シセイドウ アート エッグ

2017-06-25 00:00:59 | 美術館・博物館・工芸品
銀座資生堂は、資生堂グループのHPによれば、現存する日本最古の画廊ということだそうだ。1919年にオープンということで、もうすぐ100年だが、もっと古い画廊は残ってないのだろうかと気になる。資生堂という会社が抱えているからなのだろうか。個人の画廊なら100年というのは、親子孫ひ孫の四代が引き継がないと続かないが、だいたい三代目あたりで崩壊するのだろうか。

銀座の資生堂は何か所かに建物があったのだが、再編成されて、ギャラリーは資生堂ビルの地下に広い空間が確保された。

現在開催中の「アートエッグ」という企画は若手のアーティストを応援する目的だそうで、今回は3名の方が対象で、第一弾が吉田志穂さん。1992年の生まれというから相当若いが、この方のホームプレースは「写真」。

実は、写真というのは19世紀の後半に登場してきて、最初は報道、個人の肖像などに使われ、その後、戦争用(上空からの写真とかスパイの盗撮とか)に使われ、ドイツを米国が凌ぎを削った結果、カメラはドイツ、フィルムは米国という奇妙な結果になった。

いずれにしても、対象物を正確に捉えることが優先課題だったために、どうしても芸術の世界に持ち込むと堅苦しいことになっていた。表現の自由度が絵画に比べて少ないと思われる。現実を抽象的に写すことまでは可能だが、抽象的な概念を写真で表すことは簡単ではないだろう。

shiseido1


そういうところを打破するということに挑戦した作品群が並んでいる。平面ではなく、壁のコーナーみたいなところを使うというのは、どういうものだろうか。

初夏だというのに、会場はきわめて涼しく快適そのもの。明るさも抑えられて目の保養という古い比喩がピントピタリという感じだ。

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個々の作品の批評などはとてもできないが、確か「砂の下のクジラ」というタイトルだったと思う。氏の故郷の海村に打ち上げられた迷いクジラを骨格標本として保存するために、海岸の砂の中に埋めたそうだ。1日、1日と生物から無機物へと変化していく鯨を思った作品のようだ。

アートには関係ないが、海に戻れないのはかわいそうな気がする。予算の関係とかで、やはりそのままにしておこうということになると、海でもなく陸でもない砂浜というところに骨を埋めることになる鯨。

ところで、ケースの中の砂浜状の物体は、本当は指を入れて砂の中を確認したかったのだが、撮影自由の会場内でも、指で触ることが許されるわけではなく、係員の視線を確認したものの思いとどまる。

shiseido3


なお、よく展示会場で登場するスライドの自動映写だが、その装置が露出していた。数十枚のスライドが自動的にある秒数でひとこまずつ回転するようだ。これでエンドレスに映写できるわけだ。あまりにアナログなので、ちょっと驚く。(たぶんデジタルアルバムみたいなのが普通なのだろうか)
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詰将棋をめぐる棋士の戦い

2017-06-24 00:00:00 | しょうぎ
連勝中学生藤井四段の連勝がどこまで続くのか。27勝目が6月17日の藤岡アマ戦、28勝目が21日の王将戦の澤田六段戦。ついに史上最高連勝タイ記録になる。そして26日に竜王戦の増田康弘四段戦がある。決勝トーナメント1回戦で藤井四段の対局料は46万円。世間では29連勝がかかっていると大騒ぎになるのだろうが、・・・


実は藤井四段と増田四段とは「詰将棋」に関して考え方が正反対なのだ。

藤井四段:「詰将棋で強くなった」

増田四段:「詰将棋は解かない」

言い換えれば、将棋を定跡の研究など前から考える方がいいのか、あるいは詰将棋というような最終盤から考えた方がいいのか、という戦いなのだと思う。

将棋に限らず、考え方には「演繹法と帰納法」とか「左脳型と右脳型」というように前から考えるか後ろから考えるかというのがあってゴルフでも応用が利く。

本ブログの読者は詰将棋肯定派の方が圧倒的に多いと思うわけで、是非、藤井四段の勝利を応援したいと思うわけだ。

しかし、私的には「詰将棋を創る派」であるわけで、細かな希望としては、「詰将棋を解く人が増えるとともに、詰将棋を創る人が減少する」ことを期待してしまうのだが、ちょっとゆがんでいるのだろうか。

さて、6月10日出題作の解答。




▲5八金 △同と ▲5九銀 △同と ▲3九銀 △4九玉 ▲4七飛まで7手詰。

動く将棋盤は、こちら

なお、ヒントの三次方程式を解いた方の答え合わせに因数分解法だけを文末に掲示します。カルダーノの公式はご自分で答え合わせをお願いします。方程式の解は3つあります。


今週の問題。

0624m


ヒント1は、「持駒は終局図には存在しません」

ヒント2は、総手数と総駒数の差の三乗からカミナリ数(56)を引いた数字は総手数と盤上駒数と持駒数の積と等しい。

kisuu


解けた!と思われた方は、コメント欄に最終徒と総手数とご意見をいただければ、正誤判定します。

insuu
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ミニトマトの収穫始まる

2017-06-23 00:00:32 | あじ
ミニトマトが結実して大分経ってから気付いたことがある。いつまでも実が真っ赤にならず、オレンジ色のままだったのだが、オレンジ色になる品種だったということだ。

minitomato


品種名が実はよくわからなかったのだが、「高カロテンミニトマト」というらしい。カロテンが通常の3倍だそうだ。

慌てて収穫し、ポリポリと食べている。擬音がポリポリではおかしいようだが、案外に果皮が硬いので、ポリポリ感があり、トマトとしては水っぽくなくしっかりと硬い。水やりをサボったからではなく、甘くするために水を与え過ぎないようにしたら枯れそうになり、そのために甘くなく硬くなったのかもしれない。

非常に私的には好ましい味になっている。

一方、実が増えた一方で、葉は下の方からどんどんと黄色く枯れていき、風通りを確保するために枝をはずしていくのだが、葉が少なくなっても大丈夫なのだろうか。当面は根が水分と栄養を吸い上げているが、上場廃止の瀬戸際の電機会社のように、葉がなくなるといずれ枯れてしまうような気がするが、いずれにしてもいつかは枯れてしまうのだから、運命は自身にまかせないといけないのかもしれない。(電機会社の話じゃなくトマトの運命の話)


miditomato


ミディトマトの方は、収穫量はまったくの不作だが、一個だけ朱色になってきた。

 路地トマト 一雨ごとの 朱さかな (葉)
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ピケティ理論から始まった投資セミナー

2017-06-22 00:00:24 | 投資
先週の日曜日に横浜のパシフィコで開かれたマネックス証券の全国投資セミナーへ行った。松本社長の挨拶のあとチーフ・ストラテジストの広木さんの講義は、思わぬ方向から始まった。

トマ・ピケティ『21世紀の資本』の中心的テーマである資本家と労働者の貧富の差の拡大についての解説である。マネックスの顧客は、本なんか読まずに目先の損得しか見てないから教えてやろうという親切心なのだろう。

要するに資本主義は利益を再投資に回して拡大していくわけで、西暦ゼロ年から21世紀までの平均で、経済成長率が概ね2%に対し、資本収益率が4~5%ということで、経済成長率に比例して給料が増える労働者に対して、資本家の方の所得が多くなり続けるということである。それが貧富の差の拡大になったということ。

実は、この話が、その後、どこに繋がるのか後で考えてもよくわからないのだが、その後の話が、株価とは純資産≒自己資本であるという話になったところを考えると、要するに銀行預金とか米国債とかに投資しないで株を買うのが金持ち(=資本家)の第一歩である、ということを言いたかったのだろう。

それで、突然、現在のマーケットで「極まったもの(煮詰まったもの)」として、米国長期金利(2.6%)の壁、米国失業率(4.4%)、VIX指数、インデックスファンドへの資金流入があげられるとのことだった。しかし、資本主義の場合、ある数値に収斂して極まることなどありえないわけで、逆に言うと今が最も危険というようにも思える。

しかも私の寿命はそんな長いわけではないのだから、2000年後の大資本家を目指すわけにはいかないわけだ。早い話が手っ取り早い目先の利益を追うのはしかたないことなのではないだろうか。

1時間ごとに講師が代わり、結局3本もボールペンをいただくことになった。
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果たして、「築地」はブランドなのか

2017-06-21 00:00:12 | 市民A
ついに中央市場が豊洲に移転することが決まった。といっても築地ブランドを守るために築地を再開発するが、詳細は未定ということになった。

問題を片付けたら次の問題が発生するという構造だ。

都民じゃないので、まるで客観的に考えるのだが、基本的に「築地」はブランドなのだろうか。

ブランドの価値というのは、基本的にブランドによる付加価値とその付加価値を維持向上させる努力が必要になる。単に市場があったから築地という名前であるだけなら、一番簡単なのは、豊洲の新市場の場所である台東区豊洲6丁目を築地とか築地市場とか改名すればいいだけだ。さいわい豊洲は6丁目までで7丁目はないので、6丁目がなくなっても誰も困らない。

古すぎる話だが、江戸幕府公認の売春タウンだった吉原が火事で焼けたあと、現在の吉原に移った時は、最初は新吉原と呼ばれていたが、いつの間に吉原となった。

つまりブランドを守るなら、移った以上はそこでベストを尽くせばいいだけだ。築地にいるだけで「築地○○」と名乗っている店舗も多いが、これらは築地にあるというだけで名称ただ乗り型ではないだろうか。もっとも築地場外の店舗は、おそらく豊洲に行くか廃業するかなのだろうが、移ったところで「築地」を出発点にしているなら、築地を名乗ればいいのだろう。むしろ差別化できるのはこれからではないだろうか。神戸の会社なのに丸亀製麺といううどんチェーンすらある時代だ。

ただ、十歩くらい譲って、観光市場というのがある。また庶民が直接買える市場という考え方もある。が、残念ながら築地にしても都民の普通の生活エリアからはかなり遠いわけで、あとは、観光市場ということになる。といっても現状の客は外国人ばかりなのだから、生魚を買って都内のホテルに持ち帰るとか、氷詰めして中国の内陸の自宅に送ったりするわけではなく、マグロの解体をみたり、海鮮丼を食べたりということ。札幌、函館、京都、金沢などはまさしく観光用の市場と、普通の中央市場があるが、築地の場合は外国人ばかりというのが制約だろう。

あとは築地を小型、あるいは特殊市場にするという考え方がある。たとえば下関には、「唐戸市場」という有名な市場があるが、一方、フグだけは唐戸の支所である「南風泊(はえどまり)」という離れた場所で取引される。

同じように築地に小市場を作って、「江戸前高級魚介」だけを扱うということは原理的には考えられるのだが、そもそも豊洲一ヶ所だって十分にできそうなものを高級魚と低級魚に分けて付加価値確保を図ることが果たして公営施設のあるべき姿なのかというところに突き当たる。そもそも市場というのは物流機能を集約させて輸送費を抑えるために発展したもので、庶民に低廉な物価を保証するためにある。

むしろ差別化するなら私設の市場として、高級で、市場使用料もある程度の額に設定し、その対価として豊洲よりも大きな満足を創出できる人たちだけのマーケットにすればいいのかもしれない。
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東名バス事故の考察(感想)

2017-06-20 00:00:15 | 市民A
6月10日朝、新城市の東名高速で発生した観光バスと対向車との衝突についていくつか思いついたことをランダムに書いてみる。

まず、車線を飛び出した医師のクルマ。修理中の代車であることは報道されているが、車種はマツダのデミオ。予想外のクルマだった。マツダのベーシックカーでエンジンは1300CCと1500CCがあるようだ。高速道路を毎日通勤するにはふさわしくない車種である。

デミオを代車にするということは、元々はたとえばマツダのCX-5とか大きな車に乗っていたのだろうか。ベーシックカーでも130キロ出すことは可能だが、実際には100キロぐらいでエンジン音が大きくなって、いかにも不安だし、そもそも代車のコンディションについて医師が自信を持っていたことはないだろうから、速度はほぼ制限速度の100キロ前後だったのだろう。ハンドルの遊びとか車の使用ユーザーによって異なるだろうが、60歳代のドライバーなら、数十年前の安全装置があまりなかった時代から運転しているだろうから、無茶なハンドル操作が癖になっていたとも思えない。

(個人的には、偶然かもしれないが修理の代車として今までに使った車は、ほとんど整備不良だった。同じく偶然だろうが、レンタカーで旧型デミオに乗ったことがあったが、その時は直進性が大問題だった。)

テレビで画像を確認したところ、左側からの合流地点から先がやや右に曲がるのだが、側道と走行車線の間の合流地点の点線の白色塗装が薄くなって見えにくくなっているように感じた、曲がらずに直進したのだろうか。ただ、毎日走っている道なので考えにくい。まず左側のガードレールにぶつかったところが、説明しにくい。合流地点は、最も神経を使う場所なのだから、居眠りしていたとも思えない。(合流車両とぶつかりそうになり、アクセルを踏んで先に行こうとしていた場合は、観光バス側からの撮影映像や高速道路上のNシステムで車両が特定されるだろう。)


次にバス側だが、車種は報道されていないが、いすゞのGALAという車種で、様々な安全装置が付いていて、後で思えばこの車種であったから被害が抑えられたということなのだろう。

まず、言われているボディのフレーム構造だが、これは衝突というよりも横転した時につぶれないようにという設計だそうだ。次に、運転席とフロントガラスの間に生存空間があり、エアバッグだけではなくハンドルは衝撃吸収材でできていたり、緊急補助ブレーキが作動する場合は、後続車に点滅ランプで知らせるようになっていて追突防止に配慮されている。

シートベルトは補助席まで含め全席とも腰の周りだけではなく乗用車と同じように上半身も守れるタイプになっている。

その他にもレーダーを使った衝突軽減装置(自動ブレーキ)が装備されているが、本件で作動したかどうかは不明。

運行会社が、早期に画像公開したのは、マスコミから運転手の居眠りの嫌疑をかけられたからだそうで、公開したことを警察から注意されたということまで公開している。多くの運送会社は警察やマスコミに不信を感じているのだろう。警察からすれば、事故のストーリーを書く上で、公開画像と矛盾できなくなったということが不愉快なのだろう。

そして、画像から見えることは、運転士が緊急ブレーキを左手で作動させ、わずかに左にハンドルを切って、フロントガラスではなく窓枠のフレームでクルマの衝撃を受けたのが見える。偶然か故意かはよくわからないが、バスを救って、乗用車が破壊された。

こういう緊急時の運転まではマニュアルがないのだろうが、以前、海運会社にいたときに聞いた話を思い出す。

海上衝突予防法といって、船舶同士の衝突回避にはルールがあり、向かい合わせになったときは、両船とも右に舵を切ってすれ違うことになっている。また斜めや直角になっている場合は相手を右手に見る船舶が右に舵を切り、もう一方は直進保持する。

事態がこれで済めば問題ないが、実際には、衝突時の位置関係とか複雑になる。そういう場合は、(逆に)左に切ってもいいとなっている。

右に舵を切ったら、相手も法令とは逆に同じ方に曲がることがある。2隻だけでなく3隻目が右側を並走していると、右に曲がれない場合もある。そういう事態にならないようにあらかじめ注意しなければならないが、実際、そういう時にはなんとかしなければならないわけだ。

そして、特にタンカーのように危険物搭載船には、もっと重要なことがある。無防備な側面に、相手船が突っ込むと、大惨事になる。爆発炎上と海上汚染、たぶん沈没。そのため、多くの船員は裏マニュアルを知っている。先輩船員が後輩に伝承しているのだろうが、こういうこと。

横腹に突っ込まれないように、船首(あたまの部分)で相手船の船首にぶつかれ、ということ。実際に、両船の船首がつぶれてしまうこともあるが、被害は最小限に食い止められるわけだ。船首の部分は、浮力を得るために倉庫とかに使われていて、通常は船員もいないし、貨物槽(石油タンク)もないので、派手に壊れるものの被害が少ない。

もちろん、安全航海が基本なので、「衝突の仕方」などが明文化されることはないのだが、知る人は知り、知らない人は知らないということになる。暗黙知が形式知になりえない部分とも言える。
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追い越しきれなかった?

2017-06-19 00:00:47 | 市民A
17日01時30分頃に発生した石廊崎沖での海難事故は、当初は米軍イージス艦右舷と日本郵船用船のコンテナ船左舷の衝突ということで、軍艦独特の事故(回避義務無視)かとも言われていたが、その後の情報で、後ろから航行していたコンテナ船がイージス艦を追い越すときに右側から追い越し切っていないのに航路を左にとって衝突したというようになってきた。

もっとも、イージス艦の航跡、速力の変化がわからないので、微妙な関係は知ることができない。(たとえば、追い抜けるはずだったのに急にイージス艦が速力を上げるとか、右に寄ってきたとかあれば)

となると、

1.なぜコンテナ船が追い抜くことになったか
2.お互いを認識していたか
3.なぜ両船が衝突したのか(進路が重なったのか)

ということになる。

まず、追い抜きだが、基本的に目的地への到着予定時間に合わせて速力を調整していたのだろう。コンテナ船は東京港へ直行を予定していたと思われる(商船の入港時間は事前申請が必要なので、明かになるだろう)。イージス艦は横須賀基地に向かっているのだから、戦時ではないので、例えば9時入港とか都合の良い時間に合わせて速度を落としていたのだろうか。その結果、追い抜きが必要になったと考えられる。

次に、お互いの認識だが、

「イージス型駆逐艦」はレーダーに捉えられるのだろうか。フィッツジェラルドはステルス機能を持っていると言われる。レーダーは電波の反射を利用するため、艦船に平らな鉄板を張ったり、プラスティックの板を取り付けたりする。鉄板の効果は、反射する電波の方向を変えて発信源に届かないようにすることで、プラスティック盤は、電波を反射させないためだ。

しかも、レーダーによる照準調整能力付きの地対艦ミサイルの試射をしている国が近くにいるわけだ。

ただすぐそばにいるなら、電波の反射もあるだろうから、まったく感知できないことはないようにも思える。
もしそうなると、コンテナ船からイージス艦は見えず、イージス艦からコンテナ船は見えるという非対称状態になる。(もっとも片方が見えていれば衝突しないのが普通だが。)また、レーダーの範囲を広範囲が見えるように設定すると、あまりに近づいていると自船と同一に見えてしまったのかもしれない(よく見ればわかるはずだが)。

ただ、戦争しているわけでもなく、単に横須賀に向かっているだけなら、そんな必要はないので通常通りレーダーに映っていただろうとも考えられる。この事実は明らかになるだろう。

また、商船同士だと、AIS(自動識別システム)があり、相手船の情報が瞬時にわかるので、最悪でも電話をかければ、誤解による衝突リスクは下がるが、もちろん軍艦はシステム外だ。

では、最終的になぜ両船は衝突したのか。

両船が平行関係であれば、当たらないわけで、右側の船が左に寄ったのか、その逆か、あるいはかなり交差する航路にあったかということだろう。また、要素として考えられるのが、「第三の船舶」「イージス艦を認識していなかった」の可能性。

たとえばコンテナ船がイージス艦を右側から追い抜こうとした際、前方右側から別の船舶が近づいてきた場合だ。クルマで言うと一車線道路で追い抜こうとしたところ対向車が来たようなもの。最悪だ。もっともその場合は、さらに対抗船の前を横切って大きく右転する必要がある。考えようによれば第三の船舶だけでなく第四の船舶がいる場合もある。コンテナ船かイージス艦が、別の船を避けるために動いた結果という可能性もある。このあたりは、他船の航跡を確認すればわかるはず。(危険な場所では右側航行が勧められていて、そうであれば、危なければ右に出していけば衝突は回避できるのだが、この場所では義務にはなっていない)

もう一つの小さな可能性は、追い抜きなのか横切り(航路がクロス)なのかの判断が相互に違っていたケース。イージス艦からは、後ろから来たコンテナ船に衝突回避義務があると思っていた一方で、コンテナ船からはクロスする場合は右舷側に相手船を見る方に回避義務があるので、イージス艦に回避義務があると思っていたかもしれない。

本来は、聞けばわかるはずだが、捜査権は及ばない。


画像で見たところ、イージス艦のダメージは相当ある。コンテナ船も凹んではいるが、壊れたところを作り直して溶接するだけだろうか。昨年、横須賀で聞いた話ではイージス艦の建造費は1500~2000億円程度だそうだ。コンテナ船の建造費は数十億円程度だろう。しかし損害賠償は車の事故と同じで責任の比率に応じて払うことになるわけで、保険会社としては、事故の責任をはっきり特定できなければ支払えないということになるのだろう。(が、確証は全くないが、日本の保険会社が賠償保険を受けているのではないかと感じる。英国系ではなく日米系のグループの方。忖度?)
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外国人が選ぶ名所ナンバー1

2017-06-18 00:00:59 | たび
外国人が選ぶ日本の名所ナンバー1を3年連続で獲得しているのが、京都の伏見稲荷だそうだ。(TripAdvisor Gallery)

ちなみに、2位が広島の平和記念資料館、3位が厳島神社、4位が東大寺、5位が京都のサムライ剣舞シアター、6位が新宿御苑、7位が奈良公園、8位が金閣寺、9位がアキバフクロウ、10位が清水寺。以下、箱根彫刻の森美術館、高野山奥之院、禅林寺永観堂、三十三間堂、栗林公園、白谷雲水峡、成田山新勝寺、浅草と続く。

別に、外国人の趣味を調べるためではないが、伏見稲荷に行ったことがないことを思い出し、速攻で攻めることにした。JRの駅前だし。

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それに、自分はかねがね日本人だと思っていたのだが、最近、日本人の考え方がどんどん妙な方向に変わっていて、いつの間に平均的な日本人ではなくなったように感じていたので外国人風情を感じてみようかと思っていたのだが、思った通り、伏見稲荷は東京の築地場外と同じように外国人街になっていた。

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この赤を統一カラーとしたのが受けるのだろう。過密都市伏見という感じだ。千本鳥居が有名だが、鳥居のトンネルに入ったら最後、歩き続けるよりない。自動車専用道路のように、行と帰が別のトンネルの場所もあるし、同じ鳥居の中をすれ違う場合もあるし、自撮りする人が非常に多いので、中は大渋滞だ。写すと言っても腕を伸ばさないとトンネルの先が展望できない。

ここに来なくても、東京赤坂の日枝神社にも同様のロケーションがあって、深夜でも通り抜けできることを知らないのだろうか。

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そして、この神社を特異な雰囲気にしているのが、「狐」だ。犬のようにも見えるが日本の犬はもっと太いのが多い。

しかし6割方は中華圏の方々が、この鳥居を果てしなく歩いて丘を登るのだが、何を祈るのだろうか。果たして概念的な事象について祈る文化があるのだろうか。

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参考のため、絵馬ならぬ絵狐を拝見すると、漢字、英語、ハングル、その他見たことのない言語が溢れていて、ほとんど意味不明だ。ただ、見慣れぬコトバ、一つ一つの単語の意味はなんとかわかっても、単語の羅列を組み合わせても、祈りの内容はほぼわからない。人間の寿命なんてわずか数十年なのに、それぞれがまったく異なる夢を追い続けて生きていることだけが、なんとなく感じられ、背中が、すーっと寒くなる。狐さまって・・・
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霊光寺には行かず

2017-06-17 00:00:23 | しょうぎ
京都で将棋に関することといえば、霊光寺だろうか。京都生まれの初代名人の大橋宗桂と棋聖と言われる天野宗歩の碑が深草にある霊光寺にある。

ところが、かすかな記憶で、墓参には事前予約が必要だったような気がしてきた。徒歩圏内にはいたのだが、夕方ではあったし、境内入場料とかお布施とか必要になっても(手元流動性に乏しく、困るので、次の機会にする。それに、強くなるわけでもない。


さて、6月3日出題作の解答。

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逃げられそうで、逃げられない構造になっている。序の3手が見えると前に進める。

動く将棋盤は、こちら


今週の問題。

0617m


京都にちなんで、詰め上りが「京」の字ならいいのだが、無理そうなので、「都詰め」を出題。

ヒントを出しにくい問題だが、コツコツと形を変えていくしかない。

分かったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数とご意見を記していただければ、正誤判定します。
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にしんそば(元祖店ではないが)

2017-06-16 00:00:49 | あじ
にしんそばは京都を代表する食べ物だが、平安時代からの食べ物ではない。明治時代からのようだ。それでも元祖の松葉で初めて供されたのは135年前である。京都の歴史の十分の一の長さだ。

この松葉というのは、四条にある南座(劇場)にあるそうで、芝居の幕間とかに食べたのだろうか。今回は四条方面には行かなかったので、京都駅の近くにある「近鉄みやこみち」という飲食店街の中に二店舗ある蕎麦店のうち一店。


注文して、待つことしばしで、登場。

nishin


基本的ににしんそばは身欠き鰊の甘露煮を蕎麦の上に乗せ、あとは九条ネギの刻みである。汁は薄口の醤油に昆布だしが用いられる。

この店のにしんそばに対し、元祖の松葉の方は、ネット上で見る限り、もっと汁が透明に近く、しかしネギは使われていない。値段は100円高い。

思うに、身欠き鰊はかなり味が濃い。うす口醤油の汁ではアクセントがないからちょうどいい選択だったのだろうか。しかし、関西ではきつねうどんのきつねだって薄口である。どうもにしんそばは関西風ではないような味と思うが、本当に京都で生まれたのかは個人的には信じ切ってはいない。

ところで、鰊だが、生だと骨が多い。骨は細く、また緻密なので喉にかかりやすい。一夜干しにして塩焼きにすると独特の味がたまらないが、小骨は硬くなり、場合によってのどに刺さるとけがをする。一方、身欠き鰊は骨まで長時間煮るので、もはや敵ではない。

南座で身欠き鰊が蕎麦のトッピングに選ばれたのは、役者や観客が骨を喉に刺して舞台を台無しにすることがないようにという配慮だったのだろう。


ところで、鰊の英語は herring (へリング)という。これに骨(bone)を合体させたherringbone はヘリンボンといってスーツなどの生地の織り方で、最高級の服地である。日本語ではにしん織とはいわず杉綾織と呼ばれる。(にしん織が転用して西陣織になった、ということはないから)
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