認した;しかし,この異常は恒常的なものではないことを付記しなければならない.
足底の針刺激後の趾の伸展運動は脊髄の器質病変による下肢の対麻痺の多数例でも観察した.
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これを読み,おやっと思ったことは,Babinskiは,足趾(複数)の屈曲は足底の痛み刺激で誘発されると指摘していることである.つまりこの時点では,必ずしも母趾に限っているわけではないこと,こする刺激ではなく痛み刺激であること,そして刺激部位についても詳細に言及していないことに注目する必要がある.

2年後,Babinskiは1898年の論文で,より詳しい観察をまとめ,母趾が伸展すること,こする場所は足底の外側であること,麻痺の強さと出やすさは関係がないこと,錐体路の障害で生じること,新生児でもみられること,ヒステリー・ミオパチー・末梢神経疾患では認めないこと(注:Babinskiの師であるCharcotは晩年,ヒステリーの研究に没頭したことが影響し,ヒステリーで見られない客観的所見を探していた)などを記載している.さらに1903年に,開扇現象(足底の刺激により,しばしば趾の1本ないし数本の外転がみられること;fanning)を報告している.

高橋昭先生は,Babinskiによる上記の3つの報告は,「単なる発見と記載のみでなく,多くの症例の観察を通し,系統的,科学的,分析的に研究を推進して,この現象と器質的な錐体路病変との関連を強調した点に意義がある」と記載されておられる.まったくその通りであると思う.

ちなみに高橋先生の総説では,豊倉康夫先生によるバビンスキー徴候の誘発手技についても紹介されている(Clin Neurosci 18;478, 2000).これによると「下腿の位置はやや外旋位,膝は軽い屈曲ないし伸展位とし,頸は反対側に向け,足の温度は暖かくし,長時間歩行をさせ,緊張時・交感神経緊張状態」に行うとより出やすいようである.Babinskiに劣らず症例の観察を行っていることを示すものであり,感嘆せずにいられなかった.



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アイスクリーム頭痛研究の最前線 ―その遺伝と誘発法,そしてねこ―

2017年01月19日 | 頭痛や痛み
アイスクリーム頭痛(Ice cream headache:ICH)は,冷たいものを食べたときに生じる頭痛で,英語では「brain freeze」とも呼ばれる.国際頭痛分類第2版で,アイスクリーム頭痛は正式名称として使用されたが,第3版β版では「寒冷刺激による頭痛」と名称が変更された.自分もアイスクリーム頭痛があるため関心があり,過去2回ブログに取り上げ,そのメカニズムと対処法を記載した.

なぜアイスクリームで頭痛が起こるか?
寒さによる頭痛,脳卒中とその対策

ただアイスクリーム頭痛は健康に害を及ぼさないことから,あまり研究意欲を掻き立てないようで(笑),論文は少ない.しかしドイツは頑張っていて,2016年の特筆すべき2つの研究もドイツのものであった.ドイツ人はアイスクリームが大好きで,その消費量は世界8位だそうだ(ちなみに日本は17位).

さて以下,2016年の注目すべき2つの研究を紹介する.

1.アイスクリーム頭痛の遺伝
10~14歳の生徒283名,その親401名,そして教師41名を対象として,自己記入式質問票を用いて,国際分類に基づいた頭痛の診断を行った.親子の頭痛の関連,そしてアイスクリーム頭痛とその他の頭痛の関連について検討した.

結果であるが,生徒におけるアイスクリーム頭痛の有病率は62%で,性差なし.しかし,成人では有病率は減少し,女性36%,男性22%と,女性に多く認められた(図左).
遺伝に関しては,両親にアイスクリーム頭痛を認めるとき,子供の有病率は増加した(オッズ比は母の場合10.7倍,父の場合8.4倍と高い).両親にその他の頭痛があっても,子供のアイスクリーム頭痛の有病率に影響はなし.
一方,アイスクリーム頭痛を認める生徒,成人とも,他の頭痛(主に片頭痛が多い)の有病率が増加した(オッズ比は生徒2.4倍,父6.8倍,母2.9倍).逆にその他の頭痛がない場合,アイスクリーム頭痛の有病率は減少した(オッズ比0.4未満).

以上より,(1)アイスクリーム頭痛は子供に多く,成人では少なくなること,(2)アイスクリーム頭痛には遺伝的素因があること,(3)アイスクリーム頭痛はその他の頭痛(主に片頭痛)の危険因子となることが明らかにされた.


2.実験的アイスクリーム頭痛
誘発方法としては,角氷,氷水,アイスクリームが知られている.しかしどの方法が良いのか,また異なる方法で頭痛のタイプが変わるのかは不明であった.このため,角氷と氷水という2つの誘発法を比較する研究が行われた.ひとつは角氷(-16℃)を口腔に入れて,舌と硬口蓋で90秒圧迫し冷却する方法,もう一つは氷水(0℃)200ccを一気飲みする方法である.

さて結果であるが,氷水のほうが角氷より頭痛をより高頻度に誘発した(39/77=51%対9/77=12%). また氷水で頭痛はより早く出現し(中央値15秒対68秒),痛みの程度も強かった.頭痛の出現場所は変わらなかった(図右).頭痛の性状は異なり,角氷では圧迫するような痛み,氷水では突き刺すような痛みであった.氷水による頭痛の26%に,最初の頭痛のあとに2回めの頭痛が出現した(アイスクリーム頭痛に2つの種類・機序が存在する可能性を示唆する.).流涙はアイスクリーム頭痛を認めた人で多く認められた(三叉神経・自律神経反射を示す).
以上より,氷水は角氷と比べ,高頻度に,出現潜時の短い,より強い頭痛を来すことが分かった.このことは温度より冷却される部位の広さや,冷却のスピードが重要であることを示している.

ちなみに自分でも試してみた.やはり角氷では誘発されず,氷水では軽度の痛みが出現した.角氷は局所的に冷却されるが,溶け出した氷水によって徐々に口腔内が冷却される感じがした.一方,氷水は,確かに一度に急速に口腔全体が冷却される感じがした.やはりアイスクリーム頭痛の誘発法は氷水が良さそうである.

3.ねことアイスの実験
アイスクリーム頭痛と片頭痛は関連する可能性が複数報告されている.アイスクリーム頭痛では,三叉神経や舌咽神経に対する寒冷刺激が引き金になること,寒冷刺激に伴い,血管の急速な収縮と拡張が起こり,血管周囲に分布する三叉神経が刺激され神経原性炎症が起こることなど,片頭痛の病態とオーバーラップがみられる.

そうであれば,きっとねこにもアイスクリーム頭痛があるはずだ.なぜなら片頭痛の実験にしばしばねこが用いられるためだ.このため以前から,我が家のねこのキキちゃん(あめしょー4歳)にアイスクリームやかき氷を何度も与えてみたのだが,ただ美味しそうに食べているだけだった(どうも大好物らしい).結果に納得がいかずネットを調べたところ・・・いくつもの動画がありました.ねことbrain freezeで検索するとたくさんある.一瞬,頭が痛くなり,びっくりするようである.当然,動画はドイツからのものである.

Cats gets brain freeze Compilationn


Zierz AM et al. Ice cream headache in students and family history of headache: a cross-sectional epidemiological study. J Neurol. 2016 Jun;263(6):1106-10.

Mages S et al. Experimental provocation of 'ice-cream headache' by ice cubes and ice water. Cephalalgia. 2016 May 19. pii: 0333102416650704. [Epub ahead of print]

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孤発性脊髄小脳変性症の分類はどうあるべきか ーSAOAという考え方ー

2017年01月13日 | 脊髄小脳変性症
近年,神経変性疾患の臨床診断と病理診断の区別が厳密に行われるようになった.例として,臨床診断-大脳皮質基底核症候群(CBS)と病理診断-大脳皮質基底核変性症,そして臨床診断-リチャードソン症候群と病理診断-進行性核上性麻痺が挙げられる.では脊髄小脳変性症はどうだろうか?実はこのような区別が曖昧なままにある.具体的には,臨床診断・遺伝子診断に基づく疾患群の総称が脊髄小脳「変性症」(SCD)で,その中の孤発例は皮質性小脳「萎縮症」および多系統「萎縮症」で,遺伝性は脊髄小脳「失調症」1型,2型・・・・(SCA)となる.つまり変性・萎縮といった病理学的概念と,失調といった臨床的概念が,厳密に区別されることなく混在しているのだ.

Brain Nerve誌に掲載された古賀俊輔先生(メイヨークリニック)による「孤発性脊髄小脳変性症の分類を再考する」という総説は,この問題を明快に議論した論文であり,一読して唸ってしまった.要旨を簡潔に述べると,まず孤発性脊髄小脳変性症の疾患概念の変遷を概説し,そして本邦と諸外国で用いられている疾患名の指す概念に相違があることを指摘している.その上で,これまで提唱された概念の中では「原因不明の孤発性成人発症型失調症(sporadic adult-onset ataxia of unknown etiology:SAOA)」が一番,孤発性脊髄小脳変性症の臨床診断として相応しいのではないかと提案している.

本論文の内容は下図に集約される.一番上の段は,本邦の現在の分類で,特定疾患の分類に基づくものである.つぎに「晩発性皮質性小脳萎縮症(late cortical cerebellar atrophy; LCCA)」という概念が出てくるが,これは欧米では異なる2つの定義で使用され混乱が生じうるため使用されなくなっている.具体的に,「狭義のLCCA」は下オリーブ核―小脳虫部に病変が限局する疾患を指す病理診断名で,「広義のLCCA」は二次性を含む孤発性脊髄小脳変性症を指している.一方,本邦では特定疾患において,LCCAのlateを外した「皮質性小脳萎縮症(cortical cerebellar atrophy; CCA)が使われているが,これは孤発性脊髄小脳変性症からMSAを差し引いたもので,欧米のいずれのLCCAとも合致しないという問題がある.事実,PubMedの検索で,CCAを使用している論文の65%は本邦の論文だそうだ.

次の「特発性晩発性小脳性運動失調症(idiopathic late-onset cerebellar ataxia; ILOCA)」はかつてよく目にしたものだ.これは有名なAnita Hardingが1981年に提唱したもので,3型に分類される.つまり1.オリーブ橋小脳萎縮症(OPCA),2.小脳と下オリーブ核に限局するMarie-Foix-Alajouanine(マリー・フォア・アラジュアニーヌ)症候群,3.上肢の静止時および動作時振戦の目立つ群である.OPCAは現在のMSA-Cに相当し,病理学的に独立した疾患として確立されているため,OPCAを含むILOCAは本邦のCCAとは一致しない.

最後が「原因不明の孤発性成人発症型失調症(sporadic adult-onset ataxia of unknown etiology:SAOA)」で,2002年Abeleらが提唱したものである.20歳以降発症の孤発性進行性小脳失調症のなかで,MSAと遺伝性疾患を除いたもの,つまり原因を特定できなかったものである.古賀はこのSAOAが,MSAをのぞく孤発性脊髄小脳変性症の臨床診断名として,無難な選択なのではないかと考えている.そしてこのなかに病理診断名としてのCCAが含まれるが,必ずしも純粋小脳型ではなく,振動覚低下やアキレス腱反射の低下・消失などの小脳症状以外の神経所見も見られる.

ちなみにSAOAの診断基準は以下のとおりである(Abele M et al. J Neurol 254;1384-9, 2007).
1.進行性の小脳性運動失調
2.20歳以降の発症
3.家族歴なし(第一,ニ世代の親族になし.両親は50歳以上とし,すでに死亡している場合は50歳以上の場合家族歴を否定できる.血族近なし)
4.その他の原因を認めない(髄液異常,後頭蓋窩の梗塞・出血・腫瘍病変,アルコール依存,抗てんかん薬の長期内服,中毒,傍腫瘍症候群,抗GAD抗体陽性,ビタミンB12,E欠乏,梅毒,脳炎,甲状腺異常など)
5.亜急性発症ではない
6.遺伝子診断で陰性(SCA1,2,3,6,17,fMR1 premutation,FRDA)
7.Gilman分類のprobable, possible MSAではない

本論文を拝見し,MSAを除く孤発性脊髄小脳変性症の臨床診断名として,SAOAを使用することは妥当と思われる.ただしSAOAにしてもILOCAにしても,世界的に見て,現在,頻用されているわけではない.この件に関して古賀先生と議論させていただいたが,メイヨークリニック神経内科のWszolek教授とその周辺は「まずSAOAをいう診断をつけ,そこから遺伝子診断をはじめ各種検査を行い,鑑別診断を進める」というように暫定的な診断名として用いているとのことである.しかし「SAOAを使うことが世界的な流れになっているとまでは言えない」そうだ.
今後,SAOAが使われていくのか,別の名称が用いられるのか,もしくは従来のまま混沌とした状態が続くのかわからないが,少なくとも現在の問題点を認識し,議論を行っていくことが必要である.ぜひオリジナルの論文をご一読されることをお勧めする.

古賀俊輔.孤発性脊髄小脳変性症の分類を再考する.Brain Nerve 68;1453-7, 2016



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治験の第一関門で起きた重大な悲劇から何を学ぶべきか?

2017年01月03日 | 医学と医療
昨年11月のNew Eng J Med誌に,フランスにおける脂肪酸アミド加水分解酵素(FAAH)阻害剤の臨床試験(治験)の第一相試験において,重篤な神経障害が出現し,死亡者が出たという報告がなされた.画像所見に驚いたことに加え,私も脳卒中の治療薬の開発を目指し,第一相試験は徐々に視野に入りつつあるため,大きな関心を持って本論文と関連する文献を年末年始に読んでみた.考察を踏まえて紹介したい.

【第一相試験の基礎知識】
基礎研究で期待できる創薬シーズが見つかったあと,次に行なうのが非臨床試験である.これは薬理学的試験,薬物動態試験,毒性試験に大別される.経験的に,アカデミアで論文発表のために行われる実験よりはるかに精度の高い細かい実験データが求められる.この非臨床試験の結果,有効性が期待でき,安全性にも問題がないと考えられた場合,人で行なわれるのが臨床試験(治験)である.治験は3つのフェーズに大別され,第一相が臨床薬理試験,第二相が探索的試験,第三相が検証的試験である.第一相試験は,主に健康な成人ボランティアを対象として,治験薬の安全性・忍容性および薬物の体内動態について確認するためのものである.この段階で初めて人体に投与されるため,First-in-Human(FIH)試験と呼ばれる.FIH試験に進むためには,非臨床試験のうち,安全性薬理試験,薬物動態試験,反復投与毒性試験,遺伝毒性試験,がん原性試験,生殖発生毒性試験を行なう必要がある.第一相試験の試験デザインとしては,用量漸増試験が一般的に行われる.
臨床試験に関する詳細を学ぶために,以下の書籍は分かりやすく,お薦めしたい.

臨床試験ベーシックナビ―クリニカルクエスチョンにこたえる!
医師主導治験 STARTBOOK
またICH E8(臨床試験の一般指針)もぜひ確認していただきたい.

【第一相試験における過去の重大事故:TGN1412事件
第一相試験で重大な有害事象が生じた事件として,英国で2006年に行われたTGN1412(T細胞表面のCD28に結合するスーパーアゴニスト抗体)の治験が有名である.健常ボランティア8例のうち実薬投与を受けた6人全員が,重篤なサイトカイン・ストームを引き起こし,多臓器不全に陥り,一時は全員が集中治療室に入った.幸い,全員退院したが,1人は壊死によって手指を切断されるに至った(図).英国医薬品庁(MHRA)は最終調査報告で,開発過程での過失は認められないと結論づけた.しかし,無過失と結論づけたため,再発予防はどうしたら良いのかという混乱が生じた.またなぜ6人同時にテストしたか,どうしてまずは1人から始めなかったのかという批判はあった.
原文(PDFフリーダウンロード)


【FAAH阻害薬とその神経合併症】
脂肪酸アミド加水分解酵素(fatty acid amide hydrolase:FAAH)はその活性が低下すると,内因性カンナビノイドの量が増加する.カンナビノイドは大麻(cannabis)が含む多数の生理活性物質の総称である.このFAAHを阻害する薬剤は,内因性カンナビノイドの作用により,動物モデルで鎮痛作用および抗炎症作用を示し,鎮痛剤や抗うつ剤としての臨床応用が期待されている.そしてFAAH阻害剤の一部は,すでに第一相試験,第二相試験が行われている.

今回の論文は,ポルトガルのBial社が開発した可逆的経口FAAH 阻害薬BIA 10-2474を,フランスのレンヌ大学において健常ボランティアに投与した結果を,治験担当医師が報告したものである.まずこの薬剤は,単回投与(0.25~100 mg)と反復投与(2.5~20 mg を 10 日間)が行われ,健常ボランティア計84例に投与された.この結果,重度の有害事象は報告されなかった(詳細は記載なし).このため,別のコホートを募り,プラセボ(2 例)と,BIA 10-2474投与群(6 例)に割り付け,50 mg/日の反復投与が行われた.後者の6 例のうち 4 例から,臨床・画像データを公表する同意が得られた.

投与開始 5 日目より,4例中3 例に急速進行性の神経障害が出現した.具体的には,頭痛,小脳症候群,記憶障害,意識障害がみられた.図は症例1の投与6および8日目の頭部MRIであるが,橋や海馬を中心に,両側左右対称性に異常信号病変と微小出血が,急速に拡大する重篤な病変であることが分かる.ちなみにカンナビノイド受容体は海馬には存在するが,橋にはないため,これらの病変は内在性カンナビノイド系の分布とは一致しなかった.この症例1は脳死と判定され,その後,剖検がなされたが,著者らには結果が開示されず,論文に記載はない.残りの2例は症状は回復を認めたものの,1 例は記憶障害が残存,もう 1 例は小脳症候群が残存した.この中枢神経障害の発症機序は不明であると記載されている.

論評を読むと,結果的に6例中1例が死亡,4例に重篤な神経障害が見られたようだ.Bial社は,第一相試験に参加した複数のボランティアが深刻な副作用を被ったことに後悔の意を表明し,また同じFAAH阻害薬であるJNJ-42165279の第二相試験を行っていたジョンソン・エンド・ジョンソン社も試験を中断した.


【この悲劇的な出来事から何を学ぶべきか?】
本臨床試験の失敗は,非常に大きな衝撃を関係者に与え,同じ号のNew Eng J Med誌ではEuropean Medicines AgencyのSergio Boniniが論評を,また米国神経学会のNeurology Today紙にも特集記事が掲載された.論点をまとめると以下の3点になるだろう.

1.情報の開示の問題
まず十分な情報が開示されていないという問題がある.同意の得られなかった2例については臨床情報の記載がなく,また死亡例の剖検所見は治験担当医に開示されず,論文にも記載はなかった.さらに論文の前半部の健常ボランティア計84例に投与した臨床情報が「重篤な副作用はなかった」とあるだけで,重篤でない副作用を含め,ほとんど記載されていない.

情報が開示されなかった理由は2つあり,「薬剤開発における商業的利益の保持」「個人情報開示の不同意」の問題である.しかし「公共の利益」に関わる重要な問題であることから,上記の2つの権利は制限され,遅滞することなく情報を開示すべきであるという考えもある.

2.治験をいつ中止するかという問題
この研究で一番の問題は,最初の症例に重篤な症状が出たあとすぐに,試験を中止しなかったことである.臨床試験に携わる医師は,試験を完遂することに努力するだけではなく,臨床的な常識を用いて,中止すべきときは中止をする必要があるということだ.しかしそのために,治験に関わる医師は治験薬の効果と安全性について十分理解する必要がある.しかし,第一相試験前の非臨床データが発表されることは稀で,共有されないことが多い.健常ボランティアや患者さんを守るためには,十分な情報の共有が必要である.また被害を最小限にするためには,すべての参加者に同時に治験薬を投与するのではなく,ずらして重ならないようにすることも大切である.

3.いかに治験参加者を守るかという問題
臨床試験ではまず安全性(リスク),つぎに効果(ベネフィット)の評価が行われ,その結果として,リスク・ベネフィット比を求め,治験薬の有用性を判断する.しかし,第一相試験は,健常ボランティアに行なうため,当然,何の効果も期待できず,ただ単にリスクのみ生じうるものだ.よって情報の開示とセーフガードがない限り,倫理的に認められない試験と言える.

ではどのように安全性を確保すべきか?非臨床面では,治験薬の薬理動態や毒性試験のデータより,最小推奨初回投与量をいかに決定するか,増量の方法や間隔はどのように決めるかの議論が必要である.一方,臨床面では,安全性に関連して,用量増量を許可するときのルールや,2で述べた研究中止のルールが重要である(本試験でも50mgという用量に進む前の試験で何が分かっていたのかは重要である).また投与方法や食事,健常ボランティアの年齢の影響も重要である.

基本的に,第一相試験のリスクは必ずしも高いものではなく,2005年以降EUで行われた3100の第一相試験で副作用が重篤と判定されたのは2試験(0.064%)とのことである.しかし,第一相試験での有害事象はあってはならないものであり,さらに減らすための戦略を検討する必要がある.その意味で基礎・臨床の研究者が今回の報告から学ぶべきことは多い.アカデミア基礎研究者の立場としては,単に治療効果を動物モデルで示すのみならず,その作用機序を徹底的に解明することは副作用の防止につながるだろう.また自身の経験を振り返ると,安全性より有効性の証明を優先しがちであることが問題と思われる(有効性のほうが論文に書きやすいため).一方,治験を行なう臨床医の立場としては,必ずしも治験薬の情報や作用機序を理解していないことや,いざという時にボランティアや患者さんの安全を守る行動を迅速に取れるかということが問題として考えられる.経験的に,有害事象の早期の段階で,治験を中断するのは勇気がいる.加えて,基礎と臨床の両者の連携,情報交換も重要と言えるだろう.

Kerbrat A et al. Acute Neurologic Disorder from an Inhibitor of Fatty Acid Amide Hydrolase. N Engl J Med. 2016 Nov 3;375(18):1717-1725. 




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