引き続き川田 順造氏関連の本です。『 〈運ぶヒト〉の人類学 』(2014/9/20・川田 順造著)
からの転載です。
直立二足歩行のはじまりは?
二〇〇一年、熱帯アフリカ、サハラ砂漠中部の南縁にあたるチャドで、立って二本足で歩いた可能性かおる最も古い、七〇〇万年前の猿人の頭蓋骨が発見された。ミッシェル・ブリュネ博士(1940年フランス生まれ)の率いるフランストチャド共同チームが、二〇〇二年、イギリスの科学誌『ネイチャー』四一八号に発表したこの報告は、関連学会に大きな衝撃を与えた。
ヒトの起源地がアフリカであることは確定されていたが、現生人類への進化に向かう最も古い段階にある猿人の骨は、それまで南アフリカからエチオピアにかけての、アフリカ東部からだけ発見されていた。
若いころ西アジアの初期人類調査団に加わって、発掘調査の経験を積んだブリュネさんは、四四歳でアフリカの発掘をはじめた。チャドに行きたかったのだが戦乱のため入国できず、チャドの西南に隣接するカメルーンで、10年あまりねばり強く発掘をつづけた。中生代(白亜紀)の化石を数多く発掘した。アフリカ大陸で中生代の哺乳類の化石が発見されたのは初めてだったが、
目当ての類人猿の化石は、一つも見つからなかった。
チャドの戦乱がやみ、一九九四年、発掘調査の許可かおりた。翌年には、はやばやと猿人アウストラロピテクスの下顎骨を発見、「イーストサイド・ストーリー」は、修正を迫られることになった。この発見がきっかけとなって、フランスーチャド古人類学調査団が生まれ、調査は一気に進展した。そして二〇〇一年七月一九日、調査団のメンバーで、化石探しの達人と言われていた、チャドの大学生アフンタージムドウマルバイエさんが、ついに、この最古の直立猿人の頭蓋骨を掘りあてた。
同じ『ネイチャー』誌に、東京大学の諏訪元教授が、エチオピアで四四〇万年前の地層から、ラミダス猿人の上顎部臼歯を発見した報告を書いたのは、ブリュネ調査団の報告が発表されるわずか八年前、一九九四年のことだ。
ブリュネさんが現地語での愛称「トウーマイ」王命の希望)と名づけたこの化石によって、ヒトの遠い先祖である猿人の直立二足歩行の起源は、一挙に七〇〇万年近く前までさかのぼる可能性が出てきた。
直立二足歩行によってヒトの祖先が得たものは、とくにつぎの三点に要約される。これらは、互いに密接に関連しているが、いずれも直立二足歩行の開始からかなり後になって、その結果としてヒトの特質となったものだ 第一は、すでに述べたように、四つ足歩行では、後頭部を引きつける筋肉の付着する頭蓋後部の骨が厚くなるため大きな脳をもてないが、直立によって、大きな脳を支えることが可能になったことだ。
第二は、直立によって声帯が下がり、口腔の構音器官が多様化して、分節された発声が可能になったことだ。生物界でヒトだけがもつ、二重に分節される言語‐ある言語で用いられる音の最小単位からつくる、意味をもつ最小単位をさらに組み合わせて、無限に多様な意味の表現ができるーは、ヒトを他の霊長類から区別する、きわめて重要な特徴だ。
そして第三に、すでに述べたように、ヒトは直立した歩行と、自由になった前肢とによって、相当の嵩と重さのものを、長い距離運べるようになった。(以上)
からの転載です。
直立二足歩行のはじまりは?
二〇〇一年、熱帯アフリカ、サハラ砂漠中部の南縁にあたるチャドで、立って二本足で歩いた可能性かおる最も古い、七〇〇万年前の猿人の頭蓋骨が発見された。ミッシェル・ブリュネ博士(1940年フランス生まれ)の率いるフランストチャド共同チームが、二〇〇二年、イギリスの科学誌『ネイチャー』四一八号に発表したこの報告は、関連学会に大きな衝撃を与えた。
ヒトの起源地がアフリカであることは確定されていたが、現生人類への進化に向かう最も古い段階にある猿人の骨は、それまで南アフリカからエチオピアにかけての、アフリカ東部からだけ発見されていた。
若いころ西アジアの初期人類調査団に加わって、発掘調査の経験を積んだブリュネさんは、四四歳でアフリカの発掘をはじめた。チャドに行きたかったのだが戦乱のため入国できず、チャドの西南に隣接するカメルーンで、10年あまりねばり強く発掘をつづけた。中生代(白亜紀)の化石を数多く発掘した。アフリカ大陸で中生代の哺乳類の化石が発見されたのは初めてだったが、
目当ての類人猿の化石は、一つも見つからなかった。
チャドの戦乱がやみ、一九九四年、発掘調査の許可かおりた。翌年には、はやばやと猿人アウストラロピテクスの下顎骨を発見、「イーストサイド・ストーリー」は、修正を迫られることになった。この発見がきっかけとなって、フランスーチャド古人類学調査団が生まれ、調査は一気に進展した。そして二〇〇一年七月一九日、調査団のメンバーで、化石探しの達人と言われていた、チャドの大学生アフンタージムドウマルバイエさんが、ついに、この最古の直立猿人の頭蓋骨を掘りあてた。
同じ『ネイチャー』誌に、東京大学の諏訪元教授が、エチオピアで四四〇万年前の地層から、ラミダス猿人の上顎部臼歯を発見した報告を書いたのは、ブリュネ調査団の報告が発表されるわずか八年前、一九九四年のことだ。
ブリュネさんが現地語での愛称「トウーマイ」王命の希望)と名づけたこの化石によって、ヒトの遠い先祖である猿人の直立二足歩行の起源は、一挙に七〇〇万年近く前までさかのぼる可能性が出てきた。
直立二足歩行によってヒトの祖先が得たものは、とくにつぎの三点に要約される。これらは、互いに密接に関連しているが、いずれも直立二足歩行の開始からかなり後になって、その結果としてヒトの特質となったものだ 第一は、すでに述べたように、四つ足歩行では、後頭部を引きつける筋肉の付着する頭蓋後部の骨が厚くなるため大きな脳をもてないが、直立によって、大きな脳を支えることが可能になったことだ。
第二は、直立によって声帯が下がり、口腔の構音器官が多様化して、分節された発声が可能になったことだ。生物界でヒトだけがもつ、二重に分節される言語‐ある言語で用いられる音の最小単位からつくる、意味をもつ最小単位をさらに組み合わせて、無限に多様な意味の表現ができるーは、ヒトを他の霊長類から区別する、きわめて重要な特徴だ。
そして第三に、すでに述べたように、ヒトは直立した歩行と、自由になった前肢とによって、相当の嵩と重さのものを、長い距離運べるようになった。(以上)