Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

万世一系、無窮のいきほひ

2010-01-17 | 歴史・時事
「つぎつぎになりゆくいきほひ」

この短いフレーズを挙げて三つの原基的な範疇として、日本人の歴史意識の「古層」を音楽における持続低音をもじって指摘した論文は丸山真男の文章として特に有名である。そこでは、本居宣長などの国学を素材として、日本書紀の神話から諸行無常の仏教の影響また漢意の扱いや、明治維新へと引き継がれる外来文化の変容を通じて、その歴史観を手短に纏めてある。その結論を端折ると、今中が連続して続く日本人の歴史観として、中華思想のように過去に遡る懐古主義も相容れず、将来のユートピアから逆算してある現在も相容れないとするものである。そしてその「いきほひ」とは、石原慎太郎描く障子に穴を穿つペニスではないが、「葦牙の如く萌え騰れる」エネルギーの無窮性への賛歌を指して、そこから日本人の現実肯定の楽天性を説明する。要するに、懐古主義の天地・陰陽・乾坤の二元的対立が空間に準拠するのに対して、そこでは初動と時間的運動性を持ち ― 癌宣言をした間寛平の芸である ―、仏教的末世への堕落史観に対しては自嘲と風刺を込めて敢えて今の世を享受する態度を打ち出しているとする。

生ける者つひにも死ぬるものにあれば今の世なる間は楽しくをあらな 万葉三百四十九

今の代にし楽しくあらば来む生には虫に鳥にもわれはなりなむ 万葉三百四十八

価無き宝といふとも一杯の濁れる酒にあにまさめやも 万葉三百四十五

大伴旅人

そしてキリシタンへの徹底弾圧と仏教の社会的・思想的威信の低下が儒教を正統教学たらしめる前提となったと同時に、他方では「外来」イデオロギーと「古層」との不協和音を次第に表面化させて、その江戸時代の歴史的なダイナミズムが近代化への一方通行ではなくて、寧ろ近代化と「古層」の隆起との二つの契機が相克しながら相乗するという結果、宋学の蒙った修正の運命に、この多重性が刻印されているとする。

土曜日の未明に眼が覚めたので日本の民主党の党大会の生中継を観た。共同体や社会の組織をその組織の長やまた政治家が非難するのも興味深いが、まさにそこに議会制民主主義至上主義を唱える政治家の驕りが明らかになるのである。その来賓などをみれば明らかなように、嘗ての保守政権と変わったのは利権が誘導される団体などが変わっただけであり、被差別利権や労働利権など、特に特別在住外国人を出汁にした朝鮮やシナでの利権が大写しとなる。

奇しくも自由党党首連邦共和国外務大臣ヴェスターヴェレが中国旅行から帰ってきて、人権問題を激しく追及する反面、中共と巧くやって、シナの市場を征服する事がドイツの雇用を安定させるとラジオで正直に明言していた。当然の事ながらシナの市場で商売をするという事は莫大な賄賂とそのキックバックのようなものが付き纏うのは常識であって、未だにゲルハルト・シュレーダー前首相は告発すらされていないが、シナの盟友ジーメンス社はひっくりかえった。

ついでながら、アンゲラ・メルケル退陣後連邦共和国のキリスト教民主同盟は「保守主義を捨て、キリスト教民主主義をその是と」して、キリスト教社会同盟は緑の党のキュナスト女史が「もはや敵ではなく競争相手」とするようにキリスト教環境政党へと生まれ変わっている。高齢化が進む工業先進国ではもはや基幹労働組合を支持母体とする政党は少数派に落ち込み、必要ならば労働力として出稼ぎに来ている外国人に参政権を与えるしかないであろう。しかし、それによって齎せるものは混乱と疑心暗鬼しかなく、そもそも社会の共同体や構造がそうした出稼ぎ労働力を含めて十分に円熟していなければ致し方ない。国籍法や移民法を含めて明確な方針がない限り必ずや社会不安を齎す。

況してやそうした外国との関係において特定の利権の係わりが疑われるような事が決してあってはならないのである。とにかく、数の力に押し切られず徹底的にこうした法案成立阻止を諮る事が肝要である。現実的に憲法九条改正などよりも外国人参政権の方が国防上重要な意味を持ち得るかもしれないのである。

小沢幹事長の金権・恐喝疑惑については捜査中でありこれ以上のコメントは控えたいが、丸山氏が書くように、「来世」が次ぎの瞬間として、つまり「今の世」の線的な延長のうえに観念されるならば、きわめて淡白に、また突然に死を選ぶ行動が生まれるであろうと、「トリスタンとイゾルテ」の作曲家も顔負けする近松の曽根崎心中「未来成仏疑ひなき恋の手本となりにけり」が例示される。昨年の元財務大臣不祥事に続き、それを言うならば「……政治家系の手本になりにけり」で「四億円」の不動産を遺産としかねない。まさか丸山もそうした「変化の持続」を世界の最先端国の新しい歴史観とは言わないだろう。


追記:マネーラウンダリングの技術面を考えれば大きな資産があればあるほどその上限額が大きくなるので明らかにやりやすくなる。所詮表に出せる金が四億しかない者と二桁三桁とある者では洗濯出来る量が異なる。その意味からも、精々、闘って下さいよ、となるのだろうか?そして金を捲いたら捲いただけそれ以上に回収したくなるのは自明の理なのだ。



参照:
権謀術数議会制民主主義の自覚 2010-01-09 | 歴史・時事
小馬鹿にした弁明の悲惨さ 2009-12-26 | マスメディア批評
醜悪を隠す被り物を取れ 2009-11-14 | 歴史・時事
独・ユダヤ・シナ・日本の愛憎 2009-04-14 | 歴史・時事
情報の洪水を汲み尽くす阿呆 2009-04-12 | マスメディア批評
自由主義者の戦後社会学 2009-05-05 | 文学・思想
夢見心地の見える壁の中の世界 2010-01-13 | 文化一般
ずっとこのまま (庭は夏の日ざかり)
小沢さんの問題について (tak-shonai’s Today’s Crack)
「『戦犯』に思う」  庶民 (関係性)
経済先進国で日本だけがデフレというが (日々雑録 または 魔法の竪琴)

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