Neurology 興味を持った「神経内科」論文

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MDS2016 Video Challenge @ Berlin

2016年06月25日 | パーキンソン病
「パーキンソン病・運動障害疾患コングレス」の一番の目玉企画は,世界各国の学会員が,経験した症例のビデオを持ち寄り,その不随意運動の特徴や診断を議論するVideo Challengeである.今年もワインが振る舞われたあとの夜8時から開始され,終了は10時を過ぎていた.27カ国からの応募があり,例年より多い16例の提示があった.ロシアやサウジアラビアも初参戦した.時差ボケとワインのせいでウトウトしてしまったが,だいたいメモを取れた.一部,聞き漏らしたところもあるがご容赦願いたい(間違いに気が付かれたらご連絡ください).

Case 1(アイルランド)
37歳女性.8ヶ月の経過で出現した頸部のジストニア様運動障害,パーキンソニズム様ないし失行様の左上肢の運動障害.しかしDAT-scan正常.治療としてIVIGが有効であった.
➔ 血清,髄液抗GAD抗体陽性.Stiff-person症候群(非腫瘍性,頸部の障害が強かった点が特徴的)

Case 2(カナダ)
60歳男性.亜急性の記憶障害,興奮にて発症.20年来の部分てんかんがあるが,最近,発作頻度が増加していた.また上方サッケードにて,左右にジクザグに動きながら上方に動く垂直性注視麻痺あり(核上性).意識消失を伴わない全身の脱力と,日中の強い眠気,低血糖を認める.Niemann-Pick type Cやミトコンドリア異常症は否定された.
➔ 抗Ma-2抗体による傍腫瘍症候群+症候性ナルコレプシー.背景疾患は悪性リンパ腫.低血糖は悪性リンパ腫に伴う症状とのこと.

Case 3(カナダ)
65歳男性.10年の経過で緩徐に進行する歩行障害.7年前バランス障害・易転倒性にて発症,1年前には車いすになった.50歳代から両側難聴.小脳性運動失調,ミオクローヌス,核上性眼球運動障害.姉が13歳で原因不明の死亡.
➔ 世界で2番めに高齢発症のNieman Pick type C.核上性垂直性眼球運動障害を認める場合,年齢によらず鑑別すべき.

Case 4(インド)
19歳男性.1歳半から発作性の全身のコレア様不随意運動.1日に10回から100回見られる.持続時間は30秒から5分.両側基底核石灰化.
➔ カルシウムごく軽度低下,PTH低下が判明.副甲状腺機能低下症に伴う不随意運動.一般に発作性に出現し,血清カルシウム濃度の低下が原因と考えられているが,持続性に出現し,カルシウム濃度も正常である症例もある.

Case 5(日本,徳島大学)
14歳女性.情緒不安定,自傷行為.双極性障害の診断で抗精神薬による治療.薬剤の過量内服により意識障害.小脳性運動失調.不随意運動.頭部MRIで小脳の造影所見と血流増加.抗NMDA-R抗体陰性.
➔  Syndrome of irreversible lithium-effectuated neurotoxicity(SILENT).リチウム中毒後の後遺症として1987年に,リチウム中止後も症状は少なくとも2か月以上持続する症例として報告される.本例は7回の血液透析を行ったが,症状は軽減したものの持続した.抗NMDA抗体関連脳炎に似る.

Case 6(USA)
8歳男性.重度の発育障害,不随意運動,CK著明上昇(32000),抗NMDA-R抗体陰性.テトラベナジン効果あり.小脳,脳幹の著明な萎縮.
➔ Pontocerebellar hypoplasia type 2 (PCH type 2)
最も頻度の高い橋小脳低形成.新生児発症,随意運動の高度の障害,クローヌス,コレア,痙性を呈する.さらに脳萎縮が高度.思春期までの生存は困難.

Case 7(USA)
61歳男性.小児期から緩徐進行性の振戦による書字障害.歩行時の左手の異常運動.姿勢保持時+動作時振戦.頸部ジストニア,薬剤抵抗性,唯一アルコールのみ改善.高い身長,家族歴なし.FMR1遺伝子リピート異常なし.
➔ 47 XYY症候群(Jcob症候群)47 XXYのKlinefelter症候群ではない
男性1000人に1人.振戦の頻度が高いと言われているが情報に乏しい.Jcob症候群,Klinefelter症候群ともに認知・行動障害の合併が多いと言われている.振戦はJcob症候群で多い.家族歴のない高身長の振戦で鑑別に挙げる.

Case 8(USA)
28歳女性.小学生発症の運動障害,ときどき転倒.以後,緩徐進行し,不随意運動は頸部から四肢に及ぶ.構音障害,嚥下障害も合併.深部覚障害.認知機能正常.内服薬無効,頸部へのボトックス有効.両親は血族婚.
➔ 遺伝性ビタミンE欠乏症(αTTP遺伝子変異;744delA).常染色体劣性の小脳性運動失調で,深部覚障害を認めるときに鑑別に挙げる.日本でもまれに経験するので鑑別に入れる.個人的にも経験している(Ann Neurol. 1998 Feb;43(2):273.).

Case 9(ロシア)
43歳女性.3年の経過で進行するめまい,不明瞭言語,歩行のふらつき,尿失禁,記憶障害.体幹>四肢の運動失調.多発性硬化症と診断された.家族歴あり,常染色体優性形式.SCA1, 2, 3, 17遺伝子検査陰性.
➔  Gerstmann- Sträussler-Scheinker病(GSS).プリオン遺伝子(c.305C>T).通常,35-50歳で発症し,診断後2-10年の生存.家族性SCDと誤診されやすいので注意が必要.

Case 10(USA)
5歳男児.発達障害,生後10ヶ月からコレア様異常運動出現.発語なし,下肢のトーヌス低下.てんかんはなし.家族歴なし.頭部画像正常,TITF1遺伝子(良性遺伝性舞踏病)異常なし.テトラベナジン,アーテンで症状ほぼ消失.
➔ de novo GNAO1(Guanine nucleotide-binding protein, α-activating activity popypeptide O)遺伝子変異.全ゲノムシークエンスで同定(C. 626 G>A変異).
Gao蛋白(G protein-coupled receptor)をコードする遺伝子.しばしば,てんかんとてんかん性脳症を呈する.しかしてんかんを認めず,重症のコレアを呈する症例も最近報告されている(淡蒼球のDBSが有効).大脳皮質の障害でてんかんが生じ,基底核の障害でコレアやジストニアが生じる.同様の症候を呈する疾患としてFOXG1遺伝子変異もある.

Case 11(USA)
X歳(聞き忘れ)女性.生後間もなくからのてんかん,重度の発達遅延あり.ミオクローヌス,ジストニア,パーキンソニズム.両側淡蒼球に円形のT2高信号病変.
➔ モリブデン補因子(MoCo)欠損症.微量元素モリブデンを中に有する補因子は,亜硫酸酸化酵素などの複数の酵素が作用するのに不可欠.毒性の高い亜硫酸を硫酸に酸化して解毒する.MoCo欠損症では,亜硫酸による脳症が起こり,生後間もなくからのてんかん,重度の発達遅延を来す.尿中亜硫酸テストにて診断可能.

Case 12(USA)
72歳男性.ジャマイカ人,緩徐進行性の歩行障害,左手指に放散する痛み.複数箇所の頚椎症があり,手術をして歩行は改善したが痛みはわずか改善のみ.座ったり立ったりした時に痛む.種々の薬剤無効.また頭部,頸部,肩,上肢の不随意運動(左優位).肩甲骨が左右にうねうねと動く(表面筋電図ではミオキミア:兵隊の亢進パターン).坐位か立位でのみ出現する.仰臥位になると消失する.両側下肢痙性,病的反射陽性.ボトックス無効.
➔ 機械的障害による両側C5神経根と脊髄症に伴うposition-specific “painful back moving scapulae”(なんだか,症候そのままという感じだが,肩甲骨の不随意運動が特徴的で採択されたのかも)

Case 13(USA)
32歳女性.8歳からてんかん.左頭頂側頭葉にdysembronic neuroepithelial tumorを認め手術した.てんかんは持続し,迷走神経刺激装置を挿入.発作は減少した.1年前から始まった頸部と腕の異常運動のためてんかん科より紹介.左を向く頚部のジストニア.
➔ 迷走神経刺激装置の電極からの電流リークが,頸部の神経根を刺激したことにより引き起こされた不随意運動.刺激装置の刺激をオフにすると不随意運動は消失する.

Case 14(サウジアラビア)
62歳女性.脳梗塞による失語,右片麻痺の既往.数年前から有痛性で,10-40秒持続する腹部の異常運動.脳波で発作波あり.てんかんも発症し,AED 4薬剤でようやくコントロール.
➔ てんかん重積発作に伴うベリーダンス運動.

Case 15(ポーランド)
78歳男性.既往歴として腎不全など.嚥下障害にて発症,2日後から眼瞼痙攣,眼瞼下垂,眼球運動制限,構音障害,右上肢脱力,8日目尺骨神経損傷を疑われ,整形外科コンサルトするがX線で異常なし.笑顔が作りにくい.
➔ 破傷風.眼瞼痙攣,眼瞼下垂,眼球運動制限といった非典型的症状を呈しうる.片麻痺は極めてまれだが,大脳病変・萎縮を認めた1例報告あり.30%の症例が感染部位が分からないと.

Case 16(フランス)
57歳男性.20年来のうつ,痛風.一過性の復視にて発症.画像・髄液異常なし.4ヶ月後,異常運動(ミオクローヌス),無動,歩行障害,認知障害(MMSE 7/30).精神科入院.変動性の意識障害にて神経内科入院.PETにて前頭・頭頂代謝低下.
➔ 中枢神経Whipple病.Tropheryma Whipplei感染症.白人の中年男性が感染し発症する.典型例は体重減少,関節痛,下痢,心内膜炎など.神経症状単独例もありうる.PCRおよび小腸生検PAS染色で診断.


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臨床神経学の創始者,Romberg先生のお墓参り

2016年06月21日 | 医学と医療
東名古屋病院の饗場郁子先生とともに.饗場先生から教えていただいた高橋昭名古屋大学名誉教授のご論文である「ベルリンの医学史跡瞥見(現代医学1994;42;371-380)」を地図の代わりにして,Moritz Heinrich Romberg(1795 –1873)先生のお墓参りをいたしました.

神経疾患の臨床が学問体系をなす上で,ドイツ系,フランス系,英国系の3つの流れが19世紀初頭から始まりましたが,Romberg先生からErb,Friedreich,Wernickeと伝えられたのがドイツ系であり,臨床神経学の創始者は以下の記載のようにRomberg先生と言われています.

He is credited with having been "the first clinical neurologist"
Spillane, John D (1981). The doctrine of the nerves. Oxford: University Press. p. 289.

Romberg先生はベルリン大学で学び,1837年から大学附属のシャリテ病院にて,神経病学を医学生に講義し,1842年には同病院の外来診療所長になっています.そして1840年,「神経病学書(Lehrbuch der Nervenkrankheiten des Menschen)」を上梓しました.これはそれまでの神経学の知見に自身の経験を追加したもので,神経学の世界最初の成書とされています.Romberg先生は,第3版まで改訂を行いましたが,4版目の改訂の途中の1873年6月16日にBerlinで死亡されておられます.

この教科書で最も有名な記載が "tabes dorsalis(脊髄癆)"に関するものです.tabes dorsalisの原意は「背中の消耗症」であり,つまり性交による消耗状態,腰が立たなくなった状況を指すそうです.Romberg先生はこの疾患について臨床病理学的検討を行い,脊髄癆の疾患概念を確立させました.まず病理所見に関しては,以下のように記載しています.

「・・・神経根にも萎縮が見られ,興味深い事に感覚性の後根に限って見られる事があり,このような例では脊髄後索も萎縮している」

さらに,原因が梅毒によることはまだ不明であったものの,「さまざまな誤った方法で性欲を満足させたりすると,本性の発症をうながすことが稀でなく・・・近年の大きな戦征が終わるとその後の10年間に脊髄癆の発生頻度が高かった」とも記載されています.

そして脊髄癆における神経徴候として,「患者に眼を閉じさせ,直立位を命じると,ただちに動揺したりよろめいたりする.・・・この疾患特異的な徴候は,私の観察によれば他の麻痺疾患には見られず,すでに10年前に注目したものである」 と書かれています.つまり深部感覚の消失が,特定の疾患の重要な徴候として発見されたわけです.これが現在,Romberg徴候と呼ばれている神経徴候です.原文を引用しておきます.

"The gait begins to be insecure... he puts down his feet with greater force...The individual keeps his eyes on his feet to prevent his movements from becoming still more unsteady. If he is ordered to close his eyes while in the erect posture, he at once commences to totter and swing from side to side; the insecurity of his gait also exhibits itself more in the dark."

写真には墓地の入口の門と,Romberg御夫妻の墓碑を示します.墓地(Friedrichswerderscher Friedhof)への行き方は,高橋昭先生のご論文にもありますが,まず地下鉄U7線でSüdstern駅で下車,ここから西に向かうBergman-strasseに入ると左手に墓地の塀があります.いくつか門があり,どこから入るか迷いますが,写真の門を見つけて入っていただき,少し進んで右手を見ると,塀にそって東を向くRomberg夫妻の墓碑を見つけることができます.高橋先生のご論文に記載されている堀を探しましたが,すでに埋め立てられたのかなくなっていました.お墓もたくさんあって見つからないかなと諦めかけましたが,饗場先生が執念(!)で見つけられました.臨床神経学の父の前で「日本で臨床神経学を勉強している者です」と手を合わせて,とても敬虔な気持ちになりました.とても印象に残る思い出になりました.

高橋昭他.ベルリンの医学史跡瞥見.現代医学1994;42;371-380
高橋昭他.Moritz Heinrich Rombergの生涯.神経内科1994;41:101-119
神経学の歴史(深部感覚の発見。ロンベルク)
http://homepage3.nifty.com/sinkei/history1.htm


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パーキンソン病の定義の改訂 -前駆状態(prodromal PD)の診断基準-

2016年06月20日 | パーキンソン病
第20回国際パーキンソン病・運動障害学会(MDS)@ベルリンに参加している.初日は治療に関する全体講義が行われたが,今後,十分に理解すべきと思われたトピックは,MDSが2015年に発表したパーキンソン病前駆状態(prodromal PD)の診断基準である.”Early Parkinson’s disease; modifying the definition of PD and early-stage treatment”というタイトルの講演で,Tübingen大学のDaniela Berg先生が解説をされた.

この診断基準の意味するものは重い.つまりパーキンソン病(PD)の定義自体を改訂するものであるためだ.過去20年のPD研究の進歩,つまりαシヌクレインの発見,遺伝子解析の進歩,非運動症状の認識,prodromal stage(前駆状態)の発見が,新しい診断基準の基盤となっている.これらを元に,MDSはPDの定義の改訂に取り組み,MDS research criteria for prodromal Parkinson’s diseaseとして発表した.この診断基準により変わったことは大きく3点にまとめられる.

1)PDを(PARK2のような一部の例外はあるものの),αシヌクレインが脳内に蓄積するシヌクレイノパチーと定義した.
2)認知症は,たとえ初発症状であったとしても,診断を否定する項目から除外した.他の非運動症状が,運動症状の前から出現するのと同様に,認知症も運動前症状となりうると考えた.つまり,レビー小体型認知症の症例も,この診断基準を満たせば,PDを合併していると考える.
3)病期により,PDを以下の3つに分類した.
① clinical PD(運動症状あり)
② prodromal PD(運動症状・非運動症状を認めるが,PDの臨床診断基準を満たさない)
③ preclinical PD(神経変性はあるが,無症状であるもの)

その他,以下の点も挙げられる.
1)PDを無動・寡動・振戦による組み合わせと考え,早期からの姿勢保持障害は,他の病態(PSP)でも生じうるため,診断には不要と考えた.
2)診断基準における項目を,診断を示唆する項目と,除外する項目に分け,それぞれについて重み付けを行った.除外項目については,probable PDを否定する「絶対的除外項目」と,複数存在したり,診断を支持する項目がない場合にprobable PDを否定する「レッドフラッグ」に分けた.
3)統計学的な手法(単純ベイズ分類器)を用いて,患者がprodromal PDである尤度比(★)を推測する独特な方法を用いている.この方法は他の疾患ではすでに導入されているものの,神経疾患領域では初めての試みである.
4)診断には以下の3つのステップを行う.

ステップ1
prodromal PDである可能性を年齢から推定(5歳間隔で表に定められている)
ステップ2
可能か限り多くの診断に関する情報を入手する.この中には環境要因(性,喫煙,カフェイン摂取など),遺伝因子(家族歴,遺伝子検査),運動前症状(便秘,嗅覚低下,運動徴候など),バイオマーカー検査(ドパミン系の画像検査など)が含まれる.項目ごとに前向き研究から,尤度比が決められていて,陽性尤度比(LR+)は1より大きく,陰性尤度比(LR-)は1より小さくなる.不明の場合は1とする.
ステップ3
集めたすべての情報を掛け算し,算出した総尤度比を,prodromal PDとなる閾値として年齢ごとに定めた値の80%以上となるかどうかを確認し,prodromal PDの診断をする.

論文には実際の計算例が複数記載されているので,試していただきたい.表は各リスクやマーカーの尤度比を示すが,これらは上述のごとく,前方視的研究に基づくEBMに則っているもののみ含んでいる.またそれぞれ診断における重みが異なることがわかる.例えば特異度は,うつや便秘では75–80%と低く,PSGにて診断されたRBDは99.7%と高いが,単純ベイズ分類器はこれらの異なる診断における価値の重み付けを可能としている(RBDの陽性尤度比は130と極めて高い).PD研究は発展中であることから,診断基準は今後,アップデートされることが予定されている.臨床現場において,この診断基準を用いることはあまりないように思われるが,PDに対する病態抑止療法や先制医療は,このような診断基準を満たした症例に対して行われることを認識する必要がある.

最後にDaniela Berg先生が仰った言葉が印象的だったので記載しておく.”Early PD is already advanced PD.” この診断基準を持って,PDも可能なかぎり早期に発見し,治療介入を行う時代に突入したといえよう.

Berg D, et al. MDS research criteria for prodromal Parkinson's disease. Mov Disord. 2015 Oct;30(12):1600-11.
Postuma RB et al. The new definition and diagnostic criteria of Parkinson's disease.Lancet Neurol. 2016 May;15(6):546-8.

★ 尤度比についてのメモ
陽性尤度比(LR+) = 真陽性率 / 偽陽性率
真陽性率 = sensitivity(感度)
偽陽性率 = (1 – specificity 特異度)
なのでLR+=(感度) / 1-(特異度)
陰性尤度比(LR-)=(1-感度) / (特異度)



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多系統萎縮症における各治療介入の順番・頻度と,治療選択時の意思表示能力

2016年06月15日 | 脳血管障害
多系統萎縮症(MSA)に対する根本的治療法は開発されていないが,対症療法は経験を積んで発展し,摂食嚥下障害に対する胃瘻造設,睡眠呼吸障害に対する非侵襲的陽圧換気療法(NPPV),上気道閉塞・喀痰の管理等に対する気管切開術等が行われている.しかし,これらの治療介入がどのような順番で,どの程度の頻度で行われるのかについては十分なデータがない.さらにMSAでは認知症を合併しうるが,各治療を選択する際の意思表示能力についてもこれまで検討されていなかった.この情報は,治療計画を考えるうえで極めて大切なものとなる.

このため,吉野内科・神経内科と新潟大学脳研究所神経内科は協力して,MSAに対する治療介入の頻度,順序,および意思表示能力を明らかにすることを目的とした後方視的研究を行った.MSAと同様に各治療介入を必要とする筋萎縮性側索硬化症(ALS)についても併せて検討し,両者の相違についても検討を行った.対象は吉野内科・神経内科を受診したMSAおよびALSの連続症例,それぞれ28名および62名であった.

結果であるが,各治療介入の頻度は,MSAではALSと比べ,NPPVの導入頻度が明らかに低く(25%対71%),胃瘻造設はやや低頻度で(43%対63%),気管切開術については同程度であった(25%対29%).治療介入の順序,時期については,MSAとALSでは大きく異なっていた.MSAではALSと比べ,治療介入の時期がいずれも有意に遅く,NPPV導入,気管切開術,胃瘻造設の順に行われていた.一方,ALSでは胃瘻造設,NPPV導入がほぼ同時期に行われ,少し遅れて気管切開術が行われていた.MSAでは睡眠呼吸障害がまず出現し,しばらくして嚥下障害や呼吸不全が出現するのに対し,ALSでは嚥下障害と呼吸不全が早期からあまり間隔を開けずに出現することが原因と考えられた.

最後に各治療介入時の意思表示能力(図)については,ALSと比較し,MSAではいずれの治療介入に関しても,不自由なく可能である患者の頻度が低く,とくに気管切開術において顕著であった(このことは気管切開術という極めて重要な決定を,本人以外の者の考えで行わねばならない可能性があることを示すものである!).MSAにおける意思表示能力低下の原因としては,運動機能障害と認知機能低下の2つの要因の関与が考えられた.

本研究は症例数が限られていること,ならびに単一施設による検討で,治療介入に主治医の考え方が反映されるという限界がある.しかし,MSAにおける治療介入の頻度や時期,順序を初めて示したこと,ならびに各治療介入を決定する際に,意思表示能力が低下していることを示した点で,患者さんを担当する上で重要な意義を持つものと考えられる.具体的には認知機能が保たれる,より早い時期での病状説明と治療方針の自己決定を検討することが必要である.

浅川孝司ら.多系統萎縮症における治療介入に関する検討 ―筋萎縮性側索硬化症との比較―.神経内科84; 600-605, 2016 




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座敷わらし52例の検討 -座敷わらしは幻覚か?-

2016年06月09日 | パーキンソン病
非常に興味をそそられる論文を読んだ.「Lewy小体病における幻覚とザシキワラシとの類似点―民俗学史料への病跡学的分析の試み―」獨協医大の駒ヶ嶺朋子先生らによる意欲的な論文である.

まず論文の書き出しにワクワクさせられる.
「神経内科で出会う訴えの中には,妖怪や幽霊,怪物などの民間伝承のようなエピソードが時にある.民間伝承は世界各地に種々の形で存在し,その多くが空想の産物と捉えられている.しかし,普遍性の背景には何らかの根拠が存在する可能性があると仮定もできる」

そして論文では,妖怪として有名な「座敷わらし」とは,パーキンソン病やレビー小体型認知症といったレビー小体病の幻覚なのではないかという仮説を検証している.この仮説は以前から耳にしたことがあったものの,多数例で(!)検証されたことはなかった.著者らは,「座敷わらし」様の幻覚を呈したパーキンソン病の1例を紹介したあと,明治から大正期に蒐集された「座敷わらし」の病跡学的分析を行っている.

さてその「座敷わらし」であるが,柳田國男の「遠野物語」(1910)の,第17段と第18段に「ザシキワラシ」として出てくる.「遠野物語」は民俗学者である佐々木喜善の語りを,柳田国男が書き起こしたものであるが,佐々木自身も多数の「ザシキワラシ」の逸話を「奥州のザシキワラシの話」(1920)としてまとめている.これら合計52例の「ザシキワラシ」が,レビー小体病の幻覚や,両眼の視力を失った高齢者が経験する幻覚として有名なCharles Bonnet(シャルル・ボネ)症候群と一致する特徴がないか詳細に検討したのが本論文である.

その結果,「ザシキワラシ」は「ワラシ=子供」とは限らないこと,何かしら動く人物や動物,正体不明の音や触覚を伴う存在を含めて「ザシキワラシ」と称していること,視覚のみ,音のみ,触覚のみと単独の場合が多いこと,そして見た者に強い恐怖心を与えず,多くの場合,コミュニケーションができないことを明らかにした.著者らは結論として,これらの特徴はレビー小体病やCharles Bonnet症候群の幻覚と類似しており,「ザシキワラシの成立に,これらの疾患の幻覚のメカニズムと共通あるいは類似する脳内機構が関与した可能性がある」と結論づけている(ただし本人に関する情報が限られることから,「ザシキワラシ」を見た人がレビー小体病であったとまでは言っていない).ちなみにパーキンソン病における幻覚に関して,恐怖を伴わないこと,周囲が薄暗い環境で現れること,本人は幻覚であることを自覚していることが報告されている.Charles Bonnet症候群でも,恐怖を伴わず,かつ幻覚であることを自覚していることが知られている.

さて「座敷わらし」について,個人的にもう少し追加の記載をしたい.「遠野物語」を久しぶりに読んでみると,第17段に「旧家にはザシキワラシといふ神の住みたまふ家少なからず.この神は多くは12〜13ばかりの童児なり.をりをり人に姿を見することあり」と書かれており,そもそも「妖怪」ではなく「神」であったことが分かる.「ザシキワラシ」は中央に居る「神道の神」ではなく,地方にいる「家の神」なのだ.さらに「この神の宿りたまふ家は富貴自在なりといふことなり」とも記載されていることから,家の繁栄と没落を支配する「神」として信仰され,民間伝承されてきたのだろう.ところが水木しげるのマンガによって多くの人に知られる存在になったが,同時に「妖怪の仲間入り」をしてしまった.さぞ「座敷わらし」も無念だろうと思う.

自分は超能力,幽霊,霊視,UFO,UMAなど,いわゆる「オカルト」が昔から好きで,関心のある職業トップ3も,エスパー,陰陽師,イタコである(笑).このたぐいの本を見つけるとつい買ってしまう(入門書・名著としておすすめは,オカルト 現れるモノ、隠れるモノ、見たいモノ;角川書店).なぜオカルトが好きかといえば,そこには2つの魅力があるためだ.それは文化・社会学的な側面と,科学的な側面である.文化・社会学的な側面とは,なぜそのようなものが生まれてきたのかという文化的,社会学的,歴史的,民族学的背景であり,科学的な側面とは,その現象が人が理解できる科学現象なのか,それとも人智を超えるまだ理解できない現象なのか,はたまた単なるインチキかということである.これらの意味で「オカルト」はとっても知的である.「座敷わらし」も例外ではなく,信仰と民間伝承,大衆化とまさかの神から妖怪への変容といった文化的側面と,科学的な視点からの脳内現象としての可能性という側面があり,非常に興味深い存在なのである.

駒ヶ嶺朋子ら.Lewy小体病における幻覚とザシキワラシとの類似点―民俗学史料への病跡学的分析の試み―.神経内科84:513-519, 2016


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人工知能による新しい医療 -IBMワトソン・サミット2016@東京-

2016年05月28日 | 医学と医療
人工知能(AI)やその医療応用に関心があり,5月25~26日に開催された「IBMワトソン・サミット2016」に参加した.近未来,医療は大きく変わることを実感させられる会であった.もっとも進歩が見込まれる領域は,ガンに対するゲノム医療だろう.東京大学医科学研究所の宮野悟教授のご講演は示唆に富むものであった.まず宮野教授は,ガン研究は急速な進歩のため,医療従事者が追いつくことができず,臨床的に困難な状況に陥っていることを以下のように指摘された.

1)関連論文の指数関数的増大・・・ガン領域だけで2014年に20万の論文が報告され,フォロー困難な状況になっている(膨大な電子化知識の氾濫).
2)シークエンスデータの爆発的増加・・・シリコン・シークエンサーが登場すれば,全ゲノムは100ドル,1時間で読めてしまう時代に突入する.パーソナルゲノム医療(★)が現実化する.
3)ガン・ゲノム研究の進歩・・従来,蛋白をコードしている全ゲノムの1.5%程度しか調べてなかったことに加え,タンパクをコードしていないノンコーディングRNAにも役割があることが明らかになった.
4)ガン遺伝子の多様性の発見・・・一個人の同じガン組織のなかでも想像を越える多様性があること,遺伝子も生涯不変という常識は否定され,加齢とともに変異が蓄積し変化していることが明らかになった.

★パーソナルゲノム医療:個々人の遺伝子(パーソナルゲノム)の特徴を知り,かかりやすい病気を発症前から環境を含め予防し治療する医療

これらの結果生じる医療ビッグデータ,ゲノム・ビッグデータを人間の能力で扱うのはもはや不可能である.東京大学医科学研究所では,これらの臨床シークエンス研究に,IBMワトソンを使用している.その詳細は明らかにされなかったが,遺伝カウンセリングや生命倫理に対する体制も整備され,確実に新時代の医療に突入したという実感を持った.

ワトソンとは何か?それはコンピューターでありながら,人と同じように情報から学び,経験から学習するコグニティブ・テクノロジーと言える.そこには「Watson Corpus」と呼ぶコーパス(知識ベース)が構築されている.膨大な数の医療文献や化学物質データベース,ゲノム情報,特許情報などに加え,薬の副作用情報や医療機関が持つさまざまな臨床情報が統合されている.ガンに関しては,「Watson for Oncology」という取り組みがなされ,米国有数のガン専門病院であるMemorial Slone Kettering Cancer Centerにてワトソンの「教育」が行われた.まず8000時間,その後,年2000時間のペースで「教育」がなされたという.

Watsonが学習した膨大なデータの使いみちは以下のようになる.まずパーソナルゲノム情報を調べると,遺伝子変異が続々出てくる.これをどう解釈し,どう治療方針に活かすか,つまり「副作用のないベストフィットな治療をいかに決定するか」が現在の医療,人間の力では難しい.これをワトソン(Watson Genomic analytics)にやらせるわけだ.パーソナルゲノムデータから,ガンの原因となっている遺伝子の候補を寄与度の高い順にリストアップし,治療標的となる遺伝子変異と分子標的薬の候補が示される.そして「エビデンスボタン」を押すと,その治療方針の根拠が示される.かつてインターネットでMEDLINEにキーワードを入力し,論文リストが表示された時の衝撃以上のインパクトを感じる.

日本での導入は,ガンや治療効果の人種による差や,治療ガイドラインの違いなどによりすぐに行えるものではないようだ.またガン以外の領域については未着手のようである.しかしガン領域のようなパーソナルゲノム医療・個別化医療は早晩,他の領域にも波及し,人工知能の導入が必要になるだろう.そうでなければ高額な分子標的薬により医療制度は破綻してしまうものと思われる.ガンの領域における医療の変化を注視する必要がある.

IBM Watson Health


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多系統萎縮症(MSA)に対するチーム医療

2016年05月25日 | 脊髄小脳変性症
新潟大学病院の診療チーム(神経内科,耳鼻咽喉科,呼吸器・睡眠,循環器,摂食嚥下リハビリ)による「多系統萎縮症の突然死防止」に対する取り組みを,新潟日報紙が写真のように紹介してくださいました.多系統萎縮症は脊髄小脳変性症の中で一番頻度の多い疾患ながら,さまざまな症状を呈するため神経内科医だけでは対処が難しく,複数領域のエキスパートの協力が不可欠になります.とくに耳鼻咽喉科医との薬物鎮静下喉頭内視鏡検査(DISE)はハードルが高い検査ですが,その情報量は極めて多く,最近,複数の医療機関から問い合わせをいただいております.詳しい検査法などの情報提供をいたしますので,神経内科,耳鼻咽喉科の先生は遠慮なくご連絡ください.

(連絡先)〒951-8585 新潟市中央区旭町通1-757 新潟大学脳研究所神経内科 下畑享良


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患者会に入るということ

2016年05月17日 | 脳血管障害
【患者会の会員数は減っている!?】
私はいくつかの神経疾患の患者会のお手伝いをしている.週末,毎年伺っている地域の患者会の総会に参加し,医療講演と医療相談を行ってきた.しかし以前より参加者が減り,高齢化が進んだ印象を持った.もしや全国的な傾向かもと考え,インターネットで調べてみると,会費や入会手続きを要する,いわゆる伝統的な患者会では会員数が減少し,存続が危ぶまれるところも増えているらしい.会員数が減れば,会費収入のみに頼る組織運営は当然,厳しい状況に陥るだろう.

【なぜ会員数が減少しているのか?】

いくつかの理由が想像できる.
1)入会して,負担が増えるのを避けるため.
2)インターネット,SNSの発達により,病気に関する情報が容易に得られるようになったため.
3)入会のメリットを理解してもらうことが難しくなり,勧誘しにくくなったため.
患者会に関わっている医師,患者さんに患者会を紹介する医師も減っているかもしれない.

【そもそも患者会の目的はなんだろう?】
長 宏氏の著書「患者運動」によると以下の3つが挙げられている.
1)病気の科学的な把握・・・自分の病気を正しく知ること.
2)病気と闘う気概・・・同じ病気の患者・家族どうしで助け合い,病気を克服するための精神的な支えとなること.
3)病気と闘う条件整備・・・病気とうまく付き合い,ともに生きていくための療養環境を整えること.しかしこれらは,時代によって,その中身や,どこに重点が置かれるかは,変わってくるものと思われる.

【米国の患者会に学ぶ】
個人的に手伝ったり参加している米国の患者会が2つある.多系統萎縮症に対するThe MSA coalition(MSA連盟)と,進行性核上性麻痺に対するCure PSPである.前者はSNSでその代表のPamさんと知り合いになったのがきっかけ,後者は患者会が企画する国際会議に演題を応募して発表したのがきっかけだった.
The MSA coalition
Cure PSP

2つの患者会の印象をまとめると以下のとおりになる.
1)インターネットやSNSを駆使し,情報を世界に向けて積極的に発信している.
2)一部の会員は,病気に対する高度な医学的知識を有している.
3)運営費が会費以外に,寄付,募金,グッズ販売など多彩で,かつ運営費の規模が大きい(HPのめだつところにdonateの文字がある).
4)運営費の一部を研究費に充て,治療実現のためのアイデアを医師から募集し,支援・連携している.

【これからの課題】
私見であるが,患者会が今後考えるべきは,「患者運動」のうち3)病気と闘う条件整備と,1)病気の科学的な把握ではないかと思う.3)の「病気と闘う条件整備」に関して,要望の実現に向けた議論の場に,患者さん自身が当事者として参画する時代にすでになりつつある.これを広め,要望を実現するためには,社会的関心を高めることが重要であり,そのためには会員数を増やすことが近道である.希少疾患では工夫が必要で,積極的な広報活動や,賛否はあるもののバケツチャレンジのようなアイデアも必要だろう.
1)の「病気の科学的な把握」については,より深く病気を理解することが理想と思う.そして患者会は「教育の場」となる必要があるのではないだろうか?私の言う「教育の場」の意味は,患者さん・家族が最新の医学知識を学ぶ場に加えて,その病気に精通した専門医師・研究者も育成・支援する場となるのではないかということである.つまり患者さん,家族は頑張って病気を学び理解し,方向性の正しい治療研究を後押しする,一方,医師・研究者は患者さん,家族から学ばせていただき,支援を受けて研究を進め,そこで得た最先端の知見を分かりやすく患者さん,家族にフィードバックする.もしこのようなことが実現すれば,病気は単に患者とその家族のものではなくなり,必要な取り組みや施策を考えることのできる人材によりサポートされ,社会的な問題として捉えられるようになるのではないだろうか? 自分は将来,どんな病気になるのか分からないし,病気を抱えて頑張れるか不安ではあるが,患者会に入り,医学の知識を活かしたいと思う.

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昭和34年の神経診察

2016年05月03日 | 医学と医療

「復刻版 神経疾患の検査と診断」
というDVDを見た.日本の神経内科学を確立した冲中重雄先生(東京大学名誉教授;写真A)が昭和34年(1959年)に制作した神経診察に関する16mmフィルム作品の復刻版である.感銘を受けるとともに,驚くべき内容であったので感想をまとめたい.

1.自分が先輩方から教わった神経診察の原点は沖中先生の診察にあったこと
当たり前なのかもしれないが,ビデオの診察法はまさに自分が新潟大学の先輩方から学んだ診察法そのものであった.つまり沖中先生が影響を受けたアメリカの臨床神経学が,その弟子である椿忠雄新潟大学神経内科初代教授を介して我々に伝えられていることを改めて実感した.ビデオの中で沖中先生は,現病歴の重要性を強調すると同時に,「神経病診断の基本は,ベッドサイドにおける克明な臨床観察であり,ハンマー等の簡単な道具による診察で,ほとんど誤りのない臨床診断ができる」と述べておられる.これはまさに先輩方から教えられたことである.

2.57年前の診察に時代遅れの感がなく,むしろ現在より工夫に富むこと
診察道具はいまと全く変わっていないが(写真B),患者さんをじっく診察している様子が印象的である.自分では日常あまり行っていない診察法として,顔面神経麻痺に対する眼輪筋反射,痙性に対する交差性内転筋反射,手クローヌス,そして対称性共同運動が紹介されていた.また翼状肩甲は,顔を拭く行為の際にはっきり分かることも紹介されていた.患者さんの日常生活までしっかり観察しているからこそ気がつくのだろう.
一番,驚いたのは小脳症候の診察である.通常の診察のほかに,「指叩き試験」として二重丸で書いた指標をなるべく早く叩いてもらう診察(写真C)や,十字の交点をサインペンの先で叩いてもらい,そのズレをみる診察(写真D)を初めて見た.後者はそれだけではなく,紙を叩く音を録音し,音の間隔や大きさの不規則さで失調の程度を「見える化」していた.以前,当科の古い写真のなかに見たことのない神経診察用の機械を複数見たことがあるが(写真F;何の診察のためのものか,お分かりの方いらっしゃいますか?),その時と同じぐらい驚いた.神経診察は57年もの間,進歩していなかった.今後,神経疾患に対する治療介入はますます進むと思われるが,鋭敏な効果判定のための指標として,神経診察法の工夫・定量化は必要ではないかと感じた.

3.ビデオ撮影法が優れていること
神経診察のビデオ撮影は案外難しい.特徴とする所見をうまく捉えられてなかったり,アングルが悪く分かりにくかったりして,ビデオを見てがっかりする.しかしこのビデオは本当に分かりやすい.沖中先生は映画製作については,椿忠雄先生,豊倉康夫先生に任せたそうであるが,お二人は典型的な所見を呈する患者さんをたくさん集め説得し,カメラのアングルも所見が分かりやすいように工夫されたのだと推測される.またフィルムを早回し,所見をスローモーション撮影しているのも工夫の一つで,これによりクローヌスには急速相と緩徐相があることが初めて理解でき驚いた.神経内科医以外のドクターにも見ていただきたい診察の動画である.

4.沖中先生のことばに触れることができること
ビデオの最後に,萬年徹先生,岩田誠先生,清水輝夫先生による鼎談が収められているが,そのなかで沖中先生の仰ったことば,好きなことばが紹介されている.第2回の神経学会会長演説で,ハーバード大学のDenny-Brown教授の「The essence of neurology is in the clinic, without patients, it is nothing.」という言葉を引用されたそうである.また「神経の病気は治らないから嫌だ」といった学生に対し沖中先生は,「じゃ医者は治る病人だけを相手にするのですか?」「治らない病気だからこそ,私達が一生懸命考えて,私達が何かしらやってあげられることを探さなくてはいけないのですよ」とおっしゃったとのエピソードが語られていた.新潟大学の先輩方から教えていただいた神経内科医としての姿勢の源流は,ここに遡ることを理解することができた.

「復刻版 神経疾患の検査と診断」DVD 全1巻 78分 



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多系統萎縮症における臨床倫理的問題に対するスタンス

2016年04月22日 | 脊髄小脳変性症
新潟大学医歯学総合病院では複数の臨床診療科(神経内科,耳鼻咽喉科,呼吸器内科,摂食嚥下リハビリ,循環器内科)が協力して,本邦で一番多い脊髄小脳変性症である多系統萎縮症(MSA)の臨床研究に取り組んできた(Niigata MSA study).MSAにおける突然死メカニズムと予防法の解明を目指した研究である.今回,総括ともいうべき総説論文をParkisnonism and Related Disorders誌に掲載していただいた.2001年から15年かけて行ってきた研究であり感慨深い.

この研究は,私の盟友である耳鼻咽喉科医がその必要性を訴えて開始したものである.自身が担当したMSA患者さんが突然死されたことから,この研究が必要と考え,睡眠呼吸障害に詳しい呼吸器内科医と,詳しくはない神経内科医(私)に声がかかり始まった.それから15年間で多くのことが分かったが,大きく,以下の4点に要約できる.
1.突然死は,CPAPのみならず気管切開術でも防げず,これらの治療は場合によっては(floppy epiglottisや中枢性睡眠時無呼吸症候群症状を介して)症状の増悪を引き起こしうること.
2.突然死のメカニズムは少なくとも4つあり(中枢性呼吸調節障害,窒息,CPAPによる上気道閉塞,心臓自律神経障害),複数の診療科による集学的アプローチを要すること.
3.突然死の多くは人工呼吸器装着により防止できること.
4.MSAは認知機能障害を合併しうることから,告知や治療の自己決定という倫理的問題に直面すること.

今回,論文の査読者から4の倫理的問題を提起するだけではなく,見解を述べるよう求められた.以下が現時点での私どものスタンスである.
1.突然死リスクの告知は,患者さん・家族に大きな不安をもたらすことを重視し,画一的に伝えるのではなく,危険性が高い症例を中心に,年齢,経過,性格,教育レベルなどを考慮して,症例ごとに検討したうえで行うべきである.危険性については,自律神経障害や睡眠呼吸障害・上気道閉塞が高度な症例ほど高いと言われているが,さらなる危険因子の同定が必要である.
2.気管切開術や人工呼吸器装着といった治療の選択は,認知機能を正しく評価した上で,これまで明らかになっている知見を共有して行うことが望ましい.


MSA診療の難しさは,複数の診療科による集学的アプローチを要することと,臨床倫理的な問題への取り組みを要することである.いずれも難しい問題であるが,本論文の私どものアプローチをぜひご覧頂き,ご検討を頂きたい.図は私どもが提唱している突然死防止のアルゴリズムである.

Shimohata T et al. Mechanisms and prevention of sudden death in multiple system atrophy. Parkisnonism and Related Disorders (2016) 


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