Neurology 興味を持った「神経内科」論文

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人工知能による新しい医療 −IBMワトソン・サミット2016@東京−

2016年05月28日 | 医学と医療
人工知能(AI)やその医療応用に関心があり,5月25〜26日に開催された「IBMワトソン・サミット2016」に参加した.近未来,医療は大きく変わることを実感させられる会であった.もっとも進歩が見込まれる領域は,ガンに対するゲノム医療だろう.東京大学医科学研究所の宮野悟教授のご講演は示唆に富むものであった.まず宮野教授は,ガン研究は急速な進歩のため,医療従事者が追いつくことができず,臨床的に困難な状況に陥っていることを以下のように指摘された.

1)関連論文の指数関数的増大・・・ガン領域だけで2014年に20万の論文が報告され,フォロー困難な状況になっている(膨大な電子化知識の氾濫).
2)シークエンスデータの爆発的増加・・・シリコン・シークエンサーが登場すれば,全ゲノムは100ドル,1時間で読めてしまう時代に突入する.パーソナルゲノム医療(★)が現実化する.
3)ガン・ゲノム研究の進歩・・従来,蛋白をコードしている全ゲノムの1.5%程度しか調べてなかったことに加え,タンパクをコードしていないノンコーディングRNAにも役割があることが明らかになった.
4)ガン遺伝子の多様性の発見・・・一個人の同じガン組織のなかでも想像を越える多様性があること,遺伝子も生涯不変という常識は否定され,加齢とともに変異が蓄積し変化していることが明らかになった.

★パーソナルゲノム医療:個々人の遺伝子(パーソナルゲノム)の特徴を知り,かかりやすい病気を発症前から環境を含め予防し治療する医療

これらの結果生じる医療ビッグデータ,ゲノム・ビッグデータを人間の能力で扱うのはもはや不可能である.東京大学医科学研究所では,これらの臨床シークエンス研究に,IBMワトソンを使用している.その詳細は明らかにされなかったが,遺伝カウンセリングや生命倫理に対する体制も整備され,確実に新時代の医療に突入したという実感を持った.

ワトソンとは何か?それはコンピューターでありながら,人と同じように情報から学び,経験から学習するコグニティブ・テクノロジーと言える.そこには「Watson Corpus」と呼ぶコーパス(知識ベース)が構築されている.膨大な数の医療文献や化学物質データベース,ゲノム情報,特許情報などに加え,薬の副作用情報や医療機関が持つさまざまな臨床情報が統合されている.ガンに関しては,「Watson for Oncology」という取り組みがなされ,米国有数のガン専門病院であるMemorial Slone Kettering Cancer Centerにてワトソンの「教育」が行われた.まず8000時間,その後,年2000時間のペースで「教育」がなされたという.

Watsonが学習した膨大なデータの使いみちは以下のようになる.まずパーソナルゲノム情報を調べると,遺伝子変異が続々出てくる.これをどう解釈し,どう治療方針に活かすか,つまり「副作用のないベストフィットな治療をいかに決定するか」が現在の医療,人間の力では難しい.これをワトソン(Watson Genomic analytics)にやらせるわけだ.パーソナルゲノムデータから,ガンの原因となっている遺伝子の候補を寄与度の高い順にリストアップし,治療標的となる遺伝子変異と分子標的薬の候補が示される.そして「エビデンスボタン」を押すと,その治療方針の根拠が示される.かつてインターネットでMEDLINEにキーワードを入力し,論文リストが表示された時の衝撃以上のインパクトを感じる.

日本での導入は,ガンや治療効果の人種による差や,治療ガイドラインの違いなどによりすぐに行えるものではないようだ.またガン以外の領域については未着手のようである.しかしガン領域のようなパーソナルゲノム医療・個別化医療は早晩,他の領域にも波及し,人工知能の導入が必要になるだろう.そうでなければ高額な分子標的薬により医療制度は破綻してしまうものと思われる.ガンの領域における医療の変化を注視する必要がある.

IBM Watson Health


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多系統萎縮症(MSA)に対するチーム医療

2016年05月25日 | 脊髄小脳変性症
新潟大学病院の診療チーム(神経内科,耳鼻咽喉科,呼吸器・睡眠,循環器,摂食嚥下リハビリ)による「多系統萎縮症の突然死防止」に対する取り組みを,新潟日報紙が写真のように紹介してくださいました.多系統萎縮症は脊髄小脳変性症の中で一番頻度の多い疾患ながら,さまざまな症状を呈するため神経内科医だけでは対処が難しく,複数領域のエキスパートの協力が不可欠になります.とくに耳鼻咽喉科医との薬物鎮静下喉頭内視鏡検査(DISE)はハードルが高い検査ですが,その情報量は極めて多く,最近,複数の医療機関から問い合わせをいただいております.詳しい検査法などの情報提供をいたしますので,神経内科,耳鼻咽喉科の先生は遠慮なくご連絡ください.

(連絡先)〒951-8585 新潟市中央区旭町通1-757 新潟大学脳研究所神経内科 下畑享良


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患者会に入るということ

2016年05月17日 | 脳血管障害
【患者会の会員数は減っている!?】
私はいくつかの神経疾患の患者会のお手伝いをしている.週末,毎年伺っている地域の患者会の総会に参加し,医療講演と医療相談を行ってきた.しかし以前より参加者が減り,高齢化が進んだ印象を持った.もしや全国的な傾向かもと考え,インターネットで調べてみると,会費や入会手続きを要する,いわゆる伝統的な患者会では会員数が減少し,存続が危ぶまれるところも増えているらしい.会員数が減れば,会費収入のみに頼る組織運営は当然,厳しい状況に陥るだろう.

【なぜ会員数が減少しているのか?】

いくつかの理由が想像できる.
1)入会して,負担が増えるのを避けるため.
2)インターネット,SNSの発達により,病気に関する情報が容易に得られるようになったため.
3)入会のメリットを理解してもらうことが難しくなり,勧誘しにくくなったため.
患者会に関わっている医師,患者さんに患者会を紹介する医師も減っているかもしれない.

【そもそも患者会の目的はなんだろう?】
長 宏氏の著書「患者運動」によると以下の3つが挙げられている.
1)病気の科学的な把握・・・自分の病気を正しく知ること.
2)病気と闘う気概・・・同じ病気の患者・家族どうしで助け合い,病気を克服するための精神的な支えとなること.
3)病気と闘う条件整備・・・病気とうまく付き合い,ともに生きていくための療養環境を整えること.しかしこれらは,時代によって,その中身や,どこに重点が置かれるかは,変わってくるものと思われる.

【米国の患者会に学ぶ】
個人的に手伝ったり参加している米国の患者会が2つある.多系統萎縮症に対するThe MSA coalition(MSA連盟)と,進行性核上性麻痺に対するCure PSPである.前者はSNSでその代表のPamさんと知り合いになったのがきっかけ,後者は患者会が企画する国際会議に演題を応募して発表したのがきっかけだった.
The MSA coalition
Cure PSP

2つの患者会の印象をまとめると以下のとおりになる.
1)インターネットやSNSを駆使し,情報を世界に向けて積極的に発信している.
2)一部の会員は,病気に対する高度な医学的知識を有している.
3)運営費が会費以外に,寄付,募金,グッズ販売など多彩で,かつ運営費の規模が大きい(HPのめだつところにdonateの文字がある).
4)運営費の一部を研究費に充て,治療実現のためのアイデアを医師から募集し,支援・連携している.

【これからの課題】
私見であるが,患者会が今後考えるべきは,「患者運動」のうち3)病気と闘う条件整備と,1)病気の科学的な把握ではないかと思う.3)の「病気と闘う条件整備」に関して,要望の実現に向けた議論の場に,患者さん自身が当事者として参画する時代にすでになりつつある.これを広め,要望を実現するためには,社会的関心を高めることが重要であり,そのためには会員数を増やすことが近道である.希少疾患では工夫が必要で,積極的な広報活動や,賛否はあるもののバケツチャレンジのようなアイデアも必要だろう.
1)の「病気の科学的な把握」については,より深く病気を理解することが理想と思う.そして患者会は「教育の場」となる必要があるのではないだろうか?私の言う「教育の場」の意味は,患者さん・家族が最新の医学知識を学ぶ場に加えて,その病気に精通した専門医師・研究者も育成・支援する場となるのではないかということである.つまり患者さん,家族は頑張って病気を学び理解し,方向性の正しい治療研究を後押しする,一方,医師・研究者は患者さん,家族から学ばせていただき,支援を受けて研究を進め,そこで得た最先端の知見を分かりやすく患者さん,家族にフィードバックする.もしこのようなことが実現すれば,病気は単に患者とその家族のものではなくなり,必要な取り組みや施策を考えることのできる人材によりサポートされ,社会的な問題として捉えられるようになるのではないだろうか? 自分は将来,どんな病気になるのか分からないし,病気を抱えて頑張れるか不安ではあるが,患者会に入り,医学の知識を活かしたいと思う.

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昭和34年の神経診察

2016年05月03日 | 医学と医療

「復刻版 神経疾患の検査と診断」
というDVDを見た.日本の神経内科学を確立した冲中重雄先生(東京大学名誉教授;写真A)が昭和34年(1959年)に制作した神経診察に関する16mmフィルム作品の復刻版である.感銘を受けるとともに,驚くべき内容であったので感想をまとめたい.

1.自分が先輩方から教わった神経診察の原点は沖中先生の診察にあったこと
当たり前なのかもしれないが,ビデオの診察法はまさに自分が新潟大学の先輩方から学んだ診察法そのものであった.つまり沖中先生が影響を受けたアメリカの臨床神経学が,その弟子である椿忠雄新潟大学神経内科初代教授を介して我々に伝えられていることを改めて実感した.ビデオの中で沖中先生は,現病歴の重要性を強調すると同時に,「神経病診断の基本は,ベッドサイドにおける克明な臨床観察であり,ハンマー等の簡単な道具による診察で,ほとんど誤りのない臨床診断ができる」と述べておられる.これはまさに先輩方から教えられたことである.

2.57年前の診察に時代遅れの感がなく,むしろ現在より工夫に富むこと
診察道具はいまと全く変わっていないが(写真B),患者さんをじっく診察している様子が印象的である.自分では日常あまり行っていない診察法として,顔面神経麻痺に対する眼輪筋反射,痙性に対する交差性内転筋反射,手クローヌス,そして対称性共同運動が紹介されていた.また翼状肩甲は,顔を拭く行為の際にはっきり分かることも紹介されていた.患者さんの日常生活までしっかり観察しているからこそ気がつくのだろう.
一番,驚いたのは小脳症候の診察である.通常の診察のほかに,「指叩き試験」として二重丸で書いた指標をなるべく早く叩いてもらう診察(写真C)や,十字の交点をサインペンの先で叩いてもらい,そのズレをみる診察(写真D)を初めて見た.後者はそれだけではなく,紙を叩く音を録音し,音の間隔や大きさの不規則さで失調の程度を「見える化」していた.以前,当科の古い写真のなかに見たことのない神経診察用の機械を複数見たことがあるが(写真F;何の診察のためのものか,お分かりの方いらっしゃいますか?),その時と同じぐらい驚いた.神経診察は57年もの間,進歩していなかった.今後,神経疾患に対する治療介入はますます進むと思われるが,鋭敏な効果判定のための指標として,神経診察法の工夫・定量化は必要ではないかと感じた.

3.ビデオ撮影法が優れていること
神経診察のビデオ撮影は案外難しい.特徴とする所見をうまく捉えられてなかったり,アングルが悪く分かりにくかったりして,ビデオを見てがっかりする.しかしこのビデオは本当に分かりやすい.沖中先生は映画製作については,椿忠雄先生,豊倉康夫先生に任せたそうであるが,お二人は典型的な所見を呈する患者さんをたくさん集め説得し,カメラのアングルも所見が分かりやすいように工夫されたのだと推測される.またフィルムを早回し,所見をスローモーション撮影しているのも工夫の一つで,これによりクローヌスには急速相と緩徐相があることが初めて理解でき驚いた.神経内科医以外のドクターにも見ていただきたい診察の動画である.

4.沖中先生のことばに触れることができること
ビデオの最後に,萬年徹先生,岩田誠先生,清水輝夫先生による鼎談が収められているが,そのなかで沖中先生の仰ったことば,好きなことばが紹介されている.第2回の神経学会会長演説で,ハーバード大学のDenny-Brown教授の「The essence of neurology is in the clinic, without patients, it is nothing.」という言葉を引用されたそうである.また「神経の病気は治らないから嫌だ」といった学生に対し沖中先生は,「じゃ医者は治る病人だけを相手にするのですか?」「治らない病気だからこそ,私達が一生懸命考えて,私達が何かしらやってあげられることを探さなくてはいけないのですよ」とおっしゃったとのエピソードが語られていた.新潟大学の先輩方から教えていただいた神経内科医としての姿勢の源流は,ここに遡ることを理解することができた.

「復刻版 神経疾患の検査と診断」DVD 全1巻 78分 



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多系統萎縮症における臨床倫理的問題に対するスタンス

2016年04月22日 | 脊髄小脳変性症
新潟大学医歯学総合病院では複数の臨床診療科(神経内科,耳鼻咽喉科,呼吸器内科,摂食嚥下リハビリ,循環器内科)が協力して,本邦で一番多い脊髄小脳変性症である多系統萎縮症(MSA)の臨床研究に取り組んできた(Niigata MSA study).MSAにおける突然死メカニズムと予防法の解明を目指した研究である.今回,総括ともいうべき総説論文をParkisnonism and Related Disorders誌に掲載していただいた.2001年から15年かけて行ってきた研究であり感慨深い.

この研究は,私の盟友である耳鼻咽喉科医がその必要性を訴えて開始したものである.自身が担当したMSA患者さんが突然死されたことから,この研究が必要と考え,睡眠呼吸障害に詳しい呼吸器内科医と,詳しくはない神経内科医(私)に声がかかり始まった.それから15年間で多くのことが分かったが,大きく,以下の4点に要約できる.
1.突然死は,CPAPのみならず気管切開術でも防げず,これらの治療は場合によっては(floppy epiglottisや中枢性睡眠時無呼吸症候群症状を介して)症状の増悪を引き起こしうること.
2.突然死のメカニズムは少なくとも4つあり(中枢性呼吸調節障害,窒息,CPAPによる上気道閉塞,心臓自律神経障害),複数の診療科による集学的アプローチを要すること.
3.突然死の多くは人工呼吸器装着により防止できること.
4.MSAは認知機能障害を合併しうることから,告知や治療の自己決定という倫理的問題に直面すること.

今回,論文の査読者から4の倫理的問題を提起するだけではなく,見解を述べるよう求められた.以下が現時点での私どものスタンスである.
1.突然死リスクの告知は,患者さん・家族に大きな不安をもたらすことを重視し,画一的に伝えるのではなく,危険性が高い症例を中心に,年齢,経過,性格,教育レベルなどを考慮して,症例ごとに検討したうえで行うべきである.危険性については,自律神経障害や睡眠呼吸障害・上気道閉塞が高度な症例ほど高いと言われているが,さらなる危険因子の同定が必要である.
2.気管切開術や人工呼吸器装着といった治療の選択は,認知機能を正しく評価した上で,これまで明らかになっている知見を共有して行うことが望ましい.


MSA診療の難しさは,複数の診療科による集学的アプローチを要することと,臨床倫理的な問題への取り組みを要することである.いずれも難しい問題であるが,本論文の私どものアプローチをぜひご覧頂き,ご検討を頂きたい.図は私どもが提唱している突然死防止のアルゴリズムである.

Shimohata T et al. Mechanisms and prevention of sudden death in multiple system atrophy. Parkisnonism and Related Disorders (2016) 


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期待が持てる日本発の「脳保護療法の新展開」@Stroke 2016(札幌)

2016年04月15日 | 脳血管障害
日本脳卒中学会・日本脳卒中の外科学会合同シンポジウム「脳保護療法の新展開」において,岡山大学阿部康二教授,兵庫医大吉村紳一教授に座長をしていただき,「脳梗塞に対する脳低温療法の作用機序と臨床応用」という講演をしました.私は全身を冷却する場合の問題点や限界を,動物実験データを踏まえて提示しました(下記に発表の要点と,発表スライドへのリンク).

その後,北海道大学脳外科の鐙谷武雄先生から,血栓除去術後にカテーテルから冷生食を点滴する局所脳低温療法について紹介がありました.脳温の低下をもたらすのに最適なプロトコールの決定が必要ですが,全身冷却に見られる合併症は来しにくく,とても有望なアプローチと考えられました.臨床試験もすでに開始されています.

さらに東北大学脳外科新妻邦泰先生から,血栓溶解作用に加え抗炎症・組織保護作用を併せ持つ新規脳梗塞治療薬SMTP-7の報告がありました.多くの動物モデルを用いた非臨床試験,および安全性を確認する第1相試験についての報告もあり,圧巻の発表でした.ご講演後,しばらくお話を伺いましたが,本当に固い決意で創薬に臨んでおられ感動しました.我々ももっと頑張らねばと思いました.

【要点】脳梗塞急性期に脳温は38.5度まで上昇することが近年明らかにされ,脳低温療法があらためて注目されている.脳低温療法は全脳虚血(心停止,新生児仮死)に対して有効であるが,脳梗塞でのエビデンスはない.基礎研究では,脳低温療法は脳梗塞に対し強力,かつ多彩な脳保護効果を示すことが明らかにされている.しかし,再開通の有無,冷却温度,治療開始時間,持続時間によっては容易にその効果が消失するため,適切なプロトコールの作成が不可欠である.近年,臨床的に冷却方法や悪寒対策に大きな進歩が見られ,欧米では血栓溶解療法に脳低温療法を併用する無作為比較試験が進行中である.結果が待たれるが,全脳虚血と異なり,脳梗塞の症例数は圧倒的に多いことから,医療経済的な観点からの検討も必要である.

【SlideShareへのリンク】


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舞踏運動の鑑別診断update

2016年04月11日 | 舞踏病
Neurology Clinical Practice誌のFive new thingsは,新しい知識を学ぶのに良い連載であるが,今月号ではハンチントン病以外の舞踏運動を取り上げている.原疾患の診断により治療が可能なことが少なからずあるため,鑑別診断が重要となる.さらにこのテーマは,Huntington's Disease-like 2やBenign hereditary chorea(BHC2)など大学院時代から取り組んできたものでもあり個人的にも関心が深い.

Margolis RL et al. Huntington's Disease-like 2 (HDL2) in North America and Japan. Ann Neurol. 2004 Nov;56(5):670-4.
Shimohata T et al. Novel locus for benign hereditary chorea with adult onset maps to chromosome 8q21.3 q23.3. Brain. 2007 Sep;130(Pt 9):2302-9.
下畑享良ら.舞踏運動の鑑別診断.脳と神経 61(8), 963-971, 2009

ではFive new thingsをまとめたい.

【ADCY5関連ジスキネジア】
adenylate cyclase 5(ADCY5)遺伝子変異は小児期発症の舞踏運動の原因となる(常染色体優性ないしde novo変異).表現型としては発作性舞踏運動(とくに夜間に増悪),ジストニア,ミオクローヌス,低トーヌスを示す.経時的な進行は目立たない.家族性良性舞踏病の原因のひとつと言える.治療としてベンゾジアゼピンが有効.またADCY5は線条体や心筋に高発現するため,最初のレポートの家系では心筋症や心不全が認められた.YouTubeにて動画を見ることができる.
ADCY5-related dyskinesia


【C9ORF72遺伝子変異】
C9ORF72の6塩基反復配列(GGGGCC)の異常伸長は,常染色体優性遺伝形式を示し,ALSや前頭側頭型認知症以外に,ハンチントン病様症状を示す.これらの種々の表現型が同一家系内でも認められることがあるが,その機序は不明である.健常者は2−20リピート程度,それ以上から200〜300リポートがintermediate,それ以上から数千までが発症者になる.発症は小児にも見られるが,多くは成年期以降である.上位運動ニューロン徴候や前頭葉徴候がヒントとなる.病理所見はTDP43-opathyであるが,基底核にとくに病理変化が強いかは不明である.

【脳内鉄蓄積を伴う神経変性症候群】
脳内鉄蓄積を伴う神経変性症候群(NBIA: Neurodegeneration with brain iron accumulation)における神経疾患表現型のスペクトラムが拡大している.これらの疾患はMRI(とくにT2WI)の基底核や中脳,小脳の特徴的な所見から気が付かれることが多い(図).多くはPKAN(パントテン酸キナーゼ関連神経変性症)やmembrane protein-associated neurodegeneration(MPAN)のように小児期発症の常染色体劣性遺伝であるが,BPAN(Beta-propeller Protein-Associated Neurodegeneration)のようなX染色体劣性の疾患や,神経フェリチノパチーのような常染色体優性の疾患もある.PLA2G6 associated neurodegeneration(PLAN)の原因遺伝子であるPLA2G6遺伝子はさまざまな表現型を示すことが判明し,当初,ジストニア・パーキンソニズムを呈すると報告されたが,Infantile neuroaxonal dystrophy(INAD)やPARK14に加え,小児発症の舞踏運動も呈しうる.


無セルロプラスミン血症は常染色体劣性,セルロプラスミン遺伝子変異で生じるが,フェロキシダーゼ活性を喪失するためフェリチンレベルが上昇する.成人発症で,認知機能障害,精神症状,行動異常,失調,ジストニアに加え舞踏運動を呈しうる.小脳,基底核,膵臓に鉄が沈着し,糖尿病も併発する.鉄キレート剤が有効な可能性あり.

神経フェリチノパチーは上述のとおり,NBIAで唯一,常染色体優性,フェリチン軽鎖遺伝子変異で生じる.舞踏運動,ジストニア,パーキンソニズムを呈しうる.血清フェリチンは減少する.鉄沈着は基底核,進行すると赤核,歯状核にも見られるようになる.鉄キレート剤の効果は不明である.
以上より,舞踏病では頭部MRIの鉄沈着のチェックに加え,セルロプラスミンとフェリチンの測定は確認すべきである.

【舞踏運動を引き起こす自己抗体】
シデナム舞踏病における抗大脳基底核抗体のような舞踏運動に関連した自己抗体が多数報告されている.傍腫瘍性,ないし非傍腫瘍性の2つに分類できる.随伴症状として,小脳性運動失調,脳炎,痙攣,睡眠障害,stiff-person症候群などを認める.奇妙なことに舞踏運動が一側性のこともあるが,機序は不明(脳が元来対称性でないことが関与しているという説がある?).対処としては,まずCTやPETを用いて腫瘍の検索を行う.見つかった場合にはその治療を行う.見つからない場合は免疫療法(IVIG,ステロイド,血漿交換)が奏効する可能性がある.

腫瘍を認めない舞踏運動に関連した自己抗体
leucine-rich glioma-inactivated 1 (LGI1), NMDA, IgLON5, contactin-associated
protein 2 (CASPR), GAD65, CRMP-5/CV2

傍腫瘍性舞踏運動に関連した自己抗体
Hu, Yo, LGI1, NMDA, IgLON5,CASPR, GAD65, CRMP-5/CV2, striational muscle

【舞踏運動に対する深部刺激療法】
淡蒼球内節(GPi)に対する深部刺激療法は,ハンチントン病や神経有棘赤血球症での有効性が少数例での検討ながら報告されているが,むしろ症状の進行を認めない非変性疾患は良い適応となる.具体的には,視床出血,脳性麻痺,非ケトン性高浸透圧性昏睡があげられる.しかし進行性でも程度が非常に高度な場合には検討してもよいだろう.




Walker RH. The non–Huntington disease choreas. Five new things. Neurol Clin Pract 10.1212/CPJ.0000000000000236

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ALS患者さんの体重を増やすためにはどうしたらよいか?

2016年04月05日 | 運動ニューロン疾患
ALSにおける予後不良因子として「体重減少」がある.これは筋肉量の減少,嚥下障害や上肢・頸部の筋力低下に伴う食事摂取量の減少,メカニズムが十分に解明されていない代謝亢進が原因として考えられている.一方,体重を維持する高カロリー食は予後を改善する可能性が報告されている(詳細はSlideShareを参照).以上を考慮すると,体重を増やす作用のある薬剤は,ALS患者さんの予後を改善するのではないか?と推測される.

体重を増やす作用のある代表的な薬剤にチアゾリジン(TZD)系経口血糖降下薬であるピオグリタゾン(アクトス®)がある.ピオグリタゾンは核内転写因子であるPPARγのアゴニストとして作用するが,以下のような多彩な作用がある.
脂肪組織:アディポネクチン上昇
筋:血糖降下作用
肝:血糖降下作用,肝酵素低下
脳:食事摂取増加,体重増加
とくに,ピオグリタゾンは視床下部の(摂食抑制作用を持つ)メラノコルチン系を抑制して,摂食量を増やすことで体重の増加をもたらす!!

そしてALSモデルマウスの検討で,ピオグリタゾンは実際に生存期間を延長させたため,ヒトにおける臨床試験が行われ,2012年にPlosOne誌にその結果が報告された(GERP-ALS study).しかし残念ながら,リルゾールにピオグリタゾンをadd-onしても,主要評価項目である生存期間の延長は見られなかった.

ただし,この臨床試験の結果を詳細に調べると,不思議なことが分かった.つまり,予想通り,ピオグリタゾンは,ALS患者さんにおいても末梢での作用としてアディポネクチン上昇,血糖降下,肝酵素低下をもたらしたにも関わらず,体重増加が認められなかったのだ! (図)

このため著者らは,ALSマウス(SOD1変異マウス)を用いて,摂食に重要な弓状核のPOMC(proopiomelanocortin:プロオピオメラノコルチン)ニューロンと,内在性のメラノコルチン阻害作用を持つアグーチ関連ペプチド(AgRP)を調べた.この結果,mRNAレベルではPOMCは減少,AgRPは増加,かつタンパクレベル(免疫染色)でも,POMCニューロンは減少,AgRPニューロンは増加していた.この結果から,ピオグリタゾンが作用するメラノコルチン系が変性・脱落し,作用する標的がなくなっており,そもそも摂食抑制作用が機能していない可能性が推測されたのだ.事実,このALSマウスを調べると,短期間の絶食後の摂食量は抑制されておらず,野生型と比較して亢進していた.この結果は,他のALSモデルマウスであるTDP43変異マウスやFUS変異マウスでも確認できた(ヒトで摂食量が増加するか(過食症)については嚥下障害のため評価が困難).最後にメラノコルチン系の障害は主としてセロトニンニューロンの障害に由来することを,SOD1マウスを用いて示している.POMCニューロン脱落の原因は,セロトニンやレプチンといったその上流の障害が関与している可能性を著者らは考えている.

以上の結果は,ALSに関する既報の知見と合わせて考えると,いくつかの興味深い点がある.まずALSと同一スペクトラムにあると考えられる前頭側頭型認知(FTD)でも,近年,視床下部の障害,とくにAgRPの発現亢進が報告されていて,これらはALS/FTDに共通した変化である可能性がある(FTDではさらに過食症で糖分が好きなこと,肥満やインスリン抵抗性がみられることが知られている).またメラノコルチン系は脂質代謝にも関わるため,ALSにおいて知られている高コレステロール血症の原因となっている可能性がある.

最後に本題に戻る.予後の改善のために体重の増加を目指した治療について考えたい.体重を増加させる治療薬として,現在,臨床試験が進められている向精神薬オランザピン(ジプレキサ®)や,カンナビノイドが候補として考えられる.しかしこれらはPOMCニューロンに対して抑制的に作用することで,食欲の抑制を阻害し,摂食量増加,体重の増加をもたらす.よって進行につれてPOMCニューロンが脱落するALSでは無効である可能性が示唆される.つまりALS患者さんの体重を増加させるためには,POMCニューロンを介さない方法を考えたほうが,効果を期待できるものと思われる.単純ではあるが,摂取カロリーを増やす方法が現時点では推奨される(カロリーの増やし方もSlideShare参照).

Brain. 2016 Apr;139(Pt 4):1106-22. doi: 10.1093/brain/aww004. Epub 2016 Mar 16.
Alterations in the hypothalamic melanocortin pathway in amyotrophic lateral sclerosis.




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脊髄小脳変性症と鑑別が必要な小脳型PSP(PSP-C)の初のケースシリーズ

2016年04月03日 | 脊髄小脳変性症
小脳性運動失調を主徴とし,病理学的に診断が確定した進行性核上性麻痺(PSP-C)の10症例の臨床・画像所見をまとめた初めてのケースシリーズがMov Disord雑誌に掲載された.新潟大学,愛知医大,および東名古屋病院等の共同研究である.以下,要点を示したい.

【臨床像】
1)男性に多い(男女比8:2)
2)発症年齢(平均)は67.2歳で,範囲は57〜73歳,罹病期間は平均6.0年で,範囲は3年から11年とさまざま
3)初発症状は失調歩行だが,四肢失調で発症した1例が存在した
4)転倒や核上性垂直方向性眼球運動障害が発症2年以内に出現(それぞれ6名および3名)
5)口蓋,ないし眼球・口蓋・咽頭ミオクローヌス を合併しうる(2名)
6)多系統萎縮症のGilman分類を満たす自律神経症状を合併しない

【画像所見】
1)病初期に小脳や前頭葉の萎縮が目立たない
2)進行すると小脳全体が小型化し,橋小脳槽が拡大する
3)進行すると第4脳室拡大や上小脳脚萎縮,humming bird signを認める
4)Hot cross bun signを含め,脳幹,小脳に異常信号を認めない

【欧米の状況】
欧米では,病理学的に診断されたPSPのうち,発症2年以内に小脳性運動失調を認めた症例は1/249(0.4%),全経過でも13/261(5%)と極めて少ないことも明らかになった.

ウェブではPSP-C症例の動画(リンク)もあるのでぜひご覧頂きたい.

Shimohata T et al. Clinical and imaging findings of progressive supranuclear palsy with predominant cerebellar ataxia. Mov Disord. 2016 Mar 31. doi: 10.1002/mds.26618.



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Holmes振戦の原因,画像,随伴症状,治療

2016年04月01日 | 医学と医療
Holmes 振戦は1904年,ロンドンの国立神経病院のGordon Holmes先生(1876-1966;小脳機能の局在に関する古典的研究を行った英国神経学会の指導者の一人)が初めて記載した3-4 Hz(通常,4.5 Hz未満と書かれることが多い)の通常一側性に生じる粗大な振戦である(ビデオ参照).姿勢時振戦と企図振戦が混在する.中脳赤核の病変で生じると考えられたため,当初,赤核振戦と呼ばれたが,のちに発症には2つの病変(黒質線条体路と小脳−視床―皮質路ないし歯状核−赤核−下オリーブ核路)が障害されて生じることがわかり,Holmes先生の名前にちなんでHolmes振戦と呼ばれるようになった.原因としては頭部外傷や脳血管障害が多いと言われ,脳幹や小脳障害による症状を伴う.受傷後1から24ヶ月後に遅発性に出現する(発症に神経の可塑性が関与している).通常,薬物治療は困難だが,一部の症例ではレボドパが有効,手術も行われる・・・と教科書的に記載されているが,稀な不随意運動であるであるため,いずれも症例報告をもとにした考察である.

今回,Holmes振戦のケースシリーズが南米(アルゼンチン,ペルー)より報告された.後方視的研究であるものの,症例数29例は過去最大の報告である.目的は,臨床像,原因,画像所見を明らかにすることである.

29例の内訳は男性13名,女性16名,原因となった脳病変の発症は33.9 ± 20.1 歳で,その範囲は8〜76歳とさまざま.原因は脳梗塞・脳出血を含む血管病変が48.3%と最多(!),3分の2が脳梗塞であった.有名な外傷は案外少なく17.2%,その他が34.5%(脱髄,AIDSに伴う中枢神経感染症など).

脳病変ができてから振戦が出現するまでの中央値2ヶ月で,範囲は7日〜19年(!)と幅広い.合併した神経所見で多いのは,片麻痺(62%), 失調(51.7%)が多く,ついで触覚低下(27.6%),ジストニア(24.1%),脳神経麻痺(24.1%),構音障害(24.1%)であった.垂直方向眼球運動障害(6.8%),寡動・筋強剛(6.8%),ミオクローヌス(3.4%),けいれん(3.4%)も見られた.画像所見としては,ほとんどの症例で複数の病変を認めた.頭部MRIで,中脳,視床,小脳のいずれかに病変を認めた症例が82.7%であった.

治療に関しては,レボドパは24名中13名で有効(54.2%),一部は著効した.レボドパの有効性に差が見られることは,この病態が単一のものではない可能性を示唆している.また3名が一側の視床腹側中間核(VIM)の破壊術を行ない,著効している.ボツリヌス毒素が有効であった症例も2例あり.

以上の結果から,Holmes振戦の最も多い原因は脳血管障害後であること,最も多い病変は中脳,視床,ないし双方であること,最も多い随伴症状は片麻痺と失調であることが分かった.治療としてはまずレボドパを試みること,そして最も有効な治療は視床に対する脳定位手術(DBSを含む)であることが示唆された.

Neurology. 2016 Mar 8;86(10):931-8. doi: 10.1212/WNL.0000000000002440. Epub 2016 Feb 10.
Holmes tremor: Clinical description, lesion localization, and treatment in a series of 29 cases.


2.5. Holmes Midbrain Tremor - Tremors [Springer Video Atlas]


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