Neurology 興味を持った「神経内科」論文

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ロンドン・ロイヤル・ホスピタル(1) -ジェームス・パーキンソンの学んだ病院-

2016年09月23日 | 医学と医療
外国の病院や大学を見学することは私の趣味である.今回,第5回欧州頭痛・片頭痛学会国際会議@グラスゴーに参加し,その帰途,ロンドン・ロイヤル・ホスピタルに立ち寄った.この病院を訪問した理由は2つある.ひとつは神経内科の領域で,もっとも有名な医師のひとりであるジェームス・パーキンソン(James Parkinson, 1755―1824)が学んだ病院を見たいと思ったため,ふたつめは,アカデミー賞最多8部門にノミネートされた映画「エレファントマン」のモデルが最後の数年を過ごした病院であり,その資料を見ることができるためだ.

地下鉄ホワイトチャペル駅(ディストリクト/ハマースミス&シティ線)を降りると,すぐ右手に古い建物(写真A)と新しい高層のビルが見えてくる.病院までの道は,ロンドンの街なかと明らかに異なるエスニックな雰囲気で,院内も有色人種が多く,ムスリムと分かるスカーフをつけた女性も多かった.患者層が豊かな人ばかりではないという印象を受けたが,そもそもこの病院は1740年にロンドン東部初の貧困層の救済を目的とした無料の病院として作られたことを考えると当然かも知れない.パーキンソンは1789年に始まったフランス革命の影響をうけて,政治運動に活躍したと言われているが,この病院で政治の改革を必要とするような貧困と人間の苦悩を目撃したことがその活動に影響したのだろうと想像することができる.

ジェームス・パーキンソンについて,分かっていることを書きたい.彼は薬剤師兼外科医の息子として,1755年4月11日に生まれた(4月11日は,世界パーキンソン病の日となった).彼の医学の師は,「ドリトル先生」や「ジキル博士とハイド氏」のモデルとなった有名な外科医ジョン・ハンター(John Hunter, 1728-1793)である.「実験医学の父」として知られる優秀な外科医で,多数の動物実験や標本の作成も行った一方,解剖教室のためには法を犯して死体を調達するという裏の顔をもつのだが,ハンターについて書かれた「解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯 (河出文庫)」は強烈に面白いのでご一読をお勧めする.ちなみに種痘を開発したエドワード・ジェンナーの師もジョン・ハンターである.

パーキンソンは29歳のときに外科医の資格を得て,父の跡を継ぎ,ロンドンの開業医になり,以後,全生涯をロンドンで暮らす.外科医としても優秀で,やはり医師となる息子とともに虫垂炎で死んだ子供を解剖し,虫垂炎から腹膜炎が起こることをはじめて明らかにしたのも彼である.つまり意外なことに,彼は神経内科の専門家ではなかったのだが,外科医でありながら,精神・神経疾患にも関心を持っていた.

驚くべきことに,彼は医学や政治のみならず,地質学や化石学の研究にも一流で,彼の名前のつく化石の学名(Parkinsonia parkinsoniなど;写真B)も複数残されている.また恐竜の名前を最初に命名したのもパーキンソンだと言われており,メガロサウルス(大きなトカゲの意味)という名前をつけている.イグアノドンの化石を最初に発見したギデオン・マンテルがパーキンソンの親友で,彼がいちばん最初にイグアノドンの化石を見せたのもパーキンソンだったらしい.

そして彼がパーキンソン病について報告したのは62歳,このとき1817年,日本では解体新書の杉田玄白が亡くなった年である.6名の患者に関して「振戦麻痺に関するエッセイ(An Essay on the Shaking Palsy)」という66ページの小冊子を記載した.「振戦麻痺(Shaking palsy)」という用語はパーキンソンが命名したわけではなく,それ以前から使われていたようだ.この小冊子は5章からなり,1章が定義・病歴,6例の症例提示,2章が特有の症状(振戦と加速歩行),古来からの観察,3章が鑑別診断,4章が原因,5章が治療を記載している.「ジェームズ・パーキンソンの人と業績(豊倉康夫編著,診断と治療社)」のなかに原文と日本語訳があるが,これを読むと彼はこの疾患が脊髄由来であると考察している.この報告は当時は正当に評価されなかった.しかしその論文の序文の最後に次のような一文があり,きわめて印象的である.

「こうしてもし必要な知見が得られさえするならば,単なる推論的な示唆にすぎないこの小論文の時期尚早かも知れない発表に対して,いかなる酷評を受けても甘んじてこれに堪えるであろう.それどころか,この厄介で苦悩に満ちた病気をいやすもっとも適切な方法を指摘できるであろう諸賢の注意を喚起したとすれば,私は充分に報われるのである

パーキンソンの死後の1868年,フランスのシャルコーが「神経病に関する連続講義」で,特徴的な症状として筋強剛を追加し,また「麻痺」ではなく運動の緩慢,開始の遅れであるから「振戦麻痺」という名はふさわしくないとして「パーキンソン病」と呼ぶことを提唱した.彼の業績は死後60年以上経過して初めて評価された.

さて最後にパーキンソンの写真や肖像画について記載したい.Googleで画像検索をすると2つ顔が容易に検索される(写真C, D).しかし,両者とも名前の似た別人であることが2つの小論文により報告されている(Pract Neurol 2011, Pract Neurol 2015).肖像写真の技術が開発されたのはパーキンソンの死後15年経ってからであることと,衣服が19世紀半ばのもので時期的にも合わないのだそうだ.しかし後者の論文の中で,‘The Villager’s Friend and Physician’というパーキンソンが書いたという小冊子が紹介されていて,根拠はやや乏しいものの,村人に講義をする中央に立つ人こそが,パーキンソンだと指摘している(写真E).残念ながらロンドン・ロイヤル・ホスピタルの博物館で尋ねても,パーキンソンについての資料のありかは分からず,肖像画もなかった.しかし開設当時の病院の資料を見て,こんな病院でパーキンソンは勉強をしたのか,彼の姿を空想しつつ愉しい時間を過ごした.

ジェームズ・パーキンソンの人と業績(豊倉康夫編著,診断と治療社)
解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯 (河出文庫)
医学界新聞第2338号1999年5月17日
神経学の歴史


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多系統萎縮症における喘鳴,治療介入と予後 ―対症療法のエビデンスを確立することの大切さ―

2016年09月07日 | 脊髄小脳変性症
【論文の内容】
多系統萎縮症における睡眠中の喘鳴と,その治療としての持続的陽圧換気療法(CPAP)と気管切開術が予後に与える影響について検討した研究が,Neurology誌に報告された.イタリアからの報告で,1991年から2014年において,MSAと最終臨床診断された症例に対する後方視的研究である.喘鳴は終夜ポリソムノグラフィーにて確認し,発症から3年以内に出現した場合を早期発症喘鳴と定義した.カプランマイヤー曲線にて生存期間を評価し,その予測因子を,単変量ないし多変量解析にて検討した.

結果であるが,対象は136名,研究を行った際に113名が死亡していた.42名(31%)で喘鳴を認め,うち22名(16%)が早期発症であった.31名で治療介入が行われ,12名が気管切開術,19名がCPAPであった.生命予後に関しては,喘鳴の有無で差はなかった.しかし喘鳴を早期から認めた症例は,3年以降に出現した症例と比べ,予後不良であった(図左).治療介入群は,行わなかった群と比較して予後は良好であったものの,CPAPと気管切開術では(気管切開術で若干良い傾向はあるものの)有意差はなかった(図右).

以上より,発症から3年以内の喘鳴の出現は,生存期間の短縮を予見する因子であり,喘鳴をコントロールする治療は生存期間を延長することが示唆された.

【論文の解釈】
治療介入を行った症例数が31名と少ないこと,かつ後方視的研究である点は,論文の限界と言える.本研究は,気管切開術を行っても,CPAPと比較して,有意な生存期間の延長が得られないことを示しているが,これは私たちが報告したように,気管切開術を行っても突然死する症例が存在すること(J Neurol 2008),気管切開術だけでは中枢性呼吸障害は防止できず,却って中枢性呼吸障害が顕著となる症例が存在すること(Neurology 2008)が背景にあるものと思われる.よって生存期間の延長を目指す場合は人工呼吸器の装着を検討すべきという私たちの主張と矛盾しないように思われる(Parkinsonism Relat Disord 2016, review).ただしその場合,長期療養に伴う認知症発症リスクについての検討が必要である.

【本研究のもうひとつの意義】
本研究は,症例数の少ない後方視的研究であり,かつ私たちの経験からすると当然の結果のように思える.それでもなぜNeurology誌が採択したかといえば,臨床医が感じていたことを,エビデンスの形で示したためと思われる.つまり,対症療法も,エキスパート・オピニオンではなく,エビデンスを示していくことが重要であり,それができれば高く評価される意義深い研究になることを示していると言えるのではないか.最新号のNat Rev Neurol誌もご覧頂きたいが,筋萎縮性側索硬化症における対症療法の総説が掲載され,各対症療法のエビデンス,推奨度の現状を示している.ここでも対症療法に対するエビデンス構築の大切さが強調されている.

一般的に,対症療法の研究は,病態修飾療法を目指す基礎研究と比較して,ランクが下の研究のように思われがちである.しかしpatient-centered medicineの考え方に立てば,進行スピードの抑制を目指す病態修飾療法は,評価スケールによる評価で統計学的有意差があるとはいえ,対照と比較して実感できる効果が得られないことが神経変性疾患ではありうるだろう.これに対し,変性疾患に合併しうる痛みやうつ,疲労,不眠,終末期の呼吸困難,死への不安などの緩和を目指した対症療法は,多くの患者さんがその有り難みを実感するものである.後者は,臨床医しか行えない研究である.臨床医はエビデンスをいかに築きあげていくかというノウハウを学び,対症療法の質を上げていく必要がある.

Neurology 2016; 87, 1-9

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神経内科医の音叉の使い方(初級,中級,上級編)白と黒の残像のミステリー

2016年09月03日 | 医学と医療
神経内科医は音叉を聴力の検査のほかに,感覚(振動覚)の検査のために使用する.最近,とても奥が深いと思う論文があったので,初級,中級,上級編に分けてご紹介したい.

【初級編】
診察では,音叉を持ち,反対側の手の母指球に当ててはじくと振動する(図A).柄の部分の黒いプラスチック基部を,足踝部の内側や外側などに当て,振動が感じられなくなったら患者さんから教えてもらう.「ベッドサイドの神経の診かた(南山堂)」やOSCEの講義では,患者さんが振動を感じなくなった時の振動を,患者さんの反対側の足踝部や,検者自身で確認して評価するように書かれている.もしくは振動を感じなくなるまでの時間を測定する.必ず左右で行い,比較をする.

【中級編】
Rydel Seiffer tuning fork(図A)で,知覚可能な振動の強さを測定する.この名称は,1903年,Rydel AとSeiffer FWが,音叉を振動覚の検査に用いることを論文報告したことに由来する.音叉に白黒の三角形と,0から8の目盛りが書かれた調節子を取り付け,半定量的に振動覚を測定するのだ.振動数の少ない音叉(128 Hz;C128という)に調節子を取り付け,ネジをしっかり締めると,64 Hzの音叉になる.音叉をはじくと振動し,左右の調節子に,残像による2 つの三角形が出現する(図B).振動が減衰してくると2つの三角形は互いに接近して交差する.このとき交差した点の目盛りが振動の強さになる.正常範囲は,若年者では6~8,高齢者では4~8程度と言われている.振動覚低下があると,この目盛りが小さくなる.やはり両側で行い,比較することが大切である.末梢神経障害の重症度を,この方法で検討した複数の論文がある.

【上級編】
Rydel Seiffer tuning fork製品説明書には,白でも黒でも,読み取りやすい三角形を使い,明るさの加減で,より読みやすい方の目盛りを読みとってよいと書かれている.ところが,今回,Neurology誌に掲載されたレターにはとても驚いた.この白と黒の三角形を見比べると,交差する点の位置(高さ)にズレがあるというのだ(ビデオ).そのズレは0から8の目盛りの25%,つまり目盛りでは2も異なっている(いままで全然気が付かなかった).そして試しに,白の三角形を黒に塗ってみるとこのズレは消失するそうだ.つまり三角形の色によって残像が変わるというわけだ.なぜ差が生じるかは,脳が残像を処理する仕組みに原因があるのだろうと著者らは推測しているが,詳細は不明である.最後に著者らは,今後,音叉を振動覚評価に用いるときには,評価者間の差をなくすため,白い三角形も黒に塗るか,もしくは白黒のいずれを用いるかなど取り決めをするべきと述べている.
面白いことに,Rydel AとSeiffer FWの原著を見なおすと,2つの三角形はいずれも黒であった!(図C).いつ,なぜ,原著の黒の一方が白に変わったのか,理由は分からないとのことである.

Neurology 87; 738-740, 2016
ビデオのリンク


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眩しい時,くしゃみが出ますか? ―光くしゃみ反射―

2016年08月24日 | 医学と医療
「グ・ラ・メ!~総理の料理番~」というドラマを見ていたら,ヒロインの剛力彩芽さんが神経内科の雑誌(写真右)を眺めていた!総理とその担当記者が,実の親子であることを剛力さんが気がつく場面である.どうして気がついたかというと,ふたりとも「光を見て,くしゃみをしていたから」.つまり,遺伝する『光くしゃみ反射』がみられるからというのだ・・・え,何それ?

検索すると「光くしゃみ反射」は,屋内から晴天下の屋外に出た時や太陽の光が直接目に入った時など,まぶしさを感じた瞬間に起こる生理的反射らしい.東北地方のアンケート調査で,749人中187人(25%)の人にみられたそうだ(日常的に起こる人はその半分程度).くしゃみを起こす光の強さ(閾値)には著しい個人差がある.また家族集積性が高く,常染色体優性遺伝が疑われる.大好きなアニメ映画「となりのトトロ」の冒頭,主人公の妹のメイちゃんが,大きな楠の木を見上げて,くしゃみをする印象的な場面があるが(写真左),これも「光くしゃみ反射」の描写らしい.「トトロ」の生みの親,宮﨑駿さんが「光くしゃみ反射」の持ち主らしいのだ.

光くしゃみ反射は,その名の通り,光刺激が誘因となり反射的にくしゃみが起こる現象である.文献を調べると,海外では1978年にACHOO syndromeとして報告されている.これは“Autosomal Dominant Compelling Helio-Ophthalmic Outburst Syndrome”の略で,「常染色体優性遺伝性の,強制的な,光と目が関わる突発症候群」である.くしゃみは英語でsneezeだが,擬声語ではハクションではなくachooというので,ユニークなこじつけネーミングである(笑).

メカニズムに関しては,鹿児島大学形態科学の先生方の研究が有名なようだ.以下のようにまとめられる.
・くしゃみ(鼻腔に入り込んだ異物を鼻汁ごと激しく鼻息で吹き飛ばす反射)は,異物が直接鼻粘膜を刺激し,ヒスタミンを分泌させることで生じるが,鼻汁を分泌させる翼口蓋神経節が刺激されても生じうる.
・目に入ったまぶしい光情報は,Edinger-Westphal核(EW核)に伝えられ,さらに対光反射(瞳孔の収縮)を起こすのと同時に,翼口蓋神経節の鼻汁分泌細胞群を刺激し,くしゃみを誘発する(詳しい神経回路は下図).
・翼口蓋神経節の上流には情動中枢もあり,心の激しい動きが鼻汁を分泌させることもある.稀だそうだが,性的興奮やオルガズムでくしゃみが出る人もいるらしい.

くしゃみとはいえバカにはできないようだ.球後視神経炎に対する眼球周囲ブロック(peribulbar block)のための針刺入時に,この神経回路が刺激され,くしゃみが誘発されるという報告があり,眼科,麻酔科の先生は眼窩内のブロックに注意が必要のようだ(本当でしょうか?).また自動車のトンネル事故で,出口での事故が多いという指摘がある.この一部に光くしゃみ反射が関与している可能性もあるらしい.つまりくしゃみ中枢は顔面神経も刺激し,約0.5秒の閉眼をもらすが,その間,運転手の視界が遮られている間に,通常の走行スピードで車両は約15メートル近く前進すると指摘されている.この反射を持つ人はトンネル出口に注意したほうが良いかもしれない.

Birth Defects Orig Artic Ser. 14(6B):361-363, 1978
Journal of Comparative Neurology 300;301-308, 1990
医学と生物学125(6);215-219, 1992
Can J Anaesth 42(8):740-743, 1995
鹿児島大学形態科学ホームページ 





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神経内科医が考えた相模原障害者施設殺傷事件 -ノーマライゼーションの教育の必要性-

2016年08月05日 | 医学と医療
相模原障害者施設殺傷事件の容疑者は「重複障害者は生きていても意味がないので,安楽死にすればいい」と供述したという.これに対し,事件後のツイッターには,容疑者の犯行や動機を擁護するような書き込みさえ,複数見られたという.つまり犯人が語った言葉や考え方が,実は社会の深部に根付いたものであることを否定することはできない.では私たちの社会の底流にある,こうした思想を生み出す要因は何なのだろうか?

それは,障害者に対する偏見や嫌悪(ヘイトクライム;増悪犯罪)であり,障害の有無を基準に人の優劣を定め,優れた者のみが存在を許されるといった思想(優生思想)であり,経済的価値や能力で人間を序列化し,障害者の存在を軽視し,究極的には否定してしまう恐れさえある社会(新自由主義的な人間観)だと言える.優生思想は過去のものだという批判もあるかもしれないが,我が国において,わずか20年前まで,本人の同意なしに強制的断種(優生手術)を実行できる優生保護法が維持されてきたことは知っておくべき事実である.

医療依存度,介護依存度が次第に高くなる神経難病や認知症の患者さんの診療にあたる神経内科医は,決してこの問題から逃れることはできない.「なぜ重症の神経難病患者や認知症の在宅療養者に対して,一定の社会資源を再配分しなくてはならないのか?」という問いかけに対して,確固たる答えを持ち合わせていなければならないと思う.

西澤正豊前新潟大学脳研究所長は,この問題に取り組み,現時点で最善の答えと言える「ノーマライゼーション」の理念を,医師や医学生に長年教えられてこられた.「ノーマライゼーション」とは,1960年代にデンマークのバンク・ミケルセン(写真)が,知的障害者が施設において非人間的な扱いを受けているのを見て提唱した福祉をめぐる社会理念の一つで,「障害を持っていても健常者と等しく,当たり前に生活できるような社会こそがノーマルな社会である」という考え方である.障害がある人たちに,障害のない人びとと同じ生活条件をつくりだすことが「ノーマライゼーション」である.誤解をしてはいけないのは,「ノーマライズ」というのは,障害がある人を「ノーマルにする」ことではなく,彼らの生活の条件を「ノーマルにする」という意味である.

この考え方は我が国でも採用され,1993年の「障害者基本法」などに取り入れられた.しかしながら,日本では一般教育でも,医学生教育や医師の生涯教育でも,この基本理念が強調されることはほとんどなかった.その理由は,西澤先生によれば「日本人に馴染みにくい平等観」にあるという.分かりやすい例として,西澤先生はつぎの質問をよく医学生にしておられた.

「敬老の日に,地域の後期高齢者に一律1万円のお祝い金を配ることは社会福祉の政策として正しいか?」

日本人にとっては「皆が同じであることが平等である」ため,その効果に疑問を持ちつつも,文句を言う人はあまり出てこない.しかし,「ノーマライゼーション」の考えに立てば,本当に困っている人たちが,1万円で普通の当たり前の生活を取り戻すには至らないため,正しい政策とは言えないのだ.逆に「普通の当たり前の生活を取り戻すためとはいえ,特定の個人に過大の支援をするのは不平等なのではないか?」というのが日本人の考え方なのだ.言い換えると「ノーマライゼーション」が目指すのは「生活環境の平等」であり,日本人では他の人たちと同じであることが「平等」なのである.平等であることの基準が違っているのだ.

今回の事件を経験し,人間としての正しい有り様を,子どもたちに教育する必要性を多くの人は感じただろう.それが何かといえば,私は,昔,親や学校の先生から教わった「身体の特徴とか,病気といった,自分の努力ではどうしようもないことを理由に,ひとを差別してはいけない」ということであり,「障害者と健常者とは,お互いが特別に区別されることなく,社会生活を共にするのが当たり前だ」という「ノーマライゼーション」の理念だと思う.われわれ日本人には馴染みにくい平等観であることを認識した上で,一般教育および医学教育のいずれの場においても,繰り返し繰り返し,「ノーマライゼーション」の理念を説いていく必要があると思う.

参考文献:西澤正豊.「なぜ,神経内科医は神経難病者を地域で支える必要があるのか?」アクチュアル脳・神経疾患の臨床「すべてわかる神経難病医療」


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ポケモンGOと「ヒポクラテスの木」に現れた蛇

2016年07月26日 | 医学と医療
モノクロ画面でプレイした赤・緑時代からのファンとして楽しみにしていたポケモンGO.新潟大学の旭町キャンパスでは,レンガ造りの「医学部赤門」と「ヒポクラテスの木(写真左)」がポケストップ(アイテムを入手するところ)になっていました.そのヒポクラテスの木の下に,蛇のポケモン「アーボ」が現れて驚きました(写真中).蛇は医療・医術の象徴であり,そのことをご存知の人がこのポケモンを配置したのかなと,にんまりしました.

ときどき目にする「蛇の巻きついた杖」の図は,ギリシア神話に登場する医神アスクレピオスの持っていた杖に由来します(写真右).アスクレピオスは,女神アテナから授かった,メドゥーサ(髪の毛が無数の毒蛇である怪物)の首を刎ねて,右側の血管から集めた蘇生作用のある血液を使い,死者まで生き返らせるほどの医術を習得します.しかし「生老病死を乱すもの」としてゼウスにより雷霆をもって撃ち殺されてしまいます.しかし死後,功績を認められ,神の一員に加えられることになります.これが「へびつかい座」誕生のギリシア神話の一節です.

アスクレピオスの4人の子どもたちはいずれも医術にかかわります.娘のヒュギエイア(Hygieia)はギリシア語で健康を意味し,英語でのhygiene(清潔,衛生)の語源となります.そしてその子孫の中にヒポクラテスがいたと言われています.「医学の父」ヒポクラテスは,紀元前4世紀に,医師の倫理・任務などについての宣誓文「ヒポクラテスの誓い」を記しました.医学生時代,「医師は自分の能力の限り,患者さんのためにつくすべきで,決して害を与えてはならない」ということを臨床講義で教わりましたが,講義のあと,大学の構内にある「ヒポクラテスの木」を見に行くように言われました.

「ヒポクラテスの木」は,ヒポクラテスが弟子に,その木の下で医学を教えたという,ギリシャのコス島にあるプラタナスの大樹のことを言います.プラタナスといっても,街路樹などに普通に見られるものと種類が異なり,コス島の「ヒポクラテスの木」に由来するDNAを持つものだけが「ヒポクラテスの木」と呼ばれています.新潟大学に「ヒポクラテスの木」がある理由は,整形外科医で,医史学研究家の蒲原宏先生(中田瑞穂先生,高野素十先生に師事した俳人としても有名)が,昭和44年9月,コス島に渡り,「ヒポクラテスの木」のぼんぼんのような実をこっそり持ち帰って発芽させ,立派な10本の苗木に育てあげてから,昭和47年6月,新潟大学医学部構内に植樹したためです.脳研究所初代所長の中田瑞穂先生は「やがて大夏木になれと植ゑらるゝ」の一句を持って植樹を祝われたそうです.ところが植えられた翌日の朝に,何者かによって持ち去られてしまいます.その後,蒲原先生のご自宅に植えられた苗木が再度,新潟大学に移植され,現在のヒポクラテスの木になりました.9本の苗木の子孫はさまざまな大学や病院に株わけされました.

さて,どうして医学のシンボルとして「蛇」が用いられるのでしょうか.一説には,蛇はどんなに表面が傷ついても,脱皮をすると元通りの傷一つない姿に戻るという性質を持っているため,「再生と治癒のシンボル」とされたためと言われています.前述のように医神アスクレピウスにはそれができたわけですが,2000年以上の時を経て,現在の医学は,再生医療やゲノム編集,人工知能等を用いて同じことを実現しようとしています.正しく用いれば人類に多大な恩恵をもたらしますが,使い途を誤れば,これらの技術はアスクレピウスと同様に「生老病死を乱すもの」になりかねません.蛇のポケモンを見ながら,学生のときに学んだ「決して害を与えてはならない」というヒポクラテスの誓いを考えていました.

【参考文献】
1.ヒポクラテスと医の倫理(日本語訳)・・・一部,現代にそぐわない箇所もありますが,患者さんの生命と健康保持のための医療を要とし,プライバシー保護,専門職としての医師の尊厳など,医療に携わる者の行為や態度の中核になるべき規律と言えます.

2.新潟大学医学部100周年記念アルバム・・・69ページに「ヒポクラテスの木」という随筆があります.

3.ヒポクラテスの木と蒲原株・・・長岡中央綜合病院 星栄一先生による蒲原株についての解説

4.医学の歴史 ヴォルフガング エッカルト(東信堂)医学史の教科書として優れた良書.





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臨床研究とプロジェクトマネジメント

2016年07月17日 | 医学と医療
DIA(drug information association)は,1964年,サリドマイド事件を憂慮した30名のメンバーにて設立され,現在,世界中に18,000人以上の会員を有する医療用製品の研究開発に関わる専門家のための非営利団体である.産・学・官いずれの特定の組織からも影響を受けない中立の立場で活動が運営されている.米国,欧州,日本,中国などでさまざまな会議,ワークショップ,トレーニングコースが行われている.今回,DIAが主催する「第3回DIA医療機関向けプロジェクトマネジメントトレーニングコース―ケースで学ぶプロジェクトマネジメントの基本概要―」に関するトレーニングに参加し,大変勉強になったのでご紹介したい.

「プロジェクトマネジメント」は,プロジェクトを成功裏に完了させることを目指して行われる活動を指し,学問としても体系化されているが, 臨床研究を効果的・効率的に推進するためにも必要なコンセプトである.さらに臨床研究の「質」を維持・向上させる具体的な考え方としても近年,重視されている.

「プロジェクトマネジメント」が臨床研究で重視されることになった契機は,2015年10月,「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針(倫理指針)」に おいて,軽微でない侵襲かつ介入を伴う臨床研究においては「モニタリング」が義務付けられ,必要に応じて監査を実施することが明記されたことである.医師主導治験においては,人的,時間的,資金的な資源の制約が多いため,その成功のためには,その少ない資源を何とか有効に活用した運営が必要である.ここに「プロジェクトマネジメント」のコンセプトやツールを理解して実践することが有用なのだ.

今回のコースでは,医師主導臨床研究の仮想プロジェクトを題材に,「プロジェクトとは?」「プロジェクトマネジメントとは?」から始まり,プロジェクトを構成する各活動の計画立案,日程表の作成(タイムマネジメント;写真1),および進捗管理(リスクマネジメント;写真2)等を講義と実習で学んだ.「プロジェクトマネジメント」という学問について何も知らなかったので非常に勉強になったし,図や表といったツールを用いてプロジェクトを計画・実践していくことの有用性がよく理解できた.

参加したのは16名で,研究責任医師,スタディーマネジャー,研究事務局などの業務に携わる方々で,この領域に取り組んでおられる医療関係者と知り合いになれたことも嬉しかった.とくに医師主導臨床研究のプロジェクトマネジメントの習得を目指している若手医師・大学院生に知り合えたことは嬉しい驚きであった(神経内科医もいらっしゃった).すでに世界に通用する質の高い臨床研究・創薬研究におけるプロジェクトマネージャーの重要性を理解し,その習得を目指す先見の明に感服した.ただ自分の取り組みが学位になるのか,正当に評価されるのかという悩みも同時に抱えておられた.基礎研究が比較的少ない共著者数で,自身も第一著者になりやすいのに対し,インパクトの大きな臨床研究ほど共著者数は増え,縁の下の力持ち的なプロジェクトマネージャーが第一著者になることは難しいのかもしれない.知的財産,産学連携,臨床研究マネジメントといった創薬のために必要な知識や経験を積むことよりも,基礎研究論文のインパクトファクターばかり重視されるという従来の風潮は改める必要があるのではないだろうか.基礎研究の知見を実際の臨床に還元するのに不可欠なステップを理解し,そしてそれに取り組む若い医師・研究者が増えることが,日本から新しい医療を発信するために必要であると思う.

プロジェクトマネジメント
DIA Japan
入門書 図解入門よくわかる最新PMBOK第5版の基本 (How‐nual Visual Guide Book)



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注目の「レム睡眠行動障害」を理解しよう!@日本睡眠学会

2016年07月08日 | 睡眠に伴う疾患
レム睡眠行動障害(RBD)は,レム睡眠中に夢の内容に合わせて体が動き出してしまう睡眠障害です.日本睡眠学会のシンポジウム「パーキンソン病関連疾患における睡眠障害(座長:平田幸一教授,井上雄一教授)」にて,このRBDに関する講演をいたしました.RBD患者さんは,のちに症状が大きく変わり,パーキンソン病やレビー小体型認知症,多系統萎縮症などの神経変性疾患(αシヌクレイノパチー)を発症する可能性があります(phenoconversionといいます).今回,RBD患者さんの診療の際に思った,以下の5つの臨床的疑問について勉強しまとめました.

1)RBD症例のphenoconversionの頻度や時期はどこまで分かっているのか?
2)RBD症例に対する病状説明や治療はどうすればよいのか?
3)αシヌクレイノパチー症例において,RBDを合併する頻度や,RBDを合併した症例の特徴は分かっているのか?
4)αシヌクレイノパチーに合併するRBDをどのように治療すればよいのか?
5)RBDをαシヌクレイノパチーの病態抑止療法/先制医療にいかに活かすか?

分かったことは,RBDはその症状への対処のみならず,将来の神経変性疾患の発症リスクの告知という極めて難しい臨床倫理的問題を伴うこと,ならびにαシヌクレイノパチーに対する病態抑止療法実現の鍵を握ることから,正確な理解と適切な対応が必要であるということです.ぜひスライドを御覧ください.

スライド
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ワトソン,猫の小脳からコネクトームまで@脳研究所夏期セミナー

2016年06月29日 | 医学と医療
人工知能やコネクトーム研究は,これからの医学・脳科学を変えていくと思います.7月29日(金)9:30から「ビッグデータの医療への応用と脳神経シミュレーション」と題したシンポジウムを企画させていただき,現在,この領域で屈指と考えられる講師の先生方をお招きいたします.ぜひ新潟にお越しください!

演題1.薬剤応答ネットワークの探索
東京大学医科学研究所附属 ヒトゲノム解析センター 宮野 悟 教授
システム生物学,バイオインフォマティクスをご専門とする日本を代表する遺伝学者,情報科学者.ご講演を拝聴したことがありますが,誠実ながらとてもウイットに富む内容で最高に面白いです.スパコン京やIBMワトソンを使ったがん研究に,医療はここまで進んだのかと驚くと思います.

演題2.スパコンの上に小脳を作る
電気通信大学 山﨑 匡 先生
最近,Pezy社の齊藤元章氏が開発したスパコン「Shoubu菖蒲」が,Green500で3期連続の世界第1位を獲得したが,山崎先生はこのShoubu上に,ネコの小脳を実現しました.マスメディアでも大きく取り上げられました.詳しく解説した以下のリンクが面白いです.
1)小脳の仕組みを理解する
2)世界最大かつ最高速を実現した小脳モデル
3)人間の小脳のリアルタイムシミュレーションに挑戦

演題3.脳タンパク質老化とマクロ神経回路破綻

名古屋大学脳とこころの研究センター 渡辺 宏久 特任教授
コネクトームとは,神経系内のニューロンや領野などの間の接続状態を表した神経回路の地図です.コネクトーム研究は,大きく分けてミクロ,メゾ,マクロと,小さい領域から大きな領域に分かれます.このなかで最先端画像技術を用いて神経変性疾患のメカニズムを明らかにしようとする渡辺先生をお招きしました.臨床に精通された先生で,緻密なご講演にはとても定評があります.

第46回(2016)新潟神経学夏期セミナー




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MDS2016 Video Challenge @ Berlin

2016年06月25日 | パーキンソン病
「パーキンソン病・運動障害疾患コングレス」の一番の目玉企画は,世界各国の学会員が,経験した症例のビデオを持ち寄り,その不随意運動の特徴や診断を議論するVideo Challengeである.今年もワインが振る舞われたあとの夜8時から開始され,終了は10時を過ぎていた.27カ国からの応募があり,例年より多い16例の提示があった.ロシアやサウジアラビアも初参戦した.時差ボケとワインのせいでウトウトしてしまったが,だいたいメモを取れた.一部,聞き漏らしたところもあるがご容赦願いたい(間違いに気が付かれたらご連絡ください).

Case 1(アイルランド)
37歳女性.8ヶ月の経過で出現した頸部のジストニア様運動障害,パーキンソニズム様ないし失行様の左上肢の運動障害.しかしDAT-scan正常.治療としてIVIGが有効であった.
➔ 血清,髄液抗GAD抗体陽性.Stiff-person症候群(非腫瘍性,頸部の障害が強かった点が特徴的)

Case 2(カナダ)
60歳男性.亜急性の記憶障害,興奮にて発症.20年来の部分てんかんがあるが,最近,発作頻度が増加していた.また上方サッケードにて,左右にジクザグに動きながら上方に動く垂直性注視麻痺あり(核上性).意識消失を伴わない全身の脱力と,日中の強い眠気,低血糖を認める.Niemann-Pick type Cやミトコンドリア異常症は否定された.
➔ 抗Ma-2抗体による傍腫瘍症候群+症候性ナルコレプシー.背景疾患は悪性リンパ腫.低血糖は悪性リンパ腫に伴う症状とのこと.

Case 3(カナダ)
65歳男性.10年の経過で緩徐に進行する歩行障害.7年前バランス障害・易転倒性にて発症,1年前には車いすになった.50歳代から両側難聴.小脳性運動失調,ミオクローヌス,核上性眼球運動障害.姉が13歳で原因不明の死亡.
➔ 世界で2番めに高齢発症のNieman Pick type C.核上性垂直性眼球運動障害を認める場合,年齢によらず鑑別すべき.

Case 4(インド)
19歳男性.1歳半から発作性の全身のコレア様不随意運動.1日に10回から100回見られる.持続時間は30秒から5分.両側基底核石灰化.
➔ カルシウムごく軽度低下,PTH低下が判明.副甲状腺機能低下症に伴う不随意運動.一般に発作性に出現し,血清カルシウム濃度の低下が原因と考えられているが,持続性に出現し,カルシウム濃度も正常である症例もある.

Case 5(日本,徳島大学)
14歳女性.情緒不安定,自傷行為.双極性障害の診断で抗精神薬による治療.薬剤の過量内服により意識障害.小脳性運動失調.不随意運動.頭部MRIで小脳の造影所見と血流増加.抗NMDA-R抗体陰性.
➔  Syndrome of irreversible lithium-effectuated neurotoxicity(SILENT).リチウム中毒後の後遺症として1987年に,リチウム中止後も症状は少なくとも2か月以上持続する症例として報告される.本例は7回の血液透析を行ったが,症状は軽減したものの持続した.抗NMDA抗体関連脳炎に似る.

Case 6(USA)
8歳男性.重度の発育障害,不随意運動,CK著明上昇(32000),抗NMDA-R抗体陰性.テトラベナジン効果あり.小脳,脳幹の著明な萎縮.
➔ Pontocerebellar hypoplasia type 2 (PCH type 2)
最も頻度の高い橋小脳低形成.新生児発症,随意運動の高度の障害,クローヌス,コレア,痙性を呈する.さらに脳萎縮が高度.思春期までの生存は困難.

Case 7(USA)
61歳男性.小児期から緩徐進行性の振戦による書字障害.歩行時の左手の異常運動.姿勢保持時+動作時振戦.頸部ジストニア,薬剤抵抗性,唯一アルコールのみ改善.高い身長,家族歴なし.FMR1遺伝子リピート異常なし.
➔ 47 XYY症候群(Jcob症候群)47 XXYのKlinefelter症候群ではない
男性1000人に1人.振戦の頻度が高いと言われているが情報に乏しい.Jcob症候群,Klinefelter症候群ともに認知・行動障害の合併が多いと言われている.振戦はJcob症候群で多い.家族歴のない高身長の振戦で鑑別に挙げる.

Case 8(USA)
28歳女性.小学生発症の運動障害,ときどき転倒.以後,緩徐進行し,不随意運動は頸部から四肢に及ぶ.構音障害,嚥下障害も合併.深部覚障害.認知機能正常.内服薬無効,頸部へのボトックス有効.両親は血族婚.
➔ 遺伝性ビタミンE欠乏症(αTTP遺伝子変異;744delA).常染色体劣性の小脳性運動失調で,深部覚障害を認めるときに鑑別に挙げる.日本でもまれに経験するので鑑別に入れる.個人的にも経験している(Ann Neurol. 1998 Feb;43(2):273.).

Case 9(ロシア)
43歳女性.3年の経過で進行するめまい,不明瞭言語,歩行のふらつき,尿失禁,記憶障害.体幹>四肢の運動失調.多発性硬化症と診断された.家族歴あり,常染色体優性形式.SCA1, 2, 3, 17遺伝子検査陰性.
➔  Gerstmann- Sträussler-Scheinker病(GSS).プリオン遺伝子(c.305C>T).通常,35-50歳で発症し,診断後2-10年の生存.家族性SCDと誤診されやすいので注意が必要.

Case 10(USA)
5歳男児.発達障害,生後10ヶ月からコレア様異常運動出現.発語なし,下肢のトーヌス低下.てんかんはなし.家族歴なし.頭部画像正常,TITF1遺伝子(良性遺伝性舞踏病)異常なし.テトラベナジン,アーテンで症状ほぼ消失.
➔ de novo GNAO1(Guanine nucleotide-binding protein, α-activating activity popypeptide O)遺伝子変異.全ゲノムシークエンスで同定(C. 626 G>A変異).
Gao蛋白(G protein-coupled receptor)をコードする遺伝子.しばしば,てんかんとてんかん性脳症を呈する.しかしてんかんを認めず,重症のコレアを呈する症例も最近報告されている(淡蒼球のDBSが有効).大脳皮質の障害でてんかんが生じ,基底核の障害でコレアやジストニアが生じる.同様の症候を呈する疾患としてFOXG1遺伝子変異もある.

Case 11(USA)
X歳(聞き忘れ)女性.生後間もなくからのてんかん,重度の発達遅延あり.ミオクローヌス,ジストニア,パーキンソニズム.両側淡蒼球に円形のT2高信号病変.
➔ モリブデン補因子(MoCo)欠損症.微量元素モリブデンを中に有する補因子は,亜硫酸酸化酵素などの複数の酵素が作用するのに不可欠.毒性の高い亜硫酸を硫酸に酸化して解毒する.MoCo欠損症では,亜硫酸による脳症が起こり,生後間もなくからのてんかん,重度の発達遅延を来す.尿中亜硫酸テストにて診断可能.

Case 12(USA)
72歳男性.ジャマイカ人,緩徐進行性の歩行障害,左手指に放散する痛み.複数箇所の頚椎症があり,手術をして歩行は改善したが痛みはわずか改善のみ.座ったり立ったりした時に痛む.種々の薬剤無効.また頭部,頸部,肩,上肢の不随意運動(左優位).肩甲骨が左右にうねうねと動く(表面筋電図ではミオキミア:兵隊の亢進パターン).坐位か立位でのみ出現する.仰臥位になると消失する.両側下肢痙性,病的反射陽性.ボトックス無効.
➔ 機械的障害による両側C5神経根と脊髄症に伴うposition-specific “painful back moving scapulae”(なんだか,症候そのままという感じだが,肩甲骨の不随意運動が特徴的で採択されたのかも)

Case 13(USA)
32歳女性.8歳からてんかん.左頭頂側頭葉にdysembronic neuroepithelial tumorを認め手術した.てんかんは持続し,迷走神経刺激装置を挿入.発作は減少した.1年前から始まった頸部と腕の異常運動のためてんかん科より紹介.左を向く頚部のジストニア.
➔ 迷走神経刺激装置の電極からの電流リークが,頸部の神経根を刺激したことにより引き起こされた不随意運動.刺激装置の刺激をオフにすると不随意運動は消失する.

Case 14(サウジアラビア)
62歳女性.脳梗塞による失語,右片麻痺の既往.数年前から有痛性で,10-40秒持続する腹部の異常運動.脳波で発作波あり.てんかんも発症し,AED 4薬剤でようやくコントロール.
➔ てんかん重積発作に伴うベリーダンス運動.

Case 15(ポーランド)
78歳男性.既往歴として腎不全など.嚥下障害にて発症,2日後から眼瞼痙攣,眼瞼下垂,眼球運動制限,構音障害,右上肢脱力,8日目尺骨神経損傷を疑われ,整形外科コンサルトするがX線で異常なし.笑顔が作りにくい.
➔ 破傷風.眼瞼痙攣,眼瞼下垂,眼球運動制限といった非典型的症状を呈しうる.片麻痺は極めてまれだが,大脳病変・萎縮を認めた1例報告あり.30%の症例が感染部位が分からないと.

Case 16(フランス)
57歳男性.20年来のうつ,痛風.一過性の復視にて発症.画像・髄液異常なし.4ヶ月後,異常運動(ミオクローヌス),無動,歩行障害,認知障害(MMSE 7/30).精神科入院.変動性の意識障害にて神経内科入院.PETにて前頭・頭頂代謝低下.
➔ 中枢神経Whipple病.Tropheryma Whipplei感染症.白人の中年男性が感染し発症する.典型例は体重減少,関節痛,下痢,心内膜炎など.神経症状単独例もありうる.PCRおよび小腸生検PAS染色で診断.


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