ハイデルベルクではオーボエを聴いた。当代超一流の奏者フランソワ・ルル―のリサイタルであった。そこでも話されていたが、あの規模での開催はそれほど多くはないソロリサイタルで、全曲ピアノ伴奏で為された。
嘗ての名人や特に新しい音楽を得意とする奏者ではピアノ無しでの曲を混ぜたりするのだが、それはなく一曲だけはイングリッシュホルンに持ち替えサクソフォーンの曲を吹いた。恐らく新たにリリースされたCDのプログラムを重視したのだろう。然し業者が来たり自身が直売りをするようなこともなかった。ドイツにおけるメディア業界の状況を反映している。要するに中途半端に超一流なのだ。
奥さんのヴァイオリニストのリサ・バティスシュヴィリの方がスターであるのも変わらない。アンサムブルとしてはフルートのパユなどと組んで演奏会もしている様である。
さて登場も腰の低そうなオヤジで、マリエッタを歌う時のマルリス・ペーターセンとと変わらない。そして吹き出すとウォーミングアップも無しに可也の音を出した。しかし同時にフォルテシモで音が割れていた。会場の音響のせいかと思ったほどだった。それでも長いフレージングで、そしてブレスがある所を全く感じさせない様なアーティキュレーションを処理するうちに、その音量ほどには苦にならなくなってきた。
逆にその音量自体がラフな感じを与えて、音割れと含めて到底超一流とは思わせないのが、逆にその確かな歌い口がフランスと題したプログラムの中で堂々とした音楽性だった。そして何よりもパユと張り合えるほどの音量を出せる奏者は世界の交響楽団にもいない程度で世界で指折りの一流ソロ奏者であることを見せつけた。
嘗ての名奏者において木が鳴る音や楽器を鳴らす奏者はいるがその大きさが違った。反面ピアニシッモの方向へは大まかで、恐らく若い時はもう少し真面に吹いていたのだろう。その多くは伴奏のピアニストの実力程度が影響していた。それは特にこのプログラムの中の最も優れた曲であろうデュデュユーの若書きの1947年のソナタでは顕著となりとても残念だった。それでも二楽章へのアタックの様な繋がりやエピローグの歌い方は見事だった。残念乍らピアノがとなる。
三曲目のサンカンはパリの音楽院のピアの教授でもあったようだが、これもフィナーレでのオーボエ独奏の早い指使いで魅せたような曲である。
前半最後には1972年生まれのスエーデン人がカスパルテアターつまり人形劇の主人公をオーボエにして作った曲が世界初演された。そこまでアイデアを紹介していながら、全くその面白さのない曲であった。音楽的にどうしようかとなる。演奏者と協調作業をしているような関係らしいが、オーボエの演奏技術的にも特に目新た示唆は感じなかった。そこまでのプログラムでこの奏者が特殊奏法や楽器の技術的な革新ということで何かを拓いて来たような奏者ではないことも知れた。
繰り返すようであるが、それならばなぜこの奏者が一流の奏者として君臨していて、ミュンヘンの音楽大学で何を教えていたかということになる。(続く)
参照:
途上にボックス入り 2024-09-25 | 生活
超一流奏者とは如何に 2024-09-14 | 音
嘗ての名人や特に新しい音楽を得意とする奏者ではピアノ無しでの曲を混ぜたりするのだが、それはなく一曲だけはイングリッシュホルンに持ち替えサクソフォーンの曲を吹いた。恐らく新たにリリースされたCDのプログラムを重視したのだろう。然し業者が来たり自身が直売りをするようなこともなかった。ドイツにおけるメディア業界の状況を反映している。要するに中途半端に超一流なのだ。
奥さんのヴァイオリニストのリサ・バティスシュヴィリの方がスターであるのも変わらない。アンサムブルとしてはフルートのパユなどと組んで演奏会もしている様である。
さて登場も腰の低そうなオヤジで、マリエッタを歌う時のマルリス・ペーターセンとと変わらない。そして吹き出すとウォーミングアップも無しに可也の音を出した。しかし同時にフォルテシモで音が割れていた。会場の音響のせいかと思ったほどだった。それでも長いフレージングで、そしてブレスがある所を全く感じさせない様なアーティキュレーションを処理するうちに、その音量ほどには苦にならなくなってきた。
逆にその音量自体がラフな感じを与えて、音割れと含めて到底超一流とは思わせないのが、逆にその確かな歌い口がフランスと題したプログラムの中で堂々とした音楽性だった。そして何よりもパユと張り合えるほどの音量を出せる奏者は世界の交響楽団にもいない程度で世界で指折りの一流ソロ奏者であることを見せつけた。
嘗ての名奏者において木が鳴る音や楽器を鳴らす奏者はいるがその大きさが違った。反面ピアニシッモの方向へは大まかで、恐らく若い時はもう少し真面に吹いていたのだろう。その多くは伴奏のピアニストの実力程度が影響していた。それは特にこのプログラムの中の最も優れた曲であろうデュデュユーの若書きの1947年のソナタでは顕著となりとても残念だった。それでも二楽章へのアタックの様な繋がりやエピローグの歌い方は見事だった。残念乍らピアノがとなる。
三曲目のサンカンはパリの音楽院のピアの教授でもあったようだが、これもフィナーレでのオーボエ独奏の早い指使いで魅せたような曲である。
前半最後には1972年生まれのスエーデン人がカスパルテアターつまり人形劇の主人公をオーボエにして作った曲が世界初演された。そこまでアイデアを紹介していながら、全くその面白さのない曲であった。音楽的にどうしようかとなる。演奏者と協調作業をしているような関係らしいが、オーボエの演奏技術的にも特に目新た示唆は感じなかった。そこまでのプログラムでこの奏者が特殊奏法や楽器の技術的な革新ということで何かを拓いて来たような奏者ではないことも知れた。
繰り返すようであるが、それならばなぜこの奏者が一流の奏者として君臨していて、ミュンヘンの音楽大学で何を教えていたかということになる。(続く)
参照:
途上にボックス入り 2024-09-25 | 生活
超一流奏者とは如何に 2024-09-14 | 音