Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

豚とソクラテス、無知の知

2007-08-14 | マスメディア批評
マグデブルクでドイツ民主共和国の秘密警察スタジの命令資料が見つかった。それによると、国境を侵して西側へと逃亡する女子供も躊躇わずに撃てというもので、東ドイツの国家首脳エゴン・クレンツなどの「一切、射撃指令は存在しない」と言う裁判での主張とは相反している。

東ドイツでの生活は、通常の市民生活をしている限り、その剥奪された自由にも気がつかずに、帝国主義者の牙を避けて安全に暮らしていけると言う安心感があったのは事実である。贅沢は無くとも慎ましやかな生活が出来ればそれで良かったのである。

しかし、一度その窮屈さに気がつくと、どうしても壁を越えてより冒険に溢れた世界へと憧れたに違いない。そうして、生命を落したものは千人を越えると言われるが、その詳細は今でも謎が多いようだ。

どのような政治体制でも、社会秩序を乱す犯罪者でも無い亡命や自由を求める自国民に銃を向ける政府は認めることが出来ない。同様な事象は、中華人民共和国が強い支持をするスーダンや北朝鮮などのみならず、自国にも存在する。

北京でのオリンピックを一年後に控えて、西側ジャーナリストは民主化へ向けての最後の運動の時と見ている。そして大統領選挙を控える台湾の動向が大変注目されている。オリンピックを控える北京に対して、なにかを起すなら今がその好機と言う。

しかし、どうだろうか、多数派と言う鳥籠に入った者に、次のように訊ねてみるべきではないか?

Is Socrates dissatisfied better than a Pig satisfied?

餌を与えられた太った豚よりも、不満だらだらの痩せたソクラテスの方が良いのか?とは、ベンサムの影響を受けた19世紀中盤の英国功利主義者ジョン・スチュワート・ミルの有名な言葉である。豚は誰でも知っているが、それではソクラテスとは一体?

手元にある書物で、中江兆民の「三酔人経綸問答」を批判的に扱って、丸山真男がプラトンの対話論と、これを比較している。その中で、「ポリティア」から「正義とは何か?」を挙げて、トラシュマコフと言うソフフィストが「正義なんてものは結局強者の利益なんだ」とまくしたてるのに対し「強者が自分の利益に成るように法律を作り、その法律に反するやつは不正義とする、これがトラシュマコフの立場です(念のために一言、付け加えますが、正義と日本語でいうと、もっぱら倫理的な意味にとられますが、西洋語ではJUSTICEに当たる言葉は、伝統的に法との関連で用いられます…)」と説明する。

そして上の問いかけに対してソクラテスが「そうですか、すると強者は常に判断を誤らないのでしょうか」と反論、「いや、それは強者でも判断を誤ることがある」とトラシュマコフが応え、ソクラテスが「とすれば強者は自分の利益だと思って法律を制定したのが、本当は判断を誤って、それが自分の利益にならないということがありうるわけですね」と指摘する。

そして、「ありうる」と肯定するトラシュマコフに、「そうするとあなたが、正義とは強者の利益だ、という場合、それは、本当に、つまり客観的に強者の利益なのか、それとも強者がこれが自分の利益だと思っていることなのか」と命題の矛盾を突く。

そして、知っていると思いこんでいることが実は、本当に知っていないのだと言う自覚、これがいわゆる真理発見の出発点としての「無知の知」を暴く弁証法の修辞法であることを簡潔に説明して、丸山真男は以下のような結論を導く。


ところが「三酔人」は、…絶対的な真理、あるいはドグマ ― ドグマと言うのは何も悪い意味でいうのではなく、経験的命題ではない教理と言う意味ですが ― そのドグマが前提とされていて、それを伝達する手段として問答体の形をとる「法輪」ないし「カテキズムどちりな・きりしたん)」の伝統とは、あきらかに違っています。中略...ところが「三酔人」で登場する三人は、何かの特定の教義を代表しているのではない。では特定の当時流通していたイデオロギーをそれぞれ代表しているのか。…必ずしもそうばかりともいえないことがわかります。中略...というと当時の日本が直面している問題の広さと深さ 中略...そういう問題の所在、問題のパースペクティヴを読者に示すためです。


こうして、異なった意見を対等に弁証する場合や、賢者が愚者に語リ啓蒙する場合や、様々な観点から光を当てることで認識が立体的に豊穣になる問答の形式の差異を観察する事で、ソクラテスのみならず、知っていると思いこんでいる豚の姿もくっきりと見えて来るのではないだろうか?


参照:
丸山真男著「忠誠と反逆」-日本思想史における問答体の系譜
欧州特派員の視点(1)朝日新聞 (小林恭子の英国メディア・ウオッチ
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