Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

原発銀座で息を吸えるその幸福

2011-04-26 | アウトドーア・環境
すがすがしい空気を胸いっぱい吸って、軽やかな空気の中で重力から開放されるような気持ち。それだけで他になにも要らない。本来ならば、電気も金も要らず、税金も掛からない、誰でもが平等にもちえる生きる権利である。

それが日本人特に関東以北に住む者にとっては今後とも不可能になっている。とても言い尽くせない悲しみを感じるしかなかった。なんて惨めな人たちなのだろう。なんて頭の悪い人たちなのだろう。世界中に悪名が知れ渡っているペテン師東電や日本政府の者だけでなくて、それを支えている日本に住む全ての人たちのことなのである。

とてもささやかで、かけがえのない環境であるそれを、邪念なく感じることの出来ない日常生活に、そもそも何の意味があるのだろうか?疾病の増加でいづれ忌憚をきたす健康保険に益々お世話にならなければいけない生活に。精々、なにも気にしないで、大きく深く息を吸えるその幸福を思い起こすのが良い。

高圧電線の行く先には原発が立ち並んでいる。しかし、南フランスのコートダジュールではまだ福島のような大事故は起きてはいない。起きてしまってからでは遅いのだ。頭が良いか悪いかは、只その違いだけなのである。



参照:
フランスにおける福島の影 2011-04-24 | マスメディア批評
物乞いとしての福島の被害者 2011-04-26 | 文化一般
ジャンル:
環境
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2 コメント

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Unknown (Unknown)
2011-04-27 22:17:57
ひとをのろわばあなふたつ
自分たちの責任なんですから (pfaelzerwein)
2011-04-28 03:58:01
その通りです。恨んではいけません。自分たちの責任なんですから。但し東電などは道義的に存続するべきではなく、官僚などの組織も解体するべきです。

同様にそれを導いたプロテスタンティズムを恨むのも筋違いです。

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